いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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百五十三話

 修学旅行、四日目の朝。

 

 私は洗面台の鏡の前に立ち、蛇口から出る冷水で顔を洗った。

 

 肌を刺すような冷たさが、僅かに残っていた眠気を完全に吹き飛ばしてくれる。タオルで顔を拭いながら、私は鏡に映る自身の顔を見つめ、昨日裏路地で月城と交わした会話を反芻した。

 

(直江元幹事長の死と、清隆の父親の新たな目論見。そして、鬼島総理の視察……か)

 

 どれも今後の学園生活、いや、日本の政財界の未来すらも左右しかねない重大な情報だ。早急に清隆と共有する必要がある。それに、総理の視察については坂柳理事長にも確認を取らなければならないだろう。

 

(だが……せっかくの修学旅行中だからな。昨日の件を清隆に伝えるのは、学校に帰ってからにしよう。今はまだ、この非日常の空気を楽しむべき時だ)

 

 私は小さく息を吐き、部屋で待つグループのメンバーたちの元へと戻った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 この日は、丸一日が自由行動として設定されていた。

 

 前日の夜の話し合いで決まっていた通り、私たち第七グループは電車に乗り込み、札幌から少し足を伸ばして『小樽』へとやってきた。

 

 レンガ造りの重厚な倉庫群と、その傍らを静かに流れる小樽運河。雪化粧を施されたノスタルジックな街並みは、まるで絵本の世界に迷い込んだかのような幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

「すごく綺麗だね」

 

「写真撮ろうよ、写真! ほら外村くんも、こっち入って」

 

 姫野と長谷部がスマートフォンを構え、運河を背にしてグループ全員での記念撮影の準備を始める。

 

 すると、ふらりとカメラの前に立った森下が、両手を天に掲げ、片足を不自然に曲げるという謎のポーズをバシッと決めた。

 

「……森下さん、何そのポーズ。儀式?」

 

「姫野ユキ。これは北の大地の精霊と交信するための神聖な構えです。あなたも隣で奉納の舞を踊るべきです」

 

「踊らないから。普通にピースして、普通に」

 

 姫野が呆れたようにツッコミを入れつつも、その口元は楽しげに綻んでいる。里中やアルベルトも穏やかな笑みを浮かべており、グループの空気はとても和やかだった。

 

 運河沿いを散策した後は、歴史あるガラス工房やオルゴール堂が立ち並ぶメインストリートへと移動した。

 

 三日目にもある程度のお土産は買っていたが、この風情ある街並みを目にすれば、自ずと購買意欲が刺激されるというものだ。

 

(生徒会で関わりのある南雲先輩たち上級生、それに一年生の要たちの分もしっかりと買っておくか。……天沢には、帰ったら八神の件を説明してやらなきゃな。その時のためにも、あいつが好きそうな甘いお菓子でも見繕っておこう)

 

 私はそう考えながら、工房の中をゆっくりと見て回った。

 

 色とりどりのガラス細工が並ぶ中で、ふと、淡く透き通るガラス玉をあしらった華奢なピンキーリングが目に留まった。そして、少し離れた棚には、手のひらサイズのアンティーク調のオルゴール。 

 

(……ひよりによく似合いそうだな)

 

 私は迷うことなくそれらを手に取り、オサレに会計を済ませた。

 

「姫野ユキ。この『木彫りの鮭を咥えた熊』の巨大なキーホルダー、あなたの前世の姿に酷似しています。ぜひ鞄に装着することを推奨します」

 

「絶対嫌。っていうか私の前世、熊なの? しかも鮭咥えてるの?」

 

 少し離れたところでは、森下がまたしても姫野に謎のダル絡みをしていた。姫野は「もう、なんなのよ」と文句を言いながらも、本当に嫌がっているわけではなく、むしろ森下との掛け合いを楽しんでいるようだった。

 

 微笑ましい光景を眺めていると、横からスッと伊吹が入り込んできた。彼女の手には、青と赤の美しい切子グラスが握られている。

 

「あんた、誰かにお土産選んでるんでしょ? 私の選んだこのグラスと、あんたが選んだやつ、どっちがセンスいいか勝負よ」

 

「――美の基準など、見る者の魂の形によっていかようにも変容する。……だが、君がどうしても格の違いを知りたいというのなら、その無謀な挑戦を受けて立とう」

 

(訳:お土産のセンスで勝負!? いいよ、俺の選んだもののほうが絶対に喜ばれる自信があるからね!)

 

「言ってくれるじゃない。絶対にあんたのセンスなんかより私のほうが上なんだから」

 

 伊吹は闘志を剥き出しにして、鼻を鳴らした。

 

 その後も、通りで売られている海鮮焼きをどちらが綺麗に食べられるか、オルゴールの音色をどちらが正確に当てられるかなど、伊吹は事あるごとに私に勝負を挑んできた。

 

 私はそのたびに持ち前の超絶スペックと完璧な所作で彼女を圧倒し、オサレなポエムで煽り散らかした。伊吹はギリギリと歯ぎしりをしながら、決して諦めることなく何度も立ち向かってくる。

 

(ふふっ……やっぱこうやって、全力で勝負を挑まれるのはいいね。ワクワクする)

 

 私は内心で等身大の高校生らしい高揚感を感じながらも、外面はあくまで傲慢な絶対強者として、彼女との他愛のない勝負を心から楽しんでいた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、修学旅行最後の夜。 

 

 旅館での夕食と入浴を終えた私は、ロビーの一角にある薄暗いラウンジで、ひよりと並んでソファに腰を下ろしていた。

 

 窓の外では、街灯に照らされた雪が静かに舞い落ちている。

 

「とても楽しい修学旅行になりました。ふふっ、今度は二人で来ましょうねっ」

 

 温かいほうじ茶の入った湯呑みを両手で包み込みながら、ひよりが幸せそうに微笑んだ。

 

 その柔らかで純粋な笑顔を見ているだけで、私の胸の奥に温かなものが広がっていく。

 

「――ああ。私の目に映る景色は、君が隣にいることで初めて完成する。この箱庭を卒業した暁には、世界中のあらゆる絶景を、君と共に巡ろう」

 

(訳:俺もめちゃくちゃ楽しかった! ひよりも楽しめたみたいで本当に良かったよ。高校を卒業したら、色んなところに二人で行こうね!)

 

「はいっ!」

 

 私がオサレに愛を囁き、ひよりが花が咲くような笑顔で応える。

 

 私はコートのポケットから、小樽で買った小さな紙袋を取り出し、ひよりに手渡した。

 

「惣右介くん、これは……?」

 

「――君の瞳に映る白銀の世界を、形にして留めておきたくてね。受け取ってくれ」

 

(訳:小樽でひよりに似合いそうだなって思って買ったんだ。プレゼント!)

 

 ひよりがそっと袋を開けると、中からアンティーク調の小さなオルゴールが出てきた。蓋を開くと、澄んだ音色と共に、淡く透き通るガラス玉をあしらった華奢なピンキーリングが姿を現す。

 

「わぁ……綺麗……」

 

 ひよりは目を輝かせ、うっとりと指輪を見つめた。

 

「ありがとうございます、惣右介くん。大切にしますね。……実は、私も惣右介くんに渡したいものがあるんです」

 

 そう言って、ひよりは自分のポーチから小さな包みを取り出した。

 

 中に入っていたのは、深い藍色の軸に銀の装飾が施された、アンティーク調の万年筆だった。軸の部分がほんのりと雪の結晶のような紋様で彩られており、手に取ると程よい重みがある。

 

「札幌の文房具店で見つけたんです。いつも生徒会のお仕事を頑張ってる惣右介くんに、私の贈った万年筆を使ってもらえたら嬉しいなって思って」

 

「――君の想いが込められたこの筆を握れば、私が綴るすべての言の葉に、確かな魂が宿るだろう」

 

(訳:すごく綺麗な万年筆だね! 大切に使わせてもらうよ、ありがとう!)

 

 お互いのプレゼントを渡し終えると、私はそっとひよりの右手を取り、その華奢な小指にピンキーリングを滑り込ませた。

 

 淡い光を宿した硝子の指輪が、小さな指に静かに収まる。

 

「……綺麗ですね」

 

 ひよりが嬉しそうに指輪を見つめる。

 

「――右の小指に灯される願いは『変わらぬ想い』だという。ならば、その灯火に私の心を預けよう。時が流れ、景色が変わろうとも……この想いだけは、永遠に灯り続けるように」

 

「……はい」

 

 ひよりが頬を赤らめながら、小さく頷いた。

 

 私はその笑顔を見つめたあと、そっと彼女の左手へと視線を落とす。

 

 そして、その薬指を優しく包み込んだ。

 

「――そして、いつかその指には……今はまだ名もない未来の証を」

 

 私はひよりの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「――幾千の夜を越えたその先で、君と共に歩む未来を刻もう」

 

(……またオサレにプロポーズしてる!? 俺は一体、何回ひよりにプロポーズすれば気がすむんだ!?…………でも、ひよりが幸せそうにしてくれるならいっか!)

 

 お互いの温もりを感じながら、私たちは静かで穏やかな時間を過ごす。

 

 やがて、ロビーの古時計が夜の九時を知らせる鐘の音を響かせた。

 

 ひよりがふと、ラウンジの入り口の方へと視線を向ける。

 

「……そろそろ、柴田くんが帆波ちゃんに告白すると言っていた時間ですね」

 

「――ああ」 

 

 私は静かに頷き、窓の外に降る雪へと視線を戻した。

 

 結果がどうなるにせよ、彼らの間に流れる時間が、悔いのないものであることを祈りながら。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 少し冷える夜の空気の中、私は旅館の中庭に続く渡り廊下で足を止めた。

 

 約束の時間ぴったりに、廊下の向こうから柴田くんが歩いてくるのが見えた。

 

「お疲れ様! 柴田くん! 話ってなにかな?」

 

 私はいつも通り、明るく声をかけた。

 

 けれど、近づいてきた柴田くんの様子はいつもと少し違っていた。

 

「お、お疲れ様! 一之瀬!」

 

 元気な声を出そうとしているのは分かったけれど、少し声が上ずっていて、どこかぎこちない。それに、握りしめた手が微かに震えているように見えた。

 

「どうかしたの? なんだか柴田くんらしくないね。……何かトラブルでもあったの?」

 

 私が心配になって尋ねると、柴田くんは慌てて首を振った。

 

「いや、トラブルとかじゃないんだ」

 

 そう言って、柴田くんはふぅ、と長く深呼吸を一つした。

 

 そして、真っ直ぐに私を見た。普段の明るい雰囲気とは違う、真剣な瞳。

 

「一之瀬! ……俺は、お前のことが好きだ! 一年生の時から、ずっと!」

 

 柴田くんの声が、静かな渡り廊下に響いた。

 

「一之瀬の誰にでも優しいところとか、クラスのために一生懸命なところとか……いつも明るく笑ってるその笑顔が、本当に好きなんだ。だから……俺と、付き合ってほしい」

 

 まっすぐで、ごまかしのない言葉。

 

 私なんかのことを、そんな風にずっと見ていてくれたんだって思うと、すごく嬉しかった。柴田くんの気持ちは、ちゃんと私の中に届いた。

 

「……ありがとう、柴田くん。私のことを、そんな風に好きになってくれて」

 

 私は柴田くんから目を逸らさずに、ゆっくりと言葉を返した。

 

 嬉しい。でも、だからこそ、中途半端な気持ちで頷くことはできない。

 

「でもね……ごめんなさい。柴田くんとは、付き合えない」

 

 私の言葉を聞いて、柴田くんの肩が少しだけ揺れた。

 

「柴田くんのことが嫌なわけじゃないの。明るくて優しい柴田くんのことは、クラスの大切な仲間として、大好きだよ。……でも、私のその『好き』は、きっと柴田くんが言ってくれた『好き』とは、違うんだと思う」

 

 胸に手を当てて、自分の気持ちを確かめるように言葉を探す。

 

「もし付き合うことになったら、絶対に毎日楽しいし、一緒にいるうちに恋愛としての『好き』に変わっていくかもしれない。……だけど、そんな『かもしれない』っていう曖昧な気持ちのまま柴田くんと付き合うのは、すごく不誠実だと思うの。柴田くんの真っ直ぐな気持ちには、ちゃんと真っ直ぐに応えたいから」

 

 だから、ごめんなさい。

 私が深く頭を下げると、渡り廊下に少しの間、静かな時間が流れた。

 

「……そっか」

 

 やがて、柴田くんの小さく息を吐く声が聞こえた。

 

 顔を上げると、彼は少しだけ寂しそうに微笑んでいた。

 

「ごめんな。一之瀬に、そんな辛そうな顔をさせて」

 

「え……?」

 

「俺は、いつも明るい笑顔の一之瀬が好きなんだ。だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ」

 

 自分の方が絶対に辛いはずなのに。断られたばかりなのに、柴田くんは私を気遣ってくれている。

 

 その優しさに触れた瞬間、不意に視界が滲んだ。

 

「……ごめん。ごめんね……」

 

 堪えきれずに、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 

「俺こそごめんな。一之瀬なら、俺の気持ちを真剣に聞いてくれて、すごく悩ませたり、悲しませたりするかもしれないってのは分かってたんだ。……でも、この気持ちを、どうしても伝えたかったんだ。俺の我儘で、そんな気持ちにさせてごめんな」

 

 柴田くんはそう言って、いつものような、太陽みたいにニカッとした笑顔を見せた。

 

「ありがとうな、一之瀬! 振られちゃったけど、勇気を出して伝えられて良かった! ……これからも、友達でいてくれるか?」

 

「うん。……うんっ! もちろんだよ!」

 

 私は袖で乱暴に涙を拭いながら、力強く頷いて笑い返した。

 

 柴田くんは満足そうに頷くと、最後に私の顔を見て、優しく言った。

 

「いつか、一之瀬にも本当に好きな人ができて、その人と幸せになれるといいな! その時は、俺も全力で応援するぜ!」

 

 真っ直ぐで、どこまでも優しい柴田くんの言葉。

 

 その温かい心遣いに、私は精一杯の笑顔を返した。

 

「……うん。ありがとう、柴田くん。……柴田くんも、絶対に素敵な恋をしてね!」

 

 修学旅行の最後の夜。

 

 舞い落ちる雪の中で交わした言葉は、少しだけほろ苦く、だけどとても温かかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 渡り廊下での時間から数十分後。

 

 私がひよりとラウンジで静かな時を過ごしていると、コツコツという足音と共に、柴田が姿を現した。

 

「よっ! やっぱり今日もここにいたんだな!」

 

 彼はいつもと変わらない元気な声で私に手を挙げた。

 

 だが、その張り上げた声のトーンや、口元に張り付いた笑顔には、明らかな無理と違和感が滲み出していた。

 

「……柴田くん」

 

 ひよりが気遣わしげに小さく名を呼ぶ。

 

「椎名さん、この修学旅行で結構相談に乗ってもらってありがとうな。……藍染も、お前の言葉のおかげで、俺は勇気を出すことができたよ」

 

 柴田はそう言って、ニカッと笑ってみせた。

 

(……女子の目があっては、男はなかなか本当の弱音を吐けないものだからな)

 

 私は柴田の心情を慮り、傍らのひよりへそっと視線を送った。

 

「――ひより」

 

「はい。……私は、部屋に戻りますね」

 

 私の静かな意図を瞬時に汲み取ったひよりは深く頷き、そっとラウンジを後にした。

 

 彼女の足音が完全に遠ざかり、薄暗い空間に私と柴田の二人だけが残される。私は向かいのソファに視線を向け、彼に座るよう促した。

 

「――魂が悲鳴を上げているのなら、無理に偽りの仮面を被る必要はない。今、この場には私と君しかいないのだから」

 

(訳:辛い時まで、無理して笑わなくてもいいよ。ここには俺とお前しかいないから)

 

「…………っ」

 

 私の言葉が引き金となったのか。

 

 柴田の無理に作っていた笑顔が崩れ落ち、その大きな目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。

 

 彼は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣きじゃくった。

 

 私は何も言わず、彼が流す涙が枯れるまで、静かにその場に座り続けた。

 

 

 数分後。

 

 袖で乱暴に目元を拭った柴田は、赤く腫らした目で私を見た。

 

「……ありがとうな。ああ、やっぱり……辛いな。振られるって、こんなにキツいんだな」

 

 彼は震える声でそう零した後、小さく息を吐いた。

 

「でも……最後には、一之瀬の幸せを願うことが出来た。俺を振って、一之瀬まで辛い気持ちのまま終わる告白にならなくて、本当に良かった」

 

 柴田は涙の跡を残したまま、不器用に、けれど心からの安堵を浮かべて笑った。 

 

(……本気で好きだった相手に想いを伝えて、フラれて。それでもなお、真っ先に相手の幸せを願えるのか。柴田、お前ってやつは……)

 

 私は柴田の真っ直ぐすぎる優しさに素直に胸を打たれ、彼への最大限の敬意を込めて口を開いた。

 

「――望んだ結末に手が届かずとも、なお他者の幸福を祈れるか。その心の強さと優しさこそが、君という人間の真の価値だ。誇るがいい。君の放った光は、決して色褪せることはない」

 

(訳:自分のことより一之瀬の幸せを願えるなんて、本当にお前は強くて優しい男だよ。勇気を出して想いを伝えたこと、心からすごいと思うよ)

 

「ははっ!……うん、やっぱり好きな人には、笑顔で幸せでいてほしいからな」

 

 柴田は照れくさそうに頭を掻いた。

 

「……本当は俺が、その隣で一之瀬を幸せにしたかったけどな」

 

 誰に聞かせるでもなく呟かれたその言葉は、彼の中に残る、純粋で偽りのない未練だった。

 

 だが、柴田はすぐに両手でパンッと自分の頬を強く叩いた。

 

「よしっ! これで気持ちは切り替えるぜ! いつまでも引きずってられないからな!」

 

 彼は立ち上がり、太陽のような――今度は無理をしていない、彼本来の眩しい笑顔を浮かべた。

 

「――ああ。君の進む道に、次こそは暖かな陽光が降り注ぐことを祈ろう」

 

(訳:うん、その意気だ。柴田のこれからの恋を応援してるよ)

 

 私がフッとオサレに笑いかけると、柴田は「サンキューな!」と力強く答え、部屋へと戻っていった。

 

 私は彼の真っ直ぐな背中を見送りながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

(……柴田のやつ、本当にすごいな)

 

 自室への廊下を歩きながら、私は深く思考する。

 

(もし、俺が同じ立場だったら……ひよりが他の誰かの隣で笑っているところを、あんな風に心から祝福できただろうか)

 

 もちろん、彼女が幸せそうに笑ってくれるならば、それが私にとっても一番の幸せだ。

 

 だが――その隣で彼女を笑顔にしているのが『私以外の誰か』だなんてことは、絶対に認められない。

 

 私は自分で思っている以上に、ひよりに対して強い執着と独占欲を抱いている。

 

 だからこそ、自分の痛みより相手の笑顔を優先できた柴田の背中が、どことなく眩しくて、少しだけ羨ましくも感じられた。

 

 

 

 

 自室のふすまを開けると、そこには第七グループの男子メンバーたちが集まり、他愛のない話題で盛り上がっていた。

 

 アニメの魅力を熱弁する外村、その横で頷くアルベルト、そして楽しそうに笑う里中。

 

 私は彼らの輪に加わり、クラスの垣根を越えた仲間たちと共に、修学旅行の最後の夜を穏やかに過ごした。

 

 窓の外では、雪が静かに降り積もっている。

 

 明日になれば、私たちはこの白銀の非日常から、再びあの高度育成高校という戦場へと戻ることになる。

 

 迫り来る三学期の足音を遠くに感じながらも、私は確かな充足感と共に、静かな眠りへと落ちていった。

 

 

 




たくさんの温かいコメントや高評価、本当にありがとうございます!

これからも楽しんでいただける作品にできるよう頑張っていきますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!
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