いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
十二月三十一日。大晦日の夜。
外の世界では、一年を締めくくる冷たい木枯らしが吹き荒れているが、私の部屋の中は、心地よい暖房とダージリンティーの香りに包まれ、完全なる平穏が保たれていた。
テーブルを挟んで私の向かいに座るのは、クリスマスという特別な日に私の『彼女』となった、椎名ひよりだ。
「――細く、長く、途切れることのない時の糸。我々の紡ぐ軌道も、斯くありたいものだね」
私は、二人でキッチンに立って作った年越しそばを啜りながら、静かに言葉を落とした。
「ふふっ。そうですね。来年も、再来年も……このお蕎麦のように、ずっと一緒に歩んでいきたいです」
ひよりは私のオサレな比喩を当然のように完璧に理解し、花が綻ぶような、この上なく愛おしい笑顔を向けてくれた。
(ああ……幸せすぎる。まさか、ひよりと二人きりでこんなにも穏やかな大晦日を過ごせる日が来るなんて。ただ一緒に蕎麦を食べているだけなのに、なんだこの凄まじいマイナスイオンは。南雲の顔を思い出そうとしても、秒で浄化されて消し飛んでいくぞ)
私は内心で至福の喜びに浸りながら、静かに流れるテレビの年末特番の音をBGMに、彼女との甘く穏やかな時間を貪った。
やがて時計の針が頂点を指し、除夜の鐘の音がテレビ越しに響き渡る。
「――夜が明ける。我々の新たな盤面が、今産声を上げたようだ」
「あけましておめでとうございます、惣右介くん。今年もよろしくお願いしますね」
「ああ。私の隣は、常に君のために空けておこう」
私たちは温かいお茶で静かに乾杯し、初めて二人で迎える新年を静かに祝ったのだった。
年が明けて、一月一日。
今日は、一之瀬たちAクラスの面々と一緒に、学校の敷地内にある神社へ初詣に行く予定となっていた。せっかくの新年ということで、事前にケヤキモールの呉服店でレンタルしていた和装に身を包んでの参加である。
私は漆黒の着物と袴の上に、純白の羽織をふわりと纏い、寮のロビーでひよりと待ち合わせていた。
(おおお……! 黒の着物に純白の羽織! 俺のこの顔でこの出で立ちは、どう見ても完全に『護廷十三隊の隊長』そのものだろ! まさかここまで本物っぽくなるとは思わなかったが、これはめちゃくちゃテンション上がるぞ……!)
「お待たせしました、惣右介くん」
エレベーターの扉が開き、小走りで駆け寄ってくる足音。
振り返った私の視界に飛び込んできたのは――銀色の髪を可愛らしく結い上げ、淡い水色と白を基調とした、雪の結晶や可憐な花が散りばめられた美しい振袖に身を包んだ、ひよりの姿だった。
(か、可愛いぃぃぃぃっ!! なんだこれ、和装の大天使降臨じゃねーか!! 俺の大親友、いや、俺の彼女!! 振袖姿が似合いすぎだろ!! 破壊力が高すぎて直視できん!!)
私は内心で大絶叫し、危うく顔面をデレデレに崩壊させそうになったが、私は即座に『藍染スペック』の精神力を総動員して外殻の表情筋を完全に固定し、いつもの余裕の笑みを浮かべたオサレモードへと移行した。
「――天より舞い降りた白妙の華か。……私の瞳を奪うには、それだけで十分すぎる」
「えへへ……。ありがとうございます。惣右介くんの和装も、すごく凛々しくて……その、とってもかっこいいです」
ひよりが頬を桜色に染め、はにかむように微笑む。
「――行こうか。我々の祝祭を待つ者たちの元へ」
「はいっ」
私はごく自然な動作で手を差し出し、ひよりもまた、嬉しそうにその手を取った。
私たちはしっかりと手を繋いだまま、待ち合わせ場所である学校敷地内の神社へと向かって歩き出した。
神社の鳥居の前に到着すると、既に一之瀬、神崎、柴田、網倉、白波といったAクラスのいつものメンバーが揃っていた。
一之瀬は華やかなピンク色の振袖、網倉や白波もそれぞれ色鮮やかな和装に身を包んでおり、柴田や神崎も羽織袴や落ち着いた着物姿で決めている。
「あっ! 藍染くんに、ひよりちゃん! あけましておめでとー!」
真っ先に私たちに気づいた一之瀬が、私たちの『繋がれた手』を見て、いたずらっぽくウインクをしてきた。告白の翌日にひよりから真っ先に報告を受けていた彼女は、既に全てを知っているのだ。
しかし、その視線につられて私たちの手元を見た他のメンバーは、完全に目を丸くして硬直した。
「「「ええええええええっ!?」」」
鳥居の前に、柴田たちの驚愕の声が響き渡った。
「ちょ、ちょっと待って! 藍染と椎名ちゃん、手……手繋いでる!?」
「うそっ! 二人とも、ついに付き合ったの!?」
柴田と網倉が、信じられないものを見るような目で私たちを指差す。
「ふふっ。はい。クリスマスの日に、惣右介くんとお付き合いすることになりました」
ひよりが、恥ずかしそうにしながらも、繋いだ手を離すことなく堂々と宣言した。
「うおおおおおっ! マジかよ藍染! お前、しれっと抜け駆けしやがって! おめでとーっ!!」
「きゃーっ! ひよりちゃんおめでとう!! 二人ともすっごくお似合いだよ!」
「あははっ、実は私、ひよりちゃんから聞いちゃってたんだー! 改めて、二人とも本当におめでとう!」
柴田が私の背中をバンバンと叩き、網倉と白波がひよりを取り囲んで黄色い歓声を上げる。一之瀬も満面の笑みで祝福してくれた。
そんな、和やかで祝福に満ちた空気が流れる中。
腕を組み、一人ひどく真剣な面持ちで私たちの前に進み出てきた男がいた。
神崎隆二である。
「……神崎?」
私が首を傾げると、神崎は目を閉じ、ふっと深い息を吐き出してから、目を見開いて堂々と言い放った。
「――交差する二つの運命の螺旋。その魂の共鳴が紡ぐ新たな世界の誕生に、最大限の言祝ぎを。……天に座す神々すらも、君たちの光跡には平伏するだろう。祝福するぞ、藍染、椎名」
…………。
………………。
……………………。
神社の前に、凍てつくような静寂が落ちた。
柴田の笑顔は引き攣り、網倉と白波はポカンと口を開けている。一之瀬に至っては、頭を抱えてプルプルと震えていた。
(神崎ィィィィィィッ!! お前、完全に俺のオサレ病に毒されきってんじゃねーか!! 何を真顔で訳の分からないポエム吐いてんだよ、こいつ!! 俺が恥ずかしくて死にそうになるからやめてくれ!!)
私は内心で絶叫しながら、必死に魔王フェイスを維持した。
皆の救いを求める視線が、一斉にひよりへと向かう。
いつもなら、どんな難解な私の言葉も即座に意訳してみせる、大天使・椎名ひより。彼女の完璧な翻訳機能に、全員が期待を寄せていた。
しかし。
「……えっと……」
ひよりは、きょとんとした顔で小首を傾げた後、本当に申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、神崎くん。神崎くんは……一体、何を仰っているのでしょうか……?」
「な、なん……だと……!?」
ひよりの純粋無垢な拒絶の言葉に、神崎は目を見開き、愕然とした表情で後ずさった。
(そりゃそうだ! そもそも、俺のポエムがなんでひよりにだけ完璧に伝わっているのか、当の俺自身ですらさっぱり分かってないんだからな! 神崎の付け焼き刃のポエムなんかが通用するわけないだろ!)
「俺の、渾身の言霊が……椎名の翻訳に弾かれたというのか……。俺の哲学は、まだ藍染の領域には……」
ブツブツと呟きながら絶望の淵に沈む神崎を見て、ついに一之瀬の堪忍袋の緒が切れた。
「神崎くん!! お願いだから正気に戻って! 最近どんどん酷くなってるよ!? クールで冷静な神崎くんどこ行ったの!?」
「ハッ……! す、すまない。つい、藍染の思考をトレースしようとして、深淵を覗き込みすぎてしまったようだ」
「その『深淵』って言うのもやめてぇぇぇ!!」
(い、一之瀬ぇぇぇ!! やめてぇぇぇ!! それ、俺にもめちゃくちゃクリティカルヒットしてるから!! 神崎へのツッコミのつもりだろうけど、普段から息をするようにそういうオサレワードを連発してる俺の精神までゴリゴリ削られてるから!!)
私は内心で致命傷を負いながら、これ以上黒歴史が神崎の口から拡散されないよう、彼が早く元のクールな性格に戻ってくれることをただひたすらに祈った。
一之瀬の悲痛なツッコミに、柴田たちが腹を抱えて爆笑する。
新年の静謐な神社は、私たちAクラスの笑い声によって一気に賑やかなものとなった。
その後、全員で拝殿へと向かい、新年の祈願を行った。
「よーし、次はおみくじ引こうぜ!」
柴田の提案で、私たちは社務所でおみくじを引くことになった。
「やったー! 私、『大吉』だよ!」
「あー、私『吉』だ。まあまあかな」
網倉や白波が一喜一憂する中、私は手元にある『大吉』と書かれた紙片を広げ、優雅に微笑んだ。
「――神の与えたもう運命など不要だが、この紙片が我々の未来を鮮やかに彩るというのなら、悪くない」
「ふふっ。私も『大吉』でした。今年も惣右介くんにとって、良い一年になりますように」
ひよりも嬉しそうにおみくじを見せてくれる。二人揃って大吉とは、実に縁起がいい。
「……『小吉』か。天はまだ、俺の往く道に試練を与えるというのか……」
「だから神崎くん、そのキャラ本当にやめてってば!」
(ぐはあっ!! 『そのキャラ』!? 一之瀬の中では、俺の普段のオサレポエムも『そういう痛いキャラ』として処理されてたの!? 頼む一之瀬、もうやめてくれ! お願いだから神崎と一緒に俺のライフまで削らないで!!)
まだオサレワードの抜けきらない神崎に、一之瀬が再び容赦のないツッコミを入れる。
そんな、俺への見えない流れ弾が飛び交う微笑ましい(?)やり取りを眺めながら、私は内心で血の涙を流しつつも、表面上は完璧な笑みを崩さずにひよりと顔を見合わせた。
こうして、最高に楽しく、そして(俺のメンタルをゴリゴリに削りながら)賑やかな初詣は幕を閉じたのだった。
初詣からさらに数日が経ち、冬休みも終盤へと差し掛かっていた。
私の年末年始は、かつてないほど充実したものだった。
ある日は、ひよりと一緒にケヤキモールへ出かけ、ショッピングやカフェでのデートを楽しむ。手を繋いで歩くことにも少しずつ慣れてきて、彼女が私に向けてくれる笑顔の破壊力は日に日に増している。
またある日は、クラスの皆と集まって勉強会をしたり、ボウリングなどの娯楽に興じたりして親睦を深めた。
そして、Dクラスの綾小路清隆を私の部屋に呼び出し、一緒にゲームをして過ごすこともあった。
『――清隆、この退屈な盤面に、君というスパイスを加えよう。我が玉座へ来るがいい』
(訳:清隆、暇だから俺の部屋でスマブラしようぜ!)
私が遊びに誘うと、清隆はやってきて無表情のままコントローラーを握る。
『……惣右介。お前、さっきからわざと少し遅れて反応しているのか? それに、意図的に隙を見せているようにも思えるが』
清隆は無表情のまま画面を見つめ、普通のトーンで聞いてきた。表面上は、ごく自然にただの幼馴染としてゲームをしているように見える。
だが、彼の内心は違った。
(またゲームの誘いか……。分からない。こいつは一体、何の目的でオレを誘ってゲームをしているのか。このゲームを通した心理戦で、俺の反射速度や思考の癖を把握し、次の試験に向けた手札を探ろうとしているのか? やはり惣右介は底が知れないな)
と、腹の底では私に対してバチバチに警戒を強めていたのだ。
そんな清隆の心中など露知らず、私はホクホク顔で対戦を楽しんでいた。
『――深読みが過ぎるぞ、清隆。私はただ、この盤面で君を叩き潰したいだけだ』
(訳:考えすぎだぞ。純粋にゲームで勝ちたいだけだっての!)
私がそう言い放ちながら、画面内で豪快に技を仕掛けると、清隆はそれを冷静に回避して絶妙な距離を取った。
『……なるほど。あえて大振りな攻撃を仕掛け、俺が反撃に出るか、防御に徹するかを観察しているというわけか。お前がただ無策で突っ込んでくるとは思えないからな』
(……っ! やはり、ただの遊びではない。このゲームすらもオレを測るためのテスト。特別試験において、オレがどこまでリスクを許容し、どう動く人間なのかを細部まで分析するための布石というわけか……。なんて恐ろしい男だ)
『――下らない錯覚だ。私は常に、君という存在の全力を引き出し、蹂躙することしか考えていない。這いつくばってでも、私の刃に喰らいついてくるといい』
(訳:だから深読みすんなって! 遠慮しないで本気でかかってこいよ! 負けないからな!)
(うおおおっ! 相変わらず清隆はめちゃくちゃゲーム上手いな! このギリギリの攻防、たまんねぇ! 画面の端に追い詰められてからの復帰ルートとか完璧すぎる! ゲーム超楽しいぃぃ!!)
こうして、私の遊び心からくるオサレポエムは、清隆の尋常ならざる警戒心と見事に絡み合い、二人の致命的なすれ違いをさらなる高みへと加速させていくのだった。
――そして、いよいよ冬休みが終了する。
年が明け、冷え込みがさらに厳しさを増した一月。
高度育成高校の、過酷な三学期の幕開けである。
全学年合同で行われるという、未曾有の特別試験が目前に迫っていた。
どんな内容かはまだ明かされていないが、裏切りと策謀が渦巻くであろう混沌の盤面になることは間違いない。
(二学期の体育祭とペーパーシャッフルでは手痛い敗北を喫してしまったけど、あの悔しさをバネにして、一之瀬をはじめクラスのみんなの意識や結束力は確実に高まっている。俺だって、ひよりやみんなと一緒に、絶対にAクラスのまま笑って卒業したいんだ。三学期もAクラスの首位をキープするために全力で頑張るぞ……!)
私は内心で強くそう決意しながら、隣を歩く彼女の手をしっかりと握りしめ、クラスの平穏と勝利を守り抜くという『覚悟』を胸に、次なる戦場へと向けて不敵な笑みを浮かべたのだった。