いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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四十三話

 放課後の生徒会室は、特有の重苦しくも澱んだ空気に支配されていた。

 新生徒会長である南雲雅が自身の広々としたデスクでふんぞり返り、取り巻きとして新しく役員になった二年生の――私の中では完全に『モブA』と『モブB』として認識されている二人が、その隣のデスクに座っている。

 

 彼らも一応、手元の書類に目を通し、ペンを動かしてはいる。だが、その処理速度は亀の歩みのように遅く、少し進めてはヘラヘラと無駄口を叩いている。

 

 一方で、一年生の書記である一之瀬帆波と、副会長である私は、黙々とペンを走らせていた。

 

(……一応仕事はしているみたいだけど、さっきから同じ書類を何十分見てるんだ? 俺なら五秒で終わるぞ。マジで無能だな)

 

 私は内心で盛大なため息をつきつつ、恐るべき処理速度で書類の山を片付けていく。

 

 そんな淀んだ空気を切り裂くように、コンコン、堂々としたノックの音が室内に響いた。

 

 返事を待つこともなく、ガチャリと重厚な扉が開かれる。

 

「――失礼するよ。今日からここが、私の新しい遊び場になるのかな?」

 

 入ってきたのは、窓から差し込む夕日を受けてきらきらと輝く、美しい銀髪をなびかせた女子生徒だった。不敵な笑みを浮かべ、堂々たる足取りで室内へと足を踏み入れる二年生Bクラスの生徒、鬼龍院楓花。

 

 彼女の姿を見た瞬間、南雲の顔から余裕の笑みがスッと消え去り、副会長の桐山に至っては、持っていたボールペンを折らんばかりの力で握りしめた。

 

「……鬼龍院。お前がなんの用だ?」

 

 南雲が、探るような、それでいて不快感を隠しきれない声で凄む。

 

「ふざけるな、鬼龍院……! クラスの特別試験にすら一切協力しようとしないお前が、なぜ生徒会室に足を踏み入れる! 今すぐ出て行け!」

 

 同じクラスでありながら、己の実力のみを追求しクラスの勝利に全く貢献しない鬼龍院に対し、桐山は歯を食いしばり、明確な怒りを露わにした。

 

 だが、鬼龍院はそんな二人のことなど、路傍の石ころと同程度にしか気にしていない様子だった。彼女は南雲や桐山を一瞥すらせず、真っ直ぐに私のデスクへと歩み寄ってきた。

 

「藍染惣右介。約束通り来たぞ。……私をどう楽しませてくれるんだい?」

 

 その言葉に、南雲や取り巻きのモブ二人が「なんだと?」と一斉に顔を顰める。

 

 私はペンを置き、優雅に立ち上がると、彼女を歓迎する言葉を口にしようとした。

 

(よしよし、来てくれたな! これで南雲や取り巻き連中も少しは大人しくなるだろう。よく来てくれました、歓迎しますよ!)

 

「――ようこそ――私の生徒会へ」

 

(訳:ようこそ! 生徒会へ!歓迎しますよ!)

 

「『私の』生徒会だと……!?」

 

 南雲の額に、ピキリと太い青筋が浮かび上がった。

 

「ふざけるな藍染! 生徒会はお前の私物ではない! そもそも、生徒会役員の任命権は会長である南雲にしかないんだぞ!」

 

 桐山がデスクを叩いて立ち上がり、激しい怒声を飛ばす。

 

 しかし、鬼龍院は肩をすくめ、嘲笑うように南雲へと視線を向けた。

 

「おや、おかしいな。南雲、君は全校生徒の前で『生徒会に入会を希望する生徒は誰一人として断らない。いつでも門戸は開かれている』と、声高に宣言していなかったかい? まさか、生徒会長ともあろう男が、自分の口にした言葉を早速反故にするつもりかな?」

 

「ッ……!」

 

 南雲は痛いところを突かれ、言葉を詰まらせた。

 確かに彼は、自身の度量の大きさを示すためにそのようなアピールを大々的に行っていた。ここで鬼龍院の入会を個人的な感情で拒否すれば、彼のカリスマ性に泥を塗ることになる。

 

(ナイスアシスト、鬼龍院先輩! さすがだな。ここは俺も畳み掛けて、彼女の入会を確定させてやろう。『本人が入りたいって言ってるから、俺が許可を出しましたよ。何も問題ないでしょ?』と)

 

 私は涼しい顔のまま、堂々と南雲たちに向けて言葉を放つ。

 

「――君如きの許可など、最初から必要としていない。彼女が盤上に立つことを、私が認めた。それ以上の理など存在しない」

 

(訳:入りたいって言うから俺が許可を出しましたよ。問題ないでしょ?)

 

「てめぇ……藍染……! だから、お前に許可を出す権限なんてねぇって言ってんだよ!!」

 

 ついに南雲が立ち上がり、私を怒鳴りつける。

 

「一年生の分際でいい加減にしろ!!!」

 

 完全にブチギレて発狂寸前の南雲と、額に血管を浮かべて怒鳴り散らす桐山。生徒会室は一触即発、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

「ま、まあまあ! 南雲先輩も桐山先輩も落ち着いてください! 鬼龍院先輩が入ってくれれば、人手も増えて助かりますし、ね!? 藍染くんも、先輩たちを煽っちゃダメだよぉ!」

 

(一之瀬ぇぇ! 本当にごめん!! 俺だって無駄に煽らないように気をつけようとは思ってるんだけど……南雲を相手にすると、煽りのキレが絶好調になっちゃうんだよなぁ……!)

 

 結局、一之瀬の必死の取り成しもあり、南雲は自身の宣言を撤回できず、渋々と鬼龍院の生徒会入りを認めるしかなかったのだった。

 

「――さて。盤上に降り立ったからには、ただ観劇を決め込むわけにもいかないだろう。手始めに、この紙片の山を、君の才で一掃したまえ、鬼龍院」

 

(訳:それじゃあこの書類の処理をお願いできるかな、鬼龍院先輩)

 

「アハハハッ! なるほど。つまり、この退屈な紙の山を片付けることで、私の優秀さを君に証明してみせろ……という挑戦状だな? いいだろう、その見せ場、ありがたく頂戴しようじゃないか」

 

 鬼龍院はひよりのように完璧な意訳をしたわけではないが、持ち前の自信家な性格ゆえか、私の言葉を『自身の才を示すためのポジティブな試練』として受け取り、豪快に笑って書類の束を引き受けた。

 

(おっ?なんかめっちゃポジティブに解釈してやる気出してくれた!)

 

 嵐が過ぎ去った後、俺は自身の隣のデスクに座った鬼龍院に対し、生徒会の実務作業を教え始めた。

 

(うんうん、これぞ毒を以て毒を制す、だな! 南雲も桐山も、鬼龍院先輩が気になってイライラしてるせいか、こっちにちょっかいを出してくる余裕がないみたいだ)

 

 私は内心でほくそ笑みながら、彼女の仕事ぶりを横目で観察した。

 

 ――そして、驚いた。

 

 鬼龍院は、私が一度やり方を教えただけで、複雑な書式の決裁書類や予算案のチェックなどを、一切のミスなく、恐るべきスピードで処理していくのだ。

 

(すげえ……。名前忘れたけど、あっちでモタモタしてる新しく入った南雲の取り巻き二人より、初日の鬼龍院先輩の方がもう何倍も仕事できるじゃん! 自由人だけどやることはきっちりやってくれるし、これはめちゃくちゃ良い人材を引き入れたな!)

 

 優秀な彼女の働きもあり、その日の生徒会の業務は、普段よりかなり早く終了してしまった。

 

「――今日の茶番はここまでだ。羽を休めるといい、一之瀬、鬼龍院」

 

(訳:今日の仕事はここまでだな。お疲れ様、一之瀬、鬼龍院先輩)

 

「うんっ、お疲れ様!」

 

「ああ。思っていたより退屈な作業ばかりだったが、君たちと過ごす時間は悪くなかったよ」

 

「それでは失礼しますっ!」と頭を下げる一之瀬をよそに、私と鬼龍院は南雲たちに挨拶一つ残すことなく、さっさと生徒会室を後にした。

 

 廊下を歩きながら、私は一之瀬に向かって口を開く。

 

「――さて、我々の城へと帰還しようか。敵の喉元に突き立てる鋭き刃を、皆と共に鍛え上げねばならないからな」

 

(訳:急いで教室に戻って、クラスの勉強会と問題作成に合流しよう!)

 

 すると、横を歩いていた鬼龍院が、不思議そうに首を傾げた。

 

「おや? 藍染、一之瀬。私の『歓迎会』は開いてくれないのかな? せっかく私が生徒会に入ってあげたというのに」

 

「あっ……!」

 

 一之瀬がハッとして、心底申し訳なさそうな表情で両手を合わせた。

 

「ご、ごめんなさい鬼龍院先輩! 実はこの後、クラスの特別試験に向けた大事な勉強会があって……っ。今日は時間が取れないんです、本当にごめんなさい!」

 

「なるほど、ペーパーシャッフルの対策か。君たちらしい勤勉さだね」

 

 鬼龍院は責めるでもなく、ふふっと楽しそうに笑った。

 

「ならば、それが終わった後で構わないよ。あんなつまらない奴らはいいが、君たち二人と私だけで、ささやかなディナーにでも行こうじゃないか」

 

(おお、ディナーのお誘いか。鬼龍院先輩も俺たちのことを気に入ってくれたみたいだな。一之瀬も頑張ってるし、美味しいものでもご馳走してやるか!せっかくだから、ひよりも呼ぼう!)

 

 私は内心で頷き、彼女の提案に対して答えることにした。

 

「――星々の語らいに、凡俗の給仕は不要だ。私が自ら、極上の饗宴を盤上に描き出そう」

 

(訳:外食じゃなくて俺の部屋で食べましょう。俺が料理を振る舞いますよ)

 

「えっと……? それって、藍染くんが自分の部屋で手料理を振る舞ってくれるってことかな?」

 

 ひよりが不在のため、一之瀬が首を傾げながら必死に意訳を試みる。

 

「アハハハッ! なるほど、君の手料理か! それは楽しみだ。大いに期待させてもらおう」

 

 鬼龍院は豪快に笑い、私の提案を快諾した。

 

「あっ、それじゃあ、ひよりちゃんも誘っていいかな? ひよりちゃんも毎日勉強会で遅くまで手伝ってくれてて……」

 

「椎名ひより……昨日君と一緒にいた、あの可愛らしいお嬢さんか。もちろん構わないよ」

 

 こうして、今日の勉強会が終わった後、私の部屋で四人によるささやかな歓迎会兼ディナーが開かれることになったのだった。

 

 

 夜の帳が完全に下りた頃。

 男子寮の私の部屋には、一之瀬、ひより、そして鬼龍院の三人が集まっていた。

 

「ほう。男子生徒の部屋とは思えないほど、整頓されていて落ち着いたいい部屋だな」

 

 私服姿の鬼龍院が、部屋の中を興味深そうに見回しながら感心したように頷く。

 

「お邪魔します、惣右介くんっ」

 

「藍染くん、お邪魔しまーす!」

 

 私は早速エプロンを身につけ、キッチンへと向かった。

 

「惣右介くん、私がお手伝いしますね。お野菜を洗えばいいですか?」

 

 ひよりが慣れた手つきでエプロンを掛け、私の隣にスッと並び立つ。

 

「ああ、お願いするよ」

 

「はいっ、任せてください」

 

 私とひよりがキッチンで心地よい包丁の音を響かせている間、ダイニングテーブルに座った一之瀬と鬼龍院は、先ほどの生徒会での出来事について言葉を交わしていた。

 

「しかし一之瀬、君のような真っ直ぐな生徒が、なぜ南雲のような腐敗した生徒会に留まり続けているんだい? 辞めるという選択肢もあるだろうに」

 

 鬼龍院が、グラスの水を揺らしながら尋ねる。

 

「……確かに、今の生徒会は南雲先輩の思い通りになっていて、正しい状態とは言えないかもしれません。でも、だからこそ、誰かが内側から生徒たちのために動かなきゃいけないと思うんです。藍染くんも、いつも一番に仕事を終わらせてくれますし……私一人じゃないですから」

 

「なるほど。愚直だが、君のその在り方は嫌いじゃない」

 

 鬼龍院は、一之瀬のまっすぐな瞳を見て、満足そうに微笑んだ。

 

(よーし、二人がいい雰囲気で話してる間に、藍染スペックの料理スキルをフル稼働させて、極上のディナーを作ってやるぞ! メニューは、自家製ローストビーフのサラダ、濃厚カルボナーラ、そしてメインは赤ワインでじっくり煮込んだビーフシチューだ!)

 

 キッチンから、食欲を刺激する芳醇な香りが部屋中に広がる。

 程なくして、ダイニングテーブルには、高級レストラン顔負けの美しい料理たちが並べられた。

 

「うふふ、藍染くんとひよりちゃんのご飯は絶品ですよ! 鬼龍院先輩、冷めないうちにどうぞ!」

 

「では、遠慮なくいただこうか」

 

 鬼龍院がフォークを手に取り、まずはローストビーフを一口頬張る。

 ――その瞬間、彼女の切れ長でクールな瞳が、限界まで見開かれた。

 

「なっ……!? なんだこれは……っ!」

 

 鬼龍院は驚愕に息を呑み、信じられないものを見るような目で私を見つめた。

 

「肉の旨味が完璧に閉じ込められている……! ソースの酸味と甘味のバランスも絶妙だ! シチューの肉も、口の中で雪のように解けていく……! 藍染、君は本当に高校生なのか!? 一流ホテルのシェフすら凌駕する腕前じゃないか!」

 

(よっしゃあああ!! あの常に余裕たっぷりの鬼龍院先輩にめちゃくちゃ驚いて感激してもらえた!! 藍染スペック、やはり最強!!)

 

 私は内心でガッツポーズを決めながらも、表面上は涼しい顔で水を口に運んだ。

 

「素晴らしい……。藍染、君は本当に面白い男だ。知力、体力のみならず、これほどの腕前まで隠し持っているとは。……どうだい? これからもたまに、食べに来てもいいかな?」

 

 鬼龍院が、銀髪を掻き上げながら、ひどく上機嫌に微笑みかけてきた。

 

 ――その時だった。

 

(ん? ひよりの手が止まってるな)

 

 私は、隣に座るひよりが、フォークを握りしめたまま俯いていることに気がついた。

 

(お腹いっぱいになったのかな? それともシチューの味が少し濃かったか?)

 

 鬼龍院は、俯くひよりの様子をチラッと見た後、クスッと悪戯っぽく笑い、言葉を付け足した。

 

「……もちろん、椎名と一之瀬。君たちも一緒にだ。一人でこの極上の料理を独占しては、罰が当たりそうだからな」

 

「っ……!」

 

 鬼龍院のその言葉を聞いた瞬間、ひよりがパッと顔を上げ、花が咲いたような明るい笑顔を取り戻した。

 

「は、はいっ! ぜひ、またみんなで一緒にご飯を食べましょうね、鬼龍院先輩!」

 

(なんだ、みんなで一緒に食べたかっただけか。ひよりは友達思いで本当にいい子だな!)

 

 私はひよりの笑顔を見てホッと一息つきながら、自身の作った料理を口に運んだ。

 

 食事が終わると、ひよりが「私が紅茶を淹れますねっ」と嬉しそうに立ち上がり、全員分の食後の紅茶を振る舞ってくれた。

 

 ダージリンの甘く優雅な香りが部屋を満たす中、私たちは生徒会の愚痴や、これからの学校生活について、たわいもない会話に花を咲かせた。

 

「しかし、君たち一年Aクラスの結束力は見事だね。南雲の支配するこの学校で、君たちがどうやって盤面を引っくり返すのか……今から楽しみでならないよ」

 

 紅茶を啜りながら、鬼龍院が満足げに目を細める。

 私はティーカップをソーサーに置き、集まった三人の顔をゆっくりと見渡し、静かに口を開いた。

 

「――盤面を引っくり返す必要など、最初からない。私が歩む道そのものが、新たな理となる。……玉座は常に、私と共に在るのだからな」

 

「もう、惣右介くんったら。……『これからもみんなで協力して、どんな困難も乗り越えていきましょうね』とのことですよ、鬼龍院先輩」

 

「アハハハッ! なるほど、君の専属翻訳官というわけか! 椎名、君もなかなか面白いね!」

 

 私の極上のオサレポエムは、ひよりの完璧な意訳と鬼龍院の豪快な笑い声によって見事に中和され、温かい夜の晩餐は、和やかな空気のまま更けていくのだった。

 

 

 

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