いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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百四十三話

 十一月三日の朝。

 

 文化祭の準備期間も中盤に差し掛かった頃、学校の掲示板や生徒たちの端末に『三年Aクラスが、明日から体育館にてお化け屋敷のプレオープンを行う』という情報が出回った。

 

 ちょうど同じタイミングで、私の端末にも見慣れた名前からのメッセージが届いていた。

 

『よう、藍染。明日の放課後からプレオープンをやるんだが、手が空いてるなら参加してみないか?』

 

 南雲雅からの、直接のお誘いだった。

 私は自室でコーヒーを啜りながら、画面を見つめて静かに思考を巡らせた。

 

(なるほどな。……相馬先輩たちが必死に食らいつこうと頑張っているとはいえ、この時期であのポイント差はすでに絶望的だ)

 

 南雲率いる三年Aクラスの『Aクラスでの卒業』は、もはや九分九厘決まっていると言っても過言ではない。

 

(せっかくの高校生活最初で最後の文化祭だから、もう順位や売上といった勝ち負けではなく、クラスメイト自身が楽しめること……そして、来賓の子供たちを楽しませることを最優先にしたってことか)

 

 南雲らしい、王者の余裕を感じる選択だ。

 

 私は端末をポケットにしまうと、カバンを手にして部屋を出た。

 

(明日の放課後なら、ひよりも練習の合間を縫えるかもしれない。少しくらいならいい息抜きになるだろうし、誘ってみよう。せっかくだから、一之瀬や神崎たちも呼んで、上級生がどんな出し物をするのか見学するのも悪くないな)

 

 そんなことを考えながら、私は寮の一階へと降りた。

 

 エントランスのソファーに腰を下ろし、静かに本を開いて待っていると、やがて小走りで駆け寄ってくる可愛らしい足音が聞こえた。

 

「おはようございます、惣右介くんっ。お待たせしました!」

 

 ひよりがパッと顔を輝かせて、嬉しそうに微笑みかけてくる。

 

 私は本を閉じて立ち上がり、オサレな笑みを作って口を開いた。

 

「――おはよう、ひより。旧き王より、仄暗き迷宮への招待状が届いたのだが……明日、もし君の歩む道に一時の休息が許されるのなら、共に深淵を覗いてはくれないか? 尤も、君が紡ぐ舞の時間を奪ってまで強要するつもりはない」

 

(訳:おはよう、ひより! 明日の放課後、南雲先輩からお化け屋敷のお誘いが来たんだけど、よかったら一緒に行かない? もちろん練習のスケジュール次第だし、無理する必要はないよ)

 

「お化け屋敷、ですか。……帆波ちゃんたちと相談しないといけませんが、とても楽しそうですねっ!」

 

 私のポエムを瞬時に、かつ正確に解読したひよりは目を細める。

 

 そして、少しだけ心配そうな瞳で私を見上げてきた。

 

「ふふっ。惣右介くんこそ、生徒会の仕事もこなしつつでとても忙しくしているのでしょう? 帆波ちゃんも、惣右介くんに負担をかけてしまって申し訳ないと言っていましたよ」

 

「――案ずるな。太陽が雲間に身を隠そうとも、私が天に立つ限り、この盤上に闇は訪れない。彼女が再び光を放つまで、私が秩序を律するだけの事さ。それに……私が見定めた優秀なる代行者たちが、一切の淀みなく盤面を掌握している。危惧するような綻びなど、どこにも存在しないよ」

 

(訳:一之瀬も練習で忙しいからね、その間の仕事くらいは俺がやるさ。屋台の方は新浦や津辺がよくみんなをまとめてくれているし、順調に進んでいるから心配ないよ)

 

 私とひよりは、そんな穏やかなやり取りを交わしながら学校へと向かった。

 

 教室に到着すると、すぐに一之瀬と神崎の元へ行き、明日のプレオープンの件を相談する。

 

「うん! いいんじゃないかな!」

 

 一之瀬は両手を合わせて、明るく賛同してくれた。

 

「南雲先輩たちがどんな出し物をするのか凄く気になるし、私たちにとってもお客さんへの対応とか、すごく良い勉強になると思うからね!」

 

「――ああ。俺たちの紡ぐ旋律も、深淵の底から響く準備は整いつつある。少しくらいなら、休息を挟むのも悪くないだろう」

 

 神崎が、前髪をかき上げながら同意する。

 

 すると、すかさず一之瀬が笑顔のままスッと目を細め、静かな圧を込めて凄んだ。

 

「……神崎くん?」

 

「っ……す、すまない」

 

 一之瀬の底冷えするようなツッコミに、神崎は僅かに顔を引きつらせて咳払いをする。

 

 こうして、明日の放課後にAクラスの数名で、三年生のお化け屋敷のプレオープンへと見学に行くことが決まった。

 

 

 

 

 そして翌日、十一月四日の放課後。

 

 私は、ひより、一之瀬、神崎の三人と連れ立って体育館へとやってきた。

 

 広々とした体育館の中央には、巨大な暗幕とパーティションで作られた、迷路とお化け屋敷を融合させたような巨大な建造物がそびえ立っていた。

 

(まだ中には入ってないけど、外観の時点でかなりの作り込みだな)

 

 私は静かに分析する。

 

(来賓には未成年の子供や家族連れのお客さんも多いし、かなり人気を集める出し物になるだろうね。ただ、この規模の仕掛けと運営に人員を完全に集中させている以上、効率よく客を回転させて売上を競うような、順位争いのライバルにはならない)

 

 南雲先輩たちが文化祭の『勝負』に本格的に参加しないというのは、クラスの売上を狙う私たちにとっては大きなアドバンテージだ。だが、それと同時に、少しばかり寂しさも感じていた。

 

「よう! 藍染。一之瀬たちも本当に連れてきてくれたんだな」

 

 入り口付近で受付の準備をしていた南雲が、私たちに気づいて気さくに手を挙げる。

 

「こんにちは! 南雲先輩!」

 

「――人の手が生み出した幻は、時として現実よりも鮮やかなものだ。楽しませてもらうとしよう」

 

 一之瀬の元気な挨拶に続き、私がオサレに会釈をする。ひよりや神崎も丁寧に頭を下げた。

 

「ははっ、相変わらずだな。……クラスの連中が、本番に向けて全力で作り上げたものだ。存分に楽しんでいってくれ。終わった後にまたここに戻ってきて、アンケートにだけ答えるように頼むぜ」

 

「「「はいっ!」」」

 

 全員で返事をし、いよいよ内部へと足を踏み入れる。

 

 まずは一之瀬と神崎のペアが先に入り、少し時間を置いてから、私とひよりの順番となった。

 

 私たちは自然と手を繋ぎ、薄暗い入り口のカーテンをくぐった。

 

 中は外から見るよりも遥かに本格的な作りになっていた。

 

 計算された不気味なBGM、わずかな足元灯だけの視界、そして廃病院を思わせる精密な大道具の数々。

 

(すごいな……。三年Aクラスの技術力と企画力の高さは素直に感心する。これだけのものを一から組み上げるのは、相当な統率力が必要だ)

 

 私が冷静に内装のクオリティを分析しながら歩いていると、突然、横のロッカーから血まみれの白衣を着たお化けが飛び出してきた。

 

「ひゃっ……!」

 

 ビクッと肩を揺らしたひよりが、私の腕にギュッと抱きつき、繋いでいた手をさらに強く握りしめてくる。

 

 怯える小動物のように私に身を寄せるひよりの愛らしさに、私の心臓は恐怖とは全く別の理由で激しく跳ね上がった。

 

「す、凄いクオリティですね……。凄くドキドキしてしまいます……っ」

 

 ひよりが上目遣いで私を見上げてくる。

 

 その破壊力に脳を焼かれそうになりながらも、私は完璧な強者の笑みを浮かべて、彼女を安心させるように優しく告げた。

 

「――畏れることはない。私がいる限り、いかなる闇の住人も君に触れることは叶わない」

 

「ふふっ。惣右介くんなら、本物のお化けが出てきても、あっという間に倒しちゃいそうですねっ!」

 

 私のオサレな言葉に緊張が解けたのか、ひよりがクスリと笑う。

 

(いやいや! 本物のお化けはダメよ!? 俺の外面がビビることはないだろうけど、内心では普通にビビりまくっちゃうからね!? 今もひよりの前だからカッコつけて平静を装ってるだけだからね!?)

 

 内心で全力の情けないツッコミを入れつつ、私は涼しい顔のまま、ひよりをエスコートして迷路を進んでいった。

 

 その後も、お化けが現れるたびにひよりの可愛らしい反応を存分に堪能しつつ、お化け屋敷のクオリティを満喫して、私たちは無事にゴールへと辿り着いた。

 

 出口を抜け、アンケート用紙が置かれた長机へと向かうと、そこには南雲が待っていた。

 

「どうだった? なかなかのものだろう?」

 

 自信ありげに笑う南雲に、私はアンケートを記入しながら頷いた。

 

「――魂を震わせる、見事な幻影だった。……だが、幻影に惑わされた幼き者たちが、現実の刃にその身を傷つけることは本意ではないだろう? 迷宮の足元には、もう少しばかりの慈悲と、道を照らす光が必要かもしれないね」

 

「……なるほどな。確かに、俺たち高校生の歩幅や視界で作っていたから、小さい子供の安全性については少し盲点だった。その辺りは気をつける必要があるな」

 

 南雲が感心したように顎に手を当てて頷く。

 

「いい意見、助かるぜ。さっそく内装班に修正を指示しておく」

 

「――君たちの創り上げる宴が、より完璧なものとなることを願っているよ」

 

 その後も少しだけ準備の進捗について言葉を交わすと、私はひよりたちを連れて、体育館の外へと歩み出した。

 

 徐々に冷たさを増していく秋風を肌に感じながら、本番に向けた静かな高揚感が、胸の奥でじんわりと熱を帯びていくのを感じていた。

 

 

 

 

 次の日、十一月五日の放課後。

 

 私はアイドル組の練習に出ている一之瀬の分まで生徒会の仕事をささっと終わらせるため、新浦と津辺に的確な指示を出し終えた後、生徒会室へと向かった。

 

 扉を開けると、そこには二年生の堀北と、一年生の天沢、要、七瀬の四人が集まり、それぞれパソコンや書類と睨み合っていた。

 

 この時期、生徒会役員たちは自分たちのクラスの文化祭準備と生徒会の業務を掛け持ちしており、皆が慌ただしく動き回っている。

 

「――よく集った。君たちの魂の輝きが、この静寂の玉座を幾重にも照らしている」

 

(訳:みんな、今日も文化祭の準備で忙しいのにお疲れ様!)

 

 私がオサレに労いの言葉をかけると、後輩たちや堀北が作業の手を止めて挨拶を返してきた。

 

「ははっ! 藍染先輩におかれましても、激務の折、大変お疲れのことと存じます!」

 

「あ、藍染先輩! お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です、藍染せぇんぱい!」

 

「……ええ。お疲れ様」

 

 直角の最敬礼をかます要をはじめ、全員が揃っていることを確認した私は、書記の仕事をしている七瀬のデスクへと近づいた。

 

「――七瀬。盤上の駒たちが演ずる『偽りの狂宴』への招待状……その言の葉はすでに紡がれているかな?」

 

(訳:七瀬。文化祭前日の予行演習について、掲示板への掲載文はもう作れたかな?)

 

「……?」

 

 私のポエムに対し、生真面目な七瀬はパチクリと瞬きをして、完全に首を傾げてしまった。

 

 すると、すかさず傍らで作業をしていた要が立ち上がった。

 

「七瀬! 藍染先輩は『文化祭前日の予行演習について、掲示板への掲載文はもう完成しているか』と尋ねておられるんだ!」

 

「あ、はいっ! 予定通り、八日の月曜日には掲示板とアプリに載せるつもりです!」

 

 要の完璧なアシストを受け、七瀬がピンと背筋を伸ばして報告する。

 

「――見事だ。君の歩みは、一切の淀みなく私の道を均してくれているね」

 

(訳:うん! 仕事が早くて助かるよ!)

 

 私が満足げに頷くと、会計監査の天沢が、クルリと椅子を回転させて小悪魔的に笑った。

 

「でもさー、予行演習って言っても、ポイントに余裕のあるクラスはともかく、参加しないクラスもあるかもね〜」

 

「それならそれで構わないわ。参加するかどうかは、各クラスの判断に委ねればいいもの」

 

 堀北が、手元の会計資料から目を離さずに淡々と答える。

 

「――堀北の言う通りだ。此度の偽りの狂宴は、各々が自らの血肉を削って臨む修羅の道。強要はしない。自らの意志で盤面に立つ者だけが、その熱狂を享受すればいい」

 

(訳:うん。堀北の言う通りだよ。本番と違って、食材やら資材やらは各クラスの持つプライベートポイントを使わないといけないからね。そこは各クラスの自主性に任せるよ)

 

 私は手元の書類からふと顔を上げ、生徒会役員たちへと視線を向けた。

 

(……本番ではみんな自分のクラスの出し物にかかりきりで、他を見て回る余裕なんてないからね。予行とはいえ、他クラスの出し物を実際に体験して、みんなが少しでも楽しめる時間になるといいんだけどね)

 

 私はそんな平和な思考を胸の内で転がしながら、静かに役員たちを見渡した。

 

 すると、私の向かいに座る堀北は、呆れたように小さく息を吐いてからジロリとこちらを見上げる。

 

「それにしても……あんなに早くから屋台の準備を始めたり、視聴覚室をポイントで貸し切ったりするなんて余裕ね。他のクラスに出し物がバレると思わなかったの?」

 

 事実、野外に大規模な屋台を建て、一部の生徒が視聴覚室に篭っている以上、他クラスからはすでにAクラスが何をするか大まかな推測が立てられているだろう。

 

 だが、私は全く意に介さず、不敵な笑みを浮かべた。

 

「――油断もしよう。警戒する必要が最早無いのだ」

 

(訳:バレても問題はないからね! 広い場所はすでに俺たちと三年Aクラスが確保しているし、練習にも時間がかかるからね)

 

 私の傲慢な返答に、堀北は呆れたように肩をすくめ、天沢は「あははっ、相変わらずかっこいいねぇ藍染せんぱいは」とケラケラ笑っていた。

 

 私は彼女たちの反応に内心で苦笑しつつ、自らのデスクへと向かい、残っていた一之瀬の分の書類仕事を驚異的なスピードで片付けていった。

 

 

 

 校舎を出て、Aクラスの屋台スペースへと足を運ぶ。

 

 そこには、設計図通りに組み上げられ、ほぼ完成形となった立派な鉄板焼きの屋台とドリンクの屋台が鎮座していた。

 

 新浦や津辺を中心に、クラスメイトたちが看板の固定や最後の装飾類の確認を行っている。

 

「――大義だ。君たちの手で築かれたこの鋼の城は、必ずや天を衝くほどの熱を帯びるだろう」

 

(訳:みんな、遅くまで準備お疲れ様!)

 

「「「おおっ! 藍染、お疲れ!!」」」

 

 彼らの労いに応えつつ、私は自らハンマーを手に取り、僅かに角度が歪んでいた看板の釘を寸分の狂いなく打ち直す。さらに、数人がかりで運ぼうとしていた重厚な鉄板を片手で軽々と持ち上げ、屋台の定位置へと完璧にセッティングしてみせた。

 

「す、すげえ……」

 

「相変わらずのパワーだな……サンキュ、藍染!」

 

「――造作もない。盤面を整えるのも王の務めだ」

 

(訳:これくらい任せて! 筋トレ代わりになるしね)

 

 屋台の最終確認と仕上げの手伝いを終えた私は、校内のコンビニエンスストアでスポーツドリンクと軽食を大量に買い込むと、まずは校舎の視聴覚室へと向かった。

 

 重厚な防音扉を開けると、中からは激しくも洗練されたバンドの重低音が響き渡っていた。

 

 ギターボーカルの姫野、ベースの神崎、ドラムの浜口。

 

 彼らの演奏がちょうど一区切りついたところで、私は差し入れの袋を持ち上げて見せた。

 

「――渇きを癒すがいい。君たちの紡ぐ旋律が、より深く世界を震わせるための糧となるようにね」

 

(訳:お疲れ様! 飲み物とおやつ買ってきたよ!)

 

「おお、藍染くん! わざわざ差し入れまで、ありがとう」

 

 浜口が額の汗を拭いながら嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

 すると、ベースを抱えた神崎が、前髪をファサッとかき上げながら、どこか遠くを見るような瞳で口を開いた。 

 

「――聴こえたか? 姫野。俺の指先が奏でるこの重低音(パルス)が。深淵より這い寄る魂の慟哭を、今ここに現出させてみせよう」

 

「……はぁ。また始まったよ。神崎くんの慟哭はどうでもいいから、さっさと次の曲のリズム合わせるよ」

 

 完全にオサレ病をこじらせた神崎のポエムに、姫野が心底呆れたようなジト目を向け、冷酷に切り捨てる。

 

(神崎ィィィ! 一之瀬がいないからって絶好調だな!? 姫野がすごい疲れた顔してるよ!?)

 

「あ、藍染くん。せっかくだから一曲聴いていってよ。客観的な感想が欲しいの」

 

「――いいだろう。君たちの魂の慟哭、しかと聴かせてもらおう」

 

(訳:いいよ! どんな感じに仕上がってるか楽しみだね!)

 

 姫野のカウントから、三人のセッションが始まった。

 

 荒削りながらも熱を帯びた神崎のベースライン、浜口の安定したドラム、そして何より、普段の大人しい姿からは想像もつかないほど力強く、伸びやかな姫野のボーカル。

 

 想定を遥かに超えるクオリティの高さに、私は静かに耳を傾けた。

 

「……どう、かな?」

 

 曲が終わり、姫野が少し息を吐いてギターを下ろす。

 

「なんだか本番が近づいてきて……本当に私たちだけで上手くやれるのかなって、少し不安になってきて……」

 

 弱音を零す姫野に、私は不敵な笑みを向ける。

 

「――生き物というのは不思議でね。その矮小な心で願う程度の事は、実現できるようにできている」

 

(訳:不安になる必要はないよ! みんなで成功させたいって強く願って練習してきたんだから、絶対に上手くいくさ)

 

 私の言葉に、姫野がハッと顔を上げる。

 

 その瞳の奥に宿っていた迷いを拭い去るように、私は続けて告げた。

 

「――見事な旋律だった。偽りのない熱を孕んでいる……これほどの熱を宿した音が、盤面を支配しない道理がない」

 

(訳:凄くかっこよかったよ! これなら本番も絶対に盛り上がるし、大丈夫だよ!)

 

「……ふふ、サンキュ」

 

 私の言葉に、姫野が少しだけ顔を綻ばせた。

 

 その表情から迷いが消えたのを見届け、私は視聴覚室を後にした。

 

 

 

 続いて向かったのは、ケヤキモール内にあるカラオケ店。

 

 防音がしっかりしている大きめのパーティールームでは、一之瀬、ひより、網倉、白波、小橋の五人によるアイドル組が、フォーメーションの確認とダンスの練習に励んでいた。

 

「――天界の舞に興じる乙女たちよ。少しばかり、羽を休める時だ」

 

(訳:みんな、練習お疲れ様。少し休憩にしようか!)

 

「あ、藍染くん! 差し入れありがとうー!」

 

 私がドリンクとお菓子をテーブルに並べると、女子たちは「わーい!」「助かるー!」と集まってきた。

 

 その中から、一之瀬が少しだけ申し訳なさそうな顔で私の前に立つ。

 

「藍染くん、今日もごめんね。生徒会の仕事、私の分までやってもらっちゃって……」

 

「――太陽がその身を隠すのは、輝きを失ったからではない。より強く光る、その時を待っているだけだ。君はただ、自らの光を磨けばいい」

 

(訳:気にしないで!生徒会の仕事は俺に任せて、一之瀬は歌とダンスの練習に集中して!)

 

「ふふっ、ありがとう、藍染くん! それじゃあ、お礼に私たちの完成したダンス、お客さん第一号として見ていってよ!」

 

 一之瀬の提案で、五人がフォーメーションを組む。

 

 センターに立つ一之瀬を軸に、その横にひよりと網倉、さらに両端を小橋と白波が固める。

 

 曲が流れ始めると、彼女たちは息の合ったキュートなダンスと、明るい歌声を披露してくれた。

 

 笑顔を絶やさない一之瀬、アイドル顔負けの愛嬌を振りまく小橋や網倉、白波。

 

 全体的に非常に高いクオリティに仕上がっていたが――私の視線は、センターのすぐ横で一生懸命にステップを踏む、一人の少女に釘付けになっていた。

 

(……っ! 天使! やっぱりうちの彼女は世界一の天使だ!! 誰だこの振り付け考えたの!? 天才か!?)

 

 慣れないダンスに少しだけ頬を染めながらも、一生懸命にリズムに乗ろうとするひよりの可憐さに、私の脳内は完全に沸騰していた。

 

 曲が終わると、ひよりが少し息を弾ませて私の元へちょこんとやってくる。

 

「ど、どうでしたか、惣右介くんっ」

 

「――目を奪われ、心を囚われ、抗うことすらできない。美しいものほど、手に取ることは叶わない――君の舞は、まさに鏡花水月のようだ」

 

(訳:すっごく可愛かったよ! 本番が楽しみだね!)

 

 私がオサレな微笑みで告げると、横から小橋がニヤニヤしながら近づいてきた。

 

「え〜? 藍染くん、絶対ひよりちゃんのことしか見てなかったでしょ〜?」

 

「あはは、確かに! 藍染くんの視線、ずっとひよりちゃんに固定されてたもん!」

 

 網倉も同調してケラケラと笑う。

 

 どうやら、私がひよりばかりを見ていたことは完全に見抜かれていたらしい。

 

 私は内心で冷や汗をかきながらも、決して余裕の態度は崩さず、フッと静かに目を伏せた。

 

「――幾千の星が夜空を飾ろうとも、私の目に映る月はただ一つ。……それ以外に理由が必要かな?」

 

「「「きゃーっ!」」」

 

 私の迷いのないオサレな肯定に、女子たちは黄色い歓声を上げて盛り上がる。

 

 ひよりは「そ、惣右介くん……っ」と顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。

 

 賑やかな笑い声が響くカラオケのパーティールーム。

 

 私は手にしたドリンクの結露の冷たさを感じながら、充実した疲労感と確かな熱気の中で、静かに口角を上げていた。

 

 

 

 





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