いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
無人島での十四日間という長く過酷なサバイバル試験が終わり、生徒たちは無事に豪華客船へと帰還した。
船に戻った後、結果発表が行われる十九時までは完全な自由時間となる。極限状態から解放された生徒たちは皆一様に疲労困憊で、それぞれが自室へと戻り、まずはシャワーを浴びて泥と汗を洗い流し、泥のように眠るなりして休息を取っていた。
私もしっかりと熱いシャワーを浴び、エアコンの効いた快適な部屋でベッドに身を沈めた。
(っはぁぁ〜!クーラー効いた部屋のフカフカのベッド最高ォォォ!!無人島のテントも悪くなかったけど、やっぱり現代文明の利器には勝てないよ……!)
そうして、思い切り羽を伸ばした後、私は身支度を整え、一之瀬、ひより、神崎と合流した。
目的はもちろん、リタイアを余儀なくされた姫野と吉田のお見舞いだ。私たちは医務室の場所を聞くため、ロビー付近で星之宮先生の姿を探した。
「あ、星之宮先生! 姫野さんたちは……?」
ソファでタブレットを見ていた星之宮先生を見つけ、一之瀬が駆け寄って声をかける。
「あら、一之瀬さん。みんなお疲れ様!無事に帰ってきてくれて先生嬉しいわ!」
星之宮先生はパッと顔を輝かせた後、少しだけ表情を和らげて頷いた。
「姫野さんはもうほとんど怪我は治ってるわ。吉田くんは足を捻挫しちゃってるから、もう少し安静にする必要があるけどね。……二人のところへ案内するわ。付いてきて」
星之宮先生の先導で、私たちは医務室へと向かった。
清潔な白いドアが開かれると、そこにはベッドに身を起こしている姫野と、隣のベッドで足を固定された吉田の姿があった。
「姫野さんっ!」
一之瀬が真っ先に駆け寄り、ひよりもそれに続く。私と神崎は、少し離れた後ろから静かに歩み寄った。
「みんな……ごめんね……。私のせいで、迷惑かけちゃって……」
姫野が申し訳なさそうに目を伏せる。だが、一之瀬は優しく、力強く首を振った。
「ううん! 謝らないで! 姫野さんは何も悪くないよ!」
「そうですっ! それに、犯人はすでに自首していますから、安心してくださいね」
ひよりが両手で姫野の手を包み込みながら、温かい声で慰める。
私は静かに歩みを進め、姫野を見下ろした。
「顔を上げたまえ、姫野。君の瞳に再び平穏の光が宿ったこと、重畳に思う。君の魂がこれ以上の疵を負わずに済んだのならば、それ以上の僥倖はないよ」
私がオサレにそう告げると、ひよりが翻訳のために口を開こうとした――その瞬間だった。
「……ふふっ。相変わらず、偉そうな言い回しだね、藍染くん」
姫野が小さく吹き出し、張り詰めていた空気がふっと緩むような、いつもの笑顔を見せたのだ。
(おおおっ!よかった、ちゃんと笑ってくれた!本当に安心したよ……!)
私は内心で盛大に安堵の息を吐き出しながらも、表面上はただ涼しげに微笑んでみせた。
続いて、私は隣のベッドで横になっている吉田へと視線を向けた。
「吉田。君が身を挺して姫野の盾となったこと。その気高き精神と魂の輝きに、心からの敬意と感謝を捧げよう」
私に続き、一之瀬やひより、神崎も口々に吉田への感謝を述べる。
すると、吉田は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いや……咄嗟に体が動いただけだ。それに、一週間も同じグループで、過酷な試験を共に乗り越えた仲間だからな」
(うおおおお!吉田、お前ってやつは……!マジでイケメンすぎるだろ!本当にありがとう、吉田ァ!)
内心で吉田の漢気にスタンディングオベーションを送りながら、私は満足げに頷いた。
そうこうしているうちに、病室のドアが再び開き、Bクラスの坂柳や葛城、森下たちが揃ってお見舞いにやってきた。
その後も、時間を追うごとにAクラスとBクラスの生徒たちが代わる代わる医務室を訪れ、二人に温かい言葉をかけていく。
「いつまでも我々が占領しているのも野暮というものだ。そろそろ退散しようか」
私がそう提案し、私たちは二人に別れを告げて医務室を後にした。
自室へと戻る道中、一之瀬が安堵の息を漏らす。
「姫野さんも、吉田くんも、本当に大きな怪我じゃなくて良かったね……」
「ああ。吉田がいなければ、姫野は大怪我をしていた可能性もある。彼には本当に感謝してもしきれないな」
神崎が真剣な面持ちで同調する。
「……二人に、いい報告ができるといいですね!」
ひよりが両手で小さく拳を作りながら、今夜の結果発表に思いを馳せるように言った。
「無論だ。我らが紡いだ勝利という名の凱歌を、彼らの元へ届けるとしよう」
私はオサレにそう同調し、来るべき発表の時に向けて歩みを進めた。
そして、十九時前。
休息を取り、英気を養った全学年の生徒たちが、船内の大ホールへと集結した。
ざわめきに包まれる会場の壇上に、三年生の学年主任の先生がマイクを手に進み出る。
「静粛に。これより『無人島サバイバル』の結果を発表する。……だが、その前に今回の特別試験での退学となるグループについて触れておこう。結論から言うと、ボーダーラインを割ったグループは一つも無く、今回の試験による退学者は存在しない」
「――っ! よかったぁ……!」
同じ席に座っていた一之瀬とひよりが、顔を見合わせて歓喜の笑みを浮かべる。
(八神の件は、ここでは発表しないか。まあ、無用な混乱を招いて生徒全体を不安にさせたくないって学校側の気持ちも分からなくはないな。後で一年生だけを個別に集めて報告するつもりなんだろう)
「それでは、まず下位三組から発表する」
司会の先生の重々しい声が響き、背後の巨大モニターに結果が映し出された。
『二年Cクラス・小宮グループ』
『一年Dクラス・小野グループ』
『一年Bクラス・安藤グループ』
(下位三位に二年生である小宮たちのグループが入ってしまったか。これで俺たちの学年から25クラスポイントずつ減らされるわけだ。……あの状況から一グループだけとはいえ、下位三位から救い上げるとは、要の手腕は流石だな)
私はモニターを見つめながら、冷静に状況を計算する。
(上位三位は俺たちのグループと清隆たちのグループ、そして南雲のグループで確定しているからな。あとは順位がどうなってるかだな)
「うそ……マジかよ……」
「一年全体から500クラスポイント取られるのか……」
一年生たちの落胆の声が会場に響き渡る中、壇上の先生はコホンと一つ咳払いをし、再びマイクを握り直した。
「静粛に。……続いて、上位三グループの発表に移る」
その言葉に、巨大なホール内の空気がピンと張り詰める。
二週間に及ぶ過酷なサバイバルの頂点。その結果が、いよいよ明かされるのだ。
「まずは、第三位――三年Aクラス、南雲グループ」
結果がモニターに表示された瞬間、三年生が集まるエリアからどよめきが巻き起こった。
現生徒会長であり、三年生全体を完全に掌握している絶対的強者の南雲雅。彼が一位でも二位でもなく、三位という結果に終わったことは、三年生たちにとって大きな衝撃だったのだろう。
私は会場を見渡し、三年生の群れの中に南雲の姿を見つけた。
彼はモニターを見上げながら、確かに悔しさを滲ませてはいたが、その表情はすべてを出し切ったような、爽やかな笑みを浮かべていた。
「そして……残る上位二グループについてだが。……最終得点が全くの同点となっている。協議の結果、本試験において第二位は存在せず、同率一位として扱う。なお、報酬についても両グループを第一位として同様に扱うものとする。そして、下位グループの学年からのクラスポイントの徴収については事前のルール通り変更はない」
その発表に、会場全体が大きくどよめいた。
先生は僅かに口角を上げ、力強くその名を読み上げる。
「第一位――二年Aクラス、藍染グループ。および、二年Cクラス、龍園グループだ」
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
モニターに二つのグループ名がデカデカと映し出された瞬間、二年生のエリアから爆発的な歓声と拍手が巻き起こった。
強敵である三年生や一年生を抑え込み、二年生のグループがトップを獲得したのだ。学年全体が熱狂に包まれるのも無理はない。
私は周囲の歓声の中で、静かにモニターの文字を見つめていた。
十二日目の時点で、清隆たちのグループに得点を上回られていたことは把握している。そこから怒涛の巻き返しでどうにか追いついたわけだが、結果は完全に並んでの同率だった。
(マジかよ!? あとたった一点……ほんのもう一点だけあれば単独トップで勝ち越せたのに……!!)
内心では激しく身悶えして悔しがりつつも、私は決して涼しげな表情を崩すことなく、淡々と状況の整理を進めた。
(向こうは獲得ポイントが増加する『試練』のカードを持っていた。小宮グループが下位に沈んだことによる学年ペナルティのマイナス分を差し引くと……AクラスとBクラスが125cpのプラス。CクラスとDクラスが200cpのプラスってことか……!)
瞬時に頭の中でポイント計算を行う。同率一位とはいえ、カードの恩恵がある分、クラスポイントの増加量では向こうに軍配が上がる形だ。
「……同率だから、向こうのグループの方がクラスポイントを稼ぐ結果にはなっちゃったけど。でも、一位を取れてよかったね!」
一之瀬が、心底ほっとしたような表情で胸を撫で下ろしながら言った。
「はいっ! ……でも、やっぱり少し悔しいですね……」
ひよりが小さく拳を握りしめ、嬉しさと悔しさを入り交じらせたような声で同調する。
「ああ。俺たちがもう少し頑張っていれば、単独一位が取れたということだからな……」
神崎もまた、腕を組みながら真剣な表情でモニターを睨みつけていた。
確かに、あとわずかでも上回っていれば単独一位だった。そう考えれば悔しさが残るのも当然だろう。
だが、一之瀬はパッと顔を上げ、皆の沈みかけた空気を吹き飛ばすように力強く微笑んだ。
「ううん。私たちは、精一杯出来ることをやったよ。悔しがることも大切だけど……今は胸を張って、姫野さんや、サポートしてくれたみんなに『一位を取れた』ってことを誇ろう!」
(一之瀬、お前ってやつは……!)
私は内心で激しく感動し、その眩しすぎる前向きな言葉に深く救われていた。
(ぶっちゃけ、俺がもっと早くあの事件を解決していれば……それに、もっと多く課題を取れていればって、落ち込みそうになってたからな……。一之瀬の言う通り、今は素直にこの結果を誇るべきか……)
己の至らなさを責めかけていた私の僅かな心の揺らぎ。
それを隣で察したのか、ひよりがそっと私の右手を両手で包み込むように握ってきた。
驚いて視線を向けると、ひよりは「大丈夫ですよ」と伝えるように、ふんわりと安心させるような、優しい笑みを浮かべてくれていた。
(……ありがとう、ひより)
その小さな手の温もりと、仲間の存在の大きさを噛み締めながら、私は内心で静かに感謝を呟き、そっと手を握り返した。
一方、熱狂に包まれる二年生のエリアの一角。
綾小路清隆は、巨大なモニターに映し出された結果を静かに見上げていた。
「まさか本当に一位を取るとは……!」
「ああ。龍園と高円寺と組んだって聞いた時はどうなるかと思ったが……よくやり切ったな、清隆」
「お疲れ様!きよぽん!ゆっくり休んでね」
「き、清隆くん、本当におめでとう……っ!」
同じテーブルを囲んでいる綾小路グループの面々――啓誠、明人、波瑠加、愛里たちが、興奮冷めやらぬ様子で次々と賛辞を送ってくる。
クラスメイトたちも大いに盛り上がり、互いの健闘を称え合っていた。
綾小路はそんな彼らの言葉を適度に聞き流しながら、思考の海へと深く潜っていく。
(同点、か。十二日目の時点でのリードから、最後の最後で惣右介たちに追いつかれてしまったということだな。いや……だが、こちらには『試練』のカードがある。その恩恵を考慮すれば、この特別試験としてはオレたちの勝利と言っていいだろう)
結果的に、クラスポイントの獲得数という点において、自分と龍園のいるグループは最大の利益をクラスにもたらすことができた。
(オレを助けてくれた、池と時任のためにも……一位を取れて良かった)
そこまで思考を進めたところで、綾小路はふと、自分の中に生まれた異物感に気づき、僅かに眉をひそめた。
(――いや、オレは今、何を考えていた?)
『池と時任のため』?
ホワイトルームで培われたオレの根本的な思考回路において、他者の存在など己を勝たせるための踏み台か、盤面を構成する駒でしかないはずだ。
状況が完全に計画通りに進まなくとも、最終的に勝利という結果を掴めたのなら、オレ自身が勝っていればそれでいいはずだ。それなのに、なぜ真っ先に『池と時任のこと』を考えた?
(……これが、『友情』、か……?)
自身の思考を一つ一つ解きほぐすように、綾小路は冷静に分析する。
なるほど。オレは、池と時任が身を挺してオレを助けてくれたことに対し、『報いたい』と無意識に思っていたのか。
これまで知識としてしか知らなかった感情の動きが、自らの内側で確かに脈打っているのを、綾小路は静かに受け止めていた。
(それに……獲得クラスポイントとしては惣右介たちに勝利したと言えるが、実態は違う)
惣右介は、ホワイトルーム生の引き起こした事件の対処のため、試験期間中に丸一日を完全に棒に振っている。その上、試験の最終盤という最もポイントを稼げる重要な局面で、池と時任という自身の手駒を『オレを助けるため』に動かしてくれた。
もしあれが無ければ、間違いなくオレたちの勝利はなかっただろう。
(オレ個人としての勝負は、完全に負けているな)
完敗だ。あの男は、最初から自分と同じ土俵にすら立っていなかったのかもしれない。
(惣右介とは、このクルージング中に直接話すしかないな)
この一件に関する明確な感謝を伝える必要がある。
それに――あの底知れぬ男が、本当にオレのことを『友』と思ってくれているのかどうか。
聞きたいことが、あまりにも多すぎる。
歓喜に沸く喧騒の中で、綾小路はただ一人、これから訪れるであろう藍染惣右介との対話へと、静かに意識を向けていた。