いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
始業式で二学期のスケジュールと文化祭の概要が発表されて以降、私たちAクラスはかつてないほどの熱気と活気に包まれていた。
放課後になれば、体育祭に向けた体力作りと並行して文化祭の出し物に関する話し合いが行われ、企画書が完成した生徒から順次、教壇に立ってプレゼンを行っていく。
クラスメイトたちと意見をぶつけ合い、時には笑い合いながら情報を精査していくその時間は、まさに『学生の青春』そのものであり、私はこの上なく充実した日々を過ごしていた。
そしてある日の放課後。
ついに私とひよりが考案した企画を、クラスのみんなへプレゼンする順番が回ってきた。
「――我らが提示するのは、熱を帯びた鋼の祭壇。あらゆる素材が至高の味覚へと昇華される『灼熱の宴』だ」
「『私たちが提案するのは、色々な料理を一度に提供できる、鉄板焼きの屋台ですっ』と言っていますっ」
私の壮大なポエムとひよりの完璧な翻訳と共に、教壇の前にセットされたホットプレートから、ソースが焦げる強烈に食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上る。
私は両手に持ったコテを神速で操り、鉄板の上で軽快な音を鳴らしながら具材を炒めていく。そして、ひよりが可愛らしい手つきで取り分け、クラスメイトたちへと次々に振る舞った。
「んんっ……! なにこれ、すっごく美味しい! このお好み焼き、フワッフワだよ!」
熱々のお好み焼きを口に運んだ一之瀬が、目を丸くして感嘆の声を上げる。
「うおっ! こっちの焼きそばもソースの香ばしさが半端ねえ! こんな美味い焼きそば食ったことないぞ!」
「素晴らしいな……。原価の安いキャベツや小麦粉、豚肉で、これほどの芸術品を生み出すとは」
柴田や神崎をはじめ、試食した生徒たちが次々と絶賛の声を上げる。
(よしよし!反応は上々だな!)
私は内心でガッツポーズを決めつつ、オサレな笑みを崩さない。
「鉄板が一つあれば、お好み焼きや焼きそばだけでなく、食べ歩きしやすい串焼きなど、時間帯やお客様のニーズに合わせて複数のメニューを柔軟に展開できるのが強みですっ」
ひよりがタブレットを操作し、ホワイトボードに投影された資料を指し示しながら説明を続ける。
「今回は教室でのプレゼンなので私物のホットプレートを使用しましたが、本番では業務用の大きな鉄板とガスボンベをレンタルする予定です。かかる費用はそのレンタル費と食材費くらいですね。また、屋台そのものに関しても、木材などの材料を安く買って、みんなで一から手作りしたいと考えていますっ」
「おおっ! クラスのみんなで屋台から手作りするのか! めちゃくちゃ文化祭って感じで楽しそうだな!」
「うんうん! みんなで協力して作れば思い出にもなるし、装飾の自由度も高くて凄くいいね!」
ひよりの提案に、クラスのあちこちから「やりたい!」「看板作ろうぜ!」とワクワクした声が上がり、さらに活気づく。
「やっぱり、藍染くんの料理は絶品だね!」
一之瀬が満面の笑みで拍手を送る。
「ああ。このクオリティで複数の種類の料理を出せるならば、単価を相場より高く設定したとしても、買う客は大勢いるだろう。十分すぎるほどの利益が見込めるぞ」
神崎も深く頷き、すでにとらぬ狸の皮算用を始めているようだった。
クラス中が「これは確定すぎる!」「さすがは藍染だ!」と大盛り上がりする中、もぐもぐと焼きそばを頬張っていた姫野が、ふと手を挙げて口を開いた。
「でもさ、単価を上げすぎたら、結局買われないんじゃない? このクオリティなら実際に食べたお客さんは多少高くても文句は言わないだろうけど……。――それより」
「それより?」
一之瀬が首を傾げる。
姫野は口元のソースを拭いながら、どこか耐えきれないといった様子で私の顔を指差した。
「料理は凄く美味しいんだけど……藍染くんが頭にタオル巻いてるの、なんかツボるんだけど。ふふっ……」
「っ!」
姫野のその一言に、クラス中の空気がピタッと止まった。
そして次の瞬間、堰を切ったように全員が声を上げた。
「よ、よく言った姫野……!」
「俺たちもずっと気になってたけど、あの藍染が真顔でやってるからツッコんでいいのか迷ってたんだよ!」
(ウケる!? 姫野がツボに入って腹抱えて笑ってるんだけど!? いやいや、屋台といったら、気合を入れるためにもタオルを頭に巻かないとだろ!!)
まさか、料理人としての正装がこれほどまでに波紋を呼ぶとは。だが、ここで動揺を見せるわけにはいかない。
私はゆっくりと熱気を帯びた鉄板から顔を上げ、フッと、この上なくオサレで涼しげな笑みを浮かべた。
「――灼熱の盤上を完璧に支配するには、まず己の熱を律する必要がある。これは我が魂の静寂を保つための、ささやかな『冠』だよ」
「『衛生面を考慮して、髪の毛や汗が落ちないようにタオルを巻いているんですよっ』と言っていますっ」
私の壮大な言い訳と、ひよりの翻訳が響き渡る。
そのギャップに、ついに姫野だけでなく他の女子たちもクスクスと笑い声を漏らし始めた。
「……こほん。藍染くんのタオルのことは置いておいて。先程の姫野さんの意見に同意です」
咳払いをして空気を引き締めたのは浜口だった。
「来賓の方も、使えるポイントの総額は決まっていますからね。せっかくの文化祭なら、一つの高額なものに注ぎ込むより、たくさん回って色々なものを楽しみたいと考えるはずです」
「……それもそうだな。俺たちはすでに藍染の料理の腕を知っているからこそ、そう思ってしまったが……初見の来賓の心情も考慮しなければな。すまない、俺の判断が少し短絡的だった」
神崎も自身の考えを改め、真面目に頷いた。
「はいっ。その点も考慮して、予算案と併せて、いくつか単価設定の想定リストも作成していますので、参考にしてくださいね」
ひよりがすかさずタブレットを操作し、複数の価格帯で想定される売り上げと利益率のシミュレーションを提示する。
その完璧なプレゼン資料に、クラスの誰もが納得の表情を浮かべた。
「うん! 二人とも、凄く分かりやすかったよ。藍染くん、ひよりちゃん、プレゼンありがとう!」
一之瀬がクラスを代表して、明るく感謝の言葉を紡いだ。
パチパチと温かい拍手が教室に響き渡る。
(いやー! めちゃくちゃ楽しいなこれ! クラスのみんなと一つの目標に向かって話し合うの、最高に青春してるって感じだ!)
私は内心で歓喜の涙を流さんばかりに感動しつつ、優雅に一礼して席へと戻った。
私たちのプレゼン以降も、日々様々なアイデアが飛び交った。
『私の企画は、帆波ちゃんの単独ライブステージです! 衣装や舞台装置にはこだわります! 絶対に儲かります!』
(白波ぃぃぃ! 君の個人的な欲望が出ちゃってるぞ!! 予算のほぼ全てを一之瀬の衣装代に注ぎ込む気満々じゃないか!)
教壇で熱弁を振るう白波のプレゼンに、私は内心で盛大なツッコミを入れる。
他にも、柴田たち運動部の男子数人からは、広いグラウンドを利用したスポーツ体験やアスレチック系の出し物が提案されたりと、本当に思い思いの企画が持ち寄られた。
そうしてプレゼンが進むたび、一之瀬やひより、神崎たちと共に集まった情報を精査し、予算と照らし合わせながら実現可能なものを絞り込んでいく。
そんな、慌ただしくも笑顔の絶えない青春の日々を過ごしているうちに――あっという間に、九月の中旬へと差し掛かろうとしていた。
九月十六日。朝のホームルーム。
教室に入ってきた星之宮先生は、普段の二日酔いやポンコツな様子は微塵も見せず、ひどく真剣な表情を浮かべて教壇に立った。
その異様な空気を察し、クラス中が静まり返る。
「急な話になるけど……みんなには体育祭の前に、新たな特別試験に臨んでもらうことになりました」
「えっ……?」
「体育祭や文化祭の準備もあるのに……」
「去年は、この時期に特別試験なんてなかったよな?」
突然の通達に、生徒たちの間に困惑の波が広がる。
「例年なら、この時期に特別試験が行われることは少ないわ。でも、優秀なあなたたちの学年を学校側も高く評価しているようね。事実、一年生と三年生には今回の特別試験は実施されないわ」
(……高く評価しているから、特別試験? ……いや、違うな)
私は静かに目を伏せ、冷静に思考を巡らせる。
(これまでの傾向からして、おそらくこの学校には『定期的に退学者を出して危機感を煽り、優秀な生徒を選別する』という基本方針がある。……退学者が少ない俺たちの二年生だけを対象にするということは、この試験は『退学者が出る可能性が極めて高い』と警戒するべきだな)
「あなたたちには今回……『満場一致特別試験』に挑んでもらいます」
星之宮先生の言葉に合わせて、黒板のモニターに試験の概要が映し出された。
「今回の特別試験のルールは至ってシンプルよ。名前の通り、クラスの意見が『満場一致』になるまで投票を繰り返すといったもの。実施は明日よ」
(明日……? 随分と急な話だな。それに、ただクラス内で意見をまとめるだけの試験?……いや、出題される課題の内容が未知数である以上、決して油断はできないな)
一之瀬が真っ直ぐに手を挙げて質問した。
「クラス内で投票を繰り返すということは、今回は他クラスとの勝負ではないということですか?」
「ええ、その通りよ。明日の試験では学校側から五つの課題が出されます。この課題に関しては、全クラス共通となっているわ」
「なるほど。うちのクラスなら、特に問題は無さそうに思えるな」
神崎が腕を組んで納得したように頷き、柴田もカラッと笑う。
「おう! 俺たちの結束力なら、どんな課題だって一発で揃えられるぜ!」
(確かに、うちのクラスなら、大半の課題は容易く乗り切れるだろうが……)
「さっそくだけど、明日の本番に向けて例題を出します。タブレットを開いて」
先生の指示に従い、端末を操作する。画面には一つの課題と選択肢が表示された。
『課題:クラスポイントを5失うが、クラスメイト全員が一万プライベートポイントを得る。』
『選択肢:【賛成】・【反対】』
(なるほどな。……この課題なら皆クラスポイントを優先して『反対』に投票しそうだな)
私は画面を見つめながら、ルールの穴を探る。
(この後説明はあるだろうけど、揃わなかった時どうなるか……試してみるか)
私は迷いなく、手元の【賛成】のボタンをタップした。
数十秒後、モニターに投票結果が表示される。
【賛成:1票】 【反対:40票】
「わっ! 賛成が一人いるね!」
網倉が驚いたように声を上げた。クラスメイトたちがざわつく中、私は堂々と手を挙げ、極上のバリトンボイスを響かせた。
「――波風の立たぬ水面に、真実は映らない。相反する波紋が交わった時、この箱庭の理がどのように機能するのか……少しばかり、見極めさせてもらったまでだよ」
「『意見が割れた時の詳しい説明を聞くために、敢えて賛成に投票してみました』と言っていますっ」
私のポエムとひよりの完璧な翻訳を受け、星之宮先生は少しホッとしたように微笑んだ。
「これは例題が良くなかったわね。気を遣ってくれてありがとう、藍染くん」
先生はそう前置きしてから、本題に入る。
「じゃあ、この場合の説明ね。満場一致となっていないため、課題は『やり直し』となります。その際、十分間のインターバルが与えられ、その間はこうして会話をすることや、席を立って話し合うことは認められているわ」
――その後も、私たちはいくつかの例題をこなしながら、この特別試験における詳細なルールの説明を受けていった。
自クラス・他クラス問わず、契約等による『投票の強制』の禁止。ならびに通信機器の持ち込みの禁止。これらの違反が発覚した場合は、関係者全員に重大なペナルティが下されるという。
また、十分間のインターバル後の『投票の制限時間は六十秒』であり、これを超過した分の時間は『個人の累積ペナルティ時間』として加算されていく。そして、この試験全体を通して個人の累積ペナルティ時間が『九十秒』を超過した者は『退学』となる。
そして、この特別試験中においては例外として『プロテクトポイントの効力を無効とする』という特記事項が告げられた。
(……妥当な処置だろうな。ポイントによる契約の強制が許されれば、他クラスの生徒を買収し、満場一致を意図的に阻害して自滅に追い込むことすら容易に可能となるからな)
(そして、時間超過に対する退学のペナルティ。まあ、これは問題ない。単に試験を円滑に進行させるため、悪意を持って投票を遅延させる行為をシステム的に封じるだけのルールだろう)
私はそこで一度思考を区切り、先ほどの特記事項へと意識を向ける。
(だが……『プロテクトポイントが無効になる』というルール。これが意味するところは明白だ。この試験には確実に、クラスから退学者を出すかどうかの課題が用意されていると見るべきだろうな)
「最後に、この特別試験のクリア条件は『五つの課題を五時間以内にクリアすること』。もしも五時間以内にクリア出来なければ……ペナルティとして、クラスポイントをマイナス300とします」
「マ、マイナス300!?」
重すぎるペナルティに生徒たちが悲鳴にも似た声を上げる。だが、一之瀬がすぐに振り返り、力強い笑顔を見せた。
「みんな、大丈夫だよ! 制限時間はたっぷり五時間もあるんだから、私たちなら絶対にクリアできるよ!」
「そうだな。落ち着いて話し合えばいいだけだ」
一之瀬と神崎の言葉に、クラスメイトたちもすぐに落ち着きを取り戻す。
「……ただし、五時間以内にクリアできた場合は、クラスポイントが50与えられるわ。説明は以上よ」
星之宮先生はそう締めくくった。
(なるほど。要するに、今回の試験の概要はこういうことか)
私は、和やかな空気が戻った教室の中で一人、与えられた情報を脳内で整理していく。
【満場一致特別試験・概要】
・出題された課題に対し、クラスメイト全員で用意された選択肢に投票する。(全五問、選択肢は最大四つ)
・満場一致となるまで、インターバルを挟んで繰り返し投票を行う。
・満場一致でクリアとなった課題は、特別試験の成否問わず実際に承認・適用される。
・出題される課題を全てクリアするとクラスポイントを50得る。
・五時間以内に全ての課題をクリア出来なかった場合、クラスポイントを300失う。
(五時間以内のクリアと、重すぎるペナルティ……。そして何より、先ほどの『プロテクトポイント無効化』の特記事項)
私は思考の深淵へと潜り、学校側の意図を紐解いていく。
(この試験において、確実に用意されているであろう『退学者に関する課題』。問題は、それがどのような形で提示されるかだ。……ただ単に『誰かを退学にしろ』という理不尽な強制ではないはず。もしも、『クラスから退学者を一人出す代わりに、莫大な恩恵を得る』、あるいは『退学者を出さなければ重大なペナルティを受ける』といった、天秤にかけさせる究極の選択だったとしよう。そうなれば、内容によっては意見が割れる可能性は十分にある)
私は端末の画面を見下ろした。
(完全な匿名投票である以上、誰がどちらに投票したかを完全に特定することは不可能だ。もし意見が割れてしまった場合……うちのクラスなら、最終的にペナルティでクラスポイントを300失うとしても、『退学者を出さない』という方針を取るだろうな)
(この結束力の強いクラスで、仲間を切り捨てるような選択をする生徒が出るとは思えないが……万が一の事態を想定して、放課後に一之瀬や神崎たちと認識を擦り合わせておく必要があるな。……仮にここでペナルティを受けて一時的にBクラスに降格したとしても、ここから巻き返すだけの時間は十分に用意されているからね)
そこまで思考を巡らせたところで、私はふと、教壇に立つ星之宮先生の顔を見つめた。
(周りの生徒は楽観的だが……嫌な予感が拭えないな)
彼女の瞳には、ただの試験説明にしては不自然なほどの、深い『怒り』と『悲哀』の感情が滲んでいる。
(……先生も課題の内容は知らないと言っていたが……やはり、この試験の裏には、俺たちの絆を試すような残酷な罠が潜んでいると見るべきか)
私はその違和感を脳裏に深く刻み込みながら、静かに、明日の本番へ向けて思考の刃を研ぎ澄ませていった。