いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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二十六話

 特別試験、七日目。最終日。

 無人島での過酷な一週間のサバイバル生活を終えた私たち一年生は、支給されたテントや備品を片付け、拠点周辺を完璧に清掃した後、初日に上陸した砂浜へと集結していた。

 

 じりじりと肌を焼く太陽の下、整列した生徒たちの顔には、深い疲労と、ようやくこの地獄から解放されるという安堵が入り交じっていた。砂浜の桟橋には、既にリタイアした生徒たちを乗せた超豪華客船が接岸しており、私たちが島から帰還するのを静かに待っている。

 

 各クラスが、他クラスの『リーダー』の名前を書き込む最終点呼の時間。

 我がBクラスのリーダーである姫野ユキは、私の助言を受け、確信を持ってこう記した。

 

【Aクラス:戸塚弥彦】

【Cクラス:龍園翔】

【Dクラス:指名なし】

 

(よし、完璧だ。Aクラスの拠点を確認して、戸塚がリタイアせずに残ってることも確認できた。龍園が『ゼロポイント作戦』で一人だけ森に潜んでることも把握できてる。……これなら間違いなくうちのクラスの勝利だな!)

 

 私が悠然と砂浜に佇んでいると、不意に、周囲の生徒たちがざわめき始めた。森の奥、鬱蒼と茂る木々の隙間から、一人の男がゆっくりと姿を現したのだ。

 

 全身は泥と土に汚れ、制服は薄汚れ、髪も乱れている。しかし、その蛇のような瞳だけは、獲物を前にした捕食者のごとく凶悪な光を失っていない男――Cクラスのリーダー、龍園翔だ。

 

「り、龍園!? お前、ずっと島に残ってたのかよ!」

 

「Cクラスはポイント使い切って、全員リタイアして船に帰ったんじゃなかったのか!?」

 

 他クラスの生徒たちが、幽霊でも見たかのように驚愕の声を上げる。

 

 しかし、龍園はそれらの反応を鼻で笑い、自信満々に不敵な笑みを浮かべていた。彼にしてみれば、完璧な「無人潜伏」による他クラスの出し抜きに成功した瞬間なのだ。彼もまた、スパイからの情報を元に、AクラスとDクラスのリーダーを完璧に射抜いたと確信しているのだろう。

 

 やがて、砂浜に設置されたスピーカーから、学年主任である真島先生の冷徹な声が響き渡った。

 

『――これより、特別試験の結果を発表する。各クラスの、最終的なサバイバルポイント(SP)は以下の通りだ』

 

 波の音だけが響く中、全生徒が息を呑んでスピーカーを見上げた。

 

【特別試験・最終結果】

• Aクラス: 70 SP

• Bクラス: 325 SP

• Cクラス: 0 SP

• Dクラス: 225 SP

 

【最新クラスポイント(一学期末時点 ⇒ 試験結果加算後)】

• Aクラス: 1004 ⇒ 1074 CP

• Bクラス: 732 ⇒ 1057 CP

• Cクラス: 458 ⇒ 458 CP

• Dクラス: 37 ⇒ 262 CP

 

「…………0、だと……?」

 

 結果が告げられた瞬間。

 龍園翔の顔から、不敵な笑みが完全に消え失せた。

 大きく見開かれた両目。ギリッと強く噛み締められた奥歯。

 たった今までの圧倒的な勝者のオーラは霧散し、彼の口からは、理解不能な事態に対する困惑と、静かな怒りだけが漏れ出た。

 

 彼にしてみれば、完璧な「無人潜伏」だったはずだ。どこから情報が漏れたのか、なぜ自分がリーダーだとバレているのか、全く理解できないのだろう。しかし、彼は気づいていなかった。森の奥底に残したその僅かな足跡を、魔王の眼が確かに捉えていたことに。

 

 一方、Aクラスでも激震が走っていた。

 

「葛城! リーダーを戸塚に任せるという策が漏れていたというのか! この失態、どう責任を取るつもりだ!」

 

「これではBクラスに追いつかれるのも時間の問題ではないか!」

 

 坂柳派の生徒たちが、顔を真っ赤にして葛城を責め立てている。葛城は腕を組み、沈痛な面持ちで黙り込むしかなかった。

 

 そして。

 他クラスが阿鼻叫喚と絶望に包まれる中、我がBクラスの陣地では、爆発するような歓喜の渦が巻き起こっていた。

 

「やったぁぁぁ!! 325ポイント!! Bクラス、ダントツの大勝利だよ!!」

 

「うおおおおお!! マジかよ! すげえ! 俺たち、Aクラスに肉薄してるぞ!!」

 

 柴田が涙目で天を仰ぎ、両手で力強くガッツポーズを取る。

 網倉と白波は「やったー! 頑張ってよかったね!」と手を取り合ってピョンピョンと跳ね回っている。

 神崎も、普段の冷静さを投げ捨てて、心底嬉しそうにフッと口角を上げた。

 

「藍染! お前、マジですげえよ! 戸塚も龍園も、お前の完璧な予言通りじゃねえか!!」

 

「ああ。藍染の圧倒的な洞察力がなければ、俺たちはCクラスの狡猾な策に溺れ、出し抜かれていたかもしれない。……本当に感謝する、藍染」

 

 柴田が私の背中をバンバンと叩き、神崎が深く頭を下げてくる。

 そして、クラスの誰一人欠けさせまいと一週間奔走し続けた一之瀬帆波が、感極まった様子でひよりの手を引きながら、こちらへと駆け寄ってきた。

 

「ひよりちゃん! 藍染くん! やったね、私たちの勝ちだよ!」

 

 太陽のような眩しい笑顔。彼女の大きな瞳には、安堵と達成感の涙がキラキラと浮かんでいた。

 

「――勝利という名の美酒は、泥に塗れながらも歩みを止めなかった者たちだけが啜ることを許される。……君たちが紡いだ不屈の軌跡に、今はただ最大の賛辞を贈ろう」

 

(訳:一之瀬さんたちの頑張りのおかげだよ! 本当にお疲れ様!)

 

「『この勝利は、泥だらけになっても決して諦めなかった皆さんのおかげです。本当にお疲れ様でした』、と仰っています』」

 

「うんっ! でも、裏でずっとみんなを支えてくれた藍染くんと、ひよりちゃんがいてくれたからだよ! 私一人じゃ、絶対にこんな最高の結果にはならなかった……! 本当に、本当にありがとう!」

 

 一之瀬は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、何度も何度もお礼を言ってくれた。

 

 クラス中が勝利の熱狂に包まれ、互いの健闘を称え合っている。

 私はその光景を静かに眺め、ほのかに心の端が温かくなるのを感じていた。

 

(……ぼっちだった俺が、今、この騒がしくて温かい歓喜の輪の中にいる。……なんて最高な気分だ。みんなのこの笑顔を守るためなら、俺はどんなチートでも使ってやるさ)

 

 私は内心で強く感動しながらも、外見上は決して表情を崩さず、いつも通りの魔王の風格で、隣で微笑む銀髪の親友へと声をかけた。

 

「――フッ。……喧騒は王に相応しくないが。……ひより。君もあの無邪気な戯れに混ざるといい。……勝利の余韻という名の雫を、その身に浴びる権利が君にはある」

 

(訳:一之瀬さんたちが呼んでるよ。ひより、俺はここで見てるから、みんなのところに行って一緒に喜んできなよ!)

 

「ふふっ。では、少しだけお邪魔してきますね」

 

 ひよりは私の言葉を完璧に受け取り、嬉しそうに頷いて、一之瀬たちの輪へと入っていった。

 

 その温かい光景を、少し離れたDクラスの陣地から見ていた綾小路清隆が、無感情な瞳で私に視線を向けていた。

 

(……さすがは惣右介だな。あいつもオレと同じく、AクラスとCクラスのリーダーを見抜いていたということか)

 

 綾小路の脳内で、この一週間の盤面が高速で逆算されていく。

 

(Cクラスのリーダーが龍園だと当てたのは、奴の『ゼロポイント作戦』の本質を見抜き、自ら島に残っていると一足飛びに予想したからだ。惣右介も、龍園のあの豪遊から俺と同じ結論に辿り着いたのだろう)

 

(そしてAクラス。オレは探索中、偶然あの洞窟から葛城と戸塚が出てくるのを見た。慎重な葛城が自らリーダーとなって前線に出るリスクを冒すはずがない。功を焦った戸塚が占有の操作をしたのだろうと推測できた。だが……惣右介は違った)

 

 綾小路は、初日の洞窟での光景を思い出していた。

 

(オレは森の陰から見ていた。あの二人が立ち去った直後、惣右介が木の上から降りてきて、洞窟の中を覗き込むのを。あいつは偶然見つけたのではない。最初から『洞窟という最高のスポットをどこかのクラスが必ず占有しに来る』と予測し、誰よりも早くあの場所で待ち伏せていたのだ)

 

(DクラスとBクラスの100ポイントの差。それは、初日で勝手にリタイアした高円寺と、Cクラスのスパイにわざとリーダーの情報を盗ませた上で、体調不良を利用してリタイアさせてリーダーを変更した堀北……計2名分のマイナス60ポイントと、単純なクラスの団結力の違いによる節約の差だ)

 

 綾小路は、歓喜の輪から少し離れて悠然と佇む私の姿を、静かに分析する。

 

(……それにしても。これまでの惣右介の動きを見ても、オレを退学に追い込もうとする素振りは一切ない。やはり、あいつがオレを連れ戻すために送られた『ホワイトルームからの刺客』という可能性は低そうだな)

 

(時々あいつの部屋に呼び出されることがあるが、決まって美味い飯を振る舞われ、ゲームに付き合わされるだけだ。あいつが何を考えてそんな真似をしているのか、その真意は全く読めない。だが、誘いを断れば裏で何を仕掛けてくるか分からない以上、大人しく応じるしかない。おそらく、あのゲームを通じた反応速度の確認や、食事中の何気ない会話すらも、オレの能力の底や心理状態を測るための巧妙な『テスト』なのだろう。)

 

(依然として、真の目的が分からない。なぜあれほど他を圧倒する能力を持ちながら、今のクラスの枠組みで平穏を保とうとしているのか。……油断はできない。引き続き警戒は続けるべきだ)

 

 綾小路の深い警戒と分析の視線を背中で受けながら、私は既に「次の楽しみ」へと意識を向けていた。

 

 

 豪華客船に戻り、一週間ぶりの温かいシャワーを浴びる。

 熱いお湯が、体に染み付いた泥と汗、そして無人島での張り詰めた緊張感を洗い流していく。

 

 清潔でふかふかのタオルで髪を拭き、少しだけお洒落な私服に袖を通すと、ようやく「地獄のサバイバル」が終わったのだと実感が湧いてきた。

 

(……さて。ここから、俺の夏休みが本当の意味で始まるぞ)

 

 向かう先は、船内の最上階にある展望カフェ。

 

 無人島の間、大親友であるひよりとの読書タイムも満足に取れなかった。俺の魂は今、活字のインクの匂いと、美味しい紅茶、そして何よりも……彼女の穏やかな横顔を猛烈に求めているのだ。

 

 エレベーターを降り、ガラス張りの美しいカフェへと足を踏み入れる。

 

「惣右介くん、お待ちしてました」

 

 ひよりが、パタンと本を閉じて微笑んだ。

 彼女は、以前ケヤキモールで一緒に選んだ『純白のサマードレス』に身を包んでいた。無人島での土に汚れたジャージ姿から一変、清潔感に溢れ、洗練されたお嬢様のような佇まい。光を透かして輝く銀髪が、上品なティーカップの横で揺れている。

 

(か、可愛い……! 天使が船の上に降臨している!! この一週間の疲れが、今のひよりの笑顔だけで一瞬で吹っ飛んだぞ!!)

 

 私は内心で特大のスタンディングオベーションを送りながら、極めて優雅な足取りで彼女の向かいの席に腰を下ろした。

 

「――待ちわびたかな。だが、私を待つその佇まいすらも、一枚の完璧な絵画のように美しい。その淀みなき純白の装い……私の瞳を悦ばせるには、十分すぎるほどだ」

 

(訳:待たせてごめん! ひより、その白い服すごく似合ってるね!)

 

「ふふっ。ありがとうございます。惣右介くんの私服姿も、とても素敵ですよ」

 

 ひよりは私のオサレポエムを完璧に意訳し、ほんのりと頬を染めながら紅茶のメニューを開いた。

 

 ウェイターを呼び、私はダージリンを、ひよりはアールグレイと小さなシフォンケーキを注文する。 

 

 窓の外には、夕日に赤く染まりながら遠ざかっていく無人島と、どこまでも広がる大海原が見えた。 

 

「……無人島での生活、大変でしたけど、終わってみればとても楽しかったですね」

 

 ひよりが、届いたアールグレイの香りを楽しみながら、ふと呟いた。

 

「帆波ちゃんや、クラスのみんなと協力してご飯を作ったり、テントで眠ったり。……私、今まであんな風に、同世代の友達とアウトドアを楽しんだ経験がなかったので」

 

「――ああ。……温室で守られた花より、雨風に耐えて咲く野花の方が、時に鮮烈な記憶を刻むものだ。……君の瞳に、この一週間が美しい光として残ったのなら、何よりだ」

 

(訳:俺もだよ。サバイバルは大変だったけど、みんなでワイワイできて本当に楽しかったね)

 

「はい。……でも、私が一番楽しかったのは」 

 

 ひよりは、ティーカップをソーサーに置き、その大きな瞳で私を真っ直ぐに見つめた。

 

「こうして、惣右介くんと一緒に、同じ景色を見られたことです」

 

「――――ッ!!」

 

 私の心臓が、本日最大の警鐘を鳴らした。

 

「惣右介くんがいてくれたから、私は何も不安に思うことなく、この一週間を過ごすことができました。……いつも私を助けてくれて、本当にありがとうございます」

 

 ひよりの、一切の飾りのない、感謝の言葉。

 彼女にとっては、私という存在が『最も信頼できる親友』だからこそ出る、心からの言葉なのだ。その真っ直ぐな想いが、私の胸の奥をじんわりと、だが強烈に温めていく。 

 

(……やばい。泣きそうだ。ひよりと同じクラスになるために2000万ポイント払ったのは、俺の人生で最高の投資だったな)

 

 私は、こみ上げてくる感情を必死に抑え込み、カップを持ち上げて極上の笑みを浮かべた。

 

「――王の責務は、自らの庭を美しく保つことだ。……君という白き花が、無粋な泥に汚れることなど、私が許すはずがないだろう?」

 

(訳:俺の方こそ、いつもありがとう。ひよりが楽しんでくれたなら、俺もすごく嬉しいよ)

 

「……さあ、無粋な回顧録はここまでにして、始めようか。誰にも邪魔されぬ、我々だけの真理の探求を」

 

(訳:さあ、無人島の話はこれくらいにして、ゆっくり本を読もうか!)

 

「ふふっ、そうですね。……では、こちらを」

 

 ひよりが、テーブルの上に何冊かのミステリー小説を並べた。

 

「惣右介くんに読んでいただきたい本、たくさん持ってきちゃいました」

 

「――望むところだ。その謎の深淵、全て私が暴き出してみせよう」

 

(訳:やった! いっぱい読もうね!)

 

 夕日に輝く海原を進む豪華客船のカフェで。

 私は、この世界で一番大切で、唯一無二の親友である少女と共に。

 波の音とページをめくる音だけが響く、最高に贅沢で甘やかな時間を、いつまでも心ゆくまで堪能するのであった。

 

 

 

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