いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
三月二週目の木曜日。
朝のホームルームが始まるチャイムと共に、担任の星之宮先生が軽やかな足取りで教室へと入ってきた。
「みんな〜! おはよ〜! 朝から元気いっぱいかな〜?」
星之宮先生は教壇に立つと、いつものようにふわふわとした笑顔を浮かべて生徒たちを見渡した。
「さっそくだけど、今からみんなの待ちに待った『学年末特別試験』についての説明をするね! ……でも、その前に。まずは現時点でのクラスポイントを提示しま〜す!」
彼女が手元のタブレットを操作すると、黒板の中央にある大型モニターに、三学期現在の各クラスのポイントが表示された。
『二年Aクラス:1694cp』
『二年Bクラス:1430cp』
『二年Cクラス:736cp』
『二年Dクラス:691cp』
(……Bクラスとの差は、264ポイントか。もし直接対決になって負けたら、一気にひっくり返る可能性もある差だな)
私はモニターに映し出された数字を見つめ、内心で静かに計算する。
この一年間、我々Aクラスも坂柳のBクラスも順調にポイントを伸ばしてきた。だが、決して油断できるほどの圧倒的な差ではない。
「ふふっ。入学して最初のクラスポイントから、なんと千ポイント近くも増えてるのよ。みんながこの二年間、本当に頑張って歩んできたからこその結果だと思うわ。えらいえらい!」
星之宮先生が、にこやかに、そして心から誇らしげに私たちを褒め称える。
クラスの雰囲気は和やかになり、誰もが自分たちの成長に確かな自信を感じていた。
「それじゃあ、本題に入るわね。学年末特別試験の概要を伝えます!」
星之宮先生が再びタブレットを操作すると、モニターの画面が切り替わり、試験のルールが箇条書きで表示された。
【学年末特別試験 概要】
・試験会場:特別棟
・対戦クラス
Aクラス VS Dクラス
Bクラス VS Cクラス
《事前準備》
・期日までに各クラスから『代表者』を三名(先鋒、中堅、大将)として選出すること。
※男女どちらからも一名以上ずつを選出すること。
・代表者の当日の欠席に備え、任意の人数の代役を指定可能。
・当日、代役を含めた代表者が三名に満たない場合、ランダムで選出される。
《試験ルール:代表者概要》
・各クラスの代表者による勝ち抜き方式。
・先鋒には5ポイント、中堅には7ポイント、大将には10ポイントの『ライフ』が与えられる。
・大将のライフを先に失ったクラスの敗北となる。
・定められたルールの中で、一対一による勝負を行うものである。
・引き分けは存在せず、決着が付くまで延長戦が行われる。
モニターに映し出されたそのルールを見て、教室内に静かなざわめきが広がった。
代表者三名による勝ち抜き戦。ライフ制。そして、一対一の勝負。
生徒たちは皆、示された限られた情報の中から、試験の本質を導き出そうと冷静に考察を始めている。
(……対戦相手はDクラスか。それにしても、代表者同士の戦いということ以外、肝心の試験内容が全然見えてこないな……)
私が内心で静かに分析していると、星之宮先生がパンッと手を叩いた。
「代表者の選出の期日は、今週の日曜日までになってるからね! 期日を過ぎてしまうと、ランダムで選ばれちゃうから、遅れないように気をつけてね〜!」
「星之宮先生。質問よろしいでしょうか」
Aクラスのリーダーである一之瀬が、スッと手を挙げて発言を求めた。
「代表者に選ばれなかった、残りの生徒はどのような役割があるのですか?」
「うんうん、そこも気になるよね〜! じゃあ、これから『参加者』の概要も説明するわね!」
星之宮先生がタブレットをスワイプすると、モニターの表示がさらに切り替わった。
《試験ルール:参加者概要》
・代表者以外の生徒は『参加者』となり、試験に参加する。
・参加者が三十五名を下回る場合はペナルティが発生する。
※一名不足するごとにクラスポイント-5cp
・三十六名以上のクラスは、三十五名を超えた人数分 ×クラスポイント+5cp
私は参加者のルールを確認し、己の不在がクラスのペナルティに直結しないことを知って、内心で小さく安堵の息を吐いた。
「みんなに説明できるのは、今のところここまでだよ〜!」
星之宮先生がそう告げると、神崎が真面目な表情のまま、疑問を口にした。
「……この開示された情報だけでは、試練の全容は厚いベールに覆われたままだな。これでは、我々の内に眠る刃を研ぎ澄ますには、あまりにも的が定まらない」
「試験の詳細については、後日改めて通達されるのでしょうか?」
「そうよね〜。私も学校側からは、ここまでの情報しか知らされてないのよ〜。詳細については、一之瀬さんの言う通り、試験当日に説明を受けることになると思うわ」
星之宮先生は困ったように肩をすくめた。
「それから、代表者になったからといって、特別なメリットがあるわけじゃないわ。でも、逆に負けたからといって退学になるようなデメリットもないから安心してね」
退学という言葉が出なかったことに、教室内には安堵の空気が広がった。
「それから、報酬についてね。勝利したクラスには、200クラスポイントが与えられます! 敗北したクラスはポイントがマイナスされることはないけど、報酬が一切得られないことになってるわ。……それと、みんな覚えてるかな? 二学期の『満場一致特別試験』の時のこと」
星之宮先生は少しだけ真面目な顔になり、人差し指を立てた。
「あの時の課題で選んだ『どのクラスと対決するか』の選択だけど……あの時、全てのクラスの希望する組み合わせが見事に不一致だったの。だから、学校側がランダムで対戦相手を決めたんだけど……あの試験で提示されていた『勝利した時に得られる追加のクラスポイント』は、今回の試験の勝敗にしっかり反映されるからね!」
その言葉に、教室の空気が僅かに引き締まる。
(……なるほど。うちのクラスが勝ったとしても、坂柳たちBクラスが勝利すれば、クラスポイントの差を縮められるということか)
私が内心で静かに思考をまとめていると、隣の席でスッと真っ直ぐに手が挙がった。
「星之宮先生、よろしいでしょうか」
立ち上がったひよりが、少しだけ小首を傾げて問いかける。
「対戦相手が、私たちの選択とは関係なく学校側のランダムで決められたというのなら……その追加のクラスポイントが付与されるのは、少し不公平ではないでしょうか?」
「うんうん。先生もそう思うんだけど〜、学校の決定なのよ〜」
星之宮先生は申し訳なさそうに苦笑いし、両手を合わせてみせた。
(上位と下位のクラスで、すでに大きな差があるからな。組み合わせにしろ追加のポイントにしろ、下位のクラスに希望を残すための措置ということか?)
「私からの説明は以上よ! 代表者が決まったら、忘れずに連絡してね〜!」
星之宮先生が明るく締めくくり、ホームルームは終了となった。
◇ ◇ ◇
朝のホームルームが終わり、星之宮先生が教室を出ていくのを見届けてから。
私はすぐに席を立ち、教壇へと向かった。
「みんな、今日の放課後に代表者三名を決める話し合いをしようと思うんだ。それまでに、みんなも試験のことを各々考えておいてね!」
私が明るく呼びかけると、クラスメイトたちが元気に「了解!」と頷いてくれた。
そして、その日の放課後。
私たち二年Aクラスの生徒は誰一人として帰ることなく席に残り、迫り来る『学年末特別試験』へ向けての重要な会議を始めていた。
「――皆が紡ぐべき新たな戦端が開かれたばかりで心苦しいが、私はこの盤面から一時的に退場させてもらうよ」
「『ごめんなさい、私用があって、学年末特別試験には私は参加できないんです』とのことですっ」
教室の空気が引き締まる中、藍染くんが静かに、けれど威厳のある声で欠席を告げた。その少しだけ難解な言葉の意図を、隣に座るひよりちゃんがすかさず完璧な翻訳でクラスのみんなに伝える。
学年末という大きな試験で、うちのクラスの最大の戦力である藍染くんが参加できない。その事実に、クラスメイトたちは一瞬だけ驚いた顔を見せた。
けれど、誰からも不満の声は上がらなかった。
「藍染が参加できないのは痛いけど、今まで散々助けてもらったからな! 今回は俺たちが頑張る番だ!」
「うんうん! クラスのことは私たちに任せて!」
「ゆっくり用事を済ませてきていいからね!」
柴田くんや麻子ちゃん、それに他のクラスメイトたちも、不安を見せるどころか、力強く頷いて藍染くんの背中を押してくれている。事前に私と神崎くんで少しだけ根回しをしていたこともあるけれど、みんな藍染くんのこれまでの貢献をちゃんと理解しているからこその反応だ。
(……誰一人として不満をこぼすことなく、互いを信頼し合い、前を向ける。本当に、私の大好きなこのAクラスは、最強で最高のクラスだと思う)
私は内心でクラスメイトたちの温かさに胸を熱くしながら、パンッと一度手を叩いて皆の注目を集めた。
「ありがとう、みんな。……それじゃあ、代表者の三名だけど。今回の試験会場は『特別棟』って指定されていたよね。それに男女一名ずつを代表者にしないといけないってことは、純粋な運動系の試験になる可能性は低いと思うんだ」
私は教壇から皆を見渡し、開示された少ない情報から推測を立てていく。
「どんな試験になるかはまだ分からないけれど……このクラスのリーダーとして、私に大将を任せてほしい」
私が大将に立候補すると、クラスのみんなは力強く頷いてくれた。
「当然だろ! 一之瀬以外に大将は任せられないって!」
「帆波ちゃん、頼りにしてるからね!」
みんなからの温かい信頼の声に、私は「ありがとう」と嬉しく微笑み返した。
すると、神崎くんが一歩前に出て、真剣な表情で口を開いた。
「……ああ。一之瀬が大将を務めることに異論はない。ならば、俺は中堅として、彼女へと勝利を繋ぐ架け橋に――」
「――そう。俺自身が『鵲』となろう」
「……うん。じゃあ、中堅は神崎くんにお願いしようかな」
私は小さく頷き、次の話へと移ろうとした。
神崎くんは頭も切れるし、いざというときには頼りになる。だからこそ、こうして自分から名乗り出てくれるのは心強かった。
ただ……池くんから木刀をもらって以来、特にひどくなったような……。今までも何度もツッコミを入れてきたけれど、まさかこれからも進化していくんだろうか。
そんなことを考えながら、ふと藍染くんに目を向けると、彼は何か言いたげに口を開きかけていた。けれど、結局何も言わずに口を閉じてしまう。
隣にいたひよりちゃんも、そんな藍染くんの様子を見て、不思議そうに首を傾げていた。
……藍染くんが動揺するなんて珍しいな。神崎くんの発言に、何か引っ掛かるところでもあったのかな?
少し気にはなったけれど、今は試験の代表者を決めるのが先だ。私はひとまず疑問を胸にしまい、みんなへと視線を戻した。
「これで大将は私、中堅は神崎くんだね。……となると、先鋒なんだけど」
私と神崎くんで、男女一枠ずつの規定はすでにクリアしている。残る一枠は男女どちらでも構わない。
頭脳戦や柔軟な思考が求められる場面で、最も適任なのは――。
私が心の中で一人の少女を思い浮かべた、まさにその時だった。
「先鋒は、私にお任せいただけませんか?」
教室の後方から、ひよりちゃんがスッと真っ直ぐに手を挙げて自ら立候補してくれた。
「うんっ。私も、ひよりちゃんに頼みたいって思ってたんだ」
私がパッと笑顔で応えると、ひよりちゃんは真っ直ぐな瞳で力強く頷いた。
「はいっ。……惣右介くんの分まで、私がクラスのために戦いますっ!」
ひよりちゃんが頼もしく、そして優しく微笑んで決意を口にしてくれる。
その隣では、藍染くんもまた、ひよりちゃんのその健気で力強い決意を誇らしく思うように、柔らかな笑みを浮かべて彼女を見守っていた。
(……彼女の洞察力と状況判断能力は、藍染くんにも引けを取らないほど優れている。先鋒として、これほど心強い存在はいないよね)
「ありがとう、ひよりちゃん。それじゃあ先鋒はよろしくね!」
「はいっ!」
こうして、私たちAクラスの代表者は、先鋒ひよりちゃん、中堅神崎くん、大将私という、一切の隙のない布陣でスムーズに決定した。
「代表者はこれで決まりだね。……でも、みんな。現時点で開示されてるルールのこと、思い出してみて」
私は教壇からクラス全体を見渡し、言葉を紡ぐ。
「当日、どんなルールになるかは分からないけど、きっと参加者のみんなにも大きな役割があると思うんだ」
「……ああ、同感だ。単なる見学や観客で終わるような試験ではないだろうな」
神崎くんも腕を組み、鋭い視線で頷いて同調してくれる。
「うん。だから、試験当日、参加者のみんなを引っ張っていくリーダー役をお願いしたいんだ。……男子は柴田くんと浜口くんに、女子は麻子ちゃんと津辺ちゃんにお願いしてもいいかな?」
私が名指しで頼むと、四人は顔を見合わせ、力強く頷いてくれた。
「おう、任せとけ! 一之瀬たち代表の三人が安心して戦えるように、俺たちでしっかりまとめるからよ!」
「うん、僕たちで全力でサポートするよ」
柴田くんが胸を叩いて快諾し、浜口くんも優しく、けれど頼もしい声で同調する。
「任せて帆波ちゃん! 女子の方は私と津辺ちゃんでバッチリまとめてみせるから!」
「うん。クラスのみんなで、絶対に勝とうね」
麻子ちゃんが元気いっぱいに笑顔を向け、津辺ちゃんも静かに闘志を燃やしてくれた。
彼ら四人なら、持ち前の明るさと人望で、必ずクラスを一つにまとめてくれるはずだ。
代表者だけじゃない。クラス全員の力で、この学年末特別試験を乗り越える。
私たちは揺るぎない団結力と共に、来たるべき決戦へと向けて歩みを進めるのだった。
◇ ◇ ◇
二年Bクラス。
放課後の教室で、私は教壇の横に立ち、集まってくれたクラスメイトたちを見渡してふふっと微笑んだ。
私の背後では、森下さんが何故かずっと私の銀糸の髪をいじり、器用に三つ編みを編み続けている。彼女の奇行にはすっかり慣れてしまったので、今はあえて触れずに会議を進行することにした。
「さて、皆さん。現時点で開示されているルールは把握しましたね? 対戦相手は、龍園くん率いるCクラスです。試験のことで何か意見はありますか?」
「いっそのこと、プライベートポイントを払って確実に勝利を取りにいくのはどうだ? 今のCクラスはポイントを稼ぐ方針に切り替えてる。十分な額を積めば、龍園たちも勝ちを譲るんじゃないか?」
橋本くんが、いつものような飄々とした態度で提案してきた。
確かに、彼の言う通り龍園くんであれば、交渉次第でプライベートポイントと引き換えに勝利を譲るでしょう。しかし、私は静かに首を横に振った。
「前回の試験と違い、今回の学年末特別試験はクラス同士の一対一です。そんなことをせずとも、私たちは実力で勝てば良いのです」
「同意見だ。勝利報酬と追加報酬のクラスポイントを合わせればかなり大きなものだからな。勝ちを譲るような交渉となると、かなりの額をふっかけられるだろう」
葛城くんも、腕を組んで重々しく私の意見に賛同してくれた。
「ええ。Aクラスを目指す上で、ここで私たちが勝つのは絶対条件ですが、多額のプライベートポイントをここで失うことは避けたいです。『生存と脱落の特別試験』で、私たちはすでに一千万プライベートポイントという莫大な資産を失ってしまいましたからね」
あの痛手は、Bクラスにとって未だに重くのしかかっている。これ以上、クラスの資産を無闇に削るわけにはいかないのだ。
私はステッキを軽く床に突き、代表者の指名へと移った。
「では、代表者を決めましょう。私が大将を務め、中堅は葛城くんに。そして、先鋒は橋本くんに任せたいと思います」
「承知した。……我らが往く道を阻む者に、神の裁きを見せてやろう」
葛城くんが腕を組み、ひどく真面目な顔で仰々しい台詞を口にする。
「……はぁ。ええ、頼みますね、葛城くん」
私は彼の大真面目な様子に小さくため息をつきつつも、その頼もしい返答を静かに受け入れた。
「……で、先鋒は俺でいいのか? 任せられたからには全力でやるけどよ」
橋本くんが少し驚いたように聞き返す。
「試験のルールが不透明な以上、能力の平均値が高く、対話や心理戦といった状況にも一番適応できるのはあなただと思います」
私の采配と評価に、橋本くんは意外そうな表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうな声色で「なるほどな」と返した。
代表者が決まり、無事に会議がまとまろうとした、その時だった。
パチンッ。
私の髪を結おうとしていた森下さんの手にあった髪ゴムが、不意に弾け飛んで切れてしまった。
「不吉な未来が見えました……! 坂柳有栖が自ら敗北し、自主退学を選ぶ未来が……!」
森下さんが大袈裟に両手で顔を覆い、抑揚のない声で予言めいた戯言を口走る。
「はぁ。何を仰ってるのですか? 森下さん。そのような未来など、万に一つも存在しませんよ」
「それはまた罪深いな……」
「葛城くんは黙っててください」
私は心底呆れたようにため息をつき、真面目な顔で乗っかってきた葛城くんを一蹴した。
「……とにかく! 学年末試験での勝利はAクラスに上がる上で絶対条件です。全力を尽くしましょう」
私が力強く締めくくると、Bクラスの皆もまた、目前に迫る決戦への意志を固く一つにしたのだった。
◇ ◇ ◇
二年Cクラス。
放課後の教室で、俺は自分の席にふんぞり返り、口元に薄い笑みを浮かべていた。
「ククッ……代表者三人の勝ち抜き戦。相手はBクラス、坂柳のところか。上等じゃねぇか」
現在の俺は、正面からクラスポイントを稼ぐ正攻法だけではなく、あらゆる手段でプライベートポイントをかき集め『卒業までにクラス全員をAクラスに移籍させる』という計画を進めている。
その為には、勝てる勝負は確実に拾い、クラスポイントもプライベートポイントも貪欲に掻き集めなければならねぇ。
「どうします? 龍園さん。坂柳に交渉を持ちかけてプライベートポイントを取りに行きますか?」
石崎が、Bクラスに勝ちを譲る代わりにポイントを要求するか、と尋ねてくる。
「ククク。一応持ちかけてみるつもりだが、坂柳のやつが素直に乗ってくるわけがねぇだろうな」
俺が鼻で笑うと、金田がメガネを押し上げながら的確に補強した。
「龍園氏の言う通りです。彼らは『生存と脱落の特別試験』で多額のプライベートポイントを失っています。ここでも資産を失うことは絶対に避けたいでしょう」
「ククク。それに坂柳なら、そんな手を使わずとも勝てると思い上がってるだろうからな。ここは報酬のクラスポイントもデカい。小細工抜きで勝ちを取りにいく」
俺が方針を決定すると、クラスの空気がスッと引き締まった。
「大将は当然、俺がやる。坂柳は確実に大将に出てきやがるからな。俺が直接ぶっ潰してやる。……時任、中堅はてめぇだ」
俺が指名すると、かつて俺に反旗を翻していた時任が、静かに腕を組んで目を閉じた。
「……心得た。我が刃を阻むものは、何人たりとも容赦せぬ」
相変わらず、妙に格式ばった物言いをしやがる。藍染の野郎と関わるようになってから、ますます堂々とした態度が板についてきた。
もっとも、実力はある。余計な口を挟まず、任せた役目をきっちり果たすなら文句はねぇ。
「あとは先鋒だが……ルールの縛りで一人女を入れなきゃならねぇな。おい西野、てめぇがやれ」
「……はぁ? なんで私が……」
教室の端でスマホをいじっていた西野武子が、心底面倒くさそうに顔をしかめる。
「ルールで一人女を入れないといけねぇからな。てめぇなら度胸もあるし、初見のルールにはうってつけだ」
俺がそう告げると、西野は深いため息をついた。
「度胸ってことなら、伊吹はダメなんですか?」
横から石崎が不思議そうに尋ねてくる。
「ああ? 伊吹はアホすぎるからダメだ」
「はぁ!? あんた今なんて言った!?」
俺の即答に、教室の隅にいた伊吹が青筋を立ててブチギレた。
「アホって言ったんだよ。頭を使う勝負になったら、てめぇじゃ自滅するだけだろうが」
「ぶっ殺す……!」
今にも飛びかかってきそうな伊吹を石崎たちが必死に押さえる中、西野は気怠げに髪をかき上げた。
「……まぁ、伊吹よりはマシな働きをする自信はあるけど」
あいつは孤立を恐れず、自分の意志を貫ける芯の強さがある。不確定要素の多い先鋒にはうってつけの駒だ。
相手は坂柳を中心に、葛城をはじめとした実力者が揃うBクラス。能力の高さだけじゃねぇ。クラスとしてのまとまりもある。決して侮れる相手じゃねぇだろう。
だが、それだけに潰し甲斐がある。
ククッ……坂柳、テメェらが積み上げてきたものごと、俺が真正面からぶっ壊してやる。
◇ ◇ ◇
二年Dクラス。
放課後の教室で、教壇には堀北鈴音が立ち、代表者選出のための話し合いを取りまとめていた。
「大将は、綾小路くんに任せたいのだけれど……引き受けてもらえるかしら?」
堀北が教室の後方にいるオレへ視線を向け、クラス全体へ提案する。
「……はぁ? なんでまた綾小路なんだよ」
「そうだぜ! 前回の試験だって、綾小路のせいで負けちまったじゃねえか!」
本堂や宮本といった一部の男子生徒たちが、あからさまな不満の声を上げた。
前回の敗北を免罪符のように掲げているが、その言葉の端々には、オレの交際事情に対する鬱屈とした嫉妬が滲み出ている。
「はぁ!? あんたたち、アレが清隆のせいだっていうわけ!?」
「ちょっと、言いがかりつけないでよね!」
恵と麻耶が、俺を庇うように本堂たちへと言い返した。二人とも明らかに腹を立てていて、今にも席を立ちそうな勢いだった。
愛里もまた、心配そうに俺へ視線を向けている。彼女たちが俺のために怒り、傷ついてくれていることが伝わってきた。
「うるせえな、事実を言っただけ——」
「静かにしなさい」
言い争いがヒートアップするより早く、教壇の堀北が氷のように冷たく、鋭い声でその場を制した。
「……前回の敗北は、彼一人の責任ではないわ。藍染くんと龍園くんが裏で手を結んでいたことを見抜けず、判断を誤った私の責任よ。私怨や結果論だけで、綾小路くんを貶める発言は慎みなさい」
堀北の容赦のない一瞥を受け、本堂たちはビクッと肩を揺らして口をつぐむ。
そこへ、重苦しくなった空気を和らげるように、櫛田がふわりと柔らかな微笑みを浮かべて男子たちへ歩み寄った。
「本堂くんたちも落ち着いて? 綾小路くんがすごい実力を持ってるのは、みんなも知ってるでしょ? ここは堀北さんの判断を信じてみよ、ね?」
クラスのアイドルである櫛田から、天使のような笑みと甘い声で諭され、本堂と宮本は途端に顔を赤くして毒気を抜かれてしまう。
「く、櫛田ちゃんがそう言うなら……」
「ま、まぁ、実力があるのは認めるけどよ……」
男子たちが渋々引き下がったのを見て、平田も穏やかに頷いた。
「僕も賛成だよ。どんな試験になるか分からない状況で、大将という重責を任せられるのは堀北さんか清隆くんだと思う」
クラスの空気がまとまるのを見届け、オレは小さく息を吐いた。
「……分かった。大将はオレが引き受けよう。中堅は堀北、お前がやれ」
「ええ。任されたわ」
これで大将と中堅は決まった。残るは先鋒だが、その人選を考える前に、オレは対戦相手であるAクラスの戦力に意識を向けた。
(惣右介が今回の特別試験に参加しないことは確定している。それは大きなアドバンテージだが……一之瀬や神崎、椎名を筆頭に、能力の高い生徒が揃っている。個々の実力だけでなく、クラスとしての連携力も随一だ。惣右介が不在だからといって、決して油断できる相手ではない)
相手の戦力を頭の中で整理したところで、オレは思考を切り替え、先鋒の人選へと意識を戻した。
「……先鋒を誰にするかだけど」
堀北が思案していると、須藤が身を乗り出した。
「どんな試験になるか分かんねえなら、何でもできる平田か櫛田がいいんじゃねえのか?」
「確かに! 二人なら安心して任せられるよ!」
小野寺も明るい声で同調する。確かに、万能な二人を先鋒に置けば、どのような試験にも対応しやすくなるだろう。
「いや、参加者側に二人には回ってもらい、統率が必要な場面があれば任せたいと思う」
オレは静かに口を挟んだ。
代表者以外の生徒には『参加者』としての役割がある。ルールが不透明な以上、不測の事態に備えて、クラス全体をまとめ上げられる平田と櫛田を盤外に温存しておきたい。
「……池。お前に頼みたい」
「……フッ。
池はニヤリと笑って立ち上がると、バサァッ、と見えないマントを翻す動作を交えながら、厨二病全開なセリフで快諾した。
「……そうね。確かに、参加者側にみんなをまとめられる平田くんと櫛田さんが居れば心強いわ。それに、池くんなら先鋒を任せられるわね」
堀北も一切の懸念を抱くことなく、深く頷いた。
「頼むぜ、寛治! ぜってぇ勝ってくれよ!」
須藤が拳を握り締め、全幅の信頼を寄せるように声を張る。
「クックック……造作もないことだ。我が真の力、とくと刮目せよ! なぁ、
池が自信満々に前髪をかき上げながら隣へ視線を向けると、松下千秋が嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「あはは、うん。『クラスのために全力を尽くす! 俺に任せてくれ!』ってことでしょ? 期待してるからね、寛治くん」
(……Aクラスが最も成長したクラスだというのなら、この学年で最も成長した生徒は、間違いなく池だ)
オレは、誇らしげに笑う友人の横顔を静かに見つめる。
(友人としての、オレの個人的な感情が混ざっているのかもしれない。だが、今の池の実力に疑いの余地はないし、何よりあいつがこれまで積み重ねてきた懸命な努力は、必ずこのクラスの力になるはずだ)
オレはクラスの様子を見渡し、来たるべき学年末特別試験での勝利へ向けて、静かな闘志と決意を固めるのだった。