いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
満場一致特別試験という重苦しい試練を乗り越え、あっという間に過ぎ去った土日。
月曜日の朝。私は自室の鏡の前でネクタイを締めながら、充実していた休日の余韻に浸っていた。
(この土日はひよりとデートしたり、みんなで集まって勉強会をしたりと、いい休日だったな)
ふと、机の上に置いたスマホに目を向ける。
昨日の夜、Dクラスの池寛治からメッセージが届いていたのだ。
『我が導きの星、藍染様。この度、俺は
(まあ、相変わらずの怪文書だったけど、とりあえず気になっていた女の子とはいい感じになれたってことだろう。良かった良かった)
私は彼からの報告に内心で祝福を送りつつも、同時にある一つの疑問を抱いていた。
(しかし、
少しだけ真面目に考察してみたものの、すぐに思考を放棄する。
(まあ、寛治のことだから、特に深い意味はなくて、ただ単に響きのカッコよさで決めてるだけっぽいな)
身支度を完全に整えた私は、カバンを手に取り、自室を後にした。
寮の一階ロビーへ降りると、すでにそこには見慣れた可憐な少女が待っていた。
「おはようございます、惣右介くんっ」
「――ああ。世界が新たな暁を迎えたとはいえ、私の目に映るのは君の微笑みだけだ」
(おはよう、ひより!待たせちゃってごめんね!)
「ふふっ。私も今来たところですから、大丈夫ですよ」
私がごく自然な動作で手を差し出すと、彼女もまた迷うことなく、花が咲くような笑みを浮かべてその小さな手を重ねてきた。
しっかりと手を繋ぎ、朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、二人で学校へと続く通学路を歩き出す。
「――藍染せぇんぱぁい!椎名せぇんぱぁい!おはようございまぁす!」
穏やかな二人の時間を楽しんでいると、背後から元気いっぱいの明るい声が鼓膜を揺らした。
振り返ると、一年生の天沢一夏が小悪魔的な笑みを浮かべながら、小走りでこちらに向かってきているところだった。
「――朝露に濡れた野薔薇のような、騒がしくも瑞々しい生命力だね」
(おはよう、天沢。元気そうで良かったよ!)
私は立ち止まり、オサレな言い回しで挨拶を返した。
(要から話は聞いてるけど、最近はクラスでも友達が出来て、上手くやっているらしいしね。本当にいいことだ)
私が内心で安堵していると、ひよりも丁寧に頭を下げた。
「おはようございます、天沢さんっ。今日も元気ですね」
「えへへ〜、ありがとうございますぅ。お二人とも、朝からラブラブで羨ましいですぅ〜」
天沢は私たちの繋いだ手を見つめながら、ニシシと笑う。
「ところで藍染せぇんぱい!体育祭の後に、生徒会の代替わりがあるんですよねぇ?」
天沢がふと、真面目なトーンを交えて尋ねてきた。
南雲先輩が引退し、私が次期生徒会長の座に就くタイミングのことだ。
「――いかにも。旧き王の玉座は崩れ去り、私が新たな天の理を敷く刻が来る」
私がオサレに肯定すると、天沢はビシッと敬礼のポーズをとった。
「一夏ちゃんも、そのタイミングで生徒会に入りたいと思ってるんで!ぜひぜひ、よろしくお願いしまぁす!」
「……!」
それは、嬉しい申し出だった。
(一年生の生徒会役員は要しかいないから、天沢が入ってきてくれるのは本当にありがたいね。彼女は間違いなく優秀だし、南雲先輩や鬼龍院先輩といった優秀な三年生が抜けた後のことを考えると、これ以上ないほど心強い戦力になる)
「――ほう。ならば、その魂の輝きをこの私の前で証明してみせるといい。大いに期待させてもらおうか」
(大歓迎だよ!生徒会に入ってくれるのを楽しみにしてるね!)
「やったぁ!それじゃあ!バイバ〜イ!」
私の言葉を聞いた天沢は、嬉しそうに手を振りながら、軽やかな足取りで先へと走り去っていった。
彼女の背中を見送った後、隣を歩いていたひよりが、少しだけ口を尖らせて私の顔を見上げてきた。
「……天沢さんも、生徒会に入られるのですね」
「――ああ」
「…………可愛い一年生の女の子が入るからといって、浮気はダメですよっ?」
「……!」
上目遣いで放たれた、ひよりの少しヤキモチを焼いたような言葉。
そのあまりの可愛らしさに、私は心臓を撃ち抜かれそうになりながらも、決して表情を崩さずに真っ直ぐ彼女の瞳を見つめ返した。
「――愚問だな。私が視座を据えるのは、常に遥か高みのみ。そして私の隣という絶対不可侵の領域は、永劫に君のためだけに用意されたものだ。他の有象無象に現を抜かすことなど、天地がひっくり返ろうともあり得ないさ」
私が重すぎるほどの愛のポエムを紡ぐと、ひよりはポッと顔を赤く染め、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふっ。冗談ですよっ。惣右介くんがそんな人じゃないことは、私が一番よく分かっていますから」
「――君には敵わないな」
私は少しだけ苦笑し、繋いでいた彼女の手を優しく握り直した。
Aクラスの教室の扉を開け、私とひよりが挨拶をすると、すでに登校していたクラスメイトたちが次々と笑顔で応えてくれる。
自席につき、クラスメイトたちと他愛のない雑談を交わしていると、やがて予鈴が鳴り響く。
それと同時に、担任である星之宮先生が教室へと入ってきた。
クラスの空気がスッと引き締まり、全員が星之宮先生へと視線を向ける。
「みんな、ちゃんと席についてるわねー。……さて、まずは先週末の満場一致特別試験、本当にお疲れ様!」
教壇に立った星之宮先生は、いつもの少し砕けた口調ながらも、どこか労うようなトーンでクラス全体を見渡した。
「とはいえ、息つく暇もなく次が待ってるんだけどね。……来月行われる体育祭についての説明です!」
星之宮先生が黒板のモニターを操作すると、そこに体育祭の概要とルールがデカデカと表示された。
『体育祭の概要及びルール』
【概要】
・様々な競技からなる、全学年参加型のスポーツの祭典
・開催時刻:午前9時〜午後4時まで(正午〜午後1時までは休憩)
・生徒たちは自由に選択した種目に参加して持ち点を獲得し、総合得点をクラス単位で競う
【ルール】
・生徒一人につき、スタート時に『持ち点5』が与えられる
・異なる競技5種目への参加が必須
・各種目への参加賞として『持ち点1』が与えられる
・入賞者には、種目内容に応じて追加で持ち点が与えられる
・6種目目以降は、持ち点1を支払う形で参加可能(※参加賞の1点は入手不可)
・一人が参加できる最大は10種目まで
・参加競技数が5種目未満で体育祭を終了した場合、獲得した持ち点は全て没収される
・エントリー済みの競技に、やむを得ない理由を除いて不参加や棄権をした場合は2点を失う
(なるほど。生徒会で種目についての要望は色々と出せたが、最終的なルールはこういう形に落ち着いたか)
私はモニターを見つめながら、静かに思考を回した。
(自由に種目を選択できるあたり、南雲先輩の望む『実力主義』が色濃く反映された形なのかな。無人島サバイバルの時と同様に、クラス全体としての統率力も試されるが……個人の力量がスコアに直結しやすい仕組みになっているだろうな)
私が分析を進めていると、星之宮先生がパンッと手を叩いて補足を入れた。
「これが今年の体育祭の概要とルールよ〜!よく覚えておいてね〜。それから、競技には大きく分けて二種類あります。一人で参加可能な『基本競技』。それから特殊競技と呼ばれる『団体戦』ね!」
モニターの画面が切り替わり、それぞれの報酬例が表示される。
「団体戦の方が報酬は高く設定されていて、参加したチーム全員に等しく点数が与えられるわ!でも、拘束時間が長くなるなどの欠点もあるから、よく考えてエントリーしてね〜!」
(ふむ。よく出来ているな。個人種目でコツコツ点数を稼ぐより、団体戦に主力を固めて等しく高得点を稼ぐ方が効率はいい。だが、拘束時間の問題もあるし、同時進行で行われる他の競技には参加できなくなる)
ただ単に足が速い、力が強いといった身体能力だけでなく、他クラスの主力とのバッティングを避け、いかに効率よく点を重ねていくかという『思考力』と『情報戦』が勝負を分けるだろう。
(それに、人数の問題だ。全員が参加することを前提に考えれば、初期の持ち点5に必須の参加賞5点を加えた『最低保証の10点』×人数分がクラスのベーススコアになる)
我々一之瀬クラスは、退学者ゼロの40人にひよりを加えた41人。つまり、何もせずとも410点からのスタートだ。
一方で、退学者を出している龍園クラスや堀北クラスは380点からのスタートになるはずだ。
(ベーススコアではこちらが有利だ。とは言っても、Dクラスには清隆と高円寺がいるし、運動神経抜群の須藤や、成長を続ける寛治もいる。かなりの強敵になるだろうな)
「持ち点を支払って6種目目以降に参加するかは、みんなの自由だからね〜。そして、体育祭終了時の総合点で、学年別の順位を決定するよ」
再びモニターが切り替わり、クラス順位の報酬が映し出された。
一位:+150CP
二位:+50CP
三位: 0CP
四位:−150CP
(……なるほどな。最下位と一位では300ポイントもの差がつくのか)
「それから、個人の報酬もあるよ!」
星之宮先生がさらにモニターを切り替える。そこに表示された内容に、クラス中がざわめいた。
【個人戦報酬(学年・男女別)】
一位:200万PP または クラス移動チケット(限定的)
二位:100万PP
三位:50万PP
「く、クラス移動チケット……!?」
「マジかよ、そんなのありか……」
200万プライベートポイントという破格の報酬もさることながら、生徒たちの視線は『クラス移動チケット』という見慣れない単語に釘付けになっていた。
「みんなが驚くのも無理ないよね〜。このチケットは、学校としても初の試みです」
星之宮先生がニコニコと笑いながら言うと、一之瀬がスッと手を挙げた。
「先生。そのチケットの横に書いてある『限定的』というのは、どういう意味でしょうか?」
「うん、いい質問だね一之瀬さん!もちろん、このチケットに有効期限がなければ、三年の最後に使えばそれだけでノーリスクでAクラスが確定できちゃうからね。だから、このチケットは『この二学期中に使わなければ無効になる』っていう制限付きなの!」
クラスを移籍したとしてもそのクラスがAクラスで卒業出来なければ後悔することになるだろうし、決断するのは難しいだろうな。
「まあ、このクラスから出ていく子なんて居ないと思うけどね!じゃあ、もう少し詳しい競技やエントリーの説明をするね〜」
星之宮先生が再びモニターを操作すると、そこには具体的な競技のリストがズラリと表示された。
「競技には、事前に公開されるものと、当日公開されるものの二種類があります!」
モニターに映し出されたリストには、100メートル走や障害物競走といった体育祭の基本的な競技に加え、PKやテニスのダブルスなど、球技系の種目も多数表記されていた。
(おおっ!要望通り球技系の種目も採用されたのか!!これはワクワクするな!)
「公開されてる種目への参加は、本日の22時から各自の専用アプリで予約できるようになるからね!全学年で早い者勝ちよ〜!本番一週間前まではキャンセルを受け付けるけど、キャンセルは3回までしか出来ません」
星之宮先生はそう言いながら、自身の端末をモニターに繋ぎ、実際のアプリ画面を操作して見せた。
「予約の最終締め切りは本番二日前まで。もしそれまでに上限である5種目を登録していない場合は、自動的に空いてるところへランダムに振り分けられちゃうから注意してね!」
星之宮先生の流れるようなレクチャーを見ながら、私はクラスの動向について思考を巡らせる。
(なるほど、事前に専用アプリで予約か。しかも今日から開始。早い者勝ちとなれば悠長にしている暇はない。だが、早く予約すると相手に戦略が筒抜けになる。とりあえず、今日の放課後にはみんなで集まって、戦略を話し合う必要があるね)
「それから、所属してる部活動に関する種目は参加禁止だからね!例えば、サッカー部の男の子がPKの競技に出ることは出来ません!」
「え〜!マジかよ〜」
サッカー部の柴田が残念そうな声を上げるが、公平性を期すためには当然のルールだろう。
「最後に!もし個人で同率一位の生徒が出た場合は、クラス移動チケットの付与はなし!プライベートポイントも山分けとなるからね!」
(……もし同着一位でもチケットがもらえるとなれば、複数人が同時にクラス移動出来るように仕組めてしまうからな。その辺りの穴はしっかり塞いであるというわけだ)
「じゃあ、説明は以上!みんな、よく考えてしっかり頑張ってね〜!」
星之宮先生の明るい声でホームルームが締めくくられ、教室内は一気に体育祭の話題で持ちきりとなった。
その熱気の中、一之瀬がスッと立ち上がり、クラス全体を見渡して明るい声で呼びかけた。
「みんな!今日からエントリーが始まっちゃうから、放課後にみんなで話し合いをしよう!いいかな?」
「賛成!早い者勝ちなら、早く戦略を決めた方がいいもんね!」
「ああ。今回の体育祭は、大きくクラスポイントが動く。我々が真の頂点に立ち続けるための試金石となるだろう。必ず勝ち切ろう」
網倉が同意し、神崎が瞳を鋭く光らせながら、少しオサレに気合を入れる。
「っしゃあ!楽しみだぜ!絶対に勝とうぜ、みんな!」
柴田が拳を突き上げると、クラス全体から「おおーっ!」という力強い歓声が上がった。
(体育祭自体は、純粋に楽しみだ。だけど……)
私は頼もしいクラスメイトたちの姿を微笑ましく見つめながらも、内心では一つ、最も警戒すべき最悪のシナリオを思い描いていた。
(順位ごとのあのポイント配分。四位のマイナス150ポイントは、あまりにも痛すぎる。各クラスのリーダーは、なんとしてでもAクラスを最下位に沈め、ポイントを削りにかかってくるはずだ)
もしも、他クラスが我々を共通の敵とみなし、連携して『対Aクラス包囲網』を敷いてきたらどうなるか。
(Bクラスの坂柳が、「自分たちは三位で構わない」という条件を提示し、Cクラスの龍園や、Dクラスの堀北、あるいは清隆と手を組んできたとしたら……)
坂柳が全体の指揮を執り、各クラスの猛者たちを的確な競技へとぶつけてきた場合、いくら我々が人数で有利といっても、非常に厳しい戦いを強いられることになる。
(他クラス同士で手を組んでくるとなれば厄介極まりないが……どんなに厳しい戦いになろうとも、なんとしてでも勝つしかないな)
個人の実力と、クラスの戦略。
その両方が極限まで試される戦いが、いよいよ始まろうとしていた。