いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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一話

――ひどい頭痛だった。

 

 脳髄を直接かき混ぜられるかのような、泥濘に沈むような感覚。水面に落ちた一滴のインクがじわじわと広がるように、突如として『異物』が私の脳内に流れ込んできたのだ。

 

(……俺は、誰だ?)

 

 現代日本で生まれ育った記憶。

スマートフォンを弄り、適当に漫画やアニメを嗜み、ごく普通の学生生活を送っていた平凡な日々の記憶。

 

……だが、不思議なことに『自分の元の名前』や『家族の顔』といったパーソナルな部分は、分厚いすりガラスの向こう側にあるようにひどく曖昧だった。確かなのは「現代日本に生きていた一般人の学生である」という自己認識だけ。

 

 それが唐突に、現在進行形である「5歳の幼児」としての記憶と激しく衝突し、融け合い、そして定着した。

 

「…………」

 

 ゆっくりと目を開く。

 

 視界に飛び込んできたのは、ひたすらに純白。 

 

 天井も、壁も、床も。狂気的なまでに汚れのない、無機質な白色だけがそこには広がっていた。

 

(……えっと、なんだこれ。俺、転生したのか?)

 

 いや、待てよ。転生したってことは……俺、前世で死んだってことだよな?

 

 病気だったのか、それとも不慮の事故にでも巻き込まれたのか。死因すら思い出せないが、確実に前の人生を終えて、今ここで全く別の命として目覚めたのだということだけは、不思議と直感で理解できた。

 

 混乱する頭を必死に落ち着かせながら、私は現在の『自分』の情報を引き出す。

 

 名前。そうだ、俺の今の名前は――。

 

『藍染惣右介』

 

(…………は?)

 

 内心で、俺は盛大に硬直した。

 

 藍染惣右介。その名前に聞き覚えはありすぎるほどあった。

 

 護廷十三隊五番隊隊長にして、天に立つことを宣言したあの大悪党。眼鏡を砕き、前髪をかき上げるあの圧倒的なカリスマの姿は、前世の曖昧な記憶の中にあっても、なぜか鮮明に深く刻み込まれている。

 

(マジかよ!? 俺、あの藍染様なの!? BLEACHの世界に転生したってこと!? しかもよりによって作中屈指のラスボスじゃねーか!!)

 

 焦燥感が心臓を早鐘のように打たせる。

 

 このままいけば、俺は将来的に尸魂界(ソウル・ソサエティ)を裏切り、一護と死闘を繰り広げ、無間に封印される運命にあるのではないか。

 

 いや、待て。落ち着け俺。まずは現状把握だ。

 

 俺はゆっくりと首を巡らせた。

 

 そこはだだっ広い空間だった。そして私の他にも、同じような白い衣服を着た同世代――おそらく5歳程度の子供たちが等間隔に座っている。

 

 異様なのは、彼らの「目」だった。

 

 一切の感情の起伏が感じられない、酷く虚な目。ただ息をしているだけの、精巧な人形のような子供たち。

 

(……ここは、どこだ? BLEACHにこんな空間あったか?)

 

 俺の知っている尸魂界は、もっとこう、和風テイストだったはずだ。こんなSFチックで無機質な白い空間など見たことがない。

 

 技術開発局の実験室か? いや、それにしても異様すぎる。

 

 ……まさか、尸魂界の闇の施設か? 真央霊術院に入る前の、孤児たちを集めた極秘の洗脳訓練施設……四十六室が裏で手を引く『もう一つの蛆虫の巣』的な場所が、原作の裏側に存在していたというのか?

 

「惣右介、様子がおかしいぞ。どうした?」

 

 不意に、隣から声をかけられた。

 

 ビクッと肩が跳ねそうになるのを必死に抑え、俺は声の主を見る。

 

 そこにいたのは、茶色い髪をした少年だった。彼もまた、他の子供たちと同じように虚な目をしているが、どこか深い、底知れないものを感じさせる。

 

 記憶を探る。……ああ、そうだ。こいつの名前は確か、『清隆』だったか。

 

(清隆……? BLEACHにそんなキャラいたか? まさか小説版限定のキャラか、あるいは原作開始前に死ぬ俺の同期的なモブか?)

 

 前世の知識と今の記憶が混濁し、戸惑いが渦巻く。

 

 だが、不自然な態度は怪しまれる。ここは無難に、今の自分――5歳の子供らしく「ちょっと頭が痛くてさ。変な夢を見たんだ」と、適当に誤魔化しておこう。

 

 俺は息を吸い、口を開いた。

 

「――世界が、ひどく矮小に見えてね。少し眩暈がしただけさ」

 

(あれっ!?)

 

 自分の口から飛び出した言葉に、俺は内心で目を剥いた。

 

 なんだ今のセリフ!? 俺、そんなこと微塵も思ってないし言おうともしてないんだけど!?

 

「世界が?」

 

「ああ。……我々を縛るこの白き箱庭の底の浅さに、思わず嘆息していたところだよ。心配をかけたね、清隆」

 

(違う違う違う!! なんだこのポエム!! 勝手に口が動く!?)

 

 脳内でどれだけ平凡な言葉を用意しても、声帯を通る瞬間に、恐ろしく傲慢で理知的な『藍染惣右介の言葉』に自動変換されて出力されてしまうのだ!

 

 内心で大パニックに陥る俺をよそに、表面上の俺はまだ眼鏡すらかけていない顔に手をやり、存在しないブリッジを押し上げるような優雅な仕草まで披露している。

 

「そうか。もうすぐ次のカリキュラムが始まる。遅れるなよ」

 

「忠告、感謝するよ。……だが、私の歩みは誰にも遅らせることはできない」

 

(ああああああ痛い!! 痛い痛い! 5歳児が言っていいセリフじゃない!! ごめんね清隆!!)

 

 しかし清隆と呼ばれた少年は、俺の痛々しいポエムに特に疑問を抱く様子もなく、ただ淡々と前を向き直った。

 

 どうやら、俺のこの自動変換ポエムは、この施設においては「底知れない天才特有の深遠な言葉」として好意的に(?)スルーされているらしい。

 

 キィン、と。

 

 冷たい電子音が部屋に響き渡り、前方の扉が開く。

 

 白衣を着た大人たち――おそらく教官にあたる者たちが、無表情のまま入ってきた。

 

「これより、第4期生による知能および基礎身体能力の測定テストを開始する。各員、指定の端末に向かえ」

 

 大人の冷徹な声に従い、虚な目をした子供たちが機械のように一斉に動き出す。

 

 俺もそれに倣い、自分のデスクに備え付けられた端末へと向かった。

 

 画面に表示されたのは、座学のテストだった。

 

(……は? 微分積分? 確率統計? それにこの言語学の問題……ロシア語か!?)

 

 内心の俺は、目玉が飛び出るほど驚愕していた。

 

 5歳児だぞ!? 俺たちまだ5歳だぞ!? なんで高校生や大学生レベルの、しかも多言語にまたがる学問をテストされてるんだ!?

 

 尸魂界のカリキュラム、狂ってないか!? 死神になるのに微積分いる!? 斬魄刀の軌道計算でもする気か!? やっぱりここは尸魂界のヤバい闇の施設なんだ!

 

 しかし、驚愕とは裏腹に――俺の右手は、極めてスムーズに端末のペンを握っていた。

 

(あれ……?)

 

 問題の意図が、痛いほど理解できる。

 

 前世の俺なら絶対に解けない数式が、まるで最初から答えを知っていたかのように頭の中に浮かび上がってくる。

 

 手が、自動書記のようにスラスラと解答を書き込んでいく。

 

(解ける……。いや、解けるどころじゃない。こんなもの、息をするより簡単だ……!)

 

 これが、藍染惣右介の頭脳。

 

 後に崩玉を完成させ、護廷十三隊を手玉に取る男の、圧倒的な知のポテンシャル。

 

 5歳にして、既に完成された天才のスペックが、私の中に備わっていたのだ。

 

(すげえ……! さすが藍染様だぜ! 俺、今なら東大でも首席で受かるんじゃないか!?)

 

 内心で小躍りしながら、俺はあっという間に全問を解答し終えた。

 

 ふと横を見ると、隣の席の清隆もまた、平然とした顔でペンを走らせている。一切の淀みがない。

 

(あの清隆ってやつ……こいつも全部解けてるのか? この難易度を5歳で? もしかしてあいつ、将来の隊長格か?仲良くしておこう)

 

 座学が終了すると、間髪入れずに別室への移動が命じられた。

 

 今度は体術のカリキュラムだ。

 

 大人を相手にした、実戦形式の格闘訓練。手加減など一切見られない、殺気立った大人の拳が、容赦なく5歳の子供たちに振り下ろされる。

 

 子供たちが次々と床に沈み、あるいは嘔吐し、白衣の大人たちに冷酷に評価を下されていく。

 

(いやいやいやいや! 殺す気か!? 児童虐待どころの騒ぎじゃないぞ! これだから尸魂界の闇は深いんだよ!)

 

 内心でドン引きしている俺の前にも、筋骨隆々の教官が立ち塞がった。

 

 教官の鋭い蹴りが、俺の側頭部を狙って空気を裂く。

 

 ――遅い。

 

 俺には、その蹴りがまるでスローモーションのように見えた。

 

 身体が羽のように軽い。思考に肉体が完璧に追いついている。

 

 俺は僅かに上体を逸らして蹴りを躱すと、そのまま教官の軸足を刈り取るように足を滑らせた。

 

「なっ……!?」

 

 バランスを崩した教官の鳩尾に、俺は小さく、だが正確に拳を沈めた。

 

 ドンッ、という鈍い音が響き、教官がくぐもった呻き声を上げて膝をつく。

 

(……うおおお! 今の俺、めちゃくちゃカッコいい!! これが死神の体術、『白打』ってやつか!)

 

 自分の強さに内心で大興奮しながら、俺はゆっくりと姿勢を戻した。

 

 周囲の空気が凍りつく。他の教官たちも、驚きを隠せない目で俺を見ていた。

 

(やばい、やりすぎたか? ちょっと謝っておこう。『ごめんなさい、お怪我はありませんか?』っと……)

 

 和便を図ろうと口を開いた瞬間、またしても『あの現象』が発動した。

 

「――あまり、強い言葉を遣うなよ」

 

(あああっ! 違う! 違うんです!!)

 

 無機質な白い部屋に、俺の穏やかで、しかし絶対的な傲慢さを孕んだ声が響く。

 

「弱く見えるぞ」

 

(言っちゃったぁぁぁ!! 有名なやつ言っちゃったよ俺!! しかも相手は言葉じゃなくて物理的な蹴りを出してきたのに、文脈無視して言っちゃったよ!!)

 

 表面上は絶対的な強者の余裕を漂わせながら、内心では羞恥心と申し訳なさで泣きそうになっていた。

 

 だが、教官は俺から放たれる謎のプレッシャー(霊圧?)に当てられたのか、冷や汗を流しながら後退りした。

 

 ふと視線を感じて振り向くと、数メートル先で別の教官を難なく組み伏せていた清隆が、こちらを静かに見つめていた。

 

「……なるほど。惣右介、お前は本当に底が見えないな」

 

「買い被りだよ、清隆。私はただ……」

 

(頼む! 普通の言葉出てくれ! 『ただ運が良かっただけだよ』!)

 

「……誰よりも先に、天に立つ準備をしているだけさ」

 

(もうやだこの自動翻訳機能……)

 

 俺が内心で絶望の涙を流していると、清隆は「天に立つ、か。お前らしいな」とだけ言い残し、再び自分の訓練に戻っていった。

 

(……まあいい。この施設がどれほど過酷だろうと、俺には藍染様のスペックがある! いずれこのホワイトルームとかいう謎の施設を脱走して、真央霊術院に入ってやるぜ!)

 

 己が『ようこそ実力至上主義の教室へ』という、霊力も死神も存在しない現代日本を舞台にした世界にいるとは露知らず。

 

 転生者・藍染惣右介は、その無駄に高すぎるスペックと「自動ポエム変換機能」という呪いを抱えたまま、ホワイトルームにおける圧倒的な無双生活をスタートさせるのだった。

 

 

 

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