いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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百二十九話

 体育祭の説明を受けた、その日の放課後。

 

 一之瀬からの呼びかけにより、私たちAクラスの生徒四十一名は、誰一人欠けることなく教室に残っていた。

 

「みんな!疲れているところ、残ってくれてありがとう!早速だけど、来月の体育祭に向けて話し合おうか!」

 

 教壇に立った一之瀬が、持ち前の明るく通る声で会議の開始を宣言する。

 

 その傍らでは、書記役としてホワイトボードの前に白波が立ち、マーカーを構えていた。

 

「っしゃあ!今回は球技も多いし、団体戦もある!俺たちのクラスの団結力を活かせる絶好の機会だな!」

 

 サッカー部で運動神経抜群の柴田が、ガッツポーズを作りながら口火を切る。

 

 その前向きな意見に、網倉も元気よく頷いた。

 

「そうだね!団体戦の方が個人競技よりも全体の得点効率はいいみたいだから、そっちに運動が得意な主力を固めるのがいいかな?」

 

「しかし、本日の22時からエントリー可能とのことですが……早く枠を押さえるべきか、それとも他クラスの出方を窺うべきか。判断が難しいところですね」

 

 浜口が顎に手を当てながら、冷静な意見を述べる。

 

 すると、少し離れた席に座っていた姫野が、ポツリとこぼした。

 

「……藍染くんがエントリーしてたら、絶対に他クラスの生徒はそこにエントリーしないだろうからね。相手の主力級に、上手く藍染くんや柴田くんをぶつけたいよね」

 

 彼女の言う通りだ。枠が『早い者勝ち』である以上、私がどこにエントリーしているかが他クラスに知れ渡れば、逃げられるか、あるいは完全に捨て駒を当てられるかの二択になるだろう。

 

 クラスメイトたちが思い思いに意見を出し合い、活発な議論が交わされる中。

 

 それまで静かに話を聞いていた神崎が、スッと右手を挙げた。

 

「みんなの意見は尤もだ。だが……一つ、重大な懸念点がある」

 

 神崎のいつも以上に真剣な声色に、教室の空気がスッと引き締まる。

 

「CクラスとDクラスの同盟に、Bクラスが参加する可能性が極めて高いと俺は睨んでいる」

 

「……うん。神崎くんの言う通りだね」

 

 一之瀬も神崎の懸念を予想していたのか、真剣な表情でコクリと頷いた。

 

「他のクラスからしたら、現在トップを走っている私たちAクラスを、なんとしてでも最下位に引きずり下ろしたいと考えるだろうからね」

 

 四位のペナルティはマイナス150クラスポイント。

 我々がそれを喰らえば、一気にポイント差を縮められてしまう。

 

「ああ。だからこそ、こちらから先にBクラスへ同盟を持ち掛けてはどうだ? 一位の座と、それに付随する報酬を譲る代わりに、あちらの『対Aクラス包囲網』に参加させない。これならば、交渉の余地はあると思う」

 

「……なるほど、そうだよな。普通の体育祭じゃないんだから、足の速さだけじゃなくて、戦略的に考えなくちゃな」

 

 神崎の提案に、柴田も腕を組んで納得したように頷く。

 

 しかし、私の隣に座っていたひよりが、少しだけ申し訳なさを滲ませながら口を開いた。

 

「無人島サバイバルでもBクラスとは同盟を組みましたし、交渉の余地は確かにあると思います。……ですが、Bクラスとしても、私たちを最下位に落とせば、自分たちが三位でポイント増減ゼロだったとしても、150ポイント差を詰められます。交渉は、かなり難航するかもしれませんね」

 

「うん。坂柳さんからしても、三クラスで同盟を組む方が、Aクラスを崩す勝率が高いと判断する可能性は大いにあるね。仮に同盟を持ちかけるとしても、かなりのプライベートポイントを使っての交渉にはなりそうだね」

 

「ああ。無人島サバイバルでは、プロテクトポイントや一位の報酬を我々が受け取る形で同盟を結んだからな。今回は、完全に逆の立場になるな」

 

 神崎が苦々しい顔で言い放つ。

 

 厳しい見通しに、教室にほんの少しだけ重い空気が漂い始めた。

 しかし、一之瀬は決して下を向くことなく、力強い眼差しで皆を見渡した。

 

「でも、何もしないでただ包囲網を敷かれるのを待つよりは、打てる手は打っておくべきだと思うの。だから私から、坂柳さんに同盟の交渉を持ちかけてみようと思うんだけど……みんな、どうかな?」

 

 一之瀬の提案に、クラスメイトたちは互いに顔を見合わせ、やがて異論はないとばかりに力強く頷き合った。

 

(うん。完璧だね。特に言うこともなさそうだ)

 

 一之瀬と神崎を中心に、クラス全体でしっかりと意見を出し合い、最善の策を練り上げている。私はその頼もしい姿を微笑ましく見守っていた。

 

 すると、一之瀬がふと私の方へと視線を向けてきた。

 

「藍染くんは、どう思う?」

 

「――」

 

 クラス全員の視線が私に集まる。

 

 私はゆっくりと席を立ち、堂々とした態度で口を開いた。

 

「――君たちが紡いだ盤面に一片の淀みもない。……だが、かの白き女王が如何なる裁定を下すかは、神のみぞ知る領域だ。我々の供物を受け取り不可侵の盟約を結ぶか、あるいは三千世界を束ねて我々を奈落へと沈めに来るか。……こればかりは、盤上での対話で推し量るしかないだろうね」

 

「『私も異論はありません。ただ、Bクラスがどう判断するかは未知数です。プライベートポイントを得た上で私たちと同盟を組むか、それとも三クラス同盟で私たちを最下位に沈めにくるか。そればかりは読めないので、実際に交渉してみるしかありませんね、とのことです』」

 

 ひよりが完璧に私の意図を伝えると、クラスメイトたちは深く納得したように息を吐いた。

 

 一之瀬はパァッと明るい笑顔を浮かべ、大きく頷く。

 

「うん、そうだね! 坂柳さんがどう動くかは未知数だけど……もし交渉が決裂して三クラスに狙われたとしても、私たちなら絶対に跳ね返せるよ!」

 

 一之瀬が力強く宣言すると、重くなりかけていた教室の空気が一気に弾けた。

 

「おう! 実力でねじ伏せてやるぜ!」

 

「柴田くんの言う通りだよ。私たちは、どんな状況でもみんなで乗り越えてきたんだから!」

 

 クラスメイトたちが次々と声を上げ、教室内は再びポジティブで熱気のある雰囲気へと戻っていった。

 

 三クラスによる包囲網という脅威を警戒しつつも、誰一人として下を向いてはいない。

 

 頼もしく活気づくクラスメイトたちを眺めながら、私は密かに思考を深めていた。

 

(……Bクラスにとって、純粋な身体能力が試される体育祭は本来なら最も苦手とする分野のはずだ。だが、今回のルールと、最下位に手痛いペナルティが課される順位報酬が追い風になっているな)

 

 私たちと組んで大量のプライベートポイントを得つつ、手堅く上位を狙うか。あるいは、三クラスで同盟を組んで、ターゲットを絞り、私たちを最下位に沈めにかかるか。今のBクラスはどちらの選択肢も取れる状況にある。

 

(当然、プライベートポイントでの交渉の余地は残されているだろう。だが……あの坂柳や、手堅い戦術を好む葛城であれば、より確実かつ我々にダメージを与えられる『三クラス同盟』を選ぶ可能性が高いだろうな)

 

 クラスの士気が高いのは良いことだが、決して楽観視はできない。最悪の事態を想定し、警戒を最大限に強めておく必要がある。

 

 それから三十分ほど、具体的な種目や得意分野のすり合わせが行われた後、一之瀬がパンッと手を叩いた。

 

「じゃあ、とりあえずは22時になってもすぐにはエントリーせずに、今日は相手の出方を窺う方針にしようか!」

 

 一之瀬がそう結論づけると、全員が異論なく頷いた。

 

「この後また、私と神崎くんと藍染くん、それにひよりちゃんで、今日の話し合いの情報を精査して具体的な方針を固めていくからね! みんなは今日はゆっくり休んで、明日から競技の練習を頑張ろうね!」

 

「「「おーっ!!」」」

 

 一之瀬の明るい号令と共に、作戦会議は一度解散となった。

 

 三クラス同盟という未曾有の脅威が迫る中、私たちAクラスは持ち前の結束力と個々の強さを武器に、この体育祭という戦場へ打って出る準備を整え始めていた。

 

 

 

 

 同時刻、Bクラスの教室。

 リーダーである坂柳有栖が教壇に立ち、その眼下でBクラスの作戦会議が始まっていた。

 

「では、今回の体育祭について話し合いましょうか」

 

 坂柳が涼やかな声で促すと、葛城が静かに腕を組んだまま口を開いた。

 

「今回のルールと報酬からいって、下位クラスの同盟。そして、首位のAクラスもまた、三クラス同盟を防ぐために我々に協力を持ちかけてくると推測するが……どう考える?」

 

「ま、Aクラスからしたら、何がなんでも三クラスで結託して潰しに来られるのは防ぎたいだろうからな。こっちの方が、プライベートポイントを引き出せるオイシイ条件で同盟を組めるんじゃないの?」

 

 橋本がヘラヘラと笑いながら葛城の意見に乗っかる。

 

「そうね。Aクラスとは無人島サバイバルでも同盟を組んでたから、お互いやりやすいわね」

 

「僕たちのクラスからすると、かなりありがたいルールですね。ペナルティが四位の最下位のみ、それもマイナス150クラスポイントとなると、後がない下位の二クラスは、なんとしてでもAクラスを沈めたいはずですから」

 

 神室が気怠げに相槌を打ち、真田が冷静な分析を述べる。

 

 全体的に、Bクラスの立ち位置が有利であることを誰もが自覚していた。

 

「ただ、あんまり欲張りすぎると、Aクラスとも下位クラスとも交渉決裂になりかねないから、そこだけは気をつけないとな」

 

 吉田が慎重な意見を出すと、隣にいた白石がふんわりと微笑んだ。

 

「その点は大丈夫ですよ。坂柳さんと葛城くんなら、きっと一番いい塩梅で契約をまとめてくれるでしょうから」

 

「お、おう……そうだな」

 

 白石に笑顔を向けられ、吉田は少しだけ顔を赤らめてそっぽを向く。

 

 そんな穏やかな会議が進行する中、教壇に立つ坂柳の正面――最前列の席では、奇妙な光景が繰り広げられていた。

 

「…………」

 

 森下藍が、無言で五円玉を紐で吊るし、坂柳の目の前でゆらゆらと振り子のように揺らしていたのだ。

 

 明らかに催眠術をかけようとしているその行動に、坂柳の額にピキッと青筋が浮かぶ。

 

「ふふ。みなさんの言う通りですね。昨年と大きく違うルールで助かりました。……森下さん? そろそろ、自分の席に戻ってもらっていいですか?」

 

「…………」

 

 坂柳の引き攣った笑顔での警告を、森下はガン無視して五円玉を揺らし続ける。

 

「はぁ……。森下、とりあえず席に戻って」

 

 見かねた神室が溜息混じりに注意すると、森下はピタッと五円玉の動きを止め、「わかりました」と素直に頷いて自席へと戻っていった。

 

「……なぜ、毎回真澄さんの言うことだけは聞くのでしょうか」

 

 坂柳は心底解せないといった表情で、小さく不満をこぼす。

 

「……まあ、森下の奇行は置いておくとして。坂柳はどう考える?」

 

 葛城が咳払いを一つして、強引に話を本筋へと戻した。

 

 すると、坂柳は先ほどまでの苛立ちをスッと消し去り、冷ややかで自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「私としては――三クラスで同盟を結び、Aクラスを最下位に沈めたいと考えています」

 

「……だが、橋本も言っていたように、Aクラスとの同盟の方がメリットは大きいんじゃないか?」

 

 葛城が眉をひそめて異論を唱える。

 

「三クラス同盟は確かにAクラスとの差を縮める確率が高く、手堅い作戦だ。だが、Aクラスからポイントを引き出した方が、より確実な見返りがある」

 

「ええ。その通りですね。目先の利益だけを考えれば、Aクラスとの同盟が最も確実でしょう。……ですが、もし三クラス同盟を結ぶことで、Aクラスから得られるポイント以上の『確実な見返り』を得られるとしたらどうでしょう?」

 

「……何?」

 

「ですから、まずは龍園くんと交渉したいと考えているのです。彼らからしても、我々Bクラスを対Aクラスの包囲網に引き込みたいと考えているでしょうからね」

 

 坂柳は葛城の懸念をあっさりと肯定しつつ、杖で床をコツリと鳴らした。

 

「そこで、去年の夏に葛城くんと龍園くんが結んだ『契約』を破棄することを条件に、同盟の交渉をしてみましょう」

 

「なるほどな。Aクラスからポイントを引き出すより、Cクラスへの出費を抑えつつ、勝率を上げるってわけか」

 

 橋本がポンッと手を叩いて感心する。

 

「でも、龍園なら、そんな条件突っぱねてきそうだけどね」

 

「ふふっ。もし彼が首を縦に振らないのであれば、その時は素直にAクラスと同盟を組むだけですよ。我々には選択の自由があるのですから」

 

 坂柳が余裕の笑みで答えると、葛城は顎に手を当てて深く考え込んだ。

 

「……確かに。ここで契約の破棄を条件にする方が理にかなっているか」

 

 過去の自分の失態による負債。それをこの絶好の機会に清算できるのであれば、それに越したことはない。葛城はどこか申し訳なさそうな、しかし納得した表情で頷いた。

 

「それに、もう一つ目的があります」

 

 ふと、坂柳の瞳に剣呑な光が宿る。

 

「目的?」

 

 真田が首を傾げると、坂柳は口角を吊り上げ、どこまでも楽しそうに、そして好戦的に宣言した。

 

「ええ。三クラスで同盟を組んででも――藍染くんに、個人で一位を取らせないようにしたいと考えています」

 

「……なぜだ?」

 

 葛城が眉根を寄せて疑問を呈した。

 

「はっきり言って、あの藍染の一位を阻止するのは至難の業だ。三クラスで同盟を組むのならば、そこに無駄な労力を割くよりも、それ以外のところで確実に得点を稼いでAクラスを最下位に落とすことに注力すべきではないのか?」

 

「葛城の言う通りだと思うぜ。Aクラスは平均的な能力が高く、体育祭みたいな純粋な正攻法には滅法強い。三クラス同盟の数の暴力を活かすなら、Dクラスの綾小路や須藤を、あっちの柴田と神崎に当て続けるとか……二番手、三番手の生徒の得点を確実に削るように動いた方がいいんじゃないか?」

 

 橋本も葛城の意見に同調し、より現実的な戦術を口にする。

 

 二人のもっともな指摘に対し、坂柳は杖の先で床を軽く叩いて見せた。

 

「まさに、それが理由ですよ。この私を含め、Bクラスは……いえ、この学年の誰しもが、『藍染惣右介には勝てない』。無意識のうちに、そう考えてしまっていませんか?」

 

「……っ」

 

 図星を突かれ、葛城や橋本が言葉に詰まる。

 

 事実、藍染惣右介という男のポテンシャルは常軌を逸している。学力、身体能力、そして人を惹きつけるカリスマ性。全てにおいて付け入る隙がない。

 

「でも、それが悪いことじゃないんじゃない?」

 

 神室が腕を組みながら、あっけらかんと言い放つ。

 

「結局はクラス間の争いなんだから。個人で勝てなくても、クラスとしてAクラスに勝てればそれでいいでしょ」

 

「ええ。もちろん、その通りです」

 

 坂柳は神室の言葉を肯定しつつも、妖しく目を細めた。

 

「ですが、絶対に敗北しない『絶対的強者』。その藍染くんが、もし体育祭の個人戦でトップの座を譲ったとしたら……Aクラスが受ける精神的動揺は計り知れません。そして何より――」

 

 坂柳は一度言葉を切り、クラスメイトたちを見渡すように視線を巡らせた。

 

「私たちを含めた他クラスに、『藍染惣右介とて完全無欠ではない。勝てる相手だ』という事実を植え付けることができる。この精神的なパラダイムシフトは、今後の特別試験において、ただのポイント差以上の計り知れない価値を生み出します」

 

 ただの点数争いではなく、精神的な優位性。

 

 絶対王者の幻想を打ち砕くことで得られる『自信』こそが、今後の戦局を左右するのだと、坂柳は主張しているのだ。

 

「なるほど……。確かに、精神的な盤面を支配するという意味では、これ以上ない一手か」

 

 坂柳の意図を汲み取った葛城が、深く頷き納得の表情を見せた。

 

「……同盟を組んで包囲網を敷いたとしても『あの藍染に勝てた』という事実を得られるのはデカい。俺も賛成だ」

 

「ええ。クラスの士気は今後の特別試験においても重要なファクターになります。三クラス同盟のリスクを背負ってでも、狙う価値は十分にありますね」

 

 橋本と真田も、坂柳の冷徹かつ大胆な戦略に明確な賛意を示した。

 

 これで、Bクラスの方針は完全に一つにまとまった。

 

「ふふっ。もちろん、もしも龍園くんとの交渉がまとまらなければ、素直にAクラスと同盟を組み、手堅く上位を狙いにいくという選択肢も私たちには残されています。盤面に応じて、臨機応変に動きましょう」

 

 坂柳はそう言って確かな選択の幅があることを確認させ、クラスメイトたちに安心感を与えた。

 

「では、後ほど龍園くんとは私の方から交渉してきましょう。……あの藍染くんに土をつける。想像しただけでも、胸が躍りますね」

 

 冷ややかで、けれど確かに熱を帯びた好戦的な笑み。

 

 Aクラスの強固な城壁を崩すため、白き女王は密かに牙を研ぎ澄ませ始めていた。

 

 

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