いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
ペーパーシャッフルのルールと概要が発表されてから数日後。
事前の『小テスト』に向けて、一年Aクラスの教室では、リーダーである一之瀬帆波を中心とした緻密な作戦会議が行われていた。
「みんな、聞いて! 今回のペア決めは、学校側が小テストの結果を元に『成績上位者と下位者を組み合わせてバランスを取る』可能性が極めて高いと思うの。だから、中途半端な点数を取ってペアの振り分けが読めなくなるのを防ぐために、クラス全体で意図的に点数を調整したいんだ!」
教壇に立つ一之瀬が、黒板に大きく点数のグループを書き出していく。
「だから、みんなの今の学力をベースにして、私から一人一人に『目標点数』を個別に指定させてもらうね! 点数のグループは、100点、80点、60点、30点、10点、0点の6つだよ!」
一之瀬はクラスメイトの顔を順番に見渡しながら、一人一人に的確な指示を出し始めた。
「たとえば、勉強が得意な藍染くんやひよりちゃん、神崎くんたちは『100点』のグループ! 逆に、少し勉強が苦手な子たちは、私が指定するからあえて『0点』を取りにいってほしいの!」
「マジか一之瀬! 指定されたら0点でいいなんて楽勝だぜ!」
「うん! その代わり、本番のテストでは私の勉強会で絶対に赤点を回避させるからね! そして、中間層のみんなも、誰が80点で誰が10点か、誰が60点で誰が30点のグループになるか、クラス全体のバランスを見て私が完璧に割り振るよ。配ったこの予想問題集を使って、指定された点数を取るために『どの問題を解いて、どの問題を捨てるか』、一人ずつ個別に練習していこう!」
(……さすがは一之瀬だな)
私は自席でその様子を眺めながら、内心で舌を巻いていた。
(クラスメイト全員の現在の学力や得意不得意を完璧に把握していないと、こんな緻密な点数調整の個別指示なんて出せるわけがない。誰一人として不満を漏らさず、全員が一之瀬の指示に全幅の信頼を置いている。本当に、彼女はAクラスの心を一つにまとめる最高のリーダーだよ)
そして数日後、運命の小テストが行われ、さらにその翌日にテストが返却された。
私はひよりや一之瀬、神崎といった成績優秀組に交ざり、当然のように100点満点を獲得していた。藍染スペックをもってすれば、中3レベルの問題など目を閉じていても解ける。
一之瀬の的確な指示とクラスの団結力により、見事なまでに意図した通りの点数分布が出来上がり、クラスメイトたちは次々と狙い通りの相手とペアを組むことに成功していった。
そして――最後に残った問題。
41人という奇数クラスであるAクラスにおいて、ランダムで選出される『単独参加』の生徒が誰になるか。
「えーっと、Aクラスの単独参加者は……藍染くんね。赤点の基準はペアの半分、各科目30点で、総合ボーダーは350点前後になるから、まあ藍染くんなら余裕でしょ! 頑張ってねー」
担任の星之宮知恵が、プリントを見ながらあっけらかんと言い放つ。
(おっ、俺か! まあ、藍染スペックなら本番で100点を連発するのは固いし、絶対に退学にならないから安心だな。成績下位の子がランダムで選ばれなくて本当に良かった)
私は内心で安堵の息を吐いていた。
続いて、各クラスの『攻撃先』の抽選結果が発表された。
「それじゃあ、対戦カードの発表ね! 抽選の結果……『Aクラス対Bクラス』、そして『Cクラス対Dクラス』に決定しましたー!」
対戦カードが黒板に書き出された瞬間、教室内にビリッとした心地よい緊張が走った。
「……やはり、坂柳のクラスもこちらを指名してきたか。互いに指名し合った以上、必然の対戦カードだな」
神崎が腕を組み、静かに闘志を燃やすように呟いた。
一之瀬の提案通り、我々はあえて最強の敵である『Bクラス』を指名した。そして向こうもAクラスを指名してきたことで、坂柳有栖率いるBクラスとの直接対決が決定したのだ。学力勝負において、Bクラスは間違いなく強敵である。
だが、一之瀬はすぐにパンッと手を叩き、教室中の視線を自身に集めて明るく笑いかけた。
「みんな!相手は強敵の坂柳さんのクラスに決まったよ! でも、これは私たちが自分たちの殻を破って、もっと成長するためにあえて選んだ相手でもある。私たちAクラスの団結力と、今日まで準備してきた絆なら、絶対にBクラスにも負けない! 全員で助け合って、最高の結果を出そうね!」
「おおおおっ!!」
「やってやるぜ! Bクラスに勝つぞ!」
一之瀬の力強い言葉に、生徒たちの顔にパッと明かりが灯り、強敵への恐れを打ち払うかのようにクラスの士気が一気に高まっていく。
放課後。部活や用事のない生徒たちは教室に残り、ペア同士での勉強会を一斉に開始した。
そして、相手クラスを攻撃するための『問題作成』については、成績上位者である私、一之瀬、神崎、ひより、津辺、浜口、二宮の七名を中心とした特別チームで考えることになった。
「なるべく相手の苦手な分野を突きたいところだが、奇を衒いすぎて難易度が上がりすぎると、教師の検閲で弾かれる可能性がある。絶妙な境界線を穿たないとな」
神崎が真剣な表情で参考書と睨み合っている。
そんな中、ひよりが少し心配そうな顔で、私と一之瀬を交互に見つめた。
「あの……惣右介くんと帆波ちゃんは、生徒会のお仕事もあるのに、毎日こんなに遅くまで問題作成をして大丈夫ですか……? あまり無理をして倒れてしまっては大変です」
(うっ……ひよりが大天使すぎる。俺の身体を気遣ってくれてる! 毎日勉強会にフル参加するのは生徒会の仕事もあって厳しいけど、できるだけ参加して絶対みんなの力になるよ!)
私は彼女の優しさに心を打たれ、力強くそう宣言しようとした。
しかし、やはりオサレポエムは今日も絶好調だった。
「――案ずるな。私が常に盤面を見張る必要はない。だが、敵の息の根を止める決定的な一手は、必ずこの手で打ち下ろすと約束しよう」
「『毎日参加するのは難しいですが、時間を見つけて全力でサポートしますから安心してくださいね』とのことです」
ひよりが安堵の笑みを浮かべて翻訳する。
「うんっ! 藍染くんも私も、生徒会の仕事が終わったらすぐに駆けつけるからね! みんなで頑張ろう!」
一之瀬も満面の笑みで同意し、問題作成チームの結束はさらに強まったのだった。
そこから数日後。
その日の放課後も、私と一之瀬は生徒会室での業務にあたっていた。
相変わらず、新生徒会長の南雲雅は自身のデスクに座り、ニヤニヤと悪意に満ちた笑みを浮かべながら私を観察している。彼の息の掛かった新書記の殿河と溝脇は、ろくな仕事もできずに書類と睨めっこしているばかりだ。
「どうした藍染? 手が止まってるぜ。副会長サマには、この程度の書類仕事も重労働だったか?」
南雲が嘲笑うように煽ってくる。
(また南雲がしょうもない絡み方をしてきたよ。……でも、体育祭の時に『俺の煽りのせいで南雲が暗躍してしまった』ってあんなに反省したばかりだ。ここは大人になって、サラッと流して穏便に帰るのが一番だ!)
私は内心で盛大なため息をつきつつ、書類の束をバンッと綺麗に揃え、立ち上がった。
「――地に這う蟻が、己の頭上を往く星の軌道を推し量ろうなどと。……無駄な足掻きは、自身の矮小さをより際立たせるだけだぞ、南雲」
(うわああああ!! 全然穏便じゃない! むしろ全力で火に油を注いじゃってる!! 体育祭の反省どこ行ったの!? なんで俺の口は息をするように南雲を煽り散らすの!? 絶対また裏でネチネチ嫌がらせされるじゃん!!)
「ッ……てめぇ……!」
私の冷酷な煽りポエムに、南雲の額にピキッと青筋が浮かぶ。
「――一之瀬、行くぞ。これ以上、淀んだ空気を吸うのは御免だ。私の分の書類は全て処理を終わらせておいた」
「えっ? あ、うん! お疲れ様です、南雲先輩!」
私は圧倒的な処理速度で仕事を終わらせ、南雲が文句を言う隙も与えずに、一之瀬と共にさっさと生徒会室を後にした。
そのまま教室に戻り、残っていたクラスメイトたちとの勉強会と問題作成に没頭する。
「ふぅ……今日の勉強会はこれくらいにしようか。みんな、お疲れ様!」
すっかり日が落ちた頃、一之瀬の号令で今日の勉強会は解散となった。
私は鞄を持ちながら、食材を買い足しにケヤキモールに向かおうとした。
「あっ、惣右介くん。私もケヤキモールに用事があるので、ご一緒してもよろしいですかっ?」
「ああ、もちろん」
小走りで駆け寄ってきたひよりと共に、私たちは夜のケヤキモールへと向かった。
スーパーで買い物を済ませ、二人で並んで寮への帰路についている最中のことだった。
人気のない並木道を歩いていると、不意に、背後から声をかけられた。
「やあ、一年生の副会長殿。こんな夜更けに可愛らしいお嬢さんとデートとは、余裕だね」
振り返るとそこには、長い銀髪をなびかせ、夜の闇の中でも一際目を引く美貌を持った上級生の女子生徒が立っていた。
二年生Bクラスの生徒、鬼龍院楓花である。
「こんばんは、鬼龍院先輩」
ひよりが礼儀正しく挨拶を返す。
(ああ、この人……たしか、桐山が生徒会でよく愚痴をこぼしていた『二年生で唯一、南雲の支配に屈していない自由人』か。なんだか、どことなくDクラスにいるあの変態……高円寺と同じような、我が道を行く雰囲気を感じるなぁ)
「それで? 君ほどの男が、なぜ南雲のような退屈な男の下についているんだい? 私は不思議でならないよ」
鬼龍院は面白そうに目を細め、私に問いかけてきた。
(いや、下についてるわけじゃないんだけど! 学先輩に頼まれたから仕方なくやってるだけだし、あんなネチネチした奴の下につくわけがないだろ!)
私は心外だとばかりに、彼女の言葉を真っ向から否定しようとした。
――当然、オサレな文脈で。
「――フッ。私が、いずれかの玉座に傅くなどと、幻覚でも見ているのか? 私が猿の群れに交ざるのは、単にその箱庭を内側から壊すのが容易いからに過ぎない」
「『――」
ひよりがいつものように翻訳を始めようとした、その時だった。
「アハハハハッ!!」
鬼龍院が高らかに、夜の並木道に響き渡るような豪快な笑い声を上げた。
「面白い! 実に面白いね、君は! 南雲を猿呼ばわりとは、傑作だ!」
彼女は腹を抱えて笑った後、スッと真顔に戻り、私の目を見つめて艶然と微笑んだ。
「どうだい、藍染惣右介? 気が向いたら、この後私とディナーでもいかないかい? 君の口から、もっと面白い話を聞いてみたくなった」
キュッ。
その瞬間、私の隣にいたひよりが、私の制服の袖口を強く握りしめた。
見下ろすと、ひよりは少しだけ不安そうな、そしてどこか警戒するような上目遣いで私を見上げている。
(うおおおおっ!! ひよりが! ひよりが俺の服の袖を掴んで引き留めてる!! 死ぬほど可愛い!! ていうか、いきなり上級生の美人からディナー誘われたけど、俺はこれからひよりと一緒に夕飯を食べる予定なんだよ! 大親友との貴重な時間を邪魔しないでくれ!!)
私はひよりを安心させるべく、鬼龍院の誘いをキッパリと断ることにした。
「――星の軌道は既に定まっている。無軌道な流星の気まぐれに付き合い、歩みを止める暇は私にはない」
「ふふふ、残念。見事にフラれてしまったね」
鬼龍院は私の冷たい断り文句にも微塵も気にした様子を見せず、むしろさらに楽しそうに口角を上げた。
「だが、君のような面白い男には俄然興味が湧いてきたよ。……そうだ。私も、生徒会に入ろうかな」
(ええ!!?? やだやだ!! 絶対仕事しないでしょこの人!! ふらふらしてトラブルメーカーになるだけでしょ!)
私は内心で全力の拒否反応を示した。
しかし――次の瞬間、別の思考が閃いた。
(……いや、待てよ。この人が生徒会に入れば、南雲やその取り巻きたちが、この強烈な個性に振り回されて少しは大人しくなる可能性があるな。いわゆる毒を以て毒を制す、的な? 俺の仕事が増えなければ別にいいか)
私は思考を切り替え、魔王の笑みを浮かべて彼女に許可を与えた。
「――狂宴の席は用意してやろう。明日、生徒会室へ来たまえ」
「ハハッ、承知した。それでは明日、楽しみにしているよ。おやすみ、副会長殿。それと、可愛らしいお嬢さん」
鬼龍院は楽しげに手をヒラヒラと振りながら、夜の闇の中へと歩き去っていった。
鬼龍院の姿が見えなくなった後。
ひよりが、私の袖からそっと手を離し、少しだけぷくっと頬を膨らませて私を見上げてきた。
「……惣右介くん。あの鬼龍院先輩のような、ミステリアスで大人っぽい方がタイプなのですか?」
(んんっ!? ひよりがご機嫌斜めだぞ!? もしかして、さっきディナーに誘われたから嫉妬してくれてるのか!? いやいや、大親友の俺にそんなわけないか、勘違いだったら恥ずかしい! ていうか、鬼龍院先輩は確かに美人のモデル体型だけど、俺のタイプとは全然違う!! 俺は一緒にいて落ち着く、ひよりみたいな優しくて可愛い親友と過ごす時間の方がずっと好きだ!!)
私は、彼女に対する特別な感情の正体に全く気づかぬ状態のまま、ひよりの機嫌を直すために、全身全霊の優しさを込めて言葉を紡いだ。
「――どれほど豪奢で棘のある大輪の薔薇であろうと、私の心を揺らすことはない。私が心安らぐのは、この傍らで静かに咲き誇る、たった一輪の白百合だけだ」
「…………っ」
私のその言葉を聞いた瞬間。
ひよりは、頬をほんのりと桜色に染めた。
「ふふっ、安心しましたっ」
(良かった!!機嫌を直して笑ってくれた!! これからも最高の大親友として大切にしよう!)
私は内心でガッツポーズを決め、ひよりと共に寮への道を歩き出した。
その後、私たちは私の部屋で一緒に夕食を食し、今日一日の疲れを癒すように穏やかな時間を過ごした。
ペーパーシャッフルという過酷な試験、そして坂柳率いるBクラスとの対決が迫る中。
南雲の支配する生徒会に飛び込もうとする異端児・鬼龍院楓花の存在が、この盤面をさらに予測不能なものへと掻き回そうとしていた。