いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
吐く息も白く色づき始めた早朝。私たちは大きなキャリーケースを引きながら、クラスごとに手配された大型バスへと乗り込んだ。
行き先は羽田空港。そこから空を飛び、待ちに待った修学旅行の舞台である『北海道』へと降り立つことになっている。
暖房の効いたバスの車内で、私はひよりの弾むような声に導かれ、彼女と隣同士の席に腰を下ろした。
ひよりは白いダッフルコートに淡いブルーのマフラーを巻き、いつも以上に愛らしい装いで、窓の外を流れる冬の景色を眺めては目を輝かせている。
私はそんな彼女の横顔を微笑ましく見守りつつ、手元の端末を取り出した。
画面に表示されているのは、先ほど学校側から通知された『修学旅行のグループ分け』の一覧である。
(……結局、ひよりとは別のグループになってしまったか)
私は内心で小さく息を吐きながら、自分に割り当てられた【第七グループ】のメンバーリストに目を通した。
【第七グループ】
・二年Aクラス:藍染惣右介、姫野ユキ
・二年Bクラス:里中聡、森下藍
・二年Cクラス:山田アルベルト、伊吹澪
・二年Dクラス:外村秀雄、長谷部波瑠加
(……どういう基準で選ばれているか、全く分からないな)
私はリストを見つめながら、静かに思考を巡らせる。
先日の『学年全員のリスト作成』がこのグループ分けの基礎になっていることは間違いない。
(俺がつけた番号の中でも、上位につけた生徒もいれば、下位につけた生徒も混ざっているな……)
ちなみに、私がこの第七グループのメンバーにつけたアンケートの番号は以下の通りだ。
姫野5番、里中14番、森下8番、アルベルト4番、伊吹15番、外村35番、長谷部22番。
「惣右介くん。グループは違ってしまいましたけど……旅館の自由時間では、一緒に過ごしましょうね」
私がリストと睨めっこしていると、ひよりがふわりと微笑みながら声をかけてきた。
「――ああ。道が二つに分かれるなら、それぞれの空を見上げればいい。やがて同じ場所へ辿り着いた時、見た景色の数だけ、笑顔は増えているだろう」
(訳:うん!旅館では一緒に遊ぼう。ひよりのグループも楽しく過ごせるいいね!)
「はいっ!」
(……ひよりのグループには、うちのクラスの柴田や、Dクラスの軽井沢さんたちがいるから安心だな)
最近は清隆が軽井沢さんや佐倉さんたちを連れて私の部屋に遊びに来ることもあり、ひよりもすっかり彼女たちと仲良くなっている。気の知れた女子が同じグループにいるというのは、大きなアドバンテージだ。
「はぁ〜…………」
私が内心で安堵していると、通路を挟んだ隣の席から、深くて重いため息が聞こえてきた。
視線を向けると、同じ第七グループになった姫野が、心底疲れたような顔でため息をついていた。
ちなみに、彼女の隣の席に座っている初川は、修学旅行が楽しみであまり眠れなかったのか、バスに乗って数分ですでに爆睡している。
「姫野さん、どうされたんですか? 気分でも悪いんでしょうか?」
ひよりが心配そうに身を乗り出して尋ねると、姫野は再び「はぁ」とため息をついた。
「……椎名さん。ううん、車酔いとかじゃないの。ただ……私たちのグループ、色々とキャラが濃すぎない? 男子も女子も……」
「確かに個性的な方々が多いですね。でも、惣右介くんがいるので大丈夫ですよっ」
「…………どう考えても藍染くんが一番濃いよ」
「えっ?」
「男子なんて、藍染くんに、英語の山田くんに、『ござる』の外村くんでしょ? ……まともな会話が出来る男子が里中くんだけじゃない?」
「そ、そうでしょうか……?」
「女子の方もね……。森下さんは相変わらずマイペースだろうし……まあ、あの子とはたまに遊ぶから扱い方は分かるんだけどさ。伊吹さんは間違いなく藍染くんに突っかかるでしょ? 長谷部さんはよく知らないけど……とにかく、あちこち振り回される気しかしないんだけど……」
姫野は絶望的な未来を想像したのか、げっそりとした顔で肩を落とした。
(姫野ォォォ!? 『一番濃い』とか言わないで!?……いや、あんまり否定は出来ないけども!?)
私は内心で激しくツッコミを入れつつも、外面のオサレな笑みは決して崩さずに静観した。
「……ふふっ。ごめんね、別に藍染くんと同じグループなのが嫌なわけじゃないから、安心して。……それより椎名さん、本当にいいの? 私は全然、グループを代わってもいいんだけど」
「いいんです。かなりの額のプライベートポイントが掛かってしまいますからね。それに……」
ひよりはチラリと私を見上げ、少しだけ頬を染めて微笑んだ。
「高校を卒業したら、今度は二人だけで北海道に行く約束をしたんですっ」
「あー、なるほどね。ごちそうさま」
姫野は少しだけ呆れたように笑うと、再び私の方へと視線を向けた。
「でも、二人のこれまでのクラスへの貢献度からすれば、そのくらいの我儘ならクラス貯金から出しても、誰も文句言わないと思うけどね。一之瀬さんだって快くオーケーしたはずだよ」
「――君の心遣いには感謝しよう。だが、望んだ場所へ辿り着けなかったからといって、嘆く必要はない。こうして君と同じ道を歩むことになったのも、一つの縁だ。ならば、この旅を楽しむとしよう」
「ふふっ。『お気遣いありがとうございます。ですが、個人の我儘でクラスのお金を使わせるわけにはいきませんからね。ひよりとグループが違うのは残念ですが、修学旅行自体はとても楽しみです。姫野さんも同じグループになったことですし、一緒に楽しみましょうね』と仰っていますっ」
「……うん、そうだね。まあ、あまり気負わずにいくわ」
ひよりの完璧な翻訳を通して私の意図を受け取った姫野は、小さく息を吐き、少しだけ表情を和らげた。
(……姫野が同じグループなのは、本当に安心だな。クラスの女子の中なら、ひよりを除けば一之瀬と姫野が一番俺のポエムの意図を汲み取ってくれるからな)
私は少しホッとしつつ、座席の背もたれに体を預けた。
バスの中は、思い思いに会話を楽しむ者、トランプで遊ぶ者、初川のように眠りこける者など、修学旅行特有の和やかで浮き足立った空気に包まれていた。
やがて、バスが羽田空港のターミナルへと近づいてきた頃。
一番前の席に座っていた一之瀬が立ち上がり、備え付けのマイクを手に取った。
「みんなー! もうすぐ羽田空港に着くよー! 北海道に着いてからは、グループ別の行動になるけど、ルールを守ってしっかり楽しんで帰ろうね!」
一之瀬の明るい声に、クラスメイトたちから「おーっ!」と元気な返事が上がる。
「それから、グループが違っても、もし他クラスの子と何かトラブルになりそうだったり、困ったことがあったら、すぐに私か神崎くんに教えてね! みんなで協力して、最高の思い出を作ろう!」
一之瀬がニコリと笑ってマイクを神崎に渡す。
神崎は真面目な顔でマイクを受け取ると、少しだけ声を低くして告げた。
「一之瀬の言う通りだ。修学旅行とはいえ、これまで交流のない他クラスの生徒たちとも深く関わる機会になる。これを機に、龍園や坂柳が今後の特別試験に向けて、各クラスの内情を探るべく何かを仕掛けて来る可能性もあるからな。些細なことでも、何か違和感があればすぐに報告してくれ」
「「「はーい!」」」
(うん。一之瀬が明るくみんなをまとめて安心させて、神崎が適度に気を引き締める。……相変わらず、いいコンビネーションだね)
私は二人の完璧な役割分担に、内心で静かに拍手を送った。
(……それにしても、体育祭や文化祭の時は酷い有様だったが、神崎も最近はオサレ病がかなり落ち着いてきたな。今回の修学旅行で手綱役の一之瀬と離れることで、再発するかもしれないけど……)
もっとも、神崎の言葉にも一理ある。少人数のグループで長時間行動する以上、他クラスにスパイを仕込んだり、情報収集を行ったりするには打ってつけの環境だ。
とはいえ、私たちのクラスから裏切り者やスパイが出ることは絶対にないし、他クラスもせっかくの修学旅行中にそこまでするかは疑問だ。戦略を立てるにしても、各クラスの現在の人間関係や、OAAでは測れない能力、性格の傾向を探る程度のものだろう。
(龍園は分からないが、清隆や坂柳の様子からして、露骨な工作も無さそうではあるがな)
清隆は初めての修学旅行へのウキウキ感を隠しきれていなかったし、坂柳も先日チェスを指した時に「友達が出来てからは初めての修学旅行ですので、とても楽しみです」と、年相応の無邪気な笑みを浮かべていた。
(俺としても、修学旅行くらいは難しいことを考えずに、思いっきり遊びたいものだ。せっかく新しく友達が出来るチャンスでもあるしな)
私は窓の外に見えてきた広大な滑走路を眺めながら、これから始まる北の大地での日々に、静かに胸を高鳴らせていた。
――そして、数時間後。
飛行機は無事に空の旅を終え、私たちはついに修学旅行の舞台である北海道へと降り立った。
私たち第七グループを含む、第六から第十グループまでの生徒たちは、担当である茶柱先生の引率のもと、空港の駐車場で待機していた大型バスへと案内された。
「グループごとに座るエリアが指定されている。勝手な場所に座らず、自分たちのエリア内で席を決めるように」
茶柱先生の冷徹な指示が響く中、私たちは車内の中ほどに指定された第七グループのエリアへと足を踏み入れた。
メンバーがぞろぞろと集まり、いざ座席を決めようかというその時。
森下が無表情のまま姫野の背後にぴたりと張り付き、彼女のツインテールをハンドルに見立てて「ブッブー」と奇妙なダル絡みを開始した。
「姫野ユキ。藍ちゃんと同じグループになれて光栄でしょう」
「はいはい。わかったから私の髪の毛を操縦桿みたいに握るのやめて」
姫野は手慣れた様子で彼女の腕をぺしぺしと払いのけている。
すると、森下は不満そうに手を離し、チラリと私の方を見つめてきた。
「おっと。ちなみにここで言う『藍ちゃん』とは、そちらの藍染惣右介ではありませんよ」
(……森下は相変わらず元気そうだな。っていうか、俺を『藍ちゃん』なんて呼ぶやつがいるわけないだろ……)
私は内心でツッコミを入れつつ、あくまで優雅な笑みを崩さずに彼女へと視線を向けた。
「――君の刻む独自の旋律は、この地においても一切の淀みがないようで何よりだ。……この旅路、互いに良き時間を紡ごうじゃないか」
(訳:森下も相変わらず元気そうだね。同じグループだしよろしくね)
私の言葉に対し、森下は「ふーん」と気のない返事をすると、再び姫野の方へと向き直り、何事かをボソボソと語りかけ始めた。
「やめてってば、もう」
姫野は口ではそう言ってあしらいつつも、その表情はどこか楽しげで、二人の間には気心の知れた柔らかな空気が流れている。
ふと周囲を見渡せば、このグループの混沌ぶりはすでに極まっていた。
アルベルトはサングラスの奥の視線を隠したまま、ただ無言で巨大な岩のように立っている。その隣では、外村が私とアルベルトに挟まれる形になり、「と、とんでもないグループになってしまったでござる……」と真っ青な顔で項垂れていた。
少し離れたところでは、伊吹が腕を組んで親の仇のように私を鋭く睨みつけており、長谷部はマイペースに鼻歌を歌いながら窓の外を眺めている。
(……うん。なかなかに濃密なメンバーだな。というか、この中で、俺が一番『濃い』と思われているという現実が、地味に俺のメンタルを削ってくるな……)
そんな混沌とした空気を察知したのか、里中が慌てて割って入ってきた。
「みんな、長旅お疲れ様! せっかく同じグループになったんだし、まずはゆっくり座って自己紹介でもしない? 男子と女子で分かれて座れば、女の子同士も話しやすいと思うんだ。……どうかな?」
温和で爽やかな笑顔を浮かべ、見事な気配りで現場の混沌をスマートに収めにかかる里中。
彼こそは、一年の時に密かに話題となっていた非公式ランキング――数多の美男子を抑えて、堂々の『イケメンランキング一位』に輝いた男である。
(里中ァァァ! このグループにお前がいてくれて本当に良かった……! 顔が良いだけではなく、中身のイケメン度も規格外じゃないか! これまで話したことはなかったが、この瞬間に俺の中での里中の評価がストップ高だよ……!)
ちなみに、かつて行われた非公式ランキングの『怖い人ランキング』において、私は短気の須藤、不良の龍園、強面の鬼頭、そして巨漢のアルベルトといった錚々たるメンツを抑え、ぶっちぎりの一位を獲得したという、輝かしくも悲しい過去がある。
私は心の中で彼を神格化しつつ、オサレに頷いてみせた。
「――異存はないさ、里中。泥濘を歩む我々にとって、君の整然たる采配は、暗闇を切り裂く一条の光に等しい」
「?、うん……! じゃあ、男子はこっちの席にしようか!」
里中のイケメンオーラ全開の仕切りのおかげで、私たちは無事にそれぞれの席へと落ち着くことができた。
バスが発車した後、私は隣の席に座るアルベルトに英語で話しかけつつ、周囲の男子たちとも打ち解けようと試みた。
「Hey, Albert. ――Tell me. Does this immaculate silver world awaken your soul? And have you ever sliced through the frozen fangs of the earth, leaving your mark upon the silver canvas?」
(訳:雪景色が綺麗だね。アルベルトはスキーをしたことはある?)
私のネイティブ並みの発音と、オサレポエムが融合した英語を聞き、アルベルトは首を傾げ、少しだけ困惑したように沈黙した後、豪快に笑い声を上げた。
「Hahaha! But with these muscles, the cold is nothing!」
「(ハハハッ! 俺の筋肉があれば寒さなど何でもないさ!)」
(全然伝わってなかった!? スキーの話題はどこへ行った!?俺の英語が完全に意味不明なことになってる……!)
気を取り直して、今度は前の席の二人にも会話を振ってみる。
「――天空より降り注ぐ白亜の結晶が、全てを純白へと染め上げていく。我々の住まう灰色の箱庭では決して拝めぬこの圧倒的な光景に……君たちの内に眠る衝動も、とうに目を覚ましているのではないかな?」
(訳:すごい雪が降ってるね。東京じゃこんな雪景色はなかなか見られないからワクワクするね!)
しかし、外村は私が視線を向けただけで「ひぇっ」と小動物のように縮こまって座席の背もたれにへばりついてしまう。
頼みの綱の里中に至っては、私のオサレな発言に対して「……? うん! 朝早かったから、まだちょっと眠いよね。藍染くんも無理しないで、着くまでゆっくり寝てていいからね!」と、爽やかに満面の笑みを返してくる。
どうやら『目を覚ます』というワードだけを拾われ、気を遣わせてしまったらしい。
一方、女子のエリアに目を向けると、あちらは思いのほか和やかな空気が築かれていた。
「姫野ユキ、見てください。長谷部波瑠加の画面で動いているこの動物、坂柳有栖に似ています」
「はいはい。……っていうか、勝手に人のスマホ覗き込まないの」
森下の相変わらずマイペースな絡みに対し、姫野が手慣れた様子で的確なツッコミを入れている。スマホの持ち主である長谷部も嫌がる素振りは見せず、「ふふっ、森下さんって面白いね。姫野さんと仲良しなんだ」とクスリと笑い、自然な形で会話の輪に加わっていた。
さらに、一人黙々とスナック菓子をかじっていた伊吹に対しても、姫野が「伊吹さんも、このグミ食べる?」とさりげなくお菓子を差し出している。
伊吹は一言も喋らず、一瞬だけ怪訝そうな鋭い視線を向けたものの――やがて無言のままグミを受け取ると、代わりにとでも言うように、自分の袋からスナック菓子を一つ摘み出し、姫野の手のひらへと押し付けた。言葉こそ交わさないものの、その不器用な歩み寄りによって、彼女もなんだかんだでこのグループに馴染み始めている様子だった。
(女子の方は、姫野が上手く潤滑油になってバランスを取ってくれているようだな。それに引き換え、俺の方は……ひよりの存在が、どれほど奇跡的なものなのか改めて痛感するよ……)
私は愛しの彼女の存在の大きさとありがたみを改めて噛み締めつつ、なんとかこの男子グループでも打ち解けられるようにと、密かに決意を固めるのだった。
そうこうしているうちに、バスは北海道の澄んだ冷気を切り裂くようにして一時間ほど走り続け――やがて私たちの目の前に、見渡す限りの白銀の世界が広がる広大なスキー場が姿を現したのだった。