いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
三月第二週の月曜日。二年生として過ごす日々も、残すところあとわずかとなっていた。
その日の帰りのホームルームを終え、クラスメイトたちが三々五々教室を後にし始めた時のことだった。
教壇でプリントの整理をしていた担任の星之宮先生が、ふと顔を上げて私に声をかけてきた。
「藍染くん。ちょっといいかな?」
「――私の歩みを止めるだけの理由があるのかな?」
(訳:どうしました?)
私がオサレに頷いて教壇の元へと歩み寄ると、星之宮先生は教室に他の生徒がいなくなったのを確認してから、少しだけ声を潜めた。
「坂柳理事長が、藍染くんのことを呼んでるわ。……何かあったの?」
彼女の瞳には、教え子である私を心配するような、微かな不安の色が浮かんでいた。
「――案ずることはない。私が彼に提示した、ささやかな願いに対する返答だろうからね。伝達に感謝するよ」
(訳:理事長にお願い事をしていたので、その件だと思いますよ。伝えてくれてありがとうございます)
私がフッと優雅な笑みを浮かべて返すと、星之宮先生はホッとしたように息を吐き出した。
「そっか、それならいいんだけど。……もし、何かあれば担任の私にも相談してね〜!」
彼女はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべ直すと、ひらひらと手を振りながら教室を去っていった。
私は内心で彼女の気遣いに感謝しつつ、学生証端末を取り出し、生徒会室で待つ一之瀬に生徒会業務への合流が遅れる旨をメッセージで伝え、そのまま理事長室へと向かった。
◇ ◇ ◇
コンコン、と静かに扉を叩き、私は重厚なドアを押し開けた。
「――失礼するよ」
「やあ、藍染くん。よく来てくれたね。座るかい?」
理事長用の大きなデスクから立ち上がった坂柳理事長が、応接用のソファへ視線を送る。
「――気遣いは無用だよ。座を温めるほど長い話にはならないだろう」
(訳:そんなに長話にもならないでしょうし、このままで構いませんよ)
私がオサレに返すと、坂柳理事長は一瞬キョトンとした顔を見せたが、少し考えてから意図を察したように小さく頷き、真っ直ぐに私を見据えて本題を切り出した。
「……鬼島総理の視察についてですが、君たち二年生の学年末特別試験を観覧されることになりました」
「――予想の範疇だよ。彼がこの時期に訪れることも、その目的もね。……予定調和の出来事に、心を乱す理由はないさ」
(訳:なんとなくそんな予想はしていたので、問題はないですよ)
私がオサレに予想通りだと告げると、坂柳理事長の表情が僅かに曇った。
「……それでも、総理との対談を希望するのかい? 特別試験に君が参加できないとなると、クラスの方は問題はないのかい?」
理事長としての、生徒を案じる正当な問いかけ。
私はフッと目を伏せ、やがて確信に満ちた眼差しを向けた。
「――問題にはならないさ。彼らはすでに、私の存在を勝利の条件とする段階を越えている。誰かの手を借りずとも己の道を切り拓き、望む未来をその手に収めるだけの力がある。……私の不在程度で覆るほど、彼らの積み上げてきたものは脆くないよ」
(訳:問題ありませんよ。俺がいなくても、みんななら十分に勝てます)
私の迷いなき言葉に、坂柳理事長は僅かに目を見開いた。
「――無論、彼らを信じることと、彼らの未来を守ることは別の話だ。私がこの場で総理との縁を結ぶことは、単に己の立場を強めるためではない。私や清隆、そして彼らの未来を理不尽に縛ろうとする者たちに、容易く手出しをさせないための備えでもある。……守るべきものがあるのなら、私はそのために打てる手を惜しむつもりはないよ」
(訳:もちろん、俺が試験を欠席することで、みんなに負担をかける可能性はあります。それでも、総理との繋がりを築くことは、俺や清隆、そしてクラスのみんなの未来を守ることにも繋がる。だからこそ、今は総理との繋がりを築くことを優先したいんです)
私が静かに真意を告げると、坂柳理事長はその意図を理解したように、深く頷いた。
「……分かりました。確かに君たちの今後のこと、そして綾小路先生の脅威を考えるのなら、必要な対談ではありますね。……私もこの学校の理事長として、生徒の未来を守る為に力を尽くしましょう」
「――頼もしい言葉だ。君の尽力に期待しているよ」
私はオサレに微笑み、理事長室を後にすると、皆の待つ生徒会室へと向かった。
◇ ◇ ◇
生徒会室での業務を滞りなく終えた後、私は一之瀬にだけ残ってもらい、静かに口を開いた。
「――一之瀬。先日伝えた件だが……やはり、私は学年末特別試験の舞台に立つことは叶わなくなったよ」
(訳:先日話したとおり、やっぱり学年末特別試験には参加できないんだ)
私の言葉に、一之瀬は驚くこともなく、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「うん! 分かったよ。クラスのことは私たちに任せてね!」
迷いのない返答に、私は目を細めた。
「――己の足で立ち、己の意志で未来を掴む。その程度のこと、君たちならば造作もないだろう?」
(訳:みんななら、俺がいなくても自分たちの力で勝利を掴んでくれると信じているよ!)
一之瀬は「もちろん!」と、いつもの明るい笑顔で応えた。その姿に満足げな笑みを返すと、私は彼女に別れを告げ、生徒会室を後にした。
向かった先は図書室。読書をしながら待ってくれている、ひよりのもとだ。
「――待たせたね、ひより。……今宵の宴に清隆と坂柳を招いても構わないかな? 彼等に伝えておかなければならない事象がある」
(訳:今日の夕食に清隆と坂柳を誘ってもいいかな? 伝えないといけないことがあるんだ)
私がオサレに尋ねると、ひよりは栞を挟んで本を閉じ、ニコニコと微笑んで快諾してくれた。
「はいっ、もちろんです。おもてなしの準備をしましょうね」
「――ならば、帰還の時だ。今宵の準備は、すでに済んでいるも同然なのだからね」
(訳:ありがとう。食材は冷蔵庫にあるから、このまま部屋に帰ろう!)
二人で連れ立って寮の部屋へと戻り、早速夕食の準備に取り掛かる。
私がフライパンを握り、ひよりが手際よく野菜のカットや盛り付けのサポートをしてくれる。息の合った連携で、あっという間に数品の料理を作り上げた。
やがて、約束の時間ぴったりに部屋のチャイムが鳴った。
「邪魔するぞ」
「お招きいただきありがとうございます、藍染くん、椎名さん」
感情の読めない平坦な顔の清隆と、ステッキを手にした坂柳が揃って部屋へと入ってくる。
私たちはリビングのテーブルを囲み、和やかに夕食を始めた。
今日のメニューは、私が腕によりをかけた煮込みハンバーグと、彩り豊かなサラダ、そして温かいポタージュスープだ。
「……相変わらず、惣右介の作る飯は美味いな」
清隆が、ハンバーグを口に運びながらポツリと呟き、普段より少しだけ早いペースで食事を進めている。
「ええ。本当に素晴らしいお味ですね。この味が堪能できるのなら、毎日でも通いたいくらいです」
坂柳もまた、上品な手つきでスープを口に運び、満足そうに微笑んだ。
「――君たちの味覚を満足させられたようで何よりだ。……ただ、毎日来られては、私とひよりの静寂な時間が奪われてしまうからご免被るがね」
「『お口に合って良かったです。毎日来られたら少し困っちゃいますけどね』とのことですっ」
私のオサレな冗談を、ひよりがニコニコと翻訳する。
和やかに食事が進み、食後にはひよりが皆のために温かい紅茶を淹れてくれた。
ダージリンの心地よい香りが部屋に漂う中、私はカップをソーサーに置き、静かに、そして真剣な視線で二人を見据えた。
「――さて。今宵、君たちを招いたのは他でもない。……来たるべき学年末特別試験の観覧に、鬼島総理がこの箱庭を訪れることが確定した。そして私は、試験という枠組みから外れ、総理との対談に臨むつもりだ」
「『私は学年末特別試験には参加せず、視察にいらっしゃる鬼島総理とお話しするつもりです』とのことですっ」
私の言葉を、ひよりが真っ直ぐな瞳で二人に伝える。
その言葉に、清隆の無機質な瞳が僅かに動き、坂柳もまた目を細めた。
「……オレも同席させてくれ。オレ自身の未来にも関わる話だからな。……それに、あの男の息子であるオレ自身が、向き合わなければならない問題だ。惣右介一人に押し付けるつもりはない。俺も当事者として、責任を負う」
清隆が、静かながらも確かな意志を込めて告げる。
すると、坂柳もまたステッキの柄に両手を重ね、少しだけ思案するような素振りを見せてから口を開いた。
「……私も同席させていただけませんか? お二人の事情を知る者として、そして、お二人の友人として……この先の行方を、私自身の目で見届けたいのです」
二人の申し出。
しかし、私はゆっくりと首を横に振った。
「――同行は不要だよ。……清隆、坂柳。君たちには、それぞれ背負うべきものがある。今はその場所を離れるべきではないだろう?」
「『お二人ともクラスの要ですから、持ち場を離れるわけにはいきませんよね?』とのことですっ」
私の言葉を、ひよりが二人に伝える。
すると、清隆は少しだけ眉をひそめた。
「……それを言うなら、お前も同じだろう。どんな試験になるかは分かっていないが、学年末特別試験である以上、かなりのクラスポイントが動くはずだ」
「綾小路くんと同意見です。……クラスのリーダーとしては、あなたの不在は歓迎すべき展開かもしれませんが、あなただけが不参加となるのは、少し公平性に欠けると思いますよ」
坂柳もまた、Aクラスにとって不利になりかねない状況を指摘する。
だが、私の心に迷いはなかった。
「――何を案じる必要がある? 私の不在を、勝利への好機とでも思ったのかい?」
私は口元に薄い笑みを浮かべ、二人を見据えた。
「――一体いつから……私のいないAクラスに勝利できると錯覚していた?」
「『私がいなくても、Aクラスの強さは揺るぎません。綾小路くんや坂柳さんが相手でも、絶対に負けませんから』とのことですっ」
私の揺るぎない自信を、ひよりが力強く翻訳する。
「……分かった。お前の判断を尊重しよう。だが、オレも特別試験に参加する以上、手を抜くつもりはないぞ」
清隆は静かにそう告げると、私の不在を受け入れたうえで、勝負への意志を示した。
「……藍染くんがそう仰るのであれば、こちらも遠慮なく勝ちにいかせてもらいますよ」
坂柳もまた、不敵な笑みを浮かべ、挑戦を受けるように言った。
「ふふっ。私たちだって、負けるつもりはありませんよっ!」
ひよりは二人の強敵を前にしても臆することなく、ニコニコと笑顔で宣言した。
(……クラスの勝利を考えるのなら、ここで清隆と坂柳を巻き込んで、戦力として封じ込めた方が賢いのだろう。……だが、俺がいなくてもうちのクラスが負けるとは思わない。むしろ、俺が不在のまま勝利を掴めれば、クラスのみんなにとって大きな自信になるはずだ。最後の一年を迎える前に、これ以上ない弾みをつけられるだろう)
私はクラスメイトたちへの揺るぎない信頼を胸に、フッとオサレな笑みを深めた。
◇ ◇ ◇
重い話も終わり、和やかなティータイムが再開された頃。
坂柳がティーカップを手にしたまま、ジロリと少し恨めしそうな視線を私に向けてきた。
「……それにしても。藍染くんのせいで、真澄さんが里中くんに盗られてしまいました」
(ええ!? なんで俺のせいになるんだよ!?)
私の内心のツッコミなどお構いなしに、坂柳はふうっと小さく息を吐いた。
「冗談ですよ。お二人の交際は心から祝福しています。……ただ、少し寂しいのは本当ですけどね」
長く親しい友人として過ごしてきた神室だからこそ、恋人ができたことを喜ぶ一方で、少しばかり寂しさもあるのだろう。
そんな彼女の言葉を聞いた清隆が、無表情のままポツリと呟いた。
「なるほど。これがWSSというやつか」
「WSS……?」
ひよりが不思議そうに首を傾げると、清隆は淡々と説明を始めた。
「『私が、先に、好きだったのに』の略称だそうだ」
(清隆ァァァ!? ひよりに変なこと教えるなよ!? どこでそんな知識をつけた!?)
思わず頭を抱えたくなる私をよそに、坂柳はティーカップを持つ手を止め、心底呆れたような視線を清隆に向けた。
「……綾小路くん? いったい何を仰っているのですか?」
坂柳が怪訝そうに問いかけると、清隆はいつもの調子で答えた。
「博士に教えてもらったんだ」
(外村ァァァ!? お前、今度は清隆に何を吹き込んだ!?)
「……綾小路くん。知識を得ること自体は悪いことではありませんが、得たものを何でも無条件に受け入れるのは感心しませんね。情報には取捨選択が必要です。……少なくとも、今のあなたにその知識が必要だったとは思えませんが?」
坂柳は小さく息を吐き、諭すように言った。
しかし、清隆は坂柳の言葉を聞き流すようにスッと隣へ歩み寄ると、無表情のまま、その小さな顎を指先でクイッと持ち上げた。
「……どうした? 寂しいなら、オレが話を聞いてやろうか?」
抑揚のない声で放たれた、あまりにも場違いなチャラ男のような台詞。
「はぅ……っ!?」
坂柳の余裕に満ちていた表情は一瞬で凍りつき、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
「なるほど。博士に教えてもらった台詞は、どうやら有効らしいな」
(清隆ァァァ!? 何を実践してるんだよ!? 外村は本当に何を教えてるんだ!? そして坂柳、お前もなんでそれでときめくんだ!?)
私は内心で、清隆の予想外すぎる奇行と、あっさり陥落した坂柳に盛大なツッコミを入れていた。
◇ ◇ ◇
……数分後。ようやく気を取り直した坂柳が小さく咳払いをすると、場の空気も落ち着きを取り戻した。
せっかく四人が集まったのだ。このまま雑談を続けるのもいいが、もう一つ楽しみを用意してある。
「――さて。今宵は、君にも楽しんでもらうとしようか。……以前、清隆やひより、堀北と興じた遊戯をね」
私はテレビモニターの電源を入れ、四つのコントローラーを取り出した。
用意したのは、日本全国を巡りながら総資産を競い合う、大人気のすごろくゲーム『桃太郎電鉄』だ。
画面にタイトルロゴが映し出されると、清隆が静かにコントローラーを握りしめた。
「……ようやく、椎名に借りを返す機会が来たな」
「――ああ。私も今宵こそは、彼女の戴く王冠を奪い取らせてもらうよ」
(訳:俺も今回こそはひよりに勝つよ!)
私がオサレに勝利を宣言すると、坂柳が興味深そうに目を細めた。
「以前は椎名さんが勝利したのですか? ふふっ……それは、楽しみですね」
「ふふっ。今回も負けませんよっ!」
ひよりがニコニコと笑顔で応じ、四人のプレイヤーによる情け容赦のない戦いの火蓋が切って落とされた。
――そして。
「…………」
ゲーム開始早々、清隆は三ターン連続で赤マスに止まり、借金生活へと転落していた。その後も貧乏神に取り憑かれ、淡々と借金を増やし続けている。
「ふふっ。まずは順調な滑り出しですね。……えっ?」
一方の坂柳は、持ち前の頭脳を生かして順調に資産を増やしていた。ところが、資産が増えるたびに『スリの銀次』が現れ、その大半を奪い去っていく。
「……またですか。あのスリの銀次とかいう男、絶対に許しません……!」
二度、三度と被害に遭ううちに、坂柳の顔からは普段の優雅な笑みが消えていた。今や彼女は、画面の中の銀次を本気で憎んでいるかのような形相でコントローラーを操作している。
(さ、坂柳からすんごい殺気が出てる……! ゲームのキャラ相手にマジギレしないで!?)
私は内心で戦慄しながらも、着実に物件を買い進め、トップを走るひよりを追いかけていた。
だが――ひよりは、桃鉄の神に愛されているとしか思えないほどの豪運を発揮していた。
「ふふっ。目的地、一番乗りですっ」
サイコロを振れば、次々と目的地に到着する。カードマスに止まれば、強力なカードを引き当てる。まるで、彼女にだけ都合よく運命が味方しているかのようだった。
「惣右介くん、少しお休みしててくださいねっ」
「――なん……だと……!?」
そのうえ、私の手持ちの強力なカードまで容赦なく奪い取り、行動を封じてくる。可愛らしい笑顔とは裏腹に、そのカード捌きには一切の情けがなかった。
(ひよりさぁぁん!? 容赦なさすぎない!?)
結局、ひよりに肉薄できたのは中盤までだった。後半は彼女の豪運と容赦のない妨害に翻弄され、私はあっけなく敗北を喫することとなった。
数年間に及ぶプレイを終え、最終結果の発表画面が映し出される。
一位は、ぶっちぎりの資産を築いたひより。
二位は、どうにかプラス収支を保った私。
三位は、借金を背負わされた坂柳。
そして四位は――開幕早々に陥った借金生活から、最後まで抜け出せなかった清隆だった。
「えへへっ、みなさん、まだまだですねっ!」
莫大な総資産を築き上げたひよりは、満面の笑みを浮かべている。
「……なぜ、オレはこんなに弱いんだ……?」
清隆はコントローラーを手にしたまま、理解の及ばない敗北に静かなショックを受け、呆然とテレビ画面を見つめていた。
「……スリの銀次。次に会ったら絶対に許しません……」
坂柳は、上品な佇まいを崩さないように努めつつも、未だに画面へ冷たい殺気を向けながら物騒な言葉を呟いている。
「――気まぐれな賽の目は、時に残酷な結果をもたらすものだね……」
私はオサレな負け惜しみを口にしつつ、内心で戦慄して小さく息を吐いた。
散々な結果に終わり、精神的にかなりのダメージを引きずっている様子の二人だったが、なんだかんだ言いながらも、四人で賑やかな時間を楽しめたのは間違いないだろう。
やがて寮の門限が近づき、私たちはお開きにすることとなった。
「本日はお招きいただき感謝します、藍染くん、椎名さん。……ええ、あの忌まわしい銀次さえいなければ、もっと有意義な時間になっていたはずですが。おやすみなさい」
「ああ。……当分、サイコロは見たくないな」
未だに不機嫌なオーラを隠しきれない坂柳と、深く疲弊した様子の清隆を部屋のドアの前で見送り、私はひよりと二人で片付けに取り掛かった。
グラスを洗い、テーブルを綺麗に拭き終えたところで、私はひよりに手を差し出した。
「――さあ、君の城まで送り届けよう。夜の闇には、まだ冷たい風が潜んでいるからね」
(訳:部屋まで送っていくよ!)
「ふふっ。ありがとうございますっ」
私はひよりと共に部屋を出て、夜の静寂に包まれた廊下を歩き、彼女の部屋の前で足を止めた。
「とっても楽しかったですっ。惣右介くん、おやすみなさい」
「――ああ。素晴らしい夜をありがとう。おやすみ、ひより」
愛しい恋人と穏やかな挨拶を交わし、私は自室への帰路に就いた。
来たるべき総理との会談、そして学年末特別試験。未来を懸けた戦いが目前に迫る中、束の間の穏やかで楽しい時間を共有できたことは、私たちにとって確かな癒しとなるのだった。