OVA:共鳴を使わない男を、共鳴最強の世界三位にぶつけてみた 作:檻@102768
一方その頃。
そんな推測をされているとは、露ほども知らないフツオは。
変わらず、ドロシーへ説明を続けていた。
「じゃあ。ここまでの話を、一回まとめるね」
「はい」
「説明したアンチシナジーは2種類ある。
同じカードでも、他のカードやタイミングで意味を変える、プレイングのアンチシナジー」
盤面の公開情報と、手札という未公開情報を組み合わせるテクニック。
そして、時間差によって変わるカードの意味を利用したアンチシナジー。
「それと両面カード。
最初から効果が違うカードが合わさったカードを使って、構築で引き受けるアンチシナジー」
早い段階では片面を。ゲームが長引けば、もう片面を。
一枚のカードへ、最初から異なる時間帯の役割を持たせておく。
片方は。
対戦が始まってから、一枚のカードの意味を変える。
もう片方は。
対戦が始まる前から、一枚へ複数の意味を持たせておく。
使う場所は違う。
けれど、根っこにある発想は同じだった。
――――『一枚のカードを、一つの役割へ固定しない』こと。
「どちらも共通して、共鳴使いには扱いづらい概念だ。
使い方で複数の意味を切り替えるのも、両面カードを採用するのも、シナジーやテーマ重視になる共鳴使いには結構厳しい」
だからといって、共鳴は弱い……なんて決めつけるつもりはない。
「もちろん。だから共鳴は使わない方が強い、なんて単純な話じゃないよ」
念のため。
そこは、もう一度断っておく。
「共鳴使いには、共鳴使いの強さがある。
欲しい札を、欲しい時に引き寄せる。自分のテーマを、限りなく理想に近い形で運用する」
それは、こちらにはない明確な強みだ。
「だったら。共鳴を用いないからこその別の強みを、ちゃんと理解して戦うことを念頭に置いてプレイングする。
共鳴使いが、一つの方向を極めるのなら。
こちらまで、同じ道の先を目指す必要はない。
相手が一つの強みを研ぎ澄ませるなら。
こちらは、その強み一つでは捌き切れない選択肢を増やせばいい。
共鳴するためには選べないカード。
共鳴を濁らせるから組み合わせづらい役割。
一つの方向へ完成度を高めるからこそ、同居させづらい相反する選択肢。
そこには。
共鳴を使わない者にしか取れない手が、確かに存在する。
「だから――――」
フツオは、自分のデッキへちらりと視線を落とした。
「共鳴使いの強みが、
欲しい札を、こちらから山札の奥へ迎えに行けるのなら。
「僕たち共鳴を使わない側は――――
「…………!」
「欲しい札を引けるようにするのが共鳴なら。
引いた札を、欲しい札として使えるようにしておくのが僕らの武器だ。
共鳴に縛られない僕たちにこそ、それができる」
エニグマは、まさにその思想を形にしたデッキだった。
ほぼ全てのカードが、何らかのコンボへ繋がる。
しかも、一枚が一つの勝ち筋だけに属しているわけではない。
ある時は始動札。
ある時は中継役。
別の勝ち筋では、フィニッシャーへ繋ぐ一片。
パーツ同士が、一本の線ではなく。
網の目のように繋がっている。
一つを切られたなら、別の線へ。
欲しかった札が来なかったなら、今ある札から伸びる別の勝ち筋へ。
必要な札をゲームプランへ揃えるのではない。
引いた札に合わせて、ゲームプランの方を変える。
なら。
欲しいカードを、狙って引けなくてもいい。
今、引いたカードを。
それが。
――――共鳴を使えない者が、共鳴使いへ追いつくために生み出した技術。
(…………じゃ、ないんだよな。
共鳴なんていう超能力じみたものが存在しない世界で。
どう立ち回るのが最善か。今ある札を、どう活かし切るか。
一人が考え。また別の誰かが考え。
数え切れない人間が、それを繰り返した果てに。
自然と磨かれていった技術だった。
そして。
その思想を、一つのデッキへ極端なまでに凝縮したものの一つが、エニグマ。
テーマというカードプールへ縛られない。
かつては当たり前だったその性質が――――この《共鳴世界》では。
共鳴使いには難しい、別の選択肢へと変わっている。
「…………フツさん」
「ん?」
しばし呆けたようにフツオのデッキを見つめていたドロシーが、ようやく感嘆から我に返った。
「こういうのって…………全部、フツさんが考えたんですか?」
「…………え?」
今度は、フツオが呆ける番だった。
本気で意表を突かれたような顔をして。
「いやいやいや。そんなわけないよ」
「…………違うんですか?」
「違う違う。僕が考えたものも、そりゃ多少はあるけど」
改めて、自分のデッキへ視線を落とす。
「今回使った
でも、その中で使ってる考え方まで全部、僕が一から作ったわけじゃない」
「そう、なんですか?」
「うんうん。というか、こういうのって――――基本、一人で全部作るようなものじゃないよ。
共通規格の強さって。みんなが同じものを使えることそのものじゃないんだ。
重要なのは、
「…………? 共通規格?」
ドロシーが首を傾げる。
そして、少し離れたところで聞き耳を立てていた者達も。
――――その言葉だけは、聞き流さなかった。
『全部、自分一人で作ったわけではない』。
『一人で全部作るようなものではない』。
「…………」
ほんの少し前まで、推理を重ねて。
その仮説に辿り着いていた。
一人の天才が、何もかも生み出したのではない。
一人の師から、全てを受け継いだわけでもない。
構築。プレイング。
理論。教育。
複数の分野を、それぞれ専門家が磨いている。
その全てを抱えられるだけの母体。
――――おそらくは、まだ見ぬ巨大な組織が、背後にいるだろう。
そういう推測が、成り立ったばかりだった。
「…………一人で作るものじゃない、か」
「本人の口から出たデスね……」
ごく小さな呟き。
当然、フツオの耳へ届くような声ではない。
当の本人は、そんなところで、自分の言葉が拾われて。
勝手に解釈されているなど知る由もなく。
「うーん…………例えばの話なんだけどさ。
武術って。体格が違えば、向いてる動きも結構変わるよね」
「?? はい、それはわかります」
唐突に。カードから武術へ話が飛んだ。
ドロシーが、不思議そうに小首を傾げる。
身長。骨格。手足の長さ。
いくつかは鍛えることはできても。
後から、好きなように手に入れられるものではない。
そういう意味ではこれもまた、生まれ持った
「…………あ。ちょうどいい例がいるな」
フツオが、少し離れた場所へ目を向ける。
「ほら、そこにいるマリカって身長180cmあるんだよ」
「――――んー? 呼んだぁ?」
突然名前を出されたマリカが何事かと、こちらを振り返る。
それにフツオは、「気にしないで」とでも言うように、ひらひらと片手を振った。
「ドロシーも知ってると思うけど。僕とマリカって、同じ気門流を習ってるんだ」
ドロシーも、小さく頷いた。
進級してLife部へ入ってきた一年後輩のマリカ。
彼女がフツオと同じ道場へ通う、同門の門下生であることは以前から聞いている。
「今ある気門流をそのまま習うより。
それは当然の理屈だった。
少なくとも気門流は、180cmあるマリカ一人だけのために作られたものではない。
体格の違うフツオもまた、同じ技術を学んでいる。
なら。
マリカ一人の身体へ最初から何もかも合わせて設計した技術の方が。
「はい。適性に特化してる、ってことですよね」
「ナイス。それで合ってるよ」
専用技術。
特定の条件を満たす者だけのために、極限まで研ぎ澄まされた技。
その条件を満たす者にとって。
高い適性を持つのは当然だった。
「でも。だからって――――」
フツオは、少し笑った。
「
「…………!」
ドロシーはそこで、話の向かう先に気づいた。
「気門流は、マリカ一人のために作られた技術じゃない。
僕も習ってる。他の門下生も習える。昔の人達だって使ってきた」
マリカの180cmという体格へ、完璧に最適化された技術ではない。
その代わり、一人ではない。一代でもない。
数多くの人間が使い。試し。
失敗し。改善し。
長い時間をかけて、技術そのものを磨き続けてきた。
「逆に。マリカ一人のためだけに作った技術なら、実際に使って感想を出せるのも、基本的にはマリカだけになる」
「…………ああ」
それを聞いて、ドロシーも納得したように声を漏らした。
「マリカちゃんに合わせると、他の人は改良に参加しづらくなるんですね」
「そういうこと」
自分の才能へ最適化する。
それは裏を返せば――――同じ才能を持たない者とは、使用感を共有しづらくなるということ。
「マリカ一人へ完全に合わせた武術なら。
そこから条件を緩めて、180cm前後の人向けにしたって。使える人間はまだ限られる。
でも。150cmでも2mでも、体格に合わせて多少調整すれば使える武術なら――――使う人は、一気に増えるよね」
「それだけ…………試す人も増える?」
「そう」
一人が、一つの欠点を見つける。
別の一人が、もっと良いやり方を思いつく。
さらに別の誰かが、それまで誰も想定していなかった問題を見つけ。
そして問題を潰すことで、さらに無駄と欠点は削ぎ落とされていく。
「十人にしか使えない技術なら、集まる経験も十人分に近い。
でも――――特別な才能を前提にしない技術なら、百人。千人。一万人が試せる」
無論、使い手が百倍になったから、技術の進歩までそのまま百倍になるわけではない。
それでも。
「一人への適性だけを比べるなら、専用技術の方に分がある。
でも。
使い手への適性なら、間違いなく専用技術の方が上。
けれど。僅か百人しか触れたことのない専用技術と。
何万人もの人間が、何十年も使い続け。
数え切れない失敗と改善を積み重ねてきた汎用技術。
技の種類。対処法。
崩された後の立て直し。相手ごとの駆け引き。
体系全体の完成度まで比べれば。
個人への適性という差を。
積み重ねてきた人数と時間が、上回ることだってある。
「だからマリカが180cmあるからって。
今からその才能を最大限活かす専用武術を一から作るより――――
長い間ずっと磨かれてきた気門流を習った方が…………普通に強くなれそうじゃない?」
「…………なるほど」
ドロシーが、ゆっくりと頷いた。
「
「そう。それ」
フツオが、嬉しそうに答えた。
「前にやった構築とプレイングの掛け算と似たようなものだよ。すごく大雑把に数字へ置き換えるなら――――
例えば。マリカへの適性だけなら10点ある専用武術があったとしても。
作ってから間もなくて、技術の完成度が8点なら――――10×8で、80点がスコアになる」
「はい」
「逆に。気門流はマリカ専用じゃないから、適性は
でも。大勢が長い間磨いてきたおかげで、技術としての完成度も9点あるなら」
「…………さっきと同じ、81点」
適性だけなら、前者が上。
それでも、最終的に発揮できるものまで、前者が上とは限らない。
「
僕がトップランカー相手に、なんとか食らいつけてるのも…………考え方としては近い」
いや、本当に紙一重の差だったけど。
それでも、優位は優位で。
そしてその優位を余さず押しつけきれれば。
適性そのものでは届かなくても。
別の場所で積み上げた差まで使えば。
少なくとも。
食らいつくことはできる。
そして。
「共鳴も、同じだよ」
「…………!」
「自分の共鳴適性にぴったり合った技術を使えるのは、もちろん強い。
でも。それだけで、そのテーマへの扱い方、技術体系の洗練度は別枠だ」
才能へ深く合わせるほど、使える人間は減る。
逆に。
適性を必要としない技術ほど、より多くの人間がその発展へ参加できる。
「
才能という垣根に縛られない、開かれた技術体系。
そこから生まれる圧倒的な成長速度と完成度。
それこそが、共通規格の真価だった。
「それに。誰でも使える技術だからって、才能がある人が使えないわけじゃないからね。
マリカが気門流を習ったからって、身長180cmじゃなくなるわけじゃないだろ?」
「それも、そうですよね」
「万人向けの技術には、才能がある人まで乗れるんだよ」
汎用技術とは決して、凡人専用の救済措置ではない。
「さっきの数字をそのまま使うなら。
誰でも技術を9点まで身につけられるなら、天才だって同じ9点を身につければいい」
「…………その上で?」
「うん。まず、みんなが磨いてくれた技術を身につける。
その上で、自分の才能に合わせた使い方を足していけばいい」
適性9点。
技術9点。
その時点で、81点。
だが。
その使い手がさらに、この汎用技術を損なわない形で活かせる才能まで持っているのなら。
「同じ完成度の技術を持ちながら、数字で実証できるくらい、それより明確に強くなれる」
「…………!」
「誰でも辿れるところまでは、みんなが作ってくれた道を使えばいい。
そこから先で、自分にしかできないことをすればいいんだよ」
既に大勢が長い時間をかけて。
9点まで至れる土台を作ってくれている。
なら、そこへ乗らない理由はない。
「もちろん。理屈だけなら、その先もあるけどね」
「その先?」
「自分の才能へ完璧に合わせた、完全なオーダーメイド。
自分一人のためだけに仕立てた技術を――――その技術自体も10点満点まで仕上げる」
適性、10点。
技術、10点。
「それができるなら、10×10で100点。
81点の汎用技術へ才能を乗せるより、理屈の上ではそっちが強い」
フツオはそこで、少し苦笑した。
自分一人のための技術ということは。
自分一人で全てをフィードバックする必要があるということで。
それは、大人数が何世代もかけてやったことを。
ほとんど一人で、もう一度やり直すようなものだ。
「まず10点取れる才能の時点でレアなのに。
自分専用の技術体系まで、ゼロから10点にするって…………
…………あんまり、現実的じゃないなぁ」
それこそ、実在しても『最強のバベル使い』並にレアだろう。
バベルの
理論値だけなら。
完全な専用技術が、一番強い。
だが。
「だからさ。共通規格の一番大きな強みって――――結局、ここなんだよ」
フツオは、少しだけ肩をすくめる。
「
何しろ、フツオ自身がそうだった。
血縁でもなければ、特別な家柄でもない。
ただ近所で通える、身体を鍛えられる場所を探して。
自分から、気門流の道場の門を叩いただけ。
「僕は、気門流を一から作ってない。
昔の人が失敗して。直して。積み上げてくれたものを、最初から習わせてもらっただけだ」
自分より前にいる誰かが。
もう、道を作ってくれている。
なら。後から来た人間は。
同じところまで、もう一度ゼロから歩き直す必要はない。
「カードだって同じ。
誰かが見つけたことを使って。
誰かが失敗したところは避けて。
その先から、自分の試行錯誤を始められる」
前の誰かの終着点を。
次の誰かの、出発点にできる。
そして大勢が自分より前に、もう土台を積み上げてくれている。
「なら、僕らはその成果にちゃっかり相乗りすればいい」
悪びれもせずに笑った。
「それで、自分が何か一個でも見つけたら――――今度は、それを次の人へ渡す」
そうして。
一人では積み上げ切れないものを。
何人もが、何世代もかけて積み上げていく。
「それが、
「…………」
そんな講義を、ずっとフツオの背中越しに聞きながら。
そろそろ我慢の限界を迎えていた少女が、一人。
「――――――ねー。おにーさん」
「ん?」
背後から。少しだけ拗ねたような、甘える声。
振り返るより先に。
そのまま、次の言葉が続いた。
「そろそろさ…………アタシの番でもいいんじゃなーい? って」
言うが早いか。
椅子へ座ったフツオの背後から、白い少女が腕を回す。
「うわっ。ちょ、リオちゃん?」
「なにー?」
「何ってこっちのセリフだと思うなぁ!?」
「えー。アタシだって話したいのにほっとかれるとかさびしーじゃん?
そっちのお姉さんとならチームメイトなんだから、いつでも話せるでしょー?
おにーさんのいじわるぅ」
「うっ」
確かに、ドロシーとの会話に熱が入りすぎていた。
ちょっとおざなりにし過ぎだったか。
だから、次はリオちゃんの方に構うのも文句はないのだが。
「フツさん?」
このやり取りを間近で見ている、ドロシーの視線が怖い。
ついさっきまで「すごいです」とでも言いたげだった視線が。
一瞬で「何してるんですか」に変わっていた。
「…………距離が近すぎじゃないですか?」
「それを僕に言わないでくれ…………!」
「こっちはおにーさんとは数年ぶりなんだからそろそろ譲ってよー。
話も一区切りついたんでしょ?」
数年ぶりの再会。
それを聞いて、ドロシーも流石に鎮火する。
「…………まあ。私は、かなり教えてもらいましたし。交代するのはいいですけど。
とりあえず離れて下さい」
「ほら、リオちゃん。ドロシーもこう言ってるし」
「…………何? おにーさんはアタシがこうするの嫌なの?」
最初は。
ただ拗ねているだけだった声から。
言葉の後ろへ行くほど、少しずつ甘さが消えていく。
代わりに、むっとした怒気が滲んで。
抗議するように。背中へ回された腕にも、じわりと力が込められた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど。
…………背中に、その、ね?」
なんか凄い柔らかいのが。
一瞬。
何を言われたのか分からなかったように。
背中へ回された腕の力が、そのまま止まる。
それから。
ほんの一拍遅れて。
フツオの言葉の意味に気づいたのか。
「…………っ!?」
バッ、と。
弾かれたように。
リオはフツオの背中から飛び退いた。
「…………?」
フツオも反射的に。
それまでドロシーへ向けていた身体を捻り。
今度こそ、背後にいたリオへ向き直る。
そこには。
顔を真っ赤にして。
自分の身体を隠すように、両腕で抱きしめ。
恥ずかしさを誤魔化すように、フツオをきっと睨んで。
「……………………おにーさんのえっち」
それを間近で聞いて、絶句した。
いや僕からくっついた訳じゃないしとか
誰がえっちだとか、言いたいことは山程浮かんで。
けど、そんなものを全部まとめて吹っ飛ばして。
真っ先に頭を占めたのは。
――――いやこの子可愛すぎか!!!!
こんなスタイルでこんな距離感で、こんな
しかしそんなことを口にする訳にもいかず。
とりあえず、この妙な空気だけでもどうにかしようと、慌てて言葉を紡ぐ。
「いや、あのねリオちゃん。思い出してみて?
間違っても僕からくっついたわけじゃ――――」
「フツさん?」
「…………」
地の底から鳴り響くような声。…………嫌な予感しかしない。
できれば。
このまま聞こえなかったことにしたかった。
だが、そういうわけにもいかず。
錆びついた機械のような動きで。
ゆっくり。
ゆっくりと。
ドロシーの方へ顔を向けた。
「…………フツさん」
「ハイ」
「さっき。
『嫌じゃない』って言いましたよね?」
「…………いや、その、」
「言ってましたよね?」
「いいましたですハイ」
「…………嫌じゃないんですね?」
「いや、その言い方やめない!?」
「でも、言いました」
「そういう意味じゃなくて!」
嫌じゃなかったのは…………まあ、事実である。
いや違うけど。僕悪くないけど! たぶん。
だいたい、最初から意識してたわけじゃない。
途中で気づいたから慌てて言ったんであって。
そもそも、抱きついてきたのはリオちゃんの方で――――
「そういう意味じゃなくって…………!
リオちゃん、昔から距離感は近かったけど!
今になってもこんな距離感なんて、」
「…………
(あ、やべ)
そのリアクションで
ドロシーの声が。
さらに一段、低くなる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
そんな、存在しないはずの重低音が聞こえた気がした。
「
今度は。
別方向から悲鳴が上がった。
見れば、リオが、先ほど以上に顔を真っ赤にしていた。
「ア、アタシ…………昔からこんなことしてたの!?」
「いや、まあ。
今ほど露骨じゃないけど…………距離近かったり、急にくっついてきたりは――――」
「~~~~~~っ!!」
ボンッ、と。
今度こそ。
音が聞こえそうなくらい、リオの顔が真っ赤になった。
自分の身体を抱きしめるように腕を回したまま。
耳まで真っ赤に染めて、わなわなと震えていた。
どうやら、過去の自分が。
今まで本人すら気づかないまま、どれだけ無防備な距離感で接していたのか。
今さら一気に自覚してしまったらしい。
「アタシ…………そんな、はしたないこと…………」
「いや別に、そこまで言ってないって!」
「昔から…………おにーさんに…………」
「ちょっと待ってリオちゃん!
その言い方は今ものすごく誤解を招くから!」
「…………フツさん?」
「いや、違う違う。頼むから言い訳をさせてくれ…………!」
なんとか取り繕おうとしたところで。
当然、リオもドロシーも納得してくれるわけもなく。
前からは。羞恥で真っ赤になったリオの視線。
横からは。先ほどより更に刺さりそうなくらい鋭く冷たくなったドロシーの視線。
(…………これを、僕に、どうしろと?)
そんな内心の悲鳴に。
答えてくれる者はいなかった。
…………そして。
少し離れたところで、その一部始終を見ていた者達も。
「………………」
「………………」
彼が何者なのか。
その背後に、どれほどの技術体系が存在するのか。
割と真剣に、それなりに緊迫した空気で、あれこれ考えていたはずなのだが。
(((…………自分らはいったい何を見せられているんだ?)))
フツオの正体を巡って、好き勝手に推理を重ねていた彼らの見解が。
この瞬間だけは――――綺麗に一致していた。
それから。ドタバタした空気が落ち着きを取り戻すのに、少しばかり時間を要して。
片や、恥ずかしさで真っ赤になったリオと。
片や、別の意味で機嫌を損ねたドロシー。
そんな少女二人を。
どうにかこうにか宥めること、しばし。
ようやく。
今度こそ話題は、リオが問うターンへ移った。
「それでさー」
「うん?」
「さっきの話。アタシも聞いてたんだけど」
まだ少しだけ赤みの残る顔で。
照れ隠しのように。
リオは、話題をさっきの講義へ戻した。
「おにーさんがこんなに強いのって。結局、おにーさんが天才だからじゃないの?」
「?? なんでそんなことに?」
返事は、あまりにもあっさりしていた。
「むしろ今話してるベーシックな技術って、
「…………そうだけど、そうじゃなくない?」
「何が引っかかってるのかわからないんだが…………
特別な適性がなくても使える。
共鳴みたいな天賦の才を前提にしないから、使える人が多い。
だから試す人も、磨く人も増える。そういう話だっただろ?」
そう言われて、リオは少し考えてから。
「でも、おにーさんは天才でしょ? そんなに強いんだから」
「僕が、天才?」
フツオは、きょとんとした。
「僕は別に天才じゃないけど」
「…………」
その瞬間。
少し離れた場所で聞き耳を立てていた者達は、ほとんど同じ顔をした。
誰一人として、口には出さなかった。
だが。顔には。
はっきりと、書いてあった。
「…………ウッソだぁ」
リオのその言葉が、聞いていた全ての者の心を代弁していた。
「じゃあさ。
おにーさんが天才じゃないって言うなら、誰かすっごい人に教わったんじゃないの?」
「まあ、教わったこと自体は色々あるけど」
「ほらー。やっぱり」
「いやいや。そういう話でもなくて」
その答えに。
会話の行方を追っていた何人かが。
ほんの僅かに、目の色を変えた。
だが。
フツオは気づかないまま続ける。
「というか。ルーツがよく分からないから天才、っていうのも変じゃない?」
「んー???」
「だってさ。
少しだけ。
悪戯っぽく笑って。
「
「凄い暴論が出てきた! 大丈夫!? そんな事言っちゃって!?」
「別に暴論でもないんだけどなぁ…………」
言っていること自体は、そう難しい話でもない。
どう説明したものかと、少しだけ考えて。
なので、段階を踏んで伝えてみることにした。
「だってさ。
その技術なり、流派なりの開祖――――
少なくとも、同じ道を先にそこまで進んだ師匠なんていないでしょ?」
「うーん…………そう言われれば?」
「そうだよ。まず、君だってそうでしょ? ――――
「…………あー、確かに!」
「そういうこと」
自分がぽっと出という、聞く人によっては侮辱になりかねないセリフ。
それでも、リオには不満に思う余地がないくらいしっくり来たらしい。
「結局さ。
どんな系譜にだって、
その人だけは。
自分より先にそこへ行った師匠なんて、持ちようがない。
だから、誰から習ったか分からないとか、どこから出てきたか分からないとか。
それだけで、そんな不思議がることでもないと思うけど。
「ふーん。わかるような? でもなんかモヤっとするー」
「食い下がるなー。…………そんな納得しづらいものなのか?」
――――間近で聞いているリオ以上に。
彼を探っている者たちには。
そう簡単に、納得できる理屈ではなかった。
一人で作ったものではない。
天才でなくても扱える技術だと言った。
そして本人も、自分を天才ではないと言い切った。
そこへ、
まだ腑に落ちていないのに。
意味深に聞こえる札ばかりが、次々と盤面へ置かれていく。
「――――じゃあさ」
リオは、興味津々な顔で続けた。
「おにーさんは、どこでそんなに強くなったの?」
「王道とは、”王にしか歩めない道”――――を意味しない。
誰もが選べて。誰もが歩けて。
数え切れない足跡によって、踏み固められた道。
そして、その道が、誰より高い頂へ続いたから。
人はいつしか、それを『王へと至る道』と呼んだのだった」
――――〈時渡りの階段〉 コレクターズ版
https://pbs.twimg.com/media/HNeExvwagAA7cPm?format=jpg&name=orig
自分のやってたことを客観視してしまったリオちゃんです。
君(の男の子の情緒を破壊する無自覚ムーブ)が悪いんだよ。
https://pbs.twimg.com/media/G0fpceuaQAAz6j3?format=png&name=orig
ドロシーを宥めた後のイメージです。
しばらくこんな顔だった模様。
さて。最後に放り込まれた爆弾ワードを受けて、モブ君はどう答えるのか!
面白かった、続きが気になる、と思っていただけましたら、
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感想もまた、モチベーションや時には新しいアイディアの源になっています!
なお、基本的に次話を書き上げてから感想返信をしているので、返信が来たら次の投稿も近いかも…………?
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