いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
無人島サバイバル特別試験を終えて、クルージングの三日目。
この日の夜には、Aクラス全員で集まっての『お疲れ様会』が予定されていたが、その前に昼食を兼ねて、試験で同じ大グループを組んだ七人で集まることになっていた。
「……そろそろ時間だな。行くぞ、藍染」
同室である神崎が時計を確認しながら立ち上がる。
「ああ。往こうか」
私は神崎と共に客室を出て、一之瀬とひよりの部屋の前へと向かった。
扉の前に着き、軽くノックをすると、すぐにドアが開いた。
「あ! 惣右介くん! 神崎くん!」
私服姿のひよりが、パッと顔を輝かせて出迎えてくれる。その後ろからは、同じく私服姿の一之瀬が笑顔で顔を出した。
「二人とも、わざわざお迎えありがとうね! よし! 行こうか!」
「――微睡みの時を終え、再び交わる星々の導きに感謝しよう。さあ、光差す頂へ歩みを進めようか」
(訳:うん、行こうか!)
私のオサレなポエムに、ひよりが「ふふっ」と優しく微笑む。
そのまま四人で連れ立って、約束していた船内のレストランへと向かった。
私たちがレストランの奥の広いテーブル席に着いてすぐ、Bクラスの三人も姿を現した。
「お待たせしてしまいましたね」
優雅な微笑みを浮かべ、杖をつきながら坂柳が歩み寄ってくる。その後ろには、葛城と、坂柳の傍に寄り添う神室が続いていた。
「ううん! 私たちも今きたところだよ!」
一之瀬が明るく手を振り、全員が席に着く。
「とりあえず注文しようか!」
各々がメニューを開き、ウェイターに思い思いのランチを注文した。
「改めて、今回の試験はお互いに、いい同盟を組めたと思う。ありがとう!」
その言葉に、坂柳もフッと柔らかい笑みをこぼす。
「ええ。私たちとしてもクラスポイントを稼ぐことができましたので、ありがとうございました。ですが……二学期からはまたライバルとして、Aクラスに全力で挑ませていただきます」
「うん!私たちだって負けないよ!」
一之瀬と坂柳の間で、爽やかな火花が散る。
(うんうん! お互いのクラスのリーダーとして、すごくいいライバル関係だね!)
二人の健全な宣戦布告に、私は内心で深く頷いた。
そんな首脳陣たちのやり取りの傍らで、ひよりが神室に向かって優しく話しかけた。
「神室さんも、過酷な無人島での日々、本当にお疲れ様でした」
「まあ、私は葛城と別動隊で一緒だったから体力的な負担はマシだったけどね。(……こいつがいきなりスペイン語を呟き出した時は、精神的に削られたけど)」
神室は隣に座る葛城をチラリと見てから、小さくため息を吐く。
やがて食事が運ばれてくると、話題は試験の報酬へと移っていった。
「ふふっ。一位の報酬のプライベートポイントとプロテクトポイントは譲りましたが、『便乗』のカードの恩恵で、私たちのクラスの資金も潤いましたね」
「ああ。だが、Aクラスとてそれは同じことだろう」
葛城の言葉に、坂柳が静かに頷く。
「分かっていますよ。これでお互い、二学期からの戦略の幅も広がりますね」
「うん! それに、一位の報酬のプロテクトポイントをひよりちゃんに付与出来たのは大きいね!」
一之瀬が嬉しそうにひよりを見つめる。
無人島試験で一位となった我がAクラスは、報酬として退学を一度だけ無効化できる『プロテクトポイント』を獲得した。そして話し合いの結果、我がクラスの生命線たるひよりにそれを付与することになったのだ。
「ああ。それに、かなりクラス貯金も潤ったからな。これで万が一、理不尽な試験があったとしても、退学者を出さずに救済することができる」
神崎も頼もしい顔で冷静に頷いた。
だが、その言葉に坂柳が少しだけ表情を引き締める。
「月城理事長代行が辞職することで、理不尽な試験が無くなるといいのですが……。この学校がある程度の退学者を出していく方針をとっている以上、警戒はする必要がありますね」
坂柳の指摘はもっともだ。
しかし、今のAクラスの結束と個々の成長を考えれば、恐れる必要などない。
私は余裕の笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「――杞憂だね。盤面の外より吹き荒れる理不尽という名の濁流も、己の魂を磨き上げた岩壁の前では無力に等しい。個の刃を研ぎ澄まし続ければ、我が城壁が崩れ去ることはないさ」
「『もうクラス内投票のような理不尽な試験はないと思います。一人一人が成長していれば、退学になるようなことはありませんよ』とのことですっ」
ひよりが完璧な笑顔で、私の言葉を皆に分かりやすく翻訳する。
「うん! 藍染くんの言う通りだね!」
一之瀬がパッと表情を明るくして同意した。
「ええ。私たちも、Aクラスに勝つためにも、より成長するだけです」
坂柳もまた、不敵な笑みでそれに応じた。
その後も、美味しい食事を囲みながら、無人島での出来事や今後の学校生活について、七人で穏やかな雑談を交わした。
良き同盟相手であり、最強のライバル。互いに高め合える関係性を築けたことに満足しながら、私たちは昼過ぎにレストランを後にし、夜のクラスの打ち上げまでの時間を思い思いに過ごすべく解散したのだった。
Aクラスの面々がレストランを後にしたのを見送り、残されたBクラスの三人はそのまま温かい食後の紅茶を楽しんでいた。
「……結果だけを見れば、下位のクラスの同盟の方がクラスポイントの獲得数では上回られてしまったが……それでも、我々にとって良い同盟を築けたな」
葛城が腕を組みながら、真面目な顔つきで総括する。
「ええ。お互い様ではありますが、この二週間の間、彼らAクラスの主力メンバーたちと深く交流出来たことで、彼等の考え方や能力についてもよく知ることができましたね」
坂柳が紅茶のカップをソーサーに置き、ふふっと優雅に微笑んだ。
「……まあ、とりあえず絶対なのは、『藍染を本気で怒らせるのはヤバい』ってことよね」
神室が呆れたように、だが微かな畏怖を込めて呟く。
無人島試験の最中、Aクラスの姫野ユキとBクラスの吉田健太が何者かに襲撃され、リタイアを余儀なくされた。その際、藍染から漏れ出した怒りの重圧と、その後の迅速かつ徹底的な断罪は、同盟を組んでいた彼女たちの記憶にも深く刻まれている。
「ああ。当然俺たちがあのような違法行為に手を染めることは断じてない。だが、『特別試験のルールの範疇』となると話は変わってくるだろう」
神室の言葉に同意しつつ、葛城は深く頷いてみせた。そして、共に過酷な試験を乗り越えてきた藍染の姿を思い返すように目を細める。
「俺は今回、最初から彼と同じ小グループで行動していたが……藍染自身は圧倒的な実力による正攻法を好む傾向がある。だが、特別試験において他者が奇策を用いること自体は、歓迎こそすれ非難することはないだろうな」
「ええ。ルールの範疇での駆け引きであれば、彼ならば敵の悪辣な罠すらも自身とクラスメイトの成長に繋がる糧と考えるでしょうね」
坂柳がふふっと笑みを深めて同意する。
「それに、彼は結果としてこれまでも他を圧倒し勝利を重ねてきていますが……単なる勝利という結果以上に、『過程』を重んじている節があります」
坂柳の鋭い分析に、葛城も納得したように頷いた。
「確かにそうだな。これまでの特別試験を思い返せば、彼らは他クラスの小細工を封じ、純粋な個人の実力向上に努めていた。最初の無人島試験や船上試験で藍染自身が大きく盤面を動かしたのも、振り返ってみれば、クラスメイトに『正攻法で勝ち上がる手本』を示していたと考えれば合点がいく」
「過程? でも、この学校の試験って、結局勝たなきゃ意味がないんじゃないの?」
「一般的に言えばそうも言えます。ですが、この学校における最大の勝利条件は『卒業時にAクラスであること』、そしてその恩恵は『希望した進路を得ることが出来る』といったものです」
坂柳の言葉を引き継ぐように、葛城が神室に向けて補足する。
「ああ。つまり、仮にAクラスの特権だけで希望の進路を得て卒業出来たとしても、その過程での人間的な成長や能力の向上が無ければ、社会に出てから意味を成さない。そして逆に、Aクラスで卒業出来なかったとしても、この学校での過酷な過程を通じて確かな実力を身につければ、自ずと希望の進路を自力で切り開ける、ということだ」
「なるほどね……。まあ、有栖や藍染みたいな学力がトップクラスのやつらは、別にAクラスの特権なんかなくても、自分たちの実力で希望の大学に行けるもんね」
神室がストンと腑に落ちたように納得する。
「ふふっ。だからと言って、私たちも、そして藍染くんたちも『Aクラスを目指さない』わけではありません。ただ、将来を見据えるならば、結果以上に『そこで何を学び、どう成長したかという過程』こそが最も大切な要素だと理解しているということです」
「その通りだな。……だからこそ、俺たちも将来のため、そして藍染たちAクラスに負けないためにも、各々の能力をさらに高める必要がある」
葛城の力強い決意に、神室も「そうね」と小さく同意する。
「ええ。二学期からは、藍染くんたちとは再びライバル関係に戻ります。……私たちは私たちのやり方で強くなり、必ず勝利を掴みましょう」
坂柳の瞳に、知略に満ちた強い光が宿る。
絶対的な強者たる藍染惣右介と、最強のライバルであるAクラス。
彼らとの熱い戦いを予感させるように、Bクラスの首脳陣たちは静かに、だが確かな闘志を燃やし合わせていた。
その日の夜。
豪華客船の貸し切りカラオケパーティルームには、無人島サバイバルという過酷な試練を乗り越えたAクラスの生徒全員が集結し、盛大な『お疲れ様会』が開かれていた。
「おっ! 浜口、その唐揚げまだ食べるか?」
「あはは、柴田くんに譲るよ。それより次、僕たちの歌う番だよ! 早く曲入れよう!」
「おう!任せろ!」
部屋のあちこちから、楽しげな笑い声や賑やかな歌声が響き渡る。
広々としたテーブルには、豪勢な料理や色とりどりのドリンクが所狭しと並べられ、極限状態から解放された生徒たちの胃袋を大いに満たしていた。
そんな賑やかな喧騒の中、部屋の中心付近のソファ席では、一人の少女がクラスの女子たちに囲まれていた。
「姫野さん!怪我もすっかり治ったみたいで良かった!ずっと心配してたんだからね!」
「うんうん!元気になって本当によかった! ほら、このフルーツ盛り合わせ、一緒に食べよ?」
「……ありがとう。そんなに気を遣わなくても大丈夫だから……」
網倉や白波、小橋たちから次々と話しかけられ、姫野ユキは少し照れくさそうに、けれど満更でもない様子で肩をすくめていた。
普段の彼女は、クラスの中でどこか一歩引いた立ち位置を取ることが多い。だが、今日はまるで主役のようにクラスメイトたちから次々と声をかけられ、少々お疲れの様子を見せながらも、その表情は明るかった。
理不尽な暴力によってリタイアを余儀なくされた彼女は、自身に一切の非がないにも関わらず、深く自責の念を抱いていた。
しかし、こうしてクラスの仲間たちが一切の責めを負わせず、純粋に回復と無事を喜んでくれていることで、彼女の心にあった罪悪感はすっかり拭い去られているようだった。
(姫野が元気になって本当に良かった!……心配してたけど、みんなが優しく接してくれてるおかげだな。さすがは我がAクラス、最高の仲間たちだ!)
少し離れた席からその光景を眺めながら、私は内心で安堵の息を吐き、静かに幸せを噛み締めていた。
「姫野さん、とっても楽しそうですね」
私の隣にちょこんと座り、オレンジジュースのグラスを持ったひよりが、ふわりと柔らかい微笑みを向けてくる。
「ああ。彼女の魂に淀みはないようだ。光の射す場所へと歩みを進める姿は、美しいものだね」
「ふふっ、はいっ! 私も、姫野さんが笑っていてくれてすごく嬉しいです」
ひよりも嬉しそうに頷き、二人で温かい視線を送り続けた。
やがて宴もたけなわとなり、時計の針が終了の時間を告げる頃、一之瀬がパンパンと柏手を打って注目を集めた。
「みんなー! そろそろ時間になっちゃうから、一回締めようか! 今回の無人島試験、本当に過酷だったけど……みんなで力を合わせて乗り越えられたこと、本当に誇りに思うよ! 二学期からも、この最高のクラスで一緒に頑張っていこうね!」
一之瀬の明るく前向きなまとめに、クラスメイトたちから「おおー!」と温かい拍手や歓声が上がる。
その熱気冷めやらぬ中、神崎が真面目な顔つきでスッと立ち上がった。
彼は一度小さく咳払いをし、一之瀬の言葉に力強く同調するように口を開いた。
「――我らAクラスの歩みは、決して平坦なものではなかった。だが、過酷な試練の果てに得たこの揺るぎなき絆こそ、偽りなき真実。我らが向かう新たな頂に、絶え間なき凱歌を響かせよう」
神崎のオサレポエムに、パーティルームが一瞬だけ静まり返り――直後、盛大なツッコミの嵐が巻き起こった。
「おい神崎、しっかりしてくれよー!」
「あはは、また藍染くんの真似してる〜」
(神崎ィィィ!!なんでだよ!?さっきまで普通だったじゃないか!?)
私は内心で激しくツッコミを入れ、思わず顔を手で覆いそうになった。
そして、そんな神崎の暴走を素早く止める絶対的なストッパーが、このクラスには存在した。
「……神崎くん?」
一之瀬だった。
彼女は満面の笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には一切の笑みがなく、背後には得体の知れない黒いオーラが立ち上っているように見えた。
「ッ!? す、すまない。少し気が昂っていたようだ……」
一之瀬の無言の圧力に気圧された神崎が、瞬時にいつもの真面目なトーンへと修正し、気まずそうに視線を逸らす。
すっかりお馴染みとなった二人の定番のやり取りに、クラスメイトたちから再びドッと大きな笑い声が沸き起こった。
その温かく、それでいて確かな絆で結ばれたクラスメイトたちの姿を見て、私は自然と口角を上げていた。
「――幾千の星々が織りなす、眩いばかりの光景だ。この揺るぎなき結束がある限り、我が城壁が崩れ去ることはない」
「『みんなと一緒にいると本当に楽しいですね。これからも頑張りましょう』とのことですっ」
私のポエムを、ひよりが笑顔で翻訳する。
その言葉を聞いたクラスメイトたちが、再び温かい笑い声を上げた。
仲間を思いやり、互いを支え合う最高のクラス。
このかけがえのない日常を、これからもずっと守り抜いていきたいと心から思う。
楽しげな喧騒の中で、ひよりと優しくグラスを合わせながら、私この優雅な船上でのバカンスを、愛すべき仲間たちと共に心ゆくまで楽しもうと静かに微笑むのだった。
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