いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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二十五話

 無人島でのサバイバル特別試験、三日目。

 島の環境にもすっかり慣れてきた私たちBクラスは、この日も驚くほどの平穏と安定の中で朝を迎えていた。

 

 学校から与えられた300ポイントのうち、初日に最低限のテントや仮設トイレ、そして食料を少し購入しただけで、あとは見事な節約生活を続けている。柴田たち男子が川で魚を突き、白波や網倉たち女子が森で食べられる木の実や山菜を採集してくる。

 

 水に関しては、初日に確保した『井戸』のスポットがあるため、煮沸すればいくらでも安全な飲料水が手に入った。

 

(……素晴らしい。まさに理想的なキャンプ生活だ。ひより以外の友達が一人もできなかった筋金入りのぼっちだった俺にとって、『クラスメイトとの絆を深めるアウトドア』なんて一生縁のないものだと思っていたが……まさかこんな無人島で実現するとはな)

 

 私は、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、内心で深く感動していた。

 

 午前中。私はいつものように、ひよりと共に森の中を散策していた。

 目的は二つ。一つは、先日指示を出した『龍園の痕跡』を探すこと。そしてもう一つは――ただ純粋に、『唯一無二の親友』との、穏やかな朝の散歩を楽しむことである。

 

「惣右介くん、見てください。あそこに綺麗な青い鳥がいますよ」

 

 ひよりが、少し先の枝にとまった小鳥を指差して、ふわりと微笑んだ。

 木漏れ日が彼女の銀色の髪をきらきらと輝かせ、その横顔は文字通り、森に舞い降りた妖精のようだった。

 

(か、可愛い……! 親友ながら贔屓目なしに言って、この大自然とひよりの組み合わせ、完全に名画だろ!? マイナスイオンがカンストしてるぞ!!)

 

 私は内心で荒ぶる感動を必死に抑え込み、極めてオサレな流し目で小鳥を一瞥した。

 

「――ああ。……無知なる翼は、空の高さも己の小ささも知らぬまま、ただ刹那の美しさだけを謳歌している。……君の瞳に映るのなら、あの鳥も少しは生まれてきた意味があったというものだ」

 

(訳:本当だ、綺麗な鳥だね! ひよりが見つけてくれて、あの鳥も喜んでると思うよ!)

 

「ふふっ、惣右介くんは小鳥さんにも優しいですね」

 

 ひよりは私のオサレポエムに全く動じることなく、ごく自然な笑顔で隣を歩いてくれている。

 

 彼女にとっても、私は心を許せる一番の親友なのだ。だからこそ、こんな風に肩肘張らず、穏やかな時間を共有できる。私たちは落ち葉を踏む音を楽しみながら、満ち足りた時間を過ごした。他クラスがポイントの枯渇やリーダーの探り合いで疑心暗鬼に陥っている中、この平穏は異常なほどであった。

 

 

 

 そして、三日目の夜。

 拠点である井戸の広場では、今日も焚き火を囲んでの夕食が始まっていた。

 しかし、さすがにサバイバル生活も三日目となると、いくら環境が良いとはいえ、生徒たちの顔には隠しきれない『疲労』の色が見え始めていた。

 

「ふぅ……。今日も一日、けっこう歩いたな……」

 

 いつも元気な柴田が、少し肩を落として焚き火の前に座り込んでいる。

 網倉や白波たちも、足の筋肉痛を気にしながら「ちょっと疲れちゃったね」と苦笑いしていた。

 

 そんな中、クラスの絶対的リーダーである一之瀬帆波が、水筒と冷やしたタオルを持って皆の間を素早く立ち回っていた。

 

「柴田くん、今日は一日中探索してくれてありがとう。お水、しっかり飲んでね。明日は午前中、テントでゆっくり休んでていいから」

 

「い、いや、俺はまだ動けるぜ? みんなのために食料を見つけないと……」

 

「ダメだよ。無理して体調を崩してリタイアになっちゃったら、マイナス30ポイントなんだよ? ここはしっかり休むのも、立派な『作戦』だからね」

 

 一之瀬は優しく、しかし有無を言わせぬ笑顔で柴田を諭した。

 

「麻子ちゃん、千尋ちゃんも、足痛いよね。私が後でマッサージしてあげるから、今日はもう横になっててね。……神崎くん、明日の探索メンバー、少しローテーションを変えてもいいかな?」

 

「ああ、そうだな。体力のある人間と休ませる人間を、明確に分けよう」

 

(……完璧だ。一之瀬、マジで最高のリーダーすぎるな)

 

 私は、少し離れた倒木に腰掛けながら、一之瀬の立ち回りを感嘆の思いで見つめていた。

 

 彼女は全員の顔色、疲労度、そして精神状態を完璧に把握し、誰一人として無理をさせないように的確な気配りを行っている。彼女のその献身的な優しさがあるからこそ、Bクラスは誰一人欠けることなく、この過酷な試験を乗り切れているのだ。

 

「帆波ちゃんは、本当にすごいですね。……みんなのお母さんみたいです」

 

 隣に座ったひよりが、紙コップを両手で持ちながら、嬉しそうに微笑んだ。

 

「――ああ。……自らの身を削り、他者の足元を照らす光。……その眩しさは、いずれ彼女自身を焼き尽くしかねないが……今はただ、その温もりに身を委ねるのも悪くない」

 

(訳:本当だね。一之瀬さん、頑張りすぎて倒れないか心配だけど、今は彼女の優しさに甘えさせてもらおう)

 

「『帆波ちゃんの優しさは本当に素晴らしいですね。少し無理をしていないか心配ですが、今は彼女の気配りに感謝しましょう』とのことです」

 

「あはは、藍染くん、ひよりちゃん。ありがとう! 私も全然疲れてないから大丈夫だよ!」

 

 一之瀬が、こちらを向いてピースサインを送ってきた。

 

 

 三日目の夜も、四日目も。

 Bクラスは一之瀬の完璧なマネジメントと、そしてひよりの癒しによって、一人の脱落者も出すことなく順調に時間を進めていった。

 

 

 

 そして、運命の五日目。

 この日、私は単独で島の中心部――他のどのスポットからも遠く離れた、未開の原生林の奥深くへと足を踏み入れていた。

 

 前日までの探索で、柴田たちに「単独で潜伏している人間の痕跡を探せ」と指示を出していたが、目ぼしい報告は上がってこなかった。

 

 それもそのはずだ。相手があの龍園翔ならば、素人の探索で見つかるようなヘマは絶対にしない。

 

(……普通の高校生なら絶対に入らないような、獣道すら存在しない森の最奥。……もし俺が龍園の立場で、誰にも見つからずに隠れ通すなら、絶対にそういう場所を選ぶ)

 

 私は『藍染スペック』の異常な身体能力と空間把握能力をフル稼働させ、鬱蒼と茂るシダ植物を掻き分けながら、音もなく森を進んでいった。

 

 やがて、巨木が倒れて自然の屋根のようになっている、少し開けた空間に出た。

 

「…………」

 

 私の視覚が、地面のわずかな『違和感』を捉えた。

 私は静かにしゃがみ込み、土の表面を観察する。

 

(……あった。土を掘り返して、巧妙にカモフラージュされた『焚き火の跡』だ。そして、この足跡の深さと歩幅……ここで一人で野営していた痕跡)

 

 灰はすでに冷たくなっている。おそらく、煙で他クラスに居場所がバレるのを防ぐため、夜中に最小限の火だけを起こし、夜明け前には完全に消して移動しているのだろう。

 

(……やはり、残っているようだな)

 

 私は確信を得て、不敵な笑みを浮かべた。

 

(この徹底した痕跡の隠蔽。そして、足跡から推測される体重。……間違いなく、Cクラスの独裁者・龍園翔だ)

 

 昨日までの探索で、Cクラスの生徒の姿は島から完全に消え失せていた。彼らはポイントを使い切り、すでに『リタイア』として豪華客船へと帰還している。

 

 しかし、リーダーである龍園だけは、こうして劣悪な森の奥深くで孤独なサバイバルを続けながら、スパイからの情報を待っているのだ。

 

(ルールの盲点を突いた、まさに悪魔の戦略。……だが、俺の眼からは逃れられないぜ、龍園)

 

 最も欲しかった確証を手に入れた私は、静かにその場を立ち去り、Bクラスの拠点へと帰還した。

 

 拠点に戻った私は、すぐに一之瀬と神崎、そしてひよりを呼び集め、木陰で作戦会議を開いた。

 

「どうしたの、藍染くん? 探索で何か見つかった?」

 

 一之瀬が、私の只ならぬ(いつも通りの)威圧感を感じ取り、真剣な顔になる。

 

 私はゆっくりと腕を組み、三人を順番に見据えてから、重々しく口を開いた。

 

「――暗闇に身を潜めていた愚かな蛇の、薄汚い抜け殻を見つけてきたよ」

 

(訳:森の奥で、龍園が一人でキャンプしてた跡を見つけたよ!)

 

「……森の最奥、光すら届かぬ深淵で、孤独に火を灯した痕跡があった。……刻まれた爪痕は一つ。群れを捨てた獣が、確かにこの盤上の裏側に這いつくばっている」

 

(訳:焚き火の跡と足跡があったんだ。痕跡からして、完全に一人だけで動いてるね)

 

「――あの『龍』はまだこの島に残り、我々の喉首を狙っていると見て間違いないだろうね」

 

(訳:絶対とは言い切れないけど、99%の確率でCクラスのリーダーは龍園で決まりだ!)

 

 私の圧倒的で物騒な報告ポエムが終わると同時に、ひよりが静かに頷き、口を開いた。

 

「『森の奥深くで、単独で野営していた焚き火と足跡の痕跡を発見しました。100%とは断言できませんが……99%の確率で、島に残っているCクラスのリーダーは、龍園くんで間違いありません』とのことです」

 

「「っ……!!」」

 

 一之瀬と神崎が、同時に息を呑んだ。

 二日目の時点で立てていた『龍園単独リーダー説』の仮説が、今ここで確信へと変わったのだ。

 

「やっぱり……! あの豪遊はブラフで、龍園くん一人が残ってたんだね……!」

 

 一之瀬が、背筋に冷たいものを感じたように腕をさする。

 

「もし藍染くんが気づいていなかったら……私たち、Cクラスはもうリタイアしたと思い込んで、完全に警戒を解いていたよ……」

 

「ああ。恐ろしい執念だ。……だが、藍染がその足跡を見つけてくれたおかげで、奴の目論見は完全に崩壊した」

 

 神崎が、興奮を抑えきれないように拳を握りしめた。

 

「これで、Aクラスの戸塚に続き、Cクラスの龍園の正体も割れた。……最終日、この二人の名前を指名すれば、我がBクラスは他クラスを出し抜き、莫大なポイントを獲得できるぞ!」

 

「うん! 藍染くん、本当にありがとう! 藍染くんがいなかったら、私たちどうなっていたか……!」

 

 一之瀬が、感極まったように私の両手をガシッと握りしめてきた。

 

(おおっ、一之瀬さん熱いな。……クラスメイトからこんなに真っ直ぐ感謝される日が来るなんて、ぼっち期間が長かった俺にとっては感無量だ。俺にとって一番の親友はひよりだが、こうして信頼できる仲間が増えていくのは本当に嬉しいことだ!)

 

 私は内心で友との強い絆に感動しながらも、外見上は決して表情を崩さず、「――当然の帰結だ。王の前に這い出た蛇の末路など、語るまでもない」と、涼しい顔で静かに手を引き抜いた。

 

「ふふっ、惣右介くんは本当に頼りになりますね」

 

 ひよりも、私の隣で全幅の信頼を寄せるように微笑んでくれている。

 

(うん、やっぱりひよりに褒められるのが一番落ち着く。親友からの称賛、最高だ)

 

 Aクラス、そしてCクラス。

 二つのクラスのリーダーを完全に捕捉したことで、私たちBクラスの勝利は、ほぼ盤石なものとなったのである。

 

 

 

 そして、サバイバル試験も大詰めとなる、六日目。

 この日になると、もう周囲の探索で新たに発見できるスポットもなく、他クラスの動向を探る必要もなくなっていた。

 

 私たちのやるべきことはただ一つ。最終日のリーダー指名に向けて、体力を温存し、誰もリタイアを出さずにこの生活を終えることだ。

 

「よーし! 今日は俺が薪割り全部やるから、みんな休んでてくれ!」

 

「あはは、柴田くん元気だね。じゃあ、私はお水汲んでくるね」

 

 六日目の朝。拠点では、皆が穏やかな表情で残りのサバイバル生活を楽しんでいた。

 

 私も、藍染スペックの筋力を活かして重い水汲みを手伝ったり、落ち葉を集めて焚き火の火力を調整したりと、クラスの雑用をこなしていた。

 

 午後。

 木陰に敷かれたブルーシートの上で、私、ひより、一之瀬、神崎の四人は、冷たい井戸水を飲みながらのんびりと会話を楽しんでいた。

 

「いよいよ、明日でこの試験も終わりだね。なんだか、あっという間だったなぁ」

 

 一之瀬が、膝を抱えながら青空を見上げて微笑む。

 

「ああ。最初はあの真島先生の凶悪なルール説明でどうなることかと思ったが……終わってみれば、Bクラスの結束をさらに強める最高の期間になった」

 

 神崎も、珍しく表情を和らげて頷いた。

 

「これも全部、帆波ちゃんがみんなを気遣ってくれたおかげですよ。……もちろん、惣右介くんが裏で完璧な作戦を立ててくださったことも」

 

 ひよりが、二人に労いの言葉をかける。

 

(いやいや、俺はただこのチートなスペックのおかげで少しズルしてるようなものだから! 本当にすごいのは、誰一人見捨てずにここまでクラスをまとめ上げた一之瀬と、毎日俺のポエムを翻訳してくれたひよりだよ!)

 

 私は内心で二人への特大の感謝と賞賛を送りながら、静かに喉を鳴らした。

 

「――夜明け前の空が最も暗いように、この退屈な盤面も、最後の最後で最も美しい輝きを放つだろう」

 

(訳:明日でいよいよ終わりだね。結果発表がすごく楽しみだよ!)

 

「……自らの愚かさに気づかぬまま踊り狂っていた道化たちが、己の首が落ちたことすら気づかずに絶望する瞬間。……これほど待ち遠しい夜明けはないね」

 

(訳:AクラスもCクラスも、俺たちがリーダーを見抜いてるなんて思ってもないだろうからね。明日、みんなで大勝利の喜びを分かち合おうね!)

 

 私の圧倒的なラスボス感と、他クラスの絶望を心待ちにするかのような極悪非道なポエム。

 

 しかし、一之瀬も神崎も、すっかり私のこの言い回しに慣れきっており、隣の親友の言葉を待った。

 

「『明日でいよいよこの試験も終わりですね。AクラスもCクラスも、私たちがリーダーを見抜いているとは夢にも思っていないでしょう。明日の結果発表が、今からとても楽しみです』と仰っています」

 

「あはは! うん、本当に楽しみ! 藍染くんのおかげで、Bクラスは最高の成績で夏休みを迎えられそうだよ!」

 

 一之瀬が、弾けるような笑顔で笑う。

 

「ああ。藍染、椎名。……お前たち二人がBクラスにいてくれて、本当に良かったと心から思っている」

 

 神崎が、真剣な瞳で私とひよりに頭を下げた。

 

「ふふっ、ありがとうございます、神崎くん。……ね、惣右介くん」

 

「――フッ。……狂い咲く花々に、少しばかりの水をくれてやっただけのことさ」

 

(訳:俺も、みんなと同じクラスになれて本当に良かったよ!)

 

 無人島の空は、どこまでも高く青く澄み渡っている。

 明日はいよいよ、全ての結果が明らかになる『七日目』。

 

 他クラスの思惑が激突し、裏切りと絶望が渦巻くであろうその運命の日を……我らがBクラスだけは、まるで遠足の帰りを待つ子供のような、絶対的な安心感とワクワク感に包まれながら迎えるのであった。

 

 

 

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