12月。
この時期はクリスマスという、彼氏彼女のいるカップルにはキャッキャッウフフとなる時期だ。その最前線は此処へ一緒に来たキリトだけどな。エギルは妻帯者で、クラインは相手なし。オレ?オレもクラインと同類……の筈だ。女友達はいるけど。
「マジでバックレたい。普通に嫌な予感しかしねぇし」
「俺だって本当は嫌だが、あの人には借りがあるからな……」
オレの心底嫌そうな呟きに、キリトはうんざり気味に言葉を返してくる。
そりゃ、カウンセリングに偽装して事件のあれこれを聞きに来たくらいだし。後、指定場所も学生には場違いな、高級そうな喫茶店だし。そんな人物からの呼び出しとか、絶対にロクなことではない。
オレだって当時のキリトの安否確認の借りがなけりゃ、今回の呼び出しに応じなかったし。今回の件で貸し借りなしにしたいのが本音だ。
出迎えてくれた店員さんに待ち合わせと答えて店内に入ると……
「おーい!キリト君!レーヴェ君!」
オレ達に気付いてすぐ、奥のテーブル席にいた件の人物が、大声かつ手を振ってプレイヤーネームで呼びやがった。せめて苗字で呼べよ、マジで。
「……
キリトが物凄くゲンナリした表情で店員に伝える。本当は他人のフリをして逃げ出したいが、逃げたら絶対に大声で呼び止められるのが目に見えている。そうなったら、もっと面倒になってしまう。ただでさえ周りの客の注目を集めているのに、ここで帰ろうとすればますます悪い意味で注目を集めてしまいかねない。これが狙ってやっていたのなら、想像以上に性格の悪いオッサンだ。
その大迷惑をやらかした、眼鏡をかけた胡散臭そうなオッサンの名は菊岡誠二郎。『仮想課』という部署に所属しているお偉いさんだ。オッサンと言っても課長部長のイメージの年齢のオッサンではなく、三十代くらいの見た目のオッサンだ。
オレはキリトと一緒に菊岡のオッサンがいるテーブルの席に着くと、さっさと終わらせて帰りたい一心から話を切り出した。
「で?今度は何の用なんだよ?SAOとALOで話せることは全部話しただろ」
「いや、今回の呼び出しは二つの事件と直接的な関係はないかな。二人に頼みたい事があって……」
「よし、今すぐ帰るぞ」
「そうだな。絶対、ロクな事じゃない」
大人の厄介ごとに巻き込まれそうな気配を感じ、オレは速攻で帰宅を促す。キリトも同様に厄介事の気配を感じて頷くと、早々に席を立とうとする。
「ま、待ってくれ二人とも!せめて話だけでも聞いてほしいんだ!受ける受けないは別として、君達の意見を聞かせてほしいんだ!後、ここの支払いは僕が持つから好きなだけ注文していいよ!?」
そんなオレ達に、菊岡のオッサンは泡を食ったかのように慌てて引き留めに掛かったが。いや、食べ物で釣ろうとすんな。普通に割に合わ……
「……話を聞くだけだぞ」
「ありがとうキリト君!」
あっさり釣られやがった。このまま一人だけ帰ったら、絶対に後悔するパターンだ。
オレも観念して席に座り直し、エスプレッソだけ注文する。菊岡のオッサンとの関係をズブズブと続けたくないし。キリトは四桁のデザートを躊躇いなく注文したが。
「それで?今回の呼び出しの目的は?早く本題に入ってくれ」
「気持ちはわかるけど、前置きから話させてくれないかな?前置きから話さないと、二度手間の説明になるからね」
「どれだけ面倒な話なんだよ。菊岡さん」
前置きから話さないと本題の説明に支障が出ると語る菊岡のオッサンに、キリトは食べ物に釣られたことを後悔したように顔を引く攣かせる。
「まず、昨今のVRMMOについてどう思う?特に、VRが関連する犯罪について」
「……VRに限らず、バーチャルやネットのトラブルは大事に発展する事が多いな。金銭のやり取りとか、ストーカーとか。後は認識の違い」
あくまでニュースやネット記事から得た知識だけどな。実害がないから想像の範疇の枠を出ないが、その危険性は嫌でも理解している。あの剣の世界でも、同様の事が起きていたからな。
「そうだな。長く仮想の世界にいるとその境界線も曖昧になる。実際、俺達もそうだったからな」
確かにな。SAOに二年もいた経験から、仮想と現実の違いの定義は難しくなっている。ゲームと現実は別物なのが本来であれば普通だが、あの世界で過ごした二年間は間違いなく“現実”だったという認識が今でもある。だからこそ、倫理観や良識が重要だとオレは思っている。
事実、あの世界でもHPの全損が現実の死と知りながらPKを楽しむ者達もいた。その筆頭がギルド【
「境界線……か。もし、その境界線が倫理や道徳だけでなく、文字通り人の生死に関わりだしたらどうなると思う?」
人の生死への関わり……つまり―――
「VR絡みでの事件、か」
「それなら完全にお門違いだろうが。こういうのは、警察の仕事だろ。学生に話す内容じゃないだろ」
「普通なら……ね。この件は他のVR事件にはない、奇妙な点があるんだ」
菊岡のオッサンはそう言って、オレ達に資料を見せてくる。
えーと……名前は茂村保。歳は26。先月の14日、アパートの自室のベッドの上で死亡。死因は急性心不全……と。
「……菊岡さん。これ、部外者に見せていいものじゃないだろ」
「ちゃんと上に許可は取ってあるから大丈夫だよ。守秘義務は生じるけどね」
何が大丈夫だ、何が。しれっと逃げ道を塞ごうとすんな。
「彼は二日に渡って飲まず食わずでログインし続けている。死亡から五日半経っていたこともあって、遺体の腐敗も進んでいた。室内も特に荒らされた様子もなく、事件性の薄さから事故として処理されたのだが……」
「VR絡み……アミュスフィアに何か問題でもあったのか?」
ナーヴギアの後継機―――安全性を重要視したアミュスフィアに異常があったのかとキリトが問いかけるが、菊のオッサンは無言で首を横に振る。
「いや。アミュスフィア自体に
「違法なゲームでもインストールされていたのか?」
「違法なゲームでもないよ、レーヴェ君。彼のアミュスフィアにインストールされていたゲームは《ガンゲイル・オンライン》。通称、《GGO》。そして、キャラクター名は『ゼクシード』」
GGOにゼクシード?
「菊岡のオッサン。まさか……GGOで引退ドッキリと囁かれているあのゼクシードか?」
「みたいだね。レーヴェ君も知っているのかい?」
「そのGGOはオレもやっているんだよ。週一だけどな」
「頼むから俺を置いていくな。俺だけ話が見えなくて困るんだよ」
横からキリトが話に付いていけていないと割って入ってくる。確かにこれじゃキリトも分からないか。
「オレもあくまでプレイヤー同士の又聞きで知った程度なんだが……生放送中に突然回線落ちして、その日からログインしていないみたいなんだよ。後、かなりのプレイヤーから恨みも買っているそうだし」
「恨み?そのゼクシードは一体何をやらかしたんだ?」
「そのゼクシードは『AGI万能論』というデマを流して、多くのGGOプレイヤーの育成をミスリードしたんだよ。その上で、当の本人はSTR-VIT型へと舵を切っていたそうだからな」
「意図的に嘘の情報を流したのか……ステ振りのリセットができないなら、確かに頭には来るな」
「特にGGOはプロ思考……ガチで金を稼ぐプレイヤーもいるからな。月30万稼ぐのも不可能じゃないみたいだし」
事実、AGI型も当初の環境じゃ結構優秀だったみたいだし。それがアップデートに伴ってSTRの要求値の高いレア銃が出たことで、装備の質から苦境に立たされてきているし。『闇風』のような実力者もいるから、プレイヤーの腕次第ではまだ挽回の余地はあるだろうが。
「……話を戻させてもらうよ。そのゼクシードに関する未確認情報で、GGO内で奇妙な事があったそうなんだ」
「「妙?」」
「とあるユーザーのブログからなんだが……彼が発作を起こしたであろう時刻に、一人のプレイヤーがおかしな行動を取っていたんだ。映像に写っている彼に向かって『裁きを受けろ』、『死ね』と叫んで銃を発射したそうなんだ。その時の映像も動画サイトにアップされていて、その銃撃と彼が急にログアウトした時刻がほぼ一致しているんだ」
確かに妙だな。単なる偶然の一致の可能性もなくはないが。
「さすがに偶然なんじゃないか?」
「確かにこの一件だけなら偶然で片付くかもしれないけど、同じ事例が実はもう一件あるんだ」
菊岡のオッサンはキリトの言葉にそう返し、もう一件についても語っていく。
ゼクシードと同様にプレイヤーの銃撃でログアウトしたプレイヤーは『薄塩たらこ』。ソイツもゼクシードと同じ死因で亡くなっていたそうだ。加えて、二人の脳に異常も見つからなかったと。
その二人を銃撃したプレイヤーは《
「可能だと思うかい?ゲーム内の銃撃によって、プレイヤー本人の心臓を止めることが」
「「無理だな」」
菊岡のオッサンの質問に、オレとキリトは秒で否定する。少なくとも、仮想の銃撃が現実に致命的な影響をもたらすとは考えづらいし。
「ナーヴギアにだって、ちゃんとした原理があったんだ。安全性を重要視したアミュスフィアで、脳とは関係ない心臓を止めるのは不可能だ」
「ペイン・アブソーバーをゼロにしたら、痛みでショック死する可能性もなくはないが……システム面からこの線もねぇな」
実際、ペイン・アブソーバ―は個人じゃなく空間全体に作用するからな。でなきゃ、茅場が助力する前に須郷の足に突き刺した投擲用のナイフで、須郷本人が情けない悲鳴を上げなかっただろうし。
どっちにしろ、アミュスフィアでナーヴギアと同じ事は出来ないことに変わりはない。脳に異常が何一つ見つかっていないのなら特に。
「やはり君たちもそう思うか……長い前置きになったけど、本題に入らせてもらうよ。君たちへの依頼として、この《
「おいこらオッサン。しれっと危険な事をやらせようとすんな」
「それ、『撃たれてこい』ってことだろ?あんたが行けよ」
どう考えても学生に頼むことじゃないだろ。キリトが言ったように、あんたが行って撃たれてこい。クリスハイトというキャラ名でALOをプレイしているんだからな。
「それが一番無難なのは分かっているけど、この《
「四の五の言わず、アンタが行け。ALOのデータをコンバートして、レア装備を買って活動しろ。そのゼクシードもレア装備を自慢していたそうだからな」
「そうだぞ菊岡さん。俺達に頼る前に、そっちで出来ることを全部やれよ」
「残念ながらそれも難しいんだ。一度、同僚に協力してもらってGGOにコンバートしたけど、ステータスが圧倒的に足りなかったんだ。時間を掛ければ可能性はあると思うけど、それだと時間がどうしても掛かってしまう」
オレが反論混じりで方法を伝えキリトも乗っかる形で同意するも、既に試して困難であると言い返される。そして、菊岡のオッサンの口振りからして時間を掛けたくないように聞こえる。
「じゃあ、運営に確認しろよ。令状を取るか何かして、GGOのログを解析しろよ」
「そっちは僕が活動するより現実的じゃないんだ。運営している《ザスカー》はアメリカにサーバーを置いている上、会社の所在地に電話番号、メールアドレスすら未公開なんだ。加えて、君達が断言したようにアミュスフィアでの殺害は不可能……真実を確かめるには、君達に頼む以外に有効な手がないんだ」
……本当に嫌な形で退路を塞いでくるな。GGOを週一とはいえプレイしている身としては、白黒はっきりしないと後に響きそうだし。
「勿論、最大限の安全措置は取る。二人にはこちらの用意した安全な部屋からダイブしてもらい、アミュスフィアの出力を常にモニタリングする。接続中に何かしらの異常を発見すればすぐに切断する。あくまで君達が見た印象で構わない。《
菊岡のオッサンはオレ達の前で指を三本立てる。プロが稼ぐ金額……つまり30万をそれぞれに払うと伝えてきている。
……かなり揺さぶられちまう。30万もあれば良い電子部品が幾つか買える。キリトも見事に悩まされているし。
少し、揺すってみるか。
「……だったら、噂が事実だった場合は報酬を10万追加してもらうぞ。仮に本当だったら、埋め合わせの必要が出てくるからな」
特にキリトの恋人であるアスナに対して。キリトもアスナを心配させる事に気付いて、バツが悪そうな表情になったし。オレ?妹の七海に対してだな。ALOの件で見事に怒らせてしまったし。
「分かった。もし本当に殺害していたのだとしたら、君が提示した金額を報酬に上乗せするよ。それと、これが《
菊岡のオッサンは報酬の上乗せも了承しつつ、取り出したタブレットを操作して当時の音声を流す。
『これが本当の力、強さだ!愚か者どもよ!恐怖と共に俺の名を刻め!俺とこの銃の名は死銃―――デス・ガンだ!!』
これがゼクシードを撃った時の音声……周りに自分の存在をアピールするかのように叫んでいた。
―――家の自室にて。
「優也、例の音声を聞いてどう思った?」
『ログを聞いた限りじゃ、声が上擦った様子もないし狼狽えてもいねぇ。普通に考えれば、
電話の向こう側にいる優也の言葉は妙に歯切れが悪い。その理由もすぐに察することができる。
「やっぱり、気になるよな」
『ああ。普通じゃあり得ねぇが……SAOとALOの件があるから、どうしても無視できねぇ。これがGGO以外でも起こったら……』
「アスナ達も危険な目に合う。それにリズにシリカ、スグまで……」
『七海と武宮、遼太郎さんとアンドリューさん達もな』
そう。かつてのSAO事件とALO事件……どちらも想像を越えた事態だった。デスゲームに人体実験……その事件に関わった経験から、どうしても気になってしまうのだ。
『本当に死んでいたと知ってりゃ、先に調べていたってのに……』
「気持ちは分かるが、先走るなよ」
『分かってるって。オッサンの準備が終わるまで、GGOにはログインしねぇよ』
俺の釘指しにレーヴェは素直に頷いてくれる。俺も人のことは言えないが、レーヴェも結構無茶をするからな。
『肝心のお前の装備は……オレが買うから心配すんな。レーザーブレードモドキは普通にショップで売っているからな。お前なら銃弾くらい斬れるだろうし』
「簡単に言うなよ。用意してくれるのは助かるけどさ」
一応、プレイ経験のあるレーヴェが一緒なら、装備の方は何とかなるだろう。ステータスはコンバートするから問題ないし。
「ちなみに金は大丈夫なのか?」
『手持ちの金額なら問題ねぇよ。一応、所持金は1000万近くあるし。ただ……』
「ただ?」
『向こうの知り合いに、一言文句は言われそうなんだよな』
それは……御愁傷様だな。その知り合いにもし会ったら、フォローくらいはしてやるか。
後、1000万近く貯めているのか。交換したら10万円だぞ。
「後書きコーナー!」
「また始まったな。今回の出演者は……」
「あたしもいるよー!ゲスト枠だけどね」
「……名前だけしか出てきてないけど、大丈夫なのかな?」
「解説も兼ねるからセーフだろ。……おそらく」
「だから一言余計だって!」
「じゃあ、改めて紹介するわね。今回のゲスト出演者はフィリアさん。公式ゲームの二作目《ホロウ・フラグメント》に登場した人物です」
「本名は武宮琴音で、アスナとリズベットと同い年だな。武器はシリカと同じ短剣を使い、《トレジャーハンター》を自称するプレイヤーだな」
「ゲームではアインクラッドの特殊なエリアでキリトと出会うんだよね。……ちょっと、ピリピリしちゃってた態度で」
「いや、あれはピリピリじゃないって。警戒心丸出しで、敵意が滲み出てたぞ」
「だ、だってしょうがないじゃん!知らない場所に飛ばされて、そこで信じられない事も起こったし……」
「……毎回思うんだけど、どうしてキリト君の行く先々には女の子がいるのかな?」
「話の都合ってやつじゃないか?出会い無しだと味気がなく、淡々とした進行になりそうだし」
「またメタ発言を……シナリオに振り回されるのは勘弁したいところだよ」
「でも、そのおかげで本編とはまた違った、独自の世界線で面白いんだよね!」
「ほとんどがキリト視点で進行するけどな」
「いやいや、例外だってあるって。例えば《フェイタル・バレット》とかさ」
「確かにキリトが主人公じゃないゲームシリーズもあるが……ゲームにおける世界線の中だとそれだけだし、キャラクリの弊害で続投は不可能に近いから、余計に残念さが増した気がするんだよな」
「だから喧嘩を売るなって!?いくら個人の感想でも限度があるだろ!?」
「いいだろ別に!プレイヤー自身を主人公にしといて、アリシゼーション編はまた原作主人公の操作に戻ったんだからよ!」
「仕方ないだろ!ゲームエンジンやシナリオ、登場人物の整合性が取れなかったらそれこそ大爆死なんだぞ!ファンはその辺りに敏感なんだからな!?」
「それも今更だろ!原作だと亡くなっている人物がガッツリ生存してるんだし!二次創作でも何だかんだで生存しているパターンだって数多くあるし!」
「それだけ人気だって事だろ!ちゃんと納得できるように作られてるんだし!」
「それでハーレムメンバーが倍に増えてもか!?アスナとゲーム内でヤることヤってたくせに!」
「おっ、おまっ!?その話はズルいだろ!つーか、そんな描写は原作にもないだろ!」
「真の原作でガッツリやってただろ!そっちは18禁描写の目白押しだったそうだしよ!身ぐるみ剥がさ―――」
「それ以上は止めなさい!!」
「いぎゃあああああああああああっ!?」
「何で俺までぇえええええええっ!?」
「以上、後書きコーナーでした!今の二人の話は忘れるように!!い、い、わ、ね!?」
「……う、うん」