いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
大型バスに揺られること数時間。
私たちを乗せたバスは、冬の山間部に位置する広大な合宿施設へと到着した。
雪景色に包まれた巨大な施設は、学校の厳しい特別試験を行う場所というよりも、温泉やプレイルーム、充実した食事などが用意された慰安旅行のための施設といった趣だった。
バスを降りた私たちは、星之宮先生から「まずは指定されたグループごとに大広間に集合するように」という指示を受け、広大な敷地内を歩いていた。
私の隣には、ふんわりとした白いコートに身を包んだ愛しい恋人が、嬉しそうに寄り添って歩いている。
「ふふっ。色々な体験ができるみたいで、楽しみですねっ」
「――ああ。この箱庭に用意された遊戯の数々……我々の為に作られた余白の時間は、君と共に未知なる景色を巡るには十分だろうね」
(訳:そうだね! 空き時間はそれなりにありそうだから、二人で色んな体験ができたらいいね!)
「ふふっ。惣右介くんもウキウキしてらっしゃいますね」
私のオサレな言葉の真意を受け取ったひよりが、可愛らしく笑う。
「――形無き泥から美を紡ぎ出す術や、静物から命を彫り出すなど……私の記憶にもない未知の領域だからね。新たな理に触れるのは、純粋な歓びだよ」
(訳:ろくろ制作や彫刻体験だったり、やったことのない体験が多いから純粋に楽しみだよ!)
そんなふうに和やかに会話を交わしながら、指定された大広間の一角へと辿り着く。
「あっ! 藍染くん! 椎名ちゃん! こっちこっち!」
私たちを見つけた朝比奈なずな先輩が、パタパタと小走りで駆け寄ってきて明るく声をかけた。
「朝比奈先輩、よろしくお願いしますっ」
ひよりが礼儀正しく、ぺこりと頭を下げる。
「うん! よろしくね! 二人には期待してるよ! 今回の合宿、絶対勝とうね!」
朝比奈先輩が気合十分にガッツポーズを作ってみせる。
私はその姿を見下ろし、フッと優雅な笑みを浮かべて口を開いた。
「――盤上の駒の偏りを見れば、君たち三年生が裏で退屈しのぎの遊戯に興じていることなど、容易に透けて見えるよ。……南雲や鬼龍院と、何を懸けているのかな?」
「『南雲先輩や鬼龍院先輩たちと、何か勝負でもしてるんですか? グループ編成があからさまなので』とのことですっ」
ひよりがニコニコと穏やかに翻訳する。
「あはは、やっぱりバレちゃうか」
朝比奈先輩は特に気を悪くした様子もなく、あっさりと肯定して笑った。
「実はね、負けたグループの代表が、勝ったグループのメンバー全員に高級焼肉を奢るっていう賭けをしてるんだよー! 十六人分だからかなりの出費になっちゃうし、藍染くん、絶対に勝ってね! 頼りにしてるよ!」
(……なるほど。代表の三年生が支払うということは、俺たちは勝っても負けてもタダで焼肉を奢ってもらえるということか)
私は内心で南雲先輩たちの太っ腹な盤外遊戯に感謝しつつ、フッと優雅な笑みを浮かべた。
そうこうしているうちに、私たちのグループに割り当てられた他クラスのメンバーや、一年生たちも続々と集まってきた。
「お、一年生たちも集まってきたな。よろしくな、俺は二年Bクラスの橋本だ。気楽にいこうぜ」
「二年Dクラスの平田洋介です。みんなが楽しめる合宿になるようにサポートするから、何かあれば遠慮なく言ってね。よろしく!」
橋本と平田という、二年生の中でもトップクラスのコミュニケーション能力を持つ二人が積極的に一年生たちに話しかけ、グループの空気を和やかにしていく。
「あ、生徒会長の藍染先輩だ!」
「マジか、同じグループなのか……心強いな!」
一年生たちも、私の存在に気づいて嬉しそうにさざめいている。
「堀北! 勝負よ!」
そんな和やかな空気の中、伊吹澪が闘志を剥き出しにして堀北鈴音に突っかかっていた。
「はぁ……。まあ、いいわ。足を引っ張らないようにね」
堀北は心底呆れたようにため息をつきつつも、伊吹の挑発を軽く受け流して了承する。
「神室さんも、よろしくお願いしますねっ」
「……よろしく。なんか凄いグループに入れられちゃったね」
ひよりが声をかけると、神室真澄は気怠げな態度で深いため息をついた。
「藍染先輩、今回の合宿、どうぞよろしくお願いいたします!」
一年生の七瀬翼も、私の元へ駆け寄ってきて元気よく礼儀正しく挨拶をしてくれた。
「うんうん! みんな仲良くできそうで安心だね!」
メンバーの顔合わせを終えた朝比奈先輩が、満足げに頷く。
「さっそくみんなでお昼ご飯を食べようか! 一旦、指定された部屋に荷物を置いてから、食堂に集合ね!」
◇ ◇ ◇
今回の合宿は、グループごとに男女で部屋が分かれており、責任者の朝比奈先輩を含む十七人グループの私たちは、各学年の男子八名、女子九名での相部屋となっていた。
男子部屋へと向かう廊下を歩きながら、橋本が気さくに肩を叩いてきた。
「しかし、藍染。お前が同じグループにいてくれるなんて心強いぜ」
「藍染氏は、今回の合宿も勝ちにいくのですか?」
金田悟が、メガネのブリッジを押し上げながら静かに尋ねてくる。
私は歩みを進めたまま、フッと不敵な笑みをこぼした。
「――我々の歩む道程において、この箱庭の幻が動かないことは些末な問題だ。遊戯盤の上に立ち、私が天を統べる以上……全てをこの手で摘み取るだけさ」
(訳:クラスポイントは動かないけど、せっかくの機会だからね。当然負けるつもりないよ)
「「…………?」」
私のオサレポエムに、橋本と金田の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「……ええと。つまり、勝ちに行くってことでいいんだよな?」
橋本が若干頬を引きつらせながら確認してくるので、私は黙ってオサレに頷いた。
前方を歩く平田は、一年生たちに積極的に話しかけている。
黒髪の長身である石上京や、精悍な顔つきの宇都宮陸は、平田の言葉に淡々と冷静に頷いている。一方、佐藤健太と田中大輝という二人の一年生は、平田の爽やかな人柄にすっかり安心したようで、楽しそうに談笑していた。
(……男子メンバーも心強いな。金田は頭もいいし、冷静な判断ができる。コミュニケーション能力の高い橋本と平田が居れば、一年生たちと相部屋でもいい雰囲気で過ごせそうだ)
◇ ◇ ◇
荷物を置き終え、大広間の食堂に集合した私たちは、各自で昼食を取りながらテーブルを囲んでいた。
私は当然のようにひよりの隣に座り、優雅に食事を進める。
「みんな揃ったことだし、食べながら今回の合宿の話をするね!」
朝比奈先輩が、全員の顔を見渡して明るく切り出した。
「今回のゲームは、珍しい体験系のものが多いから、経験者も少ないと思うの。だから、各自『経験のあるもの』や『自信のあるもの』を、五段階評価で付けて私にメールで送って欲しいんだ! それを参考にして、対決に出るメンバーを選定させてもらおうと思うから!」
「はいっ、分かりました!」
堀北や七瀬が、朝比奈先輩の提案に賛成して頷く。
(……卓球やトランプはともかく、彫刻やろくろといった体験は経験したことのある生徒の方が少なそうではあるな。まあ、どこのグループも条件は同じだろうし、単純にOAAの評価や学力だけでは勝負が決まらないだろうな)
私が内心で分析していると、朝比奈先輩が私をビシッと指差した。
「ちなみに藍染くんは、全種目に出てもらうからね!」
(……南雲先輩たちと賭けをしてるなら、当然そうなるだろうね。……ただ、俺が全部勝てるかは分からないけど)
私は内心で苦笑しつつ、カップを優雅に傾けた。
「――構わないよ。だが、未知なる領域において、常に完全なる軌跡を描けると思い込むのは、少しばかり早計だと言っておこう」
「『わかりました。でも未経験の種目ばかりなので、絶対に全勝できるかはわかりませんよ』とのことですっ」
「あはは! 期待してるよ!」
その後も、全員が各自の端末から朝比奈先輩へ自己評価をメールで送信し、食事の席は和やかな雰囲気に包まれていた。
(……うん?)
私は食事を進めながら、ふと視線を感じて顔を上げた。
一年生の石上が、少し離れた席から時折こちらへ静かな視線を向けている。
(……何か、俺に話したいことでもあるのかな?)
私が微かな疑問を抱いていると、隣のひよりが嬉しそうに話しかけてきた。
「惣右介くん。昼食の後は一回戦まで時間がありますし、体験をしに行きますか?」
(……まあいいか)
私は石上への思考を打ち切り、愛しい恋人へと意識を集中させる。
「――ああ。来たるべき闘争の幕開けがどのような形であれ、君と共に未知なる遊戯に触れておくのも、悪くない時間になるだろうね」
(訳:そうだね! まだ一回戦がどこのグループと何の対戦をするかは分からないし、とりあえずやったことのない体験をしておきたいね)
私の言葉に、ひよりも花が綻ぶように楽しそうに頷いた。
「藍染! 堀北!」
すると突然、食事中の伊吹がバンッとテーブルを叩いて私たちを指差した。
「この合宿で、あんたたちを倒すから!」
相変わらずの狂犬っぷりを発揮する伊吹に、私はフッと不敵な笑みを浮かべ、オサレな余裕を持って言い放った。
「――相変わらず騒がしいね。私に挑みたいというのなら、いつでもその羽を毟り取ってあげよう」
「『伊吹さんは相変わらず元気ですね! いつでも受けて立ちますよ!』と仰っていますっ」
私の強烈な煽りポエムを、ひよりがニコニコと楽しそうに翻訳する。
「絶対ぶっ潰す!!」
案の定、伊吹が青筋を立てて怒り狂った。
「……伊吹さん。食べながら騒がないの」
隣に座る堀北が、冷ややかな声で伊吹を注意する。
「ふんっ!」
伊吹は忌々しそうにそっぽを向きながらも、渋々食事を再開した。
(……小学生とその母親かな?)
「ふふっ。堀北さんは、伊吹さんのお母さんみたいですね」
ひよりが、私の内心を代弁するかのようにふんわりと笑う。
「はぁ!? なんで私が堀北の娘なのよ!!」
「私も、伊吹さんみたいな手のかかる娘はお断りよ」
堀北が涼しい顔で切り捨てると、ひよりはさらに「ふふっ」と楽しそうに笑い声をこぼした。
「……仲がいいんだから悪いんだか」
少し離れた席で見ていた神室も、呆れたようにため息をつきつつ、その口元には微かに微笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた後、私たちが最初のレクリエーションとして参加したのは、『陶芸・ろくろ体験』だった。
広々とした体験教室には何台もの電動ろくろが並び、エプロン姿の生徒たちが泥だらけになりながら、思い思いの器を作っている。
(おお……! 難しいな……!)
私は両手にひんやりとした土の感触を感じながら、回転するろくろの上で慎重に土の形を整えていた。
初めは土の抵抗感と遠心力に戸惑ったものの、持ち前のスペックと器用さが働き、すぐに指先の感覚を掴むことができ、みるみると形が整っていく。
(これはなかなか……いや、かなり楽しいぞ……! いっそ、合宿中ずっとこれだけでいいくらいだ……!)
内心ではすっかり童心に返り、ウキウキと制作体験を楽しんでいた私だったが、周囲の空気は全く異なる温度感に支配されていた。
「な、なんか生徒会長、すごいオーラ出てる……」
「藍染先輩の周りだけ、空間が歪んで見えます……!」
同じ体験教室に参加していた、普段あまり関わりのない一年生の生徒たちが、少し離れた場所から畏れを抱いたような目で私を見つめている。
どうやら、私が黙々とろくろに向かう姿が、謎の威圧感を放ってしまっているらしい。
「ふふっ。惣右介くん、とても楽しそうですねっ!」
そんな周囲の怯えた視線など全く意に介さず、隣の席で器用に小鉢の形を作り上げていたひよりが、パァッと花が咲いたような笑顔で話しかけてきた。
「――土塊に命を吹き込むこの作業……なかなかに興味深い。私が天に立つ前の、良き暇潰しになりそうだよ」
(訳:うん! めちゃくちゃ楽しいね! ひよりも上手に作れてるね!)
私がフッとオサレな笑みを浮かべて返答すると、ひよりも嬉しそうに微笑んだ。
平和で穏やかな時間が流れている――そう思った、次の瞬間。
「藍染様!! ご覧ください!!」
体験教室の入り口から、何やら泥まみれの異様な物体を両手で高く掲げた池寛治が、ドタドタと駆け寄ってきた。
よく見ると、彼が手にしているのは器でも壺でもなく、ろくろの回転を完全に無視して作り上げられた、トゲトゲしくて禍々しい『剣のような何か』だった。
(寛治ィィィ!? 器用で凄いけど!! ろくろで何作ってんだ!?)
私が内心で激しいツッコミを入れていると、寛治は私の前で恭しく片膝をつき、その禍々しい泥の剣を捧げ持った。
「丹精込めて錬成せし魔剣……『
(気持ちは嬉しいけど!! どこに飾るんだそれ!? 絶対に部屋の景観ぶち壊すだろ!!)
私は内心で頭を抱えつつも、威厳に満ちた表情を崩すことなく、ゆっくりと寛治を見下ろした。
「――君のその忠誠、確かに受け取った。……だが、それは君の手元に置いておくといい。いずれ、その価値を知る時も来るだろう」
「『気持ちは嬉しいけど、飾る場所がないから自分で持っててね』とのことですっ」
私がオサレに感謝と婉曲な拒絶を伝えると、ひよりがニコニコと慈愛に満ちた笑顔で翻訳した。
「おおっ……! この魔剣を俺に託してくださるとは……! ははっ!」
寛治は感極まったように泥の剣を胸に抱きしめ、なぜか一人で勝手に感動に打ち震えていた。
◇ ◇ ◇
ろくろ体験を存分に楽しんだ後。
指定された時刻になると、私たちの学生証端末に、一斉にメールが届いた。
いよいよ、第一回戦の対戦相手と種目の発表である。
(……一回戦の種目は『卓球』か。卓球なら問題なく勝てそうだな)
私たちは指定された場所へと移動し、対戦グループと相対する。
朝比奈グループの代表として選出されたのは、私、橋本、宇都宮、堀北、そして伊吹の五名だ。
卓球は五本勝負の一対一。
試合は順調に進み、堀北や宇都宮が危なげなく勝利を収め、早々にグループとしての勝利を確定させた。
そして、五人目の大将戦。
私の前に立ち塞がったのは、Bクラスの鬼頭隼だった。
鬼頭は無言のまま、鋭いスマッシュを放ってきたが――私の動体視力と完璧な身体操作の前に、その球は完全に止まって見えた。
私はフッとオサレに笑い、鬼頭の放ったスマッシュの遥か上を行く、超絶的なスピードと回転をかけたオサレな一撃を叩き込んだ。
ボールは鬼頭のラケットの端を掠め、遥か後方へと吹き飛んでいく。
結果、私は鬼頭を相手に一ポイントも失うことなく、完全勝利を収めた。
その後も、私たちのグループは順調にゲームを消化していった。
『将棋』『トランプ』『アクセサリー作り』、そして二度目の『卓球』。
私は宣言通りその全てのゲームに選出され、個人として全て勝利を収めた。
そんな中、『アクセサリー作り』のゲームを無事に勝利で終えた直後のこと。
私は手元にある、自作にしてはなかなか綺麗に仕上がったビーズのブレスレットを眺めていた。
少し離れた場所では、ひよりが堀北と互いに作った作品を見せ合いながら、楽しそうに談笑しているのが見える。
「藍染先輩。それは、椎名先輩にプレゼントしないのですか?」
ふと、同じく出場していた七瀬が、小首を傾げて尋ねてきた。
「――私の生み出す光が、彼女の美しさに届くにはまだ練度が足りない。より完璧な輝きを手にするまで、これは私の手元に置いておくとしよう」
(訳:どうせならもっとクオリティの高いやつをプレゼントしたいから、明日以降にもっと練習してからにしようかな)
私がオサレに答えると、それを聞いていた中島が目を輝かせて駆け寄ってきた。
「えっ! じゃあ藍染先輩、それ椎名先輩にあげないなら私にください!」
どうやら、生徒会長の手作りアイテムという謎のプレミア感に惹かれているらしい。七瀬も「私も少し気になります」と同調している。
「――構わないさ。試作品ゆえ、君たちの眼鏡にかなうかは分からないがね」
(訳:あんまり出来は良くないけど、別にいいよ)
私がフッと微笑んでブレスレットを渡そうとした、その時。
パタパタと小走りで駆け寄ってくる微かな足音と共に、ツンッ、と私のジャージの袖が、小さな力で引っ張られた。
視線を向けると、いつの間にか堀北との会話を切り上げて戻ってきていたひよりが、少し悲しそうな上目遣いで、私を見つめていた。
私は表面上は威厳あるオサレな表情を保ち、中島たちに向けてゆっくりと首を横に振った。
「――すまないね。どうやらこの星屑の行き先は、すでに決まっていたようだ」
(訳:ごめんね、ひよりが欲しがってるからまた今度ね)
私がオサレに断りを入れると、中島と七瀬はパチパチと瞬きをした後、何かを察したように顔を見合わせた。
「あっ、いえ! こっちこそごめんなさい!」
「本当に仲良しですね! お邪魔してすみませんでした!」
少し離れた場所から、堀北が呆れたように小さくため息をつくのが見えた。
キャッキャと笑いながら逃げるように去っていく一年生たち。
私は手元のブレスレットを、そっとひよりの掌に落とした。
ひよりはそれをギュッと両手で包み込み、少しだけ頬を膨らませた。
「……惣右介くんが初めて作ったものを、私以外の方が持っているのは……少し、嫌です」
(か、可愛い……!! ごめんね! 俺の配慮が足りなかったね……!!)
私は内心で平謝りしつつ大歓喜の悲鳴を上げながら、少し頬を赤らめて恥ずかしそうに俯く愛しい恋人に、これ以上ないほど優雅な微笑みを向けるのだった。
◇ ◇ ◇
初日の全五回戦が終了し、自由時間となった夕方。
グループのメンバーと合流した私は、ホッと一息ついていた。
(初日は南雲先輩と鬼龍院先輩のグループとの対戦はなかったか。……あの二つのグループも全勝しているらしい。お互いに初心者なら、能力が高く、なおかつ勝つ気で取り組んでいる方が有利になるから当然といえば当然か……俺たちも勝ち星を落とすわけにはいかないな)
私が静かに思考を巡らせていると、隣に立つひよりが嬉しそうに微笑みかけてきた。
「しっかり五連勝出来ましたねっ!」
彼女も持ち前の器用さと優れた頭脳を活かし、『将棋』と『アクセサリー作り』に参加して、見事に勝利を収めグループに貢献していた。
「――君の紡いだ理は、盤上においても、指先に宿る造形においても、決して揺らぐことはなかった。……見事な戦果だったよ、ひより」
「ふふっ、ありがとうございますっ」
私がオサレに労うと、ひよりは花が綻ぶような笑顔で頷いた。
その和やかな空気に釣られるように、橋本が「お疲れさん」と私の肩を軽く叩いてきた。
「さすがは藍染だな! 全種目に出場して全勝するとは恐れ入ったぜ」
「――君の張り巡らせた策も、盤面を支配するには十分な働きだった。……悪くない動きだったよ」
「『橋本くんも見事な活躍でしたよ』とのことですっ」
私がオサレに返すと、橋本は「ははっ、ありがとよ」と照れたように鼻の下を擦った。
◇ ◇ ◇
その後、私たちは男女に別れて大浴場へと向かい、ゲームで流した汗と疲労をサッパリと洗い流した。
夕食を終え、夜の男子部屋。
広々とした和室には、朝比奈グループの男子生徒たちが集まり、思い思いにくつろぎながら会話を楽しんでいた。
橋本や平田は持ち前のコミュニケーション能力を発揮し、一年生の男子たちとすっかり打ち解けて談笑している。
「藍染氏。少々よろしいでしょうか」
私が部屋の隅で壁に背を預けていると、Cクラスの金田がメガネをクイッと押し上げながら歩み寄ってきた。
「……例のアプリの開発ですが、進捗は如何ですか?」
龍園たちが計画している、ケヤキモール用の統合アプリ。そのシステム開発の件だ。
「――箱庭の理を書き換えるための『鍵』は、すでに形を成しつつある。だが、扉を開いた先の世界を統べるのは君たちの役目だ。……その重圧に、耐えられるかな?」
(訳:だいぶ形になってきたから、もう直ぐ完成すると思うよ。リリースした後は本当に任せて大丈夫?)
私がフッと不敵な笑みを浮かべてオサレに答えると、金田は静かに、しかし力強く頷いた。
「……お任せください。運用と維持は我々が責任を持って行います。……しかし、これ以上頼るのも申し訳ありませんが、分からないことがあれば、また聞きに行かせてもらうかもしれません」
「――君たちが迷いの中にいるのなら、私が進むべき道を示してあげよう」
(訳:全然大丈夫だよ! いつでも聞いてね!)
私がオサレに快諾すると、金田は「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
金田との会話を終えた私は、橋本や平田が輪を作っている一年生たちの元へと混ざった。
「あっ、藍染先輩! さすがは生徒会長ですね! 今日のゲーム、全勝じゃないですか!」
「いやぁ、将棋の時の藍染先輩のオーラ、マジで半端なかったっすよ!」
一年Bクラスの佐藤や、一年Dクラスの田中が、興奮した様子で私を褒め称えてくる。
その横では、一年Cクラスの宇都宮と、一年Aクラスの石上が、落ち着いた様子で静かに私たちの会話に耳を傾けていた。
「――称賛には感謝しよう。だが、私が掴んだ勝利は、君たちが背中を預けてくれたからこそ成り立ったものだ。……明日からも、共にこの盤面を支配しよう」
「「「はいっ!!」」」
私がオサレに語りかけると、一年生たちは目を輝かせて力強く頷いた。
そんな和やかな会話を楽しみながら、私は夜の更けていく時間を穏やかに過ごした。
◇ ◇ ◇
消灯時間が近づいてきた頃。
私は静かに部屋を抜け出し、薄暗いロビーの一角にあるソファに腰を下ろしていた。
しばらくすると、パタパタという軽い足音と共に、愛しい恋人が姿を現した。
「お待たせしましたっ!」
少しだけ頬を上気させたひよりが、小走りで私の元へと駆け寄ってくる。
お風呂上がりの石鹸の香りがふわりと漂い、私は思わず頬を緩めた。
「――私も今、君という月明かりを探しに来たところさ。……女子の部屋はどうだい? 君の瞳に映る景色は、君を退屈させずに済んでいるかな?」
(訳:俺もさっき来たとこだよ。女子の部屋はどう? 楽しめてるかな?)
私がオサレに尋ねると、ひよりはソファの私の隣にちょこんと座り、嬉しそうに微笑んだ。
「はいっ。みなさんいい方ばかりなので、とても楽しく過ごせていますよ。……ふふっ、明日からも楽しみですねっ!」
私たちはそっと視線を絡ませ、合宿の初日を無事に終えられたことに、静かな喜びを分かち合う。
二人きりのこの穏やかな時間には、私の言葉を分かりやすく解きほぐす翻訳など必要ない。
ただ、互いの体温と気配を感じながら、静かな夜を共有するだけで十分だった。
窓の外には、しんしんと降り積もる雪が、暗闇の中で白く輝いていた。
私たちは消灯時間ギリギリまで、二人だけの甘く穏やかな会話を楽しんだ後、明日からの激闘に備えてそれぞれの部屋へと戻っていった。