いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
体育館での紅白幕の設置や、パイプ椅子の準備など、生徒会役員としての仕事を終えた私たちは、その場で解散となった。
後輩たちや堀北が先に帰路につく中、私と一之瀬は体育館の出口で立ち止まった。
「ねえ、藍染くん。クリスマスイブの日は、ひよりちゃんと二人きりで過ごさなくても本当に良かったの?」
一之瀬が、純粋な疑問といった様子で小首を傾げて聞いてくる。
私たちのクラスでは二十四日にクリスマスパーティーを企画しており、私とひよりもそれに参加する予定になっていた。
「――星々が集う宴もまた、聖夜を彩る一つの光だ。仲間とその光を分かち合うことも、愛しき月の傍らで静かな時を過ごすことも……私はどちらも手放すつもりはないよ。宴が幕を下ろしたなら、その後は月と共に夜を歩もう」
(訳:俺もひよりも、クラスでのクリスマス会を当然楽しみにしているからね! それにクリスマス会は夕方には終わるし、その後はひよりと過ごすよ!)
私がオサレにキメると、一之瀬はパッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
「そっか! ひよりちゃんも、藍染くんと付き合っての一年記念日ってことで、すっごく嬉しそうにしてたからね。当日は、絶対に幸せな日にしてあげてね!」
「――ああ、もちろんだ」
その大切な日を最高のものにするためにも、準備に抜かりがあってはならない。
一之瀬と別れた私は、冷たい冬の風が吹く中、ケヤキモールへと向けて歩き出した。
愛する恋人の喜ぶ顔を想像しながら、クリスマスプレゼントを探すために。
◇ ◇ ◇
夕刻のケヤキモール。
きらびやかなイルミネーションが点灯し、クリスマスソングが流れる喧騒の中、私はジュエリーや貴金属を扱う高級路線の店舗へと足を踏み入れた。
(さて……付き合って一周年、そしてクリスマス。この特別な日に贈るプレゼントとして、絶対に外すわけにはいかない。何をプレゼントしようか……)
私はガラス張りのショーウィンドウを横目に歩きながら、内心で深く思考を巡らせていた。
洗練された店内を静かに見て回っていると、ふと、あるショーケースの一角で私の足が止まった。
そこに飾られていたのは、華奢で上品なデザインの女性用腕時計だった。
文字盤は雪を思わせるパールホワイトで、細いシルバーのベルトが繊細な手首を美しく彩るような意図で作られている。派手すぎず、それでいて確かな気品を放つその時計は、ひよりの銀色の髪や可憐な佇まいに恐ろしいほど調和するだろう。
(これいいな。ひよりに絶対に似合うはずだ)
箱を開け、自分の腕にこの時計を当てて嬉しそうに微笑むひよりの顔が、容易に脳裏に浮かんだ。
私は迷うことなく店員を呼び、オサレな言い回しでその時計を包むよう指示を出した。
◇ ◇ ◇
無事にプレゼントを購入し、美しくラッピングされた小さな紙袋を手に寮への帰路についていた時のことだ。
完全に日の落ちた冬の空は澄み切り、吐き出す息は濃い白を帯びて夜気へと溶けていく。
凍えるような冷風が吹き抜ける中、前方の街灯の下を、見覚えのある背中が歩いているのを発見した。
両手には、それぞれ異なるブランドのロゴが印字された小さな紙袋が合計『三つ』握られている。
「――奇遇だね。君も、聖夜に瞬く星を摘みに来ていたのかい?」
(訳:清隆も、クリスマスプレゼントを買いに行ってたの?)
私がオサレに声をかけると、清隆はゆっくりと振り返り、私の顔と手元の紙袋を交互に見た。
「ああ。三人分選ぶとなると骨が折れたが、それぞれ喜んでもらえるようなプレゼントを選べたと思う」
清隆は、手に提げた三つの紙袋を少し持ち上げて、淡々とそう答えた。
(……まあ、倫理観はともかく、本人たちが幸せならそれでいいか)
私は内心で微かな諦めを抱きながら、あくまで他者の恋愛には寛容な強者としての余裕を崩さずに問いかけた。
「――聖夜の宴を、君はどう過ごすつもりだ? 三つの星を同じ夜に輝かせるのかい?」
(訳:クリスマスはどうするの? 三人と同時にデート?)
「ああ。四人で、オレの部屋でクリスマスパーティをする予定だ」
清隆の口元が、微かに弧を描いた。
(うん。清隆も幸せそうで何よりだな! ……こうして堂々と三股をして、将来政治家となって一夫多妻制を導入するんだって本気で考えている清隆の姿を、あの親父さんが見たら……野望なんて諦めて崩れ落ちそうな気もするな……)
私が内心で余計な想像をしていると、清隆が口を開いた。
「惣右介も、クリスマスは椎名と過ごすのか?」
清隆の問いに、私はコートの襟を僅かに正しながら応える。
「――聖夜の鐘が鳴るまでは、星々が集う宴を楽しむさ。だが、宴が終われば、愛しき月をゆっくりと愛でよう。そして翌日は、この箱庭で彼女と二人きりの時間を紡ぐつもりだよ」
(訳:イブの日は、夕方まではクラスのみんなとクリスマスパーティーをして、その後ひよりとデートをする予定だよ! クリスマス当日はケヤキモールでデートをしようかなって、ひよりと話してるんだ)
私がオサレな笑みで予定を告げると、清隆はピタリと歩みを止め、少しだけ不思議そうな目で私を見た。
「夕方までクリスマスパーティーをして、その後は外でデートをし……ただ健全に時間を過ごす。そういうスケジュールなんだな」
「――ああ。聖なる夜の煌めきを共に眺め、心通わせる。それだけで十分すぎるほど満たされるからね」
(訳:うん。一緒にイルミネーションを見たりして、楽しく過ごす予定だよ)
私が微笑みながら肯定すると、清隆は首を傾げて問いを重ねてきた。
「……クリスマスイブの日なのに、惣右介の部屋に泊まらないのか?」
「…………」
(そりゃそうでしょ。寮の門限もあるし。まあ、去年も年越しの日は年が明けるまでは一緒に居たけどさ)
高校生としての健全なルールに従っているだけのことに、なぜ疑問を抱かれるのか。私は内心で首を傾げつつも、涼しげな表情のまま言葉を紡いだ。
「――この箱庭には、夜の帳を下ろす絶対的な理が存在するからね。刹那の熱に浮かされ、自らその理を破却するような真似はしないさ」
(訳:寮の門限があるからね。校則を破ってまでお泊まりはしないよ)
「なるほど、学校のルールは守るということか。……だが、まさかとは思うが、まだなのか?」
「――『未踏』とは、何のことかな?」
(訳:まだって、何のこと? )
私が余裕たっぷりにオサレに問い返すと、清隆は小さく息を吐き、静かに言った。
「……いや。その、そんな日にお泊まりをしないということは、まだ抱いていないのか?」
「…………」
(……抱く、って……ええええええええええっ!? そういうこと!?)
脳内でひよりの無防備な寝顔や、ふとした瞬間に見せる色気がフラッシュバックし、顔面が急激に熱を持っていくのがわかる。
「――まだ訪れぬ刻を、焦って迎える必要はない。我々は今もなお、共に歩む途上にあるのだからね。定められた理を踏み越えるような真似は、王の歩む道ではないさ」
(訳:俺たちまだ高校生なんだから早くない!? それに不純異性交遊は校則違反だよ!)
私が完璧な純潔を纏ったオサレポエムで反論すると、清隆は沈黙した後、ふっと呆れたような笑みをこぼした。
「普段から、『理とは理に縋らねば生きていけぬ者の為にあるのだ』とか、『理の涯へ』とか言っている割には、随分と『学校の理』に縛られているな」
「…………」
(ぐぬぬ、確かによく言ってるけど……! 好きで言ってるわけじゃないし、俺の意思じゃないんだよ……っ!)
私は内心の激しいツッコミを完璧に抑え込み、あくまで涼しげに、反撃の問いを放った。
「――フッ。ならば問おう。他者の歩みを指南する君自身は、既にその三つの星と深淵を覗き込んだというのかい?」
(訳:じゃあ聞くけど、清隆はもうその三人全員と最後までいってるわけ?)
すると、清隆は全く悪びれることなく、真顔で頷いた。
「ああ。恵とはすでにそういう行為をしていたが、最近、麻耶と愛里ともようやく済ませたところだ」
「なん……だと……?」
思わず、私の口から驚愕の声が漏れ出た。
(済ませた!? キスを通り越して、すでに三人とも最後までいってんの!? 軽井沢さんはともかく、他の二人は付き合ったばっかりでしょ!?)
「女性によってアプローチや感じ方が違うからな。やはり座学と実技は違うと実感しているところだ。ちなみに、クリスマス当日は三人を同時に相手取るつもりだ」
(三人同時!? 修羅場を通り越して狂気の沙汰じゃないか!! どんな体力とメンタルしてんだよお前は!?)
私が内心で盛大にツッコミを入れ、常軌を逸した彼の恋愛事情に戦慄していると、清隆は静かに言葉を継いだ。
「少し話が逸れたが……惣右介。付き合って一年で、それもクリスマスという特別な日だ。そこでもお前が全く手を出さないとなると、椎名の方が不安になるんじゃないか?」
「……不安……だと……?」
「ああ。自分が女性として魅力がないから手を出してこないのか、と勘違いさせてしまう可能性はある。大切にするのと、ただ臆病になっているのは違うぞ」
「…………」
(……そりゃ俺だって、ガワはともかく中身は普通の健全な男だし、ひよりとそういうことも……いつかはしたい、とは思ってるけどさ……。でも……ひよりを傷つけたくないし、どうしたらいいんだ……?)
ヘタレな本音が脳内を駆け巡るが、私はオサレなポーカーフェイスを必死に維持し、余裕めいた笑みを浮かべた。
「――ならば、私に助言をする権利を与えよう。迷える羊に、君なりの真理を説いてみるといい」
(訳:じゃあ、どうしたらいいか教えてくれないかな?)
私がオサレに促すと、清隆はさらに一歩私に近づき、どこか達観したような『恋愛マスター』の顔つきになった。
「フッ……オレの経験則からいうと、こういうのはなかなか女性側からは踏み込めないものだ。恥じらいや抵抗があるからな。だが、女性側からすでにそういったサインを出していることも多い」
(何だその顔!? めちゃくちゃ馬鹿にされてる気がするんだけど!? 自分が経験済みだからって、そんなドヤ顔でアドバイスしてこなくてもいいだろ!?)
私は内心のツッコミを必死に隠し、涼しげな表情で問い返した。
「――君の言う『道標』とは、何のことかな?」
(訳:……サインって、どういうの?)
「そうだな。たとえば、二人で部屋にいる時に上目遣いでじっと見つめてきたり、無防備に手を絡ませてきたりといった、身体的接触を許容する行動だな。そうしたサインを、お前は見逃していないか?」
(…………めちゃくちゃ心当たりはあるな……!)
私の脳裏に、最近のひよりの姿が鮮明に蘇る。以前よりも距離が近くなり、抱きついてくることも増えていた。
だが私は、そんなひよりをただ「可愛いなぁ」と思いながら頭を撫でたり、軽く口づけを交わしたりして満足していた。
(俺はずっと、ひよりが出していたサインをスルーし続けていたのか……!? 紳士ぶって頭を撫でていたあの時、ひよりは内心で『このヘタレ!』って思ってたのか……!?)
「大事にしたい気持ちは分かるが、行動で示さなければ伝わらないこともある。タイミングは見失わない方がいいぞ」
恋愛マスターからの的確すぎる助言。私は、ぐぬぬ……と内心で呻くことしかできなかった。
底冷えするような冬の帰り道。街灯の薄暗い光が、私たちの間に長く濃い影を落としている。
清隆はふと夜空を見上げ、白く濁る息を長く吐き出した。
「……まさか、こんな風にお前と恋バナをする日が来るなんてな」
(…………まぁ、内容はともかく。清隆とこうして普通の高校生みたいに恋愛の話ができるのは、なんだかんだ言って嬉しいな)
私は内心の温かな感情を隠し、フッと不敵な笑みをこぼしてみせた。
「――時の流れは、残酷なまでに我々を変容させるものさ。かつて見上げていた空の色など、今となっては誰も覚えていないようにね」
(訳:本当にそうだね。昔じゃ考えられないことだよ)
「そうだな」
清隆は静かに同意し、かつて私と彼が共に過ごした真っ白な施設を思い返すように、目を細めた。
「ホワイトルームにいた頃は、クリスマスなんて概念すら、ただの不要な知識としてしか知らなかった。それが今では、誰かのためにプレゼントを選び、こうしてお前と互いの恋愛事情を話し合っている。……妙な気分だ」
(……俺だって、あの清隆が女子三人を侍らせてクリスマスパーティを開く未来なんて、欠片も想像していなかったよ…………)
ホワイトルームの最高傑作が、今や誰よりも青春を謳歌している。その事実に、私は静かな感慨を覚えていた。
◇ ◇ ◇
――そして、その日の夜。
(…………眠れない)
消灯した自室のベッドの上で、私は天井を見つめたまま大きく寝返りを打った。
(ひよりを不安にさせている……サインを見逃している……タイミングを見失うな……)
清隆に突きつけられた言葉と、ひよりの無防備で愛らしい仕草が頭の中をぐるぐると回り続け、顔に一気に熱が集まっていくのがわかる。
(い、いや、でも俺たちまだ高校生だし! でも、ひよりが本当にそう思ってくれてるなら……俺も、男として応えるべきなのか……!? いやいや、でもやっぱり……!)
堂々巡りの葛藤は、深夜になっても一向に収まる気配を見せなかった。
私はクリスマスを目前に控えた冬の夜、全く眠りにつけないまま、ひたすらベッドの上で身悶えし続けるのだった。