いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
雪が舞い散る木立の陰で石上との対話を終えた私は、静かに思考を切り替え、愛しい恋人の待つ大広間の食堂へと戻った。
私が席に戻るなり、ひよりは小首を傾げて、少しだけ心配そうに私の顔を見つめてきた。
「惣右介くん、どうしたんですか? なにやらご機嫌斜めに見えますけど……」
(うっ……! 完璧なポーカーフェイスを保っていたはずなのに、一瞬でバレちゃったよ……)
私の微かな感情の揺らぎすら見逃さない彼女の鋭い観察眼と、深い愛情に内心で驚きつつ、私はフッとオサレな笑みを浮かべてみせた。
「――私の心に微かな波風を立てる事象があったのは事実だが……君のその微笑みを見れば、瞬時に凪いでしまう程度のものさ。案ずることはないよ」
(訳:ちょっと面倒なことがあったけど、ひよりが心配するようなことじゃないから安心してね!)
「そうですか……? 何かあれば、いつでも私に相談してくださいね?」
ひよりが優しく微笑みかけてくれる。その絶対的な包容力に、私の心に僅かに残っていた苛立ちは、すっかりと消え去っていた。
◇ ◇ ◇
昼食と自由時間を終え、午後の部のゲームが開始された。
一戦目は『将棋』、二戦目は『ガラス細工』。
私は宣言通りすべてのゲームに選出されたが、持ち前のスペックを遺憾なく発揮し、個人としてもグループとしても危なげなく勝利を収め、朝比奈グループの連勝記録をさらに伸ばすことに成功した。
そして、迎えた午後の部の三戦目。
指定された広大な屋内施設へ足を踏み入れると、私たちの学生証端末に対戦相手と種目が通知された。
種目は、『アーチェリー』。
そして対戦相手は『南雲グループ』だった。
朝比奈グループから選出されたのは、私、平田、堀北、一年生の宇都宮、そして七瀬の五人。
対する南雲グループから姿を現したのは、綾小路清隆、神崎隆二、葛城康平、龍園翔、そして一年生の天沢一夏という、各クラスの精鋭がこれでもかと凝縮された五人だった。
「よぉ、なずな。お前らは順調に全勝してるみたいだな」
ポケットに両手を突っ込んだ南雲先輩が、余裕の笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「あはは、雅たちはさっきトランプで負けたみたいだね〜!」
朝比奈先輩が、南雲先輩の痛いところを突いて楽しそうに笑う。
「……運の要素が強いゲームだったからな。だが、ここでお前たちに勝てばいいだけだ」
南雲先輩は肩をすくめ、勝負への自信を隠そうともせずに笑って会話を交わしている。
(アーチェリーなんて、多分全員未経験だろうからな。正直どっちが勝つか分からないな)
私が内心で静かに分析していると、グループごとに分かれて出場順を決める話し合いが始まった。
「順番どうしようか。向こうの綾小路くんには、やっぱり藍染くんをぶつけたいよね。大将戦がいいかな?」
「相手からすると、逆に綾小路くんを他の生徒にぶつけて確実に勝ちを拾いたいと考えているはずです。あえて彼を五人目には選ばない可能性もあるでしょう」
朝比奈先輩の提案に、堀北が腕を組み、相手の心理を論理的に読み解く。
「――清隆がその才を十全に振るえるのは、己の中に答えを得てからだよ」
(訳:清隆がこの合宿でアーチェリーをまだ触ってないなら、そんなに恐るべき相手じゃないよ)
私がフッと不敵に笑ってオサレに告げると、堀北は「? ええ、そうね」と、少しだけ首を傾げながらも同意した。
「うん! それじゃあもう適当に決めちゃおうか!」
朝比奈先輩が明るく提案すると、平田も爽やかな笑顔で頷いた。
「そうですね。誰が相手でも、全力を尽くすことに変わりはありませんからね」
「はいっ! 頑張りましょう!」
七瀬も気合十分に頷き、異論は出ず、私たちの出場順があっさりと決定した。
アーチェリーのルールは単純明快。20メートル離れた位置から一人につき六本の矢を放ち、その合計点で勝敗を決める。それを五人の代表者で繰り返し、先に三勝したグループの勝利となる。
第一試合。
私たちのグループからは平田が、南雲グループからは天沢一夏が出場した。
「んふふ〜、平田せんぱぁ〜い。優しくしてね?」
天沢が弓を片手に、小悪魔的な笑みを浮かべて平田に絡む。
「あはは……お手柔らかにお願いするよ」
平田は苦笑いしながらも、真剣な表情で弓を構えた。
しかし、いざ試合が始まると、天沢の持ち前の身体センスと適応力が爆発。平田も持ち前の運動神経で健闘を見せたものの、結果は天沢の圧勝に終わった。
続く第二試合。
一年生の宇都宮と、龍園翔の対決。
「チッ、一年坊主か。つまらねぇな」
龍園は忌々しそうに舌打ちをしながら弓を構えたが、宇都宮は相手が龍園であろうと全く臆することなく、真っ直ぐな瞳で的を見据えていた。
互いの力と勝負勘がぶつかり合う、息を呑むような接戦。結果は、宇都宮の放った最後の一矢が僅かに中心を捉え、宇都宮の辛勝となった。
「ふぅ……」
宇都宮が小さく息を吐き出し、これで星は一勝一敗の五分に戻る。
そして第三試合。
堀北の前に立ち塞がったのは――神崎隆二だった。
しかし、アーチェリーの試合だというのに、彼の腰にはなぜか愛用の木刀『鵲』が差されていた。
「……なぜ、こんなところにまで木刀を?」
堀北が心底理解不能といった顔で問いかける。
「ふっ、三泊四日も鵲と離れるわけにはいかない。学校にはプライベートポイントで権利を購入してある」
「…………そう」
堀北が完全に引いた表情で口を閉ざす。
神崎は真顔のまま弓を引き絞り、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
「……見せてやろう。俺の魂が描く、光の軌跡を」
「――架けろ『
ビュンッ! という鋭い音と共に放たれた矢は、見事に的の中心部分へと突き刺さった。
(神崎ィィィィィ!? なんでアーチェリーの弓構えながら木刀の詠唱してんだよ!? しかもわざわざポイント払ってまで合宿に持ち込んでたのかよ!!)
私は内心で盛大なツッコミを入れたが、唐突な詠唱を間近で食らった堀北は明らかに動揺してしまい、放った矢は狙いを逸れ、結果は神崎の勝利に終わった。
第四試合。
私の対戦相手として進み出てきたのは、綾小路清隆だった。
「――お手合わせ願おうか、清隆」
(訳:よろしくね! 清隆)
私がオサレに余裕の笑みを向けると、清隆は無表情のまま弓を手にした。
「ああ。といっても、アーチェリーは未経験だからな。お互いに未経験の種目なら、お前に分があるだろうが」
(……清隆も天沢や神崎たちのフォームを参考にはしているだろうが、初見の事柄に対しては観察を優先しすぎる節があるからな)
私の読み通り、清隆は一本目の矢で的の感触と弓の張力を測り、二本目以降で的確に中心へと修正をかけてきた。見事な適応力だった。
(天沢や神崎のフォームが、いいお手本になりそうだな)
私は二人の動きから視覚情報を抽出し、自身の内で最適化させ、完璧なフォームへと昇華して弓を構えた。
「――皮肉なものだね。まさか、この私が弓を引く日が来るとは」
私が流麗な動作から放った矢は、吸い込まれるように的の中心付近へと突き刺さっていく。
清隆も高得点を叩き出したが、適応段階の彼よりも、完璧なフォームでほぼ中心に矢を集めた私のスコアが上回り、難なく勝利を収めることができた。
これで二勝二敗。
勝負の行方は、最後の大将戦へと委ねられることになった。
第五試合。
一年生の七瀬翼に対するは、Bクラスの重鎮、葛城康平。
「七瀬ちゃん! お願いね!」
「七瀬さんなら勝利を掴めるわ。落ち着いていきなさい」
「気負わずに頑張ってね、七瀬さん」
朝比奈先輩、堀北、平田が次々と声をかけ、七瀬の背中を後押しする。
私もまた、彼女へ向けて威厳に満ちた激励の言葉を贈った。
「――己の放つ一矢に迷いを抱くな。君の瞳に映る軌跡を、ただ信じ抜けばいい」
(訳:七瀬なら大丈夫だよ! リラックスして頑張ってね!)
「はいっ! ありがとうございます、先輩方!」
私たちからの激励に、七瀬はパァッと表情を明るくし、力強く頷いた。
弓を手にした七瀬と、腕を組んで重々しく構える葛城。
両グループの視線が集中する中、勝敗を決する最後の一戦が、静かに幕を開けた。
「戦いに敗ける側は、いつだって理解も遅ければ、反応も遅いものだ」
葛城が腕を組んだまま、重々しい声で七瀬へと言い放つ。
「まだ勝負はこれからですよ?」
七瀬が不思議そうに小首を傾げて聞き返す。
(か、葛城ィィィ!? ……いや、たまたま似たセリフが出ただけだろう。うん! 俺は関係ないね!)
私は内心で必死に現実逃避をしながら、試合の行方を見守った。
一年生ながら高い身体能力と集中力を持つ七瀬と、冷静沈着に的を見据える葛城。
互いに譲らない、息の詰まるような接戦。
そして、運命の最後の一射。
七瀬の放った矢は的の中心に非常に近い高得点エリアを射抜いた。
対する葛城は、ここで最高得点を射抜かなければ敗北が決まるという、極限のプレッシャーのかかる場面だった。
葛城は弓を構え、ピカピカに光るスキンヘッドに一筋の汗を流しながら、精神を極限まで集中させる。
「……そこに躱すという概念の、介在する余地は無い!」
葛城の重厚なセリフと共に放たれた矢は、空気を切り裂き、見事に的のど真ん中へと突き刺さった。
「おおっ!」
南雲グループから歓声が上がる。
「この勝負は俺たちの勝ちだな」
南雲先輩が満足げに笑う。
「ええ〜、悔し〜!!」
朝比奈先輩が頭を抱えて悔しそうに声を上げた。
試合を終え、私たちのグループメンバーが顔を突き合わせる。
「……神崎くんの謎の言葉に動揺してしまったわ。ごめんなさい」
堀北が、自分の敗北を悔いるように小さく息を吐いた。
「謝らないで、堀北さん。僕も負けてしまったし、今回はクラスポイントも動かないから、そんなに思い詰める必要はないよ」
平田が爽やかな笑顔で、優しく堀北をフォローする。
「私も、五人目を任せてもらったのに、申し訳ありません……」
七瀬が申し訳なさそうに頭を下げる。
「――まだ幕は下りていない。今日の続きを楽しみ、明日の景色を迎えればいい。……今はただ、この瞬間に身を委ねるとしよう」
(訳:まあまあ、楽しかったし、まだ今日は1試合あるし、明日も残ってる。気楽にやろう!)
「藍染先輩の言う通りだ。次、頑張ろう」
私のオサレな慰めに、宇都宮も静かに同調して七瀬を励ました。
(これで、ここまで全勝しているのは鬼龍院先輩のグループだけか。でも、これまで俺たちとも南雲先輩のグループとも当たってないから、まだ勝負は分からないな)
私は内心で思考を整理しつつ、試合を終えた清隆たちと短い言葉を交わし、次なる会場へと向かった。
◇ ◇ ◇
二日目、最後となる七試合目。
指定された教室に入ると、机の上には色とりどりの布切れや裁縫道具が並べられていた。
種目は『パッチワーク』。
朝比奈グループから選出されたのは、私、ひより、神室、一年生の石上、鈴木の五人だ。
私は五人目、つまり大将戦に配置されていた。
しかし、私に出番が回ってくる前に、器用なひよりや石上たちが危なげなく勝利を収め、グループとしての勝利は早々に確定した。
(よし、さっきの負けを引きずることなく、しっかり勝つことができたな。あとは個人としても勝つだけだな)
私は気合を入れ直し、対戦相手である二年Dクラスの井の頭心の前に立った。
「――お手合わせ願おうか」
(訳:よろしくね!)
「ひぇ!?」
私がオサレに声をかけると、井の頭はビクッと肩を震わせ、ひどく怯えた様子で縮こまってしまった。
(そ、そんなに怯えなくても……)
私は内心で少しだけ傷つきつつも、気を取り直して針と糸を手にした。
(孤児院にいた頃に裁縫はそれなりにやってたからね! この勝負、もらった!)
私は自信満々にパッチワークの制作に取り掛かった。
……しかし。
いざ勝負が始まると、手芸を得意とする井の頭の、圧倒的なまでの裁縫技術とデザインセンスの前に、私の自信は木っ端微塵に打ち砕かれた。
(……結構、自信あったからショック。井の頭さん凄いな!!)
彼女の作品は、私のそれとは比べ物にならないほど繊細で、見事な仕上がりだった。
私は素直に敗北を認め、彼女の技術を賞賛すべくオサレに声をかけた。
「――天晴れだ。……井の頭心。生涯、君を忘れることはないだろう」
(訳:井の頭さん凄いね! 良かったら裁縫のコツ、教えてもらえないかな?)
「ひぇ!? ご、ごめんなさーい!!」
私のポエムを聞いた瞬間、井の頭は半泣きの顔になり、ひよりが翻訳する間もなく、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
(え、ええ? そ、そんなに怖がらせちゃったの!?)
私が裁縫道具を手にしたまま、内心で激しく動揺していると。
「……私のクラスの生徒を脅迫するのはやめてもらってもいいかしら?」
少し離れた場所から、堀北が絶対零度の視線をこちらへ向けてきた。
「ハッ! 負けてやんのー! 負けてやんのー! 負けてやんのー!」
さらに、伊吹がここぞとばかりに私の敗北を煽り立ててくる。
(脅迫してないよ!? それに伊吹は小学生かな!?)
私は内心で叫びながらも、外面はあくまで威厳を保ち、フッとオサレな笑みを浮かべてみせることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
波乱に満ちた二日目の全試合を終え、夕食と大浴場での入浴を済ませた私たちは、夜の自由時間を思い思いに過ごしていた。
ロビーの片隅のソファで一人、先ほどのパッチワークでの惨敗を思い出して密かに落ち込んでいると、お風呂上がりのふわりとした石鹸の香りを漂わせながら、ひよりが隣にちょこんと座ってきた。
「惣右介くん。お疲れ様でしたっ」
「……」
ひよりは私の様子を見てふふっと優しく微笑むと、私の手にそっと自分の手を重ねてきた。
「元気を出してください。惣右介くんの作ったパッチワークも、個性的でとっても可愛らしかったですよっ」
その温かい言葉と手のひらの温度に、私の心に僅かに残っていた敗北のショックは、瞬く間に溶けて消え去っていった。
私は愛しい恋人の優しさに深く癒されながら、明日の最終日へ向けて静かに英気を養うのだった。
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