いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
九日目の悪天候から一転。
晴天に恵まれた十日目、そして十一日目の二日間、私はひよりを抱き抱え、広大な無人島を縦横無尽に駆け回った。
一日分の遅れを取り戻すため、私は高速で森を駆け抜けながら次々と課題を制覇していき、我々の得点は爆発的なペースで積み上がっていった。
そして迎えた、試験十二日目の朝。
この日を最後に、最終日までタブレットでのランキング開示は行われなくなる。つまり、自分たちとライバルとの正確な位置関係を知ることができる最後の朝だ。
「南雲会長たちのグループはなんとか抜くことができたが……やはり、綾小路と高円寺を擁する龍園グループには、まだ僅かに及んでいないか」
最新のランキングを確認した神崎が、少しだけ悔しそうに口を開く。
「でも、点差も本当に僅かだよ! あと二日間、このまま全員で全力で駆け抜けよう!」
「ああ、一之瀬の言う通りだ。それに、南雲会長たちを抜いたといってもほとんど差はない。最終日の得点が倍になる特別ルールが、一気に逆転を許すきっかけとなるやもしれん。最後まで決して気を抜くことなくいこう」
一之瀬の明るい鼓舞に、葛城が冷静に気を引き締める言葉を重ねる。
(うんうん! グループ全員が一位を狙って真剣に頑張ってる! みんな、この長くて過酷な試験を通して、さらに一皮剥けた感じがするね!)
頼もしい仲間たちの姿に、私は内心で一人深く感心していた。
「惣右介くん……。あの、お疲れではないですか……?」
ひよりが私の袖をちょこんと引き、上目遣いで心配そうに尋ねてくる。この試験中、ずっと彼女を抱えたまま森を駆け抜けていたため、私の体力を気遣ってくれているのだ。
(全く問題ないよ! 俺たちもあと二日間、この調子で課題を取りまくろうね!)
「――私という器に限界を定めること自体が無意味だ。この腕に抱いた君の軽やかな温もりが尽きぬ限り、私の歩みは決して止まらない。……さあ、残された幾星霜も、共に盤上の星を刈り尽くそうか」
「『全く疲れていませんから大丈夫ですよ。あと二日間、この調子で課題を取りまくりましょうね』とのことですっ。ふふっ! 頑張りますっ!」
私のポエムを即座に翻訳したひよりは、安心したように柔らかな笑顔を浮かべ、小さくガッツポーズを作って気合を入れた。
「それにしても……有栖からの報告では、うちの同盟グループは下位五組に入る可能性はほぼゼロみたいね。おかげで何の後顧の憂いもなく、自分たちの試験に取り組めるわ」
神室がタブレットを操作しながら、少しだけ安堵したように息を吐く。
「ああ。ただ……龍園の率いる同盟グループは、未だに危険な水域にいるグループがいくつかあるな。ここで俺たちが一位を取ってクラスポイントを稼いだとしても、彼らが下位三位までに沈めば、ペナルティで多少は引かれるやもしれんな」
葛城の指摘に、一之瀬が少しだけ顔を曇らせる。
「うーん……。ボーダーラインさえ超えてくれれば、誰も退学になることはないけれど……」
「それは、学校側がその『ボーダー』をどこに設定しているか次第だな。……それにしても、三年生は流石の一言だ。この最後のランキング開示のタイミングで、下位十組に沈んでいるグループが一組しか存在しないとは」
神崎の言葉に、私も下位ランキングへと視線を落とした。
(確かに、下位に沈んでいるのは一年生が圧倒的に多いね。……生徒会所属で、表向きは人当たりも良く全体のまとめ役だった八神が抜けたことで、彼らの指揮系統が上手く機能していないのだろうな。……俺としても絶対に譲れないことだったとはいえ、結果的に一年生たちには少し申し訳ないことをしたな)
「……混合合宿の時のように、どのグループも無事にボーダーラインをクリアできていれば良いのですが……」
そんな彼女の優しさに触れつつ、私はひよりを再び軽々と抱き上げる。今はただ、自分たちの最善を尽くして駆け抜けるしかない。
私たちは気合を入れ直し、力強く森の中へと踏み出した。
――そして、午前中の課題と指定エリアの踏破を終えた、その日の昼。
大グループのみんなで昼食を済ませ、束の間の休息を取っていた時のことだ。
私の腰に下げていたトランシーバーから、ノイズ混じりの音声が響いた。相手は一年生の藤泉要だった。
『……藍染先輩! お疲れ様です! お時間よろしいでしょうか?』
(要から通信か。……頼んでおいた、あの件についてかな?)
私は「構わないよ」と短く返し、休んでいる一之瀬たちから少し離れた場所へと移動して通話を続けた。
『藍染先輩に頼まれていた、例の件ですが……。申し訳ありません』
トランシーバー越しに伝わってくる要の声は、深い悔恨と申し訳なさに満ちていた。
『私たちのグループも、ここから上位三位に食い込むのが非常に厳しくなってしまったことと……現在、下位に一年生のグループが多数沈んでおり、そちらの救済に動く必要が出てきまして……。誠に申し訳ございません……!』
(いやいや! こちらこそ俺の個人的な事情からの頼み事だったし、全然謝ることじゃないから! むしろ気を使わせちゃってごめんね!)
真面目で義理堅い後輩の誠実な謝罪に、私は内心で平謝りしながら、いつものトーンで口を開いた。
「――気に病む必要はないよ。君の選択は、決して道を違えるものではない。暗闇に沈む同胞たちに、君の信じる正義の光を示してあげたまえ」
『はっ……! ありがたきお言葉……!』
私の何気ないフォローに、要は声をつまらせるほどに感動してくれている。
(本当にいつもありがとうね! また無事に学校に戻ったら、生徒会のみんなで焼肉にでも行こうか!)
「――いずれまた、白亜の学び舎へと帰還した暁には、同志たちと共に焦熱の宴を囲もうか」
『はいっ! 楽しみにしております!』
要との通信を終え、私はふぅ、と小さく息を吐きながら思考を巡らせる。
(……月城が消えたとはいえ、まだ憂いを完全に断てたわけじゃないからな。清隆に懸けられた懸賞金を狙って動く一年生たちと、月城が残していった可能性のある配下の人間。……これらがどう動くか)
要が動けないとなれば、適任なのは彼らしかいないだろう。
私はすぐさまトランシーバーの周波数を合わせ、現在四位につけている時任グループの池寛治へと通信を繋いだ。
彼らがここから下位に落ちることはまずあり得ないし、三位の南雲たちとの点差もかなり開いている。ただ、向こうの同盟の戦略として、清隆たちのグループのフォローに回るよう動くかもしれない。その場合は無理をしないように伝えておく必要がある。
私はオサレに清隆の動向を少し気にかけてほしいという要望を彼に伝えた。
『ははっ! お任せください、藍染様……!』
トランシーバー越しに響く寛治の声は、なぜか深い地の底から響くような重度の厨二病めいたトーンだった。
『
(ええ!?清隆、
私は内心で激しくツッコミを入れつつも、寛治のその謎の熱意と友情には素直に安堵した。
(……でもありがとね! 清隆にも寛治みたいな熱い友人がいて俺も嬉しいよ!)
「――君のその猛き魂の波動、確かに受け取った。友の背中を護るその誇り高き刃、大いに期待しているよ」
『ははっ……! この命に代えましても……!』
大仰に言い切る寛治にオサレなエールを送り、私は通信を切った。
これで、清隆を取り巻く盤面への備えは最低限整ったはずだ。私は満足げに頷き、ひよりたちの待つ場所へと戻っていった。
その日の午後も、私たちは一切の妥協なく課題と指定エリアの踏破をこなし、十二日目の試験を無事に乗り越えた。
そして無人島サバイバル十三日目。
この日も朝から、私はひよりを抱え、文字通り風のように森を駆け抜けていた。本部で待機する坂柳の的確な指揮により、一切の無駄なく課題と指定エリアを踏破し、怒涛の勢いで得点を積み重ねていく。
そうして十三日目の試験も終わり、最後の夜。
明日の最終日に備え、私たちは本部エリアで坂柳とも合流し、一つの大きな焚き火を囲んでキャンプを張っていた。
(いよいよ、残すはあと一日か。……ここまで動いてない一年生たちは気がかりだが、寛治と時任なら上手くやってくれるはずだ)
パチパチとはぜる炎を見つめながら、私は密かに盤面の最終確認を行う。
「いよいよ、明日が最終日だね」
一之瀬が感慨深そうに呟くと、葛城が静かに頷いた。
「ああ。必ず勝利を掴もう」
「明日は得点が二倍になりますからね。となると、相手も死に物狂いで来るはずです。出来れば直接課題で高円寺くんか綾小路くんを藍染くんが上回ることができたら大きいですが」
坂柳が杖を両手で持ちながら、冷静に相手の主力の得点を削るプランを提示する。
(そうだね! でも、学力系の課題で清隆が相手だと、どうしても引き分けになっちゃうからね。何度かぶつかったけど、同点の場合は同率一位としてお互い同じポイントを貰うだけだから、差をつけられないんだよね)
「――叡智を競う盤上では、我々の刃は互いに相殺される運命にある。空から降り注ぐ星屑を等しく分け合ったところで、天と地の隔たりは永遠に埋まらないよ」
「『学力系の課題で綾小路くんが相手だと引き分けになってしまって、同率一位で同じポイントを貰うだけなので、差が縮まらないんですよね』とのことですっ」
私のポエムを、ひよりが即座にわかりやすく翻訳してくれた。
「ええ。ですから理想は身体能力が問われる試験ですが……綾小路くんなら、こちらもそう考えることを見越しているでしょうね」
(高円寺とはこの数日、何度か身体能力系の課題でぶつかってるんだよね。ここまではなんとか勝ててるけど、向こうの得意分野の課題なら確実に勝てるとは言えないよ)
「――だが、黄金の獅子もまた、己の牙を試さんと私の首元を狙ってきている。これまでの交錯では私が圧倒してきたが、彼の望む戦野においてまで絶対の勝利を約束するのは、少々傲慢が過ぎるというものだ」
「『高円寺くんとは身体能力系の課題で何度かぶつかっていますが、もし彼の得意分野の課題だった場合は、確実に勝てるとは言い切れません』とのことですっ」
私の追加のポエムも、ひよりは完璧なニュアンスで皆に伝えてくれた。
「だが、相手もそれは分かっているだろう。藍染以外の俺たちに綾小路と高円寺をぶつけて、確実に差をつけることを狙うはずだ」
葛城の現実的な指摘に、場に僅かな緊張が走る。
「でも、向こうのグループだって、高円寺をまともに制御なんて出来ないんじゃない?」
神室の率直な疑問に、坂柳は静かに首を横に振った。
「いえ、あの高円寺くんがグループを組んで全力で取り組んでいる以上、何らかの契約で動いてる可能性が高いです。勝利のために指示に従う可能性も否定できません」
「悔しいが、葛城の言う通りだな。だが……我々とて、ただ座して泥に這いつくばり、敗北を享受するつもりはない。予定調和の盤面を喰い破る、誇り高き反逆の牙を向けてやろう」
――ピクッ。
その瞬間、笑顔を浮かべていた一之瀬の眉間が引きつり、焚き火の前だというのに、逃げ場のない重い圧が場を支配した。
「神崎くん……? なんでそうなるのかな?」
静かだが、有無を言わさぬトーン。笑顔のままジッと神崎を見つめる一之瀬の底知れぬ圧に、私も思わず内心で震え上がった。
「……っ! す、すまない。少し気合が入りすぎたようだ」
神崎はハッとして我に返り、慌てて咳払いをして顔を背けた。
「ふふっ。でも、神崎くんの言う通りですね! 誰と課題で当たっても、絶対に負けないように精一杯頑張りましょうっ!」
このままでは神崎が凍死しかねない空気を、ひよりが柔らかな笑顔でふんわりと和ませる。
「ええ。椎名さんの言う通りです」
「最終日も、ここ数日のように有栖が私たちの移動ルートを指揮してくれるのよね?」
神室の問いに、坂柳は自信ありげに頷いた。
「はい。十二日目の時点のランキングを考えれば、私たちの同盟から、下位に沈むグループは間違いなくありません。一位を取ることだけに集中させてもらいます」
「ああ。橋本や柴田のグループにGPSサーチは託して、ここから支援を頼む」
葛城の力強い言葉に、全員が深く頷く。
「うん! 姫野さんと吉田くんのためにも、絶対に一位を捧げようね!」
一之瀬の掛け声と共に、私たちは最高の雰囲気で最終日前日の夜を締めくくった。
一方、暗闇に包まれた森の奥深く。
綾小路は一人、静かに思考の海へと潜っていた。
(……ここまで、一年生たちの動きはないな。動くなら明日、か。だが月城が消えた現状、一年生たちでは大した脅威にはならないだろう)
黒幕を失った一年生たちの連携など、たかが知れている。
(念の為、龍園にはオレに懸けられた懸賞金のことは伝え、いざとなれば、アルベルトと石崎を動かすように頼んである。宝泉あたりが直接暴力で挑んでくるとなれば、それなりに時間を削られて足止めされる可能性はあるからな)
元々の予定であれば、こうした刺客たちへの対処を口実に藍染を呼び出し、彼を自分たちの問題に巻き込むことで、藍染グループが純粋に得点を稼ぐ時間を奪うという狙いがあった。
(坂柳に主力のグループは動かせないと言われた以上、惣右介をこちらに関わらせて足止めを狙うことは不可能となったが、問題はない。このまま逃げ切るだけだ)
自身に迫る包囲網を冷徹に計算し尽くし、綾小路は静かに目を閉じる。
無人島試験、最終日。
交錯した全ての思惑と実力がぶつかり合う最後の夜明けが、目前に迫っていた。
感想、高評価よろしくお願いします!