いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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三十三話

 グラウンドでの圧倒的な身体能力の披露を終え、夕闇が迫る放課後のこと。

 私たちAクラスの主要メンバーは、ケヤキモール内にある落ち着いた雰囲気のカフェに集まり、今後の体育祭に向けた具体的な作戦会議を開いていた。

 

 参加メンバーは、クラスの絶対的リーダーである一之瀬帆波、参謀役の神崎隆二、ムードメーカーの柴田颯、女子のまとめ役である網倉麻子と白波千尋、そして私と、大親友の椎名ひよりの計七名である。

 

 奥まった四人掛けのテーブルを二つ繋げた広い席には、それぞれが注文した色鮮やかなドリンクが並べられ、グラスの氷がカランと涼やかな音を立てている。

 

「――ということで、みんなに協力してもらった体力測定のデータ、綺麗にまとまったよ」

 

 一之瀬が、手元のタブレットに表示されたリストを見つめながら口を開いた。

 

「昨日のホームルームで決めた『足の速い子と遅い子を散らす分散作戦』に合わせて、誰をどのレースに配置するか、具体的なシフトを組んでいこうと思うんだけど」

 

「おう! とにかく俺たち運動部組が確実に1位を掻き集めればいいんだろ? ペナルティ分をカバーしてクラス貯金を潤すためにも、ガンガン走るぜ!」

 

 柴田がアイスコーヒーのグラスをドンと置き、白い歯を見せて頼もしく笑う。

 

「うん、頼もしいね柴田くん。ただ、適当に散らせばいいってわけじゃないよね」

 

 一之瀬が頷くと、神崎が静かに言葉を引き取った。

 

「ああ。昨日の作戦はあくまで我々の基本陣形に過ぎない。他クラス……特にCクラスの龍園や、Bクラスの動向を読み切り、敵の主力をいかに回避し、確実に勝利を掠め取るかが鍵になる」

 

「そうだね。特に女子のレースは、Cクラスの伊吹さんとか、Dクラスの堀北さんみたいな飛び抜けて速い子と当たるのは避けたいかな」

 

 網倉が少し不安そうに言うと、白波も「うんうん」と同意した。

 

「その通りだね。だからこそ、他クラスの『個人の能力』と『狙い』を的確に予測する必要がある」

 

 一之瀬はふと表情を引き締め、タブレットから顔を上げて私を真っ直ぐに見据えた。

 

「それでね、藍染くん。クラスのみんなで考えた作戦はさっきの通りなんだけど……他に何か、この体育祭で勝つための『裏技』や『必勝法』みたいなものってないかな? 今までの特別試験みたいに、何か私たちが見落としてるルールの抜け穴とか……」

 

 一之瀬、神崎、そして他のメンバーたちが、固唾を飲んで私の言葉を待っている。

 

 無人島でのリーダー当て、そして船上試験での法則看破。これまでの試験で、私が藍染スペックによる圧倒的な頭脳で勝利に導いてきたからこそ、今回も何か『魔法のような策』があるのではないかと期待しているのだ。

 

(……だが、今回はそうもいかない。この体育祭は、今までの『心理戦』や『情報戦』がメインだった特別試験とは根底から作りが違う)

 

 私はゆっくりとアイスティーのグラスを置き、静かに目を閉じて、極めて優雅に前髪をかき上げた。

 

 そして、周囲の期待を一身に浴びながら、圧倒的な魔王のオーラと共に言葉を紡ぐ。

 

「――この盤上に、死角に潜む影など存在しない。……ただ純粋に、研ぎ澄まされた牙と、群れの統率力のみが血を分かつ単純な闘争だ」

 

 私の深く、静かで、しかし絶対的な響きを持つ声がカフェのテーブルに落ちる。

 

「――故に、我々が紡ぐべき手立ては限られている。一之瀬が示したように、獅子と羊を同じ檻に放ち、隣の群れといつまで肩を並べるかを見極めること。……そして何より、我々の『預言書』を何人たりとも覗かせないことだ」

 

 あまりにも壮大で、比喩と暗喩が乱舞するオサレポエム。

 それを聞いた一之瀬、神崎、柴田、網倉、白波の五人は。

 

「「「「「…………えっと?」」」」」

 

 見事に全員、頭の上に特大のクエスチョンマークを浮かべて完全にフリーズしてしまった。

 

(うむ。やはり伝わっていないな。だが案ずることはない。俺にはひよりがついている)

 

 私が内心で全幅の信頼を寄せていると、隣に座る大天使がティーカップを静かにソーサーに置き、ふわりと慈愛の微笑みを浮かべた。

 

「惣右介くんはこう仰っています。……『今回の体育祭は、特別試験という名目ではありません。ルールの裏側を突いたり、小細工ができるようなものではないのです。純粋な身体能力と、団体戦でのチームワークがものをいう実力勝負です。……ですから、私たちが出来ることといえば、帆波ちゃんの言うように速い生徒と遅い生徒を同じレースに分散エントリーすること。そして、団体戦で紅組のDクラスと共闘するか否かを決めること。最後に、誰がどの競技に出るかの出場表が、他クラスに絶対に流出しないよう厳重に管理することくらいです』と」

 

 ひよりの、一字一句違わぬ完璧な神翻訳。

 それが空間に響き渡った瞬間、フリーズしていた五人の時が再び動き出した。

 

「なるほど……! つまり、今回は純粋な体育祭ということか」

 

 神崎が、深く納得したように頷きながら腕を組む。

 

「変に小細工を弄するよりも、正々堂々と実力でぶつかるべきだということだな」

 

「なんだ、そういうことかよ!」

 

 柴田がカハハと笑い飛ばす。

 

「体育祭なら、うちのクラスは運動能力の高い生徒も多いし、チームワークも学年一の自信がある! 真正面からのぶつかり合いなら絶対に負けねえぜ!」

 

「うんっ! 帆波ちゃんと藍染くんがいれば、どんな競技でも勝てる気がする!」

 

 網倉と白波も、すっかり安心したように笑顔を取り戻した。

 五人が明るい顔を取り戻す中、ひよりが小首を傾げて一つの疑問を口にした。

 

「惣右介くん。……同じ紅組である、Dクラスとの共闘はどうされますか?紅組が負ければクラスポイントがマイナス100されてしまう以上、協力し合うのが自然だと思うのですが」

 

 その問いに、全員の視線が再び私へと集まる。

 

(Dクラスとの共闘か。確かに紅組として負けられない以上、ある程度の協力は必要だ。だが……個人競技の出場リストまで共有するのは危険すぎる。Dクラスには清隆がいるから問題ないだろうが……万が一リストが白組の坂柳や龍園に漏れたら、完全にメタを張られて各個撃破されるからな)

 

 私は脳内で論理的な結論を導き出し、極めて傲慢な笑みを浮かべた。

 

「――交わるのは、巨大な獲物を狩る瞬間のみでいい。……個々の狩場の地図まで共有する義理はないだろう――情報の漏洩は、盤面を崩壊させる猛毒だ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 再び訪れる、五人の沈黙と困惑。もはやAクラスの作戦会議における様式美である。

 

 ひよりがすかさず美しくも的確な翻訳を響かせた。

 

「『共闘するにしても、男子の棒倒しや女子の玉入れといった団体戦のみに留めるべきです。100メートル走などの個人競技の出場表まで共有する必要はないでしょう。情報の流出リスクが高まります。』とのことです」

 

「ああっ! そういうことか!」

 

 五人は顔を輝かせ、深く頷いた。

 

「確かに、その通りだね。藍染くんの言う通り、個人競技のリストは私たちのクラス内だけの極秘事項にして、Dクラスとは団体戦の作戦を合わせるだけにとどめよう」

 

 一之瀬が、タブレットに素早くメモを取りながら言う。

 

「じゃあ、明日にでも私からDクラスのリーダーの堀北さんに話しかけて、団体戦の共闘を持ちかけてみるね」

 

 ――堀北鈴音。

 その名前が出た瞬間、私の脳裏に、暴力事件の審議での因縁と、無人島で彼女に向けたあの煽りポエムの数々がフラッシュバックした。

 

(……そういえば俺、会長の妹にめちゃくちゃ嫌われてるんだった。俺がAクラスの参謀的な立ち位置にいると知ったら、共闘すら意地になって断られる可能性があるぞ)

 

 クラスのために、ここは俺のせいで交渉が難航するかもしれないと、素直に謝っておくべきだろう。

 

 私は深く息を吸い込み、伏し目がちに、静かな声で口を開いた。

 

「――一之瀬。過去に蒔いた茨の種が、今になって君たちの足元を血に染めようとしている。……黒髪の戦乙女の瞳には、私への底知れぬ憎悪が宿っていた。私の存在そのものが、共闘を打ち砕く火種となるやもしれない……」

 

「…………えっ?」

 

 一之瀬が、完全に目を白黒させて固まっている。

 

「黒髪の……戦乙女? 足元を血に染める……?」

 

 困惑する一之瀬たちに、ひよりが優しくフォローの翻訳を入れた。

 

「『一学期の暴力事件の審議の件などで、私はDクラスの堀北さんから強く恨まれています。そのため、私の存在が原因で共闘の提案を断られてしまう可能性が高いです。クラスの不利益になってしまい、本当に申し訳ありません』と……惣右介くんは、ご自身の過去の行動が皆さんの迷惑になるかもしれないと、素直に謝罪されています」

 

 ひよりの翻訳を聞いた瞬間。

 一之瀬帆波の脳裏に、一学期に起きた暴力事件の審議……あの『ダミーカメラ』作戦にまつわる記憶が鮮明に蘇った。

 

 あの時、Dクラスから持ちかけられた作戦に対し、藍染は真っ向から反対した。

 

 彼が放った言葉を、ひよりはこう翻訳した。『偽の証拠で相手を脅すのは犯罪行為です』『一之瀬さんに、そんな汚いことをしてほしくない』と。

『犯罪』という言葉を聞いた瞬間、一之瀬の心に深く隠された『過去の罪』のトラウマが抉られ、彼女は激しいパニックに陥ってしまったのだ。

 

(……うっ)

 

 当時の恐怖と罪悪感がフラッシュバックし、一之瀬の肩が、微かにビクッと震えた。

 

 しかし。

 彼女の視線の先には、そんな恐ろしい過去の記憶を覆い隠すように、優しく微笑む椎名ひよりの姿があった。

 

 そして、静かに目を閉じ、どこか憂いを帯びた表情で己の責任を口にする、藍染惣右介の姿が。

 

(……藍染くんとひよりちゃんは、あの時、私が『罪』を犯さないように、あえて厳しい言葉で私を止めてくれたんだよね……)

 

 一之瀬の中で、一瞬だけ蘇った過去の恐怖が、温かい信頼へと変わっていく。

 彼女は、パァッと花が咲くような、包み込むような優しい笑顔を私に向けた。

 

「――ううん、そんなことないよ」

 

「……」

 

「もし堀北さんに共闘を断られちゃったとしても、それならそれで仕方がないよ。私たちは自分たちの実力で勝つだけだから」

 

 一之瀬は、私の目を真っ直ぐに見つめて、優しく首を横に振った。

 

「藍染くんが悪いわけじゃない。あの時の審議だって、私たちのために藍染くんが一番重い責任を背負ってくれた結果でしょ? これまでも藍染くんには何度も何度も助けられてるんだから……そんなことで、誰も藍染くんを責めたりなんかしないよ。だから、安心してね」

 

「……」

 

(な、なんていい子なんだ……! 俺の過去のやらかしを全部肯定して、逆に感謝までしてくれるなんて!! 眩しすぎる!!)

 

 私は内心で一之瀬の底なしの優しさに号泣し、五体投地で拝み倒していた。

 しかし、私の外面はあくまで『孤高の魔王』である。決してその感動を顔に出すことはなく、ただ静かに、口元に微かな笑みを浮かべるに留めた。

 

「ああ。一之瀬の言う通りだ。我々はお前の頭脳に救われてきた。……胸を張れ、藍染」

 

 神崎も、力強く頷いてくれる。

 クラスの温かい絆に触れ、作戦会議もこれで無事に終了かと思われた。

 

 だが、私にはまだ、もう一つだけ彼らに警告しておかなければならない『最悪の可能性』があった。

 

 私はゆっくりと目を開き、その場にいる全員を射抜くような、鋭く冷徹な視線を放った。

 

「――だが、真なる脅威は正面から来る刃ではない。……白き陣営には、狂気を孕んだ毒蛇と、盤面を嘲笑う女王が潜んでいる。彼らが繋がれた鎖を解き放てば、砂塵の舞踏は容易く処刑場へと変わるだろう」

 

 一瞬にして、カフェの空気がピリッと張り詰めた。

 

「――見えざる凶器を防ぐ盾は、神の眼だ。……出番を持たぬ駒たちは、その手に持つ硝子の瞳で、全ての真実を切り取るといい。影に潜む悪意を、光の下に引きずり出すために」

 

 五人が息を呑む中、ひよりが少しだけ真剣な顔つきになって翻訳を紡ぐ。

 

「『白組には、手段を選ばない龍園くんと、Aクラスの座を狙う坂柳さんがいます。彼らが手を組めば、レース中に悪質な妨害や、怪我を狙うような危険な手を使ってくる可能性があります。……ですから、自分の競技がなく手が空いている生徒たちは、グラウンドの様々な角度から携帯端末でレースを録画してください。いざという時の、不正の証拠映像を残すためです』……と、惣右介くんは危険な罠への注意喚起と、対策を提案されています」

 

「なっ……! 妨害に、怪我を狙ってくるだと!?」

 

 柴田が顔を青ざめさせ、神崎がギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「確かに……! 龍園のやり方なら、十分にあり得る。ルールで禁止されていようと、審判の死角を突いてエース格の足を引っ張りに来るはずだ」

 

 神崎は、これまでのCクラスの動向を思い出し、深い納得と共に私の提案に同意した。

 

「それに、証拠がなければ学校側も動いてくれない。……なるほど、神の眼か。全員が手分けしてカメラを回しておけば、相手の悪意を封殺する強力な抑止力になるし、万が一の時は、虚偽を穿つ決定的な刃となるな。さすがだ、藍染。見事な防衛の盤面だ」

 

「うんっ! すぐにクラスのグループチャットで、みんなに録画の協力を呼びかけるね!」

 

 一之瀬が急いでタブレットを操作し始める。網倉や白波も「私たちも、出番じゃない時はしっかり見張っておくね!」と力強く宣言した。

 

(よし。これで白組からの物理的な妨害に対する抑止力と、カウンターは用意できた。龍園の暴力も、坂柳の策略も、常に監視の目があれば容易には発動できないはずだ)

 

 私は、優雅にアイスティーのグラスを傾けた。

 

 坂柳有栖の知略、龍園翔の狂気。

 強敵たちがひしめくこの『体育祭』という名の戦場に……私、藍染惣右介は、愛すべきクラスメイトたちと大親友の笑顔を守るため、盤石の布陣を敷いて堂々と待ち構えるのであった。

 

 

 

 

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