OVA:共鳴を使わない男を、共鳴最強の世界三位にぶつけてみた   作:檻@102768

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エピローグ18 差し伸べたその手は、導く為だけのものでなく

 

 

 

「ノアさんは、好きなカードで遊びたいと思わないんですか?」

 

 

 

 

 ――――その問いの、返事を待つより先に。

 

 

 ノアさん――――空葬イドラの顔から、完全に表情が消えた。

 

 

 空気が、一変する。

 

 視界の端で、同じく教会所属のランカー二人まで表情を変えたのが分かった。

 

 

(…………!?)

 

 

 なんだ? なんかヤバいこと言ったか僕。

 地雷踏んだ??

 

 普通のことしか、言ってないはずだけど…………!?

 

 

「…………あの、ノアさん?」

 

「…………好きな、カード?」

 

「?? はい」

 

「…………」

 

 

 彼女は、本(・)当(・)に(・)分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)も(・)の(・)を(・)見(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)目(・)で、僕を見た。

 

 

 

 

 

「…………カ(・)ー(・)ド(・)は(・)、好(・)き(・)嫌(・)い(・)で(・)選(・)ぶ(・)も(・)の(・)な(・)の(・)で(・)す(・)か(・)?」

 

 

「…………え?」                  .

 

 

 

 

 

 今度は、僕が固まった。

 

 

「いえ」

 

 

 ノアさんは、少しだけ言葉を探す。

 

 

「愛着がない、という意味ではありません。

 ですが――――」

 

 

 一度。ほんの僅かに。

 視線が、彼女のデッキへ落ちた。

 

 

「好きだから手に取る…………という順(・)番(・)で、考えたことがありません」

 

 

 共鳴したテーマを使う。

 それが彼女――――空葬イドラにとっては当たり前。

 

 

「共鳴は、神より賜る祝福です」

 

 

 静かに。

 不自然なまでに、先程までの調子で。

 

 言葉を、時折途切れさせながら。

 

 

「その祝福が示したものを手にする。それが信徒として、私にとっては自然なことで」

 

「…………」

 

「この力を授かったからこそ、私は今、こうしてここにいます」

 

「…………」

 

「このカードと巡り合い、多くのものを得て、十二聖座に、世界第五位に至ることができました。

 ですから、私は――――この祝福に、感謝しています。…………ですので」

 

 

 そこまで言って。

 

 また、僅かに言葉が止まる。

 

 

 

 

「好きだから、選ぶ…………というのは」

 

 

 どういう感覚なのでしょう。

 

 

 

 

 ――――最後までは、言わなかった。

 

 けど、言葉にするまでもなく伝わった。

 

 

 

(そう、か。そうなのか)

 

 

 …………これは、本当に無神経だったな。

 

 踏み込みすぎた。

 浅慮だった。

 

 共鳴の価値を、完全に計り違えていた。

 

 

 

 僕は、自分でカードを選んだ。

 

 カードが好きだから手に取って。好きなカードで強くなりたくて。

 自分の意思で、使うカードを選んできた。

 

 でも。きっとノアさんは違う。

 

 

 

 彼女は――――彼(・)女(・)の(・)方(・)が(・)、カ(・)ー(・)ド(・)に(・)選(・)ば(・)れ(・)た(・)ん(・)だ(・)。

 

 

 

 自分で何を選ぶか決めるより先に。

 共鳴という形で、カードとの巡り合わせを与えられた。

 

 そして、その巡り合わせを。

 彼女は、心から祝福だと思っている。

 

 

 

 …………ずっと、不思議だったんだ。

 

 

 どうして、この世界の人たちは、好きか嫌いかも考えずに。

 それで頂点に至れるかも確(・)認(・)も(・)せ(・)ず(・)に(・)。

 

 

 自分で選んだわけでもないカードを手にして。

 

 それを、人生を懸けるほど大切にできるのだろう、と。

 

 

 もし、巡り合ったのが弱いテーマだったなら。

 僕だったら、まず別のカードを使う道を探すのに。

 

 

 

 でも。今、ようやく。

 

 何度考えても、どうにも腑に落ちなかったその理由の一つが…………分かった気がした。

 

 

 

 …………失礼なことを言ってしまった。

 それは、間違いない。

 

 

 けれど。だからこそ、知ることができた。

 

 

 当たり障りのない問いかけだけを繰り返していたら。

 きっと、こんな答えには辿り着けなかった。

 

 

 …………まさか。こんな何気ない問いから。

 

 

 ず(・)っ(・)と(・)抱(・)え(・)て(・)い(・)た(・)疑(・)問(・)の(・)答(・)え(・)が(・)、見(・)つ(・)か(・)る(・)な(・)ん(・)て(・)。

 

 

 なんて。

 …………なんて、ありがたいことだろう。

 

 だから。――――今度は、問いかけるのではなく。

 ようやく理解できた、その意味を。

 

 

 敬意として、言葉にした。

 

 

 

 

「ああ…………ノアさんは、本当に――――選(・)ば(・)れ(・)た(・)こ(・)と(・)を(・)、喜(・)べ(・)る(・)人だったんですね」

 

 

 

 

 ノアさんが、僅かに目を瞬く。

 

 

 …………そうだ。

 

 共鳴とは、生まれつき授けられた神の祝福。

 偶然が入り混じるカードゲームで、確率を超越する奇跡。

 

 

 そして――――この世界では、それだけではない。

 

 

 共鳴世界においてカードは、産業にもエネルギーにも、社会そのものにも深く食い込んでいる。

 

 人の人生を左右し、時には世界を動かすもの。

 

 

 

 

 ――――カードゲームが、世界を支配する世界。

 

 

 

 

 そうだ。

 

 そんな世界なのだから。

 

 

 

 共(・)鳴(・)と(・)い(・)う(・)カ(・)ー(・)ド(・)の(・)才(・)能(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)、人(・)生(・)を(・)左(・)右(・)さ(・)れ(・)る(・)人(・)間(・)が(・)い(・)る(・)のも当然だったんだ。

 

 

 

 そして、その共鳴は。

 僕の故郷で言うところの、奇跡とは違う。

 

 故郷で奇跡と呼ばれていたものは、証明も再現もできないから奇跡だった。

 証明できないから、信じるか、信じないか。…………という話になった。

 

 

 でも、共鳴(この)世界では違う。

 

 

 

こ(・)の(・)共(・)鳴(・)世(・)界(・)に(・)お(・)け(・)る(・)共(・)鳴(・)と(・)は(・)、観(・)測(・)し(・)、実(・)証(・)で(・)き(・)る(・)奇(・)跡(・)な(・)ん(・)だ(・)。

 

 

 

 実際に欲しいカードを引く。

 それが勝利というスコアに繋がる。

 

 そうして、社会に明確な恩恵まで与え続けている。

 

 そんなものが存在するなら。

 

 

(…………そりゃ、それを神の奇跡だと考える人くらい、出てくるよな)

 

 

 …………僕は、共鳴で『何ができるか』ということばかり考えていた。

 そしてその『できること』は、僕には構築とプレイングで補えるものだった。

 

 

 でも、そ(・)の(・)力(・)が(・)、授(・)か(・)っ(・)た(・)人(・)の(・)人(・)生(・)に(・)何(・)を(・)も(・)た(・)ら(・)し(・)た(・)の(・)か(・)は、また別の話なんだ。

 

 

 ――――そして。

 

 きっとノアさんが共鳴を祝福と呼ぶのは、単なる教義や観念からじゃない。

 

 共鳴という祝福を授かった。

 最高峰のテーマと巡り合えた。

 

 その力と共に戦い、勝ち上がり、世界第五位にまで至った。

 

 

 だからこそ、彼女は今、ここにいる。

 

 自分の人生を、ここまで導いてくれたもの。

 

 

 ――――それが、彼女にとっての共鳴なんだろう。

 

 

(…………そりゃ、感謝もするよな。

 大切にするよな。

 

 神様からの授かり物だと、そう胸を張るだろうな…………)

 

 

「羨ましいですよ。…………本当に。心の底から」

 

「…………羨ましい、ですか?」

 

「はい」

 

 

 即答すると。

 ノアさんは、少しばかり困惑したようだった。

 

 

 選ばれた者が、誰も彼もそう思えるわけじゃない。

 

 ――――僕だって、共鳴に選ばれたことがないわけじゃない。

 

 

 でも。選ばれたことと、選ばれてよかったと思えることは、全く別の話だった。

 

 

 ノアさんは、違う。

 彼女にとって、共鳴は可能性を狭める枷ではなかった。

 

 むしろ…………世界の頂点へと続く道を、最初から示してくれたものだった。

 そして彼女は、その道を歩み続けた。

 

 自分の足で勝ち上がり、多くのものを手に入れて。

 そうして辿り着いた今の人生を、心底幸福だと思えている。

 

 

 …………なるほど。

 

 

 好きか、嫌いか。

 

 そんなことを、わざわざ問う必要すらなかったんだ。

 

 

 

 選(・)ば(・)れ(・)た(・)こ(・)と(・)が(・)、幸(・)せ(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。

 

 

 

 …………本当に。

 

 な(・)ん(・)て(・)、眩(・)し(・)い(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)。

 

 

 …………自分でも、少し驚いた。

 

 

 だって、僕は。

 もう、勝利を手にしている。

 

 共鳴を使わなくても、世界の頂点に立つ者と渡り合える。

 そのことは、既に証明している。

 

 

 そして――――これから先だって、まだまだ強くなれる。

 

 

 テーマの限界を超えて、いくらでも、強くなれる余地がある。

 

 

 …………なのに。

 それでもなお。

 

 

 選(・)ば(・)れ(・)て(・)よ(・)か(・)っ(・)た(・)と(・)思(・)え(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)。

 

 こんなにも、僕の心を揺さぶるなんて。

 

 

「…………変な話ですよね。僕は、共鳴を取り戻すつもりもないのに」

 

「…………ええ。少し、不思議です」

 

 

 ノアさんは、言葉を選ぶようにそう答えた。

 

 

 …………そうだよな。

 

 僕自身、不思議なんだから。

 

 

 僕は、共鳴なんて欲しいと思わなかった。

 

 前世で培ったテクニックと、あまりにも噛み合いが悪いし…………

 

 

 何より――――自(・)分(・)に(・)し(・)か(・)適(・)合(・)し(・)な(・)い(・)ロ(・)ジ(・)ッ(・)ク(・)な(・)ん(・)て(・)、欲(・)し(・)い(・)と(・)思(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)す(・)ら(・)な(・)い(・)。

 

 

 他の人と共有できない強さなんか、欲しがる対象とすら認識してなかった。

 

 

 だって、構築の自由が失われるし。

 使えるカードが限られるし。

 ゲームそのものが単調になるし。

 人と一緒に積み重ねることも出来ないし。

 

 僕にとっては、魅力よりも不自由さが先に立つものだった。

 

 

 …………けれど。

 

 今なら。…………それを神聖視する人の気持ちも、分かる気がする。

 

 

 別に共鳴そのものが欲しいわけじゃない。

 

 

 でも、これだけは分かった。

 

 

 

 ノアさんにとって、共鳴とは。

 

 自分の人生を、豊かなものにしてくれた祝福なのだ。

 

 

 ――――僕にとっての、前世のカードゲームのように。

 

 

 

 あの世界で積み重ねてきた、知識も、技術も。

 

 何より。

 

 前世の行きつけのショップ(ガラパゴス)で過ごした、あの楽しかった日々も。

 

 

 僕に与えてくれたものは、強さだけじゃなかった。

 

 ノアさんにとっての共鳴も、きっとそうなんだ。

 

 

 

(……………………あぁ)

 

 

 

 …………そりゃ、羨ましいよなぁ。

 

 

 

「…………すみません」

 

「…………なん、でしょうか?」

 

「さっきの聞き方、ちょっと失礼でした」

 

 

 ノアさんは何も言わずに、僕の次の言葉を待っていた。

 

 

「僕、好きなカードを選ばないことばっかり見てましたけど」

 

 

 一度、彼女のデッキへ目を落とす。

 

 

「ノアさんにとって共鳴って、ただ強くなるための力じゃなかったんですね」

 

「…………」

 

「その力があったから、色んなものを得られた。

 世界第五位になるまで強くなれたし、今のノアさんがいる」

 

「…………はい」

 

 

 彼女が、小さく頷いた。

 

 

「そもそも共鳴という祝福がなければ、今とは全然違う人生だったかもしれない。

 でも、今の人生を幸いだと思えてるから…………ノアさんは、共鳴に感謝しているんですよね」

 

「…………その通りです」

 

 

 今度は。

 先ほどまでの戸惑いが嘘のように、はっきりとした答えが返ってきた。

 

 

「…………なんだ」

 

 

 思わず、笑みが漏れた。

 

 

「そ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)な(・)ら(・)、僕(・)に(・)も(・)分(・)か(・)り(・)ま(・)す(・)」

 

「…………?」

 

 

「僕にもあるんです。そういう、大切なものが」

 

 

 今度は、こちらから彼女の目を見る。

 

 

「僕が今の強さを身につけられたのも、昔、色んな人に教わったからですし――――

 

 それで得たものだって、強さだけじゃありませんでしたから」

 

 

 …………そう。

 

 楽しかった。

 本当に、楽しかったんだ。

 

 あの頃の、あの日々は。

 

 

「だから、今は分かる気がします。

 ノアさんが共鳴を大切にしている、その気持ちが」

 

「…………」

 

 

 僕は、好きだからカードを選んだ。

 ノアさんは、授かったカードを大切にしてきた。

 

 どちらも、自分にとって譲れないものだった。

 

 

「大切にしているものも、手にした順番も違いますけど」

 

 

 なんだ。

 

 本当に、そういうことだったのか。

 

 

 

「そ(・)れ(・)が(・)自(・)分(・)の(・)人(・)生(・)を(・)豊(・)か(・)に(・)し(・)て(・)く(・)れ(・)た(・)っていう意味では――――

 

 僕(・)ら(・)は(・)、(・)同(・)じ(・)な(・)ん(・)で(・)す(・)ね(・)」

 

 

 

 ――――ノアさんは、すぐには何も答えなかった。

 

 

 

◇

 

 

 

 少し時間が経っても、ノアさんはまだ自分のデッキを見ていた。

 

 まるで、これまで一度も自分へ向けたことのなかった問いの答えを。

 初めて、その中に探しているように。

 

 

「…………あなたは」

 

 

 ぽつりと。

 そこまで言って、止まった。

 

 

「…………」

 

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

 

「…………失礼しました」

 

 

 目を閉じる。ほんの一瞬。

 

 そして、もう一度開いた時。

 

 

 そこにあったのは――――先ほどまでの、答えを見失った女性の顔ではなかった。

 

 

 世界第五位。

 箱舟教会最強のファイター。

 

 

 そして。――――導き手(ノア)。

 

 その顔だった。

 

 

「…………茂札フツオさん」

 

「はい」

 

 

「あなたは――――自分で選ぶことを、本(・)当(・)に(・)大切にしているのですね」

 

 

「…………そうですね。そこは、譲れないところです」

 

「…………あなたにとって、カードとは」

 

 

 僅かに、間を置いて。

 

 

「祝(・)福(・)さ(・)れ(・)る(・)ま(・)で(・)も(・)な(・)く(・)――――自ら選び、手に取るものなのですね」

 

「はい」

 

 

 今度は。

 少しも迷わず、そう答えられた。

 

 そう言うと。

 ノアさんは、また僅かに目を伏せた。

 

 

 …………ああ。

 

 さっきとは違って。今のは、ちゃんと伝わった気がする。

 

 

 僕がノアさんを理解できたように。

 ノアさんの方でも、僕を理解してくれたような――――そんな感覚。

 

 

 

「――――ならば」

 

 

 

 静かな声。

 

 

「なおさら、確認しなければならないことがあります。

 

 …………最後に、一つだけ問わせて下さい」

 

 

 先ほどまでとは違う。

 静かな声に、冷たい鋭さが混じる。

 

 

「共鳴を取り戻さないことは、あなた自身が選んでいる」

 

 

 真っ直ぐに僕を見る。

 

 

「今の話で、それは理解しました」

 

「はい。間違いないです」

 

「では」

 

 

 ほんの一拍。

 

 

 

「縛(・)り(・)手(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)も(・)、あなた自身が選んだのですか?」

 

 

 

「え?」

 

 

「あなたは、望んで縛り手になったのですか?

 

 それとも――――望まず、縛り手にされたのですか?」

 

 

 

 …………ああ、それが本命か。

 

 

 

 ずっと、それを問うタイミングを見極めてたのか。

 

 僕が本(・)当(・)に(・)、自分の意思で、今の状態を選んでいるのか。

 それとも――――誰かに選ばされているのか。

 

 …………なるほど。

 

 

 選ぶことが、どれほど大切なのか。

 

 今の話で、この人にも伝わったんだ。

 

 

 だからこそ。

 

 

「あなたの認識はさておき。私は今も、共鳴を祝福だと思っています。

 あなたが取り戻すことを望まないのは、いいでしょう。

 

 けれど――――」

 

 

 そこで、ノアさんの声が、僅かに低くなる。

 

 

「もし、あなたが縛り手となったこと自体に、誰かの意思が介在しているのなら」

 

「…………」

 

「あなた本人の望みに反して共鳴を奪い。

 その状態から戻ることすら許さず――――今(・)な(・)お(・)あ(・)な(・)た(・)を(・)縛(・)り(・)続(・)け(・)て(・)い(・)る(・)者(・)が(・)い(・)る(・)の(・)な(・)ら(・)」

 

 

 静かな声音の奥に。

 初めて、明確な怒りに近いものが滲んだ。

 

 

「それは、私達にとっては看過できることではありません」

 

 

 …………一度。

 ゆっくりと、深く息を吸った。

 

 姿勢を正す。

 

 …………これは、軽く返していい問いじゃない。

 

 

 

 だから、誤解されないように。

 正直に答えよう。

 

 

「…………縛り手になったのは、望んで、ではないですね。

 でも、取り戻すことを望まないのは、強制はされてないです」

 

 

 考えながら。

 慎重に言葉を紡ぐ。

 

 

「結果オーライではあるんですけど」

 

「………………そう、ですか。そうでしたか…………」

 

 

 それを聞いたノアさんは、僅かに目を伏せた。

 

 その表情に浮かんだのが安堵なのか、憂慮なのか。

 僕には、分からなかった。

 

 

 

「ならば、今はそれで構いません」

 

 

 

「…………え?」

 

「あなたが、共鳴を取り戻すことを望まないというのであれば――――私は、その意思を尊重します」

 

「…………いいんですか?」

 

「はい」

 

 

 てっきり、もう一度くらいは解呪に食い下がってくるかと思ったけど。

 

 ノアさんは、迷わず頷いた。

 

 

「…………ただし」

 

 

 そう言って。

 彼女は、一度だけ表情を引き締めた。

 

 

「あなたが望まず縛り手となったという事実まで、なかったことにするつもりはありません。

 

 本来ならば、その経緯も確認すべきなのでしょう。

 ですが――――」

 

 

 そこで、僕の様子を窺うように、僅かに言葉を切る。

 

 

「あなたは、今ここでそれを問われることも、望んではいないのでしょう?」

 

「…………まぁ、そうですね」

 

 

 できれば。

 というか、ものすごく。

 

 あの件は、あんまり掘り返して欲しくない…………

 

 

「…………分かりました」

 

 

 ノアさんは、静かに頷いた。

 

 

「共鳴を奪うことが罪深いのであれば――――」

 

 

 一度、静かに言葉を区切る。

 

 

「共(・)鳴(・)を(・)望(・)ま(・)ぬ(・)者(・)へ(・)、本(・)人(・)の(・)意(・)思(・)を(・)無(・)視(・)し(・)て(・)取(・)り(・)戻(・)さ(・)せ(・)る(・)こ(・)と(・)も(・)ま(・)た(・)。

 

 同(・)じ(・)く(・)罪(・)深(・)い(・)こ(・)と(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・)」

 

 

「…………!」

 

「私は、共鳴を祝福だと信じています」

 

 

 そこだけは、少しも揺らがない。

 

 

「あなたがその祝福を退けることを、正しいとも思ってはいません。

 ですが――――」

 

 

 その声音にも、眼差しにも、迷いはない。

 

 

「だからといって、あなたの意思を踏みにじってよい理由にはなりません」

 

 

 そして。

 

 ほんの僅かに、表情を和らげた。

 

 

 

「どうか、ご安心を」

 

 

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 

 …………ああ。

 なるほど。

 

 

 彼女は、共鳴を取り戻さないという僕の選択を、正しいとは思っていない。

 

 けれど。

 正しいと思わないことと、その選択を認めないことは違う。

 

 自分の信念を曲げずに。

 それでも、相手の意思を尊重する。

 

 

 

 …………本当に。

 

 『立派な人』だな、この人。

 

 

 

「ですが」

 

 

 続くその声に、先ほどまでとは別種の強さが宿る。

 

 そして――――縛り手の呪いを宿した、僕の右手を取って。

 

 

「もし、あなたが解呪を望む時が来たなら、私にまで連絡を」

 

 

 それが当然であるかのように。

 

 

「すぐにでも、その呪縛を解いて差し上げます」

 

「…………」

 

 

 僕の手を、祈るように包んだまま。

 

 誓うように、そう告げた。

 

 

 

 

(い(・)い(・)人(・)だ(・)な(・)ぁ(・)、こ(・)の(・)人(・))

 

 

 

 

 僕にとっては、大きなお世話になっちゃったけど。

 

 

 それでも。

 

 自分でも曲げない信念があって。

 それを人に振りかざすんじゃなくて、差し伸べる手に変えられる。

 自分が授かった祝福を、今度は誰かのために使おうとする。

 

 

 そういうことをする自分でいようとしている――――

 

 あんまり見かけない種類の、芯のある『いい人』。

 

 

(…………なるほどな)

 

 

 箱舟教会最強。

 導き手(ノア)。

 

 

 そう呼ばれている理由が、少しだけ分かったような気がした。

 

 

(世界に名だたる教会のトップランカー、か。

 …………威厳あるなぁ。ほんと、カリスマだ)

 

 

 話す前までは正直…………結構身構えてた。

 ノアさんにというか、箱舟教会そのものに。

 

 《アルマー》を失った後、セト店長が十二聖座を退いて。

 教会からも離れたという過去を聞いてたから。

 

 

(…………僕の方が、先に色眼鏡掛けてたのか)

 

 

 世界が違えば――――宗教も、信仰も。

 そこで生きている人間も違う。

 

 共鳴の価値を、自分の常識だけで測っていたのと同じだ。

 

 

 …………そして。

 

 

 自分と違うものを大切にしているからといって。

 

 その人の大切なものを、理解できないわけじゃない。

 

 

 そのことを。

 今、目の前の人が教えてくれた。

 

 

(…………反省、だな)

 

 

 …………本当に。

 話せてよかった。

 

 

 自分の中で、長いこと引っかかっていたものが。

 

 こんなにも、あっさりと。ほどけることがあるなんて。

 

 

 …………後で、セト店長にも、お礼を言わないといけないな。

 

 

「わかりました」

 

 

 僕の右手を、祈るように包んでいる、ノアさんの両手。

 

 その上から。

 今度は僕も、空いていた手をそっと重ねた。

 

 

「…………その時はどうか、よろしくお願いします」

 

「必ず」

 

 

 ノアさんは、はっきりと頷いた。

 重なった手は、そのままに。

 

 だから僕も笑って、頷き返した。

 

 

 

◇

 

 

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 …………それにしても。

 

 

 

 

(…………縛り手になった経緯を深掘りしない間に引いてくれてよかった。本当に)

 

 

 

 

 一時は張り詰めたけど、穏やかな雰囲気で終わって助かった。

 

 なにせ…………

 

 

(もし縛り手になった理由が…………

 

 やばめのカードの精霊に絡まれて、

 加護扱いで押し付けられたアレコレにブチギレて、

 反撃にカードに灯油かけて燃やして。

 

 その報復で共鳴を奪われた…………って言ったらどうなってたか…………!!)

 

 

 共鳴を祝福扱いということは、共鳴するテーマの精霊が授けるものも、信仰対象とかに似たような扱いかもしれない。

 でもマグラはほんと、マジで悪霊か、さもなくば祟り神っぽかったんだよなアレ。

 

 これで、

 

 

「僕を呪ったの、そっちが神聖視してそうなカードの精霊なんですよねー」

 

 

 …………なんて言うハメになってたら。

 

 

(…………絶対、ものすごいことになるな)

 

 

 

 下手したら、僕一人の問題じゃ済まなくなるぞ…………

 

 

 …………いや。

 その場合でも、ノアさんなら真剣に対応してくれるんだろうな。

 

 

 むしろ、今の話を聞く限り、間違いなく。

 

 

 …………してくれそうだからこそ怖いんだけど!

 

 

 この人、冗談抜きで教会の偉い人だし!

 しかも、ただ偉いだけじゃなくて、信念のためなら本気で動く人だ。

 

 そんな人が、闇のカード使いとかじゃなくって、カードの精霊が人間を呪ったなんて話を聞いたら。

 いったい、どんな騒ぎになるか…………!!

 

 

 …………うん。

 

 やっぱり、余計なことは言わない方がいい。

 

 そして。

 心の中で、そっと決めた。

 

 

 

(…………黙っとこ)

 

 

 

 カードの事故なら、まだ構築でケアできる。

 

 でもカードの精霊の事故まで、僕では面倒を見切れそうにないし。

 マグラのことは、できれば思い出したくもないし。

 

 …………何より。

 せっかく穏便に済んだんだ。

 

 わざわざ、自分から地雷を踏み直す必要なんてない。

 

 

 

 …………振り返ってみれば。

 

 

(最初から最後まで、予想外の連続だったな。

 

 自分の読み違いから始まって。

 思ってもいなかった答えも見つかった)

 

 

 これがカードの勝負だったら、勝てたとしても反省するところだけど。

 

 

 

 …………まあ。

 

 

 こういう予想外なら、悪くないか。

 

 

 









「不義には断罪を。受難には救済を。

 裁きと慈悲。
 二つを併せ持ってこその、神の使徒。

 そのどちらか一つしか持たぬ者に、
 白塔の頂は務まらない。


 罰することも、救うことも。
 すべては神の御心のままに」





     ――――〈白塔の大神官〉 プロモ版





――――――――――




 創作における聖職者というと、過激だったり、胡散臭かったり、黒幕だったり。
 そういう役回りも、一種の定番だと思います。


 ただ、共鳴世界は――――明確に『奇跡が実在する世界』です。


 ならば、その奇跡を神の祝福として信仰する教会にも。
 その教えを背負って立つトップのファイターにも。

 信仰を揺るがせず、それでも他者の意思を尊重できる。
 そんな人物がいてもいいだろう。


 …………なんて考えで、”導き手(ノア)”――空葬イドラを書いてみました。



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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

災禍に祈りは届かない(作者:天都ダム∈(・ω・)∋)(原作:俺の切り札は光らない)

 Life最大の祭典、<シリウス>につながる大一番。▼ 秋のプロアマ混合大会、フォーマルハウトの決勝戦。▼ 若干十二歳で王手をかけた名門の天才、花守ハオリに対峙するは、▼ 【百命】が八十六位、五十嵐レンジ。▼ 後々まで語り継がれる激戦を見守る邪悪な双眸に、まだ気づく者はいない――――。▼「……え? あたし? モブだよモブ。だって全然、かんけーない…


総合評価:1102/評価:8.53/連載:4話/更新日時:2026年07月27日(月) 17:00 小説情報

精霊が切り札の世界で、俺だけ孤独に成り上がる(作者:エクシーズ次元)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

カードゲーム最高!▼全てがアニメみたいにカードゲームで回ればいいのに……そんな風に思って、日々を過ごし、気がついたらカードアニメみたいな世界に転生していた。だが問題があった。この世界においてSSRカードの証左である精霊たちが一切懐いてくれないのである。▼しかし構わない。▼俺は一人で成り上がってみせる。▼元よりカードゲームに精霊なんて、無粋なのだ。


総合評価:4990/評価:7.69/連載:12話/更新日時:2026年10月11日(日) 21:00 小説情報

【書籍化】俺の切り札は光らない(作者:雨 唐衣)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

 カードゲームが好きだ。▼ 集めて集めてうんざりしたカードの山の中で手に取った一枚に焦がれることもあった。▼ 何度も、何十も、何百回もスリーブが擦り切るまで回した果てに出来たプレイングに自分を褒めたくなったことこともあった。▼ 練り込まれたデッキには色んなものが入っている。▼ 揃えたカード資産の金額、ひらめきと考え抜いたゲームメイク、試行錯誤に費やした時間、…


総合評価:63772/評価:8.91/連載:122話/更新日時:2026年10月09日(金) 22:19 小説情報

カドゲ世界で「このカードが君の所に行きたがっている」屋さんになった(作者:ユ◯ギさんみたいになりたい)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

カードゲーム世界に転生したからには、一度はやってみたいことがある。▼「このカードが君の所に行きたがっている」と言ってカードを渡して去っていくやつ。▼折角なので、いっそこれを職業にしてみよう。▼そんな思いからカードショップ「このカードが君の所に行きたがっている」を開いた俺の元には、毎日いろんな客がやってくる。▼なにしろカドゲ世界は変人の宝庫。▼そんな彼らの元に…


総合評価:5374/評価:8.14/連載:5話/更新日時:2026年10月01日(木) 07:05 小説情報

貧乳好きなのにカードの精霊達の胸が大きすぎる(作者:匿名)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

カードで国境すら決める世界▼そんな世界に転生した貧乳好きのショタがおっぱいの大きなカードの精霊達に囲まれる話


総合評価:6892/評価:8.44/連載:9話/更新日時:2026年09月25日(金) 20:06 小説情報


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