いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
前半戦の10ターンが終了し、試験は40分間の昼食休憩へと突入した。
私とひより、そして一之瀬と神崎の四人は、賑わう学食へと足を運んでいた。
食券を買い、四人で比較的空いているテーブル席を確保して腰を下ろした、その時だった。
「……どういうつもりかしら」
聞き慣れた凛とした声が響き、私たちのテーブルのそばにDクラスの面々――清隆、堀北、平田、そして櫛田が姿を現した。
そして彼らに続くように、少し遅れて反対側からも声がかかった。
「――ええ。まさか、あなたが龍園くんと手を組んでくるとは想定外でした」
ステッキを突く涼やかな音と共に、坂柳有栖が葛城、神室、橋本、鬼頭といったBクラスの精鋭たちを引き連れて歩み寄ってくる。
坂柳はいつもの余裕めいた笑みを浮かべようとしているが、その瞳の奥には確かな悔しさが滲み出ている。
前半戦、Cクラスは得点を消費して難易度を上げ、Dクラスの得点を徹底的に削り落としていた。それがAクラスを勝たせるための戦術であることは、すでに誰の目にも明らかだった。
「……ごめんなさい。でも、今回はどうしても負けられなかったから……」
一之瀬が、他クラスを出し抜く形になってしまったことに、どこか申し訳なさそうな表情で目を伏せる。
すると、堀北が鋭い視線を私へと向けた。
「龍園くんのあの提案は、このためだったのね……! いつから、一体いつから手を組んでいたの!?」
私は優雅にカップを置き、フッと不敵な笑みを浮かべた。そして、学食の入り口へと視線を向ける。
そこには、ポケットに両手を突っ込んだ龍園翔が、石崎、アルベルト、伊吹を引き連れて歩み寄ってくるところだった。
「ククク。勢揃いじゃねえか」
龍園はぐるりと各クラスの面々を見渡し、不敵な笑みを浮かべる。
「龍園! 貴様、Aクラスの資金力に目が眩んで誇りを売り渡したか……!」
葛城が腕を組み、重々しい声で怒気を露わにする。
そんな険悪な空気を切り裂くように、私は先ほどの堀北の問いに対する答えを紡いだ。
「――いつから、か。……最初からだよ」
「……何ですって?」
堀北が眉をひそめる中、私はゆっくりと立ち上がり、龍園を一瞥して言い放った。
「――最初から、龍園翔は私の部下だ」
「……おい、いつ俺がてめぇの部下になった。ぶっ殺すぞ」
龍園が即座に青筋を立てて凄んでくる。
「…………」
(そ、そんな怒らなくてもいいじゃん! ちょっとしたオサレジョークだってば!?)
私は内心でビクッと肩を震わせつつも、外面はオサレな笑みを貫き通した。
すると、これまで静観していた綾小路清隆が、冷徹な瞳で私を見据えて口を開いた。
「……惣右介らしくない手だな。実力で十分に一位を狙えるAクラスが、なぜ莫大な資金を消費してまでCクラスと組んだんだ?」
清隆は龍園の狙いそのものではなく、その取引に私が乗った理由を探ろうとしているようだった。
私は清隆を見つめ返し、フッと静かに目を細めた。
「――私らしくない、か。それは錯覚だよ、清隆」
私の静かな声が、周囲の喧騒を切り裂くように響き渡る。
私はゆっくりと周囲の者たちを見渡し、底知れぬ深淵を感じさせる圧倒的な威圧感と共に、言葉を紡いだ。
「――君たちが、誰一人理解していなかっただけだ。……私の、本当の姿をね」
その瞬間、学食の一角の空気が完全に凍りついた。
相対する堀北や坂柳、葛城たちが、目に見えない巨大な圧力に圧され、僅かに息を呑むのがわかる。
天に立つ者の、絶対的な冷酷さと支配の宣言。
(め、めちゃくちゃ裏切り者ムーブしてる!? 違う、違うんだよ!! ただ、今回の試験はどうしても確実な勝利が必要だったし、そこに龍園の持ってきた提案がすごく魅力的だったから協力したって、ただそれだけのことを伝えたいのに!?)
私は自らの口から飛び出した致死量のオサレポエムと、それを受けて戦慄する他クラスの面々を前に、内心で激しくパニックに陥り血の涙を流していた。
そんな、重く張り詰めた空気を打ち破ったのは、私の隣で、花が綻ぶような可愛らしい笑い声をこぼした、愛しい恋人の存在だった。
ひよりは全く威圧感に気圧されることなく、ニコニコと穏やかな笑顔のまま口を開いた。
「『今回はどうしても確実な勝利が必要でしたし、龍園くんからの提案がとても魅力的だったので、協力することにしたんです』とのことですっ」
しかし、その言葉を聞いてもなお、BクラスとDクラスの面々の表情が和らぐことはなかった。
すでに一位への道を断たれたDクラスと、ここから過酷な後半戦を迎えるBクラスにとって、それは絶望的な宣告に他ならないからだ。
「……どのような提案なのかが気になりますね」
張り詰めた空気の中、坂柳がステッキの先で軽く床を叩き、静かに、しかし鋭い声で切り込んだ。
「純粋にプライベートポイントを欲するなら、私たちBクラスにも交渉を持ちかけ、報酬の吊り上げを狙うのがセオリーだと思いますが。……あえてそれをせずに、早々にAクラスと契約を結んだ。つまり……プライベートポイント以上の『何か』がある」
坂柳の推測に、周囲の空気がさらに冷たく研ぎ澄まされる。
「……一時的な資金ではなく、惣右介……いや、『生徒会長』の権限が必要な計画ってことだな」
清隆が、冷徹な瞳で龍園を射抜いた。
「……龍園。本気で、そんなことが可能だと思っているのか?」
龍園の描く狂気のシナリオに気づき、その現実性を問う清隆。
しかし、龍園は一切怯むことなく、喉の奥で嗤った。
「ククク。さあな。可能かどうかじゃねぇ。やるかやらねぇかだ」
その言葉には、クラス全員を救い上げるという、確かな野心と狂気が宿っていた。
私は静かに彼らのやり取りを見届けた後、フッと優雅な笑みをこぼして清隆と坂柳へと視線を向けた。
「――どうやら、君たちも試験中に手を組んだようだね」
「っ……」
私の指摘に、葛城や堀北が僅かに表情を硬くする。
「――勝ちの目を残すための判断としては悪くないが……それも私の掌の上だ」
(訳:途中でDクラスが難易度を上げてBクラスを支援してるのには気づいてるよ)
「――追い詰められた者が、手を伸ばす先まで……初めから見えていたよ。……その手を取るために、随分と高い代価を支払ったようだね」
(訳:CクラスがDクラスの得点を削るために動けば、君たちが手を組むのはわかっていた。少なくないプライベートポイントを消費したんじゃないか?)
私がオサレに牽制すると、坂柳の瞳が僅かに揺れた。
しかし、それを覆い隠すように、彼女はいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「……ええ。確かに契約を焦ってしまったことは否定できません。……ですが、そのおかげでまだ勝ちの目は残っています。僅差ではありますが……必ず、このリードを守り抜いてみせます」
前半戦で得たリードを盾に、来たるべきCクラスの猛攻を耐え抜いてみせると宣言する坂柳。
「――期待しているよ」
私は彼女の決意を真っ向から受け止め、王者としての余裕を持った笑みで応えた。
それぞれが闘志を胸に秘めたまま、各クラスの主力たちが自陣へと戻っていく。
再び四人だけの静かな空間に戻り、私たちは温かさを取り戻した食事を再開した。
しかし、一之瀬の箸は止まったままだった。彼女は手元のカップを見つめ、どこか思い詰めたように微かに眉をひそめている。
「……帆波ちゃん? どうされましたか? 顔色が優れないようですが……」
その僅かな変化にいち早く気づいたひよりが、心配そうに小首を傾げて優しく声をかけた。
「あっ……ううん、大丈夫だよ、ひよりちゃん。ただ、少しだけ考えてしまって……」
一之瀬は無理に笑顔を作ろうとしたが、すぐに申し訳なさそうな表情で目を伏せた。
「……三クラスでの同盟を断ってくれた坂柳さんを、結果的に騙す形になっちゃったのが、少しだけ心苦しくて……」
私はゆっくりとフォークを置き、フッとオサレな笑みをこぼして言葉を紡いだ。
「――夜空を見上げる者にとって、二つの星のどちらが沈むかなど……さして違いはない」
「藍染くん……?」
「――坂柳は、それを理解していた。だから先に、自分たちは地に這う者たちとは手を結ばないと告げたのさ。我々がその誘いに乗ることを、先んじて牽制したわけだ」
「『下位のクラスからすれば私たちでもBクラスでも、どちらが最下位でも大差はありません。逆に私たちが彼らの同盟に参加しないように牽制してきただけですよ。マネーゲームになると私たちには勝てませんからね』とのことですっ」
ひよりが完璧なタイミングで翻訳すると、一之瀬はパチパチと瞬きをし、憑き物が落ちたように小さく息を吐いた。
「……そっか。坂柳さんも、私たちの資金力を警戒しての駆け引きだったんだね……。うん、ありがとう、藍染くん、ひよりちゃん。私が中途半端に迷ってちゃダメだよね」
一之瀬が少しだけ救われたような顔で頷き、再び箸を手に取った。
すると、黙って話を聞いていた神崎が、真剣な表情で問いかけてきた。
「……実際、龍園の計画は成功すると思うか? いくら藍染が協力するといっても、流石に限度があるだろう」
「――極めて細い糸を手繰り寄せるようなものだろう。……だが、その糸が途切れているわけではない。己の闘争心すら鎖で縛り、泥にまみれてでも仲間を救おうとする――その執念には、私も少しばかり手を添えたくなったのさ」
「『正直、厳しいとは思います。だけど、可能性がゼロではありませんし、何より龍園くんが勝負への渇望を押し殺してまで、クラス全員を救うために選んだ道です。……だから私も、できる範囲で協力したいと思うんです』と仰っていますっ」
ひよりの翻訳に、神崎は腕を組んで静かに目を閉じた。
「……そうか。お前がその覚悟を買い、自らの意思で手を差し伸べたというのなら、俺からは何も言うまい」
神崎もまた、他クラスとはいえリーダーとしてクラスを背負う龍園の異常なまでの執念に、何かを感じ取ったようだった。
◇ ◇ ◇
――事の発端は、数日前。四クラス間で『脱落者を出さない契約』を結んだ、翌日のことだった。
図書室でクラスの勉強会を行っていた私の元に、龍園から『ケヤキモールのカラオケ店へ椎名、一之瀬、神崎の四人で来い』と連絡があった。
(……罠の可能性もあるな。だが、俺がいればひよりたちに指一本触れさせることなく制圧できる。何の問題もない)
私は冷静にそう判断し、ひよりたちを伴ってケヤキモールへと向かった。
薄暗い廊下を歩き、指定された46号室の扉をゆっくりと開ける。
防音の効いた室内には、ソファに深く腰掛けて足を組んでいる龍園翔と、その両脇に控える時任、金田の三人が待ち構えていた。
「ククク。早いじゃねえか」
龍園は私を見るなり、不敵な蛇のような笑みを浮かべた。
私は一切の動揺を見せることなく、悠然とした足取りで部屋の中央へと進み出る。
「――この私を四十六室へ招くとはね。随分と皮肉が利いているじゃないか。……で、何の用かな? 私と旋律でも奏でたいのかい?」
「『何の用事ですか? 一緒に歌いたいんですか?』とのことですっ」
ひよりが完璧な笑顔で翻訳すると、龍園の顔からスッと笑みが消えた。
「あぁ? 誰がてめぇなんかと歌うかよ。次の試験の話に決まってんだろ」
(ちょっとした冗談で空気を和ませようとしたのに……そんなに否定しなくてもいいじゃん……っ!)
私は内心でショックを受けつつも、顔面はオサレな笑みを維持し、一之瀬たちと共にソファの向かい側に腰を下ろした。
龍園の要求はシンプルだった。『今回の試験でAクラスを一位にするサポートをする代わりに、プライベートポイントを寄越せ』というものだ。
しかし、その提案はあまりにも不自然だった。
(……何のつもりだ? ここでプライベートポイントを得たとしても、俺たちに一位を譲れば、Aクラスとのクラスポイント差は900ポイント近くにまで広がってしまう。残りの一年で、その絶望的な差を逆転するのはほぼ不可能だろう。……Aクラスを目指すことを諦めたのか?)
私は脳内で冷徹な計算を走らせながら、フッと口角を上げた。
「――なるほど。我々にとっては悪くない話だ。……だが、地に這う蛇はついに空を見上げることを諦め、泥の中で微睡むことを選んだというわけかな?」
「『私たちにとっては悪くない話ですが、CクラスはもうAクラスを諦めたのですか?』と仰っていますっ」
「ククク。さあ、どうだろうな」
龍園は私の挑発にも乗らず、ただ喉の奥で嗤った。
その瞳を真っ直ぐに見据え、私は強烈な違和感を覚える。
(……いや、こいつの目は死んでいない。勝利を諦め、妥協しようとしている奴の目じゃない。ギラついた、野心に満ちたままだ。だとすれば……)
その瞬間、私の脳裏に『一つの途方もない可能性』が閃いた。
(……まさか。いや、そんなことがあり得るのか……?)
私は、龍園が描いているであろう真の狙いに勘づき、思わず驚きの表情を浮かべてしまった。
「ククク。お前のそんな表情は初めて見たぜ」
龍園が面白そうに目を細める。
私は静かに息を吐き出し、オサレな声で問いかけた。
「――正気とは思えないね。……それでも君は、それを成せると信じているのかい?」
「ククク。だが、やってみなきゃ分からねぇだろ」
龍園はソファから身を乗り出し、ギラついた野心を隠すことなく言い放った。
「どんな手を使おうが、最後にAクラスで卒業したやつが勝ちなんだよ」
(……凄いな)
私は内心で、目の前の男の狂気とも言える執念に舌を巻いた。
クラスポイントによる勝利を完全に捨て、プライベートポイントを集めてクラス全員をAクラスへ引き上げるという、前代未聞のマネーゲームへのシフト。
私は龍園の提示した条件に対し、三年の三月に一括で二千万を支払うという後払いの条件で交渉をまとめ上げ、彼らとの水面下の同盟を成立させた。
「よし、契約成立だな。それで続きだ」
龍園は満足げに頷くと、金田へ視線を向けた。
「――君の渇望と野心は理解した」
私はゆっくりと息を吐き、目の前の男へオサレな声で問いかけた。
「――だが、金が灯す戦火を渡り、その火種を拾い集めるだけでは、目標となる星の数には到底届かないだろう?」
「『君の計画は理解しました。ですが、今のように試験のたびにお金をもらって他クラスのために動くだけでは、目標額には届かないですよね?』とのことですっ」
「ククク。んなこたぁ分かってるさ。だから、坂柳じゃなくてめぇに話を持ってきたんだろうが」
龍園の言葉に合わせるように、金田が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら口を開いた。
「龍園氏の目標額に到達するための、現実的な収益モデルを私がいくつか策定しました。まずはこちらをご覧ください」
私は提示されたプレゼン資料に目を通し、フッと呆れたように息を吐いた。
「――まず、この『闇に沈む享楽』は退けよう。玉座に座る者として、これを認めるわけにはいかない。……それに、仮に私が目を瞑ったとしても、この箱庭の主が許すはずもないからね」
「『空き教室を使っての賭博場は却下です。生徒会長として認めるわけにはいきませんし、なにより学校側が絶対に認めませんよ』と仰っていますっ」
ひよりがバッサリと切り捨てると、龍園は忌々しそうに舌打ちをした。
「チッ。てめぇだって椎名を引き抜く時には、上級生相手にギャンブルで稼いでただろうが」
(うっ……! めちゃくちゃ痛いところを突いてくるね!?)
私は内心でダメージを受けつつも、外面は完璧なポーカーフェイスを維持し、涼しげな声で紡いだ。
「――闇の中で賽を振ることまでは、この箱庭も咎めはしない。だが、その賽を白日の下へ持ち出した瞬間、話は変わる。……越えてはならない境界というものがあるからね」
「『個人としてやるのはある程度黙認されていますが、賭博場のような施設を未成年である高校生相手に公認することはできません』とのことですっ」
(賭博場は流石に認められないが……しかし、この資料、非常によく練られている。今回の試験が発表されてからの僅かな時間でここまで考えたのか? ……いや、いつからかは知らないが、この計画自体はずっと前から考えていたのだろうな)
私は内心で彼らの執念に感心しながら、資料の続きへと視線を滑らせた。
そこには、新たに二つの大きな事業計画が記載されていた。
・ケヤキモールで働く従業員や職員、学生向けの、店舗混雑状況の可視化・クーポン配信・デリバリー機能を統合した独自アプリの開発。および月額課金制による継続的な収益運用。
・ケヤキモールの空きテナントを活用した、学校と連携している協賛企業の新商品の試供品販売や、プロモーション店舗の運営。
「――なるほど。この二つの策ならば、箱庭の主たちも理の範疇として黙認するかもしれないね。特に、こうした仕組みは一度軌道に乗れば、継続して利益を生み出してくれる。……だが、一つ疑問がある。君たちの手で、それを形にできるのかな?」
「『この二つなら、おそらく学校も認めると思います。サブスクリプションによる月額課金制なら安定した収益も見込めますしね。でも、皆さんにアプリなんて作れるんですか?』とのことですっ」
「てめぇなら作れんだろ? 前の生徒会長と一緒に、OAAのシステム構築に一枚噛んでたのは知ってんだよ。その代わりに、今後の試験でもどのクラスからも退学者が出ねえように、俺が可能な限り立ち回ってやる」
(……うーん。確かにOAAのシステム自体を俺が一から構築したわけじゃないけど、バグが起きた時のためにプログラミングの勉強はある程度してたからね。俺のスペックならさらに学習を重ねれば、作れなくはないだろうけど。それに、今後の試験でも退学者が出ないように立ち回ってくれるという提案は、一之瀬にとっては非常に魅力的だろうな)
私が承諾へと思考を傾けていると、龍園は不敵に笑って言葉を続けた。
「当然、てめぇに丸投げするつもりもねえよ。金田と時任にもシステム関連の勉強をさせてる。開発後の維持や運用はこっちでやる」
「――しかし、もしこの果てなき野望が地に堕ちた時のことは考えているのかい? 他の者たちが未来への階段を登っている最中に、道無き荒野を開拓していて大丈夫なのかな?」
「『もし計画が失敗した時のことは考えているんですか? 皆さんが大学進学に向けて勉強している時期に、こんな商売をしていて大丈夫なんですか?』とのことですっ」
私の問いかけに対し、龍園は一切の迷いなく、喉の奥で嗤った。
「ククク。俺はそもそも大学なんて行く気がねぇからな。むしろ、ここでビジネスの経験を積んだ方が、卒業した後の道が拓けるってもんだ。……それに、石崎や伊吹みたいな馬鹿どもも、俺が雇って面倒を見てやればいいだけだ」
(……なるほどな)
私は、自らの進路すらも賭してクラスメイトを背負う、その男の確かな覚悟と責任感に静かな感銘を受けた。
(企業との連携による試供品販売についても、仕入れのコストをかけずに売ることができるなら、商売として十分ありだな……。生徒会としても、学校や企業に提案する価値はある)
私は全ての条件を飲み込み、フッと優雅な笑みを浮かべた。
「――いいだろう。その提案、玉座の権限を以て道を拓こう」
「ククク。許可さえ下りりゃあ、企業との交渉や実務はこっちでやる。……交渉成立だな」
龍園は満足げに喉の奥で嗤い、ここに、AクラスとCクラスによる極秘同盟が結ばれたのだった。
◇ ◇ ◇
昼休憩が終わり、いよいよ決着の後半戦が始まった。
攻守が入れ替わり、CクラスからBクラスへの攻撃ターンが連続する。
『Cクラスからの攻撃。ジャンルは【科学】。難易度『3』を選択』
『Cクラスからの攻撃。ジャンルは【グルメ】。難易度『3』を選択』
無機質なアナウンスが響くたび、Bクラスの教室には重苦しい緊張感が走っていることだろう。
龍園は一切の容赦なく、自クラスの得点をすり減らして最高難易度の課題をBクラスへとぶつけ続けた。彼にとって、この試験における自らの得点など、もはや何の意味も持たない。ただひたすらに、我々Aクラスを一位にするという契約を果たすための狂気の猛攻である。
対するBクラスも、坂柳の的確なプロテクト指示と、葛城や神室をはじめとする指名された生徒たちの必死の食い下がりにより、なんとか被害を最小限に抑えようと足掻いていた。
しかし、理不尽とも言える高難易度の課題の連続は、確実にBクラスの体力を削っていく。前半戦で築いた僅かなリードはすぐに消え去り、そこからはターンを重ねるごとに徐々に点差が開いていく展開となった。
(……やっぱり坂柳の読みは鋭いな。それに難易度を上げられた課題に対しても、それなりに正解を出してきている。Bクラスの生徒の地力がよく分かる)
私は敵ながら見事なBクラスの防衛戦に内心で称賛を送る。
(だけど、この試験は始まる前から勝負は決まっていた。龍園がDクラスとの同盟を破棄した時点で、Aクラスは正攻法で真っ向から来る――そう清隆も坂柳も読んだ。……そして、その読みが二人の目を曇らせた)
盤上に並ぶ者たちの思考をなぞりながら、私は静かに目を伏せる。
(……これまでの俺たちの戦い方を見れば、その判断をする気持ちはよく分かる。俺も自分の感情だけを優先するなら、清隆や坂柳と真剣勝負をしたい気持ちもあった。……だが、今はクラスのことが優先だ)
無情にも刻の砂は落ち続け、やがて全20ターンの過酷な攻防が終了した。
『――これにて、生存と脱落の特別試験を終了する。最終結果を発表する』
無機質なアナウンスと共に、教室前方の大型モニターに最終順位が映し出された。
【一位】Aクラス +100cp
【二位】Bクラス -50cp
【三位】Dクラス -50cp
【四位】Cクラス -100cp
『最終的なクラスポイントの変動は以下の通りとなる』
Aクラス:1594 → 1694cp
Bクラス:1480 → 1430cp
Cクラス:836 → 736cp
Dクラス:741 → 691cp
「やったああああっ!! 一位だ!!」
「Aクラスの座、守り切ったぞ!!」
モニターの数字が確定した瞬間、教室中から割れんばかりの歓声が上がった。柴田や網倉たちが跳び跳ねて喜び、クラスメイトたちが互いに抱き合って勝利を分かち合う。
教壇の近くにいた一之瀬や神崎も、張り詰めていた糸が切れたように、ホッとしたような安堵の笑顔を浮かべていた。
(……安くはない買い物だったし、これから俺の仕事が増えてしまうが……ここでBクラスに確実な差をつけられたのは大きいな)
龍園との取引は、私に相応の労力を強いることになるだろう。だが、この圧倒的なリードは、今後の戦いにおいて計り知れないアドバンテージとなる。
私は歓喜に沸く教室の中で、隣に座るひよりと静かに視線を交わした。
彼女は花が綻ぶような笑顔で、小さく頷いてみせる。
私はその可憐な微笑みに応えるようにフッと口角を上げ、確かな安堵の息を静かに吐き出すのだった。