いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
大将戦の試験室。対面の席に着いたのは、Cクラスの大将、龍園翔と、Bクラスの大将、坂柳有栖だった。
開始の宣言を前に、龍園が口を開いた。
「坂柳。始める前に、一つ提案がある」
「提案、ですか。……聞きましょう」
杖の柄に両手を重ねたまま、坂柳が小首を傾げる。
「背信者の権利を使う。互いに、な」
坂柳の目が、僅かに細められた。
「……ほう」
「最初の議論は、両者とも全ラウンド、パスで通す。背信者は優等生に退室させられることもなければ、指名で外すこともできない。議論が終わるまで残り続ければ、報酬が入る」
龍園は喉の奥で薄く笑った。
「俺は五百万プライベートポイントをいただく。テメェらはクラスポイント五十を取ればいい。……双方に得のある話だろ?」
「……確かに、理屈の上では」
坂柳は静かな声で応じた。
「ですが、龍園くん。あなたが裏切らないという保証は、どこにもありませんね。途中で気が変わって指名を始めたら、その時点でこの話は終わりです」
「ククク。分かってるさ」
龍園は試験官の方へ顔を向けた。
「おい、試験官。この場で宣言させてもらう。取り決めを破って指名を選択した方は、試験が終わった後に自主退学する。……これでどうだ?」
試験官が、僅かに目を見開いた。
「……本気ですか、龍園くん」
「ああ」
「ふふ」
坂柳は、小さく笑い声を漏らした。
「なるほど。その条件でしたら、呑みましょう」
「ククク。……決まりだな」
坂柳はしばらく沈黙し、龍園の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「私たちにもメリットがあるのは、確かです。ですが龍園くん。背信者の権利は、逆転の可能性を残す上でも有用な手のはずです」
坂柳の唇の端が弧を描く。
「この試験は、もう諦めたのですか?」
「ククク。そんなわけねぇだろ」
龍園は獰猛な笑みを浮かべ、タブレットに指を這わせた。
「純粋な実力でテメェを倒す。それだけだ」
「ふふふ」
坂柳は心底楽しそうに笑い、頷いた。
「いいでしょう。受けて立ちましょう」
かくして二人は、試験官に背信者の権利の行使を宣言した。それぞれが選んだ生徒の名は、試験官にのみ伝えられた。
背信者を指定した代表者には、議論中、各ラウンドにつき一人の参加者の配役がランダムに開示される。ただし、優等生はその対象から除外される。
最初のグループの議論が始まる。
モニターの中では、十四人の参加者たちが、真剣な面持ちで言葉を交わしていた。だが、代表者二人の指は、最初から最後まで指名へは向かわない。
ラウンドが終わるたび、開示される配役の情報が、静かに積み上がっていく。それでも、二人の表情は変わらなかった。
指名の時間。龍園も坂柳もパスを選択した。
モニターの数字は動かない。互いに約束通りパスを選択し続けている証拠だ。
ラウンドが進み、優等生の手で参加者が一人、また一人と退室していく。ラウンド毎に開示される配役の情報に目を通しながらも、龍園も坂柳も一度も指名を選ぶことはなかった。
背信者を炙り出すための『対話』も行わない。取り決めを守ることこそが、双方の利益だからだ。
やがて一般生の全員が退室し、議論は終了した。両クラスの背信者は、最後まで場に残り続けた。
これで、両クラスの背信者は報酬を手にした。Cクラスの生徒である背信者は五百万プライベートポイントを選び、Bクラスの生徒である背信者はクラスポイント五十を選んだのだった。
「さて」
坂柳が杖を軽く握り直した。
「ここからは、実力勝負ですね」
「ククク。……ぶっ潰してやるよ」
インターバルを挟み、新しいグループが議論の場へ入ってきた。
一ラウンド目。互いにパス。優等生の手で参加者が一人退室していく中、龍園は議論の様子と坂柳の視線を交互に観察した。
坂柳もまた、龍園のタップの癖や、視線の置き方を、静かに拾い集めていた。
二ラウンド目。龍園は狙いを定めた生徒に『役職有』をタップした。ほぼ同時に、坂柳の指も動く。
モニターに双方の的中が表示される。相殺。互いのライフは動かない。
「ふふ。読みが重なりましたね」
「クク。……上等だ」
三ラウンド目。龍園の『役職有』が的中し、坂柳のライフは九つに減る。
そのラウンド、坂柳はパスを選んでいた。にもかかわらず、優等生による退室は起きなかった。――誰かが、守ったのだ。
「どうだ、坂柳」
「ええ。よく見ていますね」
四ラウンド目。坂柳が、一人の生徒の名前と『優等生』の配役名をタップした。
表示は的中。龍園のライフは三つ削られ、七つになる。
「……っ」
龍園の口から漏れたのは、悔しさではなく、歓喜に似た笑いだった。
「やるじゃねぇか」
「ふふ。まだ序盤ですよ」
五ラウンド目。龍園は、三ラウンド目に守られた生徒と、その生徒へ常に意識を向けていた生徒の動きを重ね合わせ、『教師』を名指しで当てた。坂柳のライフは七つとなった。
互いに、七つ。数字の上でも、読みの深さでも、並び立っている。
「追いついたぜ、坂柳」
「そうですね。……ふふ。楽しくなってきました」
「ククク。……同感だ。テメェみたいな相手は、そうはいねぇ」
「ふふ。光栄です」
六ラウンド目。坂柳が残る優等生を捉え、龍園のライフは四つに減る。
そのラウンドの終わり、優等生が二人とも退出したことで、議論は一度終了となった。
インターバルを挟み、三つ目のグループ。
一ラウンド目。互いにパス。
二ラウンド目。龍園の『役職有』が的中し、坂柳のライフは六つに減る。
「ククク。……逃げ切れるか?」
「ふふ。まだ分かりませんよ」
三ラウンド目。坂柳は、一人の生徒の癖を捉えていた。ラウンドが終わるたび、その生徒だけが決まって手元の端末へ目を落とし、次いで参加者の一人へ視線を移す。ラウンドの終わりに配役を確かめる者――『卒業生』だけがする動きだった。
指名が重なった。坂柳の『卒業生』の名指しと、龍園の『役職有』。
双方とも的中したが、相殺の差し引きで、龍園は一つのダメージを受ける。
ライフは、三つ。
「クク。……やるな、坂柳」
「ふふ。そう簡単に、譲るつもりはありませんよ」
四ラウンド目。龍園の『役職有』が再び的中し、坂柳のライフは五つに減る。
追い詰められているにもかかわらず、龍園の笑みは深くなるばかりだった。強敵との読み合いこそが、彼にとって何よりの愉しみなのだ。
五ラウンド目。龍園が『優等生』を名指しで当て、坂柳のライフは二つとなった。
「ククク……。追い詰めたぜ、坂柳」
坂柳の残りライフは二つ。次に優等生を指名されれば、その時点で龍園の勝利が決まる。だが、坂柳の表情に焦りは見られなかった。
「……そうですね。ですが、私もまだ終わってはいませんよ」
六ラウンド目。坂柳はこれまでの退室の順番と、教師による庇護の動きを頭の中で整理し、残された優等生の正体を絞り込んでいた。
そして、一人の生徒の名前と『優等生』を選択する。
――的中。
三つのダメージが入り、龍園のライフはゼロとなった。
「…………」
試験室に静寂が広がった。
龍園はモニターに表示された結果をしばらく見つめた後、口元を歪めた。
「ククク……。俺の負け、か」
「……見事でしたよ、龍園くん」
坂柳は杖を胸元に寄せ、穏やかな声で告げた。
「……次は、負けねぇ」
「ええ。楽しみにしています」
坂柳のライフは、残り二つ。
一度でも指名を誤っていれば、勝敗は逆転していたかもしれない。
BクラスとCクラスの大将同士の戦いは、紙一重の差で、坂柳有栖に軍配が上がった。
◇ ◇ ◇
大将戦を前にしたインターバル。オレは待機室の硬い椅子に背を預け、静かに目を閉じていた。
(ライフは、オレが九つ。一之瀬が、十)
数字の差は、僅か一つ。だが、神崎との戦いで、その一つの重さは十分に思い知らされている。
(……背信者の権利は、まだ残っている)
大将戦の開始に際して、互いに宣言の機会がある。
(……提案を持ちかければ、一之瀬は乗ってくるかもしれない)
互いの背信者を生かし切る取り決め。負けたとしても、背信者の報酬で最低限のクラスポイントは得られる。この試験に絶対の自信を持っているであろう一之瀬なら、断る理由は少ない。
それに、Aクラスにとっても悪い話ではない。Bクラスが勝利すれば、追加のクラスポイントでAクラスとの差を詰めてくる。背信者の五十ポイントは、その保険になる。
こちらのクラスの背信者を選ぶのは一之瀬だが、提案の席で誘導すれば、恵か、麻耶か、愛里か。オレの大切な人間の誰かを、彼女に選ばせることもできる。
参加者も『対話』の結末は知らされている。背信者であることを否定し、代表者に断定されれば、退学になる。
普通なら、否定など選ぶはずがない。だが、相手がオレなら、話は別だ。恵たちは、オレを信じ切っている。その信頼に言葉を乗せれば、否定へ誘導することは難しくない。
彼女が選んだ生徒が、彼女の関与によって退学になる。しかも、それを実行するのは、目の前に座るオレだ。
自分の選択が生徒を退学へ追いやったという事実。勝利の為に大切な人間を迷いなく切り捨てる残酷で冷徹な男が、目の前にいるという事実。
その二つを同時に突きつけられれば、一之瀬の平常心は、完全に崩れ去るだろう。
(…………オレは、何を考えている)
目蓋の裏に、彼女たちの顔が浮かぶ。
恵も、麻耶も、愛里も、今のオレにとって大切な存在だ。彼女たちを、ただ勝つための駒として切り捨てるのか。
かつてのオレなら、迷いなくその手を選んでいただろう。
だが、今は違う。
彼女たちを守り抜いた上で勝ってこそ、意味がある。
(……この手は、なしだ)
オレは静かに目を開けた。冷たい合理的思考を、胸の奥へ沈める。
やがてインターバルが終わり、オレは立ち上がって試験室へ向かった。
対面の席には、Aクラスの大将、一之瀬帆波が座っていた。
「綾小路くん」
一之瀬は、まっすぐにオレを見た。その瞳に迷いはない。
「ひよりちゃんも、神崎くんも、全力で戦ってくれた。だから私も、最後まで全力でいくよ」
「ああ。オレもだ」
「綾小路くん。一つ、提案があるの」
一之瀬は、静かな声で続けた。
「背信者の権利は、互いに見逃す形で使わないかな」
「……見逃す、か」
「うん。対話で探し合えば、間違って誰かが退学になる可能性も出てくる。私は、そういう結末は避けたい。それに、見逃し合えば報酬も得られる。お互いに、メリットのある話だと思う」
「もちろん、背信者は逆転の一手になる権利でもあるから、断ってくれてもいいよ。その時は、正々堂々と戦おう」
(……一之瀬が相手だと、送り込んだ背信者を長く隠し通すのは難しいだろう。ラウンド終了時の『対話』で見破られれば、情報の開示は止まり、報酬も得られなくなる)
もっとも、この提案は彼女にとっても悪い話ではない。
(この試験の読み合いに自信がある一之瀬なら、背信者という逆転の手段を互いに封じることで、余計な不確定要素を排除できる。自分の得意な勝負に持ち込めるというわけだ)
そして、何より。
(この試験の読み合いに限れば、彼女はおそらく、惣右介よりも上だ。そんな相手と余計な駆け引きを挟まず、真正面から読み合える)
自然と、オレの口角がわずかに持ち上がった。
「なるほど。坂柳と龍園も、この選択をすると考えたわけだな」
一之瀬は、どこか嬉しそうに小さく笑った。
「ふふ。やっぱり、綾小路くんは気づくよね」
彼女の提案の意図を理解したうえで、オレは改めて条件を整理する。
「龍園にとっては、確実に大きなプライベートポイントが手に入る。坂柳にとっても、Aクラスとの差を詰められる。どちらにとっても悪い話じゃない。それに、二人とも勝負そのものは実力で決めればいいと考えるだろうしな」
少し考える素振りを見せてから、オレは一之瀬に答えた。
「……いいだろう。呑もう」
「うん。ありがとう、綾小路くん」
「一つだけ、頼みがある」
一之瀬は、小首を傾げた。
「お前が指定する背信者は、幸村輝彦にしてくれ」
(Aクラスとのクラスポイントの差は、約千ポイント。啓誠なら、現実的に考えるはずだ。クラスのためにも、五十のクラスポイントではなく、五百万のプライベートポイントを選択するだろう)
「……分かった。そうするね」
議論の開始に先立ち、背信者の権利についての宣言が行われる。
オレと一之瀬は、それぞれ試験官に権利を行使することを伝えた。選んだ生徒の名は、試験官にのみ伝えられる。
モニターに両クラスの参加者十四名が映し出され、最初のグループの議論が始まった。
◇ ◇ ◇
一ラウンド目。議論が終わり、指名の時間に入る。
綾小路は、パスを選んだ。一之瀬も、同じだった。
ラウンドが進んでいく。タブレットには、ラウンド毎に開示される配役の情報が静かに積み上がっていく。だが、二人の指が指名へ向かうことは、最後までなかった。
優等生の手で参加者が一人、また一人と退室していく中、数字は動かない。
やがて、最後の一般生が退室し、議論は終了した。
インターバル。
取り決め通り、両クラスの背信者は、第一グループを最後まで残り切った。ここから先の議論に、開示は届かない。残るのは、純粋な読み合いだけだった。
二つ目のグループを選ぶ時間。
綾小路が選んだのは、軽井沢恵、佐藤麻耶、佐倉愛里――彼と交際している三人を含むグループだった。三人の性格も、考え方の癖も、彼はよく知っている。
モニターに十四名が映し出され、二つ目の議論が始まった。
議論の中心にいたのは、軽井沢恵だった。臆することなく意見を口にし、場の流れを作っていく。佐藤麻耶がそれに頷き、佐倉愛里も緊張しながら小さく意見を口にする。いつもの、三人の姿だった。
一ラウンド目。議論が終わり、指名の時間に入る。
一之瀬は、一切の逡巡を見せず、一人の生徒に『役職有』をタップした。
――的中。
綾小路のライフは、八つに減る。
「……いきなり、指名か」
「うん」
一之瀬は、穏やかに頷いた。
「やっぱり、墨田くんはそうだと思った」
一ラウンド目から、確信を持って当ててくる。この試験における一之瀬帆波の読みの精度を、綾小路は改めて思い知らされた。
綾小路の口角が、僅かに持ち上がっていた。藍染惣右介以外の相手に、挑戦者として挑む感覚。それは、彼にとっても新鮮な高揚だった。
二ラウンド目。退室の順番と議論の流れを辿り、綾小路は一人の生徒に『役職有』をタップした。
――的中。
一之瀬のライフは、九つになった。
三ラウンド目。綾小路は候補を一人に絞り込み、『優等生』を名指しで当てた。だが、ほぼ同時に、一之瀬の『役職有』も的中する。
相殺。差し引きで、一之瀬は二つのダメージを受けるに留まった。
一之瀬のライフは、七つとなる。
四ラウンド目。互いにパス。
だが、そのラウンドの終わり、優等生の退室指名は通らなかった。誰かが、仲間を守っていた。
五ラウンド目。一之瀬は、四ラウンド目に仲間を守った生徒の動きを、辿り切っていた。
彼女は迷いなく『教師』を名指しで当て、綾小路のライフは二つ削られ、六つに減る。
六ラウンド目。綾小路は、残る優等生を捉えた。一之瀬のライフは三つ削られ、四つとなる。
そのラウンドの終わり、優等生が二人とも退出したことで、議論は一度終了となった。
インターバルを挟み、三つ目のグループを選ぶ時間。
一之瀬の選択したグループには、網倉麻子と渡辺紀仁の姿があった。網倉は一之瀬の親友であり、渡辺もまた、同じクラスで過ごす仲間の一人だった。彼女が普段からよく見ているクラスメイトたちである。
綾小路の選択したグループには、平田洋介が含まれていた。Dクラスのまとめ役を担う男だ。
両代表者が選択した七人ずつ、十四名が議論の場に揃った。
モニターに十四名が映し出され、三つ目の議論が始まった。
議論の中心にいたのは、網倉と平田だった。網倉が参加者一人ひとりに声をかけ、意見を引き出していく。平田も穏やかな口調で場の流れを整え、両クラスのまとめ役同士が、議論を着実に進めていった。
一ラウンド目。一之瀬の『役職有』が、綾小路を捉えた。綾小路のライフは、五つに減る。
二ラウンド目。一之瀬が『優等生』を名指しで当て、綾小路の『役職有』も的中する。
相殺。差し引きで、綾小路は二つのダメージを受けるに留まった。
綾小路のライフは、三つとなる。
三ラウンド目。綾小路の『役職有』が的中し、一之瀬のライフは三つに減る。
互いに、三つ。読み合いはいよいよ佳境に入っていく。
四ラウンド目。一之瀬が、残る優等生を名指しで当てた。綾小路も『役職有』を的中させる。
再び相殺。差し引きで、綾小路は二つのダメージを受ける。
綾小路のライフは、一つとなった。
そのラウンドの終わり、優等生が二人とも退出したことで、議論は一度終了となった。
インターバルを挟み、四つ目のグループ。
一ラウンド目。綾小路の『役職有』が的中し、一之瀬のライフは二つに減る。
そのラウンド、一之瀬はパスを選んでいた。にもかかわらず、優等生の退室指名は通らなかった。
二ラウンド目。綾小路は、一ラウンド目に仲間を守った生徒の動きを辿り、『教師』を名指しで当てた。一之瀬も『役職有』を的中させる。
相殺。差し引きで、一之瀬は一つのダメージを受けるに留まった。
一之瀬のライフは、一つ。
互いに残るライフは一つ。誤指名は、どちらにとっても許されない。『役職有』を外せば一つ、『優等生』を外せば二つ。このライフでは、どちらも即敗北を意味した。
三ラウンド目。互いにパス。張り詰めた沈黙の中、優等生の手で参加者が一人、退室していった。
四ラウンド目。綾小路の中で、優等生の候補は二人にまで絞られていた。だが、彼は賭けなかった。外せば終わる博打を避け、確実に仕留められる『役職有』で勝利を狙いにいく。
一之瀬は、それを見抜いていた。綾小路清隆という男は、この局面で確実性を捨てない。『役職有』で来る――そう信じて、彼女は『優等生』を指名した。
指名が、重なった。
綾小路の『役職有』は的中した。だが、一之瀬の『優等生』の指名も、的中していた。
相殺。差し引きで、二つのダメージが綾小路へと通る。
この時点で、綾小路は残りのライフを全て失った。
「…………」
静寂が、試験室を満たした。
◇ ◇ ◇
モニターに表示された数字を見て、私は小さく息を吐いた。
(勝った……! あの綾小路くんに、勝てた……!)
張り詰めていた緊張が解け、胸の奥から喜びが込み上げてくる。
ひよりちゃんも、神崎くんも、クラスのみんなも、本当によく戦ってくれた。その想いに、少しでも応えることができたんだ。
そして、何より。
(……藍染くんがいなくても、勝てた)
今回の試験に、藍染くんは参加していなかった。
正直、不安はあった。彼がいないことで、みんなの気持ちが揺らいでしまうんじゃないか。いつもなら彼がいてくれる場面でも、自分たちだけで乗り越えなければならない。そんな状況で、最後まで戦い抜けるのか。
けれど、そんな心配は必要なかった。
ひよりちゃんは先鋒として池くんに勝利し、続く堀北さんとの中堅戦でも相手のライフを二つ削ってくれた。惜しくもそこで敗れたけれど、後を引き継いだ神崎くんが堀北さんを倒し、さらに大将の綾小路くんからもライフを一つ奪ってくれた。
そして、最後は私が綾小路くんとの勝負を制した。
参加者のみんなも、それぞれの立場で真剣に議論に臨んでくれた。
(私たちは、彼の力だけに頼っていたわけじゃない)
もちろん、藍染くんが私たちに与えてくれた影響は大きい。ひよりちゃんも、神崎くんも、そして私自身も、彼と関わる中で成長してきた。それは間違いない。
でも、彼から受け取ったものを自分たちの力に変え、ここまで戦ってきたのも私たち自身だ。
(……藍染くん。私たち、勝ったよ)
早く、この結果を報告したかった。
「……見事だった。オレの負けだ」
綾小路くんが、静かな声で言った。
「うん。ありがとう」
私は彼に微笑み返した。
けれど、勝利の喜びに浸っていた気持ちは、あることを思い出して少しだけ陰った。
「……でも、綾小路くん。これで、Dクラスは……」
AクラスとDクラスのクラスポイントの差は、もともと大きかった。今回の勝利で、その差はさらに広がってしまう。勝てたことは嬉しい。それでも、相手の立場を思うと、素直に喜ぶだけではいられなかった。
「それは、お前が気にする必要はない」
綾小路くんは、淡々とした声で答えた。
「この二年間で積み上げてきたクラスの総合力や団結力で、オレたちはAクラスやBクラスに劣っている。それに、ここでオレたちが勝っていたとしても、残り一年間、全ての特別試験に勝利するくらいでなければ、逆転は元々厳しかった」
AクラスとDクラスの差は、既に千ポイントを超えている。二年間で積み重なった差を、残り一年で覆すのは簡単なことではない。
それでも、私たちが気を緩めていい理由にはならない。
これからも、クラスのみんなを守っていかなければならない。私がAクラスのリーダーとして、みんなを支えていく。
「綾小路くんも、最後までありがとう。あなたと戦えてよかった」
「ああ。オレもだ」
短い言葉を交わし、私は試験室を後にした。
待機室の扉を開けると、ひよりちゃんと神崎くんが、すぐにこちらへ顔を向けた。
「帆波ちゃん!」
ひよりちゃんが、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「勝ったよ。……二人のおかげだよ」
「そんなことありません。最後に勝ち切ってくれたのは、帆波ちゃんですから」
ひよりちゃんは、柔らかな笑みを浮かべた。
「……よくやったな、一之瀬」
神崎くんも静かに頷いた。
「ありがとう。二人がいてくれて、本当によかった」
私一人では、きっとここまで来られなかった。二人がそれぞれの役目を果たし、最後まで戦ってくれたからこそ、こうして勝利を手にすることができた。
「ふふっ。惣右介くんにも、早く報告したいですねっ!」
ひよりちゃんの弾んだ声に、私も自然と笑顔になる。
「うん! きっと喜んでくれるよ!」
私も、早く伝えたい。藍染くんがいない中でも、みんなで力を合わせて勝つことができた。そのことを、彼に報告したかった。
ここにいる二人だけじゃない。試験に参加してくれたみんなも、それぞれの場所で力を尽くしてくれた。今はこの場にいない仲間たちの顔も、一人ひとり思い浮かぶ。
(……みんなで掴んだ勝利だね)
藍染くんから受け取ったものを胸に、私たちは自分たちの力で前に進んでいる。
そう思うと、胸の奥が温かくなった。
(このクラスで、本当によかった……!)
◇ ◇ ◇
かくして、学年末特別試験は幕を閉じた。
Bクラス対Cクラスは、Bクラスの勝利。Aクラス対Dクラスは、Aクラスの勝利に終わった。
背信者の報酬は、AクラスとBクラスの生徒である背信者がクラスポイント五十を、CクラスとDクラスの生徒である背信者が五百万プライベートポイントを選択した。
Dクラスの生徒でありながらAクラスの背信者となった幸村啓誠は、綾小路の読み通り、五百万プライベートポイントを選んでいた。
最終的なクラスポイントは、次の通り発表された。
Aクラス:1944ポイント(+250)
Bクラス:1730ポイント(+300)
Cクラス:736ポイント(±0)
Dクラス:691ポイント(±0)
二年間の戦いの果てに、四クラスの差は、静かに、だが確かに刻まれていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
二年生の学年末特別試験も、今回で決着となりました。
感想や評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。
また、感想欄でご希望のあった池くんのOAAも掲載します!
引き続き、本作をよろしくお願いいたします!
【二年Dクラス:池 寛治】
・学力 A-(82)
・身体能力 B+(77)
・機転思考力 B-(63)
・社会貢献性 C+(57)
・総合力 B(72)