いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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百二十四話

 教室の空気は、完全に冷え切っていた。 

 

 誰もが息を殺し、名前を呼ばれるのが自分ではないかと怯えていた。そして自分ではない誰かが標的になったことへの安堵。様々な感情が入り混じる中、篠原だけが血の気を失った顔で周囲を見渡している。

 

「お前が退学者に相応しい理由を、一つずつ説明していく」

 

 オレは感情を一切交えず、淡々と口を開いた。

 

「まずは、三月に行われたクラス内投票。Aクラスが良心的な条件の契約を持ちかけてきた際、山内に続き、お前も真っ先に契約を突っぱねていたな。それに、先ほども言っていたが、このクラスがAクラスに上がれるはずがないと諦め、上を目指す人間の足を引っ張る人間性。それが一つ目の理由だ」

 

「な……!あの時だって、私以外にも契約に反対していた奴はいたでしょ!?それに、本当にAクラスを目指せるなんて全員が思ってるわけないでしょ!」

 

 篠原が必死に反論する。

 

 だが、その自己正当化はオレにとって想定内のものだ。

 

「これも理由の一つだが、最たる理由は次だ。無人島サバイバルにおける、お前の身勝手な行動だ」

 

 オレが核心を突いた瞬間、篠原の表情がさらに引き攣った。

 

 同時に、オレの意図を察した堀北がハッと息を呑む。いや、彼女だけではない。当時の事情を断片的に知る生徒たち――。

 

 彼らの中で過去の点と点が繋がり、『だから綾小路は篠原を標的にしたのか』と確信に至ったのだろう。教室の空気が、ただの怯えから「明確な非難」へと少しずつシフトしていくのを感じる。

 

「あの時、堀北はクラス全員に『勝手にグループを組むな』と指示をしていた。理由はもちろん、龍園と意見を擦り合わせ、上位を狙うグループと、下位に沈まないようにするグループをオレたちで選定し、適切に配置するためだ」

 

 クラスの誰もが、その指示を覚えている。

 

 だからこそ、続くオレの言葉は篠原の罪状をより明確に浮き彫りにする。

 

「だが、お前は『恋人の小宮と同じグループを組みたい』という身勝手な理由で堀北の指示を無視し、勝手にグループを組んだ。そこに、自分たちの学力が不安だからと、クラスでもトップクラスの学力を持つが、気が弱く強く頼まれると断れないみーちゃんを無理やり加えてな」

 

「ま、待ってよ!そ、それは仕方ないじゃない!?」

 

 篠原が狼狽えながら叫ぶが、オレは構わず理詰めを続ける。

 

「少なくともみーちゃんには、上位を狙うグループに入ってもらうプランもあった。お前の身勝手な理由で、クラスの貴重な戦力を割く結果になったんだ。それに、結果的にお前の小グループが下位三位に沈み込み、学年全体のクラスポイントがマイナスされた。ボーダーラインをクリアできたから良かったものの、最悪の場合、みーちゃんまで退学となるリスクもあった」

 

「下位に沈んだのはみーちゃんのせいよ!みーちゃんが途中でリタイアなんてするからじゃない!」

 

 自己保身のために、篠原はついにみーちゃんへと責任を擦り付けた。 

 

 突然責め立てられたみーちゃんは、ビクッと肩を震わせ、申し訳なさそうに視線を落とす。

 

「綾小路ボーイの言う通りだねぇ」

 

 その時、後方から高円寺の声が響いた。

 手鏡を弄りながら、酷く冷たい目を篠原へと向けている。

 

「乗船前に私が保険としてポイントを渡していたからいいものの、君のような愚かな人間が王ガールを利用し、あまつさえ退学の危機に晒すなど……赦すわけにはいかないねぇ」

 

 あの我が道を行く高円寺が、多額のプライベートポイントを渡してまでみーちゃんを守ろうとしていた。

 

 その衝撃的な事実に、クラスメイトたちが驚きの表情やざわめきを見せる。

 

 当然の反応だろう。オレも惣右介と椎名からその話を聞いても俄かには信じがたかったほどだ。

 

 だが、高円寺はそれ以上説明する気はないのか、再び手鏡へと視線を戻した。

 

「みーちゃんがリタイアしたのも、お前が『小宮と二人で行動したい』と我儘を言い、体力に不安のあるみーちゃんを一人で課題に向かわせたからだ。違うか?」

 

 オレの言葉に、クラスメイトたちの篠原を見る目が「信じられない」というものへと変わっていく。

 

「ま、待ってよ!あれはみーちゃんが、一緒にいるのが気まずいからって自分から言い出したのよ!そうでしょ!?」

 

 篠原はすがるように、そして威圧するようにみーちゃんへと叫ぶ。

 

「わ、私はそんなこと言ってません!小宮くんは私を気遣ってくれたんですけど、篠原さんが……」

 

「みーちゃん!!」

 

 篠原が怒りを向けて怒鳴りつけると、みーちゃんは再び肩を震わせて縮こまってしまった。

 

「洋介と啓誠はGPSサーチを使い全体の指揮を担当してくれたグループだから、当時の状況は覚えているだろう」

 

 オレが水を向けると、洋介は誰かを退学者に選ばざるを得ないこの状況に沈痛な表情を見せながらも、静かに口を開いた。

 

「……そうだね。GPSサーチで確認した時に、みーちゃんが篠原さんたちの近くにいることはほとんどなかった」

 

「ああ。何度もトランシーバーで篠原に連絡を入れたが、『みーちゃんの作戦だから問題ない』の一点張りだったな」

 

 啓誠が洋介の証言を補強する。

 

「みーちゃんを一人にさせないために、洋介から共に行動するように頼まれた人間もいるだろう?」

 

 オレがクラス全体に問いかけると、みーちゃんと仲の良い井の頭が、おずおずと控えめに手を挙げた。

 

「わ、私たちのグループと、途中から行動してました。全員揃っていなかったので大グループの結成は出来ませんでしたけど……」

 

「GPSサーチが解禁される六日目まで、お前は彼女を一人で無人島を歩かせ、課題に向かわせ続けた。結局その無理が祟り、みーちゃんは途中でリタイアすることになった。この結果において、彼女を責める権利は誰にもない」

 

 オレが断言すると、クラスの空気は完全に篠原への非難へと傾いた。 

 

「マジかよ……」

 

「サイテーじゃん……」

 

 男子生徒たちから呆れ声が漏れ、女子生徒たちも軽蔑の目を篠原に向ける。

 

「……でも、小宮くんとは試験の途中で別れたんでしょ?」

 

 クラスの誰かから、そんな疑問の声が上がる。

 

 確かに、みーちゃんが離脱した後、なぜ篠原と小宮のグループは下位に沈んだのか。

 

「試験後、オレは龍園と共に小宮から事情聴取を行っている」

 

 オレは用意していた最後の弾丸を装填し、容赦なく撃ち放つ。

 

「みーちゃんを一人にさせないよう小宮が動こうとすると、お前はそれに嫉妬して怒り散らし、彼女を無理やり遠ざけ続けた。そして、こちらからの合流指示も全て無視した。挙げ句の果てには、試験中に小宮と破局したというくだらない理由で、お前は勝手にリタイアしているな」

 

「っ……!」

 

「その時点ではみーちゃんが稼いだ得点もあり、下位のグループとの得点差もある程度余裕もあった。だが、トランシーバーを持たない小宮が一人になったことで大グループへの合流も遅れ、結果的に下位に沈むことになった」

 

「……っ!ま、待ってよ!リタイアした生徒は他にもいたじゃない!それに別れたからってリタイアしたわけじゃないわ!本当に体調が悪かったのよ!仕方ないじゃない!」

 

 苦し紛れの嘘。

 

 それを崩すのは、オレではなく彼女自身の『友人』だ。

 

「お前のリタイアの理由を聞いたクラスメイトもいるんじゃないか?」

 

 オレはそう言いながら、森と前園の方へと視線を向けた。

 

 名指しされた二人は、ビクッと肩を震わせ、気まずそうに目を泳がせる。

 

「ここで篠原を庇っても、いいことにならないぞ。少なくともオレは、篠原以外の生徒を退学させるつもりはない」

 

「私もその意見に同意するよ。愚か者を退学にするか、時間切れでクラスを終わらせるか。すでに答えはこの二択なのさ」

 

 オレの宣言に、高円寺が優雅に同意を示す。

 

 時間切れによる甚大なペナルティか、それとも友人を切り捨てるか。

 究極の選択を突きつけられ、前園が震える声で口を開いた。

 

「た、確かに……試験が終わった後に、篠原さんから『小宮くんと別れて、一緒にいるのが嫌だからリタイアした』って聞いた……」

 

「ふざけないでよ!?」

 

 篠原が信じられないというように前園を睨みつける。

 

 だが、森もまた、目を逸らしながらそれに続いた。

 

「小宮くんがみーちゃんを気にかけるばかりで、ムカついて喧嘩になったって……言ってた」

 

 時間切れを嫌がり、二人はついに友人の篠原を切り捨てる決断を下した。

 

 これで完全に逃げ道は塞がれた。オレはダメ押しとして、教室の隅で縮こまっている少女へと声をかける。

 

「みーちゃん。何度か高円寺がみーちゃんのところへ顔を出していただろう?」

 

「は、はい。退学回避用のポイントもそうですけど、なんでか分からないんですけど……。リタイアする時も、高円寺くんが連れて行ってくれましたし……」

 

 自分が高円寺に助けられた理由が分からないみーちゃんは、困惑した様子で素直に答える。

 

 当の高円寺は、フッと笑いながら気にする様子もなく髪をいじっていた。

 

「まあ、理由はこの際置いておこう。問題なのは、高円寺がみーちゃんを気遣い、何度か様子を見に行っていたこと。そして、船まで送り届けるという『タイムロス』を強いられていたという事実だ」

 

 オレはクラス全体を見渡し、最も重い事実を告げた。

 

「あの無人島サバイバルにおいて、オレと高円寺のグループは、惣右介たちのグループと同率で一位だった。……だが、篠原の身勝手な行動が原因のタイムロスがなければ、高円寺はその時間でさらにいくつか課題をクリアできていたはずだ。そうなっていれば、オレたちのグループが『単独一位』を取れていた」

 

 ――高円寺が奪われた時間で稼げたはずのポイント。それがあれば、単独トップを取れていた。

 

 その事実に、クラスメイトたちはさらに驚愕し、Aクラスとの差を詰める絶好の機会を潰した篠原へのヘイトを最高潮まで高めていく。

 

「堀北の指示を無視して勝手にグループを組んだこと。みーちゃんを無人島で単独行動させ、危険に晒したこと、身勝手な理由でリタイアしてグループを下位に沈め、学年全体のクラスポイントを減らしたこと。そして――Aクラスとの差を詰める最大の機会を奪ったこと」

 

 オレは絶望でへたり込む篠原を見下ろしながら、最後の宣告を叩きつけた。

 

「このクラスにおいて、お前以上に切り捨てるべき生徒はいない」

 

 オレの言葉で、全てが決まった。

 

 断片的に事情を知っていた生徒はもちろん、全くその事実を知らなかった生徒たちも、もはや同情の余地など微塵もなく、明確な標的として篠原を睨みつけていた。

 

「いやぁぁぁっ!なんで!!なんでなのよ!?」

 

 逃げ場を失った篠原は、無様に喚き散らす。

 だが、その見苦しい叫びに同調する者は誰一人としていなかった。

 

「投票の時間だ」

 

 教壇に立つ茶柱先生が、冷徹な声で告げる。

 

「立候補者がいないようであれば、タブレット画面から推薦する生徒を選択しろ」

 

 その言葉に従い、無言のままクラスメイトたちが手元の端末を操作する。

 

 やがて、篠原が退学対象者として推薦され、最後の退学投票が開始された。

 

 結果は、すぐに出た。

 

【賛成:38票】

【反対:0票】 

 

 満場一致。

 誰一人欠けることなく、クラス全員が篠原さつきの退学を承認した。

 

「あ、ああ……うそ……うそよぉ……っ!」

 

 モニターに映し出された無情な結果を見て、篠原は力なくその場に崩れ落ち、大声を上げて泣き始めた。

 

「……これにて、特別試験は終了とする。篠原は手続きがあるので、私について職員室に来るように」

 

 茶柱先生の業務的な終了宣言。

 

 だが、泣き崩れていた篠原は急に顔を上げ、憎悪に満ちた目でみーちゃんを睨みつけた。

 

「あんたのせいよ……!あんたが……!」

 

 完全な逆恨み。篠原はふらつく足取りで立ち上がると、狂気に取り憑かれたようにみーちゃんへ歩み寄ろうとした。

 

 ――しかし。

 その間に、長身の男がスッと割り込んだ。

 

「引きたまえ」

 

 高円寺だった。

 

 普段の不敵な笑みも、優雅な振る舞いも一切ない。ただただ冷徹で、絶対的な強者の圧を放つ無表情。

 

 その底知れぬ迫力に当てられ、篠原はヒッ、と短い悲鳴を上げて再び床に膝をついた。

 

「こ、高円寺くん……」

 

 みーちゃんが震える声で高円寺の背中を見上げる。

 

「篠原。職員室に向かうぞ」

 

 茶柱先生が淡々と歩み寄り、膝をつく篠原の腕を強引に持ち上げて立たせると、そのまま教室の外へと連れて行った。

 

 残された教室に漂うのは、重い疲労感だけだ。

 

 身勝手な理由でクラスに甚大な不利益を齎し、みーちゃんを利用した挙句に逆恨みまでした篠原に、同情する生徒は一人もいなかった。

 

「わ、私のせいで……」

 

 誰も彼女を責めていないというのに、みーちゃんは責任を感じてポロポロと涙をこぼし、落ち込んでしまっている。

 

 すると、高円寺がふいっと振り返り、

 

「フッ」

 

 泣いているみーちゃんの身体を、軽々と『お姫様抱っこ』で持ち上げた。

 

「へ?え、えぇぇ!?」

 

 突然宙に浮いたみーちゃんが、真っ赤になってパニックに陥る。

 

 高円寺はそんな彼女の反応など気にも留めず、優雅な足取りで堂々と教室を出て行った。

 

「「「…………」」」

 

 残されたクラスメイトたちは、ただ呆然とその背中を見送ることしかできない。

 

 あの唯我独尊の高円寺にとって、みーちゃんが『特別な存在』であるという事実。それは、先ほどの退学劇の余韻を吹き飛ばすほどの驚きを伴って、クラス中に刻み込まれた。

 

 やがて、重苦しい空気を引きずったまま、生徒たちがまばらに解散していく。

 

 オレも席を立ち、帰りの準備をしていると、堀北が静かに声をかけてきた。

 

「……ごめんなさい。リーダーである私が、責任を持って指名するべきだった」

 

 彼女の表情には、深い悔恨が滲んでいる。

 

「気にするな。高円寺の逆鱗に触れた以上、遅かれ早かれ篠原は退学に追い込まれていた可能性が高い。今回の試験はちょうど良かった」

 

 オレはそれだけ言い残し、鞄を持って教室を後にした。

 

 

 

 夕暮れの帰り道。

 オレは一人、本日の試験結果を反芻していた。

 

(櫛田を暴走させることなく、クラスに不利益しか齎さない存在を排除してクラスポイントを獲得できた。上々の結果だろう)

 

 得られたリターンは悪くない。

 

 そんな思考を巡らせながら歩いていると、前方の道の真ん中に、見慣れた金髪の男が立っていた。みーちゃんを無事に寮まで送り届けた後、オレを待っていたらしい。

 

「綾小路ボーイ。見事な誘導だったねぇ?賛成票に投じ続けていた1票は君なのだろう?」

 

 高円寺が、手鏡を見つめながら口角を吊り上げる。

 

「さあな。それこそ匿名投票だ。教える必要はないな」

 

「フッ。まあいいさ。今回の試験の結果は私も満足している。次の体育祭は、私も本気で参加しようじゃあないか」

 

「……」

 

(これが本当かは分からないが、高円寺が本気で参加してくれるのはありがたいな)

 

 オレは素直にそう評価を下す。

 

「そうか。助かるよ」

 

「ただ、今後王ガールを使い、私を利用しようとするのはやめたまえ」

 

 高円寺の眼光が、一瞬だけ鋭く細められた。

 それは、オレに対する明確な警告だ。

 

「分かっている。お前を敵に回すつもりもない。それに、みーちゃんは惣右介の恋人である椎名と親しいからな。無下に扱うつもりはない」

 

「フハハ!なるほどねぇ。では、私はいくよ」

 

 高円寺は満足そうに笑い声を上げると、いつもの優雅な足取りで去っていった。

 

 その後ろ姿を見送りながら、オレは再び思考の海へと沈む。

 

(もしもみーちゃんを利用し、高円寺を動かそうとすれば、高円寺だけでなく、惣右介まで敵に回す可能性がある。そんな悪手は取らない)

 

 それに……。

 

(そうだな。オレも、友人を利用されると嫌な気持ちになるだろうからな)

 

 オレの脳裏に、友人たち、そして恵の顔が浮かぶ。

 

(……オレも、変わってきているのだろうか)

 

 篠原を切り捨てる判断を下し、残酷な理詰めで追い詰めた時は、良心の呵責など微塵も感じなかった。

 

 だが、もし仮に、あの標的が恵や友人たちであったなら。

 

 オレは今日と同じように、迷うことなく彼らを切り捨てる判断をすることができただろうか。

 

 自分の中に芽生えつつある『感情』という名の不確定要素に、オレは明確な答えを出せないまま、静かに歩みを進めた。

 

 こうして、二年生の二学期最初の特別試験である『満場一致特別試験』は、各クラスに様々な結果と傷跡を残して幕を閉じた。

 

【満場一致特別試験・最終結果】

Aクラス:+50cp

Bクラス:+50cp

Cクラス:+50cp

Dクラス:+150cp

 

【最新クラスポイント】

Aクラス:1569cp

Bクラス:1380cp

Cクラス: 786cp

Dクラス: 466cp

 

 

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