いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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二十九話

 船内のラウンジは、完全な静寂に包まれていた。

 互いのリーダーの『自主退学』を懸けた極秘の不可侵条約が結ばれた直後。

 一之瀬が優待者3名の名前を提示し、龍園もまた、自クラスの優待者3名の名前をテーブルの上に並べた。

 

 全グループの各クラスの氏名のリスト。

 私はそれを一瞥し、脳内の『藍染スペック』による超高速演算を走らせた。

 あらゆる要素を、十二支という枠組みに当てはめていく。

 

(……見えた。うちのクラスの優待者3人の情報だけでも、いくつか該当しそうな法則の仮説は立てられていた。だが、サンプル数がたった3つじゃ、偶然の一致や他のダミーの法則の可能性を完全に排除しきれなかったんだよな。

 だが、これで全12グループのうち、半数である6グループの優待者が判明した。ここまでサンプルが揃えば話は別だ。いくつかあった法則の候補が完全に一つに絞り込める)

 

 私はゆっくりと息を吐き、ソファの背もたれに深く寄りかかりながら、オサレに前髪を優雅にかき上げた。

 

「――神の書いた戯曲は、ひどく単調で退屈だ。……そこに一切の美学はない」

 

 私のその言葉に、一之瀬と神崎がハッとして顔を上げ、龍園が蛇のような目を細めた。

 

「――獣の歩みと、音の連なり。……ただそれだけのこと。すでにこの盤面は、私の手の内にある」

 

(訳:法則が分かったよ。十二支の順番が、そのまま各グループ内の名字の五十音順になってるんだ)

 

 圧倒的な強者のオーラを放ちながらのポエム。

 その真意を誰よりも早く、そして正確に理解した隣の大親友が、パァッと顔を輝かせた。

 

「なるほどっ! 優待者の法則は、十二支の順番=名字の五十音順ということですっ! さすがは惣右介くんですっ! これなら、この6人全員が完璧に当てはまります!」

 

 ひよりの弾むような翻訳と歓喜の声に、一之瀬たちが慌ててリストと名簿を見比べる。

 

 子(1)ならグループ内で名字が一番早い生徒。丑(2)なら二番目。……その法則に照らし合わせると、見事に6人全員の条件が合致していた。

 

「本当だ……! グループ内で五十音順に並べた時、全員が自分の干支の順番と一致してる……!」

 

 一之瀬が、信じられないものを見るように口元を押さえた。

 

「すごいよ藍染くん! リストを見て、ほんの一瞬で気づくなんて!」

 

「ああ。これなら他クラスの優待者も、全て特定できる。……完璧だ」

 

 神崎も、興奮を隠しきれない様子で拳を握りしめた。

 

「ククク……なるほどな。獣と音、か」

 

 龍園は喉の奥で低く笑い、面白そうに私を見つめてきた。

 

「てめえのそのふざけた言い回しは気に食わねえが……頭の回転は本物らしいな。いいぜ、法則さえ分かればこっちのものだ。あとは約束通り、指定の時間に動くまでだ」

 

 こうして、試験開始前夜にして、私たちB・Cクラスの同盟は、この特別試験の『完全な解答』を手に入れたのである。

 

 

 

 翌日。夏季グループ別特別試験、初日。

 指定された時刻に、私は神崎、津辺と共に『辰』グループの話し合いが行われる部屋へと向かった。

 

 部屋には、Aクラスの葛城康平や、Dクラスの堀北鈴音を始めとする14人のメンバーが円卓を囲むように座っている。

 

「時間だ。話し合いを始めよう」

 

 静寂を破ったのは、Aクラスのリーダー格である葛城だった。彼は腕を組み、厳格な表情で周囲を見渡した。

 

「この試験は、無闇に探り合いをすれば自滅を招く。……ゆえに、Aクラスの総意として提案する。全グループで誰も解答を送信せず、全員で沈黙を貫き『結果2』を狙うべきだ」

 

 葛城の堅実すぎる提案。

 一切のリスクを排除し、他クラスにポイントを渡さないための防御策だ。

 

「……冗談でしょう。それはつまり、最初からAクラスは勝利を放棄し、逃げに徹するという敗北宣言かしら」

 

 その提案に即座に噛みついたのは、Dクラスの堀北鈴音だった。

 

「私たちはクラスポイントを稼ぐためにここにいるのよ。そんな卑怯で消極的な提案に乗るつもりはないわ」

 

「卑怯ではない、合理だ。この中で裏切り者が出れば、全員が破滅するだけだぞ」

 

「それはあなたが、他者と対等に渡り合う自信がないからでしょう?」

 

 火花を散らす葛城と堀北。

 しかし、そんな彼らの白熱した議論を、私は、どこか遠い世界の出来事のようにのんびりと眺めていた。

 

(……ふふふ。葛城の堅実さは評価するし、堀北の好戦的な態度も立派だ。……だが、もう答えは俺たちの手の中にある)

 

 私は内心で優越感に浸りながらも、外見上は決して表情を崩さず、ただ静かに、オサレに腕を組んで目を閉じていた。

 

 神崎もまた、すでに勝利が確定している者の余裕から、微かに口角を上げながら静観している。同じく法則を知るCクラスの生徒も、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 

 そして、一回目の話し合いが終わり、各自が自由行動となる時間が訪れた。

 

(……さて、チェックメイトだ)

 

 私と龍園が事前に取り決めた『指定の時刻』。

 BクラスとCクラスの生徒たちは、各自の携帯電話を取り出し、一斉に学校の指定アドレスへと『解答』を送信した。

 

 数分後。

 船内でくつろいでいた全生徒の携帯電話から、一斉に着信音が鳴り響いた。

 

『――たった今、全てのグループにおいて解答が送信されたため、夏季グループ別特別試験をこれにて終了とする』

 

「……なっ!?」

 

 船内のあちこちから、AクラスとDクラスの生徒たちの驚愕と困惑の悲鳴が上がった。

 

「ど、どういうことだ!? まだ初日の話し合いが一度終わっただけだぞ!」

 

「誰が解答したんだ!? まだ何も分かっていないのに!」

 

 葛城や堀北を始め、何も知らない生徒たちは完全に混乱に陥っていた。

 

その騒ぎから少し離れたラウンジの窓際で、Dクラスの綾小路清隆は、無感情な瞳で携帯電話の画面を見つめていた。

 

(……完全にやられたな)

 

 綾小路の脳内で、この理不尽な試験終了の理由が瞬時に組み上げられていく。

 

(たった一度の話し合いで、全グループの試験が終了。偶然や勘で当てられる確率ではない。……惣右介が、動いているな)

 

 彼は、無人島試験で他を圧倒した男の姿を思い浮かべる。

 

(あの男が、優待者の法則を見つけ出した。……だが、自クラスの3人だけではサンプルが足りないはずだ。おそらく、Cクラスの龍園と結託して情報を共有したということか。あの二クラスは自分のクラスの優待者を完全に把握できる)

 

(半数の優待者を把握し、法則を見抜く。そして、BとCの二つのクラスで協力し合い、優待者を全て射抜いた。……極めて合理的で、かつ冷酷な作戦だ。防ぎようがない)

 

 綾小路は、自身が表舞台に出る前に完全に盤面を支配されてしまったことに、静かな驚きと、底知れない警戒感を抱いていた。

 

(だが――収穫が全くなかったわけではない)

 

 綾小路は視線を携帯電話から外し、船外の暗い海へと向ける。

 

(初日のあのたった一度の話し合いのおかげで、オレの盾となる『優秀な手駒』を手に入れる算段はついた。…あの瞳の奥に潜んでいた不自然なほどの怯えを利用すれば、完全に精神を掌握できる)

 

 藍染惣右介という予測不能なバグがこの学校に存在している以上、無防備なまま平穏を享受することは不可能に近い。

 

(自分の身を守るためにも、絶対的な忠誠を誓う手駒が必要だ。試験自体は終わってしまったが……上手く立ち回り、確実に彼女を手駒として引き入れるために動く必要があるな)

 

 綾小路は冷淡な無表情のまま、次なる自身の盤面に向けて静かに思考を切り替えていた。

 

 

 

 そして、本来なら試験が続くはずだった四日後の、午後11時。

 全生徒の携帯電話に、特別試験の『最終結果』を知らせるメールが送られてきた。

 

【夏季グループ別特別試験・最終結果】

・Aクラス: -150 CP / 獲得プライベートポイント 0 PP

・Bクラス: +100 CP / 獲得プライベートポイント 250万 PP

・Cクラス : +200 CP / 獲得プライベートポイント 350万 PP

・Dクラス: -150 CP / 獲得プライベートポイント 0 PP

 

【最新クラスポイント(試験結果加算後)】

・Aクラス: 1074 ⇒ 924 CP

・Bクラス: 1057 ⇒ 1157 CP

・Cクラス: 458 ⇒ 658 CP

・Dクラス: 262 ⇒ 112 CP

 

「――――ッ!!」

 

 その結果を見た瞬間、船内のあちこちで、絶望と狂喜の入り交じった悲鳴が爆発した。

 

 自分の部屋で結果のメールを読んでいた綾小路清隆は、その詳細なポイントの変動を見て、静かに目を閉じた。

 

(……11グループが『結果3』で、1つのグループだけが『結果4』……か)

 

(なるほど。情報を共有し、法則を見つけ出した後……クラスポイントに絶望的な差があるCクラスと契約を結ぶため、あえてBクラスが一つだけ不正解を選んで譲歩したということか。完全に盤面を支配されているな)

 

 綾小路は、暗闇の中で天井を仰ぎ見た。

 

(全ては、惣右介の描いた筋書き通り。Cクラスの龍園すらも手駒として使い潰し、完璧に勝利を設計している。……藍染惣右介。やはりお前が、この学校における最大のイレギュラーだ)

 

 

   

「やったああああああああああっ!!」

 

 船内の最も大きなパーティルームを貸し切った私たちBクラスの陣地では、鼓膜が破れんばかりの大歓声が巻き起こっていた。

 

「逆転した!! 俺たち、ついにAクラスを抜いてトップに立ったぞ!!」

 

「嘘みたい……! 私たちが、本当にAクラスになるなんて……っ!!」

 

 柴田たちが泣きながら抱き合い、白波や網倉が嬉し涙を流しながら飛び跳ねている。

 

 絶望的とも思えたAクラスとのポイント差。

 それを、中間試験、無人島サバイバル、そしてこのグループ別試験と、わずか数ヶ月の間に全て覆し、私たちはついに『悲願の玉座』へと上り詰めたのだ。 

 

「みんな……っ、本当に、本当にありがとうっ……!」

 

 一之瀬帆波は、クラスメイトたちに囲まれながら、両手で顔を覆ってボロボロと泣き崩れていた。

 

 神崎も、目頭を熱くしながら「ああ。俺たちはついに、玉座へと続く至高の起点に足を踏み入れたんだな」と力強く頷いている。

 

 私も内心で嬉し泣きしながらも、クラスメイトたちの最高の笑顔を静かに見渡した。

 

 だが……ふと、私の冷静な思考が警鐘を鳴らす。

 

(……確かに俺たちはトップに立った。だが、まだ一年生の一学期が終わっただけだぞ。ここで浮かれて油断したら、足を掬われるかもしれない。平和でバラ色の高校生活を守るためには、ここで俺が、一度みんなの気を引き締めておくべきだな!)

 

 私はすっと立ち上がり、歓喜に沸くクラスメイトたちに向けて、静かに、だが部屋の空気を一変させるほどの重圧を放ちながら口を開いた。

 

「――美酒に酔い痴れるのは勝者の特権だが。底の抜けた杯で喉を潤した気になっているのなら、ひどく滑稽な喜劇だね」

 

(訳:みんなおめでとう! でも、まだ一学期が終わっただけだから、ここで油断しちゃダメだよ!)

 

 ピタリ、と。

 パーティルームの喧騒が、一瞬にして凍りついた。

 

「――我々はまだ、果てなき暗黒の塔の一階層を踏み破ったに過ぎない。……薄氷の上に築かれた脆き玉座で微睡むなど、愚者の所業だ。牙を隠すな。この残酷な盤面は、まだ幕を開けたばかりなのだから」

 

(訳:これから卒業までの道のりは長いからね。せっかくAクラスになれたんだから、気を引き締めてこれからもみんなで頑張っていこうね!)

 

 私の圧倒的すぎる威圧感と、あまりにも物騒なポエム。 

 

 クラスメイトたちは「えっ……?」「な、なんか藍染くん怒ってない……?」「俺たち、調子に乗りすぎた……?」と一気に青ざめ、怯えたように顔を見合わせ始めた。

 

(あっ、やばい!! 祝勝会で説教する空気読めない嫌なヤツになっちゃった!! ひより、助けて!!)

 

 私が内心で冷や汗を滝のように流していると、隣にいた大親友が、ふわりと優しく花が咲くような笑顔で口を開いた。

 

「『皆さん、Aクラス昇格本当におめでとうございます。ですが、まだ一年生の一学期が終わったばかりで、卒業までの道のりは長いです。ここで油断して足元を掬われないように、これからも気を引き締めて全員で頑張っていきましょうね』と、惣右介くんは仰っています」

 

 ひよりの完璧な意訳が響き渡ると、凍りついていた空気がふっと解けた。

 

「あっ……!」

 

 一之瀬がハッとして、涙を拭いながら真っ直ぐに私を見た。

 

「そうだね……! 藍染くんの言う通りだ。私たちが目指すのは、ただ一度トップに立つことじゃなくて、全員で笑ってAクラスで卒業することだもんね。油断なんてしてられないや!」

 

「ああ。藍染、お前の冷静さにはいつも救われる。この勝利に溺れず、明日からまた一丸となって戦っていこう」

 

 神崎も深く頷き、クラス中から「藍染、ありがとな!」「俺たち、もっと気合い入れるぜ!」と、私に対する称賛と信頼の声が次々と上がった。

 

(ふぅぅぅ……助かった。ひよりの翻訳のおかげで、ただの『怒ってる怖いヤツ』から『クラスの未来を考えてる頼れる裏ボス』に着地できたぞ……!)

 

 クラスの空気が再び、ただの浮かれた狂騒ではなく、未来を見据えた熱い結束へと変わっていく。

 

 その光景を見届けたひよりが、少し背伸びをした可愛いパーティドレスの裾を揺らしながら、私のそばへと寄り添ってきた。

 

「本当に……本当に、惣右介くんはすごいですっ!こんなに早くAクラスに昇格できるなんて……!」

 

 ひよりの大きな銀色の瞳は、私への純粋な尊敬の念でキラキラと輝いている。

 

(うおおおおおっ!! ひよりが褒めてくれた!! 俺、生きててよかった!! 2000万ポイント稼いでこの天使をBクラスに引き抜いて、本当に大正解だった!!)

 

 私は、心臓が爆発しそうなほどの喜びと照れくささを必死に抑え込み、ゆっくりとグラスを下ろした。

 

 そして、最高の大親友に向けて、極上の魔王スマイルを浮かべてみせた。

 

「――フッ。……高くそびえる塔も、最初の一石がなければただの幻影に過ぎない。……この玉座は、君たちが自らの手で積み上げた奇跡の結晶だよ。私はただ、その頂に立つ君たちを、特等席で眺めさせてもらうだけだ」

 

(訳:俺はちょっと手伝っただけだよ! みんなが頑張ったから、Aクラスになれたんだ。ひよりの喜ぶ顔が見られて、俺もすごく嬉しいよ!)

 

「ふふっ。……はいっ!」

 

 私の言葉の真意を完璧に受け取ったひよりが、この世の何よりも美しく、愛おしい笑顔を向けてくれる。

 

 周囲では、クラスメイトたちが未来への希望を語り合い、一之瀬が「藍染くーん! ひよりちゃーん! こっち来て一緒に乾杯しよー!」と大きく手を振っている。

 

 この学校のシステムがどれほど残酷で、どれほど理不尽であろうとも。

 私には、この最高に温かいクラスメイトたちと、私の言葉を完璧に理解してくれる唯一無二の大親友がいる。

 

 真夏の豪華客船。星空の下。

 私は、新たに手に入れた『Aクラス』という名の玉座で、愛すべき仲間たちと共に、最高に平和でバラ色な祝勝会の夜を、心ゆくまで楽しむのであった。

 

 

 

 

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