いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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二話

 白一色の世界に閉じ込められて、数年の月日が流れた。

 

 私の肉体は10歳を迎えようとしていたが、その中身は、前世の記憶を持つ現代日本人と、藍染惣右介としての圧倒的なスペックが高度に融合した「何か」へと変貌していた。

 

(……今日も今日とて、死神修行か。尸魂界の闇は深すぎるぜ)

 

 私は内心で毒づきながら、目の前のモニターに表示される難解な多変数解析学の問題を、瞬きをする間に解き終えていた。

 

 周囲を見渡せば、かつて机を並べていた同期たちの姿は、もう数えるほどしか残っていない。誰もが極限状態のストレスに耐えかね、精神を摩耗させ、この「白き檻」から消えていった。

 

 残っているのは、私と、あの茶髪の少年――綾小路清隆、そして数人の『最高傑作候補』だけだ。

 

(それにしても……おかしいな。これだけ毎日心身を追い込んでいるのに、一向に『霊圧』が目覚める気配がない)

 

 私は自分の掌を見つめる。

 

 藍染スペックのおかげで、100メートルを10秒台で走り、数か国語を操り、大人の武道家を子供扱いにできる力はある。だが、そこにあるのはあくまで「肉体と知能」の力だ。

 

 黒棺を放つための霊力も、斬魄刀を呼ぶ声も聞こえてこない。

 

(……いや、焦るな俺。きっとまだ、この体の『霊核』が眠っているだけだ。一護だって最初は普通の人間だったしな。修行を続ければ、いつか俺も天に立つ霊圧を手に入れられるはず……!)

 

 そんな「勘違い」を抱えたまま、私は今日も平然とカリキュラムをこなしていく。しかし、その「完璧すぎる」ことが、事態を動かすことになった。

 

 ある日、私はこの施設の最高責任者である男――綾小路先生の部屋へと呼び出された。

 

 清隆の父親であり、この『ホワイトルーム』の絶対的な支配者。その冷酷な眼差しが、10歳の私を射抜く。

 

「藍染惣右介。お前は本日をもって、この施設を去ってもらう」

 

 男の声は、凍てつくように冷たかった。

 

(おっ、いよいよ昇級試験か? 『五番隊に入隊おめでとう』とか言われるのか?)

 

 期待に胸を膨らませる内心とは裏腹に、私の口から出た言葉は、重厚な威厳を纏った「拒絶」だった。

 

「――ほう。ようやく、私の存在が君たちの手に負えなくなった、ということかな」

 

(ああああああ! ごめんなさい!! 『あ、そうですか』って言おうとしただけなのに!)

 

「皮肉だな。天才を人工的に作り出すためのこの施設において、お前という『本物の天才』の存在は、我々の実験を全否定する不純物でしかない。お前がどんなに完璧な成果を出そうと、それは再現性のない奇跡だ。……我々に、神は必要ない。必要なのは、神を量産するための設計図なのだよ」

 

 男は冷徹に言い放った。この施設は「凡人を天才に変える」ための場所。最初から完成されている「真の天才」は、データとして邪魔なのだ。

 

(えっ、クビ!? 施設追放!? ちょっ、せっかくここまで頑張ったのに、路頭に迷うじゃねーか!! 待って、せめて退職金とか……!!)

 

 内心で大慌ての俺を無視して、表面上の藍染惣右介は、優雅に背を向けた。

 

「……構わないさ。鳥の歌声が、雲の上の高みに届かないように。君たちの引いた境界線は、私という存在を規定するにはあまりにも脆すぎた」

 

(また出た!! 出ちゃったよポエム!! 意味分かんないけど、なんかカッコよく去る流れになってる!!)

 

「その目は、いつか我々を滅ぼす火種になるかもしれん。……行け、藍染」

 

 私は一度も振り返ることなく、部屋を後にした。

 

 最後に見た清隆の、どこか寂しげに見えた虚な瞳だけが、妙に印象に残っていた。

 

 ホワイトルームの外に出た瞬間。

 

 数年ぶりに浴びる直射日光に目を細め、私は外界を見渡した。

 

「…………?」

 

 そこで、猛烈な違和感に襲われた。

 

(……静かだ。……いや、静かすぎるぞ、これ)

 

 私は集中し、周囲の「気」を探った。

 

 数年間のカリキュラムで鍛え上げた藍染スペックの感覚器が、外の世界の情報を精緻に拾い上げる。

 

 そこにあるのは、ただの空気だった。

 

 排気ガスの匂い、アスファルトの熱、雑踏の喧騒。

 

 どこをどう探っても、霊子(れいし)の揺らぎすらも、微塵も感じられない。

 

 普通の人間、普通に歩くサラリーマン、普通のカラス。そこには「魂のエネルギー」といったオカルト的な要素が、分子レベルで存在していなかった。

 

(待て待て待て。おかしいだろ。ここは尸魂界(ソウル・ソサエティ)か現世のはずだよな? なんでこんなに『スカスカ』なんだ? 普通、そこらへんに(プラス)の霊とか、隠密機動の監視とか、一匹くらい(ホロウ)がいてもおかしくないだろ!?)

 

 私は必死に自分の胸に手を当てた。

 

 鼓動は聞こえる。だが、斬魄刀を呼ぶ声も、内なる魂の叫びも聞こえない。

 

(……ああ、そうか。……そういうことかよ!)

 

 あまりにも残酷で、あまりにも単純な真実に、私は内心で膝をついた。

 

(ここ……BLEACHの世界じゃねえのかよ!! ただの現代日本じゃねえか!! そりゃどれだけ修行しても霊力なんて使えるわけねえわ!! 俺はただの、異常に頭が良くてポエムが勝手に出るだけの、中二病全開の子供として数年間過ごしてたってことかよ!!)

 

 羞恥心で顔を真っ赤にする(表面上は泰然自若としている)私を待っていたのは、施設の黒塗り車だった。

 

 身寄りのない「元・被検体」である私は、体裁を整えるために、ある東京都内の孤児院へと預けられることになった。

 

 

 

「今日から君たちの仲間になる、藍染惣右介くんだ。みんな、仲良くしてね」

 

 数日後。私は区立の小学校の教室に立っていた。

 

 ホワイトルームから用意された新しい戸籍。私は小学4年生の編入生として、平和な日常へと放り込まれた。

 

(落ち着け、俺。ここは普通の日本だ。霊圧とか死神とか忘れるんだ。今日からは『普通の小学生』として、地味に、平穏に生きるんだ……!)

 

 私は精一杯、普通な子供を演じようと努めた。

 

 まずは挨拶。クラスメイトたちに敵意がないことを示さなければならない。

 

「藍染です、仲良くしてください」と言おうとして、私は口を開いた。

 

「――藍染惣右介だ。君たちの見る景色に、私が映り込むのは一時の徒花に過ぎない。……せいぜい、その目に焼き付けておくといい」

 

(うわあああああああ!! また出た!! 出ちゃったよ!! しかもなんかめちゃくちゃ上から目線!!)

 

 教室内が、異様な沈黙に包まれる。

 

 教卓に立つ担任の教師は、なぜか冷や汗を流しながらガタガタと震え、生徒たちは10歳の子供が放つとは到底思えない「覇気」に圧され、石のように固まっていた。

 

「……す、すごい迫力……」

 

「かっこいいけど、なんか怖すぎる……」

 

 女子たちのヒソヒソ声が聞こえるが、それは明らかに「憧れ」よりも「畏怖」に近い。

 

(終わった……。俺の小学校生活、初日で詰んだわ。なんで勝手に口が動くんだこの体……!)

 

 内心で絶望のどん底に沈みながら、私は窓際の、一番後ろの席へと優雅に移動した。

 

(……だが、待てよ)

 

 私はふと考え直す。

 

 霊圧はなくても、この天才的な頭脳と身体能力は本物だ。

 

 そして何より、あの施設で共に競い合った「綾小路清隆」という唯一無二の存在。あいつも、いつかこの「外」に出てくるはずだ。

 

(あいつがこの世界に出てきた時……俺がただの平凡な男になっていたら、あいつはがっかりするんじゃないか? ならば、俺は俺の役目を果たすべきか。霊圧のないこの世界で、別の意味での『天』に立つために)

 

 私はふっと自嘲気味に笑った。

 

 それすらも、クラスメイトたちには「世界を支配しようとする魔王の微笑み」に見えていたのだが。

 

(まずは……この溢れ出るポエムを、せめて現代社会で通じるレベルにまで隠す修行からスタートだな。……隠密機動の『隠形』のつもりでやってやるぜ!)

 

 転生者・藍染惣右介、10歳。

 

 戦うべき敵がいない(はずの)現代日本で、彼は今日も全力で「普通の小学生」への擬態という、史上最難関のミッションに挑み始めるのだった。

 

 

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