いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
二月上旬。
五日間に渡って各クラスで行われていた二者面談の、最終日の放課後。
私は二年Aクラスの教室で、最後の一人として担任の星之宮先生と向き合っていた。
「いらっしゃい。さっ、席に座って!」
星之宮先生がふんわりとした笑顔で促してくる。
私はフッと優雅な笑みを浮かべ、オサレな所作で用意された椅子に腰を下ろした。
「学校生活はどう? 生徒会長としての仕事もあるし、クラスの中心としても色々大変だと思うけど……疲れたり、無理してない?」
「――案ずる必要はない。忙しさとは、時を奪うものではない。己の刻む時間に、意味を与えるものさ。……おかげで、退屈とは縁のない日々を過ごしているよ」
(訳:心配しなくて大丈夫ですよ。生徒会の仕事もクラスの事も、毎日充実してて楽しいですから)
私がオサレな表情のまま答えると、星之宮先生はホッと安堵したように息を吐いた。
「それなら安心ね。椎名さんとも相変わらず仲がいいわね〜。くぅ〜青春ね!」
「――ああ。彼女は、私の世界に差し込む一条の光だ。……それがどれほど眩く、かけがえのないものなのかは、言葉を尽くしたところで語り尽くせないだろうね」
私は愛しい恋人の顔を思い浮かべ、フッと目を細めた。
「ふふっ、ご馳走様。……じゃあ、進路の話をしようか。藍染くんは大学に進学するつもりなのよね?」
「――ああ。学たちが歩む、その先の学舎へ向かうつもりだ。……道が分かたれたところで、縁まで断たれるとは限らない。新たな舞台で、再び彼らと同じ景色を眺めるのも……悪くはないだろう」
(訳:学先輩たちと同じ大学に進学しようと思ってます。また向こうで先輩たちと会えたら嬉しいですからね)
「うんうん。藍染くんならどの大学でも絶対合格できるから、学力的な面は全く問題ないわね。……ただ、その」
星之宮先生は少しだけ言葉を濁し、気遣うような、遠慮がちな視線を向けてきた。
「……進学にあたっての制度とかも、ちゃんと調べてる?」
その問いに込められた意図を、私は瞬時に理解した。
(学費や奨学金などの制度か。親の支援が受けられない、施設出身である俺への純粋な配慮だな)
「――心遣いは有難く受け取ろう。君が何を案じているのかも、よく分かっているよ。……けれど、憂いというものは、知らぬ者の前にだけ影を落とすものだ。私の歩む道なら、私自身が灯を用意しているよ」
(訳:お気遣いありがとうございます。学費とか奨学金のことですよね? ちゃんと自分で調べて準備してるので、心配しないでください)
私が安心させるように微笑みかけると、星之宮先生は少しだけバツが悪そうに肩をすくめた。
「……そうね。逆に気を遣わせちゃってごめんね。それと……春休みに予定されてる三者面談なんだけど、施設の先生は来られないみたいで……私と、その時も二者面談になると思うの」
「――構わないさ」
私はゆっくりと首を横に振り、静かに前を見据える。
「――あの方々には、もう数え切れないほどの恩を頂いた。雨に濡れた私に傘を差し、歩むべき道を知らぬ私に、幾度となく手を添えてくれた……それだけで、十分過ぎるほどだよ。だから、これ以上その手を煩わせる必要はない」
(訳:施設の先生方には今までたくさんお世話になりましたし、これからのことは自分で奨学金とかも調べてしっかりやっていくので、わざわざ面談に来てもらわなくても大丈夫ですよ)
「……そっか。うん、藍染くんなら心配ないわね!」
自立した私の覚悟を聞き、星之宮先生はパァッと明るい笑顔を咲かせた。
こうして、私の二者面談は無事に終了した。
◇ ◇ ◇
教室を出て、静まり返った放課後の廊下を歩いていると、ちょうどDクラスから出てきた一人の男子生徒と鉢合わせた。
綾小路清隆である。
私たちは自然と足並みを揃え、共に帰路へと就いた。
「――奇遇だね、清隆。君も今、未来への道標を確認し終えたところかな? これから先、君はどの空を目指して羽ばたくつもりだい?」
(訳:清隆も進路の面談が終わったところ? これからどうするか決めたの?)
私がオサレに進路を尋ねると、清隆は相変わらずの平坦な声で答えた。
「とりあえず、父親の意向に従うとだけ伝えてある」
(……あの親父さんの意向、か)
私は前を向いたまま、静かに思考を巡らせる。
(清隆の親父の最終的な目的は、この国の頂点に立つことだ。そのために、ホワイトルームの『最高傑作』であり実の息子である清隆を、将来政界に進出させるつもりだろう。……そして、俺をホワイトルームの最高指導者に据えようと企んでるんだろうな)
私が内心で推測を終えたのとほぼ同時に、清隆が静かに口を開いた。
「……あの男は、最高傑作であるオレを政界へと進出させ、お前を自分の手駒として回収する腹積もりだろうな」
「――フッ。やはり君もそう読むか。……どうやら、我々が見ている盤面は同じらしいね」
(訳:やっぱり清隆もそう思うか。考えてることは同じみたいだね)
私は微かに口角を上げ、オサレに肯定した。
「ああ。……春休みの三者面談には、やはりあの男が直接学校へ来るそうだ。そこでお前の弱みを聞き出し、首輪をつけるための布石を打ってくるだろう」
「――盤面を支配するのは彼だけではないさ。……我々にとっての勝負は、鬼島総理との面会だね。そこで総理をこちらの味方につけることができれば、外への憂いを完全に無くすことができる」
(訳:俺たちにとっての勝負は鬼島総理との面会だね。そこで総理を味方にできれば、清隆のお父さんも手出しできなくなるはずだよ)
「ああ」
清隆が頷く。
「現職の総理を完全に敵に回せば、政治家として登り詰めるのは難しくなるだろうからな」
「――それでも、私を脅すためにそのような手段を選んだというのなら、彼の政治家としての道はそこで終了だろう。……終わるのが、政治家としての道『だけ』だといいがね」
一切の容赦のない私の冷徹な殺気を感じ取ったのか、清隆は少しだけ目を細めた。
「……あの男も今のお前と直接相対すれば、本気で敵に回すことの愚かさを理解するだろうな」
「――どうだろうね。……己の器を測る目まで持ち合わせているとは、私には思えないけれどね」
私がオサレに鼻で笑うと、清隆は静かに同意するように頷き、夜の気配が混じり始めた冬の空へと視線を向けた。
「……鬼島総理との面会と、三者面談。ここが、人生の大きな岐路になりそうだな」
私たちは短い言葉を交わした後、迫り来るかつての支配者との盤外戦へ向けて確かな覚悟を共有し、それぞれの帰路へと就いた。
◇ ◇ ◇
二月の上旬に行われた二者面談も無事に終わり、季節は本格的な寒さのピークを迎えつつあった。
この数週間、私は生徒会長としての業務に加え、龍園が計画しているケヤキモール用のアプリのシステム開発、そしてクラスの勉強会やひよりとの逢瀬など、文字通り息をつく暇もないほど忙しくも充実した日々を過ごしていた。
そして、二月中旬。
私たちは大型バスに揺られ、冬の山間部に位置する広大な合宿所へと向かっていた。
(……今回の合宿、三年生は自由参加か。まあ、進学や就職に向けた準備が大詰めを迎えるこの時期に、数日間の行事に駆り出されるのは流石に酷だろうからな)
私はバスの窓から見える雪化粧を施された景色を眺めながら、今回の行事について静かに思考を巡らせる。
(それにしても、去年は三学期が始まって早々に、大きくクラスポイントが動く三学年合同の特別試験が行われていた。それに比べると、今年のこの合宿はずいぶんと穏やかな形式だ)
なぜ今年に限って、このような形が取られたのか。
去年のような退学者すら出かねないヒリヒリとした特別試験を経験してきた身としては、少しばかり拍子抜けする部分もある。
(……出来ることなら俺たちが三年生になった時も、今年のように穏やかな形式であってほしいものだが)
私が内心でそんな切実な願いを抱いていると、バスの前方に立っていた担任の星之宮先生が、マイクを握ってふんわりとした声を響かせた。
「みんな〜、もうすぐ合宿所に着くからね〜! 今回の『交流会合宿』について、もう一回軽く説明しておくよ〜」
星之宮先生の言葉に、クラスメイトたちが静かに耳を傾ける。
「みんなには事前に説明した通りだけど、今回の合宿は『他学年や他クラスとの交流と体験』を一番の目的としています! だから、特別試験みたいに退学者が出るようなペナルティはないし、クラスポイントの変動もゼロ! なので、純粋に色んな子たちと親睦を深めて楽しんできてね〜!」
(……事前の通達通り、本当に交流と体験を目的にした合宿みたいだな。改まってここまで念を押すのも、これまでのことを考えれば無理もないか。特別試験じゃないから全学年参加の行事になっているが、生徒会案件じゃなかったということか)
私は小さく息を吐き出し、張り詰めていた思考を少しだけ緩めた。
「それじゃあ、ゲームのルールについて、もう一回おさらいするね〜!」
星之宮先生は、バスに設置されたモニターにルールの概要を映し出した。
・三年生二十名が各グループの代表となり、一・二年生を二十のグループに振り分ける。
・ゲームは二十グループによる総当たり戦形式。
・代表者は、ゲームごとに一・二年生のなかから参加者を五名選出する。一対一を原則とし、三勝したグループがそのゲームを勝利する。
・参加制限回数はなく、何度でもゲームに参加可能。
・合宿は三泊四日。ゲームが行われるのは三日間で、一日目は五試合、二・三日目は七試合の計十九試合。各ゲームごとに三十分のインターバルがある。四日目はゲームは開催されない。
・交流会のある時間帯(午前の部九時〜十二時、午後の部十四時〜十八時)以外は、基本的に自由時間。
・最終的な勝利数が多いグループ順に順位を決定し、報酬としてプライベートポイントが与えられる。
【グループ順位報酬】
1位:各生徒に3万pp
2位:各生徒に2万pp
3位:各生徒に1万pp
4~10位:各生徒に5000pp
11~15位:各生徒に3000pp
16~20位:各生徒に1000pp
「ゲームの内容は『トランプ』や『パッチワーク』、『彫刻』とか、レクリエーションの色合いが強いものが多いよ〜! 運任せのゲームや芸術的要素があるもの、『アーチェリー』みたいなスポーツ、『将棋』みたいに頭脳を使うものもあるから、自分の得意なもので活躍してね〜!」
先生の説明を聞き、クラスメイトたちも「なんだかゆるい感じだね!」「アーチェリーやってみたい!」とリラックスした様子で盛り上がっている。
「それじゃあ、配られたプリントを見てね〜。三年生の先輩たちが決めてくれた、今回の合宿のグループ編成表だよ〜!」
手元に配られたプリントに視線を落とし、私は自身の名前を探す。
(……朝比奈先輩のグループか。……さて、ひよりはどこだろうな)
私はプリントのリストを目で追い――そして、朝比奈グループの欄に愛しい恋人の名前を見つけた瞬間、内心で盛大なガッツポーズを決めた。
( ひよりと同じグループだ!! これで合宿中も一緒に過ごせる……!!)
「ふふっ。今回は同じグループですねっ!」
すると、隣の席に座るひよりが、花が綻ぶようなそれはもう可愛らしい笑顔で私を見つめ返してきた。
「――ああ。君という月明かりに照らされながら微睡むのは、極上の贅沢だからね。この身に積もった疲労も、君の微笑み一つで幻のように消え去るだろう」
(訳:最近忙しかったから、この合宿でひよりと一緒にゆっくり休めたら嬉しいよ)
「はいっ。私も、惣右介くんと一緒に過ごせるのがとても嬉しいです」
私たちは二人だけの甘い空間に浸り、そっと見つめ合って微笑んだ。
そんな私たちの様子をよそに、前方の座席から驚きの声が上がった。
「え、ええ? なんだこれ……」
配られたグループ分けのプリントを見ていた渡辺が、目を丸くして声を上げる。
「どうしたの、渡辺くん?」
小橋が不思議そうに覗き込むと、彼女もまた「あっ」と小さく息を呑んだ。
「ええっ!? 南雲先輩と鬼龍院先輩、それに朝比奈先輩のグループ……なんか、やばくないかな?」
二人の驚きの声に釣られ、クラスメイトたちも次々と配られたプリントへと視線を落とし、ざわざわと騒ぎ始めた。
「うわっ、ほんとだ。南雲先輩のグループ、神崎に葛城、それに龍園と綾小路までいるぞ……?」
「こっちの鬼龍院先輩のグループもやばいよ。高円寺くんに……坂柳さん、一之瀬さんまでいる……!」
「朝比奈先輩のグループには、藍染くんとひよりちゃんに加えて、堀北さんまでいるよ」
私も改めて手元のプリントに視線を落とし、その異様なグループ分けのリストを確認した。
一・二年生の各クラスから、男女八名ずつ、計十六名で構成されたグループ。
南雲、鬼龍院、朝比奈の三名が率いるグループの人選は、明らかに『意図的』な偏りを見せていた。
【朝比奈グループ】
■二年生
[Aクラス]藍染惣右介、椎名ひより
[Bクラス]橋本正義、神室真澄
[Cクラス]金田悟、伊吹澪
[Dクラス]平田洋介、堀北鈴音
■一年生
[Aクラス]石上京、中島理子
[Bクラス]佐藤健太、伊藤結衣
[Cクラス]宇都宮陸、鈴木美咲
[Dクラス]田中大輝、七瀬翼
【南雲グループ】
■二年生
[Aクラス]神崎隆二、津辺仁美
[Bクラス]葛城康平、森下藍
[Cクラス]龍園翔、西野武子
[Dクラス]綾小路清隆、櫛田桔梗
■一年生
[Aクラス]高橋修、天沢一夏
[Bクラス]山本健太郎、林田ゆかり
[Cクラス]中村蓮、椿桜子
[Dクラス]鈴木翔太、大野さくら
【鬼龍院グループ】
■二年生
[Aクラス]柴田颯、一之瀬帆波
[Bクラス]里中聡、坂柳有栖
[Cクラス]時任裕也、木下美野里
[Dクラス]高円寺六助、松下千秋
■一年生
[Aクラス]藤泉要、小林美穂
[Bクラス]獅子王烈、不知火霞
[Cクラス]剛力鉄平、刃瑠璃
[Dクラス]宝泉和臣、神楽魅月
(……各クラスの主力が、これでもかというほどこの三グループに集中している。……しかし、鬼龍院先輩のグループの一年生……これ、絶対に名前の響きだけで選んでるだろ)
私は鬼龍院グループの『獅子王烈』や『剛力鉄平』といった物騒な名前の羅列を見て、内心でツッコミを入れつつ静かに思考を巡らせる。
「惣右介くん。確かにこの三つのグループに、各クラスの中心人物が固められていますね。……何か意図があるのでしょうか?」
ひよりがプリントを見ながら、小首を傾げて尋ねてきた。
「――この三人で、ひとつ遊戯でも始めたのかもしれないね。南雲なら、望む者を選び、思うままに組み合わせることもできるだろう。……卒業前の暇つぶしには、ちょうどいい」
私が推測を述べると、ひよりは「なるほど……」と納得したように頷いた。
すると、近くの席に座っていた一之瀬と神崎が、私たちの元へと歩み寄ってきた。
「藍染くん、ひよりちゃん。今回はライバルだね!」
一之瀬が、グループのリストが書かれたプリントを手に、闘志を秘めた明るい笑顔を向けてくる。
「――ああ。盤面を隔てようとも、君が放つその光の眩さは変わらないだろう。我々の歩む道が交わる時を楽しみにしているよ」
「『はいっ。今回はライバルですが、お互いに全力を尽くして頑張りましょうね』とのことですっ」
ひよりが完璧な笑顔で翻訳を入れると、一之瀬は「うんっ! 負けないからね!」と気合十分に頷いた。
続いて、神崎が真剣な面持ちで私を見据えた。
「……交流と体験がメインといっても、勝負は勝負だ。今回は別グループだからな。俺も全力で挑ませてもらおう」
神崎の瞳には、私を直接打ち破ることで、己の実力を証明しようとする確かな闘志が宿っていた。
私はフッと不敵な笑みを浮かべ、強者としての威厳を持って応えた。
「――歓迎しよう。交わることに意味があるのなら、競うことにもまた意味がある。……さあ神崎、君が踏み込むその一歩を、私も正面から受け止めよう」
「『歓迎しますよ。ですが、勝負とあれば私も勝ちを譲るつもりはありません。全力で来てくださいね』と仰っていますっ」
ひよりの朗らかな翻訳に、神崎は小さく息を吐き、「ああ、望むところだ」と静かに闘志を燃やした。
窓の外の景色は、すっかり深い雪山のそれへと変わっていた。
三年生たちによる盤外の遊戯。そして、個性豊かな一・二年生たちが入り乱れる交流会合宿。
穏やかな名目とは裏腹に、そこには確かな混沌と激闘の予感が渦巻いていたが――今の私にとっては、隣で微笑むひよりの存在こそが、何よりも確かな真実だった。
いつも感想や評価など、本当にありがとうございます。
最近、色々と忙しく投稿が遅れてしまい申し訳ありません。