いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
――四月。桜舞い散る春のうららかな陽光の中、私たちは国が設立した超エリート校、高度育成高等学校へと向かう専用バスに揺られていた。
車内は、新生活への期待に胸を膨らませる新入生たちのざわめきで満ちている。
そんな中、最後列の二座席だけは、周囲の喧騒から切り離されたように静寂が保たれていた。
私と、隣に座る椎名ひよりだ。
私たちは示し合わせたかのように、それぞれ膝の上に広げた文庫本に視線を落としていた。
(はぁ……最高の時間だ。読書仲間と一緒に登校できるなんて、このまま平和な高校生活が送れればいいんだけど)
私が内心で平穏な未来を祈っていると、バスは巨大な門を抜け、広大な敷地へと滑り込んだ。
ここが、これから三年間を過ごすことになる学び舎だ。
バスを降り、新入生たちが群がるクラス分けの掲示板へと向かう。
押し合いへし合いする生徒たちの後ろから、私は藍染スペックによる驚異的な視力で掲示板の文字を捉えた。
「えっと、私の名前は……」
「……」
私の視線は、瞬時に自分の名前と、彼女の名前を見つけ出した。
『1年Bクラス:藍染惣右介』
『1年Cクラス:椎名ひより』
(……また、違うクラスか)
私は内心で深くため息をついた。
同じ高校に行けると決まった時は舞い上がったが、やはりそう上手くはいかないらしい。
隣で背伸びをしながら掲示板を見ていたひよりも、自分のクラスと私のクラスを確認したようで、ふにゃりと眉尻を下げた。
「高校でも……違うクラスになっちゃいましたね。残念です」
「…………」
(ああっ! ひよりが悲しそうな顔してる! 励まさなきゃ! 『でも休み時間とか放課後は一緒に図書室に行こうね』って、優しく言ってあげるんだ俺!!)
私はひよりの方を向き、優しく微笑みかけようとして――口を開いた。
「――嘆くことはないよ、ひより。……星々が異なる星座に属そうとも、見上げる夜空が同じである限り、その輝きが交わる瞬間に変わりはない」
(ああああああああ!! まただ!! なんで慰める時までこんな大仰なポエムになるんだよ俺!! 普通に慰めさせてくれよ!!)
「……君と私の結びつきを、たかだか一枚の壁や、学校が引いたつまらない境界線が遮れると思うかい?」
私の圧倒的な自信(と中二病全開の響き)に満ちた言葉を聞いて、ひよりは一瞬きょとんとした後、嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「……ふふっ、そうですね。クラスが違っても、図書室は一つですものね。放課後、また一緒にお話ししましょうね、惣右介くん」
「ああ。……君の待つ場所が、私の玉座だ」
(玉座って図書室のこと!? 図書室の椅子を玉座扱いしちゃったよ俺! でもひよりが笑ってくれたからオールオッケーだ!!)
私たちは教室へ続く廊下で別れた。
彼女の背中を見送った後、私は『1年Bクラス』と書かれたプレートの下を潜った。
教室の中は、すでに入学式を待つ生徒たちで溢れ、和気藹々とした空気が流れていた。
ピンク色の髪をした明るい雰囲気の美少女を中心に、すでにいくつかのグループが出来上がっている。どうやらこのクラスは、社交的な生徒が多いらしい。
(よし、俺もあの輪の中に……いや、無理だな。このスペックとポエム自動変換機能を持った俺が突撃したら、絶対に変な空気になる。ここは大人しくしておくのが無難だ)
私が教室に一歩足を踏み入れた瞬間――ピタリ、と。
教室中の会話が、まるで時を止められたかのように静まり返った。
「「「…………」」」
生徒たちの視線が一斉に私に突き刺さる。
『うわ、すっごいイケメン……』
『でも、なんか威圧感ヤバくない……?』
『近づいちゃダメなタイプだ……』
そんな声なき声が、痛いほど伝わってくる。
(ほらね! やっぱりこうなる!! 俺ただ歩いてきただけなのに、なんで覇王色の覇気みたいの出ちゃってんの!?)
私は内心の涙を隠し、誰とも目を合わせないように優雅な足取りで教室内を進んだ。
向かう先は、窓際の一番後ろの席。
私が席に着き、窓の外を眺めるポーズを取ると、教室には少しずつ会話が戻ってきた。しかし、私の周囲半径2メートルだけは、見えない絶対領域が張られたように誰も寄り付かなかった。
(……いいんだ。俺にはひよりっていう親友がいるし。別に寂しくなんかないし……)
そんな強がりを内心で呟いていると、教室のドアが勢いよく開き、一人の女性教師が入ってきた。
「はーい、みんな席についてー! HR始めるよー!」
ゆるふわな雰囲気を纏った、可愛らしい女性だ。
彼女は教卓に立つと、ニコリと笑ってチョークを手に取った。
「私の名前は星之宮知恵。この1年Bクラスの担任を受け持つことになったから、三年間よろしくね!」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
明るいクラスメイトたちが元気に返事をする。
しかし、私の耳は星之宮先生の放った『ある言葉』に釘付けになっていた。
(……さんねんかん? 今、三年間って言ったか?)
「えっとね、この学校のルールをいくつか説明するね。まず、この学校は卒業までの三年間、クラス替えはありません!」
(――――ッ!!?)
私の内心に、絶望の雷が落ちた。
(三年間クラス替えなし!? 嘘だろ!? ってことは、俺は卒業までひよりと同じクラスになれないってこと!? そんな殺生な! 俺の高校生活の唯一の癒しイベント『親友と同じクラスになる』が、入学初日で完全に消滅しただと……!?)
私が窓際で(表面上は極めて冷静に)絶望の淵に立たされていることなど露知らず、星之宮先生の説明は続く。
「それから、この学校は徹底した全寮制です。在学中は外部との連絡や接触は原則禁止。その代わり、敷地内にはカフェとか映画館、カラオケからショッピングモールまで、あらゆる娯楽施設が揃ってるから安心してね!」
生徒たちから「おおー!」という歓声が上がる。
「そして一番大事なこと! 敷地内では現金は一切使えません。お買い物は全て、生徒手帳の代わりになるこの端末に入ってる『プライベートポイント』を使ってもらいます。学校の設備なら、本当に何でもポイントで買えちゃうんだよー」
ふむ、と私は内心で頷いた。
国が管理する学校だけあって、独自の経済圏を構築しているのか。
「ポイントはね、毎月一日に学校から振り込まれます。1ポイントは1円相当ね。で……今月は既に10万ポイントが支給されてまーす!」
「「「ええええええええっ!?」」」
教室中がどよめきに包まれた。
無理もない。高校一年生の子供に、毎月10万円もの大金が自由に使える状態で与えられたのだ。
スマホを買うか、服を買うか、それとも豪遊するか。クラスメイトたちの目が欲望でギラギラと輝き始める。
「あ、でも注意してね。所持しているポイントは、卒業時に学校に全部回収されちゃうから、溜め込んでも意味ないよ〜。だから、使える時にパァーッと使っちゃうのがオススメかな!」
星之宮先生は茶目っ気たっぷりにウインクをした。
「それじゃ、この学校では『実力』で生徒を測るからね。そのポイントは、入学した君たちの『価値』だと思ってね!……説明は以上! 入学式が始まるまでは自由に過ごしていてね〜」
そう言い残すと、星之宮先生は嵐のように教室から去っていった。
先生がいなくなった瞬間、Bクラスは「10万円で何を買うか」という話題で爆発的な盛り上がりを見せた。
「なぁなぁ、放課後カフェ行こうぜ! 俺奢るよ!」
「マジで!? 10万もあるならゲーム機買えちゃうじゃん!」
誰もが浮かれている。無邪気に与えられた大金を喜んでいる。
しかし――窓際の席で頬杖をつく私の思考は、完全に別の次元へとシフトしていた。
(……なんだ、今の説明は?)
藍染スペックの天才的な頭脳が、星之宮先生の言葉の端々に隠された「違和感」を次々と拾い上げ、繋ぎ合わせ、一つの恐るべき結論へと導き出していく。
(なぜ、彼女は『毎月10万ポイントが振り込まれる』とは言わなかった? 彼女はこう言った。『毎月一日に振り込まれる』ことと、『今月は10万ポイントが支給されている』こと。……この二つを、意図的に分けて説明した)
もし毎月10万が確定でもらえるのなら、わざわざ分ける必要はない。
ということは、来月振り込まれるポイントは、10万とは限らないということだ。
(……『実力で生徒を測る』。『ポイントは入学した君たちの価値』。……なるほど、そういうことか)
私は教室の四隅、そして黒板の上などに設置されている小型の監視カメラに、スッと視線を向けた。
国が莫大な予算を投じて設立した高度育成高等学校。そこで毎月10万円もの大金を、素行も学力もバラバラな高校生に無条件で与え続けるなど、常識的に考えてあり得ない。
(この学校は……入学時点での『10万』という価値から、生徒の行動や態度、成績を監視し、減点していくシステムなんだ。遅刻、私語、成績不良……あらゆるものがポイントの減少に直結する。この浮かれている連中が今のまま一ヶ月過ごせば、来月のポイントはゼロ……いや、マイナスになる可能性すらある)
一瞬にして学校の根幹システムである『Sシステム』の正体を看破した私は、ふっと口角を吊り上げた。
(……面白い。実力至上主義とは聞いていたが、初日からこんな悪趣味なトラップを仕掛けてくるとは。……だが、藍染スペックの頭脳の前ではあまりにも浅知恵だな。この程度の盤面、目を瞑っていてもひっくり返せる)
私が内心で得意げに推理を披露していると、不意に窓ガラスに自分の顔が映った。
そこには、クラスメイトを「愚かなモルモット」と見下すような、冷酷で圧倒的な悪のカリスマ性を放つ、完全なる『藍染惣右介の邪悪な笑み』が浮かんでいた。
(うわあああ!? なにこの極悪人の顔!! 違う違う! 俺はただ推理が当たって嬉しかっただけだって!!)
私が慌てて顔の筋肉を緩めようとしていると、クラスの数人が私のその笑みを見てしまい、ヒッと息を呑んでさらに距離を取るのが見えた。
(ああっ、また俺の孤立が進んでいく……! ひより、助けてくれ……俺の心が休まる場所は、もう君の隣しかないんだ……!)
周囲からは「絶対的な知略を巡らせる底知れぬ男」として恐れられながら。
内心では「早く休み時間になってひよりと図書室で喋りたい」と切実に願う転生者・藍染惣右介。
彼の波乱とすれ違いに満ちた高度育成高等学校での生活が、今、幕を開けたのであった。