いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
十二月二十四日。ケヤキモール内の大型カラオケ店舗にあるパーティールーム。
Aクラスの面々によるクリスマスパーティーは、和気藹々とした賑やかな熱気に包まれていた。
「それじゃあ、お待ちかねのプレゼント交換会を始めるよーっ!」
一之瀬の元気な掛け声と共に、クラスメイトたちが持ち寄ったプレゼントがテーブルの中央に山積みにされる。くじ引き形式で順番に番号を引いていき、該当するプレゼントを受け取っていくという王道のルールだ。
まずは私のプレゼントが、網倉の手に渡った。
「あ、これ藍染くんからだ! わあ、お洒落なお菓子だね! さすがは藍染くん!」
中身を確認した網倉が、嬉しそうにパァッと顔を輝かせる。
(良かった……! 俺の選んだ無難なチョイスが刺さったようだ。網倉、君は本当にわかっているな!)
私は内心で盛大なガッツポーズを決めつつ、フッと優雅な笑みを浮かべた。
「――異国の地より訪れし甘美な欠片だ。日々のひとときに、ささやかな彩りを添えてくれるだろう」
「うんっ! ありがとう!」
幸先の良いスタートに気を良くしていると、いよいよ私の番号が呼ばれた。
私へ手渡されたのは、薄く平べったい、綺麗にラッピングされた四角い包みだった。
「ふふっ。藍染くん、開けてみてください」
プレゼントの主である白波千尋が、なぜか渾身のドヤ顔で私の前に立っていた。
「――君の選んだ星の瞬き、謹んで紐解かせてもらおう」
私はオサレに応じ、丁寧に包装紙を開く。
中から現れたのは、ハードカバーで装丁された、立派な『フォトブック』だった。
私はゆっくりとその表紙をめくり――数秒後、完全に動きを止めた。
「…………」
(な、なんだこれ!? 一之瀬の写真集!?)
ページをめくってもめくっても、一之瀬の真剣な顔、一之瀬の笑顔、一之瀬の食事シーンなど、あらゆる角度から激写された一之瀬帆波の姿しか存在しなかった。
「特製の帆波ちゃん写真集です! ひよりちゃんと一緒に見てくださいね!」
白波が胸を張って高らかに宣言する。
(これをひよりと見るの!? 彼女と一緒に他の女子の写真集を眺めるとか、どんな感情で見ればいいんだ!? てか、一之瀬の許可は得てるのかこれ!?)
私が内心で激しいツッコミを入れていると、異変に気づいた一之瀬が顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
「ち、千尋ちゃん!? 本当に作っちゃったの!? 冗談かと思ってたのに!?」
「私の部屋にも、観賞用と保存用と布教用に三つは常備しています! 帆波ちゃんにも後でプレゼントするね!」
「あ、あはは……」
親友の深すぎる愛情に、一之瀬は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。
「――そうか」
私は全てを悟り、パタンと写真集を閉じて諦めたように息を吐き出した。
(去年の神崎からの『ポエム集』といい……なんで俺は二年連続でこんな変なプレゼントが当たるんだよ……)
そんな私の悲哀など知る由もなく、プレゼント交換会は滞りなく進んでいく。
やがて、神崎のプレゼントが姫野の手に渡った。
「ほっ……神崎くんのプレゼントってちょっと不安だったけど、なんだかまともそうでよかった」
姫野は黒いレザーのカバーがついた、手帳のような重厚な本を受け取り、ホッと胸を撫で下ろした。
「中を見てくれ」
神崎が腕を組み、自信満々に促す。
姫野が言われた通りにパラパラとページをめくり――そして、私と同じようにピタリと固まった。
「……ど、どうしたの、姫野さん?」
一之瀬が心配そうに覗き込み、手帳の中身を見た瞬間、一之瀬までもが石像のように硬直した。
「これまでの藍染の言葉をしたためた、特製の手帳だ。姫野もこれを見て、日々の自己研鑽に励むといい」
神崎が、さも素晴らしいものを与えたかのようなドヤ顔で言い放つ。
(神崎ィィィィィィ!? 何してくれてんの!? それ俺の黒歴史ノートみたいになってるじゃんか!? 誰がそんなもん欲しがるんだよ!!)
静まり返った空間の中、一之瀬がゆっくりと顔を上げ――その背後に、どす黒いオーラを立ち昇らせた。
「……神崎くん。ちょっと、こっちに来て」
「む? なんだ、一之瀬。この言葉の深淵が理解できないと――」
「いいから。座って」
一之瀬は絶対零度の声で神崎を強制的に正座させると、淡々と、しかし容赦のない説教を開始した。
「……人の発言を勝手に記録して配るとか、常識的に考えてあり得ないよね? しかも姫野さんがこれをもらってどう使えっていうの? 藍染くんにも大迷惑だし、だいたい神崎くんは最近ちょっと……」
(うぐっ……! 一之瀬ェェェ……! 神崎への説教なのに、元凶である俺にもめちゃくちゃ言葉の刃が刺さってる……っ!)
私は一人、誰にも気づかれないように内心で致命傷を負いながら、賑やかなパーティーの終わりを待った。
◇ ◇ ◇
平和でドタバタとしたクラスでのクリスマスパーティーを経て、夕方。
クラスメイトたちに見送られながら、私とひよりは一足先にパーティーを抜け出し、二人きりの時間を迎えていた。
すっかり日の落ちたケヤキモールの中庭。立ち並ぶ木々に施されたイルミネーションが、幻想的な光の海を作り出していた。
「わあ……綺麗ですね」
ひよりが白い息を吐きながら、キラキラと輝く瞳で光のアーチを見上げている。
冷たい風が吹き抜けると、彼女は少しだけ肩をすくめ、私の右腕にきゅっと身を寄せてきた。
「……んっ」
腕越しに伝わってくる柔らかな感触と、どこか大人びた甘い香り。
いつもより密着度が高く、上目遣いで私を見つめるひよりの瞳には、普段とは違う微かな熱と、『誘い』にも似た色が滲んでいた。
(くっ……! 清隆の言葉を意識しないようにしても、これだけ密着されると心臓が破裂しそうだ!)
私は内心で盛大に動揺しつつも、表面上はオサレなポーカーフェイスを維持し、彼女をエスコートして光の海を歩いた。
イルミネーションを堪能した後、私たちは私の寮の部屋へと場所を移した。
手早く用意した手料理のディナー――ローストビーフやクリームシチューなどを並べ、二人だけのささやかな宴を開く。
「惣右介くんのお料理、やっぱりすごく美味しいですっ」
「――君の笑顔という極上のスパイスがあれば、どんな凡庸な皿も至高の晩餐に変わるからね」
(訳:喜んでくれて嬉しいよ。たくさん食べてね)
美味しい食事を終え、食後の温かい紅茶を二人で飲みながら、私たちはとりとめのない会話に花を咲かせた。
今日のクラスでのパーティーの出来事や、最近読んだお互いのお気に入りの本の話。穏やかで、満ち足りた時間が流れていく。
やがて、私たちは自然と並んでソファに腰を下ろしていた。
部屋の中には静かなクリスマスソングが流れ、窓越しに見えるイルミネーションが、優しく二人を照らしている。
「……惣右介くん」
ひよりがそっと私の肩に体を預けてきた。
彼女は、自分の指先を私の手へと滑らせるようにして、ゆっくりと指を絡ませてくる。
「…………っ」
そして、上目遣いでじっと私を見つめてきた。
その瞳は少しだけ潤みを帯びていて、どこか無防備で。
「……惣右介くん。……大好きです」
かすれた、けれど甘い声色と共に、ひよりはギュッと絡ませた手に力を込め、顔を近づけてきた。
私も吸い寄せられるように目を伏せ、そっと唇を重ね合わせた。
微かな音が部屋に響き、互いの熱がじんわりと伝わってくる。
だが。ふと部屋の時計に目をやると、寮の門限の時間が刻一刻と迫りつつあった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。私の視線の先に気づいたのか、ひよりも時計を見上げ――その瞬間、彼女の顔から微かに微笑みが消え、寂しそうに俯いた。
「……もう、こんな時間なんですね」
私と絡ませたままの指先が、わずかに震えている。
(……ひよりだって、恥じらいや、もし俺に拒絶されたらという恐怖だって当然あるはずだ。それでも勇気を出して、俺に想いを伝えてくれようとしていたんだ)
彼女の健気な覚悟に、私の胸がギュッと締め付けられる。
(彼女のその勇気を、俺の臆病な心で無駄にするわけにはいかない……!)
私は、彼女の華奢な体を、正面から深く、強く抱きしめ返した。
「……惣右介、くん……?」
驚いたように見上げるひよりの瞳を、私は真っ直ぐに見つめ返す。
強者としての矜持も、不格好な迷いも、今はどうでもよかった。ただ、目の前の愛しい少女に、私の全ての熱を伝えるためだけに。
「――理とは、越えてはならぬ境界を人がそう呼んだだけのものだ。ならば今宵、君と私を隔てる理を一つ越えよう。月の光さえ届かぬ、その涯まで。……私の愛しい月よ。共に来てくれるか」
(訳:今日は帰したくない。……このまま一緒にいたい。ひよりの全てが欲しい)
私の言葉の真意を完璧に読み取ったひよりは、一瞬だけ目を丸くした後。
頬を林檎のように真っ赤に染め、けれど決して逸らすことなく、真っ直ぐに私の瞳を見つめ返して、こくりと小さく頷いた。
「……はいっ。惣右介くんと一緒なら、どこへでも。……私も、惣右介くんの全てが欲しいです」
部屋の灯りを落とすと、窓から差し込むイルミネーションの微かな光だけが、二人の影を照らし出した。
触れ合う肌の温もりが、冬の冷たい空気を溶かしていく。
不器用ながらも優しく重ねられる口づけ。互いの鼓動が、静かな部屋に深く響き渡る。
甘い吐息と、シーツの擦れる微かな音。
聖なる夜の静寂の中、重なり合った二つの軌跡は、誰にも邪魔されることなく、熱を帯びた深淵へとゆっくりと沈んでいった。
◇ ◇ ◇
翌朝。十二月二十五日。
カーテンの隙間から差し込む朝の光に、私はゆっくりと目を覚ました。
微かなまどろみの中、右腕に感じる確かな重みと、鼻をくすぐる甘い香り。
視線を下ろすと、そこには私の腕を枕にして、無防備な寝顔ですやすやと心地よさそうに寝息を立てるひよりの姿があった。
(……結婚したら、毎朝こんな感じなのかな……? ……ものすごい幸せだな、これ!!)
私は内心で盛大に身悶えし、天を仰いだ。
(……いや待て。落ち着け俺。生徒会長たるこの俺が、『門限破り』だけでなく『不純異性交遊』という特大の校則違反まで犯してしまった……! チャラい南雲先輩はともかく、厳格だった学先輩には、合わせる顔がないな……。本当にごめんなさい……っ!)
生真面目な元生徒会長へ心の中で土下座しつつも、愛する恋人と結ばれたという圧倒的な幸福感は、微塵も揺らぐことはなかった。
私がそんな葛藤を抱えながら、彼女の銀糸の髪をそっと撫でていると。
「ん……ふぁ……」
ひよりが小さく目を擦りながら、ゆっくりと目を開けた。
「……あ。惣右介くん……おはようござい、ます……」
寝ぼけ眼でふにゃりと微笑みかけてきたが、数秒後。
昨夜の甘い記憶と、現在の状況を完全に自覚したのだろう。ひよりはハッとして、頬を限界まで真っ赤に染めた。
恥ずかしそうに視線を泳がせながらも、彼女は逃げることなく私を見つめ返し、花が綻ぶような、最高に愛らしい笑みを浮かべた。
「……私、とっても幸せです」
「…………っ!」
(か、可愛すぎる……!! 俺も本当に幸せだよ……っ!!)
朝から投下された彼女の極上の愛らしさに、私の内心の心拍数は一気に限界を突破した。
だが、ここでデレデレと顔を崩すわけにはいかない。
(と、とにかく、ひよりの体調を確認しないと! 昨夜は……その、色々とあったわけだし、彼女の華奢な体に負担がかかっていないだろうか!? 痛んだり、熱を出したりしていないか!?)
私は内心でひどくオロオロと案じながらも、激しく動揺する本心を完璧なポーカーフェイスで覆い隠し、どこまでも甘く、オサレな声で紡いだ。
「――目覚めの気分はどうかな? 身体の具合は……無理はしなくていい。今日はこの箱庭で、ゆっくりと羽を休めようか」
(訳:おはよう、ひより。体は大丈夫? 今日はお家でゆっくりしようか)
私の過保護なまでの気遣いに、ひよりは頬を赤らめたまま「ふふっ」と優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。惣右介くんが……とっても、優しくしてくれましたから」
「――昨夜、私に心を預けてくれた君が、朝の光にその身を蝕まれてはいないかと案じていたのさ。……あれほど美しい月を、夜明けの光で曇らせてしまうわけにはいかないからね」
(訳:昨日のひよりが可愛すぎたから、疲れが出てないか心配だったんだよ)
「も、もうっ……! 惣右介くんのばか……。そういうこと、平気な顔で言わないでください……っ」
ひよりは恥ずかしさで顔から火が出そうなほど赤くなり、私の胸元にぽすぽすと軽い抗議のパンチを繰り返した。
ひとしきり照れた後、ひよりはふふふと嬉しそうに笑い声を漏らし、私の胸にコトンと頭を預けた。
「ふふっ。……惣右介くんって、本当に私のことを大切にしてくれますね」
「――当然のことさ」
「……昨夜だって、私が少し寂しそうにしただけで、必死に自分の臆病さを隠して背伸びしてくれて……。今も、私のことを心配して、内心すごくオロオロしてるんじゃないですか?」
「…………!」
ひよりは私の心の内をすべて見透かしているかのように、愛おしそうな瞳で見上げてくる。
「普段のスマートな惣右介くんも大好きですけど、そういう不器用で、可愛らしいところがある惣右介くんも……私、大好きですよ」
「…………っ!」
(ひよりの優しさと包容力には、本当に敵わないな……)
愛しい恋人の深い理解と優しさに、私の心は温かい幸福感で完全に満たされていく。
(……それにしても。終業式の後に、ご丁寧に『アレ』をプレゼントしてくれた天沢には……非常に癪ではあるが、今回ばかりは少しだけ感謝しないとな)
結果的に私の背中を押す一因となった小悪魔な後輩の存在を内心で少しだけ感謝しつつ、私は彼女の華奢な背中にそっと腕を回した。
「……あの、惣右介くん。今日はここでゆっくり過ごすのも素敵ですけど……せっかくのクリスマスですし、お出かけしませんか?」
「――お出かけ、かい?」
「はいっ。お昼までこのままゆっくりして……そのあと、二人でケヤキモールに行きたいです」
ひよりの提案に、私はフッと柔らかな笑みをこぼした。
「――ああ、異存はないさ。君の望む場所へ私が導こう」
(訳:そうだね! お昼から一緒にケヤキモールへデートに行こうか)
その後、私たちはお昼までの静かな時間を部屋でまったりと過ごし、ゆっくりと身支度を整えてから、食卓へと移動した。
私が手早く用意したブランチと、温かい紅茶を楽しみながら、穏やかな時間が流れていく。
食後の紅茶を飲み終えたところで、私は部屋の隅に置いていた小さな紙袋を手に取り、ひよりの正面へと座り直した。
「――ひより。……少し、いいかな」
「はいっ」
私はオサレな所作で紙袋の中から綺麗にラッピングされた箱を取り出し、彼女の前にそっと差し出した。
「――君と歩んだ一年が、今日ひとつの節目を迎えたね。……過ぎ去った時間に感謝を。そして、これから紡ぐ時間に願いを込めて。君に贈ろう」
(訳:付き合って一年の記念日と、クリスマスのプレゼントだよ。受け取ってね)
「あ、ありがとうございます……!」
ひよりはパァッと顔を輝かせ、丁寧にリボンを解いて箱を開けた。
中から現れたのは、雪を思わせるパールホワイトの文字盤を持つ、華奢なシルバーの腕時計。
「わあ……! とっても綺麗……。あの、惣右介くん。実は私も……」
ひよりは嬉しそうに目を潤ませると、自分の鞄から同じようにラッピングされた箱を取り出し、私へと差し出した。
受け取って中を確認すると、そこに入っていたのは――シックな黒の文字盤を持つ、洗練されたデザインの男性用腕時計だった。
「…………!」
まさかのお揃い。
お互いに『時計』という同じ選択をしていた事実に、私は驚きと共に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ふふっ。お揃い、ですね」
ひよりがはにかむように微笑む。
「――フッ。互いの軌跡を刻むための秒針が、同じ形をしていたとはね。我々の歩む未来が、すでに一つに重なっている証左だろう」
(訳:すごい偶然だね! すごく嬉しいよ。大切にするね)
「はいっ。私も、ずっと大切にします」
お互いにプレゼントの時計を腕に着け、嬉しそうに見せ合う。
付き合って一年。特別な記念日の朝。
窓の外に広がる澄み切った冬の空のように、私たちの絆は、確かな熱を伴って新たな未来へと紡がれていくのだった。