いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
修学旅行二日目。
朝食を済ませた私たちは、昨夜の話し合いで決まった通り、第七グループのメンバー全員で初心者から中級者向けのなだらかなコースへと繰り出していた。
「いくでござるゥゥゥ!」
里中の手厚く爽やかなサポートの甲斐もあり、外村は昨日よりも格段に上達し、なんとか転ばずに雪上を滑走できるようになっていた。
少し離れたところでは、姫野と長谷部が「だいぶ慣れてきたね」「楽しいー!」と笑い合いながら並走し、アルベルトは分厚い筋肉で寒さを弾き飛ばしながら、最後尾で皆を温かく見守っている。
「藍染惣右介。この『姫野ユキ雪だるま・弐型』の完成度を評価してください」
「ちょっと森下さん!? なんでまた私なの!? しかも昨日よりリアルになってて怖いんだけど!」
森下は滑るのを早々にやめ、コースの端で無表情のまま雪だるま職人と化していた。
そんな混沌としながらも平和な空気が流れる中――一人だけ、不満げに腕を組んでこちらを睨みつけている少女がいた。
「ねぇ、藍染。いつまでこんなところでお遊戯会やってるわけ? 準備運動はもう十分でしょ。早く上級者コースに行くわよ!」
伊吹が闘志をむき出しにして、私に向かって挑戦状を叩きつけてくる。
「――逸るな。渇望は足を急かすが、辿り着く者の歩みは決して乱れない」
(訳:ごめんごめん、みんなで滑るのも楽しいからつい長居しちゃった。よし、上級コース行こうか!)
「ふんっ。今日こそあんたに雪を舐めさせてやるんだから!」
そうして伊吹と二人で上級者コースへと移動し、私たちは再び白熱したスピード勝負を繰り広げた。
昨日よりもさらに険しいコブと急傾斜が続くコースだったが、藍染スペックの異常な身体能力を持つ私にとって、もはや雪山は完全に掌握した庭も同然だった。
何度勝負しても私が勝利してしまうのだが、伊吹は何度雪まみれになっても「もう一回!」と諦めずに食らいついてくる。
(ふふっ……楽しいな。こういう勝負っていうのは、本当にワクワクするね)
途中、ムキになった伊吹がコブに足を取られて派手に転倒しそうになったが、私が瞬時に滑り寄って彼女の腕を掴み、事なきを得るという一幕もあった。
『――地を這うのはまだ早い。君が睨むべき空は、まだ上にあるはずだ』
『うっさい! 余計なことしないでよ!』
そんなふうにオサレな煽りを交えつつ、私は心からスキーを満喫したのだった。
結局、二日目も夕方まで滑り倒し、私たちは心地よい疲労感と共に旅館へと帰還した。
夕食後。
この日も大浴場で冷えた体を温めた後、私はロビーの一角でひよりとの逢瀬を重ねていた。
お互いのグループでの出来事を語り合い、極上の甘いひと時を過ごしていると、ふと、ひよりが少し申し訳なそうな表情で私を見上げた。
「あの、惣右介くん。実は先ほど、柴田くんから『惣右介くんに相談したいことがある』と連絡をもらっていまして……。この場に呼んでも構いませんか?」
(……柴田が俺に相談? 何かあったんだろうか?)
私は少し心配になりつつも、オサレに首を振って応えた。
「――構わないさ。友が迷いの中にいるのなら、道を示すのが私の役目だからね」
(訳:全然大丈夫だよ。柴田はどうしたの?)
「ありがとうございますっ。では、呼んでみますね」
ひよりが端末を操作して数分後。
少し緊張した面持ちで、柴田が足早にロビーへとやってきた。
「ごめんな、二人とも。せっかくの二人の時間を邪魔しちゃって……」
「――気にする必要はない。それより、君の心に巣食う暗雲の正体を聞かせてもらおうか」
「『全然大丈夫だよ、何かあったの?』と言っていますっ」
ひよりの完璧な翻訳を受け、柴田は一つ大きく深呼吸をしてから、真剣な表情で口を開いた。
「実は……俺、この修学旅行中に、一之瀬に告白しようと思ってるんだ」
(えっ!? 柴田、一之瀬のこと好きだったの!?)
私は内心で目を丸くして驚愕した。
チラリと横のひよりを見ると、彼女は驚くことなく穏やかに微笑んでいる。どうやら、ひよりは以前から柴田の気持ちに気が付いていたらしい。
(全然気づかなかった……! でも、そうか。柴田も勝負に出るのか……!)
「一年の頃から、ずっと好きだったんだ。学年でもトップクラスに人気の一之瀬だし、俺なんかじゃ釣り合わないかもしれないって、ずっと踏み出せずにいたんだけど……。でも、このまま何もしないで、後悔するのだけは絶対に嫌なんだ」
柴田は少しだけ照れくさそうに頭を掻きながら、私を真っ直ぐに見つめた。
「だから、相談っていうか……。藍染の言葉を聞くと、不思議と勇気が湧いてくるからさ。俺に、勇気を分けてほしいんだ」
(……一之瀬に特定の好きな人がいるのか俺には分からないし、絶対に成功するなんて無責任なことは言えない。……だけど、柴田も真剣に悩んで、勇気を振り絞って告白することを決めたんだ。友達として、背中を押してやらなきゃな)
私は柴田の真摯な想いに応えるべく、静かに目を細め、絶対者としてのオサレなエールを紡ぎ出した。
「――君が踏み出すその一歩は、決して無価値ではない。たとえ天に届かずとも、その手で掴もうとした軌跡は、君の魂を強くするだろう。……恐れず、往くがいい、柴田」
(訳:結果はどうであれ、真剣に想いを伝えることは大事だと思うよ。頑張れ、柴田!)
私の圧倒的なオーラを伴ったポエムを聞き、柴田の表情から迷いが消え去った。
「っ……ああ! ありがとうな、藍染! 椎名さんも! なんだか、すごく勇気が出てきたぜ!」
柴田はパッと晴れやかな笑顔を浮かべると、「邪魔して悪かったな!」と元気に去っていった。
彼の背中を見送った後、私は隣の恋人に向けて静かに口を開いた。
「――彼女がどのような答えを導き出すかは分からない。だが、彼の真摯な想いが、少しでも彼女の心に届くことを祈ろう」
(訳:一之瀬がどんな返事をするかは分からないけど、柴田の想いが届くといいね)
「そうですね。帆波ちゃんはとても誠実な方ですから、結果はどうあれ、柴田くんの想いにも真剣に向き合ってくれるはずです」
「――ああ、そうだろうね」
一之瀬の真っ直ぐな性格を思えば、ひよりの言う通りだろう。
私たちは友人の恋の行方をそっと見守ることにし、その後は時間まで二人きりの甘い時間を堪能してから、それぞれの部屋へと戻った。
ふすまを開けると、部屋には里中の姿はなく、アルベルトと外村の二人だけがいた。
この二日間で、外村も私の放つ無意識の威圧感に慣れたのか、もう怯えた様子を見せることはなくなっていた。
「おお! 藍染殿も戻ってきたでござるな。これから始まるアニメを、アルベルト殿と見るところでござる。藍染殿も如何でござるか?」
「――ほう。ならば、私も君たちの見る世界に少しばかり付き合うとしよう」
(訳:へー! アニメ見るんだ! 俺も一緒に見させてもらうよ!)
私は快諾し、二人の隣に腰を下ろした。
(どんなアニメなんだろう? ホワイトルームにいた頃はもちろん、孤児院に移ってからも、こういうものを見る機会はほとんどなかったからな)
内心で少しウキウキしながらテレビ画面を見つめる。
始まったのは、どうやら学園を舞台にしたアニメのようだった。
常に無表情で何を考えているか分からない主人公の少年が、個性豊かな美少女たちに囲まれながら、裏で密かに頭脳戦を繰り広げている……という、なかなか複雑なストーリー設定らしい。
途中からの視聴なので話の詳細までは分からなかったが、隣で外村が「おおぅ!」「あれは伏線でござったか!」といちいち楽しそうなリアクションを取るので、なんだかんだで付き合うように最後まで見入ってしまった。
「ふぅ……今回も神回であったでござる!」
「Interesting. Japanese animation is quite deep.(興味深いな。日本のアニメはとても奥深い)」
外村が満足げに鼻息を荒くし、アルベルトも感心したように頷いている。
(無表情な主人公が、裏で暗躍しながら色んな女の子たちに囲まれるアニメか……。なんだか、清隆みたいだな……)
私が密かに幼馴染の顔を思い浮かべていると、不意にふすまが開き、里中が部屋に戻ってきた。
「You're late. Was there a class meeting?(遅かったな。クラスの集まりか?)」
アルベルトが尋ねると、里中は困ったように「ううん。違うよ」と首を振った。
「ふふふ。里中殿のことだから、さては女子に告白でもされていたのでござろう! 羨ましいでござる!」
「あ、あはは。……よく分かったね」
外村の冗談交じりの指摘に、里中は苦笑いしながらあっさりと肯定した。
「なんと!? 本当でござるか!? ぐぬぬ……だが、拙者には画面の向こうにキキたんがいるからいいのでござる!」
(なるほど。まあ、里中はこれだけイケメンで性格もいいからな。この修学旅行の機会に告白する生徒がいるのも当然か。……うちのクラスでも、カップルが出来たりするんだろうか?)
私はさきほどの柴田の決意を思い出しつつ、ウキウキしていたが、アルベルトが静かに指摘した。
「For a guy who just got confessed to, you don't look very happy.(その割には浮かない顔をしているな)」
「そうだね。……気持ちはすごく嬉しいけど、その子の想いに応えてあげることはできなかったからね。せっかくの修学旅行なのに、悲しい顔をさせちゃったなって」
「勿体ないでござる! 里中殿なら、アニメのようにハーレムを築くことも可能でござろうに!」
「はは……いや、そんな不誠実なことはできないよ」
里中は困ったように苦笑を浮かべながら、やんわりと外村の提案を退ける。
しかし、里中の告白イベントを皮切りに、部屋の空気は一気に修学旅行の夜にふさわしい『恋バナ』のモードへと突入していった。
「そういえば、みんなは好きな人とかいるのかい? 藍染くんは聞かなくても分かるけどね」
「拙者はもちろんキキたんと、それから……」
「I don't have anyone like that right now.(俺は今はいないな)」
外村がアニメキャラの名前を息継ぎなしで列挙し、アルベルトが静かに首を振る。
ひとしきり語り終えた外村が、身を乗り出して里中を見た。
「里中殿は好きな子がいるでござるか? だから告白を断ったのでござるか?」
「えっと……うん。同じクラスにね。少し気の強い子なんだけど、実はとても優しい子なんだ」
(へえ、Bクラスの女子か。誰なんだろうな)
私は里中の意中の相手をあれこれと思い浮かべながら、青春の香りに頬を緩ませていた。
すると、恋バナでテンションの上がった外村と里中が、今度はこちらに水を向けてきた。
「藍染殿。一つ聞いてもいいでござるか? Aクラスの一之瀬殿って、彼氏とか、好きな人はいるのでござるか?」
「あ、実は僕もちょっと気になってて。うちのクラスにも、一之瀬さんのこと好きな男子、結構いるみたいなんだよね」
どうやら、学年屈指の美少女であり、誰にでも優しい一之瀬の恋愛事情は、他クラスの男子にとっても最大の関心事の一つらしい。
(……つい先ほど、柴田から彼女に告白するという真剣な相談を受けたばかりだが。やはり一之瀬のモテっぷりは凄まじいな)
私とひよりの交際を誰よりも応援してくれた大切な友人である彼女には、最も幸せになれる相手と結ばれてほしいと心から願っている。
とはいえ、私自身が彼女の明確な恋愛事情を知っているわけでもない。不用意な憶測で語って、彼女に迷惑をかけるわけにはいかないだろう。
私は少しだけ目を細め、静かに、そしてオサレに言葉を紡いだ。
「――彼女の胸に咲く花を、外から覗く者に語る資格はない。その花が何を求め、何処へ咲くのかを知るのは、彼女自身だけだ」
(訳:ごめんね。俺も詳しく知らないし、憶測で話して彼女に迷惑をかけたくないから、何も言えないよ)
「……? 藍染殿……?」
「えっと……?」
「……?」
オサレすぎる表現のせいで、外村と里中、そしてアルベルトの頭の上に一斉にクエスチョンマークが浮かんだ。
だが、それ以上は何も語ろうとしない私の静かな態度を見て、里中がふと何かを察したようにハッとした表情になった。
「あ、そっか……。本人がいないところで、勝手にそういう話を聞くことじゃなかったね。困らせちゃってごめんね、藍染くん」
さすがは気配りのできる男、里中。私の言葉を正確に翻訳できたわけではないだろうが、私の『話す気がない』という意図を汲み取ってくれたらしい。
「確かに……里中殿の言う通りでござるな。一之瀬殿にも失礼だったでござる。拙者も反省するでござる」
「――君たちのその無垢な探求心自体を否定するつもりはない。ただ、今回は舞台が違ったというだけのことだ」
(訳:いやいや、全然謝らなくていいよ! 同年代の男子としてそういう話が気になる気持ちも分かるからね!)
私は内心で全力でフォローを入れつつも、外面はあくまで寛大な王のような笑みを浮かべて頷いてみせた。
「……それにしても、里中殿も藍染殿も羨ましいでござる。拙者もいつかは三次元の美少女と触れ合いたいでござる……」
話が一段落すると、外村が遠い目をしながら心の底からの願望を漏らした。
「あ、あはは……。外村くんにも、きっといつか素敵な出会いがあると思うよ」
里中が爽やかな苦笑いを浮かべつつ、優しくフォローを入れる。
「拙者もアニメやラノベの主人公みたいな、あっちを見てもこっちを見ても美少女だらけのハーレムを築きたいでござるよ!」
(外村……それは修学旅行の夜に語るには少し業が深すぎる夢だな……)
私はオサレな笑みを崩さず、少しだけ諭すように言葉を紡いだ。
「――光は、ただ見上げる者のためには輝かない。その輝きに焦がれるのなら、己を磨き、手を伸ばせ。届かぬ距離こそが、人を歩ませるのだから」
(訳:君の夢を否定する気はないけど、もし好きな子がいるなら、まずはその子に対して誠実に向き合って自分を磨くべきだよ)
「……ただ見上げるだけじゃ、届かない。己を磨いて、手を伸ばす……か」
私のポエムをどう受け取ったのか、隣で里中が何やらボソリと意味深な呟きを漏らしているが、外村は外村で一人勝手に納得したように強く頷いていた。
「なるほど……。やはり今のままの拙者ではダメでござるな……。拙者も池殿のように変わる必要が……!」
(いや、寛治は確かにすごい頑張ってるし、この学年で一番成長した生徒と言っても過言ではないけど……! 外村まで寛治みたいになったら、堀北さんの胃に間違いなく穴が空いちゃうよ!?)
私は内心で激しいツッコミを入れ、Dクラスのリーダーの胃壁の安否を本気で心配した。
しかし数秒後、外村はふぅと大きなため息をつき、あっさりと肩を落とした。
「……いや、やっぱり拙者には二次元が向いてるでござる。三次元の美少女はハードルが高すぎるでござるよ」
(切り替え早っ!? いや、今はそれで正解かもしれないけど!)
外村の早すぎる諦めに内心で安堵しつつツッコミを入れていると、彼は持参したタブレットを取り出し、先ほど皆で見ていたアニメのキャラ設定の画面を表示した。
「というわけで、二次元は裏切らないでござる。……藍染殿はこの子がタイプでござろう? 少し椎名殿に似ているでござる」
「あ、僕はこの子かな。凛としてるところがいいよね」
「I like the energetic one.(俺はこの元気そうな子が好きだな)」
その後はアニメのヒロインたちを指差しながら、男子高校生らしい他愛のない会話に花を咲かせる。
そうして夜も更けていき、私たちは修学旅行二日目の夜を、温かな笑い声と共に締めくくるのだった。