いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
七月末。
肌を突き刺すような強烈な日差しと、耳を劈くような蝉時雨が、高度育成高等学校を完全に夏の色へと染め上げていた。
一学期の終業式を目前に控えた私の日常は、驚くほど『充実』の一言に尽きた。
放課後は生徒会室へと赴き、副会長としての膨大な書類仕事を『藍染スペック』の異常な処理能力でわずか三十分で終わらせる。
ただ一つ誤算があるとすれば、この生徒会室には高確率で『あの男』が現れることだ。
「よぉ、優秀な一年生副会長。今日もせっせと雑用か? 分からないことがあれば、次期生徒会長であるこの俺が直々に教えてやってもいいんだぜ?」
二年生の南雲雅だ。彼は私が副会長に就任して以来、事あるごとに私に絡んでは、ネチネチとマウントを取ろうとしてくるのだ。
(うわぁ、また南雲が来たよ……。毎回毎回ウザ絡みしてきて本当にめんどくさい! 俺は早く仕事を終わらせてひよりのところに行きたいんだよ! 適当に無難なこと言ってあしらおう!)
私は内心で盛大なため息をつきながら、「お気遣いありがとうございます。ですが問題ありません」と常識的に断ろうとした。
しかし、私の口から飛び出したのは、そんな平々凡々な言葉ではなかった。
「――自らを太陽と錯覚した蛍火が、天を照らそうとする姿は実に滑稽だ。……己の器も知らぬまま燃え尽きる前に、大人しく闇に紛れることだな」
(うわあああああ!! また煽りポエムが出たぁぁぁ!! だからなんで毎回南雲相手にそんな超絶上から目線で喧嘩売るの俺の口!!)
「……ッ!! てめぇ……一年生の分際で、調子に乗りやがって……!」
南雲の額に青筋が浮かび、私への殺意と敵対心がまた一段階、天井知らずに跳ね上がっていくのを感じた。
こうして南雲からのヘイトを無自覚(?)に限界まで稼ぎまくりながらも、私は橘書記と少しの業務報告を交わした後、優雅に退室するのだった。
その後は図書室へ向かい、窓際の特等席で待つひよりと共に、静かで甘やかな読書の時間を楽しむ。
そして時には、一之瀬や神崎たちクラスメイトに乞われ、我がBクラスの学力向上のための勉強会で的確な指導を行う。
(……南雲先輩みたいな一部の特大不安要素はあるけど、最高だ。『完璧な青春』が、今ここにある!)
私は内心で歓喜の涙を流しながら、この平和な日々を噛み締めていた。
しかし、そんな穏やかな一学期を締めくくる『終業式』の日。
体育館に全校生徒が集められた厳粛な空気の中、私はまたしても己の呪われた運命――『ポエム自動変換機能』の恐ろしさを味わうこととなる。
「――以上で、生徒会長としての挨拶を終わる。続いて、今学期より新たに生徒会副会長に就任した、一年、藍染惣右介」
壇上の堀北学に名前を呼ばれ、私は全校生徒の視線が突き刺さる中、静かにマイクの前に立った。
(ええと、終業式の挨拶だな! 『皆さん一学期お疲れ様でした。明日から待ちに待った夏休みですが、羽目を外しすぎず、事故や怪我に気をつけて楽しいバカンスにしましょう!』っと……よし、完璧なテンプレ挨拶だ!)
私は一つ咳払いをして、体育館を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「――泥濘に這いつくばり、無価値な点数に一喜一憂するだけの退屈な日々は、これにて一旦の幕引きとなる」
(うわああああああああああ!? 違う!! 出だしから全校生徒を泥這う虫みたいに言っちゃった!?)
静まり返っていた体育館の空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。
一年生だけでなく、二年生や三年生までもが「なんだあの一年は……」と息を呑んで私を見上げている。
「……君たちは明日より、かりそめの安息を与えられる。だが、忘れないことだ。太陽の灼熱は、天を仰ぐ術を知らぬ者の蝋の羽を容赦なく溶かし、墜落させる。……毒の盛られた祝杯に酔い痴れるか、それとも嵐の前の静けさを見抜くか。……次なる盤面で、君たちが無惨に砕け散らないことを、せいぜい祈っておこう」
(訳:明日から夏休みだけど、遊びすぎて怪我しないようにね! それに夏休みだからって油断しないように!休み明けのテストとかにも気をつけて、楽しい休みにしようね!)
私の圧倒的な威圧感と、悪のカリスマ全開のポエム挨拶が、体育館の音響設備を通して全校生徒の鼓膜を打ち据えた。
「な、なんだあいつ……すげぇ威圧感だ……」
「一年で副会長って、どんだけヤバい奴なんだよ……」
「毒の盛られた祝杯……? 夏休みに何かあるってことか……?」
全校生徒が困惑と警戒を露わにする中、Cクラスの列にいる龍園翔は「ククク……おもしれぇ挨拶じゃねえか」と不敵に笑い、Dクラスの列にいる綾小路清隆は虚ろな瞳の奥で静かに思考を回転させていた。
(……惣右介。これは全校生徒への宣戦布告か、それとも学校側が仕掛ける『夏休みの試験』を完全に把握しているという警告か。……どちらにせよ、底が知れない。この男だけは、常に盤上の遥か上空からオレたちを見下ろしている……)
一人だけ、私のポンコツな安全喚起ポエムを『神の如き洞察力による絶望の宣告』と深読みし、綾小路は極限の警戒態勢を敷いていた。
そんなこととは露知らず、私は内心で(もう嫌だ生徒会なんて……早く帰って図書室行きたい……)と血の涙を流しながら、優雅な足取りで壇上を降りたのであった。
そして、終業式から数日後。
学校が手配した超豪華客船でのバカンス旅行を目前に控えた、とある休日。
私、ひより、一之瀬、神崎、柴田、白波、網倉というBクラスの主要メンバーたちは、バカンスの準備をするためにケヤキモールへと買い物に来ていた。
「いやー、ついに夏休みだな! しかも豪華客船で二週間のクルージングだぜ!? 最高すぎる!」
柴田が両手を頭の後ろで組みながら、浮かれた声で笑う。
「ふふっ、本当に楽しみだね! みんなで海で遊んだり、美味しいもの食べたりしようね!」
一之瀬も嬉しそうに同意し、白波や網倉も「水着、新しいの買っちゃおうかな!」「浮き輪も要るよね!」とはしゃいでいる。
(……いいなぁ。これぞまさに、俺が求めていた青春の1ページ! 可愛い女の子たちと、気のいい男友達と行くショッピング! 威圧感のせいで周りの生徒たちが俺たちを避けていくのだけが玉に瑕だけど、気にしない!)
これまで同年代の友人たちと休日に遊びに行くなんて華やかな経験が皆無だった私は、皆と一緒に歩けるだけで心が踊っていた。
私たちはモール内の様々な店舗を回り、日焼け止めやサンダル、旅行用の小物を次々と購入していった。
そして一行は、巨大なスポーツ用品店の『水着コーナー』へと足を踏み入れ
た。
「それじゃあ、男子陣はちょっと待っててね! 私たち、水着選んでくるから!」
一之瀬がそう言うと、女子たちは色とりどりの水着が並ぶエリアへと消えていった。
残された私、神崎、柴田の三人は、適当にメンズ用の海パンを見ながら時間を潰すことにした。
「藍染はどんな水着買うんだ? お前、絶対黒とか紫の似合うよな!」
「――フッ。私の肌を覆う布切れの色など、どのようなものでも大局に影響はないさ」
(訳:俺は適当にシンプルな黒の海パンにするよ!)
そんな他愛もない会話をしていると、不意に私の背後から、控えめな声がかけられた。
「あの……惣右介くん」
振り返ると、そこには自分の胸に二着のビキニを押し当てて、少し恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見つめる椎名ひよりの姿があった。
一つは、フリルがあしらわれた可愛らしいピンク色の水着。もう一つは、大人っぽい純白の水着だ。
「……惣右介くんは、その……どちらの水着が、私に似合うと思いますか?」
潤んだ瞳。
ほんのりと赤く染まった頬。
そして、小首を傾げてこちらの反応を窺う、その破壊的なまでの可愛さ。
(――――――――ッッッ!!!!)
私の脳内で、核爆発が起きた。
(か、かかか可愛いぃぃぃぃぃぃ!?!? なんだその上目遣いは!! 天使か!? いや知ってたけど天使だけど!! 自分に似合う水着を俺に聞いてくるとか、破壊力高すぎだろ!!)
私は内心で鼻血を吹き出しながら、床を転げ回って悶え苦しんでいた。
(いかんいかんいかん!! 落ち着け藍染惣右介!! 相手は俺の唯一にして最強の親友だぞ!? そんな邪な目で見たら、今までの尊い関係が崩れてしまう! 俺は紳士だ! 冷静に、かつスタイリッシュにアドバイスをしてあげるんだ!!)
私は必死に暴走する煩悩を封じ込め、極めてクールに、そして大人の余裕を感じさせる視線でひよりを見据えた。
「――無垢なる真珠に、毒々しい色彩など必要ない」
(訳:ピンクも可愛いけど、ひよりには白が似合うと思うよ!)
「……君が纏うのであれば、夜闇を静かに照らす月光のような、純白の衣こそが最も相応しいだろう。……君の放つ光を、一番美しく際立たせてくれるはずだ」
(訳:ひよりの綺麗な銀髪と白い肌には、絶対にその真っ白な水着が一番似合うよ!!)
私の圧倒的なオサレポエム(という名の渾身の褒め言葉)を聞いて、ひよりは一瞬パチクリと瞬きをした後……その顔を、耳の先まで真っ赤に染め上げた。
「じゅ、純白……! そ、そうですか……惣右介くんが、そう仰るなら……」
ひよりは白い水着をギュッと抱きしめ、はにかむような、とびきり嬉しそうな笑顔を向けた。
「では、こちらを試着してきますね! ……あ、でも」
ひよりは試着室へ向かおうとして、ふと立ち止まり、イタズラっぽく微笑んだ。
「……着た姿をお見せするのは、バカンスの時までの『お楽しみ』にしておいてくださいね」
「――――ッ!!」
ひよりが試着室へと消えた後、私は彫像のように固まったまま、内心で天に向かってガッツポーズをキメていた。
(お楽しみ!! バカンスのお楽しみいただきましたァァァ!! ありがとう神様! この学校に来て本当によかった!! 俺、夏休み全力で楽しむ!!)
神崎と柴田が「藍染、お前本当に椎名さんとは以心伝心だな……」と呆れたように笑っていたが、私の耳には届いていなかった。
買い物を終え、両手に荷物を抱えた私たちは、モール内の焼き肉店へとやってきた。
今日はバカンス前の決起集会を兼ねた夕食だ。
「よーし! 今日はいっぱい食べるぞー! 乾杯!!」
一之瀬の音頭で、全員のグラスが合わさる。
網の上でジュージューと焼ける肉。
私は藍染スペックの完璧な動体視力と火加減コントロールを駆使し、最高のタイミングで焼き上がった肉を、次々とひよりや一之瀬たちの皿へと取り分けていく。
「わぁ! 藍染くん、お肉焼くのも上手なんだね! ありがとう!」
「惣右介くんの焼いてくれたお肉、すごく美味しいです」
「おう! 藍染、俺にもそのカルビ回してくれ!」
和気あいあいとした、平和で楽しい時間。
しかし、お腹も膨れてきた頃、柴田が「いやー、豪華客船の旅、マジで楽しみだなー! 毎日プールで泳いで、美味いもん食って寝るだけなんて、天国だぜ!」と浮かれた声を上げた時だった。
一之瀬が、少しだけ真剣な表情になって、箸を置いた。
「……柴田くん。豪華客船の旅は確かに楽しみだけど、ただ遊ぶだけじゃ終わらないと思うんだ」
「どういうことだ、一之瀬?」と、神崎が首を傾げる。
白波や網倉も、不思議そうに一之瀬を見た。
一之瀬は、隣に座る私とひよりを見つめてから、皆に向き直った。
「実は数日前……藍染くんとひよりちゃんと三人で話していた時に、藍染くんが教えてくれたんだ。『この学校が、何の意味もなく安息の夏を用意するはずがない。夏休み中に、クラスポイントが大きく変動するような特別な試験が必ずあるはずだ』って」
「なっ……!?」
神崎が驚愕に目を見開いた。
「試験……だと……?」
「そ、そうだよ! 試験なんて、どうやって……」
動揺するクラスメイトたち。無理もない、この話は今まで私とひよりと一之瀬の三人の間でしか共有していなかったのだから。
「そ、そういえば……終業式の時の、藍染のあのヤバい挨拶……!」
柴田がハッとして私を指差した。
「『毒の盛られた祝杯』とか『嵐の前の静けさ』って……俺たちにその特別試験のことを警告してくれてたってことか!?」
(そうだぞ! 俺のあのポエムは、バカンスに浮かれるなよっていう親切な警告だったんだ! 一之瀬がちゃんとみんなに伝えてくれてよかった!)
私はゆっくりとグラスを置き、静かに頷いた。
「――この学校が用意する楽園など、見え透いた幻影に過ぎない。……甘い果実の裏には、必ず致死量の毒が隠されているものだ」
(訳:ただのバカンスで終わるはずがないからね。絶対に何か裏があるよ!)
「……惣右介くんはこう仰っています」
ひよりが、皆に向かって優しく翻訳する。
「『学校側が何の意味もなく豪華客船を用意するはずがありません。旅行の最中か、あるいは目的地で、必ず私たちを試す厳しい試験が待っているはずです』……と」
「……やっぱり、そう……なんだな」
神崎が顔を引き締め、柴田たちも真剣な表情になる。
「どんな試験が待っているか分からない。もしかしたら、またクラス同士でポイントを奪い合うような、過酷なものかもしれない。……でもね」
一之瀬は、満面の笑みを浮かべた。
「今の私たちBクラスなら、絶対に乗り越えられるって、私は信じてる! 藍染くんが言ってくれた通り、私たちの『チームワーク』があれば、どんな試験が来ても大丈夫だよ!」
「おう! もちろんだ! どんな試験だろうが、Bクラス全員で乗り切って、Aクラス目指してポイント稼いでやろうぜ!」
「ええ。油断は禁物だが、事前に警戒できるだけでも大きなアドバンテージだ。我々が団結すれば恐れるものはない」
一之瀬の言葉に、柴田も神崎も、白波も網倉も力強く頷いた。
ひよりも「ふふっ、みんなで頑張りましょうね」と微笑んでいる。
(……ああ。本当にいいクラスだな)
私は内心で、この頼もしい仲間たちの姿に胸を熱くしていた。
これから始まる夏休み。実力至上主義のこの学校のことだ、豪華客船に乗せたまま終わるはずがない。無人島でのサバイバル試験か、それとも船上での頭脳戦か。
詳しい内容は分からないが、必ず過酷な試練が待っているはずだ。
(だが、俺にはこの仲間たちがいる。そして、最強の翻訳機にして親友のひよりがいる。……どんな試験が来ようと、俺の藍染スペックで全部蹴散らして、絶対にこの平和な日常とバカンスを守り抜いてみせる!)
「――さあ、杯を干そうか。……次なる盤面が、我々の勝利を祝う至高の舞台となることを祈って」
「「「かんぱーい!!」」」
私のオサレな乾杯の音頭(これもひよりの翻訳なしで、皆なんとなく『頑張ろうぜ!』という意味だと察してくれた)と共に、Bクラスの結束は最高潮に達した。
焼肉の煙の向こう側。
私の視線の先には、間もなく幕を開ける『真夏の特別試験』という巨大な坩堝が、静かに、しかし確実に待ち構えているのであった。