OVA:共鳴を使わない男を、共鳴最強の世界三位にぶつけてみた   作:檻@102768

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 ここにたどり着くまでの約一ヶ月間、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

 ファイトはこれにて決着。
 マテリアルやエピローグはありますが、本編は、一旦の完結です。



 それでは、結末をどうぞ。





11 最後の暗号は、『白紙』だった

 

 

 

 

 

 ――――眼前の敵を、見据える。

 

 

 

「僕のターン、ドロー」

 

 

 

 彼が、山札の上へ指を伸ばす。

 ドローで引かれた瞬間、彼の山札は残り一枚になりました。

 

 残り一枚。

 通常ならば、それは敗北目前を告げる数字です。

 

 

 けれど、此方はまだ勝利を確信できませんでした。

 

 

 彼は、ここまで来た。

 数多の必殺をいなされ、多くの消費をプレイングで取り返しながら、なおも食らいついてきたのです。

 

 

 ならば。

 残り一枚になってなお。未だ勝利ではないと気を引き締めるのが敬意でしょう。

 

 

 

(それにしても――――本当に、尋常でなく強いですね)

 

 

 これまで世界の頂に連なる者たちと戦ってきましたが。

 それでもなお、これほどの脅威は数えるほどです。

 

 

 でも、もう…………ここまで追い込みました。

 

 

 もう状況は既に詰将棋です。

 

 

(詰将棋。…………ふふ。

 言い得て絶妙ですね)

 

 

 手順が長いほど詰将棋は難しい。

 逆に言えば、ここまで手が進めば、もう読み切るべき筋は多くない。

 

 有利(アドバンテージ)は確保できている。

 …………優勢のままここへ辿り着けたなら、あとは見逃さなければいいだけです。

 

 

 盤面を確認します。

 

 

 彼の場には、〈終焉の巨人 スルト(フィニッシャー)〉。

 そして、〈スルト〉と〈絡まった命綱(身代わりの耐性付与)〉で結ばれた、〈自転式の砂時計(ループパーツ)〉。その他、いくつかの暗号の欠片(コンボパーツ)

 

 

 〈スルト〉が攻撃すれば、彼の山札は削れる。

 残り一枚の山札では、もはや一度の攻撃さえ自滅に等しい。

 

 

 そして墓地には、〈揺月の水面鏡(コピーカード)〉。

 

 彼の手札はわずか二枚。

 けれど、墓地にあるそれを含めれば、まだ息切れ程度。

 息の根までは止まってない。

 

 

 対して、こちらの場には〈縛なるもの 終焉未達体(ネヴァー・エンド)〉。

 

 敗北を拒絶するクリーチャー。

 このファイトを終わらせないための楔。

 

 手札には、〈停滞の福音(デッキ修復)〉。

 〈白銀の静域(ダメージメタ)〉。

 そして、妨害が二枚。

 

 

 勝利のために、複数のルートを並行展開し。

 妨害されたルートの残骸すら、次の足場へ変えながら。

 

 無数の手札アドバンテージを吐き出すあのデッキで、ついぞここまで詰め寄ってきた。

 

 

 

 油断など、できるわけもなく。

 

 しかし此方のほうが有利というのもまた事実。

 

 

 

「僕は――――――」

 

 

 ならば、問題は一つ。

 彼が、この状況で何を勝ち筋として提示してくるか。

 

 

 

 

 真っ向からの必殺のコンボ?

 詰めから逃れる延命策?

 あるいは本命を通す為のブラフ?

 

 それとも……せめてもの悪あがきか。

 

 

(いえ。それは、ないでしょうね)

 

 

 だって。余りにも目が死んでいない。

 

 

 これほどの窮地にまで追い込まれ、なおも諦めの一つもにじまない境地。

 

 興ざめとは対極に位置する感情をもたらす、焼け付くような勝利への渇望。

 

 

 仮に、このまま此方が勝ち切ったとしても――――彼を、敗者の一言で片づけることはできない。

 

 この気概だけで、此方を、世界三位をして、一目も二目も置くに値する。

 

 

 

 さぁ――――――魅せてください。

 

 

 

 この局面。最優先で警戒すべきは、無限バーン。

 〈ネヴァー・エンド〉の処理も、度重なるライフゲインで膨れ上がった此方のライフも、ループさえできればまとめて消し飛ばせる。

 

 次点の脅威はデッキデス。

 単なる負け筋以上に、こちらのデッキを破壊し尽くされた後、デッキ修復にコピーを通されると一気に仕切り直しにされてしまう。

 

 

 

「――――〈時渡りの階段(ターン追加)〉をプレイします。通りますか?」

 

 

 

 その一言で、空気が止まった。

 

 ざわ、とギャラリーが揺れる。

 

 

 ここに来て〈時渡りの階段(ターン追加)〉。

 

 最も危険な札。……の一枚では、あるのですが。

 

 

 

「…………少々お時間を頂きます。対応を考えますね」

 

 

 

 ……正直、予想外の一手です。

 

 

 

 〈自転式の砂時計(ループパーツ)〉とのコンボで、成立すれば無限ターン。

 本来なら勝ちに限りなく近いリソースをもたらすコンボ。

 

 これまでなら妨害一択でしたが…………今は状況が違います。

 

 

(ここでプレイしてくるのがターン追加ですか。…………何が狙いです?)

 

 

 大まかに可能性は3つ。

 本命。延命策。もしくはブラフ。…………いったいどんな思惑が?

 

 

 その思惑を、即座に判断することはできません。

 

 

 

 これが本命だとします。

 通せば無限ターンのコンボが成立。…………ですが彼の山札は、残りたったの一枚。

 

 つまり事実上はただの追加ターン。無論、無意味ではありませんが…………

 

 このまま此方に回ってくるはずだったターンを飛ばして、追加ターンを得る。

 それで手にするリソースは、「このターンの残りのマナ」と、「次のターンのドローで引いたカード」。

 そして「次のターンの上限のマナ」。

 

 

(墓地に残っているコピーカードも忘れないようにしなければ。

 それを含めても、使えるカードは残り三枚。なら――――まず凌ぎ切れますね)

 

 

 それに対しこちらは妨害が二枚とダメージメタ、そしてデッキ修復という珠玉の手札。相手の三枚に対し四枚と数で上回っています。

 無論、対処できる札とできない札、打ちたくない札(・・・・・・・)などの兼ね合いもありますが……それも、ターン追加とドローで入れ替わるカード次第。

 

 

(もちろんラストドローは未知……何が出てくるかわからないのは脅威ですが、秘跡(妨害不可)でない限り、妨害さえ温存できていれば撃ち落として終わりです)

 

 

 無限にターンを得たところで、山札が尽きれば終わる。

 

 〈スルト〉で攻撃することもできない。

 ドローを重ねることもできない。

 

 

 

 

(では延命策? それもあり得ます、けど……)

 

 

 追加ターンによって、あと一枚を使う猶予を得る。

 墓地の〈揺月の水面鏡(コピーカード)〉を絡めて、こちらの〈停滞の福音(デッキ修復)〉をコピーする。

 あるいは、その流れでこちらの妨害を釣り出し、その隙に別のルートへ移る。

 

 

 

(〈ネヴァー・エンド〉を破壊され、そのうえで必殺のコンボを仕掛けて来て。

 此方が〈デッキ修復〉をプレイし、それをコピーできれば可能ですが……)

 

 

 その可能性も、なくはない。けれど……

 

 

(無限ターン状態では、此方のデッキがゼロになっても負けません。ラストドローが消えますから。

 つまり無限ターンの時点で、デッキ破壊での負けは消えます)

 

 

 それとも無限ターンにせず、単なるターン追加にして、デッキ破壊して此方にドローさせる?

 

 単なるターンの追加で、彼のデッキが空になった状態で〈ネヴァー・エンド〉が破壊されて。

 デッキ破壊して、此方にターンが来る。

 

 その瞬間であればデッキ修復を打たざるを得ません。それにコピーを当てられれば仕切り直しですが……

 

 

(けれど、その場合も手札の枚数が足りません。

 妨害で凌ぎ切れます)

 

 

 このまま〈ターン追加〉をスルーすれば、彼は追加ターンを得ます。

 

 手札は一枚。

 墓地に、墓地起動の〈水面鏡〉。

 そして、次のドローで手に入る最後の一枚。

 

 使える札は、最大で三枚。

 

 十分に危険。

 けれど、凌ぎきれる術がある限り、致命には届かない。

 

 

(〈スルト〉で〈ネヴァー・エンド〉を破壊する? いいえ、それは無理でしょう)

 

 

 〈スルト〉が攻撃すれば、彼の山札は削れる。

 残り一枚の山札でそれを行えば、追加ターンのドローに耐えられない。

 

 ならば、負けないカタチで〈ネヴァー・エンド〉を処理するには、火力か除去が必要になる。

 

 そのうえで、こちらのデッキを破壊し、こちらが〈停滞の福音(デッキ修復)〉を撃たざるを得ない状況を作り、それを〈水面鏡(コピーカード)〉でコピーする。

 

 

 理屈の上では、可能性はある。

 

 けれど、手札が足りない。

 

 

 〈ネヴァー・エンド〉を処理する札。

 デッキを破壊する札。

 〈停滞の福音〉に重ねる〈水面鏡〉。

 そして、こちらの妨害を越える札。

 

 

 必要な工程に対して、彼のリソースは細すぎる。

 

 

(なら、デッキデスは本線ではない)

 

 

 警戒すべきは、むしろバーン。

 

 〈ネヴァー・エンド〉を火力で焼き、そのまま此方のライフを削り切る。

 無限ターン中なら、必要な火力が一枚でもあれば、それが繰り返される。

 

 それは最大の脅威です。

 

 

(けれど――――それなら、〈白銀の静域(ダメージメタ)〉で止められます。

 妨害を温存して凌げるなら、これ以上はない対処です)

 

 

 

 なら、この〈時渡りの階段(ターン追加)〉は通してもいい。

 そして、彼が本当に火力へ向かった瞬間に、〈白銀の静域(ダメージメタ)〉で受ける。

 

 

(そうです。此方が今、妨害を費やすべきではない。

 延命策へのマストカウンターは〈揺月の水面鏡(コピーカード)〉。それに妨害は当てるべき)

 

 

 妨害は、最後の決定機に温存。

 〈白銀の静域〉は、バーンが実際に撃たれるまで温存する。

 

 ならば、この〈ターン追加〉は――――通してもいいのです。

 ここで温存できれば、手札の差はついに二枚になる。なら、一層壁は厚くなり、開く距離は絶対的なものになる。

 

 

 

 

 

(最後に、ブラフの可能性)

 

 

 

 前者二つが、勝ち目と可能性がともに薄いとなれば……消去法でブラフが本線ではありますね。

 

 

(もう次のターンには、デッキ切れでターン追加は死に札になります。

 ブラフで手札に抱えておくか、ブラフで打ち込むか。後者を選んだということですか?)

 

 

 デッキが空になれば、次のターンでハリボテになるのは確定。

 ハッタリの為に腐らせるくらいなら、ここで此方に妨害を打たせるハッタリの方が有効と考えても不思議ではないです。

 

 腐る札と妨害を交換できれば実質0:1交換のアド。しかも交換対象が妨害であれば、一気に優勢は消え、五分以上にまで持ち込まれるでしょう。

 ラストドローでコンボ完成……なんて事ができるのなら。

 

 

(共鳴を使わないのなら、最後の最後に残ったカードこそ本命……という可能性も、なくもないですしね?)

 

 

 共鳴使いはその性質上、有効なカードから順にデッキから抜いていきます。

 つまりラストドローは自ずと、そのゲームにおいて最後まで選ばれなかった札になるということ。

 

 

 けれど、共鳴を使わない彼ならば。

 

 最後の一枚こそが、ここまで隠れ続けた本命である可能性も、ゼロではない。

 

 

(妨害は決定機に温存しておきたい……このターン追加、ここで通しても負けにならないんですよね。

 むしろ躍起になって妨害を使う(通さない)ほうが危うい)

 

 

 本命でも延命でも、凌ぎきれるのであれば――――

 

 やはりこれはブラフとして見るのがベスト。こちらの妨害を釣り出すハッタリとしてケアすれば、それで丸い。

 

 

 

 ならばここは、スルーで――――――

 

 

 

「ええ、通しま…………」

 

 

 

 その時、脳裏に電流が走った。

 

 

 

 指先が、止まった。

 

 違う。

 

 何かが、噛み合わない。何かを見落としている。

 微かな違和感が、通すはずだった言葉を喉で止めた。

 

 

「どうしました? 通りますか? ……それとも、対応しますか?」

 

「申し訳ありません。今一度、お時間を頂きます…………!」

 

 

 違和感の正体を探る。

 

 

 此方は今、何に引っかかった?

 

 

 

 浮かんだ違和感は泡のように浮かび上がり、そして弾けて消えていった。

 その残滓を追って、必死に頭を回す。

 

 

 思考の再現に重要なのは手順(・・)

 

 

 一度脳裏から離れたそれを、まるで糸を手繰るかのように招き寄せる。

 

 

 

(状況を再確認。彼がプレイしようとしているのはターン追加。

 これに最後の妨害を撃つか、スルーするか。

 

 通せば無限ターンは成立しますが、今なら成立しても此方は負けない。

 なら妨害は決定機に温存したい。防ぐべきはその後に来る別の勝ち筋)

 

 

(既出のコンボは、この無限ターン。後はデッキデスに、無限バーンが二種。

 無限ターンは既にコンボ成立後と、次のデッキが空では無意味)

 

 

(デッキデスも通じない。此方の手には〈デッキ修復〉がある。

 そもそも、今ターン追加されれば此方のデッキが空になっても負けません)

 

 

(警戒するなら無限バーン。

 火力連打で〈ネヴァー・エンド〉を焼いた後、此方のライフを詰め切ってくるなら脅威。

 

 でもこのコンボは〈白銀の静域(ダメージメタ)〉一枚で完封できる。

 しかも「次の自分のターンまで」ダメージを防げるから、仮にこのターンに仕掛けて来ても、無限ターン中にライフ切れでの負けが消え…………)

 

 

 

 

 そこでハッと、閃光が走りました。

 

 

 チラリ、と手札を見返します。

 

 脳裏によぎったあやふやな何かが、言葉によって形を得て像を結ぶ。

 さっきまでは言語化できませんでしたが…………

 

(今、このターン追加をスルーしても、彼が火力へ向かった瞬間に(・・・・・・・・・・・・)白銀の静域(ダメージメタ)を合わせれば(・・・・・・)連動して(・・・・)ほぼ全ての負け筋を(・・・・・・・・・・)潰せるのでは(・・・・・・)!?)

 

 

 気づけた自分の見識にこそ驚いた。

 ダメージメタのこの受けの広さは、今だからこそ、価値が跳ね上がって検討できる一手だった。

 

 

(デッキ残量がまだあった時なら、無限ターンを妨害するのではなく、スルーしてダメージメタを構える……なんてできませんでした。

 ダメージメタではケアしきれない、他のコンボがあるかも知れなかったから。

 無限ターン中にそれを使われれば、目も当てられません)

 

 

 ターン追加は爆発的アドバンテージを生む。

 しかし無限にアドがあっても(・・・・・・・・・・)勝てない時もあるし(・・・・・・・・・)場合によっては(・・・・・・・)敗着にもつながる(・・・・・・・・)

 

 何より、妨害や〈停滞の福音(デッキ修復)〉と異なり、〈水面鏡(コピーカード)〉でコピーされたとしても、全く困らない点が素晴らしい。

 火力に対応して打てば、その火力を含め、以降のターン全てのダメージを完封できる。

 

 

 妨害を温存したまま、最も危険なダメージルートを塞げる。

 

 

(此方はきっと、ここに引っかかっていたのでしょう……)

 

 

 この状況では、妨害以上に、引いておいたダメージメタが輝く価値を持つようになった。

 

 

 ならば――――――――

 

 

「お待たせしました。…………その〈時渡りの階段〉は通しです。解決どうぞ」

 

 

 彼がこの後、火力へ向かうなら〈白銀の静域(ダメージメタ)〉。

 デッキ修復へ触れるなら妨害。

 コピーを重ねるなら、残った妨害で撃ち落とす。

 

 後の対応は変わっても、結論は変わらない。

 

 

 この〈時渡りの階段(ターン追加)〉は、スルーしての妨害の温存がベスト。

 

 

 通しても、彼の勝利には届かない。

 むしろ、彼の残り少ない猶予をさらに削る。

 

 

 

 そもそも。

 

 

もしこれが本命なら(・・・・・・・・・)このターン以上に(・・・・・・・・)もっと良いタイミングがあったはずなのです(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 彼の山札に余裕があり。

 〈スルト〉の攻撃も選択肢に残り。

 ドローを重ねる価値があり。

 無限ターンが、本当に無限のリソースへ変わる局面が。

 

 ここまで追い込まれてから切るには、この札はあまりにも遅い。

 

 だからこそ、これは本命ではない。

 

 このブラフを0:1でいなしたことで、此方の勝利がほぼ確定――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――チェックメイトだ」

 

 

 

 

 

 

 

 場が、騒然とする。

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 その呟きは、果たして。誰のものであったのか。

 

 仮に誰のものであったとしても、結果は一緒だろう。

 

 

 その虚ろな疑問符は、この場にいる全ての者の内心を表していたのだから。

 

 

 

 

 ただし。

 

 今、決着を宣言した彼以外の――――――だが。

 

 

 

 バーンは塞いだも同然。

 デッキ破壊は修復するまでもない。

 妨害も残っている。

 〈ネヴァー・エンド〉は場にいる。

 

 敗北条件は、まだこちらに存在しない。

 

 

 ならば、何をもって詰みと呼ぶ?

 

 

「これで復号を完了。終焉凝固式(ラグナロク・モノリス)――――ターン追加を解決します。これによって、無限ターンが成立」

 

「え、ええ。それはわかってますよ? でも其方のデッキは残り一枚――――」

 

 

 この状況で、ターン追加を得て、何が詰み(チェックメイト)だというのか。

 

 

「知ってますよ。心得ています」

 

 

 そうです。デッキ次第では(・・・・・・・)無限にターンがあったとしても(・・・・・・・・・・・・・・)勝てない(・・・・)

 

 

 終焉凝固式(ラグナロク・モノリス)。その宣言も、先の九連戦で既に耳にしています。

 無限のターンで相手を棒立ちにして、手にした時間と手札とマナのリソースで、悠々と叩き潰したところを何度も見ました。

 

 

 でも、今はそのターンでは、足りない。

 ターンの追加で得られるものが、余りにも儚いのです。なのに――――――

 

 

 

 

 

  ――――けれど。

 

 もしその前提(にんしき)そのものが、間違っているとしたら。

 

 

 

 そしてその答えは、盤面でも手札でも、山札でもなく。

 

 宣言の中(・・・・)にあった。

 

 

 

 

 

「〈時渡りの階段(ターン追加)〉の解決時、追加ターンを得るプレイヤーを一人選びます」

 

 

 彼が、静かに告げる。

 

 

 

 

選ぶのは――あなたです。第三位

 

 

 

 

「…………ぇ、え????」

 

 

最後の勝負(ラストコール)! 結果を以て占いましょう――――――俺の読みが、あなたを超えられているのかどうか!

 

 終焉凝固式(ラグナロク・モノリス)】、裏位相(・・・)展開(・・)――――【無謬白紙式(タブラ・ラーサ)】!!

 

 

 

 彼が、高らかに宣言します。

 

 

 無謬白紙式(タブラ・ラーサ)】。

 

 それは、このエキシビションマッチで初めて聞く暗号(ワード)です。

 

 

 

 まさか…………!

 

 

 

(まだ隠していたコンボがあったというのですか!?

 世界ランカーを九連戦で破っておいて、まだ底を見せてなかったと(・・・・・・・・・・・・)!?)

 

 

 そう思っているうちに、解決するカードのエフェクトが現れます。

 

 

 中空に浮かぶのは、砂のない砂時計。

 

 その内側に光の砂が封じ込められ、ゆっくりと回り始めました。

 

 

 

〈時渡りの階段〉

 

――――――――――

 

 プレイヤーを一人選ぶ。

 そのプレイヤーは、このターンの後に追加ターンを得る。

 

――――――――――

 

 

 

 

〈自転式の砂時計〉

 

――――――――――

 

 自分が呪文をプレイした時、その解決後、このカードの隣にカードがないなら、その呪文を墓地に置くかわりにこのカードの隣に置いてもよい。

 

 各プレイヤーのアップキープ開始時、このカードの隣に呪文カードがあるなら、ターンプレイヤーはその呪文をコストを支払ってプレイする。

 この効果でプレイされた呪文は打ち消されない。

 

 この効果で呪文をプレイする時、その呪文が対象を選ぶなら、可能な限り前回その呪文が選んだ対象を選ぶ。

 この効果でその呪文をプレイできない場合、その呪文を墓地に置き、このカードを破壊する。

 

――――――――――

 

 

 

 〈自転式の砂時計〉は、呪文を秘宝化し、再利用できる秘宝。

 

 バーンを置けば、次の相手ターンに相手自身のマナで火力を撃たせることもできる。

 墓地回収を置けば、毎ターンリソースを拾い続けることもできる。

 

 

(でも、そんな使い方は所詮サブプランにすぎません)

 

 

 ターン追加と複合すれば無限ターンでほぼ勝ちになるカードを、わざわざ他のカードタイプとの組み合わせを使うのは、せいぜいが妥協案程度。

 

 何より。普通の呪文を置けば、最初にその恩恵を受けるのは次のターンを迎える相手になる。

 けれどターン追加だけは異なります。

 

 追加ターンを得たプレイヤーが、次のアップキープを迎える。

 そこで砂時計が回り、もう一度同じターン追加をプレイさせる。

 

 リスクのある応用と異なり、リスクを踏み倒せるシナジー。

 本命はあくまで、ターン追加。

 

 

 デザイナーズコンボ。

 此方の〈ネヴァー・エンド(追放不可クリーチャー)〉と〈停滞の福音〉や〈空位の補白(追放をコストとするカード)〉と同じ。

 

 〈自転式の砂時計〉は、このコンボのために作られた秘宝。

 

 

 

 

 

 

「僕はこれでターンエンドです。…………さぁ、そちらのターンですよ」

 

 

 回り始めた砂時計を満足気に見ながら、彼はそう言ってターンを返しました。

 

 

 困惑が冷めやらぬまま、なんとか状況を理解しようと努めます。

 

 ターン追加は爆発的なアドバンテージをもたらすカード。

 それ自体で勝利はできないけれど(・・・・・・・・・・・・・・・)、通せれば大きく勝利に近づく。場合によってはそのまま勝利そのものが手に入る。

 

 なのに――――――――

 

 

(それをみすみす、此方に与える? しかも無限に? …………意味がわかりません。

 

 一体、何の思惑があって――――――――)

 

 

 

 その思惑に、輪郭が備わった瞬間。落雷が体を貫いた。

 

 

 その瞬間。

 

 世界(すべて)が、反転した。

 

 

 背筋が、凍る。

 

 

 

 すべてが繋がった。

 

 

 

勝てない・・・・

 

 

この無限ターンは・・・・・・・・此方の勝ち筋ではない・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 まさか。

 

 まさか…………まさか。

 

 

 

 まさか(・・・)!!!

 

 

 

(そんな、ことが…………)

 

 

 此方の顔色を見て、彼は一層の満足げな顔をします。

 

 

 その顔が今しがた、爆発的アドバンテージをもたらすコンボを対戦相手にくれてやった(・・・・・・)ものの振る舞いだとは。

 真っ先に思惑に気づけた此方以外には、信じられなかったでしょう。

 

 

 

 彼はそうして、悪戯っぽく笑った。

 

 

 勝利を確信した者の顔ではない。

 自分のターンを失った者の顔でもない。

 

 

 ただ、まるで、解けない難題が『解けない』ことが解けた、智者へ向けるような顔でした。

 

 

 

「あなたは、最適解を選べる人です」

 

 

 

 彼は、静かに告げる。

 

 

 

「だからこそ、あなたにはこの白紙の問い(・・・・)を渡せると思いました」

 

 

 問い。

 

 それは勝利宣言ではなかった。

 敗北の押しつけでもない。

 

 ただ、盤面に置かれた最後の暗号。

 

 

 

「――――手持ちの中での最適解が、正解に及ぶとは限らない」

 

 

 

 その言葉に、息が詰まる。

 

 

「僕はもう選びません。僕はもう間違えません。

 間違える余地(・・)はもう全部、あなただけのものです」

 

 

 手番。

 ドロー。

 選択。

 判断。

 そのすべてを、彼は此方へ差し出した。

 

 勝利に近づくはずのものを。

 勝者が握るべきはずのものを。

 惜しげもなく、此方へ。

 

 

 そして、その上で。

 

 彼は言った。

 

 

 

「さぁ――――勝って魅せてください」

 

 

 

 

 

 それは挑発ではなかった。

 

 祝福でも、譲歩でも、敗北宣言でもない。

 

 盤面に置かれた、最後の設問。

 

 無限の手番。

 無限の試行。

 無限の選択。

 無限の思考時間。

 

 カードゲームにおいて、プレイヤーが欲しがるものをすべて差し出されて。

 

 なお――――それでも勝てるのかと問われている。

 

 

 その意味に、此方だけが、ほんの一足早く気づいてしまいました。

 

 

 

 …………まだ、答えを口にするわけには行きません。

 

 だから此方は、ただ手札を見ます。

 場を見て。

 墓地を見て。

 山札を見て。

 

 

 あるはずの道を、探しました。

 

 

 正解を、選ぶために。

 

 

 

 けれど。

 

 探せば探すほど、指先が冷えていく錯覚がします。

 

 

 無限に続くはずの此方のターン(アドバンテージ)が、少しずつ、檻の形を帯びていくのを幻視しました。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――

 

――――――――――

 

 

 

 

 空気が一変していた。

 

 ギャラリーは、もう何度目かもわからない困惑に包まれるしかない。

 

 

 わからないことばかりだった。

 

 

 なぜ、彼は勝ち誇っている?

 なぜ、彼女は苦渋に満ちた顔をしている?

 

 

「此方の、ターン…………ドロー」

 

 

 圧倒的優勢。

 

 どころか、状況は完全に握っているはずだった。

 

 無限のターン。

 尽きない手札。

 尽きない山札。

 そして、敗北を拒絶する〈ネヴァー・エンド〉。

 

 後は勝ち切るだけのはずの彼女の声に、あまりにも力がない。

 

 

「そのまま、エンドです…………」

 

 

 そして、再び。

 

 

「此方のターン。ドロー…………」

 

 

 

「あの、彼女なんであんな顔してるんだ?」

 

「もう無限にターンがあるんだよ?」

 

「しかも〈ネヴァー・エンド〉で勝ちも負けも防げるし……困ることないじゃん」

 

「デッキ切れを心配してるとか?」

 

「いや、〈停滞の福音〉があるんだから、全部引き切っても戻せるでしょ」

 

「だよね。じゃあ、後は勝つだけじゃん。何を悩むことが――」

 

 

 

「…………あ」

 

 

 

 小さな声が、ざわめきの中に落ちた。

 

 

「マリカさん? 何? 何に気づいたの?」

 

「あーぁ…………うん。わかった、かもぉ。うぅん……」

 

 

 人刹マリカ。

 

 元十二聖座(世界ランカー)がひとり、人刹ロウドの愛娘にして後継者。

 そして、今戦っている、フツオの妹分。

 

 そんな彼女は、ユウキの問いに。半分だけ答えて。

 空を仰いで、ぼやいた。

 

 

「フツ兄、えっぐぅ…………ここまで狙い通りだったとか。ホントめちゃくちゃぁ」

 

 

 

「だから何が???」

 

「わかりやすく言うとねぇ?」

 

 

 マリカのその声は、どこか乾いていた。

 

 

「デッキ修復があってターンが無限なら、使えるマナも、引けるカードも、何度でも繰り返せる。でしょぉ?」

 

「そうだよ。だから後は勝つだけで――」

 

 

じゃあ(・・・)どうやって勝つのぉ(・・・・・・・・・)?」

 

 

「……え?」

 

「ここから、どうやったら第三位(あの人)の勝ちになるのぉ?」

 

 

 

 そう言われて、ギャラリー達が固まった。

 

 

 

「勝つには、ライフをゼロにするか、デッキ切れでドローさせるか……だよね?」

 

「そぅ。で、そのどっちも、多分もう無理ぃ」

 

「どういうこと!?」

 

 

「まず、デッキ切れは消えたよぉ。

 フツ兄にターンが返らない以上、もうドローしないしーぃ。フツ兄の山札は残り一枚のまま、永遠に減らないの」

 

「あ……」

 

「次に、ライフを削るほぅ。直接攻撃は〈スルト〉が止める。

 あれは『屹立』で、攻撃対象を自分に集められるからぁ。無視して直接ライフを削れないんだぁ。

 今まで攻撃するのはフツ兄ばっかだったから、誰でも攻撃できる『俯瞰』に隠れて忘れてたけど。

 

 しかも〈自転式の砂時計(ループの秘宝)〉は〈絡まった命綱(身代わり耐性)〉でその〈スルト〉に結ばれてるから。

 つまり、〈スルト〉をどかさない限り、ライフも秘宝も触れなーぃ」

 

「あ…………」

 

 

「あのデッキは、パーミッションと勝敗ロックのデッキでぇ。

 相手の行動は妨害で止める。通ったものは除去で処理する。

 

 それでもどうにもならない分はぁ、〈ネヴァー・エンド〉で勝敗ごと蓋してぇ。

 そのままデッキ切れで時間切れを待つデッキみたぃ」

 

 

 つまり。

 

 

 時間が無限にあっても。

 手札が無限にあっても。

 山札を何度修復できても。

 

 状況を対処(どうにか)できるカードがなければ、どうにもできない。

 

 

「つまり、あの人は……」

 

「うぅん」

 

 

 マリカは、盤面を見た。

 

 無限のターンを渡された世界第三位。

 そして、もう何もしないまま佇む少年。

 

 

 

 

「時間切れを待って勝つ相手に、ターンを無限に与えて、攻めないと勝てない(・・・・・・・・・)状況(ルール)()変更(ロック)しちゃったの(・・・・・)

 

 兄ぃは、この、時間切れ狙いじゃ(・・・・・・・・)勝ち目のない(・・・・・・)袋小路に追い込んだんだー」

 

 

 

 

 

 

 その言葉が、観客席に染み込んでいく。

 

 最初にあったのは、納得ではなかった。

 理解でもなかった。

 

 ただ、沈黙。

 

 

 無限のターン。

 尽きない山札。尽きない手札。尽きないマナ。

 

 それをもたらすコンボが、勝利ではなく牢獄として機能しているのだと。

 

 遅れて気づいた者から順に、息を呑んでいく。

 

 

 歓声は、上がらない。

 上げられない。

 

 

 あまりにも綺麗に閉じられた詰み筋を前にして、誰もがただ、盤面を見つめることしかできなかった。

 

 

 

「……………………すご」

 

 

 ようやく漏れたユウキの声は、称賛というより戦慄に近かった。

 

 

「……流石、モブの妹弟子」

 

 

 サレンが、かすれた声で呟く。

 

 

「モブのこと、よくわかってる。……いや、わかってるからこそ、今の説明が怖いんだけど」

 

「じゃあ、あの対戦相手(第三位)も、そこまで読めてるってこと?」

 

「流石はトッププロだよねぇ。わえが気づけたの、ついさっきだった。

 この状況を詰みだって理解するまで早すぎるーぅ」

 

 

 

 

 

 ――――――その声を、遠くに聞いた。

 

 

 そこまで読めている?

 

 冗談でしょう。

 

 

 

 此方は、それよりずっと()まで読めている。

 

 

 

 もう勝てないことには気づいている。

 この無限ターンが、此方に与えられた勝ち筋ではなく、此方を閉じ込めるための檻であることにも気づいている。

 

 

 そして彼も。

 

 同じ場所まで読んでいた。

 

 

 

 

 …………いいえ。

 

 

 彼は、此方より()にそこへ辿り着いていた。

 

 

 だからこそ、この盤面を作った。

 

 だからこそ、此方にターンを渡した。

 

 

 

 だからこそ――此方は、ここで手を止めるしかない。

 

 

 

 無意味と知りながら、ドローとプレイと〈停滞の福音(デッキ修復)〉を繰り返すことはできる。

 

 ルール上は、まだゲームを続けられる。

 無限ターンの中で、存在しない答えを探し続けることもできる。

 

 

 

 けれど。

 

 それは、トッププロとしての矜持が許さない。

 

 

 

「…………最後に(・・・)

 

 

 此方は、彼を見る。

 

 

「はい。何でしょう」

 

答え合わせをしましょう(・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 彼は、静かに笑った。

 

 

 

「ええ。どうぞ。――――喜んで」

 

 

 

 知りたかった。

 

 どこから読んでいたのか。

 どこまで読んでいたのか。

 

 そして、この刃が此方だけに向けられたものなのか(・・・・・・・・・・・・・・・)

 それとも、彼のデッキが最初から隠し持っていて。今になってようやく浮かび上がった、最後の暗号なのかを。

 

 

「このルートは、此方を倒す専用(ためだけ)に積んでいた……というわけではありませんね?」

 

 

 まず確認すべきは、そこだった。

 

 

 此方に対策(メタ)として仕込んでいた刃なのか。

 

 それとも、この少年のデッキが元から持っていた裏口なのか。

 

 

 

「ええ。違います」

 

 

 

 彼は素直に頷いた。

 

 

「ほら。僕のデッキって、分厚いじゃないですか。一般のデッキの倍以上の厚みがあるでしょう?」

 

「ええ。あれだけ勝ち筋を詰め込めば、当然そうなります」

 

 

 デッキが厚い。

 

 それは本来、コンボデッキにとって弱点だ。

 

 必要札に触れる確率が落ちる。

 初動が鈍る。

 無駄牌が増える。

 勝ち筋に関係のないカードを引く危険が増える。

 

 普通のコンボデッキなら、薄く、鋭く、速い方がいい。

 

 

 けれど、彼のデッキは違います。

 

 

「そんな僕のデッキに、デッキ切れ寸前まで持ち込めるデッキって、滅多にないんですよ。

 …………普通の相手なら、まず先にデッキが尽きる」

 

 

 視線をそらさないまま、彼は続けます。

 

 

「なら、大抵はデッキ切れを防ぐギミックがあるはずなんです。

 僕と同じかそれ以上にデッキが分厚いか。

 

 もしくは――――普通なら尽きるデッキを、尽きないようにしている。

 あるいは。底がついても負けないようにしている相手」

 

 

 〈停滞の福音〉のようなデッキ修復。〈ウタの化身〉のような、デッキ切れを防ぐカード。

 〈未葬の聖櫃〉のような、擬似的にドロースキップをもたらすカード。

 

 もしくは――――――〈天界龍〉や〈ネヴァー・エンド〉のような、敗北そのものの拒否。

 

 

「そしてここまで耐えぬける相手は、ほぼ確実にコントロール。

 コントロールは相手を抑え込んで勝つのが主軸」

 

 

 ならばここまで耐え抜かれるケースもあった。

 だが――――そこから勝たなければ行けない状況に追い込まれれば、どうなるか。

 

 

 

「逆に言えば。…………そういう相手以外は、ここ(・・)まで来れません」

 

 

 

 彼は、場に残った〈自転式の砂時計〉へ視線を落とした。

 

 

「攻撃に寄せたデッキなら、まず間違いなく、継戦能力か防御力を削っている。

 もしそちらに重心を移してたなら、ここまでのルートを受けきれず、どれかに食われて終わってます」

 

 

 クリーチャーを組み込む無限バーン。

 クリーチャー不在での無限バーン。

 無限ターンによる完封。

 デッキデスによる勝利。

 圧倒的スタッツの〈スルト〉による殲滅と蹂躙。

 

 その(ふるい)をくぐり抜けられた猛者だけが、この壁に突き当たる。

 

 

「逆に、守りに寄せたデッキなら、ここまで辿り着く可能性はある。

 けれど、それは自分から勝ち切る力を削ることとトレードオフだ」

 

 

 彼は、そこで小さく笑った。

 

 

「つまり、この最後の扉まで来られる相手ほど、扉の向こう(・・・)で勝つための手を持っていない可能性が高いんです。

 

 そういう、薄皮一枚まで迫った相手にだけ届く、とびっきりの懐刀です」

 

「………………!」

 

 

 ようやく、腑に落ちた。

 

 確かに。これは別に此方専用(・・・・)ではない。

 

 

 けれど、此方ほど長く戦える相手にこそ届く刃。

 

 この津波のごとき必殺を凌ぎ切れる相手だけが、最後の扉まで辿り着く。

 

 

 

 そして、その扉に手をかけられるほど守りに寄せた相手ほど。

 

 扉の向こうで必要になる、勝ち切るための力を失っている。

 

 

 

まだですよ(・・・・・)

 

 

 そう、口を挟む。そう。まだなのです。

 それだけでは片手落ち。答えには半分程度しか届いていない。

 

 

 

「この盤面を成立させるには、もう一つ前提(・・)がある。そうでしょう?」

 

 

 此方は、場に立つ〈終焉の巨人 スルト〉を見た。

 

 

「あの〈スルト〉を、此方がどかせないと読んでいた」

 

「はい」

 

 

 彼は、あっさりと認めた。

 

 

「…………どこで、それを確信(・・)したのですか?」

 

「僕が〈停滞の福音〉をコピーしようとした時です。あなたが、あれをわざわざ妨害した」

 

 

 その答えに、此方はわずかに目を細めた。

 

 …………なるほど。

 言われてみれば、確かに。あの場面が分岐点だった。

 

 

「墓地起動は、一枚で二度働く代わりに、使うたび追放されていくデメリットが有る。

 なら、デッキ修復合戦の超長期戦になれば、僕だけが少しずつ墓地起動のカードを失っていく。

 

 …………普通に考えれば、そちらが有利です」

 

 

 その通りです。

 

 墓地起動によって詰めたアドバンテージは、永遠ではない。

 

 使えば消える。

 追放される。

 次の修復には戻らない。

 

 だから、〈停滞の福音(デッキ修復)〉をコピーされても、ただちに此方が敗北するわけではなかった。

 

 

「それでも、あなたは妨害した」

 

「…………」

 

「僕に〈停滞の福音〉をコピーさせれば、〈スルト〉の攻撃で山札が削れるデメリットが消えます。

 つまり、デッキ切れでの勝ちを目指すあなたから見れば、〈スルト〉を野放しにするリターンが薄くなる」

 

 

 〈スルト〉を場に残すメリットはあった。

 

 攻撃するたび、彼の山札は削れる。

 勝利へ近づいているように見える。

 

 

 だが、デッキ修復をコピーされれば、その前提は崩れる。

 

 

 山札切れの時計が巻き戻る。

 〈スルト〉の代償が消えてしまう。

 そして、〈ネヴァー・エンド〉だけが一方的に踏み潰され続ける。

 

 

「もし、あなたのデッキに〈スルト〉を追放や、バウンスで対処できるカードが入っているなら――――――」

 

 

 彼は静かに続ける。

 

 

「あの場面で、わざわざ一アド損してまで〈停滞の福音〉のコピーを止める必要は薄い。

 そのカードで〈スルト〉を処理すればいい」

 

 

「……此方が、最強の共鳴使い(・・・・・・・)だから?」

 

はい(・・)

 

 

 彼は迷わず頷いた。

 

 

「入っているのに引けない、という可能性はあなたにはほとんどない。必要なら引ける。必要なら選べる。

 なら、リスクを負ってまで(・・・・・・・・・)対処しないということは(・・・・・・・・・・・)できないということ(・・・・・・・・・)

 

 

 此方の共鳴。

 

 最適解を引き寄せる力。

 

 

 それを、彼は信頼していた。決して見誤らなかった。

 

 だから信頼した上で、逆手に取った。

 

 

「だから、あの妨害で判断しました。あなたのデッキには、〈スルト〉をどうにかできるカードがない。

 少なくとも、この局面で引いて解決できるカードはない」

 

 

 此方は、息を吐いた。

 

 

 見られていた。

 あの時点で。

 

 この最後の盤面へ辿り着くための、最も重要な前提を。

 勝負を決めうる分水嶺を、とっくに見落としていた。

 

 

 

「……本当に、よく見ていますね」

 

「あなたが相手ですから」

 

 

 彼はそう言った。

 

 当然のように。

 

 

「…………本当に、ひどい構築ですね」

 

「自覚してます。……いちいち言わないでくださいよ」

 

「褒めています」

 

「なら、ありがとうございます」

 

 

 決着の後だというのに、彼はほんの少しだけ笑った。

 此方も、つられて笑ってしまう。

 

 

 けれど、まだ終わっていない。

 

 

 最後の一手。

 あの一手だけは、どうしても確認しなければならない。

 

 

「本来あのタイミングでは無価値に近くなる〈時渡りの階段(ターン追加)〉を、あそこで使ったのは、狙ってのことですね?」

 

「そのとおりです」

 

 

 彼は頷いた。

 

 

「ターン追加は、場合によっては通してもいいほど価値が下落する。あなたも実際にスルーしたでしょう?

 カードのテキストは不変ですが、その意味は常に変動する。

 

 …………通しても勝敗が決しないなら、守る価値は下がる。

 あなたはそう判断して、〈時渡りの階段〉を通した」

 

 

「ええ」

 

 

「なら、その判断はそのまま逆用できます。

 あなたが“通しても勝てない”と判断したターン追加は、あなたに渡しても“勝てないターン”になる」

 

 

 確かに、そのとおりです。

 

 此方のような、デッキの全回復はレアケースですが、普通に戦っていれば、ここまでに相手のデッキも底が見えているでしょう。

 ここまで耐えきれる継戦能力、防御力を備えたデッキでは――――自動化された〈時渡りの階段〉にマナを搾り取られながらでは、彼を倒し切る自力が足りない。

 

 

 言葉にしてようやく。最後の暗号が、完全に解けた。

 深く、深く、ため息を付く。

 

 

「意地が悪いですね」

 

「勝つためなので」

 

「決定打にならない〈絡まった命綱(身代わり耐性付与)〉の直後に、〈時渡りの階段〉をわざわざ使ったのも、迷彩ですか」

 

「もちろんです。……あそこで妨害を使われてたら、また違った展開でしたけど」

 

 アド差が一枚分縮まりますからね、と笑って言う。

 

 

〈絡まった命綱〉

 

――――――――――

 

瞬間発動

 

 自分のクリーチャー一体と、自分の秘宝一つを対象として発動する。

 対象にした秘宝かこのカードが破壊される場合、かわりに対象にしたクリーチャーを破壊してもよい。

 

 対象にしたクリーチャーか秘宝が場を離れた時、このカードを破壊する。

 

――――――――――

 

 

 本来ならばクリーチャーを身代わりに、一度だけ秘宝を守れるカード。

 しかし破壊に耐性を持つ〈スルト〉に紐付けられてしまえば、秘宝の除去が一切通らなくなる。

 

 秘宝の除去も、当然此方のデッキに入っていますが……それが全部無用の長物と化しました。

 

 

 ここから勝つには、破壊耐性と高タフネスを持つ〈スルト〉を突破して、ライフを詰めるか。

 

 〈スルト〉の耐性を擬似付与された〈砂時計〉を破壊して、無限ターンを崩すか。

 

 

 そのどちらも…………此方には不可能です。

 

 

「…………本当に、意地が悪い」

 

 

 けれど、不思議と腹は立ちませんでした。

 

 

 

 あまりにも見事だったから。

 

 

 

 あまりにも、此方というプレイヤーを、正面から読んだ一手だったから。

 

 

 

 

 差がついていたのは情報アドバンテージ。

 

 

 互いの切り札の正体。

 彼が気づいていないこと。知っていること。

 此方が気づいていないこと。知らないこと。

 

 

 ここまでで打ち筋を隠しきったものと、明かしきったもの。

 その残酷なまでの二つの差に――――――此方は、気づけなかった。

 

 

 

 

「共鳴は、デッキから最適解を引き寄せる力です」

 

 

 

 彼は、静かに言った。

 

 

「けれど、最適解が意味を持つのは、選択肢の中に正解がある時にだけ。

 

 僕はあなたに、無限に思える選択肢を渡した。けれど」

 

 

 

 

「――――そのどこにも、この状況への打開策せいかいなどありはしない」

 

 

 

 

 

 最適解を選べても、それが正解とは限らない。

 

 無限にカードを引けても、デッキに答えが入っていなければ勝てない。

 

 

 デッキに入っている、望むカードを引ける最強の共鳴使い。

 それでも、入っていないカードは引けない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 その当たり前を、彼はこの最終盤に、刃として突きつけてきた。

 

 

 

 

「…………あなたが相手じゃなかったら、このルートは見せられませんでした」

 

 

 

 それは慰めではなかった。

 勝者の余裕でもない。

 

 彼は本気で、そう言っている。

 

 

「あなたが桁外れに強かったから、ここまで来れたんです」

 

「敗者を慰める言葉としては、少し残酷ですね」

 

「褒めてますよ? 先程のあなたと同じように」

 

「なら、素直に受け取るべきですね。……ありがとうございます」

 

 

 此方は、最後にもう一度だけ盤面を見た。

 

 

 〈ネヴァー・エンド〉はいる。

 〈停滞の福音〉もある。

 〈白銀の静域〉もある。

 妨害も残っている。

 

 

 

 負けないための札は、すべて残っている。

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 勝つための道は、どこにもない。

 

 

 

 

 最後の暗号は読み解けました。

 

 読み解けたからこそ、敗北を、認めるしかなかった。

 

 

 

 勝てない。

 

 それは、もう認めています。

 

 

 

 ああ、なんてことでしょう。

 

 

 

 勝てないと認めることと、負けを認めることは別のことだ。

 

 

 

 かつて彼が口にしたその言葉が―――――今になって胸の奥で形を持つ。

 

 

 此方は、まだ負けていない。

 〈ネヴァー・エンド〉は敗北を拒絶している。

 ルールの上では、まだこの勝負は続けられる。

 

 

 

 けれど――――此方の心は、もう答えを出していました。

 

 

 

 強く、目を閉じる。

 

 

 知らず詰まっていた息を、ゆっくりと吐き出して。

 

 そして、デッキに手を置きます。

 

 

 〈ネヴァー・エンド〉は敗北を拒絶する。

 ルールの上で、此方が負けることを許さない。

 

 

 けれど。

 

 

 ――――投了とは、あらゆるルールに優先される。

 

 

 

 カードが敗北を拒んだとしても。

 

 そのカードを握るファイター自身が、認めた敗北は拒めない。

 

 

 カードゲームにおいて、デッキに手を置くという行為が意味するものは一つ。

 

 

 

 

「お見事」

 

 

 

 悔しさはある。

 

 けれど、それ以上に。

 

 この盤面へ、此方を導いた。

 いいえ、此方自身に歩かせて、辿り着かせた。

 

 そんな彼への敬意が、あったのです。

 

 

 

「本当に、お見事。…………此方の、負けです

 

 

 

 

敗北宣言サレンダー

 

 

 

 この結末へ至る道筋を、彼は試合中に見つけたのではない。

 構築の段階で、すでに組み込み、伏せていた。

 

 

 長く戦える相手ほど。

 尽きない仕組みを持つ相手ほど。

 勝敗を遠ざける相手ほど。

 

 

 自分とここまで競い合える強者だけが。

 最後に、この白紙の問いへ辿り着くように。

 

 

 

 完敗だった。

 最後の暗号は、解けなかったのではない。

 

 

 解けてしまった。

 

 

 解けてしまったからこそ、その先に此方の勝利が存在しないと知った。

 

 最適解を選べることと、正解が存在することは、同じではない。

 

 

 無限の手番。

 無限の思考。

 無限の選択。

 

 無限のターンを持ち。デッキを戻し、望むカードを引けるプレイヤーにとって。

 それはまるで、試行錯誤(トライアンドエラー)に一切制限のない、セーブポイントを与えられたようなもの。

 

 

 その全てを与えられてなお――――此方のデッキにはこの問いを、突破(クリア)できる答えがなかった。

 

 ならば。

 

 

 

 ――――敗北を認めることこそが、この状況における、唯一の最適解だった。

 

 

 

 負けないためではなく。

 

 この勝負を、正しく終わらせるために。

 

 

 

 …………望めばいくらでも続く、終わらないはずの勝負は、そこで終わった。

 

 此方が、終わらせた。

 

 

 

 静寂が満ちる。

 

 

 

 

 その静寂に一筋だけ。

 

 幕引きに相応しい、決定的な言葉が響き渡る。

 

 

 

 

「セーブ地点でたたずむだけで、クリアできるゲームはない。――――GGグッドゲーム

 

 

 

 

 

 

 ――――――エキシビジョンマッチ最終戦。

 

 

 茂札普夫 VS 世界第三位、久遠セレヴィア。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――勝者、茂札普夫。

 

 

 

 









「この巨躯を越えられなければ、世界は黄昏に包まれる。


 そして。誰も踏破できぬからこそ、神々はそれを終焉と呼んだのだ」



     ――――〈終焉の巨人 スルト〉 プロモ版




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