いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
星之宮先生が嵐のように去っていった1年Bクラスの教室内は、毎月支給されるという「10万ポイント」の話題で完全に浮き足立っていた。
「なぁ、放課後ケヤキモール行こうぜ!」
「いいね! 私、新しい服買っちゃおうかなー!」
新入生特有の高揚感と、大金を手にした万能感。
そんな中、ピンク色の髪をしたひときわ目を引く美少女――一之瀬帆波が、パンッと手を叩いて立ち上がった。
「みんな、ちょっといいかな!」
彼女の明るく通る声に、クラスメイトたちの視線が集まる。
「入学式までまだ時間もあるし、せっかくだからみんなで自己紹介しない? これから三年間、同じクラスで頑張っていく仲間なんだし! まずは言い出しっぺのわたしからするね!」
彼女の提案に、クラス中から賛同の声が上がる。
一之瀬帆波を皮切りに、教室内は和やかなムードで自己紹介のリレーが始まった。
趣味、出身地、部活の希望。誰もが笑顔で自分をアピールしていく。
(……やばい。順番が回ってくる)
窓際の一番後ろの席で、私の内心は警鐘を鳴らしまくっていた。
(この流れ……間違いなく俺もやらなきゃいけないやつだ。落ち着け俺。ここは絶対に失敗できない。中学までのあの『魔王ぼっち』の悲劇を繰り返してはならない。高校デビューこそは、皆と切磋琢磨し合う爽やかなキャラで決めるんだ……!)
やがて、私の前の席の生徒が自己紹介を終え、座った。
クラス全員の視線が、教室の最後尾に座る私へと一斉に集まる。
すでに「近づいてはいけないオーラ」を放ってしまっているためか、皆の顔には好奇心よりも緊張の色が濃い。
私はゆっくりと立ち上がった。
よし、脳内シミュレーションは完璧だ。『藍染惣右介です。読書が好きです。みんなと切磋琢磨して成長していきたいです、よろしく!』。これだ。この100点満点の無難な挨拶を放つんだ!
私は、口を開いた。
「――私の名は、藍染惣右介」
ここまではいい。ここまでは完璧だ。
「……君たちと肩を並べて歩むつもりはない。私の歩む道は常に一つ、遥かなる高みにのみ続いているのだから」
(あれ!? 『切磋琢磨したい』がなんで『肩を並べて歩むつもりはない』に変換されてんの!?)
「……だが、この三年間、君たちが私の視界の隅でどのように足掻き、成長を見せるのか。……せいぜい、私の退屈しのぎに見せてもらうとしよう」
シンッ……と。
教室内から、あらゆる生活音が消滅した。
クラスメイトたちは、目を見開き、口を半開きにしたまま、文字通り石化していた。
(またやってしまった!! 完全に呪いの装備じゃねーかこのポエム自動変換機能!! 上から目線で観察するラスボスの挨拶じゃねーか! スペックの高さとか本当にいらねえから、ただ普通に喋らせてくれよ!!)
私は内心で血の涙を流しながら、静かに席に座った。
永遠にも似た沈黙。このままでは、私は入学初日で「関わったらヤバい奴」として完全に孤立してしまう。
その時だった。
「にゃ、にゃはは……!」
一之瀬帆波が、顔を引きつらせながらも、必死に苦笑いを浮かべてパン、パンと手を叩いた。
「す、すごい自信に満ちた挨拶だね! うん、藍染くんのその高い目標、楽しみにしてるよ! よろしくね、藍染くん!」
一之瀬のその無理矢理な(しかし慈愛に満ちた)フォローに救われるように、周囲の生徒たちも「お、おう!」「よろしく……!」と、恐る恐る釣られて拍手をしてくれた。
(一之瀬さん……! なんていい子なんだ!! あんた天使だよ!! この御恩は一生忘れないぜ!!)
私は表面上は「フッ……」と不敵な笑みを浮かべながら、内心では一之瀬の方角に向かって五体投地で感謝の祈りを捧げていた。
その後、私たち新入生は体育館へと移動し、入学式が執り行われた。
校長の長い挨拶が終わり、司会の教師がマイクを握る。
「続いて、新入生代表の言葉。新入生代表、1年Bクラス、藍染惣右介」
その名前が呼ばれた瞬間、Bクラスの列がざわめいた。
(よし、ここも無難にこなすぞ。新入生の誓いだからな。言葉を抑え気味に……)
私はゆっくりと壇上に登り、マイクの前に立った。
全校生徒の視線が、私一人に注がれる。
「――我々は今日、この白き学舎へと足を踏み入れた。……だが、忘れないことだ」
私の静かで、しかし体育館の隅々にまで届くような深い声が響く。
「与えられた平穏に溺れる者は、いずれその足元の氷が割れる音すら聞き逃す。我々は常に、見えざる刃を喉元に突きつけられているのだと理解し……この三年間を、決して歩みを止めることなく進むがいい。……以上だ」
(ふう……。まあ、そこそこポエっちゃったけど、さっきの教室での挨拶に比べたら全然マシな方だな!)
私は内心でホッと胸を撫で下ろし、壇上を降りた。
本人は「マシだった」と思っているが、体育館には「なんだ今の威圧感は」「新入生代表ヤバすぎるだろ」という、ざわめきとも畏怖ともつかない空気が満ちていた。
――そして、そんな私の姿を、Dクラスの列の中から見つめる一つの視線があった。
「…………っ」
誰よりも目立たないように、周囲に溶け込むように立っていた茶髪の少年。
綾小路清隆は、無表情の仮面の奥で、激しい驚愕に目を見開いていた。
(惣右介……ここにいたのか)
ホワイトルームで、彼と共に『最高傑作』の座を争った天才。
あらゆるカリキュラムにおいて異常な数値を叩き出し、ある日突然、施設から追放されるように姿を消した、底知れない怪物。
(……あの男が、なぜこの学校に? まさか、あの男がオレをホワイトルームに連れ戻すための『刺客』として送り込まれたのか?)
綾小路の脳内で、最悪のシミュレーションが高速で展開される。
もし藍染惣右介が自分と敵対するつもりなら。
(惣右介が相手なら……かなりキツイな。あの男の底は、幼いオレにも完全には見えなかった。あの時見せたポエムのような言葉の数々も、他者を翻弄するための高度な心理戦のフェイクだったに違いない)
綾小路は静かに息を吐き、改めて気を引き締めた。
一方の藍染は、壇上から降りる際、(あ、ひよりがこっち見て手振ってくれてる! 可愛い!)と、完全に意識がCクラスの方角に向いており、綾小路の存在には微塵も気づいていなかった。
放課後。
私は図書室へと急ぎ足で向かっていた。
扉を開けると、そこには既にひよりの姿があった。
「お待たせ、ひより」
「あ、惣右介くん。新入生代表の挨拶、とても素敵でしたよ。堂々としていて」
私はスッとスマートフォンを取り出した。
「……君のその褒め言葉を、いつでも受け取れるようにしておきたい。……私と、言葉の回廊を繋いではくれないか?」
(よし! 『連絡先交換しよ!』の意訳だ!! 伝われ!!)
「ふふっ、はい。連絡先の交換ですね。私もお願いしようと思っていました」
無事に連絡先を交換し、私は内心で(やったあああ! ひよりの連絡先ゲット!!)と歓喜の舞を踊っていた。
「ところで、ひより。君のクラスの担任から、この学校のルールの説明はされたかい? 毎月10万ポイントがもらえる、とか」
「ええ、ありました。みんなとても喜んでいましたけど……何か、裏があるんでしょうか?」
「……ああ。少し、大人たちに『答え合わせ』に行こうか」
私はひよりを連れて、職員室へと向かった。
「1年Bクラス担任の、星之宮先生はいらっしゃいますか」
私が声をかけると、奥のデスクからゆるふわな雰囲気の星之宮知恵が立ち上がった。
「あらー、藍染くん! どうしたの? 初日から先生に用事なんて……っていうか、そっちの可愛い子は……藍染くんの彼女さんかな〜?」
星之宮がニヤニヤとからかうように笑う。
ひよりは顔を赤くして「えっ!? い、いえ、私はただのお友達で……!」と慌てて首を振った。
「……愚問だね、先生。私たちを、そんな安っぽい言葉で定義づけるのはやめていただこうか」
「あはは、藍染くんってば大人びてるー。で、用事ってなに?」
私は星之宮を促し、人目のない生徒指導室へと移動した。
扉を閉めた瞬間、私の纏う空気が一変する。
「――神が敷いた見え透いた盤面の、裏側を覗きに来たよ」
(訳:先生、この学校のポイントの仕組み分かったんで答え合わせに来ました)
私のその言葉に、星之宮先生のゆるふわな笑顔がピクリと止まった。
「えっと……盤面の、裏側……?」
(毎月10万ポイントもらえるわけないですよね。監視カメラもあるし、素行不良や成績でクラス全員のポイントが連帯責任で減らされるんでしょ?)
「――天から降り注ぐ甘い蜜が、永遠に枯れぬと錯覚するのは愚者だけだ。至る所に潜む機械の眼、そして『実力』という名の天秤。……この箱庭では、一つの濁りが水面全体を汚す。個の罪は波紋のように広がり、群れ全体の喉の渇きへと直結する」
(うわぁぁぁ!! 『連帯責任でポイント減らされますよね?』って確認したいだけなのに、めちゃくちゃ回りくどくて偉そうなポエムになった!! 星之宮先生、完全に目が点になってるよ!)
私が内心で頭を抱えていると、隣にいたひよりが一歩前に出て、にっこりと微笑んだ。
「星之宮先生。惣右介くんはこう仰っているんです」
「えっ、椎名さん……?」
「『毎月支給されるという10万ポイント。あれは固定ではないですね? 至る所に設置された監視カメラ、そして実力で測るという言葉から推測するに、生徒の素行や成績によって、来月以降に振り込まれるポイントは変動する。それも、個人の責任ではなく……クラス単位での連帯責任として減点される仕組みなのではないですか』……と」
ひよりの完璧かつ的確な翻訳を聞き、星之宮先生の顔から、先ほどのふんわりとした空気が完全に消え去った。
代わりに宿ったのは、教師としての鋭く、冷徹な光だ。
(……すごい。入学初日で、そこまで気づくなんて)
星之宮知恵は、目の前で静かに佇む少年――藍染惣右介を見つめながら、内心で舌を巻いていた。
(藍染惣右介。……事前のデータでは、学力、身体能力ともに類を見ないほど優秀な数値を叩き出していた。本来なら、間違いなくAクラスに配属されるべき究極の逸材)
彼女は、職員室で見た彼の生徒カルテを思い出す。
(だけど、彼には『コミュニケーション能力に絶望的な難がある』という、集団生活においてあまりにも致命的な欠陥があった。だからこそ、最高評価のAクラスではなく、このBクラスへと配属された。……でも、まさか通訳係の女の子を連れて、初日で学校のシステムの根幹を見破ってくるなんてね)
星之宮は、内心でゾクゾクとするような高揚感を覚えながら、口角を上げた。
(ふふっ。こんな規格外の天才が、私のクラスにいるなんて。……今年のBクラスは、本当にAクラスを喰っちゃうかもしれないわね)
「……すごいね、藍染くん。初日でそこまで気づくなんて。正直、先生驚いちゃったわ」
星之宮先生は、試すような視線で私を見た。
「――当然の帰結だよ」
(訳:これくらい普通ですよ)
「……そして、もう一つ聞きたいことがある」
(進路100%保証って、全生徒じゃなくてポイント勝負で勝った上位のクラスだけがもらえる特権ですよね?)
「――星々は、等しく空にあるわけではない。『100%の希望』などという安っぽい謳い文句は、頂を極めた者にのみ許される奇跡の別名だ。底辺を這う泥に、天の光は届かない。……そうだろう?」
「『クラス替えがないこと、徹底した実力主義。その観点から見るに、この学校の最大の謳い文句である希望の進路の100%保証は、全生徒に与えられるものではない。最終的に最もポイントの高いクラス……あるいは、一定水準を超えた上位のクラスのみが、その特権を叶えられるのではないですか』とのことです」
沈黙が降りた。
放課後の教室に、時計の針の音だけが響く。
星之宮先生は小さく息を吐き、真剣な顔で私を見つめ返した。
「……ごめんなさい、藍染くん。椎名さんも。その質問には、答えられないわ。教師として、今の段階でそれを教えることはルールで禁止されているの」
(なるほど、教えてくれないってことは図星ですね)
「――なるほど。沈黙こそが、最も饒舌な肯定だ。……十分な回答だよ」
星之宮は一つ咳払いをした。
「藍染くん。そして椎名さん。あなたたちが真実に辿り着いたことは認めるわ。でも、このことは他の生徒にはまだ内緒にしておいてほしいの。これは学校側のテストでもあるから」
「……口外しないように、という指示か。承知した。……だが」
私はゆっくりと口角を吊り上げた。
「私の沈黙を買うには、少々対価が必要ですよ」
「対価……? いくら欲しいっていうの?」
星之宮が警戒するような目で私を睨む。
私は優雅に首を横に振った。
「……それを決めるのは私ではありません。学校側が、自らのシステムの綻びを隠蔽するために、どれほどの『価値』を提示できるのか。……大人たちの誠意を見せてもらいましょうか」
(やばい! めちゃくちゃ恐喝犯みたいなこと言っちゃった! 違うんだ、ひよりとカフェでお茶するポイントが少し欲しかっただけなんだ!! せめて2万ポイントくらいください!!)
「……わかったわ。少し待ってて」
星之宮は慌てて生徒指導室を飛び出し、職員室へと駆け込んでいった。
二十分後。緊急の職員会議を終えて戻ってきた星之宮の顔は、疲労困憊といった様子だった。
「……ハァ、ハァ……上に掛け合ってきたわ。特例中の特例よ。……五月一日まで、この事実を絶対に口外しないこと。その代わり、あなたたちに学校側から『300万ポイント』を支給することが決定されたわ。……これで契約成立でいいわね?」
(さ、さんびゃくまんっ!? 俺2万ポイントくらい欲しかっただけなのに!! この学校の予算どうなってんだよ!!)
内心で目玉が飛び出るほど驚愕しながらも、私は表面上、涼しい顔で頷いた。
「……妥当な判断だ。契約を結ぼう」
私とひよりの端末に、即座に300万ポイントが振り込まれた。
「――最後に一つだけ、君の口から真理を聞き出しておこう」
(訳:最後に一つだけ教えてください、星之宮先生!)
私が足を止め、振り返らずに告げると、星之宮先生はハッとして姿勢を正した。
「……この白き箱庭では、電子の砂さえ積めば、あらゆる奇跡を買い叩けると言ったね」
「え、ええ。そうだけど……」
(よし、ここからが本題だ。俺は絶対にひよりと同じクラスになるんだ。クラス移動に必要なポイント数を聞き出してやる!)
私はゆっくりと振り返り、星之宮先生を見据えて、最も聞きたかった質問を口にした。
「――ならば。……己に課せられた運命の鎖を断ち切り、別の盤上へと君臨するための『神への反逆権』。……それは、いかほどの砂で贖えるのかな?」
(うわあああああああ!!! ただ『クラス移動の権利はいくらですか』って聞きたいだけなのに!! なにが『神への反逆権』だよ!! 厨二病こじらせすぎてて恥ずかしい!!)
私の圧倒的にオサレで中二病全開のポエムに、星之宮先生は「神への……はんぎゃく……?」と完全に思考停止してしまった。
すかさず、私の隣の天使が慈愛の笑みと共に口を開く。
「星之宮先生。惣右介くんはこう仰っているんです」
「え……?」
「『敷地内ではあらゆるものがポイントで買えるとのことですが、ならば、自身の所属するクラスを移動する権利はいくらで買えますか?』……と」
ひよりの完璧すぎる翻訳を聞いた瞬間。
星之宮知恵は、ヒュッと短く息を呑んだ。
入学初日。Sシステムの裏側に気づくだけでなく、すでに『クラスを移動する』という規格外のビジョンにまで到達している目の前の少年。
星之宮は、信じられない怪物を見るような目で私を見つめ、静かに、そしてはっきりと答えた。
「……2000万ポイントよ。2000万貯めれば、自分の好きなクラスに移動できる権利を買えるわ」
(に、にせんまん……!? 毎月10万もらえたとしても全然足りないじゃん!! 高すぎるだろ!! 絶対無理だよそんなの!!)
私の内心は、その途方もない金額を前に完全に心が折れ、膝から崩れ落ちて泣き喚いていた。
しかし。私の顔面(外殻)は、決してそんな弱気な態度は許さなかった。
「――フッ。……ひどく安っぽい奇跡だ。その程度の砂山で望む玉座が手に入るのなら、造作もないことだね」
(うわああああああ!! 強がるな俺ぇぇぇ!! 全然造作なくないよ!! 絶望的な数字だよ!!)
「『教えていただき、感謝します』とのことです」
「…………っ」
星之宮先生は、私の底知れない傲慢さと(ひよりが翻訳した)礼儀正しさのアンバランスさに、ただただ圧倒され、言葉を失っていた。
生徒指導室を出て、夕日に染まる帰り道をひよりと二人で歩く。
オレンジ色の光が、長く伸びた二つの影を校舎の壁に映し出していた。
(……2000万ポイントか。途方もない、あまりにも絶望的な数字だな。だが……)
私は、隣を歩く銀髪の少女をチラリと見た。
夕日に照らされ、嬉しそうに微笑みながら歩幅を合わせてくれる、私の唯一の親友。
(ひよりと同じクラスになるためだ。……貯める価値は、十分すぎるほどにあるな)
「……惣右介くん、すごいですっ!」
不意に、ひよりが尊敬の眼差しを向けてきた。
「先生とあんな堂々と交渉して、しかも真実をすべて見抜いてしまうなんて……本当に、すごいです」
「――造作もないことさ。私の盤上で踊る駒が、少しばかり増えたというだけの話だ」
(いかん! また勝手に悪役ポエムが!!)
「……だが。君のために動かす駒なら、悪くはない」
私が放ったその言葉に、ひよりは一瞬目を丸くし、そして嬉しそうに頬を染めた。
「ふふっ。……ありがとうございます、惣右介くん」
「……さて。予想外の軍資金も手に入ったことだし、私たちの新生活を彩る日用品でも買いに行こうか、ひより」
中身は平和主義者の一般人。外見は圧倒的ラスボス。
ひよりと同じクラスになるという極めて個人的な目的のために、藍染惣右介は「2000万ポイント」という途方もない目標に向けて、この実力至上主義の学校でひっそりと暗躍(?)を開始するのだった。