いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
張り詰めた空気が漂う中、教室のモニターに第5課題の1回目の投票結果が映し出された。
『課題⑤:クラスメイトを1名退学にする代わりに、クラスポイントを100ポイント得る』
【賛成:2票】
【反対:39票】
結果が表示された瞬間、教室内にわずかな動揺が走った。
誰もが「反対」で一致すると思っていたこの究極の課題において、あえて「賛成」に投じた者が2名いたからだ。
「なっ!賛成がいるのか!?」
柴田が驚きの声を上げ、クラスメイトたちが顔を見合わせる。
しかし、疑心暗鬼が広がるよりも早く、前方の席からすっと手が挙がった。
「すまない。俺は賛成に入れている」
立ち上がったのは神崎だった。彼はクラスメイトたちの視線を一身に受けながらも、落ち着いたトーンで口を開く。
「誤解しないでくれ。決して誰かを退学させようという意味で投じたわけじゃない。どんな課題であっても必ず一度は議論を挟むために、俺と一之瀬は、どんな課題が出ても一回目は必ず違う選択肢に票を分けるよう最初から決めていたんだ」
その言葉に、クラス全体から「ああ、なるほど」と安堵の息が漏れる。
「もう一人は僕です」
続いて立ち上がったのは浜口だった。彼もまた、穏やかな表情のままクラス全体を見渡す。
「僕も退学者を出すつもりで入れたわけではありません。ただ、ここでプライベートポイントを使い『救済』を行うことで、確実にクラスポイントを100得るかどうかは、一度しっかり議論すべきだと思い、あえて賛成に投じました」
「なんだ、そういうことかよ。ビビらせやがって、安心したぜ」
柴田が胸を撫で下ろして笑うと、一之瀬も小さく頷いて皆の前に立った。
「うん。浜口くんの言う通り、それについては議論すべきだと私も思うよ」
「確かにね」
一之瀬の言葉に網倉が続く。
「私たちはクラス貯金や各々の貯金もかなり貯まってるし、ここでそのポイントを使って、少しでもBクラスに差をつけるっていうのも、戦略としてはありかもしれないね」
「でも、100クラスポイントの為に二千万プライベートポイントを使うのは、ちょっともったいないんじゃないかな?」
白波が少し不安そうに首を傾げる。それに対して、後方の席から姫野が気怠げに、しかし的確な指摘を入れた。
「まあ、単純に計算したら割に合わないけど。ここで100ポイントを得るかどうかで、最後の最後に後悔することにならないか、ってことでしょ?」
「ええ。その通りです、姫野さん」
浜口が真剣な表情で頷く。
「Bクラスが今、別室でどんな選択をするか分からない以上、ここでBクラスが損を覚悟でクラスポイントを獲得し、差を詰められたとすると……そのわずかな差が、最終的な勝敗に響く可能性もありますから」
「なるほどなぁ……。でも、Bクラスも退学者を出さない方針を取ってる以上、ここで万が一のための保険をごっそり使うのは、リスクが高いって判断するんじゃないか?」
柴田の意見を皮切りに、クラス全体で活発な議論が交わされていく。
誰一人として感情的にならず、それぞれの意見を尊重し合いながら最適解を模索する姿。それはまさに、みんなで築き上げてきたAクラスの「完成形」とも言える光景だった。
私は、その頼もしいクラスメイトたちの姿を、後方から誇らしい気持ちで見守っていた。
そして、クラスの意思はすでに「ポイントを温存し、反対で満場一致させる」という方向で固まりつつある。
「――良き思索だ」
私の声が教室に響いた瞬間、議論の熱がスッと引き、全員の視線が私へと集中した。
「真の恐怖とは、決断の欠如から生ずる。自らの手で天秤を揺らし、その痛みの重みを知る者だけが……盤上を支配するに足る。そうは思わないか?」
「『こうして皆でしっかり話し合ってから決断することが大切ですね。今の話し合い、とても素晴らしかったですよ』とのことですっ」
「うん!みんなで決めたことなら、後悔はないよ!」
一之瀬のその言葉に、クラスメイトたちが明るい表情で、大きく頷き合う。
そうして十分な議論を終えた後、インターバルが終了した。
2回目の投票。
【賛成:0票】
【反対:41票】
結果は、見事な「反対」での満場一致。
「はい!みんなお疲れ様!これでうちのクラスの試験は終了よ〜!」
教壇に立つ星之宮が、パンパンと手を叩く。
「他のクラスはまだ試験中だから、みんなは寮に戻って自習をするように!くれぐれも寄り道しちゃダメだからね〜」
その言葉と共に、教室には解放感に満ちた明るい空気が広がった。
荷物をまとめながら、互いの健闘を称え合うクラスメイトたち。
(うん。とてもスムーズにクリア出来たし、みんなでちゃんと議論をして納得した上で課題を乗り越えられた。うちのクラスの良いところが存分に発揮できたな)
私は席を立ち、ひよりと共に教室を出る準備をしながら、密かに思考を巡らせる。
(坂柳と葛城がまとめているBクラスは、おそらく問題なくクリアするだろう。だが……)
ふと、窓の外の曇り空を見上げる。
(龍園のCクラスと、堀北、そして清隆のいるDクラスは……果たしてどんな選択をするのか)
他クラスの動向に思いを馳せながら、私はひよりの歩幅に合わせて静かに廊下へと歩みを進めた。
同時刻、Bクラスの教室でもAクラスと同様に第5課題の1回目の投票が行われていた。
モニターに映し出された結果は、賛成2票、反対38票。
すぐさまインターバルの時間が開始されると、教卓の傍らに座る坂柳が静かに口を開いた。
「では、議論に入りましょうか。まず、賛成の1票は葛城くんです」
坂柳の視線を受けた葛城が、腕を組んだまま重々しく頷く。
「ああ。どんな課題であっても、一度は議論を挟むべきだからな」
「俺も賛成に入れさせてもらったぜ。もちろん、誰かを退学させるつもりじゃあないから安心してくれよ」
葛城に続き、橋本がひらひらと手を振りながら名乗り出た。
「二千万のプライベートポイントを使って、100クラスポイントを取りに行くかどうか、ということですね」
「ああ。プライベートポイントの出費を考えれば割に合わないが、もしAクラスがここで100ポイントを取りに来るなら、差をつけられることになる」
橋本の言葉に、真田が冷静な声で返す。
「ですが、一之瀬さんの性格からして、ここでプライベートポイントを消費したことで、万が一の時に仲間を救済するためのポイントが足りなくなるリスクを考慮するはずです。ゆえに、あちらも反対で固めてくると推測しますが」
「まあ、俺もそう思うけどよ」
「俺も、ここはポイントを使うべきではないと考える」
葛城の断言により、クラスの大半が「ポイント温存」の方向で納得を見せる。
しかし、坂柳はステッキに両手を重ねたまま、ゆっくりと目を細めた。
「……一つだけ懸念点があるとすれば、来月行われる体育祭ですね。今年はどんな形式になるかはまだ分かりませんが、私たちのクラスとしては苦手な試験です」
「確かにね。葛城や鬼頭が主導して体力作りもやってるけど、身体能力なんて一朝一夕で身につくものじゃないからね」
神室が髪を弄りながら同意する。
「去年のような形式であれば、はっきり申し上げると、Aクラスに勝つことは非常に厳しいと言わざるを得ません。そこで差をつけられることを見越して、ここでプライベートポイントを消費してでも、クラスポイントを取ることも選択肢ではありますが……」
「……確かにな。Dクラスには須藤や綾小路がいる上に、あの高円寺がどう動くかも分からない。彼らとAクラスが組めば、厳しい戦いになるな」
葛城の表情が一段と険しくなった。
身体能力に特化した生徒が少ないBクラスにとって、体育祭は間違いなく鬼門である。
「ですが、文化祭もありますし、今年度中の特別試験もいくつかあるでしょう。そこでAクラスに勝てば良いだけのことですし、万が一のための保険をここで使ってしまうリスクの方が、はるかに高いとは思います」
「その通りだ。常に二千万ポイントは、クラスとして手元に置いておきたいところだ。それに体育祭に関しても、最初から負けると決まっているわけじゃない。ここは反対で固めるべきだな」
「ええ。今の私たちならば、体育祭であっても、勝機がない訳ではありません。ここはプライベートポイントを温存することにしましょうか」
坂柳がふわりと微笑み、葛城が力強く頷く。
トップ二人の意見が完全に一致したことで、Bクラスの意思は揺るぎないものとなった。
やがてインターバルが終了し、2回目の投票が行われる。
【賛成:0票】
【反対:40票】
モニターに満場一致の結果が表示されたのを見届けると、教壇に立つ真島が厳格な声で告げた。
「これにて試験は終了とする。各自、寮に戻り自習をすること。まだ試験を行っているクラスもあるので、騒がずに帰宅しなさい」
その言葉に、Bクラスの生徒たちは静かに頷き、粛々と帰り支度を始めるのだった。
静寂に包まれたCクラスの教室。
龍園の絶対的な指示のもと、第4課題までは何の問題もなくクリアしてきた彼らだったが、モニターに映し出された第5課題の1回目の投票結果は、これまでの平穏を打ち破るものだった。
【賛成:13票】
【反対:25票】
「なっ!こんなに賛成がいるのかよ!」
石崎が目を見開いて声を荒げる。
クラスの三分の一が「仲間を切り捨てる」という選択をした事実に、教室の空気がにわかに張り詰めた。
しかし、龍園は、面白そうに喉を鳴らした。
「ククク。騒ぐな、石崎。別に悪いことじゃねえさ。クラスの人間を切り捨ててでも上に上がりたい奴がいるのはな」
「私は賛成に入れさせてもらいました」
張り詰めた空気の中、冷静に名乗り出たのは金田だった。
彼は眼鏡の位置を直しつつ、淡々と自らの見解を述べる。
「上位クラスはポイントでの救済も可能でしょうが、今後のリスクを見越して、ここは反対で固めると推測します。ならば、詰められるところで詰めるべきだと考えます」
「ほう?ククク、ここで名乗り出て、お前が退学に選ばれるとは考えなかったのか?」
「龍園氏であれば、私を切ることはないでしょう。たった100ポイントのために、クラスで学力トップの私を切る判断はしないはずです」
金田の淀みない返答に、龍園は面白そうに口角を吊り上げた。
「ククク。なるほどな。なら金田、お前は誰を切り捨てるべきだと考える?」
「そうですね。単純にOAAの総合値が最下層の生徒、あるいは無人島サバイバルで指示を無視した上で下位に沈み込む失態を犯した、小宮氏でしょうか」
「っ……!」
金田の容赦ない言葉に、名指しされた小宮がビクッと肩を震わせる。
「金田!てめぇ……!」
すかさず、小宮と仲のいい石崎や近藤が立ち上がり、怒りを露わにして金田を睨みつけた。今にも掴みかからんとする険悪な空気が流れるが――、
「落ち着け」
龍園の低く鋭い声が、教室の空気を一瞬で縫い留めた。
「無人島でのアレは小宮の責任もあるが、大部分は向こうのクラスの馬鹿のせいだろう。これまでは俺の指示に従い忠実に働いていた。たった一度の失態で切り捨てる気はねぇよ」
「龍園さん……っ」
龍園のその言葉に、小宮はもちろん、石崎や近藤たちも深く息を吐き出してホッと胸を撫で下ろした。
「ククク。で、他に名乗り上げるやつはいねぇのか?」
龍園が再びクラス全体を見渡すように問いかける。
「……私も賛成に入れたわ」
少しの間の後、西野が堂々と手を挙げた。
「退学者を出したい訳じゃないけど、上位とこれだけの差があるんだから、どこかで身を切る必要はあるんじゃない?」
西野の意見に、クラスが静まり返る。
「で、でもよ!誰か一人いなくなるんだぞ!?」
石崎が慌てたように周囲を見渡す中、龍園の視線がある一人の男に向けられた。
「時任。てめぇはどう考える?」
名指しされた時任は、目を閉じたまま静かに息を吐き、重々しい口調で告げた。
「……愚問だな」
「あ?」
「同胞を切り捨て、対価を得る。そこに……誇りはあるのか?」
まるでどこかの貴族の当主のような、威厳を漂わせる時任を龍園は鼻で笑った。
「以前までの俺に反発してたお前なら、喜んで俺を退学させようとしただろうがな」
「……」
かつての反逆児が、今や妙に誇り高き戦士のように落ち着いている。その変化を嘲笑いながら、龍園は議論を打ち切った。
2回目の投票。
【賛成:8票】
【反対:30票】
インターバルに入ると、龍園は再びモニターを見上げた。
「まだ、賛成が結構いるな」
「龍園氏はどうお考えなのですか?」
金田の問いに、龍園はつまらなそうに首を鳴らす。
「……ここで手駒を切り捨てる気はねぇよ。これがもっとデカいポイントなら、話は別だったかもしれねぇがな」
「分かりました。龍園氏の意向に従います」
「ククク。だが、まだ時間はある。お前らの好きに考えれば良いさ」
その後も数回の投票とインターバルが繰り返された。
賛成票は徐々に減っていったものの、満場一致には至らないまま、6回目のインターバルを迎える。
「いい加減にしろよ!」
石崎が苛立ちを隠せずに机を強く叩いた。
「龍園さんが退学者を出さないでいいって言ってんのに、誰が賛成に投票してやがる!」
その怒声に、気弱な生徒たちがビクッと肩を震わせる。
停滞する空気を断ち切るように、龍園が冷たい声を発した。
「ククク。いいさ、石崎。だが……そろそろ名乗り出ねぇなら、賛成で固めて不要なやつを切り捨てる選択も視野に入るぜ?」
その言葉に含まれた明確な脅しに、教室の空気が凍りつく。
沈黙が降りた後、一人の女子生徒が重い口を開いた。
「……私が、賛成に入れてる」
「ほう?」
名乗り出たのは薮だった。
龍園はニヤリと笑い、彼女の近くに座る諸藤や山下へと視線を流す。
「ってことは、お前とそのお友達が賛成してるってことだよな?」
龍園に見据えられ、諸藤たちがビクッと肩を震わせる。
「で?お前は誰を退学にさせるつもりだ?」
「……伊吹さんよ!」
薮の言葉に呼応するように、伊吹を嫌っている女子生徒たちが一斉に伊吹へと険しい視線を向けた。
当の伊吹は、腕を組んだまま鼻で嗤う。
「ハッ!真鍋がいなくなってから随分調子に乗ってるじゃない。そんなに女子のまとめ役になれて嬉しかったわけ?」
「なっ……!」
馬鹿にするような伊吹の態度に、薮たちがさらに怒りの形相で睨みつける。
一触即発の女子たちを見て、龍園は呆れたように笑った。
「伊吹。てめぇが敵ばかり作って、仲間を作らねぇからこうなる。薮たちはお互いを助け合うだろうが、お前を助けるやつは誰もいねえ」
「……ハッ!なら賛成に固めればいいじゃない。私は、最後まで反対に投票し続けるわ」
「なっ……!伊吹さんの我儘で、クラスを沈めるつもりなの!?」
薮が金切り声を上げるが、龍園がそれを手で制した。
「薮。てめぇの作戦は悪くねえ。だが、どうしても伊吹を退学にさせるつもりなら、名乗り出ず、俺が賛成で固めるまで待つべきだったな。お前らが口火を切った以上、これ以上話しても賛成でまとまることはねぇ」
龍園は立ち上がり、クラス全体を威圧するように見回した。
「遊びは終わりだ。全員、反対に入れろ」
龍園は不敵な笑みを浮かべ、確かな力強さを持って言い放つ。
「お前らは黙って俺について来い。俺が上の奴らを引き摺り下ろし、Aクラスに導いてやる」
「おおっ!」
絶対的な王の宣言に、石崎たち配下の生徒たちが熱に浮かされたように歓声を上げた。
その指示に従い、次の投票でモニターにはついに結果が表示された。
【賛成:0票】
【反対:38票】
満場一致。
張り詰めていた糸が切れたように、教室に深いため息が漏れる。
「これにて試験は終了です」
教壇の坂上先生が淡々と告げた。
「既にAクラス、Bクラスは終了していますが、Dクラスはまだ試験中ですので、真っ直ぐ寮に戻り自習をするように」
生徒たちが足早に帰り支度を始める中、龍園は一人、窓の外へと視線を向けていた。
(金田のやつ……あえて小宮の名前を出すことで、俺に自らフォローさせやがったな)
龍園は口角をわずかに上げ、鼻で笑う。
(一之瀬のような甘ちゃんになるつもりはねぇが、力と恐怖だけの支配じゃいつか限界が来る。……今のクラスの連中全員が、心の底から俺に忠誠を誓っているわけじゃねぇからな)
(だが……石崎や金田、アルベルトたちのように、腹を括って俺について来る物好きな手駒も確実に育ってきている。ただ恐怖で首輪をつけるだけじゃなく、本当の意味でこのクラスを統率し、上位を喰い破る一つの『武器』として研ぎ澄ませていく必要があるか……)
ただ暴君として振る舞っていたかつての彼とは違う。確かな統率者としての顔を覗かせ始めた龍園は、冷たい瞳の奥に、かつてないほど熱く暗い闘志を燃やしていた。
(まだ時間は残されてる。……藍染も坂柳も、いずれ必ず、俺が引き摺り下ろしてやる)
龍園もまた、静かに教室を後にした。
そして――。
未だ試験を終えられないDクラスの教室は、他クラスとは比較にならないほどの、絶望と狂気に満ちた混沌の泥沼へと沈み込んでいた。