いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
十月。高く澄み渡った秋晴れの空の下、ついに高度育成高校の体育祭本番の朝がやってきた。
グラウンドには、白線で綺麗に引かれたトラックと、各クラスの生徒たちが待機するためのテントがずらりと並んでいる。スピーカーからは軽快な行進曲が流れ、会場全体が特有の熱気と高揚感に包まれていた。
「みんな、いよいよ本番だよ! これまでみんなで練習してきた成果を、全部出し切ろう! ペナルティは絶対にクラス貯金でカバーするから、誰も恐れずに、自分の全力をぶつけてきてね!」
私たちAクラスのテント内では、一之瀬が中心となって全員で円陣を組んでいた。
「おおーっ!!」
「絶対にAクラスの座を守り抜くぞー!!」
柴田や神崎たちが力強く応え、クラス全体の士気が最高潮に達する。
(おおっ……! クラスメイト全員で肩を組んで円陣とか、めちゃくちゃ青春してるじゃん! 最高だな、こういうの!)
私は表面上は静かな笑みを浮かべつつ、内心でテンションを爆上がりさせていた。
その時、私の右隣で肩を組んでいた銀髪の少女――ひよりが、少しだけ申し訳なさそうに、ふわりと微笑みかけてきた。
「惣右介くん。私、運動はあまり得意ではないので、今回は戦力としてお役に立てそうにありません……。でも、惣右介くんのかっこいい姿は、テントからちゃんと見て応援していますね!」
(おおぉぉぉっ!! 大親友にそんな可愛いこと言われたら、俺も本気でやってやるしかないぜ!! よーし、徒競走でぶっちぎりの1位を取って、いいとこ見せてやる!!)
私は気合を入れ直し、彼女の応援に応えるべく、爽やかに意気込みを語ろうと口を開いた。
「――案ずるな。君はただ、安全な硝子の城から、私が天の頂へと駆け上がる様を見届けていればいい」
(うわああああ!! なんで『任せて! 俺がトップでゴールするから見ててね!』がこんな魔王みたいな傲慢宣言になっちゃうの!? 硝子の城ってなんだよ!)
だが、ひよりは私のそのオサレポエムの真意を完璧に読み取り、「ふふっ、頑張ってくださいねっ、惣右介くん!」と、嬉しそうに両手でガッツポーズを作ってくれた。
本当に、この大天使がいなければ私は今頃クラスで孤立していただろう。
私は円陣を解き、最初の競技である『一年生男子・100メートル走』の第一走者として、スタート地点へと向かった。
――その道中、グラウンドのあちこちで、我がAクラスの生徒たちが指定された配置についているのが見えた。
出番まで時間のある生徒たちが、トラックの様々な角度から、自らのスマートフォンやタブレットを構えているのだ。
これは事前会議で俺が提案しておいた『妨害行為の抑制と、不正の証拠確保』としての作戦だった。
「チッ……!」
それを見て、Cクラスのテントから鋭く舌打ちをしたのは、独裁者・龍園翔だった。
(あの野郎……。俺たちが体育祭で『反則』や『妨害』などの手段を使うと読んで、事前に監視網を敷きやがったのか?)
今回の体育祭において、龍園は白組として確実に勝利するため、Dクラスのスパイから出場表を流出させ、それを坂柳のBクラスと共有して徹底的にDクラスを叩く作戦を立てていた。
それに加えて、Dクラスの主力である須藤とリーダーの堀北、さらにはあわよくばAクラスの主力数名も、競技中の『事故』を装って物理的に潰しておく腹積もりだったのだ。
(……チッ。ここまで徹底的に監視網を敷かれちゃ、何度も『事故』を起こすのは得策じゃねえ。上手いこと偶然を装ってぶつかるにしても、やるのはここぞという一撃限定だな。……ククク、藍染惣右介、やはり一筋縄ではいかねぇか)
龍園は、盤面を先読みして動く私の『見えざる手』に、警戒レベルをさらに一段階引き上げていた。
そして、それを見ていたもう一人。Bクラスのリーダー、坂柳有栖もまた、杖をつきながら面白そうに目を細めていた。
(ふふふ……。私のクラスは全体的に学力は高いですが、運動能力の平均値は決して高くありません。ゆえに今回は、事前に龍園くんから共有された出場表を利用して徹底的にDクラスを叩き潰し、まずは手堅く『白組としての勝利』を勝ち取る計画でした。そして同時に……トップを走るAクラスを確実に引きずり下ろすため、いくつか盤外の妨害策も視野に入れていたのですけれどね)
坂柳は、トラックを取り囲むように配置されたAクラスの監視網をぐるりと見渡し、ふと楽しげな笑みをこぼした。
(まさか、こちらの手口を事前に見抜いた上で、こうも鮮やかに先手を打ってくるとは。……ええ、素晴らしい盤面の支配力です。本当に、あなたという人は最高のエンターテイナーですね、藍染惣右介くん)
(ククク、確かにこれで盤外からの妨害や反則は滅多に使えなくなった。……だが)
龍園は、確かな勝機を確信して獰猛に笑った。
(この体育祭という仕組み上、いくら藍染くん個人の能力がどれだけ優れていようとも、Dクラスという特大の足手纏いを抱えた状態ではどうしようもありません)
坂柳は、手元の杖をトン、と軽く鳴らして目を細めた。
(Aクラスは一之瀬を中心に一丸となって強固な守りを敷いてやがる。だが、てめぇらの陣地をいくら完璧に固めようが、Dクラスに潜む『裏切り者』からの情報流出までは防ぎようがねぇだろうが。クククッ……今回ばかりは、その理不尽な重りを抱えたまま沈んでもらうぜ、藍染)
(ええ。いかに貴方が優秀であろうと、他クラスの内部崩壊まではコントロールできない。いずれ情報の流出に気付くでしょうが、その時には既に手遅れ。……自らの領域だけは完璧に守り抜いた上で、泥舟と共に沈みゆく敗北の味。どうか最後まで堪能してくださいね)
各クラスの厄介なリーダーたちが、俺の敷いた完璧な防陣を称賛しつつも、泥舟と共に沈みゆく敗北の未来を確信している中。
当の私はそんな彼らの思惑など露知らず、爽やかな秋晴れの空の下、100メートル走のスタートラインに立っていた。
そして私の隣のレーンには。
「……てめぇ!!」
Dクラスが誇るエース、須藤健が、燃え盛るような怒りの形相で私を睨みつけていた。
「ぜってぇに、テメェだけには負けねえ……! ぶっちぎりで叩き潰してやるからな!!」
(げぇぇぇっ!? 審議の時の暴力マンじゃん!! こっわ!! え、なにその殺気!? まだあの時、俺が二週間の停学にしたこと根に持ってキレてんの!? いやあれ、お前が過剰にボコボコにしたのが悪いんじゃん!)
私は内心でガクガクと震え上がりながら、彼の怒りを少しでも鎮めるために「まあまあ、スポーツなんだから正々堂々楽しく走ろうぜ」と声をかけようとした。
しかし、私の口から飛び出したのは、あまりにも有名すぎるあのセリフだった。
「――あまり強い言葉を遣うなよ。……弱く見えるぞ」
(また出たぁぁぁぁぁぁっ!!! なんで俺、このセリフ何回も言っちゃうの!? ていうかこのセリフがジャストフィットする場面、この学校多すぎなんだよ!!)
「……ッ!! てめぇ……ぶっ殺す!!」
須藤の額に青筋が浮かび、今にも掴みかかってきそうなほどブチギレてしまった。
(ほらあああ! 完全に火に油注いじゃったじゃん!! 助けて!! 早くスタートのピストル鳴らして!!)
『――位置について。よーい……』
パンッ!!
乾いた号砲が鳴り響いた瞬間。
私は、この『藍染惣右介』という器に備わった圧倒的な身体能力を解放し、地を蹴った。
まるで『瞬歩』を使っているかのような、次元の違う加速。
一歩、また一歩と踏み出すごとに、周囲の景色が後方へと飛んでいく。
「なっ……! はえぇっ!?」
隣のレーンでスタートダッシュを決めたはずの須藤が、驚愕に目を見開く。
Dクラス最速の彼ですら、私の背中を捉えることすらできない。圧倒的な、絶望的なまでの速度差。
私は誰の追随も許さぬまま、涼しい顔でゴールテープを切った。
「クソッ……! クソがっ!!」
遅れてゴールした須藤が、膝に手をつき、悔しそうに地面を蹴り上げる。
「なんで俺が……あんなヒョロっちい優等生野郎に……っ!」
(よ、よし、勝った! これ以上関わらないように、さっさとテントに戻ろう)
私は須藤から目を逸らし、その場を立ち去ろうとしたが、無情にも私のオサレシステムが自動で起動してしまった。
「――随分と鈍重な牙だな。……地に這う狂犬が空を舞う竜に追いつけると、本気で錯覚していたのか?」
(うわあああああああ!!! なんで俺の口は、キレてる奴相手に限界まで煽りたがるんだよ!! 触らぬ神に祟りなしって言葉知らんのか俺の口は!!)
「てめぇ……! もう一回言ってみろ……!」
須藤がギリッと歯を食いしばり、凄まじい形相で私に詰め寄ろうとする。
私は内心で「ごめんなさいごめんなさい」と泣き叫びながら、外面は見下すような冷徹な視線を須藤に突き刺した。
須藤は私のその『絶対的な強者の眼差し』に気圧されたのか、あるいはこれ以上問題を起こせないと理性が働いたのか、ギリギリのところで立ち止まり、「……次はぜってぇにぶっ潰す」と捨て台詞を吐いて、自陣のテントへと戻っていった。
(助かったぁぁぁ……。マジで殴られるかと思った……)
私は寿命が縮む思いで、Aクラスのテントへと帰還した。
「藍染くん、すごいっ!! ぶっちぎりの1位だったね!」
「さすがは藍染だな。須藤を相手に、あれほどの大差をつけるとは」
一之瀬や神崎、クラスメイトたちが拍手で私を出迎えてくれる。
「――勝利など、ただの過程に過ぎない。太陽が東から昇るのと同じように、私が勝つのは世界の当然たる摂理だ」
(訳:ありがとう! みんなもこの調子で頑張ろうね!)
「『勝って当然の勝負です。この勢いに乗って、皆さんも頑張りましょう』とのことです。お疲れ様です、惣右介くん!」
ひよりが完璧な翻訳をしてくれ、クラスメイトたちも「おおー! 藍染くん頼もしい!」と盛り上がる。
その温かい熱気に当てられ、私はさらにクラス全体を鼓舞するべく、『さあ、みんなで体育祭の優勝に向かって突き進もう!』と爽やかな笑顔で声を張り上げようとした。
しかし、無情にも私のオサレシステムが自動起動し、勝手に口を動かしてしまう。
「――さあ、行こうか。理の涯へ」
(うわああああ!! 士気を上げようと思ったらまたオサレポエムが暴発した!!)
「「「……理の涯? どこそれ?」」」
突然飛び出した意味不明な目的地(?)に、一之瀬もクラスメイトたちも一斉に首を傾げ、ポカンと困惑してしまった。
しかし、そこで再び我がAクラスが誇る最強の大天使が、ニコッと満面の笑みで口を開いた。
「『さあ、みんなで体育祭の優勝に向かって突き進みましょう!』……と仰っています!」
「「「おおおおおっ!! 優勝するぞおおおお!!!」」」
ひよりの的確で分かりやすい完璧な翻訳により、困惑していたクラスメイトたちの士気が一気に最高潮へと跳ね上がった。
みんなが闘志を燃やして次の競技へと向かっていく背中を見送りながら、私は内心で深々とひよりに手を合わせた。
(ひより、本当にありがとう……!)
――だが、その一部始終を。
遠く離れたDクラスのテントの影から、静かに観察している男がいた。
(……藍染惣右介。やはり、底が知れない男だ)
綾小路清隆は、無感情な瞳で私の背中を見つめていた。
(同じ紅組といえど、この体育祭の真の目的は『学年別でのクラスポイントの奪い合い』だ。……奴は、最初の競技で意図的に我がDクラスのエースである須藤を完膚なきまでに叩き潰し、言葉で煽り、精神的な揺さぶりをかけた。須藤のメンタルを崩壊させることで、後続の競技でもDクラス全体のパフォーマンスを低下させる狙いか。……しかも、事前のカメラ配置による妨害対策も完璧。盤上の全てを支配し、確実な勝利だけを摘み取っていく……)
綾小路の中で、藍染惣右介の『冷酷無比な絶対者』としての解像度が、またしても恐ろしい方向へと爆上がりしていく。
(……まさか、体育祭の裏でここまで高度な心理戦を仕掛けてくるとはな。俺も、少し動き方を変える必要があるかもしれない)
体育祭の熱狂の裏側で、人工の天才による果てしなく深い『勘違い』の連鎖が、さらに加速していくのであった。
100メートル走での圧倒的な勝利――と、不本意極まりない煽りポエムの暴発――から始まった体育祭は、その後も熱狂と歓声、そして各クラスの思惑が入り乱れる中、滞りなく進行していった。
次なる出場種目である『110メートルハードル走』。
私はここでも、他の追随を一切許さない、圧倒的かつぶっちぎりの1位を獲得していた。
ピストルの音が鳴った瞬間の、爆発的なスタートダッシュ。そこから最高速に達するまでの滑らかな加速。そして何より周囲を驚かせたのは、ハードルを越える際の『滞空姿勢』だった。
高く跳び上がるのではなく、極限まで低い前傾姿勢を保ったまま、まるで空中で滑らかに空間を蹴っているかのような無駄のない軌道。ハードルを『跳ぶ』のではなく『すり抜ける』ようなその走法は、一切の減速を生まず、二位以下に絶望的なまでの大差をつけた。
内心で自分の理不尽な身体スペックにドン引きしつつも、私は息一つ乱すことなく、優雅な足取りでゴールテープを切った。観客席やテントからは、私の一挙手一投足にどよめきと歓声が上がっていたが、私はあくまで「フッ、当然だ」とでも言いたげな傲慢な笑みを浮かべてみせた。
そして、午前中の大きな目玉競技である『棒倒し』の時間がやってきた。
棒倒しは、紅組対白組の総力戦であり、攻撃側と防衛側に分かれて二回戦行われる。
一回戦目。事前の打ち合わせ通り、我がAクラスの男子が攻撃に回り、Dクラスが自陣の棒を守る防衛に回ることになった。
対する白組は、武闘派の不良たちを多数抱えるCクラスが中心となって防衛陣形を敷いている。中心には石崎やアルベルトといった大柄で腕っぷしの強い生徒たちが壁を作り、いかにも「突っ込んできたらタダじゃおかねぇぞ」という物騒な殺気を放っていた。
(うわぁ……あんなゴリラみたいな連中のところに突っ込むの、絶対に痛いじゃん。怪我とか泥だらけになるのは嫌だから、俺は後ろの方で適当に歩いてよーっと)
私は、砂埃を上げてワーッと突撃していくAクラスの男子たちの後方で、一人だけ散歩でもするかのように、ゆっくりと……極めて優雅な足取りで歩みを進めていた。
「おい見ろ! 藍染が来るぞ! あいつだけは絶対に止めろ!!」
Cクラスの防衛陣から、私を極度に警戒する怒号が飛ぶ。
血の気の多いCクラスの生徒数名が、Aクラスの先陣をすり抜けて、私めがけて一直線に突っ込んで来た。
(ひぃぃぃっ!? なんで俺をピンポイントで狙うの!? 俺なんにもしてないじゃん! 怖い怖い怖い!!)
私は内心で悲鳴を上げたが――『藍染惣右介』という規格外の器と、ホワイトルームで刻み込まれた戦闘技術は、私の意思とは無関係に極めて冷徹かつ合理的に反応した。
凄まじい勢いで殴りかからんばかりに突進してくる敵。私は一切の力みなく、ふわりと柔らかくその腕を掴む。
そして、そのまま自身の体重をわずかに移動させ、相手の突進するベクトルを完璧に掌握し、円を描くように受け流した。
「なっ……!? うおぉぉっ!?」
――ドサァッ!!
合気道や柔術の達人のような、完全なる脱力と理にかなった重心移動。
突っ込んできた生徒たちは、私に触れられた瞬間、まるで見えない壁に弾かれたように、あるいは自分から地面にダイブするように次々と転がっていった。
(よし! 身体が勝手に相手の力を利用して投げ飛ばしてくれた! これなら怪我せずに棒まで行けそう!)
私は倒れた生徒たちを跨ぎ、ひらり、ひらりと舞うように敵陣の隙間をすり抜けていく。
一切の感情を見せず、表情一つ変えずに自陣を崩していく私の姿は、周囲から見れば『絶対的な実力差を見せつける魔王の蹂躙』にしか見えなかっただろう。
気づけば、私は誰よりも早く、そして無傷のまま、敵陣の最奥――Cクラスの守る棒の目の前に到達していた。
「バカな……! いつからそこに……!?」
棒を支えていた石崎が、信じられないものを見るように目を見開く。
私は彼らに触れることすらなく、ただスッと手を伸ばし、頂点へ向けて軽く棒を押し込んだ。
ミシミシと音を立てて、白組の棒が傾き、そのまま砂煙を上げて倒壊する。
『――勝負あり! 一回戦は紅組の勝利!!』
グラウンドに歓声が響き渡り、Aクラスの男子たちが「よっしゃあああ!!」「藍染凄すぎだろ!!」と私の元へ駆け寄ってきた。
しかし、これで終わりではない。
続く二回戦目は、紅組内での役割を交替して行われる。一回戦で攻撃を担当した私たちAクラスが自陣の棒を守る防衛に回り、防衛だったDクラスが敵陣への攻撃を仕掛ける番である。
陣形を整えるため、私がAクラスの男子たちと共に紅組の棒の周囲(右翼側)に配置についた時のことだ。
「おい、藍染」
攻撃に向かう準備をしていたDクラスの須藤が、通り際に足を止め、私を鋭く睨みつけてきた。
「さっきは一人でいい格好して調子に乗ってたみたいだが……あんまり図に乗んなよ。次は俺たちが白組の棒をへし折って、俺の凄さを見せつけてやるからな」
(ひぃぃぃっ!! なに!? まだキレてるの!? どんだけ俺のこと嫌いなのこの人! いやごめん、調子に乗ってたわけじゃなくて、身体が勝手に動いちゃっただけだから! ごめんなさい!!)
私は内心で土下座レベルの謝罪を繰り広げながらも、外面は微動だにせず、ただ見下すような冷徹な視線を須藤へと向けた。
そして、無情なるオサレシステムが自動起動する。
「――吠えることでしか己の存在を証明できぬとは。……君の瞳に映る世界は、随分と底が浅いらしい」
(うわあああああ!! だからなんで煽るの俺の口!! 今から突撃する味方のテンション下げるようなこと言わないで!!)
「……チッ。相変わらず気に食わねえ野郎だ。見てろよ!」
須藤はギリッと歯を食いしばると、怒りに任せて白組の陣地へと歩み去っていった。
そして、二回戦開始の号砲が鳴り響いた。
「オラァッ!! 行くぞDクラス!!」
須藤を先頭に、Dクラスの大群が砂埃を上げて白組の陣地へと突撃していく。
だが――その突撃は、完全に龍園の手のひらの上だった。
「くそっ、全然崩れねぇ!」
「痛ぇっ! 押し潰される……!」
「オラァッ!! 押し返せ!!」
ただでさえ猪突猛進で連携の取れていないDクラスの攻撃陣は、Cクラスの鉄壁の防衛陣――ルール違反にならないラインを突いた、体重と圧力をかけた容赦ない肉弾ブロックの前に、なす術なく弾き返され、次々と崩されていく。
(うわぁ、めっちゃキツそう……。作戦無視してでも、俺も攻撃に加わるべきだったかな……)
私は遠くで繰り広げられる圧殺劇を眺めながら、ただ腕を組んで立っていた。
私が守っている紅組の右翼側には、誰も攻めてこない。白組の攻撃陣もまた、一回戦での私の異常な体術を警戒し、完全に私を避けるルートを選択していたからだ。
しかし、どんなに個人の能力が卓越していようと、この大人数の乱戦において、一人で全方位の防衛網をカバーすることなど物理的に不可能だ。私があちら側へ援護に向かえば、今度はこちら側の守りが手薄になり、そこを突かれるだけである。
結局、攻撃に出たDクラスが完全に無力化されたことで、数の優位に立った白組の攻撃陣が、私のいない反対側(左翼側)から紅組の棒に群がり、力任せに引き倒してしまった。
『――勝負あり! 二回戦は白組の勝利!!』
これにより、棒倒しは一勝一敗のイーブンという結果に終わった。
続いて行われたのは、女子による『玉入れ』だった。
私は休憩テントのパイプ椅子に深く腰掛け、スポーツドリンクを飲みながらその様子を眺めていた。
この競技は、完全にBクラスのリーダー、坂柳有栖の独壇場だった。
彼女は身体的なハンデにより自身は競技に参加できないものの、コートの外から的確に白組の女子たちに指示を出し、投擲のタイミングや位置取りを完璧にコントロールしていた。結果、かなりの接戦にはなったものの、坂柳の指揮力により僅差で白組が勝利を収めた。
(坂柳の指揮能力、凄いな……)
私はそんな冷静な分析をしつつも、視線はただ一点、我がAクラスの陣地に釘付けになっていた。
「えいっ! ……ああっ、外れちゃいました。もう一回、えいっ!」
そこには、運動が苦手なひよりが、少し大きめの体操服の袖を揺らしながら、一生懸命にぴょんぴょんと跳ねて玉を投げている姿があった。
放物線を描いた玉は、カゴの縁に当たってポロリとこぼれてしまう。すると彼女は「むむっ」と可愛らしく頬を膨らませ、また別の玉を拾って、ぴょんっと跳ねる。
(……尊い。なんだあの生き物、可愛すぎるだろ……。俺のすり減った精神力ゲージがゴリゴリ回復していく……! マイナスイオン出てるよ絶対……! 頑張れひより! そのままの君でいてくれ!)
私は白組の勝利などどうでもよくなるくらい、大天使の『ぴょんぴょん玉入れ』に心底癒されていた。
その後も競技は続く。
力自慢が揃う『綱引き』では、男子の部でDクラスの須藤たちの持ち前の筋力と、最後尾で私がこっそり全力を出したおかげで紅組が圧勝。女子の部でも、一之瀬を中心としたAクラスの抜群のチームワークにより紅組が勝利を収めた。
――そして、午後。
女子の『障害物競走』の最中に、一つの大きなトラブルが起きた。
トラックを走っていたDクラスのリーダー・堀北鈴音と、Cクラスの木下という女子生徒が、コーナー付近で激しく接触し、二人揃って転倒してしまったのだ。
木下はそのまま立ち上がることができず、救護テントへと運ばれて途中リタイア。堀北のほうも、足を引きずりながらなんとかゴールはしたものの、明らかに大きなダメージを負っていた。
私はすぐさま、その場を撮影していたAクラスの生徒からタブレットを受け取り、テントの隅で接触時の動画を再生した。
(……なんとも言えんなぁ。これ)
私は映像を何度も巻き戻し、スロー再生で確認する。
(妹さんが走りながらちょくちょく後ろを振り返ってる。それに合わせて、木下が絶妙なタイミングで間合いを詰め、死角から足を絡ませるようにして『自然な接触』を引き起こしているな。……おそらく、走りながら後ろから何か声をかけて、堀北の注意を逸らしたんだろう)
極めて巧妙な手口だった。
(これじゃあ、ただの競技中の不可抗力な事故にしか見えない。証拠として学校側に提出しても、故意の接触だと断定するのは難しいな。……これが一日に何度も起きれば話は別だが、この一回だけなら、Cクラス側の作戦だと言い切ることはできない)
盤面を俯瞰すれば、これが偶然の事故ではないことなど明白だ。
(龍園の性格上、無人島試験で結果を残したDクラスのリーダーである堀北を、この体育祭に乗じて物理的に潰しにいったと考えるのが自然だ。……だけど、それなら普通、一番クラスポイントを持っている俺たちのAクラスの主力を狙う方が意味があるはずだ。……単純に録画されていることを警戒してAクラス狙いは避けたのか?)
そこで私は、ふと嫌な想像に行き着き、背筋をゾクッと震わせた。
(ってか……堀北さん、普通に足怪我してるじゃん。あんなの、あの超絶重度のシスコンである『学お兄ちゃん』が見たら、ブチギレるんじゃ……!?)
愛する妹が卑劣な手段で怪我を負わされたと知れば、あの厳格な生徒会長がどんな報復に出るか分かったものではない。
(こっわ!! 生徒会長の逆鱗に触れた龍園、マジで消されるぞ! 俺は絶対にこの件には関わらないようにしよう。巻き添えで殺されたくないし!)
私は戦々恐々としながら、そっとタブレットの電源を落とした。
その後、男子の『障害物競走』が行われ、私はここでも個人で圧倒的な1位を獲得。
続く『二人三脚』では、運動神経抜群の柴田とペアを組むことになった。
「藍染、よろしくな!ぶっちぎってやろうぜ!!」
「――案ずるな。私の歩調に、世界が合わせてくる」
(訳:よろしく! 柴田のペースで走っていいよ)
オサレポエムが発動したものの、柴田からは「おっ、頼もしいな!」と笑って受け入れられた。私は彼の歩幅や呼吸に完璧に同調し、まるで一人で走っているかのような爆速を見せつけて余裕の1位をもぎ取った。「いやー、藍染と走ると全然引っかからなくてめちゃくちゃ走りやすかったぜ!」と柴田にも大絶賛された。
――しかし。
全ての競技の合間に、グラウンドの端に設置された得点掲示板を確認した私は、そこに明らかな『作為』を感じ取り、内心で小さく息を吐いた。
(やっぱりそうか……)
掲示板のデータと、これまでの競技の組み合わせを脳内で照らし合わせていく。
(須藤や平田みたいな、Dクラスの中で明らかに足が速い連中の対戦相手には、決まって白組の『足の遅い生徒』が当てられてる。いわゆる捨て駒だ。逆に、Dクラスの平均的、あるいは運動が苦手な生徒の対戦相手には、白組の『ギリギリ確実に勝てる生徒』がピンポイントでぶつけられている……)
この学校の体育祭は、生徒の自主性を重んじるため、各クラスが『誰をどの競技の何レース目に出場させるか』を決める出場表を作成し、学校側に提出するシステムだ。
通常なら、相手クラスの誰がどのレースに出るかなど、当日スタートラインに立つまで分からないはずである。
(間違いない。事前にDクラスの出場表が漏洩して、BクラスとCクラスの間で共有されてるんだ。だから坂柳と龍園は、自陣の被害を最小限に抑えつつ、Dクラスから確実にポイントを奪い取るための『最適な対戦カード』を組むことができたわけだ。……あの接触はDクラスの戦力を削るために、女子の主力である堀北を潰しに行ったってわけか……)
私は、その極めて合理的な、カラクリの全貌を完全に理解した。
(俺たちAクラスは手堅くポイントを稼いでるから、一年生の中での学年1位か2位は固い。……上級生を見ても学先輩や南雲がいるAクラスは暫定一位だ。……だが、現状は白組がかなりリードしている。これだけ一年Dクラスが負けていると、紅組全体として見た時にはかなり厳しい勝負になるな)
私はそこまで思考を巡らせた後、ふと自陣のテントで一之瀬や神崎たちが一生懸命に応援している姿を見た。
(……いや、でもこれ、一之瀬たちに共有したところでどうしようもないな)
私は静かに息を吐き、口を噤むことを選んだ。
情報が漏れたのがDクラスの不注意なのか、誰かが脅されて奪われたのか、あるいは裏切り者が流したのか分からない。確たる証拠がない以上、BクラスとCクラスを不正だと責めることはできないし、学校側に抗議しても無意味だ。変にこの情報を共有してクラスの士気を下げたり、神崎が無駄にオサレな怒り方をするくらいなら、私の胸の中だけに留めておくべきだろう。
(……Dクラスには清隆がいる。あいつがいてこんな杜撰な情報漏洩を見逃すわけがないと思っていたんだがな……。いや今更考えても仕方がないな)
どうせ、我々Aクラスのやるべきことは変わらないのだ。
「藍染くん、次も頑張ろうね!」
「ああ」
私は笑顔で手を振る一之瀬に軽く頷き返し、静かに、だが確かな闘志を秘めてグラウンドを見据えた。
体育祭の戦いは、いよいよ過酷な後半戦へと突入しようとしていた。