いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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二十八話

サバイバル試験の熱狂と勝利の余韻に包まれた、船上バカンスの翌日。

私たち一年生の端末に、学校側から一斉に一通のメールが届いた。

 

『これより、夏季グループ別特別試験の開催を通達する』

 

 その文面に、船内の浮かれた空気は一瞬にして凍りついた。

 無人島試験が終わったばかりだというのに、休む間もなく次の特別試験が開始されるというのだ。

 

 メールには、試験の複雑なルールが詳細に記載されていた。

 

【夏季グループ別特別試験・基本ルール】

 

・試験開始当日午前8時に、全生徒へ一斉にメールが送られる。

・『優待者』に選ばれた生徒には、優待者に選ばれた事も記載されている。

・試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(途中に1日の完全自由日を挟む)。

・生徒は干支になぞらえた12のグループに分けられる。1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり、1時間の話し合いを行うこと。話し合いの内容はグループの自主性に委ねる。

・試験の解答は自身の携帯電話から所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける。1人1回までとする。

・『優待者』自身には、答えを送る権利が無い。

・自身が配属された干支グループ以外への解答は全て無効とする。

・試験結果の詳細は最終日の11時に全生徒にメールで通知する。

 

【結果に関するルール】

・結果1:グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員に50万プライベートポイントが支給される。優待者と同じクラスの生徒もそれぞれ同様のポイントを得る。優待者自身には100万プライベートポイントが支給される。

 

・結果2:優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者に50万プライベートポイントが支給される。

 

・結果3:優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合、試験はその時点で終了。正解者に50万プライベートポイント。また正解者の所属クラスは50クラスポイント得る。優待者の所属クラスは50クラスポイント失う。

 

・結果4:優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合、試験はその時点で終了。答えを間違えた生徒が所属するクラスは50クラスポイント失う。優待者に50万プライベートポイント。また優待者の所属クラスは50クラスポイント得る。

 

(……なるほど。無人島が『肉体的なサバイバル』なら、今回は完全に『心理戦と思考力』を問う試験というわけか)

 

 私はメールを読み終え、一つ息を吐いた。

 私の所属するグループは『辰』グループ。Bクラスからは私の他に、神崎隆二と津辺仁美が同じグループに割り振られていた。

 

 夕方。私たちはグループごとに時間が分けられ、さらにクラスごとに別の部屋へと集められていた。

 

 試験の公平性を保つためか、私たちの説明を担当したのは、Bクラス担任の星之宮先生ではなく、Cクラス担任の坂上先生だった。

 

「なお、グループ分けや優待者の選出については、学校側で『厳正な調整の結果』行われている」

 

 無機質に告げられたその一言を、私の耳は逃さなかった。

 

 坂上先生からの質疑応答が終わると、私たちは解散となった。

 

「藍染くん、神崎くん、ちょっといいかな?」

 

 説明会が終わり、廊下に出たところで、一之瀬とひよりが私たちを呼び止めた。

 

「場所を変えよう。この試験、どう動くべきか四人で擦り合わせをしておきたい」

 

「ああ、構わないよ」

 

 私たちは船内の人気のないラウンジへと移動し、四人での極秘の作戦会議を開いた。

 

「ルールの確認だけど……この試験の最大の肝は、結果3と結果4だね」

 

 一之瀬が、タブレットにルールの画面を表示しながら口火を切る。

 

「試験終了を待たずに他クラスの優待者を当てれば、クラスポイントが50もらえる。逆に間違えれば50失う。無人島でのリーダー当てと同じような仕組みだけど……今回はグループごとに分かれている分、情報戦がより複雑になるね」

 

「そうだな。だが、今回は無人島の時ほど分かりやすい痕跡はない。話し合いの中で、誰が優待者なのかを探り当てるのは至難の業だ」

 

 神崎が腕を組んで険しい顔をする。

 

(……いや、そんなことはない。さっき坂上先生が言った『厳正な調整の結果』という言葉。あれが全ての鍵だ)

 

 私は、極めて論理的な推論を組み上げ、オサレに前髪をかき上げた。

 

「――神がサイコロを振らないように、この悪意に満ちた箱庭にも必ず『規則性』が存在する。……『厳正な調整』という言葉の裏に隠された作意。……散らばった星屑をかき集め、見えざる星座を描き出すことだ」

 

(訳:優待者はランダムに選ばれてるわけじゃない。厳正な調整の結果って言ってたから、絶対に法則があるはずだよ。公平性を保つなら、優待者は各クラスに3人ずつ割り振られているはずだ。まずはBクラス内の優待者を全員把握しよう)

 

 私の圧倒的に抽象的で、銀河規模に壮大なポエム。

 一之瀬が「星屑……?」と首を傾げる中、隣の親友がにっこりと微笑んで口を開いた。

 

「『この学校の試験である以上、優待者の選出はランダムではなく、必ず法則が存在するはずです。厳正な調整と言っていたことからも間違いありません。そして公平性を保つために、優待者は各クラス3人ずつになっている可能性が高いです。まずはすぐに、Bクラス内で誰が優待者に選ばれたのかを把握しましょう』とのことです」

 

「なるほど! 確かに、各クラスから3人ずつなら合計12人で、12グループの優待者の数とピッタリ合うね!」

 

 一之瀬がポンッと手を打ち、すぐに自身の端末を取り出した。

 

「すぐにクラスのグループチャットで、優待者に選ばれた人は私に個別に教えてほしいって連絡してみるよ!」

 

 一之瀬帆波という圧倒的な『人徳』を持つリーダーのおかげで、情報はすぐに集まった。

 

 ほんの数分後、一之瀬の携帯に三人のクラスメイトから「自分が優待者だ」という申告が届いたのだ。

 

「えっと、Bクラスの優待者は……申グループ、巳グループ、戌グループに割り振られた三人だったよ。本当に藍染くんの言う通り、各クラス3人だったね!」

「よし、これで三つの星屑が揃った。……だが」

 

 神崎が、三人の名前と干支のグループ名をノートに書き出し、眉間に皺を寄せた。

 

「これだけでは、星座は描けないな。規則性が見当たらない」

 

「うーん……やっぱり、3人だけの情報じゃ法則を見つけるのは難しいね」

 

 一之瀬も困ったようにため息をついた。

 

(……当然だ。法則の全体像を掴むには、サンプルの数が足りなすぎる。最低でももう一つのクラス、つまりさらに3人分の優待者の情報が必要不可欠だ)

 

 私の『藍染スペック』が弾き出した最適解。

 それは、この学年で最も厄介で、最も危険な男との『結託』だった。

 

「――天を目指すのならば、時に泥に塗れた毒蛇と手を結ぶことも厭うな。……猛毒を以て盤面を完全に掌握し、見えざる玉座へと至る階段を組み上げるのだ」

 

(訳:ここで一気にAクラスに勝ちに行くなら、龍園の率いるCクラスと組んで情報を共有しよう)

 

「『ここで一気にポイントを稼いでAクラスに勝ちに行くのなら、龍園くんのCクラスと手を組み、互いの優待者の情報を共有しましょう』と仰っています」

 

「「……龍園(くん)と!?」」

 

 ひよりの翻訳を聞き、一之瀬と神崎が同時に驚きの声を上げた。二人の顔には、明確な警戒と渋い色が浮かんでいる。

 

「待ってくれ藍染。あの男は無人島で常軌を逸した策を使ってきた奴だ。そんな男と協力関係を結ぶなんて、リスクが高すぎる!」

 

「私も……龍園くんが素直に協力してくれるとは、ちょっと思えないかな……」

 

 難色を示す二人に対し、ひよりが静かに、しかし理路整然と補足を入れた。

 

「ですが、現状でクラス内の優待者を完全に把握できるのは、帆波ちゃんの『人徳』で一つにまとまっている私たちのBクラスと……『恐怖』でクラスを完全に支配している龍園くんのCクラスだけだと思います。半数の6人分の情報があれば、確実に法則は見つけられるはずです」

 

 ひよりの鋭い指摘に、神崎がハッとする。

 Dクラスはまとまりがなく、Aクラスは葛城派と坂柳派で真っ二つに割れている。優待者の情報をクラス単位で一つに集約できるのは、BとCだけなのだ。

 

「……確かに、椎名の言う通りだ。だが、あいつなら俺たちの情報を得た途端に裏切り、平気で我々を結果3で沈めに来るぞ」

 

(神崎の懸念はもっともだ。だが、龍園のような男を縛る方法なんて、いくらでもある)

 

「――蛇の牙を抜くのは容易いことだ。……逃れられぬ呪縛、『絶対の契約』という名の首輪を、その首深くに刻み込めばいい」

 

(訳:裏切れないように、退学とかの重いペナルティを課した契約で縛ればいいんだよ!)

 

「『裏切ることができないように、ペナルティを伴う強力な契約を結べば問題ありません』とのことです」

 

「強力な契約……。そうだね、私たちにはAクラスの背中がすぐ目の前まで見えてる。ここで立ち止まるわけにはいかないよ」

 

 一之瀬の瞳に、強い決意の光が宿った。

 

「分かった。龍園くんに交渉を持ちかけてみる。……でも、龍園くんの連絡先なんて誰も知らないよね?」

 

「なら、Dクラスの櫛田さんに聞いてみましょう。彼女なら、学年のほぼ全員と連絡先を交換しているはずですから」

 

 ひよりの提案により、一之瀬はすぐに櫛田桔梗へと連絡を取り、難なく龍園の連絡先を入手することに成功した。

 

 そして。

 一之瀬は龍園へメッセージを送り、このラウンジへと彼を呼び出したのだった。

 

 十分後。

 ラウンジの入り口に、ポケットに両手を突っ込んだ龍園翔が、不敵な笑みを浮かべながら姿を現した。

 

「ククク……何の用だ? Bクラスの優等生どもが、揃いも揃って俺をご指名とはな」

 

 龍園は私たちの向かいのソファにドカッと腰を下ろし、挑発的な視線で一之瀬、神崎、ひより、そして私を順番に舐め回した。

 

「龍園くん、来てくれてありがとう。……単刀直入に言うね。この特別試験、私たちBクラスとCクラスで手を組んで、優待者の法則を見つけ出さない?」

 

 一之瀬が、真っ直ぐに龍園を見据えて提案する。

 

「クハハハハ!」

 

 龍園は、腹を抱えて笑い出した。

 

「お前らみたいな偽善者の優等生が、この俺に協力を持ちかけるとはな。……いいぜ、話くらいは聞いてやるよ」

 

 龍園は足を組み、蛇のような瞳を細めながら、私とひよりの方へと視線を向けた。

 

「だがな。お前らのクラスと俺たちのクラスは、無人島の結果ですでにかなりの差が開いてる。それに……そこの、副会長様のせいでうちのクラスの人間が引き抜かれてるからな」

 

 現在のクラスポイントは、Bクラスが圧倒的にリードし、Cクラスとの差は絶望的だ。さらに龍園は、かつてCクラスの戦力となるはずだったひよりを、私が2000万ポイントでBクラスへ移籍させたことへの恨み節を明確に口にした。

 

「もし互いに情報を共有して、AクラスとDクラスの優待者を当て合ったとしても、得られるポイントは同じだ。それじゃあ、いつまで経っても俺たちはBクラスに追いつけねえ。……公平な条件での契約なら、結ぶ気にはなれねえな」

 

「っ……貴様! 情報を共有するという対等の条件で、さらにこちらに譲歩しろと言うのか!」 

 

 神崎が、テーブルをバンッと叩いて怒りを露わにする。

 

(……まあ、そうなるよな。龍園の立場なら、ただ法則を見つけるだけではメリットが薄い。BクラスとCクラスが共に勝利しても、元の差が縮まらないなら絶対にこの交渉には乗ってこない。ひよりの件で貸しがあると言わんばかりの態度だ)

 

 私は、脳内で高速の演算を始めた。

 

(現状、AクラスとDクラスの優待者を全て当てると、その二クラスはマイナス150、BクラスとCクラスはプラス150になる。そしてお互いの優待者が残るわけだが、これを当て合えばBとC共にプラス150のまま終えることができる。……だが、これでは差は縮まらない)

 

(ならば……一つだけ、Cクラスの優待者をBクラスが『わざと外して間違える』。そうすれば、最終的なクラスポイントの利益は……Bクラスがプラス100、Cクラスがプラス200だ)

 

(だが、それだけでは我がBクラスの旨味が少なすぎる。ここで得られる個人報酬の『プライベートポイント』……これを、クラスポイントを譲る代わりに均等に300万ずつ折半させる。……よし、この落とし所なら、龍園も食いつくはずだ)

 

 私は、神崎の怒りを静かに手で制し、極めて傲慢な笑みを浮かべて龍園を見下ろした。

 

「――貪欲なる獣の首に鎖を巻くには、それ相応の極上の肉が必要だということか。……よかろう。ならば、我々の血肉を少しばかり分け与え、共に天を喰らおうじゃないか」

 

(訳:分かった。じゃあ、Bクラスがクラスポイントを少し損する条件で契約しよう)

 

「――他者の玉座を喰らい尽くした後。……我々が君たちの喉笛をあえて『誤って』噛み砕くことで、君たちにさらなる力を与えよう。……我々が百の光を得る代わりに、君たちには二百の光を約束する」

 

(訳:AクラスとDクラスの優待者を互いに当ててプラス150ずつもらった後、BクラスとCクラスで優待者を当て合い、Bクラスが一つだけCクラスの優待者をわざと間違えて解答するよ。そうすれば、最終的にクラスポイントはBクラスがプラス100、Cクラスがプラス200になる)

 

「――だが、天より降り注ぐ『黄金の雨』は、等しく我らの渇きを潤すものとしよう。……光を譲る代償として、黄金は半分ずつ分け合うのだ」

 

(訳:その代わり、試験の報酬で手に入るプライベートポイントは両クラスで均等に300万ポイントずつ折半しよう。これでどう?)

 

 私の圧倒的にオサレで、かつ複雑極まりない譲歩ポエム。

 龍園は「……あァ? 何言ってんだてめぇ?」と完全に眉を顰め、一之瀬も「黄金の雨……?」と困惑している。

 

 そんな中、大親友の大天使が、完璧な日本語訳をラウンジに響かせた。

 

「『それでは、Bクラスが少し譲歩する条件で契約を結びましょう。法則を見つけ出し、AクラスとDクラスの優待者を互いに当ててクラスポイントをプラス150ずつ得た後……BクラスとCクラスで優待者を当て合う。そして、Bクラスの生徒が一人、Cクラスの優待者に対してわざと不正解の解答を送信します。これにより最終的なクラスポイントの利益はBクラスがプラス100、Cクラスがプラス200となります』」

 

 ひよりはそこで一度言葉を区切り、凛とした声で続けた。

 

「『その代わり、この試験で得られる報酬のプライベートポイントについては、クラスポイントを譲歩する対価として、両クラスで均等に300万ポイントずつ分け合う形にします。……この条件でいかがですか』とのことです」

 

「…………ほう?」

 

 ひよりの完璧な翻訳を聞いた瞬間、龍園の瞳に、ギラリと強い興味の光が宿った。

 

「わざと間違えて俺たちにクラスポイントを献上する代わりに、プライベートポイントの取り分は対等にしろってか。……ククク、いいだろう。その条件なら、協力してやってもいいぜ」

 

「待て! なぜ我々が自ら血を流し、Cクラスにポイントを譲る必要がある! 契約は等しき天秤の上で結ばれるべきだ!」

 

 神崎が、たまらず抗議する。

 

(……また少しオサレに感化されているが、今はツッコんでいる暇はない)

 

「神崎くん、落ち着いて」

 

 一之瀬が、静かに、しかし力強い声で神崎を諌めた。

 

「藍染くんの提案は理に適ってるよ。この条件じゃないと、龍園くんは契約を結んでくれない。それに、私たちがプラス100を得られれば、確実にAクラスに昇格できるの。それに加えて300万のプライベートポイントが確約されるなら、クラスにとってこれ以上ない強力な盾になる。Cクラスとはもともと差があるし、ここは確実にAクラスの座を奪いに行くべきだよ」

 

 一之瀬の冷静な判断に、神崎はギリッと唇を噛み締めながらも、「……分かった。一之瀬と藍染がそう言うなら、従おう」と引き下がった。

 

(よし。これで交渉は成立だ。あとは、裏切りを防ぐための『絶対の首輪』をつけるだけだ)

 

「――契約は結ばれた。……だが、口約束など風に吹かれれば消える塵に過ぎない。……破れば己の命そのものが消し飛ぶほどの、絶対的な呪縛を刻もうか」

 

(訳:じゃあ、裏切ったら退学になるっていう契約書を作ろうか)

 

「『契約の保証として、違反した場合は自主退学するというペナルティを設けた誓約書を作成しましょう』と仰っています」

 

「ククッ……上等だ。俺と一之瀬の首を懸けた契約ってことだな。面白いぜ」

 

 龍園は悪びれる様子もなく、不敵に笑って同意した。

 

 こうして。

 互いのリーダーである一之瀬帆波と龍園翔の『自主退学』を懸けた、BクラスとCクラスによる極秘同盟が、夕暮れのラウンジで静かに締結されたのであった。

 

 

 

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