いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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今回の話から、『ようこそ実力至上主義の教室へ』をアニメでご覧になっている方にとって、原作に関する重大なネタバレを含む内容となります。

ネタバレを避けたい方は、閲覧をお控えいただくことをおすすめいたします。ご了承のうえ、お楽しみいただけますと幸いです。








百一話

 襲撃事件の少し前、深い闇に包まれた無人島の森。

 木々の隙間に身を潜める一つの影が、手元のトランシーバーから聞こえる声に耳を傾けていた。

 

『指示通り、七瀬ちゃんと宝泉くん、それから私の腕時計は壊してあるよ。……本当に一人で、直接綾小路先輩を狙うわけ?』

 

 通信の向こう側から聞こえてくるのは、天沢一夏の小悪魔的でありながら、どこか探るような声だ。

 

「ああ。GPSで犯人を特定されないように、あの試験の存在を知っている、椿さんや宇都宮くんにも、時計を壊すように頼んであるよ」

 

『ふーん。あの二人も自分たちで綾小路先輩を狙っていたのに、よく協力してくれたね』

 

「単純な話だよ。成功したら、特別試験の報酬である二千万プライベートポイントを山分けにするように契約すればいいだけだ。それに、もし僕が失敗した場合は、僕たちのクラスの全員で椿さんの作戦に乗るという条件を提示しただけだよ。彼らにとって、損な取引じゃない」

 

『……まあ、私は止めはしないけど。今、綾小路先輩の近くには龍園先輩もいるし、もし目撃されたらどうするわけ?』

 

「あの程度のやつに気取られることはないよ。……さて、僕はそろそろ動く」

 

 ——は淡々と告げ、天沢の返事を聞く前に一方的に通信を切った。

 

 

 

 通信が切れたトランシーバーを見つめながら、天沢一夏は小さく息を吐き出した。

 

(静観していたこれまでと違って直接的な方法を取ろうとしている……。でも、——だって綾小路先輩のホワイトルームでの、あの異常な成績は分かっているはず。いくら不意をついたとしても、直接的な戦闘になれば絶対に勝てないと分かっているはずなんだけど……)

 

 天沢の脳裏に浮かぶのは、絶対的な『最高傑作』の姿だ。

 

 どれほどの策を練ろうと、どれほど腕に覚えがあろうと、あの怪物に単独で挑むなど自殺行為に等しい。

 

(本当に勝機があると思っているの……?それとも、綾小路先輩への憎悪で理性を失っちゃってるのかな……?)

 

 天沢は、暗闇に沈む森を見つめながら、暴走の気配を見せ始めた同郷の生徒に対し、僅かな懸念と呆れを抱いていた。

 

 

 

 一方、通信を切った——は、冷たい目を細めて森の奥へと視線を向けた。

 

(すでに月城への根回しは完了している。……『ホワイトルームを追放された怪物』か)

 

 ——の脳裏に浮かぶのは、この学校で頂点に君臨し、悠然と振る舞う藍染惣右介の姿だ。

 

(他者など、全ては自身の目的を達成するための道具に過ぎないというのに、恋人や友人に現を抜かすなんてね。はっ……この学校というぬるま湯に浸かって、随分と腑抜けているようだ。感情的に動く人間など、こちらからすれば利用しやすい絶好の道具でしかない。あの程度の男が規格外の怪物とは、笑わせる)

 

 ——の胸の奥で、黒くどろどろとした優越感と憎悪が渦を巻く。

 

(所詮は、途中で施設を追放された未完成の身、僕の方が、遥かに長くホワイトルームで学習し、厳しいカリキュラムを生き抜いているんだ。僕があいつに劣っているはずがない)

 

 時計のGPS機能を無効化し、自らの足跡を完全に消し去った——は、闇の中を音もなく歩み出す。

 

(仮に僕の犯行だと疑われたとしても、証拠は一切残らない。いざとなれば、一夏に全てを押しつけて切り捨てればいいだけだ)

 

 ——の口角が、暗闇の中で歪に吊り上がる。

 

(月城も、一夏も、そして藍染惣右介も……全てを利用して、綾小路清隆を葬り去ってやる。僕こそがホワイトルームの真の最高傑作だと、この手で認めさせてやる)

 

 どす黒い野心と狂気に満ちた憎悪を胸に秘め、——は藍染の怒りを綾小路清隆へと向けさせ、潰し合わせるための『生贄』に、凶刃を向けるため動き出した。

 

 

 

 

 現場での救護と被害状況の確認を終えた私は、暗闇の森を、森下を連れて坂柳の待つ本部周辺の拠点――【D9】へと急ぎ足で向かっていた。

 

 張り詰めた空気の中を歩を進めていると、私の持つトランシーバーから再び短い電子音が鳴った。

 

『――藍染くん。真田くんの小グループに、森下さんを合流させてください。私の元へ向かう道中で彼らがキャンプをしているので、そちらへ案内します』

 

 通信の向こうから聞こえる坂柳の声音には、平時の余裕は完全に消え失せていた。そこにあるのは、クラスメイトを理不尽に傷つけられたことへの深い沈痛と、絶対零度とも呼べる冷酷な怒りだけだ。

 

「……分かった」

 

 私も短く応じる。声を荒げることこそないが、私の内側でも静かに、だが確実にどす黒い怒りが煮えたぎっていた。

 

 私が通信を切ると、隣を歩いていた森下が「っ……!」と、痛切な悔しさに唇を噛み締めるような小さな声を漏らした。

 

 無残に傷つけられた仲間を前に、ただ助けを呼ぶことしかできなかった己への歯痒さだろう。

 

『森下さん』

 

 再び坂柳が、今度は森下へ向けて静かに語りかける。

 

『――必ず、私と藍染くんで犯人を特定し、相応の罰を与えます。貴方は真田くんたちと共に、試験に集中してください』

 

「……はい。…………お願いします」

 

 いつもは突拍子もない言動で周囲を振り回す森下が、今はただ、ひどく沈んだ震える声で頷くことしかできなかった。

 

「……君がすぐに坂柳へ知らせ、私を呼んだおかげで、現場の状況をいち早く把握することができた」

 

「……藍染惣右介……」

 

「よくやってくれた。……あとは、私に任せておきたまえ。君がこれ以上気に病む必要はない」

 

 静かに、だが絶対の重みを持って告げると、森下は暗闇の中で深く頭を下げた。

 

 その後、坂柳のナビゲート通りに真田たちのキャンプ地へと辿り着き、私は森下を彼らに託して再び一人で歩みを進めた。

 

 

 坂柳のいる【D9】まであと少しというところで、今度は別の周波数でトランシーバーが鳴った。

 

『……惣右介くん。何かあったのですか?』

 

 聞こえてきたのは、ひよりの不安げな声だった。私がテントを離れてからかなり時間が経っているため、無理もない。

 

(心配させてしまったな。ここで伝えるとひよりたちを不必要に動揺させてしまうかもしれないが……いや、今後の警戒を促すためにも、包み隠さず伝えるべきだ)

 

「――吉田と姫野が何者かに襲撃された。二人は負傷し、無念ながらリタイアとなった」

 

『……っ!?』

 

 通信の向こうで、ひよりが激しく息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。

 

『お、お二人は……ご無事なんでしょうか……?』

 

 震える声で安否を問うひよりに、私は努めて落ち着いた、だが冷気を孕んだ声で返す。

 

「二人とも斜面から突き落とされて怪我はしているが、命に別状はない。残った森下についても、すでに真田の小グループに無事合流させたから安心したまえ」

 

『一体、誰がそんな酷いことを……』

 

 命に別状がないと聞いて安堵の息を漏らしつつも、ひよりの声には、トランシーバー越しでも痛いほど伝わる深い悲しみと動揺が混じっていた。

 

 争いを好まない彼女にとって、明確な悪意を持って仲間が傷つけられたという事実は、到底受け入れがたいものだろう。

 

「……誰であろうと、私が必ず引きずり出し、一切の慈悲もなく裁きを下す。だから、今は安心するといい」

 

 私が揺るぎない決意を込めて言うと、ひよりは少しの沈黙の後に気丈に口を開いた。

 

『……分かりました。このこと、帆波ちゃんたちにも伝えた方が良いですよね?』

 

「ああ。……もし犯人の目的が私への挑発にあるのなら、ひより、君を狙う可能性もある。私が戻るまで、絶対に一人にはならず、皆と一緒に居てくれ」

 

『……はい。気をつけてくださいね、惣右介くん。みんなでお待ちしています』

 

 通信が切れ、森は再び不気味な静寂に包まれた。

 

 仲間たちの悲痛な想いと、自らの裡で渦巻く冷たい怒りを背負い、私は歩みを一切緩めることなく、坂柳の待つ【D9】の拠点へと向かった。

 

 

 

 木々を抜け、目的の拠点に辿り着くと、そこには坂柳だけでなく、彼女と共にキャンプをしていたAクラスの網倉麻子、Bクラスの戸塚弥彦、白石飛鳥の三人も起きて待っていた。

 

 彼らもすでに大まかな状況を聞かされているのだろう。その顔には、深い緊迫と動揺が張り付いていた。

 

「……坂柳。遅くなった」

 

「いえ。まずは、すぐに動いてくださり、ありがとうございました。藍染くん」

 

 坂柳が静かに頭を下げる。

 

 そして、彼女は手元のタブレットを持ち直すと、三人の生徒たちへ向けて落ち着いた声で語りかけた。

 

「ここからは、私と藍染くんの二人で犯人の足取りを推測します。皆さんは、明日からの試験に向けてテントに戻り、しっかりと休んでください」

 

「……くっ。坂柳、藍染……頼む。吉田たちを襲撃したやつを、絶対に暴いてくれ……!」

 

 戸塚がギリッと歯を食いしばり、悔しさに拳を震わせながら絞り出すように言う。

 

「こんなの……あんまりだよ。怪我をさせてリタイアさせるなんて、絶対に許せない……!」

 

 網倉もまた、涙目になりながら強い怒りを滲ませていた。

 

 白石に至っては、かける言葉も見つからない様子で、ただ沈痛な面持ちで伏し目がちに立ち尽くしている。

 

「――安心してくれ。私の仲間に牙を剥いた愚か者には、私が必ず、相応の裁きを下す」

 

 私が一切の揺るぎない声でそう宣言すると、三人は痛切な表情のまま深く頷き、テントへと戻っていった。

 

 彼らが離れたのを見計らい、私と坂柳は少し離れた焚き火の跡の傍に腰を下ろした。

 

「改めて、君こそ私に素早く知らせてくれて助かったよ。……それで、GPSサーチの結果は?」

 

 私が単刀直入に問うと、坂柳はタブレットの画面を操作しながら静かに口を開いた。

 

「……あの時点でサーチに探知できなかった人物は、一年生が六名、二年生が二名の、計八名です」

 

「一年Aクラス:天沢一夏。Bクラス:八神拓也。Cクラス:宇都宮陸、椿桜子。Dクラス:宝泉和臣、七瀬翼。……そして、二年Cクラスの龍園くんと、Dクラスの綾小路くんです」

 

 リストアップされた名前に、私は顎に手を当てて静かに思考を巡らせる。

 

「なるほど。一年生からは全クラス、そして二年生が龍園と清隆か」

 

私はその不自然なリストの羅列から、相手の浅はかな狙いを瞬時に透かし見た。

 

「上位三組に入るのを諦めた一年生全体が、下位のグループを確定させるために協力を結び、上級生に襲撃を仕掛けた――そう見せかけるためのブラフだな。だが、本気でそのブラフを機能させるつもりなら、残った森下もリタイアに追い込んでグループを全滅させるはずだ。それをしなかったのは何故だと思う?」

 

「……そのブラフが機能してしまい、藍染くんの標的が一年生全体に向かう事態を避けたかったからでしょうか。犯人の真の目的は、藍染くんの疑いの目を綾小路くんに向けさせ、彼を退学に追い込むことでしょうからね」

 

「その通りだ。これまで私たちの同盟グループでは、過酷な移動の中でも腕時計の故障は一件も起きていない。探知されなかった一年生たちは、間違いなく故意に時計を破壊してGPSサーチから逃れているのだろう。……だが、彼らと同時に、清隆と龍園の時計まで都合良く壊れたとは考えにくい」

 

「ええ、あり得ないでしょうね。となると、システムに干渉できる者――月城理事長代理が、意図的に二人のデータを改竄したと見るべきですね」

 

「ああ。月城にコンタクトを取れる『ホワイトルーム生』が、私と清隆を潰し合わせるために、この事件で最も恩恵を得る清隆や龍園を疑わせるように『この時間帯だけ』GPSデータを改竄するよう頼んだというわけだ」

 

「……なるほど、見事な推理です。ですが藍染くん……月城理事長代理や綾小路くん本人が直接手を下した可能性については、どうお考えですか?」

 

「……私がそこまで推測することを見越して、月城自身、あるいは清隆が一年生を利用して犯行に及んだ可能性もゼロではない。だが――」

 

 私は冷たい夜の闇へ視線を向け、断言する。

 

「彼らは、私の仲間に直接手を下すような愚行が、どれほどの絶望を招くかを知っているはずだ。そんな愚かな真似はしない」

 

「……では、やはり実行犯は一年生の中に紛れ込んでいるホワイトルーム生、ということになりますね」

 

「――ああ。この犯人は、私のことを酷く舐めているのだろうな」

 

 私は、暗闇の奥に潜む見えざる敵に向かって、冷たく嘲笑した。

 

「ホワイトルームを追放された私よりも、自分の方が優れていると。そして、仮に疑われたとて、監視カメラもGPSも機能しないこの無人島では、明確な証拠がない以上、私には裁きを下すことなど出来はしないと――そう高を括っているに違いない」

 

 私の言葉に、坂柳が目を細める。

 

「……浅はかですね。ですが、問題は『誰がそのホワイトルーム生か』です。少なくとも、宝泉くんは候補から外れます。彼は中学時代から地元で有名な不良生徒として名を馳せていたようですから、施設で育ったという経歴とは矛盾します」

 

「――私も同意見だ。……後は、明日以降にGPSサーチで一人一人現在地を特定し、私が直接反応を確認しに行く」

 

「……」

 

 私の決断に、坂柳は深く沈痛な翳りを落とした。

 

「藍染くんの圧倒的な威圧感があれば、相手もボロを出す可能性はあります。ですが……今おっしゃった通り、この無人島では明確な物的証拠を掴むことは不可能です」

 

「証拠の有無など関係ないさ。私が犯人だと断定したならば、それが真実だ」

 

「……私も、クラスメイトを無残に傷つけられたことは、決して許すことは出来ません。ですが、確たる証拠もないまま私刑に走り、藍染くんまでが退学のペナルティを受けるような結末は、決して望みません」

 

 冷静な坂柳らしからぬ、感情の乗った声。彼女なりに、私の身を本気で案じているのだろう。

 

「その心配はないよ。ただ……相手がこの私を盤上の駒として利用しようというのなら――私はこの盤上から、私を操れると錯覚している愚かな指し手を斬り伏せるのみだ」

 

「……分かりました。では、現時点の情報で、犯人の可能性が最も高いのは誰だと考えていますか?」

 

「……最も怪しいのは八神拓也。次点で天沢一夏だ」

 

 私が即答すると、坂柳は目を見開いて少し首を傾げた。

 

「……理由をお聞きしても?」

 

「単純な話だ。GPSサーチで探知できなかった一年生の中で、私と直接交流があるのは、この二人しかいないからだ。宝泉や七瀬とも顔を合わせたことはあるが、私の内面や思考を理解するには至っていないだろう」

 

「なるほど。藍染くんの表面的な情報しか知らない生徒ならば、藍染くんを確実に怒らせるために、まずは椎名さんを狙うはずでしょうからね」

 

「その通りだ。私がひよりを誰よりも大切に想っていることは、一年生の中でもすでに知っている生徒は多いだろうからね」

 

「ええ。ですが、藍染くんは他者からかなり誤解されやすい人ですから。クラスメイトを傷つけられただけであなたが本気で動くと確信を持つには、ある程度あなたと直接交流し、その性格を把握している必要がありますね」

 

「ああ。だが……私を相手にするには、あまりにも傲慢が過ぎる。その浅慮には、相応の報いを受けさせてやろう」

 

 冷たい殺気を孕んだ私の言葉に、坂柳は小さくため息をついた。

 

「ええ。物的証拠を残さなければ、仮に正体がバレたとしても逃げ仰せると踏んでいるのでしょうが……あまりにもお粗末な作戦です。正直、本当にあなたや綾小路くんと同じホワイトルームの出身なのか、疑わしくなるほどに」

 

「……ああ。だが、足元が悪く草木が生い茂る夜の森で、吉田と姫野に一切気取られることなく背後まで接近し、襲撃を成功させるほどの身体能力と隠密性だ。それを一般の生徒が成し遂げるのは、到底無理な話だろう」

 

 私の推論を聞き、坂柳も静かに頷く。

 

 闇の中で蠢く愚かなる敵の輪郭は、すでに私たちの見えざる手によって、はっきりと縁取られようとしていた。

 

 

 




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