ウマソウルに聖女の祝福を!   作:じゅぺっと

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ブリーダーズカップ制覇を目指す合同チーム『DREAMS』。
そのトレーニングコースに、奇妙な“声”が響き始める。

【カイコクせよ……カイコクせよ……】

声に怯えるマルシュロレーヌ。
その異変を察知した“自称聖女”レッドディザイアは、
ヤンキー先輩・エスポワールシチー、そして尊敬するマンハッタンカフェと共に
迷い込んだ“ウマソウル”の正体を追い始める。

やがて浮かび上がる名前──そして明かされる真実は、
マルシュと幼馴染ラヴズオンリーユーの絆を揺るがすもので……。

魂の返還、友情、そして“開国”の物語が今、始まる。


ブリーダーズカップの後輩を導く私が聖女である件について

「このトレセン学園は、異セカイから彷徨える魂が舞い込む場所……それをあるべき場所へ返すこともまた、聖女の使命!」

 

 自称聖女ウマ娘、レッドディザイアは両手を天に掲げ、高らかに宣言した。

 

「……誰に喋ってんだ、お前?」

 

 突然あまりにも奇怪なことを言い出したレッドディザイアに、怪訝な目を向けたのはヤンキーギャル系ウマ娘、エスポワールシチーだ。

 

「今、感じたのです……このチームに、彷徨える魂により惑わされている者がいると!」

 

 レッドディザイアには、特別な力がある。

 現世の存在とは異なる、超常の存在がもたらす影響を、うっすらと感じ取ることができるのだ。

 

「さぁ……迷える子羊ウマ娘さん。この聖女が導いて差し上げましょう。さぁ!」

「子羊なのかウマ娘なのかハッキリしろよ」

 

 テンションの上がっているディザイアに、エスポはやれやれとため息をついた。

 

「つーか、ここはブリーダーズカップ制覇のために集まったやつらの場所だぞ。そんな遊びに付き合ってる暇があるわけねーだろが!」

 

 エスポの言う通り、ここはアメリカのブリーダーズカップ制覇を目指して集まったウマ娘たちのためのトレーニングコースだ。

 かつてレッドディザイアやエスポワールシチーも単独で挑戦したが、勝つことは叶わなかった。

 

 そこでカジノドライヴの発案により合同チーム『DREAMS』が結成され、ディザイアとエスポは挑戦者たちを支える先輩として呼ばれていたのである。

 

「あのあのっ、ディザイア先輩。少し相談に乗ってもらってもいいですか?」

「ホントに来やがった!?」

 

 ディザイアに声をかけてきたのは、一体の人形を操るウマ娘、マルシュロレーヌだった。

 幼馴染みのラヴズオンリーユー曰く、本来はとても内気な性格らしい。だが、腹話術士のように人形越しに話しているときの彼女は元気いっぱいで、神秘的なディザイアにも、強気なエスポにも怯まない。

 

「マルシュさん! さぁ、この聖女にあなたの抱える悩みを話してごらんなさい」

 

ディザイアの問に、マルシュは少し息をのんで口にした。

 

「はい……実は最近、変な声が聞こえてくるんです」

「変な声?」

「いつ、どのような声が聞こえるのですか?」

「このコースを走っているときと……あと、寝る前に、小さく何度も声が聞こえるんです。『カイコク』しなさいって」

 

 『カイコク』。

 いくつか意味はあるが、日常でそうそう使う言葉ではない。ディザイアは、まず真っ先に浮かんだものを口にした。

 

「注意を促す意味での“戒告”でしょうか……マルシュさん、最近なにか、あなた自身に変わったことはしましたか?」

「最近……ダートを走る練習を始めたんです」

「あ? お前、芝路線じゃねえのかよ」

 

 マルシュロレーヌは芝のウマ娘としてデビューしたはずだ。未勝利を抜け出し、少しずつ勝ちを積み上げているタイミングでもある。

 

「私は、芝じゃラヴちゃんみたいに走れない。いっそダートに切り替えた方がいいんじゃないかって」

「お前な、ダートは今までろくに走ったこともないやつが簡単に勝てる世界じゃねえんだぞ?」

 

 ダートウマ娘の中でも最強格と言って差し支えないエスポが、苦言を呈する。

 芝からダートに切り替えて勝つのは不可能ではないが、極めて難しい。それはレッドディザイア自身も、よくわかっている。

 

「……わかってます。でも、私も本気なんです。私は……ラヴちゃんに肩を並べられるウマ娘になりたい」

 

 そう言って、マルシュは自分の首につけたチョーカーへ目を落とした。

 

「そのチョーカーは、ラヴズさんから?」

「はい。ブリーダーズカップに挑戦するって決めたときに、お揃いで買ったんです」

「二人で試練を乗り越える決意を固める……素晴らしいことですね」

「はい。二人でブリーダーズカップに勝つためなら、ダートだって走りますっ!」

 

 ラヴズオンリーユーは、デビューから無敗でオークスを制したほどのウマ娘だ。

 そんな彼女に肩を並べるハードルは、極めて高い。

 

「それが甘いってんだよ。今からダートに切り替えて、ブリーダーズカップでラヴズの走りに並ぶなんて、夢物語じゃねえか!」

「それでも……諦められない夢なんです!」

 

 一歩間違えれば恫喝にも聞こえるエスポの声にも、マルシュは怯まなかった。

 ディザイアは胸の前で手を合わせ、聖女として、そして先輩として語りかける。

 

「マルシュさん。この聖女が導いて差し上げましょう」

「ほんとですか!?」

「具体的には併走です。エスポさんは、マルシュさんの走りを見ていてあげてくれますか? 彼女の言葉が夢物語かどうか、少なくとも走りを見ないことにはわからないでしょう?」

 

 ディザイアの提案に、エスポはひとつ深呼吸してから答えた。

 もともと自分たちは、後輩をブリーダーズカップで勝たせるためにここにいる。気持ちだけで一蹴するのは違う、と考え直したのだろう。

 

「……ディザイア、お前ダート走れんのかよ?」

「真の聖女は戦場を選ばない。どんとこいオールウェザーです」

「それデジタルのパクリじゃねーか。……まぁ、いいけどよ」

 

 レッドディザイアは国内ダートレースを走ったことこそないが、海外のオールウェザーコースで勝利経験がある。

 ダートコースの心得も、ある程度はあった。

 

「さぁマルシュさん……あなたの悩みも走りも、今持てるすべてをぶつけてください」

「わ、わかりました……お願いしますっ、ディザイア先輩!」

 

 二人はダートコースを、よーいドンで走り出した。

 ディザイアはマルシュの走りを見るため、少し後方で様子をうかがう。

 

(……まだ不慣れではありますが、少なくとも適性はあるようですね)

 

 専門的な助言はエスポに任せるとしても、素養は感じられた。

 だが、一分ほど走ったあたりで――マルシュの背後に、この世ならざるものの気配が立ち上った。

 

【カイコクせよ……カイコクせよ……】

「ひぃ……!」

 

 その声に、マルシュはびくりと肩を震わせ、走りの勢いを落とした。

 走っている間は人形を持てない。本来の大人しい彼女にとって、レース中に響く謎の声は、あまりにも恐ろしいのだろう。

 

「おいどうしたマルシュ! そんな走りじゃダートでも通用しねぇぞ!」

 

 エスポが檄を飛ばす。

 彼女にはその声は聞こえていないのだろう。急にマルシュが減速したようにしか見えないはずだ。

 

【カイコクせよ……カイコクせよ……】

 

 その声は、併走が終わるまで続いた。

 走り終えてへろへろになったマルシュに、ディザイアは飲み物とタオルを差し出す。

 

「……ったく、序盤は悪くない走りだったのにどうしたんだよ」

「ご、ごめんなさい……私、怖くて……」

 

 人形を装備する余裕もなく、声を震わせるマルシュに、エスポはばつが悪そうにディザイアへ目を向けた。

 

「チッ。ディザイア、どうなんだよ?」

「エスポさん、はっきり感じました。マルシュさんは異セカイから来た魂……“ウマソウル”に憑かれているのです」

「“ウマソウル”?」

 

 エスポの知らない単語を前に、ディザイアは再び聖女ポーズを取りながら説明を始めた。

 

「私たちウマ娘には、必ず魂が宿っています。しかしそれが、何らかの理由で魂だけこの学園に訪れ、別のウマ娘の中に入り込んでしまうことがあるのです。一人のウマ娘に複数の魂が入るのは、望ましい状態ではありません」

「あー……リッキーの風水的なアレか」

 

 エスポの同室ウマ娘、コパノリッキーは風水を得意としている。

 あれは霊的なものではなく、数学的根拠のある統計学に近いのだが、ディザイアは特に訂正しなかった。

 

「その魂が何者か“特定”し……いつかウマ娘としてこの学園に現れることができるよう、“返還”するのです」

「で、そのために何すりゃいいんだよ」

 

 知らない言葉に引っかかるより、具体的な手順を聞くあたり、エスポも慣れている。

 

「まずはマルシュさんに囁くウマソウルが何者か、特定しましょう」

「なんだよ、水晶玉とにらめっこでもすんのか?」

「いえ、これを使います」

 

 そう言ってディザイアが取り出したのは、自分のスマホだった。

 オカルトから一転して現代科学の結晶が出てきたことに、エスポはがくりと肩を落とす。

 

「Uooule検索でわかんのかよ!?」

「お静かに……今、かかってきますので」

 

 ポンポロンロン、とディザイアのスマホに着信が鳴る。今どき珍しい、昔の携帯電話みたいな電子音だ。

 電話に出ると、すぐに相手の声がした。

 

『……ディザイアさん、おつかれさまです』

「相手の声ちっせえな。誰と喋ってんだ?」

 

 ウマ娘は聴覚に優れる。電話越しでも、相手の声はある程度拾える。

 とはいえ、この声がエスポに届かないのも無理はなかった。ディザイアはわざと大きな声で言う。

 

「カフェさん、やはり見ていてくださったのですね!」

 

 電話の相手はマンハッタンカフェ。

 レッドディザイアが最も敬愛するウマ娘であり、彼女にとっては“我らが父”を慕う修道女めいた心で仰ぐ存在でもあった。

 

『ディザイアさんの併走のおかげで、マルシュさんに引き寄せられた“ウマソウル”の手がかりがわかりました。これより“特定”に入ります。手順は覚えていますか?』

 

 異セカイから訪れたウマソウルの特定には、順序がある。

 もっとも、それは決して難しいものではない。

 

「まず私が聖女として聞き込みで情報を集めます。今回はマルシュさんが自分から名乗ってくださったおかげでスムーズでした」

「……聖女ってSNS使うモンなのか?」 「皆を導くために使えるものは何でも使うのが聖女……そしてカフェさんが必要な質問を三つほど行い、その答えによってこの学園に迷い込んだウマソウルは“特定”されるのです!」

『その通りです。では、早速“特定”に入りましょうか』

 

 カフェの声に従い、ディザイアは意識を電話に集中させた。

 

『ディザイアさん。マルシュさんが声を聞くのは、どのコースを走っているときですか?』

「アメリカのブリーダーズカップを制覇するために用意されたダートコースです」

 

 このコースは、日本のダートよりもブリーダーズカップの環境再現に寄せている。

 トレセンの中で、最もアメリカに近い場所だ。

 

『なぜ芝路線のマルシュさんは、ダートコースを走っていたのでしょう?』

「マルシュさんは、芝からダートへの路線変更を考えているのです」

「チッ、みんながみんなファル子みたいに走れるわけじゃねえんだぞ……」

 

 エスポのその言葉は、マルシュをバカにしているのではない。

 芝からダートへの転向は不可能ではない。スマートファルコンのように皐月賞の惨敗を経てダートで飛躍した例もある。

 だからこそ、その道がどれだけ厳しいかも知っているのだ。

 

「でもマルシュさんは、冗談でも現実逃避でもない。本気です。本気でラヴズさんに並ぼうとしているのです」

 

 それだけは、併走したディザイアが誰よりも理解していた。

 電話の向こうで、カフェが静かに頷いた気がした。

 

『では最後の質問です。これを踏まえて、ウマソウルが囁いた【カイコク】とは、何を指していると思いますか?』

 

 ディザイアは少し考え、答える。

 

「……開国、だと思います。日本とアメリカを繋ぐブリーダーズカップこそが、あのウマソウルが迷い込んだきっかけなのですね」

『その通りです。そのウマソウルは、アメリカから日本に開国を要求するためにやってきました』

 

 もうカフェの中では、答えが出ているのだろう。

 

『アメリカと日本を繋ぐ架け橋。芝からダートへの路線変更を成し遂げ、開国の道標となった。そんな特徴を持つウマソウルは、一つしかありません!』

 

 その言葉に導かれるように、ディザイアは名を口にした。

 

「クロフネ……ダートの世界で、たった二戦で最強馬として語られるようになったウマソウル」

「たった二戦だぁ? あーしがダート最強になるまで何回走ったと思ってんだよ!!」

 

 ダートGⅠ十勝のエスポの言葉には、当然それだけの重みがある。

 だがディザイアが垣間見た伝説もまた、紛れもない事実だった。

 

「クロフネさんと同期のアグネスタキオンさんは、公式たった四戦で神話となりました……あの時代は、そういうものだったのです」

 

 まるで直接その時代を見てきたような口ぶりに、エスポは食ってかかるのをやめた。

 

「で、どーすんだ? そのクロフネってやつをマルシュからお祓いすんにはよ」

「いえ、マルシュさんの中にクロフネさんは入っておりません」

「は? 話が違うじゃねえか」

 

 エスポが首をかしげる。

 へろへろになっていたマルシュも、どうにか人形を装着して口を開いた。

 

「あのあの、どういうことですか? さっきは一人のウマ娘の中に二つのウマソウルがいるって……」

 

 たしかにディザイアは、一人のウマ娘に複数の魂が入るのは望ましくないと話した。

 だがディザイアは落ち着いて答える。

 

「先程の併走で、マルシュさんの魂には特に異常はありませんでした。ただ、彼女の近くでウマソウルの声がしただけ。恐らく別のウマ娘にクロフネさんが入り、マルシュさんに開国を要求しているのです」

「誰かって……誰だよ」

 

 その時――ディザイアたちに、否、マルシュに、一人のウマ娘が歩み寄ってきた。

 

「マルちゃん? 先輩たちと併走してたの?」

「ラヴちゃん……うん、ダートの走りを見てもらっていたの」

 

 マルシュの幼馴染み、ラヴズオンリーユーだ。

 ラヴズは先輩たちへの挨拶もそこそこに、ふらついているマルシュの体を支えた。

 

「マルちゃん……どうしてもダートを走るの?」

「うん……最初は、ラヴちゃんがブリーダーズカップを走るお手伝いができればそれでいいって思ってたけど……でもやっぱり、ラヴちゃんに並びたいんだ」

 

 目深にかぶった帽子の奥から、確かな決意が覗いていた。

 ラヴズはその瞳から目をそらし、言う。

 

「マルちゃんの気持ちは尊重したいけど……やっぱり難しいと思うわ。今からダートを走るなんて」

「……ダチを応援してやらねーのかよ?」

 

 その言葉に待ったをかけたのは、意外にもエスポだった。

 ダートの先輩として、そしてブリーダーズカップに挑んだ先達としての厳しい目で、ラヴズを見る。

 

「エスポ先輩こそ、マルちゃんに愛のないキツいことを言ったんじゃないですか?」

「ラヴちゃん……?」

 

 ラヴズのその言葉は、いつもの彼女らしくなかった。

 売り言葉に買い言葉のような響きに、マルシュが驚いてラヴズを見上げる。

 

 エスポは髪をがしがしとかき、舌打ちした。

 

「…………チッ。まぁ、あーしが口を挟むことじゃねえけどよ。お前らで勝手にしな」

「ええ。行きましょう、マルちゃん。今夜はお揃いのマグカップで乾杯して、ゆっくり休みましょ」

「うん……」

 

 二人は寄り添いながらコースを去っていく。

 首元には、お揃いのチョーカー。

 

 本当に、仲の良い二人なのだろう。

 

 その姿が見えなくなってから、ディザイアは三度、両手を天に掲げた。

 

「見えました……“返還”までの赤き真実が!」

「……なんでもいいけどよ、ありゃ無理なんじゃねえの。ダチにすら応援してもらえなくて、路線変更が上手くいくかよ」

 

 ラヴズの様子に悲観的になるエスポに、ディザイアははっきり首を振る。

 

「エスポさん、お願いがあります。もしウマソウルを返還して……いえ、マルシュさんがダートを走ることをラヴズさんが心から応援してくれるようになれば。マルシュさんに、本気でダートの指導をしてあげてくれますか?」

 

 ディザイアもまた、先輩としてマルシュの走りを案じていた。

 

「……ディザイアが教えるんじゃねーのかよ?」

「私にできるのは、二人の関係をあるべき姿に戻すこと。エスポさんの仰る通り、芝からダートへの路線変更は困難を極めます。ましてブリーダーズカップを制覇するとなれば……ダート最強ウマ娘たるエスポさんのお力は必須でしょう」

 

 エスポワールシチーは、トレセンダートウマ娘の中でも最強格だ。

 しかも見かけによらず、トレーニング方法や練習の組み方への知識も深い。良いトレーナーに恵まれたのだろう。

 

 そんな彼女の本気の指導があれば、少なくとも光明は差す。

 

「……わーったよ。元々そのためにここにいるんだしな」

 

 エスポは頷いた。

 すかさずディザイアはその手を取って感謝する。

 

「ああエスポさん、神のごとき寛大なお心に感謝いたします……! あなたに聖女から祝福を授けましょう……!」

「な、なんだ急に!? 褒めてもなにも出さねーぞコラァ!」

 

 急に褒められて、エスポは照れ隠しのように怒鳴る。

 ディザイアは満足げにうんうんと頷き、言った。

 

「出すのはこちらの方ですから。今夜、このダートコースで待っていてください。本物のウマソウルを見せて差し上げましょう」

 

 その晩。

 マルシュはラヴズに言われた通り、早めに休んでいた。

 

 同室のキセキも、徹夜でマンガを描いた疲れが来たらしく、「先に寝てるね」と書き置きを残していたので、自分も大人しくベッドに入ったのだ。

 

(ディザイア先輩……エスポ先輩……私のこと、心配してくれてた)

 

 疲れてはいる。

 けれど、先輩たちに相談して言われたことが頭を巡って、なかなか眠れない。

 

(わかってる……私なんかが、ラヴちゃんに並ぶなんてムチャだってこと……でも……諦めたくない)

 

 小さな頃からずっと一緒だった幼馴染み。

 ブリーダーズカップに挑戦する理由。

 

(でも……ラヴちゃんに応援してもらえないなら……やっぱり、やめた方がいいのかな……)

 

 ラヴズは、自分のダート挑戦を否定こそしない。

 だが、積極的に応援してくれているわけでもないことは、マルシュ自身が一番よくわかっていた。

 

 そんな彼女の耳元に、今日もまた声が囁く。

 

【開国せよ……開国せよ……】

「ひっ……!? また、この声……」

 

 ベッドの中では、人形もつけられない。

 弱気なマルシュを追い詰めるように、声は繰り返される。

 

 開国。

 日本とアメリカを繋ぐ存在になれという意味だと、ディザイアは言っていた。だが、これではまるで逆効果だ。

 

「お願い……もうやめて……ラヴちゃんに応援してもらえないのに……開国なんて……やっぱり、私には……」

 

 諦めの言葉がこぼれかけた、その瞬間――部屋の電気がぱっとついた。

 

「幼馴染みとの寝落ち通話……大変心温まる会話だと言いたいところですが、怖がらせるのは感心しません」

「ディ、ディザイア先輩……!? なんでキセキちゃんのベッドに……!?」

 

 なんと、隣のベッドにいたのは本来同室のキセキではなく、レッドディザイアその人だった。

 

「聖女の説得で入れ替わりました。具体的には『これを漫画のネタにしていいですよ』と」

「ああ、キセキちゃんならそれで……じゃなくて、寝落ち通話って……?」

 

 ディザイアは、あの謎の声に対して寝落ち通話という言葉を使った。

 

「あなたはマルシュさんの幼馴染みという立場を利用して、芝からダートへの路線変更を考えているマルシュさんに開国を迫った。しかしなぜか、彼女が走っていたりベッドにいるとき……人形をつけられないタイミングを見計らって」

 

 そう言って、ディザイアはマルシュの生活スペースへ歩み寄り、首元のチョーカーをつまんだ。

 

 そこに、小さなスピーカーが仕込まれていることを見逃さなかったのだ。

 

「友達の新たな走りは応援してあげなければいけない。けれど、あなたは寂しかった。あなたは誰よりも、マルシュさんが自分のそばから離れてしまうことを恐れていたんです」

 

 マルシュはこのチョーカーを、ブリーダーズカップに挑戦するときにお揃いで買ったと言っていた。

 相手は当然――幼馴染みの彼女だ。

 

「クロフネのウマソウルに取り憑かれているのは……ラヴズオンリーユーさん、貴女です!」

【……ッッ!!】

 

 チョーカーから、はっきりと息を飲む音がした。

 それがラヴズのものだと、マルシュにはすぐわかった。

 

「ラヴちゃんが、私に開国せよって言ってたんだね……」

【マルちゃん……違うの、私は……】

 

 何を言えばいいのか、自分でもわからない。

 それほどまでに、ラヴズは動揺していた。

 

「あのね。夕方、ラヴちゃんがエスポ先輩に言ったとき……私も思ったんだ。いつものラヴちゃんなら、先輩にあんな……意地悪な言い方はしないって」

「一人のウマ娘に複数のウマソウルが入り込んだ弊害でしょうね」

 

 ディザイアが淡々と補足する。

 けれど、今は彼女の出番ではない。今は二人が言葉を交わす番だ。

 

「でもね……私も言えなかった。ラヴちゃんがおかしいんじゃないかって……それを言ったら、本当にラヴちゃんに嫌われちゃうんじゃないかって……」

「マルちゃん……そんなことないわ。私、マルちゃんのことを信じてる。信じてあげるのが愛なのに……おかしいわよね」

 

 ラヴズもまた、離れたくない気持ちと、応援したい気持ちのあいだで揺れていたのだろう。

 

 マルシュは自身の相棒であるパペットを装備し、力を込めて言った。

 

「ラヴちゃん! 私たち、ずっと一緒だったよね。小さい頃から、トレセンに入ってからもずーっと!」

「うん……!」

「だからね、違うレースを走っても、走る路線が変わっても……いつかトレセンを卒業して、私たちがお母さんになったとしても、ずっとずっと一緒だよ。約束!!」

「マルちゃん……! ゴメンね、私……!」

 

 涙を流して謝るラヴズに、マルシュはそっと、お揃いで買ったチョーカーを抱きしめた。

 きっとラヴズも、向こう側で同じようにしているのだろう。

 

 ディザイアは聖女として、二人ではなく、その想いに縋っていたウマソウルへ告げる。

 

「さぁ、開国は為りました。クロフネさん、あなたもあるべきセカイへ帰るときです」

 

 答えはない。

 だが、もはや手はずは整っている。

 

「私たちに開国……ブリーダーズカップの制覇が為せるか不安なら、ダートコースへお行きなさい。さすれば現トレセン最強のダートウマ娘が、貴方と対峙するでしょう」

 

 その言葉のすぐあと。

 ダートコースでナイター用の照明をつけて待っていたエスポワールシチーは、笑って言った。

 

「……ホントに来やがった。ヤン子、よく見とけよ」

 

 その目線の先には、マルシュやラヴズより下の世代のイノベーターウマ娘、フォーエバーヤングがいる。

 まだデビュー前、未来のダートの申し子は口笛を吹いた。

 

「リッキーさんの指定した吉方と吉時、ドンピシャでしたね。さっすがトレセン学園、常識で測れないイノベーションに満ちてる!」

 

 現れたウマソウルは、エスポに反応して白いウマ娘のような輪郭を形作った。

 

「……ダート最強として伝説になったっていうから、どんな厳ついやつかと思ったけど。随分白くてキレイじゃねーか」

「カレンチャンをカッコよくしたみたいな雰囲気ありますね~」

【開国せよ……】

 

 白いウマソウルの声は、もはやエスポにもヤン子にもはっきり聞こえた。

 ゆえにエスポは、現トレセン最強ダートウマ娘として断言する。

 

「できるさ。時間はかかっても必ずできる。なんたって……最強ダートウマ娘のあーしが教えてやるんだからなぁ! まずはてめえをピヨッピヨにして、元の世界とやらに送り返してやんぜ!」

 

 こうして、クロフネとエスポワールシチーの、時代と世界を超えた激闘が始まった。

 そして戦いが終わる頃には、クロフネは消え――ウマソウルはあるべき場所へ帰っていったのだった。

 

「さぁ今日も気合い入れてくぞマルシュ! てめえをファル子やクロフネにも負けねぇ……最強のダート転向ウマ娘にしてやっからよ!」

「はいっ! 今日もよろしくお願いします、エスポ先生っ!」

「先生は堅苦しいからやめろぉ!」

「フフッ……頑張って、マルちゃん。どんな結果になっても、愛してるわ」

 

 そしてラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌは、二人揃ってブリーダーズカップを制し、伝説になるのだが――それはまだ未来の話。

 

 聖女として後輩を導いたレッドディザイアは、満足げにマンハッタンカフェと語らっていた。

 

『ディザイアさん、おつかれさまでした』

「これも聖女として当然の務め……私自身がいつか異セカイに至るための試練なのです」

『そうなったときは……私も少し寂しいですが、あなたの門出を祝うことにしましょう』

 

 マンハッタンカフェにとっても、レッドディザイアは愛娘のような存在だ。

 そんな彼女がいつか異セカイへ行ってしまったら――カフェは寂しい。それでも愛娘の願いを無碍にはできなかった。

 

『思い出しますね。ディザイアさんが初めてウマソウルを導いて、元のセカイに返した日のこと』

「やはり、昨日のことのように思い出してくださいますか!? 私も、ちょうど思い出していたところなんです!」

 

 二人は過去を追憶する。

 トレセン学園に迷い込んだウマソウルを、今回のエスポのように協力してくれるウマ娘とともに“特定”し、“返還”してきた日々を――




ウマ娘レッドディザイアのビジュアルがめっちゃ好みで、彼女を主軸にした連載を書きたいな~としばらく思っていたのですが、ひとまず小説で書けそうなくらいキャラクター像がつかめたので書き始めました。作品のモチーフは某センターです。

ひとまず全5話(やってくるウマソウルが5頭)くらいで考えています。

マルシュロレーヌとラヴズオンリーユーの関係も好きで、多分マルシュにブリーダーズカップのダートを教えるのはエスポでそこでひと悶着あるんじゃないかなと想像したのがこの第一話になります。

第二話も粗方書けていますので、次話『葦毛のウマに悪いやつはいない』も楽しみにしていただけると幸いです。
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