東京のとある場所にて。
「ヌフフフ……コンビニを梯して、やっとお目当ての景品が手に入ったよ。少し予算を越えちゃったけど」
中学の制服に身を包んだサイドテールに結った茶髪の少女は、微妙に気持ち悪い笑い声を洩らしながら景品が入った篭付きの自転車を押して歩いている。
そんな彼女の名前は獅童七海。受験が控えている中学三年生であり、獅童優也の実の妹である。しっかりと血縁関係がある、正真正銘の妹。断じて実は従妹でしたなんてことはない。
本来であれば受験勉強に精を出している時期なのだが、七海は本日発売されたクジ―――その内の景品の一つを手に入れる為に複数件の店を自転車で回り、その介もあり目的の品を手に入れている。
普段行かない場所にまで足を運んだから、帰りが迷子になる……なんてことはない。スマホの地図を使えば、現在地と自宅の位置が分かるから迷わず帰られる。現代社会の恩恵は、ここでも享受できて本当に便利な世の中である。
「でも、帰ったらすぐに受験勉強か―……ちゃんと勉強しないと母さん達が五月蝿いからなー。後、優兄も」
一人ぶつくさ文句を言いながら帰路につく七海。受験に落ちて浪人なんて笑えないし、将来もまだ具体的に決まっていない。学歴が全てではないし絶対でもないが、選択肢の幅を広げる為にも進学できるなら進学した方がいい。
そんな七海の帰る足は、ある人物を目にしたことで止まることとなる。
「……ん?」
七海は遠くを見つめるかのように目を細める。その視線の先には不良そうな見た目をした少女三人と、如何にも優等生そうな少女がいる。その四人は路地裏へと入って行き、不穏な流れを醸している。
だが、七海の意識はそこに向かっていない。彼女の意識はその内の一人……眼鏡を掛けた黒髪の少女に向かっていたからだ。見覚えのある……七海のよく知る顔だったのだから。
「詩乃姉……?」
七海はそう呟くと、駆け足でその路地裏へと向かって行く。すぐ近くに自転車を通行の邪魔にならないように停めてから、路地裏を覗き込む。そこで踞っていたのは、間違いなく七海がよく知る顔の少女であった。
「詩乃姉!」
七海は声を張り上げて踞っている少女―――朝田詩乃へと駆け寄って行く。三人は驚いた表情で七海に顔を向けているが、その七海本人はお構い無しと言わんばかりに詩乃へと駆け寄る。その詩乃本人も、七海の顔を見て目を見開いているが。
「なな、ちゃん……?」
「やっぱり詩乃姉だよね!?って、詩乃姉、顔色悪いじゃん!何があったの!?」
七海は詩乃の事を心配して問い詰めるも、詩乃は気まずそうに顔を逸らして答えようとしない。そんな七海と詩乃に、リーダー格らしき不良の少女が話しかける。
「何、あんた?ひょっとして朝田の知り合いなの?」
「……だったら何?後、何でそんな風に笑っているの?見てて不愉快なんだけど?」
ニタニタと笑みを浮かべる三人に、七海は不快感を隠すことなく問い掛ける。明らかに顔色が悪い詩乃を心配する所か、嫌らしい笑みを浮かべていることに、七海は眉を吊り上げていく。
そんな七海に対し、リーダー格らしき不良の少女は笑みを崩さない。何故なら、彼女にはとっておきの手札があるからだ。
―――詩乃の過去という、絶対的な手札を。その証拠に、詩乃は先程以上に顔を青ざめさせている。その反応だけで、七海が詩乃の過去を知らないのだと彼女は確信する。
微妙に外れているとも知らず。
「だったら知ってる?コイツがh―――」
「嫌ぁああああああああ!!誰か助けてぇええええええええええ!!!」
リーダー格の不良の少女の言葉を遮るように、七海が大声を上げて助けを求める。その大きな声に、詩乃も思わず両手で耳を塞いでしまう。
そんな大声で助けを求め出した七海に、例の三人は慌てふためいていく。
「ばっ、馬鹿!?そんな大声出すんじゃねぇよ!?他の誰かに気付か―――」
「嫌ぁ!嫌ぁ!!誰でもいいから早く来てぇえええええええええ!!!」
七海は相手の制止の声も聞かず、耳をつんざくかのような大声を張り上げ続ける。このまま彼女に騒がれ続けられたら、不利になるのは七海ではなく三人の方だ。
「って、人が来てんじゃん!まずいよ!」
「チッ!」
更に三人にとってタイミングが悪いことに、街道から新たな人影が覗いている。カツアゲしようとしていた三人にとって、騒ぎが大きくなることは自分達の首を絞めるだけでしかない。
完全に自分達の予定が狂い、旗色が悪くなった三人は逃げるように路地の奥へと消えていく。そんな逃げ出した三人に向かって、七海は舌を出してあっかんべーの表情で見送っている。怯えた様子など微塵もなく、してやったりといった雰囲気だ。完全に確信犯である。
「ホント、胸糞悪い人達だったね。……久しぶり、詩乃姉。それと、大丈夫?」
七海はそう言って詩乃に手を差し出すも、詩乃はその手を取ることなく、若干ふらつきながらも一人で立ち上がる。
「え、ええ……大丈夫。七ちゃんはどうして、此処に……?」
「え?あー……今日発売のくじ引き目当てでコンビニを梯して、その帰り道で偶然詩乃姉を見つけたんだよ」
詩乃の質問に七海は包み隠すことなく答える。実際にくじ引きで店を回っていたのは事実だし、詩乃を見かけたのも本当に偶然なのだから。
「てか、あの人たち誰?明らかに詩乃姉の友達じゃないでしょ」
「彼女達とは……ちょっと、色々あって……」
「ふーん……しつこく絡むみたいだったら、学校か警察にでも通報したらどう?もしくは防犯グッズで撃退するとか。ちょうど痴漢撃退スプレーがあるし」
七海はそう言って、自身の鞄から痴漢撃退用の催涙スプレーを取り出す。その催涙スプレーを見た詩乃は、何とも言えない表情をする。
「……何で七ちゃんが、そんな物を持っているのよ」
「最近何かと物騒だし。後、馬鹿兄貴にも無理矢理持たせてるし」
七海は何てことのないように返すが、男が痴漢撃退用の催涙スプレーを持つというなことは普通ない。事実、七海の兄である優也も渡されて微妙な表情だったのだから。
だが、七海からすればこれくらいはしてもらわないと不安なのだ。何故なら、その兄本人は危険な事に首を突っ込んでいたのだから。その時はトイレの消臭スプレーを持たせ、逆恨みでとある病院前で襲撃したロリコン男への反撃の役には立った。
勿論、優也の友達である和人も同じく持たされている。当然、持たされた当人は本当に必要なのかと疑問視していたが。七海本人としてはスタンガンも持たせたかったが、常に持ち歩くと軽犯罪となる可能性から断念せざぬを得なかった。
「それより詩乃姉。何で急に距離を取ったの?優兄のこと、あれだけ心配してたのにさ」
「…………」
七海の至極当然の質問に、詩乃は気まずそうに顔を逸らすだけで答えようとしない。そんな詩乃の態度に、七海は呆れたかのように息を吐く。
「無理に理由は聞かないけどさ……優兄も心配してたよ。詩乃姉のこと」
「…………」
「一先ず、外の方に出よ?彼処にいる人がこっち見てるし」
その言葉には詩乃は素直に頷き、七海は一緒に路地裏の外へと出る。路地裏の入口付近にいたのは、唾つきの帽子を被った少年だった。
「お騒がせしてすみません。ちょっと変な人達に絡まれたので……心配して様子を見に来て頂き、ありがとうございます」
七海は帽子の少年に対してペコリとお辞儀して謝罪と感謝を告げる。その二つを同時にされた少年は、どこか困ったかのような反応をしている。
「あ、いや……僕も似たような事をしようとしていたし……君は、朝田さんと知り合い、なのかな……?」
「え?詩乃姉、この人と知り合い?」
少年の言葉に七海は率直に驚いて詩乃に問い掛けると、肯定するように詩乃はコクリと頷く。
「ええ。彼は新川君。高校の友達よ」
「そうなんだ。じゃあ、自己紹介しないとね。始めまして、詩乃姉と友達の獅童七海です」
少年―――新川に対して七海は軽くお辞儀して名乗る。そんな七海に対し、新川は驚いたかのように目を若干見開いている。
「友達……?朝田さん、僕以外に友達がいたの……?」
「え、ええ……上京する前からの友達で、一方的に疎遠にしちゃったけど……」
詩乃の申し訳なさを感じさせる返しに、新川は悪い意味で受け取ったのか、七海に対する視線が若干睨みを帯びていく。その視線を受けた七海は、迷惑そうな表情で返す。
「睨まれても困るんだけど。急に何も言わずに距離を取られたんだから」
「新川君。七ちゃんは全然悪くないの。これはあくまで、私が勝手に距離を置いちゃっただけで……」
「朝田さんが、そう言うのなら……」
詩乃が弁明したことで、新川は一応納得したのか七海への睨みを解く。とはいえ、警戒が完全に消えたわけではないことは雰囲気で察せられる。
本当は詩乃に色々と聞きたかったのだが、これ以上は無理だと七海は深く息を吐いた。
「じゃあ、私は帰るね。これでも一応は受験生だし。またね、詩乃姉」
七海は別れを告げると、停めてあった自転車を押して再び家への帰路につく。
「あ。詩乃姉の電話番号とか聞くの、忘れてた」
次はどうやって会おうと悩む七海なのだった。
―――七ちゃんと別れた私は、友人の新川恭二君と近くの喫茶店で一息ついていた。
「朝田さん。あの獅童さんって人、本当に大丈夫なの?彼女達のような人だったら……」
「大丈夫よ、新川君。七ちゃんはそんな娘じゃないわ」
むしろ、何も言わずに身勝手な理由で距離を取った私を心配するくらいに良い娘なのだ。それは彼女の兄―――優也同様によく知っている。七ちゃんも優也と同じく、私の過去に敢えて触れないでくれていたのだから。
「でも、距離を取ったってことは……」
「本当に違うの。私が勝手に負い目を感じて、遠ざかろうとしただけだから……」
あの事件までは月に一度会うくらいには良好な関係で、私のあの噂を耳にしても変わらず接し続けてくれていた。そんな彼があのデスゲームに囚われて、無事に生きて帰って来て……なのに、喜ぶどころか嫉妬してしまった。
そんな弱い私を……過去に怯えるしかない私の“弱さ”を消したくて、強くなろうとした。いや、強くなろうとしている。強くなって、弱い私と決別するために。
「負い目なんて感じる必要ないよ。朝田さんは強いんだからさ。一昨日のスコードローン戦でも勝利を収めたんだし」
「あれで勝利とは言えないわよ。待ち伏せして、半分以上も殺られたんだし」
「それでも、だよ。ミニガン使いのベヒモス相手に勝ったんだから。彼、銃撃戦で一度しか負けたことがないって言われてるし」
「そうなの?BoBにいなかった筈なんだけど……」
「当然だよ。ミニガンは確かに強力だけど、弾薬を500発も持っていたら余裕で重量オーバーになって速度制限が掛かるからね。ソロの遭遇戦のBoBじゃ、遠くから狙い撃ちされて終わりだよ」
新川君のその説明に、私はあの時のスコードローン戦を思い出して確かにと納得する。フード付マントで正体を隠していたベヒモスは開戦までは最後尾でゆっくりと歩いており、取り回しにも若干苦労していた。武器本体も相応の重量なのも予想できるし、素早く移動しないといけないBoBでは不利になるだろう。
「あれ?ベヒモスは私以外に一度負けてるの?」
「みたいだね。その相手が光剣と光学銃を使ってたって言う、さすがにあり得ない話だけどね」
新川君のその言葉に、私の知るプレイヤーで一人だけ思い当たる。光剣に光学銃……対人戦に圧倒的に不利な装備で、襲撃者を返り討ちにしたアイツを。
……思い出すと無性に腹が立ってきたわ。
しかもソイツ、週に一回しかログインしてこないし!運よく捕まえて、どうやったら銃弾を斬るなんて真似が出来るのかと訊いたら「馴れ」の二文字よ!馴れで銃弾が斬れるなら、とっくに誰もがやっているわよ!
でも、ソイツを倒せば私は強くなれるという予感もある。対人戦で圧倒的に不利な装備にも関わらず、勝利する……あの強さがあれば、きっと過去を乗り越えられる。
だからソイツ―――レオンハルトを必ずヘカートで撃ち抜く。勝って、ソイツより強いのだと証明して、乗り越えてみせる。
アルヴヘイム・オンライン。通称《ALO》にて。
「シッ!」
オレは黒のスプリガン―――キリトに向かって刀二連撃ソードスキル【幻月】を放つ。上下のどちらから振るわれる二連撃に対し―――
「甘いな!」
キリトが左手の片手剣で片手剣四連撃ソードスキル【ホリゾンタル・スクエア】で迎え打つ。上下からの二撃を捌きつつ、残りの二撃をオレに叩き込もうとするが甘い。
オレは【幻月】ソードスキル終了の直前の、コンマ一秒にも満たない僅かな隙間に新たなソードスキルを捩じ込み、硬直を踏み倒して発動させる。
システム外スキル《
その【スキルリンク】により、間髪入れずに刀三連撃ソードスキル【緋扇】を発動。
斬り下ろし、斬り上げで【ホリゾンタル・スクエア】の残りの二撃を捌き、最後の突きを放つ。
しかし、キリトもそれを理解していたのか、右手に持っていた片手剣―――システム外スキル《
情けなく地面を転がって倒れ、オレとキリトは示し合わせたかのように上半身だけを起こす。
「てて……本当に便利だな、それ。スキルコンボの隙間すら狙えないからな」
「そっちの《剣技連携》も同じだろ。難易度は《剣技連結》より低いけど」
「これは実装されなかった《二刀流》の代わりだよ。《抜刀術》は刀のソードスキルに統合されたのにな」
「片手で数えられる程に軒並み削除された上、単発技のみだけだぞ。完全に延長上でしかねぇよ」
それも刀のソードスキルとしてだからな。【蓮花】、【紅椿】、【桔梗】の三つだけで、【真蒼】や【銀杏】、【星辰】等は実装されなかったんだ。【星辰】はオリジナルソードスキル―――OSSで再現したけど。
「てかキリト。コンバートの件はもうアスナとユイちゃんに話したのか?後、お前の妹のリーファにも」
「一応、総務省の調査依頼だって話したさ。お前こそ二人に話したのか?」
「ちゃんと話したっつーの。金で釣られたと知ったマリンの視線が痛く、ストレアにはしょうがないな~と呆れられたけど」
自宅からじゃなく、菊岡のオッサンが用意した場所からGGOにログインするからな。隠し通すことなんて出来ないし、追及の手を一時的に緩めるには、ある程度は話すしかないしな。
ちなみにマリンは七海のプレイヤーネームだ。種族はオレと同じウンディーネじゃなく、レプラコーンだけど。
「どっちにしろ、終わったら土下座だけどな」
「土下座で済めばいいけどな……」
死銃については一切話していないからな。また危ないことに首を突っ込んだと知られたら、雷が落ちるのは確定だし。
「「気が重い……」」
近い未来となる、マリン達の説教を想像してオレとキリトは深い溜め息を吐いた。
「皆さんこんにちは。後書きコーナーの時間です」
「これで三回目だけど、何で二回もオチの如くボコられるんだ?」
「諦めろ、レーヴェ。これが“お約束”というやつなんだ……!」
「そのお約束で、これからもボコられるんだな……」
「ほら二人とも!そんな暗い気分で進行しない!」
「そうだよ~。今回のゲストはアタシなんだし!」
「今回のゲストはストレアか……初めてリリースされたゲーム、《インフィニティ・モーメント》から登場したキャラクターだな」
「ユイと同じAIで、妹にあたるんだよな」
「体格差から、小さいお姉さんと大きな妹ってことになるな。ゲームではパーティーメンバーとして登場してたしな」
「こっちではユイと同じ立ち位置だけどねー」
「アハハ……ちょっとしたネタバレになっちゃったかな?」
「そんなストレアは、ゲームでは両手剣を手に暴れるぞ」
「ああ。敵を蜂の巣にする歩く殺戮兵器や、敵を紙吹雪のように吹き飛ばす金色のゴリラとはまた違った……って、なんだこの悪意ある原稿は!?」
「キリト君……?誰が歩く殺戮兵器なのかな……?」
「いや、待ってアスナさん!俺はただ、用意された原稿を読んだだけで……!」
「問答無用!!」
「あーっ!?」
「相変わらず二人は仲良しだねー」
「これが俗に言う夫婦漫才か……一撃で敵に風穴を作る衛星兵器や、敵を芝刈り機の如く狩り尽くす銀色の熊……とも違うのは確かだけどよ」
「用意された原稿を丸々読んでるねー。後でどうなっても知らないよー?」
「たぶん、大丈夫だろ。二人は大人びてるし、この場にいるのは『ヒュウゥゥゥ……』……ん?この音ハギャアッ!?」
「おお!見事に風穴が開いたね!」
「オレも用意された原稿を読んだだけなのに!?」
「そろそろ時間だねー。それじゃあ、バイバーイ!」