OVA:共鳴を使わない男を、共鳴最強の世界三位にぶつけてみた 作:檻@102768
「――なので。あの〈
白いクロスの上。
本来なら料理を並べるための広いテーブルに、見覚えのあるカードが数枚、盤面を再現するように置かれていた。
〈終焉の巨人 スルト〉。
〈自転式の砂時計〉。
〈絡まった命綱〉。
そして向かい側には、〈縛なるもの
つい先ほどまで、僕達の勝敗を隔てていた最終局面だ。
「〈時渡りの階段〉そのものを止められるのは、妨害だけです。
〈
だからこそ、万能の妨害は最後の決定打にまで残しておかなければなりませんでした」
「無限ターンはほぼ勝利に等しいアドを生むコンボで。しかも妨害以外では防げない。辛いところですね」
「ええ。それでも、妨害にはまだ余裕がありましたし、一枚は費やしても凌ぎきれたかもしれません。
ですが――通してよい札へ、妨害を使う理由はありませんでした。
何より……そこまでが誘導だったとは気づけなかった此方の手落ちなのですが……」
「ええ。そこまで妨害を温存するだろうというのも、織り込み済みでした」
「…………なんですって??」
「エニグマの盤面には、複数のコンボに流用できるパーツが並びますからね。
どこから致命的なコンボが飛んでくるか分からない以上、本音を言えば、盤面に残っているパーツは片っ端から除去したくなる。
でも、それをやっていると。目の前のパーツを除去するために手札を使い切って、別のパーツから始まる本命を止められなくなる」
盤面のカードを止めるか。
それらが繋がり、勝利へ届く瞬間を止めるか。
「だから、エニグマを相手にした側は、基本的に二つのどちらかを選ぶことになります。
盤面のコンボパーツはある程度放置して、決定札へ妨害を合わせるか。
決定札が
コンボは決定札を通してこそ。
そして、決定札を通せたとしても。パーツの方を除去されれば片手落ち。
相手は裏目を避けようと、盤面のコンボパーツを残す。
決定機を見極め、そこへ妨害や除去を集中させる。
それ自体は、エニグマに対する正しい対処だった。
「だからこそ。
僕は、〈自転式の砂時計〉と〈絡まった命綱〉へ指を向ける。
「そのうえで、残りデッキ一枚からの追加ターンを――――通しても
第三位の呼吸が、そこで一拍だけ止まった。
「………………そこまで、ですか」
盤面に残されたコンボパーツ。
温存された妨害。
残り一枚の山札。
そして、通しても勝ちに届かないように見える〈時渡りの階段〉。
それぞれの要素を個別に見れば、此方の判断は決して間違っていなかった。
むしろ、エニグマを相手取るなら当然の選択だ。
コンボパーツを片っ端から潰せば、後の決定札に対応できなくなる。
だから、決定機に妨害や除去を絞る。
その方針自体は、正しい。
だが。
その正しさごと、誘導されていた。
「理詰めでありながら、心情まで計算に入れている。
……なるほど。これは確かに、此方が敗れるわけです」
盤面を読み違えた。…………そう思っていた。
だが、違う。
全てが、彼の筋書きの範疇だったのだ。
妨害を温存することも。
盤面のパーツを残すことも。
残りデッキ一枚での〈時渡りの階段〉を、通してよい札だと判断することも。
すべて、此方にとっては『正しい判断』だった。
だからこそ、恐ろしい。
間違えたから負けたのではない。
正しく選んだからこそ――――――彼の望む場所へ辿り着いた。
「…………」
耐え、凌ぎ、正解を選び続けてきたはずの時間。
その全てが、手のひらの上だったという構図を、理解してしまった。
思わず、背筋の奥を、冷たいものが駆け抜ける。
「あの〈時渡りの階段〉は、絶対に身を切ったブラフだと思いましたよ。
通しても勝ちには届かず、止めれば此方の妨害だけを絞り取れる。そういう一手だと」
「残りデッキ一枚でのターン追加は、なかなか本命には見えませんよね。
今まで間違いなくマスカンの一つだったのが、
「『プレイヤー一人を対象とする』。
その一文を、勝ち筋として見込んでいた其方と。ただの対象範囲としてしか捉えていなかった此方。
その差が、最後の一手に現れました」
「一見して得にしか見えないものが、条件次第では不利になる。逆に、不利にしか見えないものが勝ち筋へ変わる。
そういう価値があべこべになることは、カードゲーム以外のゲームでも結構ありますからね。
…………これ、実はRPGやアクションゲームを元に思いついたルートなんです」
「…………RPG? アクション? カードではなく??」
あまりに予想外だったのか。
第三位が、初めて明確に目を瞬かせた。
「ええ。そうなんです。意外でした?」
「正直、思ってもいない回答でした。此方はファイト以外の遊戯には疎いものでして。
…………詳しく伺っても?」
「でしたら、ちょっと説明させてもらいますね」
「ぜひ」
ファイト中と変わらない真剣な目を向けられる。
そんなに構えられると、逆に話しづらいんだけどな。
「今回の決着は、“制限時間”という視点で見ると分かりやすいかもしれません」
「制限時間…………」
「ゲームにおける制限時間には、ざっくり三種類あります。
制限時間がないゲーム。
制限時間以内にクリアしなければ敗北するゲーム。
そして――――制限時間を耐えきればクリアになるゲーム」
「言われてみると、同じ制限時間を扱っていても、これだけ違い出るんですね?」
ドロシーが、盤面を覗き込みながら口を挟んだ。
「そうそう。このうち、『制限時間を耐えきればクリアになるゲーム』は、実はかなり特殊なんだよ。
例を挙げるなら、防衛戦。耐久ステージ。防衛対象の一定ターン生存。
そのゲームの勝利条件そのものが“耐えること”に設定されている場合に限られる。
『時間切れで勝てるゲーム』なんていうのは、思っている以上に少ないんだ」
「あー……確かに。それ以外は時間がなくなったら、普通は負けですよね」
「此方が、まさにそちら側だったと?」
「ええ。大抵のゲームは、制限時間があろうとなかろうと。
自分からゲームを進めなければ、クリアにはなりません。
ですがあなたのプレイスタイルでは、ファイトは『デッキ切れという制限時間を耐えきれば勝てるゲーム』でした」
相手のデッキが尽きるまで耐える。
相手の勝利を拒み続ける。
その間、自分だけは〈デッキ修復〉で消耗を戻し、相手だけを不可逆に削っていく。
「つまりあなたにとって、このファイトは耐久ステージだったわけです」
「ふむ。……続けて頂いても?」
「もちろん」
僕は頷いて、盤面の中央に置かれた〈
「ここで僕から無限にターンを渡されたことで、実質的な勝利条件が反転しました」
無限にターンを渡された彼女だけが行動し続け、僕へは二度と手番が回ってこない。
それまでの僕は、山札という制限時間が尽きる前に、彼女を攻略しなければならなかった。
けれど無限ターンによって、第三位にとっては『制限時間を耐えきれば勝ち』だったゲームは『相手の制限時間そのものが停止し、自分から攻略しなければ永遠に勝てない』ゲームへ変わったのだ。
「そして『制限時間を耐えきれば勝ち』に特化したデッキでは、『自分から攻略できなければ勝てない』ゲームには噛み合わない」
「此方が、強みが一切噛み合わないデッキで、其方を攻略しなければならなくなった」
「そうです」
守っていれば勝てた。
だから、守りに特化したデッキを選べた。
けれど。
守るだけでは永遠に決着しないのなら。
自分から相手を倒せないデッキであることが、そのまま敗因に変わる。
「そして『攻めきれなければ勝てない』側だった僕は、『攻めきられない限り負けない』側へ回り――勝つために動く役割そのものを、押しつけた」
勝ちに行く側と、負けないように耐える側。
その役割を、そっくり入れ替えたのだ。
これは、一人用のゲームとは違い――――互いが攻略する側であると同時に、攻略される側でもある対戦ゲームだからこその妙だろう。
勝利条件そのものは変わっていない。
ただ、どちらがその条件へ向かって動かなければならないのか。
その立場だけが、完全に反転した。
「実質的な勝利条件の反転。制限時間から着想を得たアプローチ、ですか……」
盤面へ視線を落としたまま、第三位は静かに呟く。
「改めて説明されても、此方にはなかった考え方です」
「僕、ファイト以外の遊びも好きですからね。
別のゲームで覚えたことが、思わぬ形で役立つこともあるんですよ」
言い切って、視線を〈
カードゲームにおいて、万全に使いこなせば擬似的にセーブポイントとして機能するカード。
失ったライフを取り戻し。
墓地へ落ちたカードを、山札へ戻す。
ゲームの進行を部分的に巻き戻す、疑似的なセーブ&ロード。
…………それでも。
やり直せることが強みになるのは、戻った先にまだ勝利への道が残されている場合だけだ。
「あの局面は、RPGで言うなら、詰みが確定した地点でセーブデータを上書きさせられたようなものです。
市販のゲームなら、プレイヤーが進行不能にならないよう救済措置があるかもしれません。
ですが、対戦ゲームにそんな保証はない。
勝てない状態でセーブしてしまえば、何度ロードしても、勝てない状態へ戻るだけです」
「〈停滞の福音〉というセーブ機能を封じたわけではない。
ロードした先そのものを、勝利へ進めない地点に固定した。そういうことですか」
「はい」
墓地を戻しても。
ライフを取り戻しても。
そこに勝ち筋がなければ、何度同じ状態へ戻っても勝てない。
「セーブとロードを繰り返せるから強いはずなのに……セーブ先そのものが詰んでる」
ドロシーが、感心とも戦慄ともつかない顔をする。
「……
〈エンジェルハウンド〉を持ってるドアでも、考えたこともないですよこんなの」
「此方が選べる最後の行動まで含めて、其方の勝ち筋だったということですね」
「ゲームメイクは得意な方なんですよ」
少しだけ胸を張る。
「まあ……通した後は、
「此方があの盤面から勝利へ至る道を持たないと、見切っていた其方が言いますか?」
「ゲームメイクには、材料の推定が必須ですからね。全部が公開されていることなんて基本的にないですし」
相手が何を持っているのか。
何を持っていないのか。
まだ見えていないカードに、どこまでの役割を期待できるのか。
非公開情報まで含めて盤面を組み立てることは、対戦では避けて通れない。
「相手にこちらを攻略する勝ち筋があったとしても、それが形になる前に焼き切る、もっと殺意の高い型もあるんですよ?
〈終焉の巨人 スルト〉を別の巨人に変えたものが」
「…………この勝ち方にバリエーションがあるのですか!?」
第三位が、わずかに身を乗り出す。
「あるんですよねぇ。『巨人』は壁と擬似的な除去、両方を兼ねるクリーチャー群ですから。
『屹立』と『俯瞰』、どっちも盤面制圧能力が図抜けてます」
だからこそ。〈スルト〉は攻めている際には、山札の消費で繰り返し使える除去のような役割を持ち。
そして無限ターンを押し付けた時には、消費もなく佇む難攻不落の壁に変貌したのだ。
「この場合、〈スルト〉と入れ替えるのは〈国生みの巨人 ダイダラボッチ〉ですね」
「名は存じています。毎ターン、双方へ大量のマナを与える巨人でしたか」
「ええ。…………かなり使いづらいカードですけどね。
〈ダイダラボッチ〉は、毎ターン莫大なマナを生みます。デメリットとして、相手にもその半分のマナを毎ターン与えるのですが……ほら、マナって使い切らないとダメージ食らうじゃないですか」
「…………ああ、察しました」
第三位の目が、わずかに見開かれる。
「相手に無限ターンを与えることで、相手にだけ使い切れないマナを押し付けて焼き切る訳ですか」
「お察しの通りです。流石。…………生み出したマナで重いオールハンデスを叩き込み、壁にもなる〈ダイダラボッチ〉を置いた状態で無限ターンを押し付ければ、相手だけを一方的に焼き払う変則ロックバーンの完成という訳です」
「なるほど……。ですが、其方がその形を選ばなかった理由も理解できます。
〈スルト〉と異なり〈ダイダラボッチ〉は耐性を持っていない以上、ロックから抜けられるカードは相当数に上ります。
除去されれば残るのは自分から差し出した無限ターン。…………一転して窮地ですよね」
「そうなんですよ……これで組むの大変なんですよねぇ。
何より――――今引き勝負を押しつけることは、共鳴使いの得意分野へ踏み込む行為になりかねない」
それを避けるためには、〈スルト〉の耐性の代わりに、デッキトップ固定やはたき落とし系のギミックを追加で要求してくる。
〈ダイダラボッチ〉の踏み倒しに、相手のプレイングを封じるギミック。
それらを活用し、時にはブラフにできる構築というのは、相当に凝ったものにしなくてはいけない。
プレイングの要求値も大概。
それでも。
構築の難度は高いが、複数の勝ち筋を切り替えられるだけの性能はある。
使いこなせるのなら、間違いなく組む価値のあるデッキだ。
「今回は手に入った巨人が〈スルト〉だったので、それに合わせたエニグマを組みました。
でも、〈ダイダラボッチ〉を中心にデッキを組んでいた可能性もあったと思います」
「……それで回せるのですか? というか、組めるのですか?」
「一応は。共鳴使い相手に勝てるように仕上げるのは本当に難易度高いですけど」
「…………そうですか」
こともなげに返すと、第三位のほうが珍しく言葉に詰まった。
それでも。
考え込むように目を落とした彼女の表情は、どこか楽しそうだった。
(どんどん、知らない視点とか考え方が出てくるなぁ……)
少し離れた席で二人のやり取りを眺めながら、ユウキは思った。
正しさの誘導。温存の落とし穴。
制限時間。耐久ステージ。
セーブとロード。勝敗条件。
果ては、別の巨人を使った変則ロックバーン。
一つの勝ち方を説明していたはずなのに、そこから枝分かれするように、知らない考え方が次々と現れている。
(きっと、一つ一つはすごく参考になる話なんだろうけど……)
一つをどうにか飲み込もうとしているうちに、もう次の考え方が出てくる。
(今の私じゃ、全部は受け止めきれない。頭がパンクしそう……
これだけ引き出しがあるモブさんもおかしいけど……)
対面に座るセレヴィアへ、そっと目を向ける。
ファイト以外のゲームには疎いと言いながら、一つ説明されれば、その意味を即座に理解し。
別ルートを聞けば、耐性の有無や脱出手段まで、その場で指摘してみせる。
(普通についていってる
質問をしているのは、ずっとセレヴィアさんの方だ。
けれど。
彼女が一つ問いを差し込むたび、モブさんの中から新しい考えが引き出され。
モブさんが別の発想を示すたび、今度はセレヴィアさんが、その弱点や可能性を即座に拾い上げていく。
私にはもう、どっちがどっちの考えを深く引き出しているのか、ちょっと分からなくなった。
周囲へ目を向ければ。
サレンさんは食い入るように盤面を見つめ。
カド市長は、面白そうに扇子を揺らし。
セト店長は目を丸くしながらも、会話を聞き逃すまいとしている。
ただ、ロウド師範だけは。
難しい話は弟子に任せたとばかりに、楽しげに酒を呷っていた。
(この人だけ、完全に飲み会だ…………飲み会って見たことないけど)
もっとも。
最初から、こんな空気だったわけではない。
――――話は、少しだけ時間を遡る。
第三位に案内されたのは、大会会場に併設されたホテルのプライベートダイニングだった。
大会に招いたVIPが、試合後の会談や会食に利用するために用意された特別な個室らしい。
全国優勝とエキシビジョンマッチ踏破の祝い。そして、先ほどの一戦の感想戦。
その二つを兼ねた食事会には、僕達エレウシス部だけでなく。
ショップの常連の面々や、他にはセト店長やロウド師範、カド市長。さらには、感想戦へ興味を示した世界ランカー達まで同席していた。
最初こそ、皆も目に見えて緊張していた。
けれど、運ばれてきた料理へ舌鼓を打ち。
酒の入ったロウド師範とカド市長が言い合いを始め、それをセト店長が宥める頃には、張り詰めていた空気も随分とほどけていた。
そして皿が下げられ、食後の飲み物が運ばれてきた頃。
空いたテーブルの中央へ、一枚、また一枚とカードが置かれた。
そうして始まった感想戦が、先ほどの制限時間とセーブポイントを巡る話へ繋がっていた。
そして、現在。
一通りの答え合わせを終え。
食事も済んだことだし、そろそろお開きだろうかと思ったところで。
「――――では」
セレヴィアさんが、改めて僕へ視線を向けた。
「感想戦は、この辺りで良いでしょう。此方にとっても、大変実りのある時間でした」
一度、言葉を切る。
「――――次は、
「…………僕の理論??」
「はい」
――――空気が変わった。
第三位が僕を見る。
「其方は…………共鳴を使っていませんね」
「まあ、はい」
「それ自体は不思議ではありません。この場にも一人、同じような者がいますから」
そう言って、視線を向けたのは一人の男。
ラスールの中で、唯一共鳴を持たず。それでいて第三位に次ぐ席を持つ男。
世界で五本の指に入る異端児。
第四位、”塵塚王”。
「当初、此方は其方も彼と同種なのだと思っていました。
共鳴を持たず、その不利を何かしらによって補う者なのだと」
第四位が、僅かに目を細める。
「ですが、それでも共鳴を使わない以上、限界があると思っていました。
彼ほどの使い手であっても、未だ此方には届いていないのですから。
ですが其方は、此方が想定していた非共鳴者の限界、その外へ出ているように思えます」
淡々と。
けれど、傲慢さではなく。
これまで積み重ねられた結果を、ただ事実として確認するように告げる。
「共鳴を使わず、此方のデッキを――――〈未葬教典〉を打ち破ったその原理。
其方の強さの根幹を、此方は知りたい。
よければ、教えていただけませんか?」
深い海のような蒼の瞳が、真っ直ぐに僕を捉える。
――――これが、本命だったのか。
感想戦のためだけではない。
この問いを投げかけるために、彼女は僕をこの場へ招いた。
一体、どんな答えを期待されているのか。
考えるよりも先に、口が動いた。
即答した。
「…………理由を聞いても?」
「世界ランカーの皆さんを前に一席ぶつとか荷が重いです! 遠慮します!
僕、一介の学生アマチュアですよ!?」
…………部屋が静かになった。
なぜか、全員がこちらを見ている。何だ、その目は。
世界ランカー達は無言。
ドロシーはなんかジトッとした目で。
セト店長は頭痛を堪えるように額に手を当てていた。
ユウキちゃんはポカンと口を開け、サレンは呆れたように息を吐いていた。
マリカは「やっぱ兄ぃは兄ぃだー」って呟いてる。
ロウド師範は、もう笑う準備に入っていた。
たぶん、当人以外の全員が同じことを考えている。
――――お前、今さっきその世界ランカー相手に十連勝していただろう、と。
そう言われれば、そりゃそうなんだけど。
「いや、あれは試合でしょう!? 講義とは別です!」
「大差ないじゃろ。この期に及んでどこを気にしとるんじゃお前」
「大差あるから拒否してるんですよ?
その道の権威に講釈できるような立場じゃないですよ僕…………」
師範が笑いながら即座に言った。
伝説の選手と対戦しろというのと、伝説の選手に講義しろでは雲泥の差があると思うんだが…………
それを聞いても。
第三位は、少しも困った様子を見せなかった。
「そう仰ると思って、この食事会には其方のご友人方も揃ってお招きしたのですよ」
「…………どういう意味ですか?」
目を細める。…………引っかかる物言いだ。
思わず警戒心が先立ってくる。
「ああ、どうか安心して下さい。
ただ――――其方のようなタイプを知っている、というだけですよ」
「…………僕のようなタイプ?」
「ええ」
第三位は、当然のことのように言った。
「別に其方、語るべきものを何も持っていない……というわけではないのでしょう?
アマチュアである自分が、トッププロへ意見することは憚られる。けれど、語ること自体が嫌なわけではない」
その評価を聞いて、目が点になる。
否定できない。
「拙い意見であろうと、未完成であろうと、完璧ではなかろうと。
それが友人や後輩のためになるのなら――――『完璧ではないことを承知で』と前置きさえすれば、知識を惜しみなく伝える方でしょう? 其方は」
「…………」
セレヴィアさんの視線が、僕から部活の皆へ移る。
「ですから、
そのついでに、此方達も聞かせていただきたい。……それだけの話なのです」
そこで、第三位の表情が、ほんの少しだけ変わった。
試合中、あれほど張り詰めていた美女が。
一手の遅れも、一瞬の緩みも許さない盤面で、ずっと静かに刃を構えていたような人が。
今は、ほんの少しだけ悪戯っぽく。
こちらの反応を待つように、目元を和らげている。
――――こう言えば、思惑通りに其方は動いてくれるでしょう?
言葉にされずとも、その瞳がそう告げているのが、よくわかった。
「………………ぶっほぉ!」
耐えきれず、吹き出した。
「え、何この人。凄い面白いんだけど! あなたそういうキャラだったの!?」
僕は思わず、ロウド師範の方を向いた。
「ねぇ師範、何この人! こんな感じで搦め手を打ってくるとか!
あなたの前の職場、楽しそうだなぁ!」
「カカカッ! そりゃそうじゃ。
十二聖座でも屈指のコントロール使いじゃぞ?」
師範は、我がことのように胸を張った。
わかるなぁ。こんなの身内にいたらドヤりたくもなる。
確かに、話すことがないわけではない。
むしろ、友人相手なら頼まれなくても話すし。自分の考えを持ち寄って、ああでもないこうでもないと検討するのは大好きだ。
ただ、それを世界ランカーへ“教える”という形にされると、途端に腰が引けるだけで。
(…………そこまで見抜かれてるのかぁ、僕)
まだまともに言葉を交わしてから、それほど時間も経っていない。
なのに。
試合中、こちらの手を読み続けていた人は。
盤面を離れても、僕の思考を読むことをやめていなかったらしい。
「あー、笑った笑った。ここ数日分くらい一気に笑った」
目尻に浮かんだ涙を、指先で拭う。
試合中の張り詰めた姿が印象に残っていた分、その落差が可笑しくて仕方がない。
しかも、僕が断れないよう逃げ道を塞いだわけではなく。
僕自身が気持ちよく頷ける形へ、先回りして盤面を整えてきた。
なるほど。これが、世界最高峰のコントロール使いか。
悔しいけれど、不快ではない。
むしろ、ここまで鮮やかに嵌められれば、負けを認めるのも楽しかった。
第三位は、そんな僕を見ながら、満足そうに目を細める。
「…………それで、どうですか?」
「あー……はいはい。良いですよ!」
僕は、降参するように両手を上げた。
「アマチュアの拙い意見でよければ、どうぞ一席ぶたせていただきます♪」
「ありがとうございます」
「ただし、完璧な理論じゃないですからね。あくまで僕個人の考えです。そこは前提でお願いします」
「ええ。もちろんです」
「途中でツッコミも入れてください。僕も話しながら整理するので」
「はい」
「それから、身内にもわかるように話すので、専門用語は少し噛み砕きます」
「構いません」
「では、そういうことで」
トントン拍子に話が進んでいく。うん。小気味いいやり取りだ。
「見事に手玉に取られとるのぉ」
ロウド師範が、酒を呷って笑った。
「楽しめておるようで何よりじゃぞ。弟子よ」
「……そりゃ、ここまで上手くゲームメイクされたら笑うしかないだろ」
僕は、まだ残る笑いを噛み殺しながら答えた。
「上手いなぁ、この人」
「ありがとうございます」
「褒めてますけど、ちょっと悔しいです」
「勝負事ですから」
第三位は、してやったりと微笑んだまま言った。
「盤面の外であっても、通したい筋があるなら、通りやすい形に整えるべきでしょう?」
「まったくです。……ほんと、面白い人だなぁ。――――――サレン」
「え?」
突然名前を呼ばれ、サレンが目を瞬く。
「そういうことだから……いきなりになったけど。
さっき約束した説明、今するってことでいいかな?」
サレンは少しだけ驚いたように僕を見てから、嬉しそうに頷いた。
「うん。聞かせて」
「了解」
こっちも話が早い。うん。良いことだ。
…………さて。
何から話すべきか、少しだけ考えて。
「では、最初に前提から」
皆の視線が、僕へ集まる。
「まず、ファイターの強さが何によって決まるのか。そこから話してみましょうか」
「神に等しき巨人が生み出すものに、善も悪もありはしない。
ただ、それを受け止めきれぬ者には、厄災にも映っただろう。
やがて恵みは奔流となり、すべてを押し流した」
――――〈国生みの巨人 ダイダラボッチ〉
書きたいことを詰め込んでいたら、思った以上に文章が増えてしまいました。
まさかこの回で強さの本題に入れないとは……!
エピローグは元々3話の予定でしたが、もう何話か増えそうです。
ただ、その分だけ、試合後に語るべきことはしっかり拾っていくつもりです。
どうか今しばらく、お付き合い下さい。
面白かった、続きが気になる、と思っていただけましたら、
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