いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
放課後。
普段なら、私にとっての「放課後」とは、愛すべき図書室でひよりと共に本を読み、平和な時間を過ごす至福のひとときを意味していた。
しかし、今日ばかりは違う。
私は、重い足取りで生徒会室へと向かっていた。
(……行きたくない。マジで行きたくない。なんで俺が、学校の頂点である生徒会なんていう激務と責任の塊みたいな場所に行かなきゃならないんだ……)
廊下を歩きながら、私は内心で血の涙を流していた。
昨日の図書室での出来事。生徒会長・堀北学にスカウトされ、全力で断ろうとした結果、私の口から飛び出したのは『私が天に立つ』という、学校乗っ取り宣言としか思えない伝説の厨二病ポエムだった。
なぜか、学はそれを「生徒会の中から下剋上してやる」という野心に満ちた承諾と受け取り、私は見事に生徒会入りを果たしてしまったのだ。
「惣右介くん、頑張ってくださいね。応援していますから」
図書室で言ってくれた、ひよりの天使のような笑顔と声援だけが、今の私を支える唯一の希望だった。
(……いや、落ち着け。俺はただの平役員として入るんだ。隅っこの方で大人しく書類整理でもして、ひっそりと息を潜めていれば、いずれ『こいつ使えねえな』ってなってクビになるかもしれない。よし、その作戦でいこう!)
なんとか前向きな(後ろ向きな)結論を導き出し、私は生徒会室の重厚なドアの前に立った。
深呼吸をして、ノックをしようと手を伸ばした。
――しかし、あの呪いの装備が、私の入室動作すらも『オサレ』に書き換える。
バァンッ!
私は一切の躊躇なく、ノックもせずにドアを大きく押し開け、極めて優雅な、そして絶対的な威圧感を放ちながら室内に足を踏み入れていた。
(うわああああああ!! なんでノックしないの俺!! 初日から態度のデカさカンストしてるじゃねえか!!)
冷や汗を滝のように流す私の内心とは裏腹に、室内の空気は一瞬にして凍りついた。
広々とした豪奢な生徒会室。
そこには、昨日の図書室にいた生徒会長の堀北学(3年)と、書記の橘茜(3年)。そして、見知らぬ真面目そうな男子生徒――2年の書記、桐山生叶。
最後に、大きな革張りのソファにふんぞり返って座っていた金髪の男。
以前、私がPK戦で蹂躙し、500万ポイントを巻き上げた相手。生徒会副会長の南雲雅(2年)であった。
「……なっ、こいつは!」
私が入室した瞬間、南雲は弾かれたようにソファから立ち上がり、信じられないものを見るような目で私を指差した。
彼の顔には、驚愕と、そして拭いきれない屈辱の記憶が入り混じっていた。
「藍染……! てめぇ、なんでここにいんだよ!」
「南雲、騒ぐな」
学が、デスクから静かに声を放った。
その一言で、南雲はピタリと動きを止めたが、私を睨みつける視線の鋭さは変わらない。
「会長! どういうことですか! なんで1年の、しかもこんな生意気なガキが……!」
「彼を生徒会に引き入れたのは俺だ。今日から、彼も我々のメンバーになる」
「はぁ!? 冗談でしょ!?」
南雲だけでなく、傍にいた桐山も目を丸くして驚いている。
「会長……いくらなんでも、1年生をいきなり生徒会に入れるなど前例がありません。それに彼は、色々と黒い噂が絶えない問題児だと聞いていますが……」
「前例がないなら、俺が作る。彼をスカウトしたのは、現1年生の中で最も優秀な人間だと判断したからだ」
学のその明確な評価に、南雲はギリッと奥歯を噛み締めた。
以前、私に完敗している彼にとって、「最も優秀」という言葉は、己の敗北をえぐられるような屈辱だったに違いない。
(いや、優秀って……俺、昨日図書室でポエム吐きまくってただけじゃん! 会長の評価基準どうなってんだよ!!)
内心でツッコミを入れていると、学はゆっくりと立ち上がり、私に向き直った。
「藍染。お前は昨日、いずれ俺の玉座を奪うと言ったな」
「――如何にも」
(ちがう!! 断ろうとしただけだってば!!)
「ならば、相応しい席を用意してやろう」
学は、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて、信じられない言葉を放った。
「お前には、『生徒会副会長』のポストに就いてもらう」
「「「…………えええええええええええ!?」」」
南雲、橘、桐山の三人が、今日一番の絶叫を上げた。
そして。
(…………はああああああああああああああ!?)
私も、内心で目玉が飛び出るほど驚愕していた。
副会長!?
平役員でも嫌だったのに、いきなり学校のナンバー2!? なんで!? 新入生だぞ!? 前例がないどころの騒ぎじゃない、学校の歴史がひっくり返るレベルの特例だ!
「か、会長!! いくらなんでも正気ですか!? 新入生をいきなり副会長にするなんて、学校中から反発が来ます!!」
「そうだ! 俺の隣に、こんな1年が並び立つだと!? ふざけんじゃねえ!!」
橘と南雲が必死に抗議する。
(そうだそうだ!! もっと言ってやれ橘先輩!! 南雲!! 俺も絶対に嫌だ!! 全力で断る!!)
私は彼らの抗議に全力で賛同し、学に対して『新入生には荷が重すぎます、辞退させてください』と丁寧に断りを入れるべく、口を開いた。
「――フッ。……成程」
私は不敵な笑みを浮かべ、前髪をゆっくりとかき上げた。
「私の座る席としては、悪くない高さだ。……君の隣で、この澱んだ景色がどう変わっていくのか、せいぜい見せてもらうとしよう」
(うわああああああああああああ!! またやったあああ!! なんで承諾してんの!! しかも『悪くない高さだ』って何様だよ俺!! めちゃくちゃ偉そう!!)
私の圧倒的に傲慢な、しかし絶対的な強者の風格を伴ったポエムでの承諾。
それを聞いた学は、満足げに一つ頷いた。
「今日から、藍染惣右介を生徒会副会長に任命する。……異論は認めない」
「くっ……!」
「か、会長がそこまで仰るなら……」
学の絶対的なカリスマの前に、南雲も橘も、それ以上反論することはできなかった。
(終わった……。俺の平役員で窓際族作戦が、入室3分で完全に消滅した……)
絶望に打ちひしがれる私。
しかし、こんな殺伐とした空気のまま仕事に入るのは気まずすぎる。ここは一つ、新入りとして謙虚に振る舞い、「まあ、これからよろしくお願いします。お茶でも淹れましょうか?」と和やかに提案しよう。
「――立ち話というのも味気ない。……まずは、芳醇な茶の香りでこの淀んだ空気を満たそうか」
(あああああああ!! 言い方!! なんで俺が王様みたいに命令してんの!?)
私の言葉に、南雲の額に青筋が浮かんだ。
「てめぇ……新入りのくせに、俺たちを顎で使う気か……!」
今にも殴りかかってきそうな南雲。
しかし、学は全く動じることなく、橘に向かって言った。
「橘。彼に紅茶を用意してやれ」
「えっ!? 私がですか!?……は、はい。わかりました」
橘は不満げな顔をしながらも、会長の命令には逆らえず、給湯室へと向かってお茶の準備を始めた。
(いや、何様だよ!! 俺!! 先輩に、しかも3年生の書記の先輩にお茶淹れさせてる!! 橘先輩、本当にごめんなさい!! 土下座したい!!)
内心では床に額を擦り付けて謝罪している私だったが、表面上は優雅にソファに腰掛け、出された紅茶を「……悪くない」と偉そうに啜っていた。
「それでは、藍染くん。今日から早速、生徒会の業務をやってもらいます。まずは、この書類の処理と、各部活からの予算申請のデータ入力からね」
紅茶を飲み終え、橘が私をパソコンの前に案内した。
彼女の声には、「会長の命令だから仕方なく教えてやる」という刺々しさが含まれていた。
(よし。生意気な態度をとってしまった分、仕事は真面目にやろう。ひよりと早く帰るためにも、パパッと終わらせてみせる!)
橘が用意した書類の山は、通常ならかなりの時間がかかるであろう膨大な量だった。
しかし。
私の脳内に宿る『藍染スペック』は、事務作業においてもチート級の性能を発揮した。
書類を一瞥しただけで、その内容の全てを完璧に脳にインプット。
予算申請の矛盾点や計算ミスを瞬時に見抜き、パソコンのキーボードを、まるでピアニストのように――いや、それ以上の常軌を逸したスピードで弾き始めた。
タタタタタタタタタタタタタタタタッ!!
エンターキーを叩く音が、機関銃のように室内に響き渡る。
あまりのタイピングの速さに、橘が「えっ……?」と目を丸くし、南雲や桐山も何事かと視線を向けてきた。
「……ええええええ!?」
私が作業を開始してから、わずか『30分後』。
橘が確認のために画面を覗き込むと、そこには数日分に相当するデータ入力と、複雑な計算処理が、一ミリの狂いもなく完璧に終わっていたのだ。
「う、嘘でしょ……? こんなの、あり得ないです。ミスどころか、元々の申請書類にあった矛盾点まで全部修正されてる……!?」
「――造作もない。この程度の処理に時間をかけるなど、知性の冒涜に過ぎないからね」
(やったぜ! 藍染スペック最高! これで仕事できるキャラアピール完了だ!)
私の完璧すぎる仕事ぶりに、橘は唖然とし、桐山は冷や汗を流していた。
南雲に至っては、「チッ……! 計算が早えだけじゃねえか」と憎まれ口を叩きながらも、私の異常性にさらに恐怖を抱いているようだった。
「……やはりな。俺の目に狂いはなかった」
学は、私の入力したデータを満足げに見つめ、深く頷いた。
そして。
「今日の業務はここまでだ。……藍染。お前が俺の期待以上の働きを見せたことに敬意を表し、今日は『歓迎会』を行う」
「歓迎会……ですか?」と、橘が問い返す。
「ああ。俺の奢りだ。全員で行くぞ」
(うおおおおお!! マジで!? 生徒会長の奢りでご飯!? やったー!!)
私は内心で歓喜の雄叫びを上げ、生徒会メンバーと共に学校を後にした。
学が案内したのは、ケヤキモールの中にある、普段は一般の高校生が近づけないような高級焼肉店だった。
個室のテーブルには、美しいサシの入った最高級の牛肉がズラリと並べられている。
(すげー!! めちゃくちゃ美味そう! さすが会長、太っ腹!!)
網の上でジュージューと肉が焼けるいい匂い。
南雲が、不機嫌そうにトングを持ち、肉を焼いていた。
「……ほらよ、新入り。食え」
南雲が、私の皿に焼けた肉を放り投げるように置いた。
私はそれを箸で掴み、口に運ぶ。
口の中で、とろけるような肉の旨味と脂の甘みが広がった。
(うんまーーーーい!! なにこれ、最高じゃん!! 会長に「すごく美味しいです、ありがとうございます!」って言おう!)
「――なるほど。……飢えを凌ぐための餌にしては、少々贅沢な品だ。だが、この程度の浅い味覚で私の舌を満足させられると思っているのなら、酷く滑稽な話だね」
(うわああああああああ!! また出た!! 最低だよ俺!! 奢ってもらってる高級焼肉に対して『こんなんで満足すると思うな』って、人間のクズじゃん!!)
私のその極悪非道なポエムを聞いた瞬間、肉を焼いていた南雲が、ついにブチギレた。
「てめぇ……!! 会長の奢りに対してなんて口利きやがる!! もういい、表へ出ろ!! 俺がぶっ殺してやる!!」
南雲が立ち上がり、私の胸ぐらを掴もうとする。
橘も「あなた、いくらなんでも失礼すぎます!」と非難の声を上げた。
しかし。
「――南雲。座れ」
学の静かな、しかし絶対的な声が、その場を制圧した。
「会長! こいつ、今……!」
「藍染の言う通りだ」
「「「……え?」」」
南雲も桐山も橘も、そして(言った本人である)私も、ポカンとして学を見た。
学は、眼鏡の奥の瞳を真剣に輝かせ、深く頷いた。
「この程度の現状に満足せず、常にさらに上の高み(味覚)を求め続ける。……その飽くなき向上心と、決して迎合しない強い意志。……それこそが、俺が彼を副会長に任命した理由だ」
「「「…………っ!!」」」
南雲と橘は、学のあまりにも好意的な解釈に、言葉を失ってしまった。
(ちげーーーよ!! 会長、解釈が重すぎるよ!! 俺、ただ普通に『美味しいですね』って言いたかっただけなんだよおおお!!)
私は内心で絶叫し、血の涙を流しながら、必死に誤解を解こうと口を開いた。
「――フッ。……買い被りだ。私はただ、肉が焼けるという事象の因果律を……」
「いや、謙遜は不要だ。お前のその姿勢、俺も見習わせてもらおう」
「……」
私の訂正ポエムは、学の強固なフィルターによって完全にシャットアウトされてしまった。
南雲は「……クソが」と吐き捨てて肉をヤケ食いし始め、橘は「会長がそう仰るなら……」と複雑な顔で私を見ている。
(もうやだ……この生徒会……早くひよりの待つ教室に帰りたい……)
高級焼肉の味すら分からなくなるほどの、極限のすれ違いと心理戦。
かくして、藍染惣右介の生徒会副会長としてのカオスな日々は、波乱の歓迎会と共に、その絶望的な幕を開けたのであった。