いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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百十三話

 綾小路清隆の背中が完全にデッキの奥へと消え、再び穏やかな波の音だけが私たちの間に満ちていく。

 

 先ほどの張り詰めた空気を和らげるかのように、ひよりは私の手を両手で優しく包み込んでくれていた。

 

 しかし、彼女の瞳には、ほんの少しだけ悲痛な色が混じっている。

 

「惣右介くん……。私と中学校で出会う前に、そんな過去があったのですね」

 

(ひよりが心配そうにしてる! ごめんね! でも全然大丈夫だよ! それに、清隆もいたし、何人か話す子もいたから、居心地もそんなに悪くなかったからね!)

 

 私は内心で平謝りしながら、彼女を安心させるためにフッと涼しげに口角を上げた。

 

「――憂う必要はない。あの白き虚無の底にも、確かに魂の共鳴は存在した。共に深淵を歩んだ者たちがいたからこそ、決して無価値な時間ではなかったよ」

 

 ひよりは「……はい」と小さく頷き、ホッとしたように表情を和らげた。

 そして、私の手を握ったまま、少しだけ小首を傾げる。

 

「先ほど綾小路くんにお話ししていましたが……惣右介くんは、将来は政治家を目指されることにしたのですか?」

 

(うーん。月城にも言われたし、政府という後ろ盾がホワイトルームにあるのなら、政治家になって権力を握るのが一番現実的な選択なんだろうけど……。でも、選挙演説でこんな口調だったら絶対受からないよね!?)

 

 私は内心で、自身の呪われた発声機能に対して激しいツッコミを入れ、冷や汗を流していた。

 

 だが、私の口は、私の意志とは無関係に、勝手に壮大な野望を紡ぎ出してしまう。

 

「――淀んだ盤面を浄化するためには、自らが天に立ち、世界の理を書き換えるほかない。私は誰にも支配されない遥か高みより、すべてを統べる玉座に至るつもりだ」

 

(いや、また勝手に肯定してるじゃん!? そんなに天に立ちたいの俺!? 街頭演説で『玉座に至る』とか言い出したら、ただのヤバい奴じゃん!!)

 

 内心で頭を抱え、盛大にセルフツッコミを入れる私。

 

 しかし、そんな私の壮大すぎるポエムを聞いても、ひよりは一切引くことなく、ふわりと花が咲くような笑顔を向けてくれた。

 

「ふふっ。惣右介くんなら、どんな道を選んでも成功すると私は信じていますよ」

 

「……」

 

「私はどんな時でも、惣右介くんをお傍で支えますからね」

 

 そう言って、私を全肯定し、この上なく甘く優しい言葉を紡いでくれるひより。

 

 その天使のような微笑みと温もりに触れ、私の内側にあった不安や羞恥心は、一瞬にしてどこかへ吹き飛んでしまった。

 

(……ひよりが隣にいてくれるなら、なんでもやれそうだな!!)

 

 私は内心で力強くガッツポーズを決め、決意を新たにする。

 

「――ああ。君という無二の光が傍にあるのなら、私が踏み出す道に迷いはない。共に往こう、ひより」

 

(訳:ありがとう、ひより。これからもずっと一緒にいてね!)

 

「はいっ!」

 

 私たちは互いに見つめ合い、潮風に吹かれながら、甘く穏やかな二人きりの時間を心ゆくまで堪能したのだった。

 

 

 

    

 翌日。豪華客船でのクルージング二日目。

 

 私に割り当てられた神崎、柴田、浜口との四人部屋には、朝からひよりが遊びに来ていた。

 

 私以外の三人は気を利かせてくれたのか、早々に出かけていたため、室内には私とひよりの二人だけだ。私たちは涼しく快適な客室の中で、静かに各々の読書を楽しんでいた。

 

 やがて、時刻がお昼に差し掛かった頃。

 

「それじゃあ惣右介くん、行ってきますねっ」

 

 この後、ひよりはDクラスの王美雨(みーちゃん)と船内のスイーツバイキングへ行く約束をしているらしく、パタンと本を閉じると嬉しそうに出かけていった。

 

 静寂の戻った客室に一人残された私は、ふかふかのベッドに寝転がりながら、午後の予定について思考を巡らせる。

 

(さて、俺は何をしようかな……。そうだ!寛治と時任に、しっかりと感謝を伝えないとな!)

 

 私は端末を取り出し、池寛治へと連絡を入れた。

 

 すると、数秒と経たずに着信画面が切り替わり、電話がかかってきた。

 

『――ククク……! 深淵の王たる藍染様からの直接の交信……! この池寛治、至上の喜びに打ち震えております……!』

 

 通話に出るなり、スピーカー越しに響き渡ったのは、寛治の仰々しい声だった。

 

(相変わらずエンジン全開だな寛治! 元気そうで何よりだけど!)

 

「――私の意を汲み、盤面を乱す羽虫を見事に払いのけた君たちの功績を称えようと思ってね。少し、時間を貰えないかな」

 

『はっ! ありがたき幸せ……! しかし、藍染様……』

 

 寛治の声が、一段と低く、勿体ぶったようなトーンへと切り替わる。

 

『実は、あの激戦を共に戦い抜いた盟友たる深淵に潜む者(アビス・ルーカー)からも、俺と我が同胞(時任)に対し、宴の誘いを受けておりまして……。もし藍染様さえ宜しければ、我ら四柱の星が集いし祝祭の席を設けるというのはいかがでしょうか……?』

 

(四柱の星ってなんだよ!?……っていうか、清隆の方からあの二人をご飯に誘ってたのか……。まあ、助けてもらったんだから当然か)

 

「――構わないよ。では、因果の交わる場所を指定したまえ」

     

 寛治に指定された船内の高級ランチレストランへ足を運ぶと、すでに奥のテーブル席に三人の姿があった。

 

 私の姿を認めるなり、寛治が弾かれたように立ち上がる。

 

「おおっ! 藍染様!! こちらの席へどうぞ……!」

 

 寛治は恭しく私の座る椅子を引き、まるで神を迎え入れるかのような過剰な接待を繰り広げてくる。

 

(いつもありがとう寛治! でも周りの目もあるし、そこまでしなくていいからね!?)

 

 内心で焦りながらも、私は「ご苦労」とだけ言い残し、優雅に腰を下ろした。

 

 向かいの席に座る清隆は、寛治の挙動に対して完全に引いている様子で、無表情のまま僅かに視線を逸らしている。

 

 そして私の隣に座る時任はと言えば、腕を組み、静かに目を閉じて、どこかの名門貴族の当主のような優雅な雰囲気を醸し出しながら待機していた。

 

 各々がメニューから食事を注文し、ウェイターが去った後。

 清隆が、真面目なトーンで口を開いた。

 

「改めて、池、時任。無人島サバイバルでは身を挺してオレを助けてくれたこと、感謝する。惣右介も、二人に指示を出してくれてありがとう」

 

 清隆の率直な感謝の言葉。

 それに対し、寛治は片手で顔を半分覆いながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

「フッ……。同じクラスの仲間を助けるのは当然の理。むしろ、藍染様の啓示を受けるまで、その崇高なる使命に気づけなかった己の未熟さを恥じているくらいさ……」

 

 相変わらずの厨二病全開のセリフ。

 

 一方の時任は、ゆっくりと目を開き、清隆を一瞥して淡々と告げた。

 

「礼など不要だ。(けい)は藍染惣右介の友であり、私たちの同盟相手だ。それを護るのは、当然の矜持というもの」

 

 私は彼らの成長と心意気に感動し、涼しげでオサレな笑みを浮かべた。

 

「――我が麾下に集いし誇り高き魂たちよ。君たちの紡いだ絆が、予定調和の盤面を喰い破る新たな牙となったようだね。見事だよ」

 

(訳:寛治も時任も、清隆を助けてくれて本当にありがとうね!)

 

「あ、ああ……」

 

 清隆が相槌を打つが、その表情には明らかに「オレは今、どういう空間にいるんだ?」という困惑が浮かんでいた。

 

(いや、俺含めてキャラ濃すぎるって! 清隆めちゃくちゃ困惑してるじゃん!! 普通の会話のキャッチボールが全く成立してないよ!)

 

 内心で盛大にセルフツッコミを入れつつ、やがて運ばれてきた豪勢なランチを四人で口にする。

 

 食事を進めながら、話題は自然と無人島試験での出来事や、今後の学校生活のことへと移っていった。

 

 意外にも、寛治や時任と清隆の会話はスムーズに弾んでいた。清隆が適度に聞き役に回り、彼らのやや?独特な熱い語りを淡々と受け止めているからだろう。

 

 そんな雑談の最中だった。

 

「――なるほど。お前たちには、オレには見えていない景色が見えているようだな」

 

 寛治と時任の言葉に対し、清隆がそう応じた瞬間。

 彼の口角が、ほんの僅かに、だが確かに持ち上がったのだ。

 

(え……?)

 

 私は目を見開いた。

 

(……今、清隆が、笑った? ええ!? いつも無表情な清隆が、ほんの僅かだけど確かに笑ってたよね!?)

 

 ホワイトルームで感情を削ぎ落とされ、常に一切の感情を見せなかった男の、初めて見る微かな笑顔。

 

 私は驚愕を隠しきれないまま、思わずオサレなトーンで指摘してしまった。

 

「――奇妙なものだ。凍てついた水面に、春の微風が波紋を穿つ瞬間を目撃するとはね」

 

(訳:清隆、今ちょっと笑ってた?)

 

「……波紋を穿つ?何の話だ?」

 

 私のオサレな指摘に、清隆は眉を顰め、理解できていない様子で小首を傾げた。

 

「ククク……我らが四柱の星の集いが、深淵に潜む者(アビス・ルーカー)の口角に、微かなる『笑み』を浮かび上がらせるとは……!」

 

「――笑っていた? オレが、か?」

 

 清隆は少し驚いたように自身の頬をそっと触れた。まるで、自分の内側に生まれた未知の反応を確かめるかのように。

 

「この集いが(けい)の心を動かしたのなら、此度の宴はこれ以上ない意味を持ったと言えるな」

 

 時任もまた、目を閉じて深く頷きながら名門貴族のようなセリフを紡ぐ。

 

 二人の濃すぎる言葉を聞いた清隆は、ゆっくりと自身の掌を顔の高さまで上げ、その手のひらを静かに見つめた。

 

 そして、ぽつりと呟いた。

 

 

「そうか。これがーーそうか」

 

 

「この掌にあるものが」

 

 

   「心

    か」

 

 

 

(ウルキオラみたいなこと言ってる!? なんで!?)

 

 私は内心で盛大にツッコミを入れ、危うく飲んでいた食後の紅茶を噴き出しそうになった。

 

(いや、清隆が笑ってくれたのは凄く嬉しいし、感動してるんだけど!! 初めての笑顔が、この濃すぎるメンバーに囲まれてる時で本当にいいの!? もっとこう、堀北さんとか佐倉さんとかといる時じゃなくていいの!?)

 

 私の内心のパニックをよそに、私の口は極めてオサレで偉そうなセリフを自動出力する。

 

「――君も漸く、その器に宿る熱の正体を理解できたようだね」

 

(訳:清隆が笑ってくれて嬉しいよ)

 

「……そうだな」

 

 清隆は静かに頷き、わずかに口角を上げたまま言葉を続けた。

 

「自分でも、まだこの感情を完全に理解することは出来ていない。だが……今オレは、楽しんでいるのだろう。お前たちと友人になれて良かった」

 

 その率直で真っ直ぐな言葉に、寛治と時任が「ククク……当然だ」「光栄だな」と応じる。

 

 その後も四人での他愛のない雑談は続いた。時折見せるようになった清隆の微かな笑顔を眺めながら、私も心から嬉しく、温かい気持ちになっていた。

 

 

 

 やがて食事が落ち着いた頃、清隆がふと提案してきた。

 

「口直しに、アイスでも注文しないか」

 

 その提案に全員が賛成し、ウェイターを呼んでそれぞれアイスを注文する。

 

 数分後。涼しげなガラスの器に盛られた色彩豊かなアイスクリームが、私たちのテーブルへと運ばれてきた。

 

 その冷気を帯びたスイーツを前にした瞬間――私の口が、またしても私の意志を置き去りにして勝手に動き出した。

 

「――いい眺めだな。季節じゃあないが、この時期に見る氷も悪くない」

 

(何言ってんの!? 俺の口!?ただのアイスだよ!?大紅蓮氷輪丸じゃないから!!)

 

 私は自身の発言に、内心で目を見開いた。

 

(今は夏真っ盛りだし、そもそもここは南の海を巡る豪華客船の中だよ!? めちゃくちゃアイスの季節だよね!?)

 

 私の強烈なセルフツッコミと同時に、清隆がスプーンを持ったまま、至極真っ当な疑問を口にした。

 

「……今は、一番アイスの時期じゃないか……?」

 

 感情を自覚し始めたホワイトルームの最高傑作からの、あまりにも正論すぎるツッコミ。

 

「――フッ、物事は常に多角的に捉えるべきだということさ」

 

 私は何事もなかったかのように涼しげな笑みで誤魔化し、冷たいアイスを口に運んだ。

 

 美味しいアイスを食べ終え、そろそろ解散の空気が漂い始めた頃。

 

 清隆が、ふと名残惜しそうに口を開いた。

 

「……また良かったら、この四人で遊びに行こう」

 

 その誘いに、寛治が不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「ククク……血の盟約に従い、いかなる刻でも馳せ参じようぞ!」

 

「あぁ。素晴らしい提案だ。(けい)からの誘いとあらば、いかなる予定よりも優先すると約束しよう」

 

 時任もまた、どこぞの当主のように優雅に頷き、二つ返事で賛同した。

 

(清隆が、この二人とすっかり仲良くなってくれて本当に嬉しい! 俺との壮大なすれ違いも解消できたし、これからもみんなでいっぱい遊ぼうね!)

 

 私は内心で歓喜の涙を流しながら、親友たちに向けて極上のバリトンボイスを響かせた。

 

「――良かろう。交わりし軌跡が描く次なる螺旋、楽しみに待たせてもらうよ」

 

(訳:うんっ! また絶対四人で遊びに行こうね!)

 

 こうして、少しばかりキャラは濃いものの、かけがえのない友人たちとの絆を深め合いながら、私たちの優雅で楽しいクルージングの二日目は穏やかに更けていくのだった。

 

 

 

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