いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
待機室のモニターに表示された数字が、静かに確定した。
オレはその数字をしばらく見つめ、それからドアへ視線を向けた。
やがて、静かな足音と共に堀北が戻ってくる。
俯きがちなその顔に、いつもの冷静さはなかった。
「……ごめんなさい。綾小路くん」
堀北はオレの前で立ち止まり、震える声で言葉を紡いだ。
「……クラスのために、絶対に勝たなければいけなかったのに……」
言葉の途中で、涙が一粒、彼女の頬を伝った。
オレは静かに立ち上がり、堀北の肩に手を置いた。
「……お前は、やれるだけのことをやった」
「綾小路くん……」
「椎名との勝負には勝った。神崎のライフも三つまで減らしている。お前が残したものは、決して小さくない」
堀北は俯いたまま、唇を噛み締めていた。
「……それでも、勝ちたかったわ」
「ああ。分かっている」
オレはそれ以上、何も言わなかった。
しばらくの沈黙の後、堀北は小さく頷いた。頬を伝った涙を拭い、ゆっくりと顔を上げる。
その時、隣の席で池が立ち上がった。
「
堀北は涙の残る瞳で池を見て、呆れたように小さく息を吐いた。
「……池くん。あなたはいつも通りね」
「クックック……。そして、
池はオレへ向き直り、仰々しく頭を下げた。
「女王と我が無念、貴殿に託そう……! 深淵の底より、その真の力を解き放ち、勝利を掴み取るのだ……!」
「ああ。任せろ」
オレは短く答えた。
椎名との戦いを終えた神崎は、残り三つのライフでオレに挑んでくる。
そして、大将を務める一之瀬帆波。
クラスメイト一人ひとりを深く理解し、相手の言葉に込められた機微を読み取る力。この試験は、間違いなく彼女の得意とするところだ。
神崎隆二に、一之瀬帆波。どちらも簡単に攻略できる相手ではない。残るライフの差を考えても、こちらが不利な状況にあることは間違いない。
(……惣右介の言う通りだな)
惣右介自身が試験に参加していなくとも、Aクラスは強い。
椎名、神崎、一之瀬。惣右介と深く関わり、その影響を受けて成長した彼らが、今こうしてオレたちの前に立ちはだかっている。
いや、彼らだけじゃない。池や時任、葛城もそうだ。惣右介の圧倒的な実力や独特の言動に惹かれ、それぞれに影響を受けている。
そして、このオレも。
本当の意味で友人と呼べる存在ができた。誰かを心から大切に思い、恋人として向き合うことも知った。以前のオレにはなかったものだ。
(……変わったものだな)
そう思える今の自分を、悪くないと感じている。
惣右介との関わりを通じて、オレ自身も、周囲の生徒たちも変わった。かつては想像もしなかった関係を築き、それぞれが自分なりの成長を遂げている。
そして今、その彼らと本気でぶつかり合える。
果たして、彼らはオレを倒すことができるのか。
そう考えると、自然と口元が緩みそうになった。
(……面白い。どこまでやれるのか、見せてもらおう)
やがて、試験官からインターバルの終了が近いことが告げられた。
オレは堀北と池に見送られ、待機室のドアを開けた。
試験室に入ると、対面の席に神崎が座っていた。
残るライフは三つ。それでも、その目に焦りの色は一切なかった。
「……来たか、綾小路」
「ああ」
「……運命の天秤は傾き、終幕の鐘は鳴り始めた。だが、最後に立つ者が誰なのか――この一戦で証明してみせよう」
モニターに両クラスの参加者十四名が映し出され、新しいグループの議論が始まった。
一ラウンド目。互いにパス。優等生の手で参加者が一人、退室していく。
二ラウンド目。先に動いたのは、神崎だった。
神崎は一人の生徒を選び、『役職有』をタップする。
――的中。オレのライフは一つ削られ、九つになった。
「……どうだ。俺の刃の切れ味は」
「やるな」
三ラウンド目。今度はオレが動いた。議論の中で、参加者を庇う動きを見せた生徒を選び、『役職有』をタップする。
――的中。神崎のライフは、二つに減った。
四ラウンド目。神崎がタップした『役職有』が、的中した。
だが、オレのライフは減らなかった。神崎のライフが一つ回復し、三つに戻る。
(……下級生か。『役職有』での的中なら、回復は一つ)
「まだ、俺の戦いは終わらない。……俺は、ここで倒れるわけにはいかないのだ」
五ラウンド目。
オレは、一人の生徒の名前と『優等生』の配役名をタップした。ほぼ同時に、神崎も別の生徒に『役職有』をタップする。
結果は、双方とも的中。
この場合、互いのダメージは相殺され、差し引き二つのダメージが神崎に入る。
神崎のライフは、一つになった。
「……っ」
神崎が、小さく息を呑んだ。
(あと、一つ)
六ラウンド目。残る優等生は、ただ一人。これまでの退室の順番と庇護の動きが、その生徒へと収束していた。
オレは迷いなく、その生徒の名前と『優等生』の配役名をタップした。
――的中。神崎のライフは、残りの全てを失い、ゼロとなった。
「…………」
神崎はしばらくモニターを見つめ、それから静かに立ち上がった。
「……届かなかったか」
彼はオレを見据え、最後に言い放った。
「だが、俺が架けた橋は、決して崩れはしない。……Aクラスは、負けない」
神崎は静かに一礼し、試験室を後にした。
(……想定以上に、手こずってしまったな)
ライフ三つから始まった戦いで、神崎は最後まで食らいつき、オレのライフを一つ削ってみせた。下級生による回復も含め、見事な戦いだった。
そして、実際にこの試験を体験してみて、改めて感じる。
一之瀬帆波という女の強さを。
クラスメイトへの理解の深さが、そのまま読みの精度に直結するこの形式において、彼女ほど厄介な相手はいない。
(次は、一之瀬だ)
残るオレのライフは、九つ。インターバルの先に、大将同士の戦いが待っていた。
◇ ◇ ◇
BクラスとCクラスの代表者が向き合う、もう一つの試験室でも、戦いの火蓋が切られようとしていた。
対面の席に着いたのは、Bクラスの先鋒、橋本正義と、Cクラスの先鋒、西野武子。
西野は腕を組み、気怠げな目で橋本を見た。
「……橋本くんは、ルールを把握できてる?」
「さあな。かなり複雑なルールだからな」
橋本は飄々と肩をすくめた。把握しているのか、していないのか。その笑みからは、読み取れない。
モニターに両クラスの参加者十四名が映し出され、試験官の合図で五分間の議論が始まる。
一ラウンド目の議論が終わり、指名の時間に入る。
西野は一切迷わず、一人の生徒の名前と『優等生』の配役をタップした。
――結果は、不的中。外した代償として、西野のライフは二つ削られ、三つになる。
橋本は、そのラウンドをパスしていた。そのため、ラウンドの終わりには優等生の手で参加者が一人、退室させられていった。
「おっと。いきなり大きく出たな、西野」
「……たまたまよ」
西野は短く答え、モニターへ視線を戻した。表情に大きな動揺はない。だが、その指先は次の指名を急ぐように、タブレットの縁を叩いていた。
「……橋本くんは、優等生を絞れてるの?」
「とりあえず様子見だな」
橋本はニヤリと笑った。
「西野は次も指名するんだろ? どんどんいけよ。その調子なら、そのうち当たるって」
その挑発するような言葉に、西野の眉が僅かに動いた。
二ラウンド目。西野は別の生徒に『役職有』をタップする。
――結果は、不的中。その生徒は『一般生』だった。西野のライフは、残り二つ。
「……っ」
「おいおい、もう止めとくか? 今ならまだ、様子見に切り替えられるぜ」
「うるさい。……次は当てる」
西野の声は静かだった。だが、その静かさの裏で、焦りは確実に募っていた。
言葉で煽り、言葉で急かす。橋本は自ら指名することなく、ただ西野を走らせ続けた。
三ラウンド目。
西野がタップした『役職有』が、的中した。
橋本のライフは一つ削られ、四つになる。
「……ほら、当たった」
西野の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「へえ。やるじゃないか、西野」
橋本は少しだけ目を細め、楽しそうに続けた。
「その調子だ。次も当ててみせろよ」
その反応が、西野の背中をさらに押す。
四ラウンド目。勢いのまま、西野は一人の生徒の名前と『教師』の配役名を、名指しでタップした。
――結果は、不的中。配役名まで言い当てにいった外しは重い。西野のライフは二つ削られ、ゼロとなった。
「……あたしの負け、か」
「西野の度胸は本物だったよ。ただ、急ぎすぎたな」
「ごめん……時任、後は頼んだ」
西野はそれだけを言い残し、試験室を後にした。
結局、橋本は一度も指名しなかった。パスを続けながら、言葉だけで西野を走らせ続けた結果だった。
先鋒戦は、橋本の残りライフ四つで幕を閉じた。
インターバルを挟み、入室してきたのはCクラスの中堅、時任裕也だった。
静かな足取りで対面の席に着くその姿は、一切の隙を見せなかった。
「……橋本正義。随分と手の込んだ勝ち方をしたようだな」
「おや、時任じゃないか。手加減してくれよ」
「貴様の言葉遊びに興じる気はない。……始めよう」
橋本の軽口は、冷たく切り捨てられた。
新しいグループ同士の議論が始まる。最初のラウンドは互いにパス。優等生の手で参加者が一人退室していく中、二人は互いの出方を窺い合った。
二ラウンド目。先に動いたのは、時任だった。
彼は一切の迷いなく一人の生徒に『役職有』をタップし、的中させた。橋本のライフは、三つに減る。
「……へえ、やるな」
時任の読みは、西野のそれとは対極にあった。当たるまで撃つのではなく、当たるから撃つ。その精度が、状況を静かに切り取っていく。
三ラウンド目。橋本もまた、確信を持った生徒に『役職有』をタップし、的中させた。時任のライフは一つ削られ、六つになる。
「どうだ、時任。俺も伊達に先鋒を任されてるわけじゃない」
「……悪くない一手だ。だが」
時任は静かに目を細めた。
「次はない」
四ラウンド目。時任の指が、一切の迷いなくタブレットをタップする。
モニターに開示されたのは、『優等生』の配役だった。
――的中。橋本のライフは三つ削られ、ゼロとなる。
「…………」
橋本はしばらくモニターを見つめ、それから小さく笑って天井を仰いだ。
「やれやれ、完敗だな」
「橋本」
退出しようとする橋本を、時任が呼び止めた。
「貴様と私の間にあったのは、読みの差などではない。……ただ、純粋な格の差だ」
「ははっ、そこまで言い切るか。まったく、恐ろしい男だな」
橋本は肩をすくめ、試験室を後にした。
時任の残りライフは、六つ。Cクラスの中堅は、未だこの場に残り続けていた。
インターバルが明け、試験室に入ってきたのはBクラスの中堅、葛城康平だった。
Bクラスにとって、この中堅戦は重要な一戦となる。先鋒の橋本が敗れた一方、時任は六つのライフを残している。葛城に課せられた役目は、勢いに乗る時任をここで確実に打ち倒し、続く大将戦で坂柳が少しでも有利に戦えるよう、相手のライフを削っておくことだった。
葛城は姿勢を正し、静かに席へと着いた。その佇まいは、まるで一枚岩のように揺るぎない。
「時任。橋本の分も、ここで取り返させてもらう」
「……葛城康平。私の刃を止められるか、試してみるがいい」
「我らが往く道を阻む者には、神の裁きが下る。……覚悟してもらおう」
葛城は腕を組み、大真面目な顔で言い放った。
試験官の合図とともに、新たな十四人による議論が始まった。
一ラウンド目。互いにパスを選択する。優等生の指名によって参加者が一人退室していく中、二人は相手の出方を窺うように議論の様子を見守っていた。葛城の視線は議論に参加する生徒たちの間を規則正しく巡り、一人ひとりの発言を注意深く吟味している。
二ラウンド目。指名の時間を迎えた。
時任が一人の生徒に『役職有』をタップしたのと、葛城が別の生徒に同じく『役職有』をタップしたのは、ほぼ同時だった。
結果は、双方とも的中。
しかし、ライフに変動はなかった。双方の指名が的中した場合、先に相殺の処理が行われるため、二人が与えたダメージは互いに打ち消される。
「……ふむ。考えることは同じ、ということか」
「偶然だろう」
時任は淡々と返したものの、その視線には先ほどよりも警戒の色が濃くなっていた。
「偶然、か。……次も偶然で済むといいがな」
「貴様こそ、次は外すのではないか?」
互いに一歩も譲らない応酬が続く。どちらも相手の指名を読み切れなかったわけではないが、結果として与えたダメージは相殺され、状況は変わらなかった。相手の考えを探りながらも、次の一手をどう打つべきか、二人とも慎重に見極めようとしている。
「……膠着とは、罪深いものだな」
葛城が腕を組んだまま、重々しく呟いた。
「ならば、次で動く。……貴様もだろう」
「無論だ」
三ラウンド目。
議論を終えた生徒たちが、優等生の指名によって一人ずつ退室していく。時任はその様子を注意深く観察していた。議論の中心に立つことなく、周囲の意見に自然に溶け込んでいた生徒。その立ち回りに、時任は一人目の優等生の姿を見出していた。
指名の時間。時任は迷うことなく、その生徒の名前と『優等生』の配役名をタップした。
――的中。葛城のライフが三つ減り、残り四つとなった。
「……見事だ」
葛城は表情を変えなかったが、時任を見る目には先ほどまでとは違う警戒が浮かんでいた。
四ラウンド目。今度は葛城が指名に動いた。
一人の生徒の名前を選び、続けて『教師』の配役名をタップする。
――的中。時任のライフが二つ減り、残り四つとなった。
「……ほう」
時任がわずかに目を細める。
「慎重な男だと思っていたが、どうやら見当違いだったようだな」
「確信があるのなら、躊躇う理由はない。それだけだ」
時任は葛城の指名を振り返るように、わずかに視線を落とした。普段は慎重に機を窺う男だが、勝機を見定めたときには大胆に踏み込んでくる。どうやら、そういう相手らしい。
二人の読み方は、対照的だった。
時任は、優等生による退室の順番や、参加者同士の庇い合うような動きに目を向け、そこから配役を推測していく。一方の葛城は、生徒たちの発言を一つずつ吟味し、可能性の低い候補を慎重に除外していた。同じ議論を前にしながら、二人はまったく異なる手掛かりを頼りに正解へと迫っていた。
五ラウンド目。時任が『役職有』を指名すると、再び的中した。
葛城のライフは三つとなる。
「……まだだ」
葛城は小さく首を振った。ライフを削られても動揺する様子はなく、議論に参加する生徒たちへと視線を向け続けている。
そのラウンドも終わり、優等生の指名によって参加者が一人退室した。
六ラウンド目。今度は葛城が一人の生徒を選び、『役職有』をタップした。
――しかし、結果は不的中。指名した生徒は『一般生』だった。葛城のライフが一つ減り、二つとなる。
「……外した、か」
「らしくないな、葛城康平」
「……次は、外さん」
葛城は短く答え、再び議論へと意識を向けた。
そのラウンドの終了とともに、優等生の指名によって最後の一般生が退室し、議論は一度中断された。
インターバルに入ると、両代表者はタブレットを操作し、次に使用するグループを選択した。同じグループを連続して使用することはできない。やがて、新たな十四人が試験室へと入ってきた。
七ラウンド目。新しいグループでの最初の議論が始まった。二人はともにパスを選び、優等生の指名によって参加者が一人退室していく。その様子を眺めながら、時任と葛城は新たに加わった生徒たちの反応を慎重に見極めていた。
互いに決定的な隙を見せないまま、試験は続いていく。ライフの残数こそ異なるものの、二人の読み合いは依然として拮抗していた。
八ラウンド目。指名が重なった。
葛城は一人の生徒の名前と『優等生』の配役名をタップし、時任も別の生徒に『役職有』を選択する。
結果は、双方とも的中。
しかし、相殺してもなお、葛城の攻撃が上回った。優等生の指名による三つのダメージから、時任の一つを差し引いた二つが時任に通る。
時任のライフは二つとなった。
「……よく、見抜いたな」
「罪深き者を貫く。それが俺の役目だ」
葛城は時任の反応を確かめるように、静かに視線を向けた。
九ラウンド目。葛城の『役職有』が的中し、時任のライフは残り一つとなった。
葛城は手当たり次第に指名しているわけではない。生徒たちの発言を一つずつ確かめ、候補を絞り込んでから指名する。その慎重な積み重ねが、ここにきて時任を追い詰めていた。
「……認めよう、葛城康平。貴様は強い」
時任は一度目を閉じ、わずかな間を置いてから再び葛城を見据えた。
「だが、私の牙はまだ折れてはいない」
残る優等生は、ただ一人だった。
これまでの退室の順番や、参加者同士の庇い合うような動き。そこに見られた不自然な偏りを、時任は一つずつ辿っていた。最後まで疑いの目を向けられずにいた生徒。その名が、時任の中ではすでに一つに絞られていた。
十ラウンド目。指名の時間。
時任は迷うことなく、その生徒の名前と『優等生』の配役名をタップした。ほぼ同時に、葛城も別の生徒に『役職有』を選択する。
「――散れ」
結果は、双方とも的中。
しかし、相殺の結果、時任の攻撃による二つのダメージが葛城に通った。残り二つだったライフはすべて失われ、葛城のライフはゼロとなった。
「…………」
試験室に静寂が戻る。
葛城はしばらくモニターに目を向けていたが、やがて静かに立ち上がった。
「……完敗だ。時任、見事だった」
「誇るがいい。貴様は最後まで己の道を違えなかった」
「……神の力を弾くなどと、……全く、罪深いな」
葛城は一礼し、試験室を後にした。
◇ ◇ ◇
Bクラスの待機室では、戻ってきた葛城が静かに頭を下げていた。
「……済まない。有利な状況から、ひっくり返されてしまった」
その声には、悔恨の色が滲んでいた。
「謝る必要はありませんよ」
坂柳は微笑みを浮かべ、穏やかに言った。
「時任くんのライフは、残り一つ。私が時任くんと龍園くんを、まとめて倒せばいいだけです」
「そうだぜ、葛城」
橋本が葛城の肩を、ぽんと叩いた。
「俺も時任には、あっさり負けちまったしな。それに――」
橋本は坂柳へ視線を向け、飄々と言った。
「この手の試験は、姫さんのお手のものだろ?」
「ふふ。少なくとも、苦手な試験ではありませんね」
坂柳は楽しげに微笑んだ。
「私もクラスメイトのことは、普段からよく見ていますから」
「……だが、油断はするなよ」
葛城の言葉に、坂柳は真剣な表情で頷いた。
「分かっていますよ」
【二年Cクラス:時任 裕也】
・学力 A(88)
・身体能力 A(90)
・機転思考力 B+(78)
・社会貢献性 B(68)
・総合力 A(83)
「直近のOAAの総合力では、藍染くん、綾小路くんに次いで、学年でも三位の実力者。油断など、出来るはずもありません」
坂柳は静かに立ち上がり、杖をついて待機室を後にした。
◇ ◇ ◇
インターバルを挟み、試験室のドアが開いた。
杖をつきながら入ってきたのは、Bクラスの大将、坂柳有栖だった。
坂柳は時任の向かいに腰を下ろし、口元に笑みを浮かべた。
「お見事です、時任くん。まさか葛城くんがあなたに倒されるとは、想定していませんでしたよ」
時任は静かに坂柳を見据えた。
「……葛城康平は、強い男だった」
時任は一度だけ、葛城が退出したドアへ目を向けた。
「クラスの勝利のためだ。坂柳有栖。……貴様を斬る」
「ふふふ。ええ、楽しみにしていますよ」
坂柳は笑みを崩さずに答えた。
新しいグループが試験室に入り、モニターに十四人の姿が映し出される。試験官の合図とともに、議論が始まった。
一ラウンド目。互いにパスを選択し、優等生の指名によって参加者が一人退室した。両者とも無理に仕掛けることなく、相手の出方を窺っている。
二ラウンド目。時任と坂柳は、ほぼ同時にタブレットを操作した。
双方の『役職有』が的中する。
――相殺。ライフに変動はなかった。
「ふふ。よく読みますね」
「……貴様もな」
三ラウンド目も、双方の『役職有』が的中した。
またしても相殺となり、ライフは動かない。
時任のライフは残り一つ。役職の読みを一度でも外せば、自らのライフを失いかねない状況にある。それでも時任は迷いなく指名を続け、ここまで一度も読みを外していなかった。
対する坂柳も、これまで一度も的を外していない。時任の指名を警戒しながら、会話の端々や参加者の反応に目を配り、その判断の手掛かりを探っていた。
四ラウンド目。
坂柳はパスを選択した。
時任の指がタブレットへ伸びる。これまでの退室の順序に加え、教師が誰を庇ったのか。その動きを手掛かりに、時任の中では一人の生徒に狙いが定まっていた。
『役職有』をタップする。
――しかし、結果は不的中。指名した生徒の役職は『一般生』だった。
時任の最後のライフが、失われた。
「…………」
試験室に静寂が落ちる。
坂柳は時任を見つめ、口元に浮かべた笑みをわずかに深めた。
「……想定以上の実力でしたよ、時任くん。葛城くんを倒したのも、伊達ではありませんでしたね」
その声に嘲りはなかった。敗者を慰めるための言葉でもない。坂柳はただ、時任の実力を認めていた。
時任はゆっくりと立ち上がり、待機室の方角へ目を向けた。
「…………済まぬ」
それだけを告げると、彼は試験室を後にした。
一人残された坂柳は、モニターに表示された自分のライフへ目を落とした。そこには、十という数字が残っている。
「さて。これでイーブンに持ち込めましたね」
決着は大将戦へと持ち越された。
「あとは、龍園くんとの一騎打ちですね」
坂柳は小さく笑みを浮かべた。
先鋒と中堅の戦いは、これで幕を下ろした。
二つの教室で繰り広げられていた戦いは、いずれも大将同士の対決を残すのみとなった。
Bクラスの坂柳有栖とCクラスの龍園翔。そして、Dクラスの綾小路清隆とAクラスの一之瀬帆波。
それぞれのクラスの命運を背負った大将たちが、最後の勝負に臨もうとしていた。