いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
長く、そして波乱に満ちた夏休みが終わりを告げ、高度育成高等学校に二学期がやってきた。
九月一日。まだまだ厳しい残暑が続く中、私たち一年生はホームルーム前の教室で、それぞれの夏休みの思い出を語り合っていた。
私たちが座っているこの教室の場所も、使い慣れた机や椅子も、一学期の頃と何一つ変わっていない。
だが、私たちを包む空気だけは、以前とは全く異なる絶対的な自信と誇りに満ちていた。
無人島試験と船上試験を完全勝利で終え、見事学年トップの座を奪取した私たち。今、この教室にいる全員が正真正銘の『一年Aクラス』の生徒なのだ。
(……素晴らしい。席は変わらずひよりの隣のままだし、クラスの雰囲気も最高だ。二学期もこのまま平和で穏やかな学園生活を送りたいものだな)
私が内心で静かに頷いていると、ホームルームのチャイムが鳴り、担任である星之宮知恵先生が小走りで教室に入ってきた。
「はーいみんな、席についてー! 二学期もよろしくね、私の可愛いAクラスの生徒たち!」
星之宮先生は満面の笑みで教壇に立つと、パンッと手を叩いた。
「みんなの頑張りのおかげで、先生のお給料もホクホクだよー! でもでも、この学校はそんなに甘くないからね。さっそく、『体育祭』の開催をお知らせしまーす!」
体育祭。
その言葉に、クラス中から「おーっ!」「ついに来たか!」と歓声とざわめきが上がる。
柴田を始めとする運動部の生徒たちは目を輝かせ、逆に運動が苦手な生徒たちは少しだけ不安そうに顔を見合わせた。
「それじゃあ、黒板にルールを映すから、しっかり確認してね」
星之宮先生がタブレットを操作すると、黒板のモニターに詳細なルールが投影された。
【体育祭・基本ルール】
・全学年を『紅組』と『白組』の二手に分け、各種競技を行う。
・Aクラス・Dクラスが『紅組』、Bクラス・Cクラスが『白組』となる。
・事前に、どの競技の何戦目に誰が参加するかを登録する必要がある。
・競技の結果によって、個人ごとに得点が加算される。
【報酬とペナルティ】
・全学年で最も高得点を得た1名(最優秀生徒)には 10万プライベートポイント。
・各学年で最も高得点を得た1名(学年別最優秀生徒)×3学年には 1万プライベートポイント。
・総合成績下位10名の生徒は、2学期中間テストで全教科10点減のペナルティ。
・クラスごとの合計点で学年内の順位を競う。
1位クラスは 50クラスポイント
2位クラスは 変動なし
3位クラスは -50クラスポイント
4位クラスは -100クラスポイント
・紅組、白組毎の合計点で勝敗を競い、勝った組のクラスは 0クラスポイント、負けた組のクラスは全て -100クラスポイント。
【競技の区分と個人報酬】
・競技には『全員参加』『推薦参加』、『個人競技』『団体戦』の区別がある。
・『個人競技』には個人報酬とペナルティがある。
1位が 5000プライベートポイント または 2学期中間テストで 3点増の選択制
2位が 3000プライベートポイント または 2学期中間テストで 2点増の選択制
3位が 1000プライベートポイント または 2学期中間テストで 1点増の選択制
最下位は -1000プライベートポイント。払えない場合は 2学期中間テストで 1点減のペナルティ。
・『推薦参加』で登録された者が何らかのアクシデントで参加が出来なくなった場合、欠場になる。代役を立てるためには 10万プライベートポイントが必要。
【競技一覧】
① 100メートル走(全員参加/個人競技)
② ハードル競走(全員参加/個人競技)
③ 棒倒し ※男子限定(全員参加/団体戦)
④ 玉入れ ※女子限定(全員参加/団体戦)
⑤ 男女別綱引き(全員参加/団体戦)
⑥ 障害物競走(全員参加/個人競技)
⑦ 二人三脚(全員参加/団体戦)
⑧ 騎馬戦(全員参加/団体戦)
⑨ 200メートル走(全員参加/個人競技)
⑩ 借り物競争(推薦参加/個人競技)
⑪ 四方綱引き(推薦参加/団体戦)
⑫ 男女混合二人三脚(推薦参加/個人競技)
⑬ 3学年合同1200メートルリレー(推薦参加/団体戦)
(……なるほど。これが今回のルールか)
私は腕を組み、静かにルールを分析した。
クラスの順位によるポイント変動もあるが、何よりも重いのは『組の勝敗』によるペナルティだ。負けた組のクラスは無条件でマイナス100ポイント。
(しかも、俺たちAクラスは、清隆たちのいるDクラスと組んで『紅組』として戦う。対する『白組』は、坂柳率いるBクラスと、龍園率いるCクラス……。あの厄介な二つのクラスが手を組んで立ちはだかるわけか)
私は内心で微かに冷や汗を流した。
坂柳の圧倒的な知略と、龍園の手段を選ばない暴力性。それが『白組』として一つになれば、間違いなく厄介な盤面になる。
「ルールは以上! みんな、怪我しないようにしっかり準備してねー!」
星之宮先生が明るくホームルームを締めくくると、教室内は一気に体育祭の話題で持ちきりとなった。
* * *
その日の放課後。
私たちAクラスは、一之瀬の呼びかけでそのまま教室に残り、体育祭に向けての方針会議を開いていた。
「みんな、残ってくれてありがとう!」
教壇に立った一之瀬帆波が、黒板にチョークで要点を書き出しながら皆に語りかける。
「今回の体育祭、一番避けなきゃいけないのは『紅組が負けてマイナス100ポイントされること』と、『個人競技の最下位や、総合下位10名に入ってテストの減点ペナルティを受けること』だよね。私たちAクラスが勝つための、エントリーの作戦を提案したいんだけど」
一之瀬は、クラス全員の顔を真っ直ぐに見渡した。
「全員参加の個人競技では、足の速い子と遅い子を、あえて同じレースに『同時にエントリー』させたいの」
「えっ? 速いヤツと遅いヤツを同じレースに?」
柴田が不思議そうに首を傾げる。
「うん。例えば、柴田くんと藍染くんみたいな足の速い人たちを同じレースに集中させちゃうと、どっちかが1位を取っても、もう一人はどうしても2位や3位になっちゃう。それって、クラス全体で見ると『同じクラス内でポイントを奪い合ってる』ことになって、すごくもったいないんだ」
「あ……なるほど!」
「だから、足の速い子たちは別々のレースに散らして、確実にそれぞれのレースで1位をもぎ取る。そして、その『速い子が確実に勝つレース』の空いた枠に、運動が苦手な子たちを入れるの」
一之瀬の完璧なロジックに、神崎が「なるほど。極めて合理的だ」と頷いた。
(……素晴らしい。味方同士の潰し合いを防ぎ、他クラスから確実に1位のポイントを奪い取るための最大効率の配置だ)
「でも」と、一之瀬は言葉を続けた。
「運動が苦手な子が他のクラスの速い子たちと同じレースになっちゃうと、最下位になって『マイナス1000プライベートポイント』のペナルティを受ける確率が高くなっちゃうよね」
「……う、うん。俺、足遅いから絶対最下位になると思う……」
文化系の男子生徒が、不安そうに肩をすくめる。
「そこで、提案の続きなんだけど。この作戦を実行するにあたって、一つみんなにお願いがあるの」
「お願い?」
「うん。今回の体育祭、個人の順位によってプライベートポイントがもらえたり、逆に最下位だとマイナスされたりするよね。これを……上位で得た個人的なプライベートポイントの報酬は、全て『クラス貯金』に回してほしいの」
「えっ? もらったポイントを全部?」
「そう。そして逆に、作戦の結果として最下位になってしまって、プライベートポイントを徴収される子のペナルティ分は……そのみんなで集めた『クラス貯金』から補填する。どうかな?」
一之瀬は教室全体を見渡しながら、優しく微笑みかけた。
「最下位になるのは個人の責任じゃなくて、『クラスが勝つための作戦』に協力してくれた結果。そして上位になれるのも、他の子が違うレースを引き受けてくれたおかげ。だから、報酬もペナルティも、特定の誰かが背負うわけじゃなく、クラス全体で共有するの。……これなら、運動が苦手な子も安心して競技に臨めるし、運動が得意な子にとっても納得できる形になるんじゃないかな?」
「おおっ……! それなら俺たちも安心だ!」
「うんっ! 私、足遅いからすっごく助かる!」
「俺たちも、クラスが勝つために走るんだ。報酬を独り占めする気なんて最初からないぜ!」
運動が苦手な生徒たちから安堵の表情が広がり、運動が得意な生徒たちも力強く同調する。
誰一人見捨てず、全員で手を取り合って勝利を掴み取るためのAクラスの絶対的リーダーの輝き。その提案は、当然のごとく満場一致で可決された。
「ありがとう、みんな! それから……後半の『推薦参加』の競技についてなんだけど」
一之瀬は、黒板の後半のリストを指差した。
借り物競争、四方綱引き、男女混合二人三脚、そして最終種目の合同リレー。
「ここは、クラスの勝利のために、運動神経の良い人に優先的に出てもらいたいんだ。……柴田くん、それから藍染くん。お願いしてもいいかな?」
「もちろん! エースの働きってやつを見せてやるぜ!」
柴田がドンッと胸を叩いて快諾する。
そして、一之瀬やクラスメイトたちの期待に満ちた視線が、教室の後ろで腕を組んで座る私へと集まった。
(俺か。まあ、この圧倒的な身体能力を持っている以上、推薦競技に出ない手はない。ここは俺がAクラスの要として、圧倒的な結果を出してやるか)
私はゆっくりと席を立ち、極めてオサレに前髪をかき上げた。
「――剣に選り好みは許されない。……王の前に立ち塞がる壁があるのなら、私はただ、その全てを微塵に打ち砕くだけのことさ」
(訳:任せて! 推薦競技、全力で頑張るよ!)
私の物騒すぎるポエムに、クラスメイトたちが「お、おう……なんか藍染、めちゃくちゃ気合い入ってんな……」と少しだけビクッとなる。
しかし、私の隣に座る純白の大天使が、いつものようにふわりと微笑んで立ち上がった。
「『推薦競技の件、承知いたしました。クラスの勝利のために、立ち塞がる他クラスのライバルたちを全員打ち破るつもりで、全力で競技に臨みます』と、惣右介くんは仰っています」
「おおーっ! さすが藍染、頼りになるぜ!」
「藍染くんがいるなら、推薦競技も安心だね!」
ひよりの完璧な翻訳のおかげで、クラスの空気は一気に熱い結束へと変わった。
一之瀬も「ふふっ、二人ともありがとう!」と嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、誰がどの競技に出るか、走順の細かい割り振りを決めるために……明日の放課後、グラウンドでメンバーの『体力測定』をしようと思うんだけど、いいかな?」
「賛成ー!」
「よーし、明日は気合い入れるぞ!」
こうして、『体育祭』に向けたAクラスの戦いが、熱気と共に幕を開けたのであった。
* * *
翌日。放課後のグラウンド。
まだ日差しの強い中、体操服に着替えた私たちAクラスの生徒たちは、グラウンドの隅に集まり、種目ごとに手分けをして体力測定を行っていた。
「じゃあ、次は藍染の番な! 50メートル走!」
「――ああ」
スタートラインに立つ私。
隣のレーンには、クラスで一番足の速い柴田が並んでいる。
「藍染、無人島でもすげえ身体能力してたけど、純粋なスプリント勝負なら俺も負けねえぜ!」
「――フッ。……瞬きはしないことだ。置いていかれるよ」
「位置について……よーい、ドンッ!」
神崎の合図と共に、私は大地を蹴った。
その瞬間、私の『藍染スペック』による圧倒的な身体能力が完全に解放された。
ドォォォンッ!! という、およそ人間の足音とは思えない踏み込みの音がグラウンドに響く。
私は全く汗をかくことも、必死に腕を振ることもなく、極めて優雅な、まるで空を滑空するかのような完璧なフォームでトラックを駆け抜けた。
「ゴールッ!!」
「えっ……」
私がゴールテープを切った後、少し遅れて柴田がゴールに飛び込んできた。
タイムを計っていた神崎の手に握られたストップウォッチが、信じられない数字を叩き出していた。
「な、なんだこのタイムは……!? 藍染、お前……50メートルを、5秒台中盤だと……!?」
「「「えええええええええっ!?」」」
クラス中から、悲鳴にも似た驚愕の声が上がった。
柴田が膝に手をついて荒い息を吐きながら、「マジかよ……俺、完全に止まって見えたぞ……」と唖然としている。
(おっと、いけない。少し力を入れすぎたか。だが、藍染スペックの身体能力なら、軽く走っただけでも日本記録に肉薄してしまうんだから仕方ない)
その後も、私の圧倒的な無双劇は続いた。
握力測定では、力みすらせずにメーターの針を振り切ってしまい、「計器の故障か!?」と騒がれた。
走り幅跳びでは、優雅に宙を舞い、砂場の遥か彼方まで飛んでいき、着地の砂埃で神崎をむせさせた。
全ての測定項目において、私は二位の柴田にすら圧倒的な大差をつけて、堂々の『完全一位』を記録したのである。
「す、すごすぎるよ藍染くん……! まるでオリンピック選手みたい!」
一之瀬が、記録用紙を見つめながら目を丸くしている。
「これなら、推薦競技は全部藍染くんに任せても大丈夫そうだね!」
「ああ。藍染がいてくれれば、白組の龍園や坂柳がどんな策を講じてこようと、純粋なパワーでねじ伏せられる」
神崎も、頼もしそうに私の肩を叩いた。
クラスメイトたちが私を取り囲み、「すげえ!」「体育祭はもらったな!」と口々に賞賛の声を浴びせてくる。
(……ふふふ、気分がいいな。みんなからこんなに頼りにされている。……よし、ここは一つ、クラスの士気を最高潮に高めるための、とびきり強気でオサレなポエムをかましてやろう!)
私は、クラスの中心でゆっくりと腕を組み、空を見上げるようにして、圧倒的な魔王のオーラを放った。
「――圧倒的な力を前にして、恐怖を抱く必要はない。……それはただ、天の重圧が地を這う者たちを平伏させているに過ぎないのだから」
(訳:みんな、俺の力に驚かなくてもいいよ! 俺が絶対1位を取ってポイント稼ぐから、安心してね!)
「――君たちはただ、私の背後に立ち、愚かな敵対者たちが蹂躙され、すり潰されていく様を……その特等席で眺めていればいい」
(訳:他クラスのヤツらには絶対に負けないから、みんなは自分の競技をリラックスして頑張ってくれよな!)
ピタリ、と。
グラウンドの空気が、一瞬にして凍りついた。
「「「…………ヒッ」」」
私の放った、あまりにも邪悪で、他クラスを『すり潰す』と宣言する物騒極まりない死のポエム。
クラスメイトたちは「あ、藍染、他クラスの生徒を本気で殺す気なんじゃ……」「すり潰されるって……ひぃっ……」と、私の尋常ではない身体能力と相まって、本気で恐怖に顔を引き攣らせて後ずさりし始めた。
(あっ、やばい!! 身体能力の凄さの直後にこのポエムは、完全に『やべーヤツの殺人宣言』に聞こえる!! みんなが怯えてる!! ひより、助けて!!)
私が内心で大パニックに陥っていると、私の真横から、鈴を転がすような、清らかで優しい大天使の声が響いた。
「『私の力に驚く必要はありません。他クラスのライバルたちには絶対に負けないよう、私が全力で上位を独占してクラスにポイントをもたらします。ですから皆さんは、結果を恐れず、安心して自分の競技を楽しんでくださいね』……と、惣右介くんは仰っています」
ひよりの、慈愛に満ちた完璧な神翻訳。
その言葉がグラウンドに響き渡った瞬間、凍りついていたクラスメイトたちの表情が、パァッと明るく解けた。
「な、なんだ! そういう意味か! 藍染、言い回しが怖すぎるんだよ!」
「もうっ、びっくりしたー! でも、藍染くんがそこまで言ってくれるなら、本当に心強いよ!」
柴田が笑いながら私の背中をバンバンと叩き、網倉や白波たちがほっと胸を撫で下ろす。一之瀬も「ふふっ、藍染くんのその意気込み、すごく頼もしいよ!」と満面の笑みを向けてくれた。
(ふぅぅぅ……助かった。ひよりがいなかったら、俺、体育祭本番前にクラスで孤立する『狂気の破壊神』扱いになるところだった……! さすが俺の親友、翻訳の精度が神がかってるぜ!)
私は内心でひよりに五体投地しながら、外見上は「――フッ。当然だ」とだけ言い残し、涼しい顔で体操服の砂を払った。
「ふふっ。惣右介くん、体育祭、とっても楽しみですね」
ひよりが、私の隣にちょこんと並び、嬉しそうに微笑みかけてくる。
「惣右介くんが走る姿、私、全力で応援しますね」
「――ああ。……勝利という名の美酒は、君の笑顔と共に味わってこそ至高だ」
(訳:ありがとう、ひより! 俺、ひよりが応援してくれるなら絶対に勝つよ!)
こうして、身体能力の測定を終え、私の圧倒的な力が示されたことで、Aクラスの走順決めと作戦会議は極めてスムーズに進行していった。
坂柳有栖の暗躍、龍園翔の復讐、そして背後に潜むホワイトルームの最高傑作・綾小路清隆。
強敵たちがひしめくこの二学期最初の試練『体育祭』という名の戦場に……私、藍染惣右介は、愛すべきクラスメイトたちと大親友の笑顔を守るため、そのチートスペックを引っ提げて、堂々と足を踏み入れるのであった。