いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

126 / 158
百二十六話

 満場一致特別試験という苛烈な試練を終えた翌日の、土曜日の朝。

 

 私は自室のベッドで目を覚まし、天井を見上げながら昨日の試験結果について思考を巡らせていた。

 

(Dクラスは篠原さんを退学にして、クラスポイントを得た、か)

 

 各クラスの試験結果はすでに通知されている。

 

 いずれにせよ、Dクラスにとってもクラスメイトを一人切り捨てるというのは、極めて難しい決断だったはずだ。部外者である私が、彼らの選択にどうこう言う権利はない。

 

 私は思考を切り替え、むくりとベッドから起き上がった。

 そう、今日は愛しのひよりとデートの約束をしているのだ。

 

(っと、その前に生徒会室に忘れ物を取りに行かないとな)

 

 私は軽く身支度を整えると、寮を出て、休日の静まり返った学校へと足を運んだ。

 

 

 

 生徒会室に到着した私は、無事に目的の資料を回収した。

 

 窓際に立ち、穏やかな日差しに包まれた外の景色を眺めながら、これからのデートのプランを頭の中で反芻する。

 

(忘れ物も取ったし、よし、帰って準備をしよう。今日は少し肌寒いから、ひよりが寒がらないように上着を……)

 

 そんなことを考えていると、生徒会室の扉がガチャリと開く音がした。

 

 振り返ると、そこに立っていたのはDクラスのリーダーである堀北鈴音だった。

 

「あら、藍染くん。こんにちは」

 

「――ようこそ、静寂の玉座へ。……君たちのクラスは犠牲という名の血を流し、次なる階位へと歩を進める道を選んだようだね」 

 

(堀北さんじゃん。こんにちは。……Dクラスは退学者を出す決断をしたみたいだね)

 

 私は窓際に立ったまま、オサレに挨拶を返した。

 

 昨日の今日で色々と思うところはあるだろうが、彼女の顔つきはどこかスッキリとしているというか、確かな覚悟を帯びているように見えた。

 

「……?ええ、そうね。藍染くんは、なんの用事なのかしら?」

 

「――置き忘れた過去の残像を拾いに来ただけさ」

 

(忘れ物を取りに来ただけだよ!)

 

「……?そう」

 

 私の返答に、堀北は相変わらず「こいつ何言ってんだ」というような顔をしたが、すぐに真剣な表情へと戻った。

 

「一つ頼みがあるんだけど、いいかしら?」

 

「――何かな?」

 

(ん?なんだろう?)

 

「櫛田桔梗さんの連絡先は知っているかしら?」

 

「――ああ」

 

(うん。知ってるよ!)

 

 私が頷くと、堀北は少し申し訳なさそうな顔で用件を口にした。

 

「緊急で櫛田さんに話したい用件があるのだけれど、私の端末が故障してしまっていて、月曜まで修理できないの。悪いけれど、彼女をここに呼んでくれないかしら?」

 

「なるほど。そういうことなら、私が迷える子羊をこの盤上へと導いてあげよう」

 

(スマホ壊れちゃったのか。それは不便だし大変だな。いいよ、呼んであげる!)

 

 私は快諾し、スマートフォンの連絡先から櫛田の宛先を探し、メッセージを送信した。

 

 

 

 それから十分も経たないうちに、生徒会室の扉がノックされる。

 

「失礼しまーす!藍染くん、いるかな?」

 

 元気な声と共に、櫛田が生徒会室に入ってきた。 

 

 しかし、室内に私だけでなく堀北の姿があるのを見つけると、彼女の笑顔が一瞬だけ不自然に強張った。

 

「……堀北さんも、いたんだね」

 

「ええ。待っていたわ、櫛田さん」 

 

 櫛田はすぐに私の方へと歩み寄ってきたが、その視線はチラチラと堀北の方を警戒するように動いている。

 

 二人の間に流れる、少しピリッとした空気。

 

 とはいえ、私はただの呼び出し係だ。これ以上この場にいても邪魔になるだろうし、何より私にはひよりとのデートの準備という超重要任務が控えている。

 

 私はソファーから優雅に立ち上がり、二人に向けて口を開いた。

 

「さて、私の役目はここまでだ。交わることのない二つの刃が、果たしてどのような軌跡を描くのか……。せいぜい、見えない毒に足元をすくわれないことだね」 

 

(櫛田さんも来たみたいだし、俺は帰るね!)

 

「え……?藍染くん……?」

 

(しかし、堀北さんと櫛田さん、何の話なんだろう?緊急の話ってことは、やっぱりクラスのことについてなのかな?) 

 

 満場一致特別試験を終えた直後のDクラス。 

 

 リーダーである堀北と、クラスの潤滑油である櫛田が休日に二人きりで話し合うとなれば、間違いなくクラスの今後を左右するような重要な議題に違いない。

 

(まあ、俺が気にしたところでどうなるものでもないか。スマホが直るまでの辛抱だね、堀北さん)

 

 私はそんなことを思考しながら、足取り軽く自室へと戻っていく。

 

 頭の中はすでに、愛しのひよりとカフェでどんなケーキを食べようかという、平和で甘い悩みに完全に支配されていた。

 

 

 

 自室に戻って着替えを済ませた私は、待ち合わせ場所である寮のエントランスへと向かった。

 

 少し早めに着いて待っていると、自動ドアの向こうから、見慣れた可憐な少女がぱたぱたと駆け寄ってくる。

 

「お待たせしましたっ」

 

 少し息を弾ませながら、ひよりが愛らしい笑顔を向けてくれた。

 

 今日のお出かけ用の私服も、彼女の清楚な雰囲気にぴったりで最高に似合っている。

 

「――悠久の時を待とうとも、君を待つ刹那に勝る価値はない。さあ、共に歩み出そうか」

 

(全然待ってないよ!じゃあ行こうか!)

 

 私が甘く囁きながらスッと手を差し出すと、ひよりは花が咲くような笑みを浮かべ、その小さな手を私の手に重ねてくれた。

 

 手を繋ぎ、ケヤキモールへ向かってゆっくりと歩き出す。

 

 休日のモールはそれなりに賑わっていたが、私たちは人混みを抜けて、いつもの行きつけのカフェへと向かった。

 

 美味しいコーヒーと紅茶、そしてお気に入りのケーキを注文し、お互いに持参した本を開く。

 

 言葉を交わさずとも、ただ隣で同じ時を共有し、ページをめくる音だけが心地よく響く空間。

 

(……こんな穏やかな日々が、いつまでも続いて欲しいな) 

 

 私は活字を追いながら、内心でそんな平和な願いを噛み締めていた。

 

 しかし、その静寂は、私のポケットの中で短く震えた端末によって破られた。 

 

(ん?メッセージか。誰からだろう?)

 

 本に栞を挟み、画面を確認する。

 

 送信者は、Dクラスの池寛治だった。昨日の試験で何かあったのかと少し心配になり、メッセージを開く。

 

『我が主、藍染様。そしてその傍らに寄り添う白き聖女(ヴァイセ・ハイリゲ)様。……陰謀と欺瞞が渦巻くこの混沌の学園において、我ら闇の眷属のみでは到底解決し得ない事象に直面いたしました。つきましては、高みより世界を俯瞰するお二人の大いなる叡智を拝借したく……』

 

「…………」

 

白き聖女(ヴァイセ・ハイリゲ)って、もしかしてひよりのこと!? 丁寧にルビまで振ってるし……なんでドイツ語……?それにしても、俺だけでなくひよりにも相談ってなんだろう?)

 

 私の彼女であるひよりに対して『聖女』という彼なりの最大限の敬意を払った渾名をつけているあたりは少し微笑ましくもあるが、それにしても彼の厨二病は留まるところを知らないようだ。

 

 私は端末から顔を上げ、向かいの席で読書に耽っているひよりに声をかけた。

 

「――どうやら、闇を彷徨う迷える同胞が、我らの導きを求めているようだ。君の慈悲を乞うても構わないかい?」

 

(寛治が俺たちに相談したいことがあるみたいなんだけど、いいかな?)

 

 私の言葉に、ひよりは本から顔を上げ、目を瞬かせた。

 

「池くんが、私にも?ですか?珍しいですね。私は構いませんよっ」

 

 ひよりは全く嫌がる素振りも見せず、優しく微笑んで快諾してくれた。

 

(マジで天使!ありがとうひより!)

 

「――君の慈悲に感謝しよう」

 

 私はひよりにオサレに感謝を伝え、寛治に私たちが今いるカフェの場所を送信した。

 

 果たして、池が私とひよりの二人に相談したい内容とは一体何なのだろうか。私は少しの疑問を抱きながら、彼が到着するまでの間、再び本の世界へと意識を戻した。

 

 

 

 ひよりと読書を再開してしばらくしていると、息を切らせた寛治がカフェにやってきた。

 

「休日の甘美なる逢瀬をお邪魔してしまい、申し訳ありません、藍染様……。そして、白き聖女(ヴァイセ・ハイリゲ)様」

 

「ヴァイセ……?」

 

 突然の渾名に、ひよりが小首を傾げながらも丁寧に微笑む。

 

「――構わないよ。それで?昨日の試験のことかい?」

 

 私は本を閉じ、落ち着いたトーンで問いかけた。

 

「それもあります。クラスから退学者を出してしまったこと……彼女が罪を犯したのだとしても、そうなることを未然に防げなかった己の未熟さを痛感しました」

 

 寛治は痛ましそうに顔を伏せ、厨二病めいた言い回しながらも本気の悔しさを滲ませていた。

 

(『それも』ってことは、本命は違う相談かな?まあ、試験のことはクラスも違うし、あまり俺が口出しするべきでもない。寛治もそれは分かっているだろう)

 

 私が無言で続きを促すと、寛治はモジモジと身をよじらせながら、意を決したように顔を上げた。

 

「そ、その……実を申しますと……深淵の闇を切り裂く我が胸の奥底にて、不規則な鼓動を刻む禁忌の案件がございまして……っ!」

 

 寛治はゴホンと激しく咳き込み、姿勢を正すと、どこか切なげな瞳で私たちを見据えた。

 

「我が魂を揺さぶる『運命の女神』が、この下界に舞い降りてしまったのです。学校……いや、全次元の頂点に君臨し、絶対的調和のつがいであらせられるお二人に、この迷える子羊の行く末を照らす啓示を乞いたく……っ!」

 

(おおっ!!なんだよ寛治ぃ!青春してるねえ!)

 

 予想外のピュアな恋愛相談に、私は内心でガッツポーズを決めつつ、あくまでオサレに頷いた。

 

「――ほう。暗域に差し込んだ一筋の光、といったところか。語るがいい。我々がその道標となろう」

 

(恋バナだね!ぜひ聞かせてよ!)

 

「まあ!それは良いことですねっ」

 

 私の言葉を完璧に理解したひよりも、嬉しそうに手を合わせた。

 

 寛治はコホンと一つ咳払いをし、ビシッと謎のポーズを決めながら語り始める。

 

「己の魂を昇華させる覇道へと足を踏み入れてからというもの、俺と凡俗なる同胞たちの間には、不可視の次元断層(インビシブル・ディバイド)が構築されていました。俺自身、今は下界の無価値な交わりにかまけている場合ではないと悟り、自ら干渉してくる者以外とのリンクを絶ち、ただ孤独なる修練に没頭していたのです」

 

(寛治が努力しているのは良いことだけど……俺のせいで友達減っちゃってるのは本当に申し訳ないな……)

 

 私は内心で密かに罪悪感を抱いた。

 

「ですが、そんな俺の他者を拒む『絶対隔離領域』へと、幾度となく干渉してくる乙女がいるのです。彼女の瞳の奥に潜む真意は解析不能ですが……俺が紡ぐ言の葉の真理を読み解き、この荒ぶる魂の波動を慈愛の光で優しく包み込んでくれる。気がつけば、運命という名の引力に抗えず、彼女の存在に惹かれている己がいるのです」

 

 怪我の功名というか、厨二病になった寛治を「面白い」あるいは「一途に努力している」と好意的に見てくれる女の子が現れたらしい。

 

「ですが!俺は藍染様の御側に並び立つべく、更なる深淵の力を渇望している身。未だ脆弱なるこの器で、恋慕という名の甘美なる幻惑に魂を囚われている猶予などあるのかと己を厳しく律し、叡智の探求と肉体の限界突破に身を投じているのですが……意識の狭間に堕ちる刹那、彼女の慈愛に満ちた声が俺の脳髄を激しく侵食し、木霊するのです……!」

 

(俺にとってのひよりのように、寛治にも良き理解者ができたってことか……。寛治の気持ちはよく分かる。自分を理解してくれる人との出会いは、本当に運命的だよね)

 

 かつて孤独なポエマーだった私を見つけ出してくれたひよりの姿が重なり、私は深く共感していた。

 

「ふふっ。池くんも、恋をされているのですね」

 

 ひよりが優しい微笑みを向けると、私は大きく頷き、寛治の背中を押すための言葉を紡いだ。

 

「――案ずることはない。愛とは己を縛る枷ではなく、より高みへと至るための双翼だ。私は彼女に愛を誓うことで、かつてない高みへと至ることができた。君も、その魂の共鳴を恐れる必要はない」

 

 私の言葉を聞き、ひよりがポッと顔を赤く染める。

 

「そ、惣右介くんは『好きな人を大切に想う気持ちは、きっと池くんをもっと成長させてくれるはずだから、自分の気持ちに素直になって頑張って』と言っています……っ。わ、私も、恋愛というのはとても素敵なものだと思いますよ。応援しています」

 

 ひよりも恥ずかしそうに頬を染めながら、寛治にエールを送った。

 

 二人の言葉を受けた寛治は、雷に打たれたように目を見開き、やがて感動の涙を浮かべた。

 

「おおぉ……!大いなる啓示、感謝いたします!俺は己の魂の導きに従い、迷いを捨て去ります!……最後にお邪魔したお詫びです。それでは!」

 

 寛治はテーブルに小さな小袋を置くと、ビシッと敬礼のようなポーズを残し、嵐のようにカフェから去っていった。

 

「ふふっ。お相手は誰なのでしょうね?」

 

「――そうだね。気になるけど、あんまり詮索するのも野暮だね」

 

 私はオサレに答えながら、寛治が置いていったお礼の品の小袋を開けた。

 

 中から出てきたのは――。

 

「これは……?」

 

「…………」

 

 燦然と輝く、『金ピカの龍と剣のキーホルダー』だった。

 

(旅行先で小学生の男子が絶対買うやつじゃん!?なんでこのチョイス!?これをお礼に持ってくるってどういうセンスしてんの寛治ぃ!?)

 

 私は顔を引き攣らせながら、心の中で激しいツッコミを入れていた。

 

「……お部屋に飾っておきますね」

 

「――ああ。それがいい」

 

(気持ちはすごく嬉しいけど、流石にこれカバンとかにつけて学校には行けないよ!!ひより、ナイスフォロー!)

 

 私はひよりの優しさに心から感謝しながら、そっと金ピカのキーホルダーをカバンの中にしまった。

 

 一騒動あったものの、その後は再び二人で本の世界へと没頭し、私たちは穏やかで甘い休日の午後を過ごすのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。