いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
広大な北海道の自然の中にそびえ立つ、巨大なスキーリゾート施設。
私たちは無事に現地へと到着し、併設された食堂で名物の塩ラーメンをかき込んだ後、これからのアクティビティについての説明を受けていた。
スキー講習は、生徒の自己申告によって『上級者』『中級者』『初心者』の三つのコースに分かれて行われるらしい。
(ここは見栄を張らずに、安全第一で基礎から学ぶとしよう)
私は迷うことなく初心者コースへと申し込んだ。
第七グループの他のメンバーの振り分けは以下の通りだ。
初心者コースに、森下、外村、長谷部。
中級者コースに、里中、アルベルト、姫野。
そして上級者コースに、伊吹がただ一人という構成になっていた。
それぞれが施設でレンタルしたウェアに着替え、ブーツと板を担いで、白銀のゲレンデへと集合する。
雪の照り返しが眩しい中、グループのメンバーが揃ったところで、板を小脇に抱えた伊吹が私の方を見て、鼻で笑うように口角を上げた。
「へぇ、あんた初心者コースなんだ? ……ふっ、私の勝ちね」
あからさまに勝ち誇った顔で、伊吹が煽りを入れてくる。
運動神経に自信のある彼女にとって、私を見下ろせる絶好の機会と捉えたのだろう。
横にいた姫野が「伊吹さん、あんまり煽らない方が……」と小声でたしなめるが、伊吹は強気な笑みを崩さない。
(うわぁ、めっちゃドヤ顔で煽ってくるじゃん。でも俺、スキーは本当に初めてだし、ここは素直に「初めてだから仕方ないだろ」って返そう)
私はオサレな笑みを浮かべ、伊吹の煽りを軽くいなすための言葉を紡ごうと口を開いた。
「――君は、自らが立つ低き丘を『上級』と錯覚しているようだが……滑稽だな。矮小な羽虫がどれほど羽ばたこうと、天には決して届かない。……その地を這うような視座から、精々私の背中を見上げておくことだ」
冷徹で、一切の感情を排した絶対者の声がゲレンデに響き渡る。
(すっごい煽り返すじゃん俺の口ィィィ!? なんで煽られたら煽り返しちゃうかな!?)
私は内心で絶叫しながら激しく頭を抱えた。
「ッ! ぶっ殺す!!」
私の圧倒的な上から目線の煽りを受け、伊吹が青筋を立てて板を放り投げ、今にもこちらへ掴みかかってきそうになる。
「Hey, stop it, Ibuki. Calm down.(おい、やめておけ伊吹。落ち着くんだ)」
すかさずアルベルトが間に入り、伊吹を制止にかかる。
しかし、そんな一触即発の空気の中で、森下だけは一人しゃがみ込み、無表情のまま雪玉をせっせと製造していた。
「藍染惣右介。伊吹澪の援護射撃です。当たれば痛いですよ」
「ちょっと森下さん!? なんでそこで雪玉作ってんの!?」
姫野が慌てて森下の奇行にツッコミを入れる。
少し離れたところでは、長谷部が「あはは、なんかすごい面白いグループだね」と楽しそうに笑っており、外村は「あ、藍染殿が修羅の顔になっているでござる……」とガタガタと震えている。
(いきなりカオスすぎるって!? いや、煽り返した俺が一番悪いんだけどさ!?)
私が内心で大いに焦燥していると、温和な空気を纏った里中が、困ったような笑顔で私たちの間へと割って入ってきた。
「ま、まあまあ落ち着いて、伊吹さん、藍染くん。せっかくの修学旅行なんだから、喧嘩はなしにしよう? とりあえず、今はコースごとに分かれて講習を受けに行って……終わったら、またみんなで一緒に滑ろうよ。ね?」
「チッ……里中がそう言うなら、今は引いてやる。あとで勝負よ!」
里中の爽やかなイケメンオーラと完璧な仲裁により、伊吹も渋々といった様子で振り上げた拳を下ろした。
(里中ァァァ! なんて良い奴なんだ! 俺の中での里中評価、ストップ高を突き抜けてさらに上がり続けてるぞ……!)
私は内心で里中の見事な立ち回りに後光を幻視しつつ、伊吹に向けて「フッ」と不敵な笑みを返し、私たちはそれぞれの講習コースへと散っていった。
初心者コースの講習エリア。
インストラクターの指導のもと、板の着脱や転び方、そして基本的なボーゲンの滑り方を学ぶ。
(うん。スキーは初めてだが、この身体なら感覚はすぐに掴めそうだ)
私たちが割り当てられたエリアでは、グループごとにある程度固まって講習を受けていた。同じく初心者である森下、長谷部、そして外村の三人が、私のすぐ近くでそれぞれの雪上体験を繰り広げている。
「あ、足が、足が勝手に開いていくでござるゥゥッ!!」
外村が情けない悲鳴を上げながら、見事な股裂き状態になりかけ、雪まみれになって無惨に転がっていた。
「あはは、外村くんウケる〜。これ、意外と楽しいね」
長谷部はそんな外村を見てマイペースに笑いながらも、何度か転ぶうちにすっかりコツを掴んだようで、ゆっくりとだが安定して滑り始めている。
そして森下はと言えば、なぜか板を履いたまま雪面に器用に正座し、「私は今、雪と一体化しています。森下藍は北の大地に還りました」などと謎の自己暗示をかけて微動だにしない。
(森下は何をやってるんだ…………?)
私は内心で盛大にため息をつきつつ、雪に埋もれてカエルのようにもがいている外村の元へと滑り寄り、スッと手を差し伸べた。
「――凍てつく大地に膝をついたとて、歩みを止める必要はない。再び立ち上がる力なら、私が貸そう」
(訳:大丈夫? 落ち着いて滑れば怖くないよ、外村)
「ひぇっ……!」
外村は一瞬、私の言葉に怯えたような表情を浮かべた。
だが、目の前に差し出された手を見て、その意図を理解したらしい。
「か、忝いでござる……!」
恐る恐る私の手を取り、外村はようやく雪の中から立ち上がった。
その後も、雪と同化しようとする森下を現世へ引き戻したり、足元のおぼつかない外村を支えたりと、私はなんだかんだで彼らの世話を焼きながら、講習の時間を過ごすことになった。
(……ひよりは、今頃ちゃんと滑れているだろうか? 転んで怪我をしていないといいけど……。ひよりなら、きっとどんな状況でも楽しんでいるだろうな)
ふと、遠く離れたコースで雪と戯れているであろう愛しい彼女の笑顔を想像し、私の心は温かなもので満たされていくのだった。
やがて講習が終わり、フリー滑走の時間となった。
私たちは第七グループの集合場所へと戻り、全員で合流した。
まずは初心者に合わせてなだらかな傾斜のコースを全員でゆっくりと滑っていたのだが、やがて滑り足りなくなったのか、伊吹が腕を組んで私を鋭く睨みつけてきた。
「勝負よ! 藍染! いつまでも初心者コースでおままごとしてる場合じゃないでしょ? 上級者コースでどっちが速いか、白黒つけようじゃない!」
(お、勝負か! いいね! 雪山での競争なんて、いかにも修学旅行っぽくてワクワクするしな!)
私は内心で等身大の高校生のようにテンションを上げつつも、外面はあくまで傲慢な笑みを浮かべてみせた。
「――この私に挑むか。いいだろう。雪に刻まれたその一歩が、君の最後の一歩にならぬことを祈ろう」
(訳:勝負か! いいね! 付き合うよ)
「言ったわね。後悔させてやる」
そうして私は伊吹と共にリフトに乗り込み、上級者コースの頂上へと足を運んだのだが――。
「…………」
(えっ、ここ滑るの!? ……いやいや、傾斜エグすぎだろ! コブだらけだし、これもう半分崖じゃないか!?)
頂上から見下ろした先には、初心者コースとは次元の違う、底が見えないほどの急斜面が待ち受けていた。
(ちょ、ちょっと怖いけど……絶対に負けないぞ!)
内心で盛大にビビり散らしながらも、私は持ち前の超絶スペックをフル稼働させて急斜面へと飛び出し、結果として伊吹とのスピード勝負に圧勝した。
弾丸のような速度で崖のごとき斜面を滑り降りるのは、最初は恐怖を感じたが、慣れてくると雪を蹴立てて風を切る感覚が心地よく、次第に心から楽しむことができていた。
「……っ、もう一回よ! 次こそあんたを雪だるまにしてやる!」
「――幾度挑もうと構わない。君がその足を止めぬ限り、私は何度でもその先に立とう」
(訳:いいよ! 何回でも付き合うよ!)
負けず嫌いの伊吹からの再戦要求に何度も応じて上級者コースを滑り降りているうちに、気がつけば初日のスキーの終了時刻を迎えていた。
煽り合いながらも、純粋に雪山を駆け抜ける伊吹との勝負は、等身大の高校生らしい白熱したもので、思いのほか楽しい時間だった。
西の空が茜色に染まり、白銀のゲレンデを幻想的に照らし出す。
冷たい風で火照った頬を冷ましながら、私は初日のアクティビティがもたらした心地よい疲労感と充実感を、静かに噛み締めていた。
スキー場を出発したバスは、今夜から数日間滞在することになる旅館へと無事に到着した。
第一グループから順に、割り当てられた部屋の鍵を受け取るためにロビーへと向かう。私たち第七グループも鍵を受け取り、男女ごとに割り当てられた部屋へと移動することになった。
廊下を歩いている道中、里中がふと足を止めて振り返った。
「みんな、明日は一日自由行動だから、夜になったら集まって明日の予定を決めないかい?」
「うん。そうだね〜。ノープランだと勿体ないし」
長谷部がマイペースに同意し、他のメンバーも「異論はない」と同調する。
「じゃあ、二十一時半に男子の部屋に集まるってことでいいかな?」
里中の爽やかでスマートな提案により、今夜の予定があっさりと決まった。
(二十一時半か。よし、それまでに早めに大浴場に浸かって、ひよりに会いに行く時間を作ろう……!)
私は愛しの恋人との逢瀬を画策しつつ、男子に割り当てられた部屋のふすまを開けた。
踏み入れた先には、い草の香りが心地よい、広々とした清潔な和室が広がっていた。
(おお! すごくいい感じだ! まさに『旅館』って感じだね!)
私は内心で修学旅行らしい雰囲気に大いにテンションを上げつつ、畳の隅へと荷物を下ろした。
「ふぅ……慣れない雪山で疲れたでござる……」
外村がどっかりと座り込んで息を吐くと、アルベルトが優しく声をかけた。
「You improved a lot out there, Sotomura.(外村も上達していたぞ)」
「お、おお? サンキューでござる?」
英語が聞き取れず困惑する外村に、里中が爽やかな笑顔で補足する。
「山田くんは、『外村くんも上達していたね』って言ってるんだよ」
「なんと! 山田殿は紳士でござるな!」
和やかな空気が流れる中、アルベルトは今度はこちらを向いて、真剣な表情で問いかけてきた。
「Aizen. Were you truly a beginner? Your skiing was unbelievable.(藍染。君は本当に初心者だったのかい? すごい滑りだったよ)」
私はアルベルトからの称賛を受け、優雅に微笑んで口を開いた。
「―― It seems the time of the chrysalis has finally come to an end. Your every step, too, remained unwavering upon the silver-white snow, carving a sure and steadfast path.」
(訳:本当に初心者だよ。アルベルトくんも凄い安定感で上手だったね)
アルベルトは首を傾げ、少しだけ困惑したように沈黙した後、誠実に自分なりの解釈をして返してくれた。
「O-Oh... A chrysalis? Yes... it's true you broke out of your shell today.(オー……サナギ? ああ……確かに今日、殻を破ったような滑りだったな)」
(……よしっ! だいたい通じているね!)
私は内心で力強く現実逃避をしつつも、アルベルトが紳士的でいい奴だということは再確認できた。
その後、大浴場へ向かう準備を整えつつ、私は手元の端末を取り出してひよりにメッセージを送った。
今夜の二十一時半からグループでの話し合いがあることを伝え、それまでの間、一緒に夕食を食べないかという誘いである。送信して数分後、すぐにひよりから可愛らしいスタンプと共に了承の返信が届いた。
(よし! これで夕食はひよりと過ごせるぞ!)
私は内心で小さくガッツポーズを決めると、里中たちと共に四人揃って旅館が誇る大浴場へと向かったのだった。
広々とした温泉でスキーの心地よい疲労と汗を流し、部屋に戻ってからは、ひよりとの待ち合わせ時間まで里中たちとテレビを見ながらのんびりと過ごした。
そして約束の時間。
夕食を終えた私たちは、ロビーの一角にある、大きな窓から雪に覆われた美しい中庭が見渡せる特等席のソファへと移動し、並んで腰掛けていた。
「ふふっ、スキー、とっても楽しかったです。私は初心者コースでゆっくり滑っていただけですが、雪景色がすごく綺麗で……」
温かいお茶を片手に、ひよりは今日の出来事を嬉しそうに語ってくれる。
「惣右介くんのグループは、どうでしたか?」
「――道が分かたれたとしても、旅の価値まで失われるわけではない。共に歩む者がいる限り、その道は思いがけぬ色に染まるものさ」
(訳:里中や姫野が上手くまとめてくれているから、雰囲気も良くて楽しいよ)
「そうですか、良かったですっ。私のグループも、軽井沢さんが明るく場を引っ張ってくれていますし、西川さんも磯山さんもすごく良い方たちばかりなので、とっても楽しく過ごせています」
ひよりが他の女子生徒たちとも打ち解け、心から修学旅行を楽しんでいる様子が伝わってきて、私の胸の奥は温かな安堵と喜びで満たされていった。
(ひよりが楽しそうで本当に良かった……! やっぱり修学旅行は、こうやって笑顔で過ごせるのが一番だ)
その後も窓の外の幻想的な雪景色を眺めながら語り合い、やがてひよりのグループが二十一時から会議を始めるということで、私たちは少し早めに解散してそれぞれの部屋へと戻ったのだった。
そして時刻は二十一時半。
「お邪魔しまーす」
時間通りに、私たちの部屋のふすまが開いて女子メンバーがやってきた。
「姫野ユキ、男子の部屋も畳の匂いがします」
「はいはい。わかったから歩きづらいから引っ付かないで」
森下は相変わらず姫野の背中にべったりと張り付いており、姫野もため息をつきながら彼女をあしらっている。その後ろから、長谷部が「へえ、男子の部屋ってこんな感じなんだ」とマイペースに室内を見回しながら続き、最後に部屋に入ってきた伊吹は、私と目が合った瞬間にチッと舌打ちをして鋭く睨んできた。
全員が円になって座り、話し合いがスタートした。
「それじゃあ、明日の自由行動の予定なんだけど……みんな、行きたいところとかある?」
里中が爽やかな笑顔で進行を始めると、長谷部が手を挙げた。
「三日目は観光スポットを巡る予定になってるし、せっかくなら明日もスキー場で滑りたいかなって思うんだけど、どう?」
その提案に、初心者組の森下や外村も「雪遊びは楽しかったでござる」「雪と一体化する修行の続きを希望します」と賛成し、満場一致で二日目もスキーをすることに決まった。
「藍染! 明日こそは絶対に勝つ!」
すかさず伊吹が私に向かって闘志をむき出しにしてくる。
「――敗北を越えてなお挑むか。君の渇望が続く限り、明日もまたその高みを見せてあげよう」
(訳:いいよ、明日も勝負しようね)
私がオサレに煽り返してしまうと、伊吹がギリッと歯を食いしばる。すかさず里中と姫野が「まあまあ、明日はみんなで楽しもうよ」「伊吹さん、落ち着いて」と完璧な連携で間に入って宥めてくれた。
「せっかくだからさ、明日はグループ全員でまとまって滑ろうよ。みんなで滑った方が絶対楽しいし」
長谷部がマイペースに提案すると、全員がそれに賛成した。しかし、伊吹だけが少し不満そうな顔をする。
「全員でってことは、初心者コースをタラタラ滑るってことでしょ。私はもっと急斜面を攻めたいんだけど」
「――その胸に宿る衝動は理解しよう。だが、急いてはならない。大人しく皆の歩みに身を委ねるのも、時には必要なことだ」
(訳:まあまあ、初心者コースもみんなで滑るときっと楽しいよ!)
「大人しくって何よ!? 私を子ども扱いしてるわけ!?」
(ただ宥めたかっただけなのに、完全に子どもを説教するみたいな偉そうな言い回しになってる!?)
「……上等よ! 子ども扱いしたこと、絶対に後悔させてやるんだから!」
私のポエムが伊吹の負けず嫌いに絶妙に火をつけてしまい、彼女はいつにも増してやる気をみなぎらせていた。
その後は、明日の集合時間や些細な雑談を交わし、女子たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。
就寝準備に入り、私たちは公平にくじ引きで布団の位置を決めることになったのだが――。
「……ね、眠れる気がしないでござる……」
厳正なる抽選の結果、私とアルベルトに挟まれる配置を引き当ててしまった外村は、完全に絶望した顔で布団に潜り込んだ。
しかし、消灯して数分後には、真っ先に外村の安らかなイビキが部屋に響き渡っていた。雪山での疲労は、彼をあっさりと夢の世界へと連れ去ったらしい。
(……すごく楽しいな。修学旅行)
暗闇の中で、私は静かに充実感を噛み締めていた。
濃すぎるメンバーたちに囲まれているが、里中や姫野が上手くまとめてくれているおかげで、グループの雰囲気は驚くほどいい。アルベルトや長谷部は良い奴だし、伊吹や森下、外村もそれぞれが個性的で面白い。
(明日からの日々も、本当に楽しみだな……)
私は心の中でそんな期待を抱きながら、疲労の心地よさに身を委ね、ゆっくりと眠りへと落ちていったのだった。