いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
十一月に控えた文化祭に向け、高度育成高校の各クラスは本格的な準備期間に入っていた。
俺たちCクラスは、綾小路や堀北が率いるDクラスと協力体制を敷き、メイド喫茶や野外の屋台の運営を合同で行うことになっている。
予算と人員を最大限に活用し、確実に売上を伸ばすための算段は既についている。
だが、十月二十日の放課後。
俺はケヤキモール内のカラオケ店へと向かう廊下を歩きながら、忌々しげに舌打ちを漏らした。
(金田の野郎。「文化祭に向けての作戦会議を至急行いたい」だと? 大まかな方針は既に決めているってのに、何か問題でも出やがったのか?)
石崎たちも、今日は妙に作業を急かして早めに切り上げさせていた。
どうにもきな臭い。俺は眉間に皺を寄せながら、指定された大きめのパーティルームの扉を乱暴に開け放った。
その瞬間――。
「龍園さん!! 誕生日おめでとうございますっ!!」
パンッ! パンッ! と、けたたましい破裂音と共に、俺の顔面に色とりどりのクラッカーのテープが降り注いだ。
室内には、石崎、小宮、近藤といったいつものバカ共だけでなく、Cクラスの生徒『全員』が揃っていた。
「……あ?」
予想外の光景に、俺は思わず足を止め、少しだけ面食らって目を細めた。
「おめでとうございます、龍園さん!」
「龍園くん、おめでとう!」
石崎たちに続き、クラスの奴らが次々とお祝いの言葉を口にする。
俺は頭に乗ったテープを鬱陶しそうに払い落とし、部屋の奥で眼鏡を光らせている男を睨みつけた。
「チッ。おい金田。どういうつもりだ?」
「石崎氏からの強い希望がありましてね。……私としても、今後の厳しい戦いに向けてクラスの団結力を高めるためにも有効な手段だと感じ、本日は全員に集まってもらいました」
金田が眼鏡を押し上げながら、淡々と答える。
すると、金田の隣に座っていた時任裕也が、腕を組んだまま静かに目を閉じ、どこかの名門貴族の当主のような優雅な雰囲気を漂わせて口を開いた。
「――
(相変わらず鬱陶しい喋り方しやがって……。だが、まあいい)
俺の視線は、部屋の隅で固まっている女子たちの集団へと向けられた。
俺を恐れ、あるいは嫌悪していたはずの薮や諸藤たち、そして不機嫌そうに腕を組んで壁に寄りかかっている伊吹の姿もある。
「石崎のバカどもはともかく、伊吹や薮たちもいるとはな」
俺が鼻で笑うと、伊吹が露骨に顔を顰めて言い返してきた。
「勘違いしないで。金田が『Aクラスに上がるために絶対に必要な儀式だ』ってしつこく言うから、仕方なく来てやっただけだから」
「わ、私たちも同じだよ……。Aクラスに上がるためには、龍園くんの元で私たちも一つになる必要があるって言われたから……」
伊吹の言葉に同調するように、薮や諸藤たちも少し怯えながらも小さく頷いた。
彼女たちの態度は、かつての俺への純粋な『恐怖』だけではない。そこには、俺のやり方に一抹の期待を寄せているような、微かな信頼の芽が見え隠れしていた。
(……まあいい。無人島での特別試験や先日の体育祭を経て、上位クラスとの差は確実に詰めつつある。だが、まだ足りねぇ。奴らを引き摺り下ろしてAクラスに登り詰めるためには、もはや俺一人の恐怖による支配だけじゃ限界がある)
盤面は常に変化している。勝利を掴むためには、クラスの奴らが一人一人、自分の頭で考え、動き、成長していく必要がある。
(どんな名目や機会だろうと、こうしてクラス全員で集まって士気を高める場があるのは、悪いことじゃねぇか)
俺が内心で一人納得していると、タイミングを見計らったように店員が入室し、既に注文されていた大量の飲み物や食べ物がテーブルに並べられていった。
皆がそれぞれのグラスを手に取ると、石崎が満面の笑みで俺の前に歩み寄り、マイクを差し出してきた。
「それじゃあ、乾杯の前に! 龍園さん、みんなに一言お願いします!」
「……チッ。調子に乗りやがって」
俺は悪態をつきながらも、差し出されたマイクを受け取った。
室内が静まり返り、全員の視線が俺へと集中する。
俺はゆっくりと立ち上がった。誰に言わされたわけでもない。ただ、心の奥底からスッと、自然と魂からの言葉が溢れ出てきた。
俺は不敵な笑みを浮かべ、静かに、しかし力強く呟いた。
「王は駆ける
影を振り切り
鎧を鳴らし
骨を蹴散らし
血肉を啜り
軋みを上げる
心を潰し
独り踏み入る
遥か彼方へ」
俺のその言葉がマイクを通して室内に響き渡った瞬間。
数秒の静寂の後、男子たちが堰を切ったように熱狂的な歓声を上げた。
「おおおっ!! 龍園さん!!」
「さすが龍園さんっ! マジでカッケーっす!!」
「俺たちもどこまでもついて行きますよ!!」
石崎や小宮たちが、目をキラキラと輝かせて拳を突き上げる。
女子たちも「なんかちょっと怖いけど、すごい迫力……」「今の龍園くんなら、本当にAクラスに連れて行ってくれそう」と、概ね好反応を示し、熱を帯びた瞳で俺を見つめていた。
だが、そんな狂熱に包まれた空気の中。
部屋の隅にいた伊吹だけが、ガタッと音を立てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと!? なんでアンタまで藍染の影響受けてるわけ!?」
伊吹が信じられないものを見るような目で俺を指差し、声を張り上げる。
「なんで急にそんな意味不明なポエム詠唱しだしたの!? アンタそういうキャラじゃなかったでしょ!!」
「あぁ? 俺が藍染の影響を受けてるだと?」
俺は伊吹の言葉を鼻で笑い飛ばし、鋭く睨みつけた。
「馬鹿なこと言いやがって。これは俺自身の魂から出た言葉だ。あんなポエマー野郎と一緒にするんじゃねぇ」
「そうだぜ伊吹! 何言ってんだよ!」
石崎も俺に加勢し、心底不思議そうに伊吹を見て笑う。
「龍園さんの言葉、めちゃくちゃ心に響いたじゃねぇか! あれのどこが藍染の真似なんだよ!」
「え、ええ……? なにそれ。これ、私がおかしいわけ……?」
周囲の冷ややかな反応に、伊吹が完全に混乱したように目を白黒させる。
さらに、金田が眼鏡をクイッと押し上げながら、恭しく頭を下げた。
「素晴らしいお言葉でした。ですが……龍園氏を『独り』にはさせません。私たちも、龍園氏が遥か彼方へ征くというのなら、どこまでも着いていきます」
「おう! 俺たちCクラスは一つっすよ!」
「うおおおおおっ!!」
金田の忠誠の誓いを皮切りに、石崎たちがさらに同調し、クラスの士気はもはや宗教的な最高潮へと達してしまった。
「…………頭がおかしくなりそう」
伊吹は両手で頭を抱え、フラフラとその場に座り込んだ。
「藍染のやつが生徒会長に就任してから、ますますこの学校おかしくなってんじゃないの……!? 前から時任みたいに影響されてるバカはいたけど、まさかアンタまであいつの毒牙にかかるとはね……!」
一人だけまともな感性を持ったまま、狂気的な熱気を放つ空間に取り残された伊吹。
そんな彼女の隣に、時任がすっと歩み寄り、静かに目を閉じたまま口を開いた。
「フッ……。何を案じている。貴様もこの大いなる奔流に身を任せるがいい」
「うっさい! 普通に喋りなさいよ気持ち悪いっ! ……それと、今日もこの後、ちゃんと付き合いなさいよ。最近文化祭の準備でサボり気味なんだから」
「……フッ。心得ている」
普段から時任を武道のスパーリング相手として扱っている伊吹が凄むと、時任は涼しげな笑みを浮かべて頷いた。
彼女の鋭いツッコミも虚しく、その声は石崎たちの「かんぱーい!!」という野太い歓声にかき消されていった。
その後も、俺が歌うわけでもないのに石崎たちが勝手に盛り上がり、女子たちもそれを見て笑い合うという、和やかで活気のある時間が続いた。
伊吹だけはずっと眉間に皺を寄せて烏龍茶を飲んでいたが、途中で退室することもなく、最後までその場に付き合っていた。
数時間後。
誕生日会を終え、一人で寮の自室へと戻った俺は、ソファにドカッと腰を下ろした。
テーブルの上には、石崎や金田、そしてクラスの奴らから押し付けられた様々なプレゼントの紙袋や箱が積まれている。
「……チッ。金田や石崎たちにはいっぱい食わされたな」
俺はため息をつきながら、手近にあった包みを順番に開けていった。
石崎や小宮たちからの包みを開けると、中から出てきたのは、龍の意匠が施されたやけにゴツいシルバーのネックレスや、悪趣味なスカルの指輪だった。
「……チッ。あいつら、俺をなんだと思ってやがる」
俺は毒づきながらも、次の包みへと手を伸ばす。金田からは使い勝手の良さそうな万年筆、女子たちからは小洒落たお菓子の詰め合わせと、まともな品も出てきた。
恐怖で支配していた頃には、決して得られなかったものだ。
「……たまには、こういうのも悪くねぇか」
俺はポツリと呟きながら、最後に残った一つの包みに手を伸ばした。
やけに渋い和紙で包まれた、分厚い箱。送り主の欄には『時任裕也』と書かれている。
「あいつのことだ。どうせ香炉だの扇子だの、時代錯誤なモンでも入れてやがるんだろ」
俺は呆れながら和紙を破り、箱の蓋を開けた。
しかし、中に入っていたのは予想に反し、黒々とした乾燥物が大量に詰め込まれた袋だった。
「……は? なんだこれ」
訝しげに袋を引っ張り出すと、底の方から一枚のメッセージカードが落ちてきた。
そこには、達筆な筆文字でこう記されていた。
『海の恵み、わかめ大使の加護があらんことを』
「…………」
俺はカードと、手に持った大量の『乾燥わかめ』を交互に見比べた。
「……なんで乾燥わかめなんだ……? ていうかワカメ大使って何だ……?」
意味不明すぎる贈り物に、俺の思考は完全に停止した。
あいつは一体、どこへ向かおうとしているのか。
俺は盛大な舌打ちを一つ落とすと、ワカメの袋をテーブルの端へ乱暴に放り投げた。
◇ ◇ ◇
グラウンドを吹き抜ける風が冷たさを増し、本格的な秋の深まりを感じさせる十一月。
いよいよ文化祭本番を今月中旬に控えた、十一月一日の朝。
我々二年Aクラスの教室は、本番に向けた熱気と心地よい疲労感に包まれていた。
(先月は生徒会の引き継ぎや屋台の設計で慌ただしく過ぎていったが、ようやく色々と形になってきたな)
俺が自席で静かにこれまでの進捗を振り返っていると、教室の扉がガラリと開き、担任である星之宮先生がいつものように軽快な足取りで入室してきた。
「みんな、おはよ〜! 文化祭の準備、放課後遅くまで残って着々と進めてくれてるみたいで先生も嬉しいな! ……でも、今日は本番に向けての重要な『追加説明』があるから、しっかり聞いてね!」
星之宮先生がそう言って教卓の端末を操作すると、黒板の中央にある大型モニターに『文化祭概要』と書かれたスライドが表示された。
「新しい説明に入る前に、これまでのおさらいとして文化祭の基本ルールを表示するから、確認が必要な子はよく見ておいてね〜」
【文化祭概要】
・学年ごとに使用できるポイントが異なるが、二年生には文化祭の準備のみで使用できるプライベートポイントが生徒一人につき五千ポイント与えられ、その範囲内で自由に活用できる。
・生徒会奉仕などの社会貢献、部活動での活躍による貢献などで追加資金が与えられる。
・初期資金と追加資金は売り上げに反映されないため、未使用の場合は没収となる。
・順位報酬:
一位〜四位のクラスは +100cp
五位〜八位のクラスは +50cp
九位〜十二位のクラスは 変動なし
(うん。ここはもう大丈夫だな。クラスの皆もしっかりと把握できているだろう)
私はモニターに映し出されたルールを眺めながら、静かに思考する。
準備資金は限られているため、いかにコストを抑えてクオリティの高い出店やパフォーマンスができるかが勝負の鍵となる。
「ここまではみんな大丈夫かな? それじゃあ、お待ちかね! この『追加資金』について、詳細が決まったから発表します!」
星之宮先生が再びタブレットを操作すると、モニターの画面が切り替わり、クラスメイトたちの名前と、その横に付与されたポイントの数値が一覧となって表示された。
『一之瀬帆波・生徒会役員ボーナス:10000ポイント』
『藍染惣右介・生徒会役員ボーナス:10000ポイント』
「おおっ! 一之瀬と藍染ですでに二万ポイントか!」
「すげぇ! これめちゃくちゃデカいじゃん!」
柴田たちが歓声を上げる。
モニターをさらに下へスクロールしていくと、柴田や安藤、津辺といった運動部でレギュラーとして活躍している生徒たちにも、それぞれ三千ポイント前後の『部活動活躍ボーナス』が付与されていた。
他にも、十人ほどの生徒が数百から数千ポイントの追加資金を獲得している。
(なるほど。この感じなら、役員として多忙な生徒会業務をこなしている俺と一之瀬の10000ポイントが、事実上の最大値ってことかな)
私はリストの中に、愛しの恋人の名前を見つけて目を細めた。
(ひよりのように、図書室で司書さんの手伝いをしているような地道な社会貢献も、1000ポイントではあるがしっかりと反映されているのか。真面目に学校生活を送ってきた生徒が報われる、良いシステムだ)
「みんなのポイントを合計すると、Aクラスとしてはトータル『37600ポイント』の追加資金を獲得したことになります!」
「やったぁ! これで衣装の種類、もう少し増やせそうじゃない!?」
「うん! 屋台の食材や資材の在庫も、これだけあればかなり増やせるね!」
小橋や津辺が嬉しそうに声を弾ませ、一之瀬も「みんなが普段から頑張ってくれてるおかげだね!」と満面の笑みでクラスメイトたちを労っている。
私も、鉄板焼き屋台で扱う食材の仕入れ量を増やせることに内心でガッツポーズをしながら頷いていた。
「先生、他のクラスの追加資金はどれくらいなんですか?」
浜口が冷静な声で尋ねると、星之宮先生は少しだけ困ったように頬を掻いた。
「詳しい内訳を教えることはできないんだけど、トータルポイントだけなら教えてあげるね。えーっと……Bクラスは18800ポイント、Cクラスは17000ポイント、Dクラスは39400ポイントを獲得しています!」
「えっ!? Dクラスが一番多いの!?」
網倉が驚いたように声を上げる。
(なるほどな。生徒会役員が二人いるうちのクラスが一番多いかと思っていたけど、Dクラスがトップか)
少し意外ではあったが、すぐに合点がいく。
(Dクラスには、生徒会役員の堀北の10000ポイントがある。それに加えて、バスケ部でエース級の活躍をしている須藤や、水泳部で一年生の時から活躍している小野寺……部活動での貢献度が、学校全体の中でも頭ひとつ抜けている生徒たちには、10000ポイントかそれに近いポイントが支給されているのだろうな)
Aクラスは全体的に真面目で部活動にも参加している生徒は多いが、須藤や小野寺のように『突出した結果』を残しているトップアスリート層は少ない。その差が出た形だ。
とはいえ、十分すぎるほどの追加資金を得たことに変わりはない。
「それから、当日に来てくださる『来賓』についての詳細も発表します! 来賓としてお招きするのは、この学校の運営に関わっている方々とそのご家族。それから、いつもみんながお世話になっているケヤキモールで働いている方々の招待も決まりました!」
モニターが円グラフに切り替わり、来場者の年齢別の割合が発表される。
三十代、四十代が割合としては最も多く、次に二十歳未満の子供たち、そして五十代と続いている。
「来賓する成人の方には一人当たり10000ポイント。未成年の方には5000ポイントが学校側から支給されます。今回は成人が283名、未成年が202名。合計で485名の方々が参加されます!」
(支給されるポイントの総額は、384万ポイント。これが文化祭の市場に出回るわけか)
私が市場規模を計算していると、星之宮先生がウインクをして補足した。
「それから、この人数の中には私たち教師陣も含まれているんだけど……残念ながら、担任教師は自分が担当する学年の出し物ではポイントが使えないことになっています。だから、先生はみんなの屋台で美味しいご飯を食べられないの。ごめんね?」
星之宮先生が冗談めかして唇を尖らせる。
だが、私の思考は彼女の言葉の裏にある、もう一つの『可能性』へとシフトしていた。
(合計485名。……かなりの人数の大人が、外部からこの閉鎖された学校の敷地内へと足を踏み入れることになるのか)
月城が理事長代理の座から去り、彼が送り込んだ一年生の刺客たち――天沢と八神も無力化した以上、ホワイトルームからの直接的な干渉の可能性は低いとは思う。
だが、可能性は決してゼロではない。
文化祭の喧騒に乗じて、外部の来賓に紛れ込んだ『清隆を狙う新たな刺客』が接触を図ってくる可能性は十分に考えられる。
(俺は当日、鉄板焼きの屋台の責任者として、休憩時間以外で現場を離れることはできない。……清隆ならそのくらいの危険性は当然わかっているだろうが、念のため、事前に警戒するよう伝えておくか)
「最後に決済方法についてだけど、当日は来賓の方々の端末に入っている専用アプリを用いて行います! 常時リアルタイムで売り上げを学校側が把握するシステムになってるから、不正はできないよ〜。それから、文化祭が終了する16時にはアプリは自動的に使用できなくなるから、時間の管理には十分気をつけてね!」
星之宮先生の詳しい説明が終わり、ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「さあ、みんな! 文化祭本番まであと少し! 悔いの残らないように、最高のお祭りにしようね!」
星之宮先生の明るい声に、クラスの熱気が一段と高まる。
高度育成高等学校として初めての試みである一大イベント『文化祭』。
その熱狂の幕開けは、もうすぐそこまで迫っていた。